78 欲しいもの
フィオナはドロシーを自室へ帰し、アロイスを慌てて別室へと連れて行った。
「フィ、フィオナ……」
「アロイス、こっち来て!」
フィオナに腕を引かれ、アロイスは公爵邸の廊下を駆け足で進んでいた。
彼女に触れられたことで、彼は今気が動転していた。ついさっき見た女性の金色の瞳など、頭から吹き飛んでしまうくらいには。
フィオナは公爵邸の隅にある一室にアロイスを押し込むと、正面から彼と向かい合った。
「さっきの……見たわよね?」
「何のことだ?」
アロイスはわざとらしくとぼけてみせた。
フィオナの言いたいことは伝わっているだろうに、それでも知らない振りをするのは彼なりの優しさなのだろうか。
「さっきの女性の目よ……見たんでしょう?怒るつもりは無いから、正直に話していいわ」
「……」
アロイスは気まずそうに視線を彷徨わせた後、観念したように頷いた。
やっぱり、見ていたんだ。誰にも気付かれないように細心の注意を払っていたのに、アロイスにバレてしまうとは。
「フィオナ、彼女は一体誰なんだ?あの金色の瞳は間違いなくオランジュ皇家の象徴のものだが……彼女のことは見たことが無い」
「ええ、そうね……」
フィオナはもはや隠すことなどできないと思い、全てを包み隠さず話した。
ドロシーとの出会いから、彼女の出生の秘密まで。アロイスは衝撃を受けたかのように、目を見開いて口元を手で押さえた。
「亡き皇后陛下のご息女……!?そんな、嘘だ……皇后陛下に皇帝陛下との御子はいないはず……」
「ええ、私もそう思っていたわ……」
フィオナとアロイスだけでなく、国民や貴族たち全員――そして当事者である皇帝陛下すらそのような認識だろう。
彼女も最初こそ、何かの間違いだと思って何度も調査をした。しかし、調べれば調べるほどドロシーが皇帝と皇后の子だという確信が深まるばかりだった。
「ドロシーさんを育てたのは皇后陛下の専属侍女の一人よ。名前を聞いたら、彼女の名がその昔、皇家の侍女として登録されていたわ」
「そうか……なら陛下は自身の信頼できる侍女に娘を預けたということか」
皇后パトリシアの考えはある程度掴めたものの、それでもまだ大きな謎が残る。
「皇后陛下は妊娠出産を隠していたんだよな……?一体何のために?」
「さぁ……私もそれに関してはわからなかったわ」
皇帝の妃が子を宿すことは、この世の何よりも喜ばしいことだ。国中が歓喜に包まれ、皇宮ではパーティーが開かれ、市井でも宴が行われる。
帝王の血を継ぐ高貴な血の子が生まれるのだから、当然だ。
それを命を懸けてまでわざわざ隠そうとするとは、フィオナもアロイスもパトリシアの考えが理解できなかった。
決して悪いことをしているわけでもない、ましてやめでたいことだった。
そのことが引っかかるものの、今となっては彼女の考えなど知ることもできない。
「アロイス、お願いがあるの……このことは内緒にしておいてくれないかしら?ドロシーさんのためにも……今は彼女の身分を明かすべきじゃないと思うのよ」
「……」
アロイスは黙ったままフィオナを見下ろしていた。てっきりすぐに了承してくれるかと思ったが、意外にも彼は無反応だった。
アロイスはすぐには応じることなく、その代わりとしてある条件を提示した。
「そうだな……俺もちょうどお前に頼みがあってここまで来たんだ」
「…………頼み?」
アロイスはフィオナに一歩近付くと、彼女とじっと目を合わせて口を開いた。
「――もうすぐ剣術大会が行われるだろう?是非、お前に来てほしいんだ」
「剣術大会……」
オランジュ帝国では、あと少しで皇家主催の剣術大会が開かれる。貴族の令息や騎士たちが剣を握って戦い、己の強さを誇示する場。
剣術大会で優勝した者には、皇家から何でも望みを一つ叶えてもらえるという景品がある。爵位や一生遊んで暮らせるだけの富、宮殿を貰った者もいる。
皇帝陛下を始めとした皇族たちも参加する一大行事であり、当然フィオナも会には出席するつもりだった。
「もちろん、剣術大会には行くつもりよ。皇族たちも来るのだから、当然でしょう?」
「……そうか、それはよかった」
フィオナの返答に、アロイスは安心したように微笑んだ。
何がそんなに嬉しいのか、全く理解できない。
「今年は俺も参加するから、お前に最前列で見てほしいと思ってな」
「……アロイスったら、そういうのには興味が無いんじゃなかったの?」
アロイスは剣に関しては一級品の腕前を持つが、剣術大会には一度も参加したことが無かった。
フェンダル公爵家の令息として幼い頃から何でも手に入れてきた彼にとって、何でももらえるというそれは特に興味をそそられなかったのである。
「ああ、そうだな……だが、最近欲しいものができたんだ」
「あなたに欲しいものだなんて……一体何がそんなに欲しいわけ?」
「内緒だ」
アロイスは断固として口を閉ざした。
気のせいか、頬を僅かに赤く染めている。
「まぁ、お前が当日来てくれるんだったらそれでいい……」
「……そう」
彼は照れ臭そうに、フィオナから顔を背けた。
(あなたがそんなことを言うだなんて、珍しいわね……)
何があるかはわからないが、そっと見守ってあげようではないか。
もしかして、皇帝に嫁いだセレシア皇妃でも望むのだろうか。もしそうだとしたら、ロマンチックである。
フィオナが全く見当違いなことを考えていることに、当然アロイスは気付いていなかった。
「その対価として秘密にしておくよ、彼女のことは」
「あら、本当?助かるわ」
何だか大したことをしていないのに、とっても良いものをもらえたような気分になった。
嬉しそうに笑うフィオナを、アロイスは複雑そうな顔で見つめていた。
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