82 会場外でのトラブル
そしてその後も対戦は続き、次々と勝敗が決まる。
参加者のレベルが上がっているせいか、今年の剣術大会は前年よりも白熱した戦いとなった。
その分応援にも熱が入り、観客席からは歓声が絶えなかった。
「――勝者、イザーク・オランジュ皇太子殿下!」
「……」
優勝候補の一人であるイザークもまた、アロイスと同じく圧倒的な勝利で勝ち上がった。
やはり、優勝はアロイスかイザークのどちらかで間違いないだろう。
――当然、フィオナはアロイスの優勝を信じて疑っていなかったが。
そんなこんなで予選が終わり、一度昼休憩となった。
一時間の昼休みでは、参加者たちが疲れを取り、次の闘いに備える時間となっている。
公爵令嬢として最前列で試合を見ていたフィオナは、おもむろに席から立ち上がった。
「フィオナ様、どちらへ行かれるのですか?」
「……ちょっとお手洗いに行ってきます。兄さん、ドロシーさんを頼んだわよ」
「ああ、任せとけ」
フィオナはドロシーを兄キースに任せ、闘技場を出たところにある手洗い場へと向かった。
あと少しで目的地に辿り着く――というところで、彼女はあることに気が付いた。
(あら?私ったら、間違えて男性のほうに来てしまったみたいね……)
周囲にいる男性たちが、ギョッとした目でフィオナを見ている。
慌てて引き返そうとしたそのとき、手洗い場のほうから怒声が聞こえてきた。
「――お前、さっきの試合は一体何なんだ!」
「……?」
気になったフィオナは足を止め、物陰から声のするほうを眺めた。
そこにいたのは、複数人の男に取り囲まれている一人の小柄な男の子だった。
(あれってもしかして……アロイスの対戦相手の……!?)
そう、そこにいたのは第二回戦でアロイスの相手となったボードン男爵家のスティーブだった。
一体こんなところで何をしているのか、何だかよくないことが起こっているような気がしてその場を立ち去ることができなかった。
「ぼ、僕は兄さんたちの言う通り剣術大会に出ただけだよ……一生懸命やったのに……どうしてそんなことを……」
「よくも俺たちボードン家の名に泥を塗ってくれたな!」
話によると、どうやら彼を取り囲んでいる男はスティーブの兄たちのようだ。弟が剣術大会でアロイス相手に惨敗したのを責めているのだろう。
(……可哀相だけれど、私が割って入るような場面ではないわよね)
踵を返そうとしたその瞬間、一人の大柄な男がスティーブを突き飛ばした。
「ウッ……!」
押された彼は尻餅をついて後ろに倒れ込んだ。
どうやらただの兄弟喧嘩……というわけではなさそうだ。フィオナは見過ごすことができず、思わず間に入った。
「――ちょっと、何してるのよ!」
「……何だ?」
彼女はスティーブを庇うように、男たちの前に立ちはだかった。
力強いその瞳は、彼らへの非難で満ちていた。
「弟に暴力を振るうだなんて……ありえないわ」
「お嬢さん、これは俺たち家族の問題だ。口を挟まないでくれないか?」
たしかに、家族内でのことだからフィオナには関係がない。しかし、どんな理由があろうと暴力を振るうのはやりすぎである。
フィオナの登場に、焦ったようなスティーブの声が後ろから聞こえた。
「れ、令嬢……!僕は大丈夫ですから……!」
「……いいえ、そういうわけにはいかないわ」
フィオナは振り返ると、ニッコリと笑った。
「――さっきのあなたの闘い、しっかりと見てたわ。アロイス相手によく向かっていけたわね。あなたはとっても勇敢だわ」
「令嬢……!」
結果的には負けてしまったものの、勇気を出して自分からアロイスに向かって行ったことは称賛に価する。
二人はかなりの体格差があるうえに、年齢もスティーブはまだ十八歳だ。成人したての男子が大の大人相手に勇気を出して攻撃を仕掛けたのだ。
「くだらないことを言うな、結果が全てなんだ」
「そんなことはないわ、少なくとも私のように過程を見て彼を評価する人はいるはずよ」
負けたからと言い、家名に傷が付いたというわけではない。
彼らの考え方は間違っている。勝敗が全ての世の中ではないのだ。アロイスが剣術において最強クラスであることくらい、この国にいる人間なら誰しもが知っていることだ。
「とにかく、大会に出てもいないあなたたちに彼をとやかく言う筋合いはないはずよ!大勢で一人を取り囲んで罵倒する臆病者!」
「な、何だと……!?」
臆病者という一言に、彼らは我慢の限界を迎えたのだろう。
男の一人が怒り任せに拳を振り上げた。それは明らかに、フィオナの側頭部めがけて飛んでくる。
「!」
「れ、令嬢!」
スティーブが慌てて手を伸ばすものの、彼の反応速度では間に合わない。
戦闘経験のないフィオナは、避けることも受け止めることもできず、ただじっとしていた。
茫然と立ち尽くしたままの彼女は、突然腕を引かれたかと思うと、抱きしめられた。
「――フィオナ!」
「……!」
ゴンッ――と鳴り響いた鈍い音に驚いて顔を上げると、そこにいたのは――
「……………アロイス?」
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