83 心力の強さ
アロイスはフィオナを庇い、男の拳を受けた。
いくら彼でも大の男の攻撃がもろに当たれば、ただでは済まなかった。
頭から血が流れ、彼は痛みで顔を歪ませた。
しかしその間も、彼女を抱きしめる手は緩むことなく、何が何でも守るという意思が伝わってくる。
「アロイス……どうして?」
「フィオナ……大丈夫か?」
彼はフィオナの質問に答えることはなく、彼女の頬を撫で、怪我してない?と尋ねた。
フィオナは彼を驚いた目で見上げたまま、コクリと頷いた。
「フェ、フェンダル公爵……」
後ろにいたスティーブの声に気付いたアロイスが、彼のほうを振り返った。
「お前……さっきのやつか」
「な、名前すら覚えてないんですか!?」
どうやらアロイスはスティーブの名前さえ憶えておらず、ただ一回戦目の対戦相手という認識のようだ。
あれだけの圧倒的な勝敗では、そのようになってしまうのも無理はないだろう。
スティーブはショックを受けたように顔を真っ青にした。
「フェンダル公爵、これは俺たち家族の問題です。セレナイト令嬢もですが……外野が口を出すのはやめてもらえませんか?」
「暴力を振るわれている人を見て、放っておけるわけがないでしょう?」
フィオナはアロイスの腕の中から、咄嗟に言い返した。
「それは俺も同じ意見だ。アイツは弱くなんかない。俺を前に震えながらも剣を手にし、果敢に向かってきた。勝敗はともかく、そこは称賛に値するだろう」
「フェ、フェンダル公爵……!」
アロイスに褒められたのがよほど嬉しかったのだろう。
スティーブは僅かに顔を赤らめた。
「――むしろ、弱いのは一人を複数人で取り囲むお前たちのほうではないか?」
「……ッ!」
アロイスはフィオナと似たようなことを言い、男は羞恥に身体を震わせた。
一度目の侮辱にすら耐えられなかった男が、二度目に耐えられるわけがない。
「ふざけやがって!」
男はアロイスの顔面めがけて拳を振り上げた。
アロイスならば簡単に避けれる一撃のはずだった。
しかし、彼はフィオナを守るように抱きしめる手に力を込め、その拳をもろに受けた。
「ッ……」
「ア、アロイス……!?」
彼の口の端が切れ、真っ赤な鮮血が流れた。
(どうして、どうして避けないの!?)
そんな彼女の疑問に答えるように、口を開いたのはアロイスを殴った男だった。
「やり返せるわけがねえよなぁ!?――剣術大会に出場する人間は、場外で乱闘騒ぎを起こしたらどんな理由があれ強制的に失格になるからなぁ!」
「……」
「そ、そんな……アロイス……」
剣術大会に出場したことのないフィオナは、そのような参加者のルールを当然知らなかった。
失格になってしまうから、アロイスは余裕で勝てる相手にあえてやり返さないんだ。
アロイスは口から血を流しながらも、男の前に立ちはだかった。
「フィオナには絶対に手出しさせないぞ……ガキ」
「俺はお前より年上だが?」
「精神年齢がガキだって言ってるんだよ」
その一言と同時に、再び拳は彼を襲った。
男はスピードはないものの、パワーだけは一級だった。
アロイスは攻撃を何度も受け続け、とうとう倒れ込んでしまった。
「クソが!好き勝手言いやがって!どうせお前は手出しできねえんだよ!ごめんなさい許してくださいとでも言えよ!」
「……そんなもの、言うわけないだろう」
男は倒れ込んだアロイスを何度も踏みつけた。
なかなかタチが悪く、彼の利き腕である右腕を執拗に攻撃し続けた。
「グッ……」
「やめて、お願い!アロイスに何の恨みがあるのよ!」
慌てたフィオナが、二人の間に入ろうとした。
しかし、そんな彼女をアロイスは手で制した。
「フィオナ、男同士の喧嘩だ。下がってろ」
「アロイス……」
喧嘩とは言っても、アロイスは何もすることなく、ただ殴られ蹴られ続けた。
圧倒的に力の差があるのはわかっているのに、彼は絶対にやり返さない。
それほどまでに、大会に出たいのか。
そんなにも、望んでいるものがあるのか。
フィオナはそんな彼の姿に、胸が締め付けられる思いだった。
「クソッ……一回くらいやり返してこいよ……」
「兄貴、マズいぞ。あまり騒ぎを起こすと騎士が来ちゃう」
「そうだな……」
アロイスの腕が血で真っ赤になると、流石にマズいと感じたのか、彼らは殴るのをやめた。
そして、逃げるようにその場から立ち去っていく。
「アロイスッ!!!」
「フェンダル公爵閣下、しっかりしてください!」
倒れた彼に、フィオナとスティーブが慌てて駆け寄った。




