81 試合の始まり
それからすぐに、皇家主催の剣術大会が幕を開けた。
オランジュ帝国で行われる剣術大会は、参加者が勝ち残るごとに次のラウンドへ進むトーナメント形式となっている。
対戦相手はランダムで決まり、トーナメント表はすでに発表されていた。
(アロイスは二戦目に出場予定だったわね……)
今回の剣術大会は、いつも参加することのないアロイスやイザークまでもが名を連ねている。
そのせいか、観客も例年より応援に熱が入っていた。
「俺はフェンダル公爵が優勝すると思うな」
「いやいや、イザーク皇太子殿下だろう。剣術であの方の右に出る者はいないさ」
観客たちの多くは、アロイスかイザークのどちらかが優勝するという予想をしていた。
傍にいた貴族男性たちの話を聞いたドロシーが、フィオナに話しかけた。
「皇太子殿下が優勝でしょうか」
「……」
フィオナはその問いにしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「いいえ――きっと優勝はアロイス・フェンダル公爵閣下よ」
「……フィオナ様」
彼を長く見てきているフィオナだからこそ、わかる。
アロイスは一度やると決めたら何が何でもやり遂げる男だ。たとえ皇太子が相手であろうとも、彼以外に優勝はあり得ない。
(彼ならきっと、欲しいものを手に入れられるわ……)
大半の貴族がイザークが勝つと予想する中で、フィオナは彼の優勝を信じて疑わなかった。
――それからすぐに、トーナメントが始まった。
闘技場の中央に降り立った二人の男と共に、皇家の騎士が声を上げた。
――「第一回戦!オードリー伯爵家の次男ルキアス対メロディ侯爵家の三男マルクス!」
一回戦目は伯爵家の次男と侯爵家の三男の対決だった。
どちらも跡継ぎではないものの、一騎士として名を上げている令息だ。どっちが勝つか、フィオナは予想できなかった。
「――始め!」
その合図で、二人は剣をかまえて向き合った。
剣とは言っても本物ではなく、模擬刀である。
昔は本物の剣だったが、流石に高位貴族の令息に血を流させるわけにはいかない。会場には年若い貴族の令嬢もいるのだからという理由で配慮がされたそうだ。
先に駆け出したのは侯爵令息だった。
彼は模擬刀を片手に、対戦相手へと一直線に向かっていく。
彼の振り上げた剣を伯爵令息ルキアスが受け止め、音を鳴らしながらぶつかり合った。
純粋な力は侯爵令息のほうが上だろう。しかし、ルキアスも負けていない。彼の渾身の一撃を何とか受け流した。
お互い、一歩も退かない戦いだった。
しかし、侯爵令息は最初から攻撃を繰り返していたせいか、序盤で体力を使いすぎていた。次第に息が上がり、相手からの一撃を避けることすら難しくなっていく。
そして、とうとうそのときはやってきた。
侯爵令息は一度乱れた呼吸を整えるため、攻撃の手を止めた。
その一瞬を、ルキアスは見逃さなかった。
彼は即座に反応し、隙ができた侯爵令息の脇腹を突いた。
「グッ……」
彼はうめき声を上げて、その場に倒れ込んだ。
長い戦いの末、ようやく勝敗がついた瞬間だった。
「――勝者、ルキアス・オードリー!」
審判がルキアス側に持っていた旗を持ち上げ、声高らかに叫んだ。
会場ではワァーッという歓声が上がり、全員が彼の勝利に沸いた。
無名な貴族の令息が、剣術大会で功績を残して有名になるという話も珍しくはない。
「やっぱり、オードリー伯爵令息が勝ちましたね」
「あら、私は侯爵令息が勝つと思っていたのに」
予想が外れると、何だかショックなものだ。
何のトラブルもなく一回戦が終わり、次のマッチが始まった。
――「第二回戦!フェンダル公爵家当主アロイス対ボードン男爵家五男スティーブ!」
「……あら、まぁ」
観客席からアロイスと対戦相手の男爵令息を見たフィオナは、思わず同情せざるを得なかった。
身長差が十センチはあるうえに、筋肉質なアロイスに対してスティーブは細身だった。どう見ても、スティーブが勝つビジョンが浮かばない。
(あの子、どうして剣術大会に出たのかしら?)
他の参加者たちと違ってスティーブは、騎士として有名なわけでもない平凡な男爵家の末っ子だった。
おそらく名を上げることが目的だろうが、一戦目からアロイスと当たるとは何ともツイていない。
「ヒ、ヒエェ……」
「……」
屈強なアロイスを前に、スティーブは恐怖でその身を震わせていた。
今すぐにでも漏らしてしまうのではないかと、こちらが心配してしまうほどである。
「――始め!」
アロイス対スティーブの戦いが幕を開けた。
正直スティーブに勝ち目はないため、アロイスを相手にどれだけ粘れるかが見どころの試合となった。
スティーブは震えながらも剣をかまえた。
「や、やってやる……今日こそ父さんや兄さんたちに俺を認めてもらうんだぁ!」
そのままやぁーっと声を上げながら、スティーブはアロイスに向かって行った。
振り上げた剣を思いきり下ろした彼の渾身の一撃を、アロイスは難なく避けた。
「――隙だらけだ、小僧」
そして、彼の喉元に剣を突き付けた。
模擬刀だから死ぬことはないが、実戦であれば間違いなく終わりだっただろう。
「う……あ……」
彼はアロイスの剣に反応することもできないまま、負けを認めた。
喉元にヒヤリとした感触。今すぐにでも首を切り落とされてしまいそうだった。
「――勝者、アロイス・フェンダル!」
第二回戦はアロイスの圧倒的な勝利として、幕を下ろした。
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