79 剣術大会
その日の夜、兄キースがあるものを手に入れて帰ってきた。
「フィオナ、喜べ。瞳の色を変えることのできる魔女の秘薬を持ってきたぞ」
「本当!?お兄様ったら、やるわね!」
キースがフィオナの前に赤色の液体が入った小瓶を掲げて見せた。
それは魔女の秘薬と呼ばれるポーションの一種で、瞳の色を一時的に変えることができる。魔女の秘薬など、滅多に手に入れられるものではない。
兄キースは自身の持つ人脈を全て活用してようやく見つけ出したようだ。
この秘薬を飲めば、皇家の象徴である金色の瞳を変えることができる。
「これがあれば……ドロシーさんをバレずに陛下に会わせることができるわ」
「まぁ、問題は本人にどう説明するかだけどな」
「そうねぇ、そこは私が何とかするわよ」
フィオナが考えているのは、瞳の色を変えたドロシーを陛下の元へ連れ出し、遠くからその姿を見させるというものだった。話すことはできないだろうが、父親に会いたいという彼女の願いは叶えられる。
ドロシーは納得いかないかもしれないが、仕方ない。
「次に陛下と会えるとなれば……剣術大会のときかしら?」
「あぁ、陛下はあまり人前に姿を現す人ではないから……そこを狙うのが確実だろう」
剣術大会にはそれぞれ侍女を一人まで連れて行くことができる。
ドロシーをフィオナの侍女として同行させれば、何の問題もなく彼女は会場入りができる。
「今、ドロシーさんは部屋にいるのか?」
「ええ、今日予期せぬ事態があってね……」
フィオナはキースに、アロイスが突然邸へ来たこととドロシーと遭遇してしまったことを話した。
彼はそうなることを予想していたのか、呆れたようにやれやれと肩をすくめた。
「お前……何してるんだ」
「ご、ごめんなさい。まさかアロイスがここに来るだなんて思わないじゃない?」
フィオナの言う通り、以前のアロイスならば彼女の元をわざわざ訪れるなどあり得ないことだった。
想像もしていないことだったから、仕方ないかとキースは諦めた。妹は昔から危機感がなく、詰めが甘い。
「で、アイツは何をしにセレナイト公爵邸へ来たんだ?」
「それが……剣術大会に来てほしいって私に言いに来ただけで……そのまま帰って行ったわ」
「何だと?」
キースは驚きからか、目を見開いた。
アロイスのことだからてっきりフィオナにしつこく復縁を迫るかと思ったが、貴族なら出席して当たり前の剣術大会に参加してくれとだけ言いに来るだなんて。
「アイツの行動が理解できないな、今まで全く興味を示さなかった剣術大会に突然参加するというのも気になるし」
「そうね……でも、欲しいものができたって言ってたわ」
アロイスの欲しいものが何なのか、フィオナには見当もつかない。
しかし、ドロシーのことで頭がいっぱいだった彼女はそこまで考えている余裕が無かった。
「大丈夫、きっと上手くいくはずよ……私がついているんだもの。何が何でも彼女を守るわ」
「……そうだな」
不安げに瞳が揺れているのに気付いたのか、キースは心配そうに妹を見つめていた。
彼女の言う通り、何事もなく全てが上手くいくといいんだけど。
――そんなこんなで、剣術大会当日になった。
***
「わぁ、とっても素敵な場所ですね!こんなにも煌びやかなところは初めて来ました!」
「ドロシーさん……少し落ち着いてください」
フィオナは魔女の秘薬を飲ませたドロシーを連れて、剣術大会が行われる闘技場へとやって来ていた。
皇都に位置する闘技場では、毎年の剣術大会に加えて騎士団の演習などが行われている。今日は快晴で、絶好の大会日和だった。
目立たないシンプルな青いドレスに着替えたドロシーは、嬉しそうにフィオナに声をかけた。
「今日はお父様に会うことができるんですよね?とっても楽しみです」
「ええ……約束はきちんと守ってくださいね」
「もちろんです、勝手な行動は絶対にいたしません」
ドロシーは遠くから見つめるだけというフィオナの言いつけを、何も言わずに受け入れた。
瞳の色を変える薬を飲まされた時点で何かを感じ取っていたのだろうか。察しが良いのなら、こちらとしても助かる。
会場へ入ると、既に多くの貴族たちが席に着いていた。
当然というべきか、最も身分の高い皇族たちはまだ来ていない。おそらく彼らの会場入りは最後になるだろう。
(しばらくは何も考えずに済みそうだわ……)
しかし、そんな考えはすぐに崩れ去ることとなる。
一旦は落ち着いていたフィオナの前に、ついこの間会ったばかりの彼女が現れた。
「――あら、セレナイト令嬢。また会いましたね」
「…………セレシア皇妃殿下?」
数人の騎士を引き連れて彼女に話しかけたのは、大会には来ないと思っていたセレシアだった――
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