75 彼女の秘密
――彼女は一体、何を言っているの?
フィオナは先ほどからうるさいほどに鼓動する心臓を何とか落ち着かせ、言葉を紡いだ。
「……ええ、そうですね」
セレシアの言う通りだった。人の気持ちは簡単に移り行くし、何なら一度は終わったと思っていた相手に心が戻ることもある。
セレシアはきっと、アロイスの気持ちが今はフィオナにあってもすぐに自分に戻るはずだと言いたいのだろう。
(そうね、むしろそうなる可能性の方が高いでしょうね)
セレシアへのアロイスの深い愛を知っているフィオナは、そのことを否定できなかった。
彼女がこの世に存在している以上、その心配は尽きない。だからフィオナはアロイスを選ばなかった。
また、前世のようになるのではないか恐ろしくて。
「令嬢は、リリアーン侯爵家のカイル様と婚約が決まっているそうですね」
「……ええ、それが何か?」
唐突に鋭くなった口調に気付いたのか、セレシアは弁解するように首を横に振った。
「いえ、特に何か言いたいことがあるわけではありません。ただ、おめでとうございますと伝えておきたかっただけです」
「……ありがとうございます、皇妃殿下に祝いの言葉を頂けるとは思っていませんでしたわ」
セレシアの祝福の言葉が、本心かどうかフィオナにはわからなかった。
「フィオナ嬢が新しい相手を見つけられたようで何よりです。てっきりご令嬢はいつまでもアロイスのことを想い続けて惨めな最期を迎えるのではないかと……心配しておりました」
「……!」
セレシアが口にしたのは、まさにフィオナの前世だった。
彼女がアロイスの元で悲惨な思いをし、最後は虚しく死んでいったということ。
問題は、何故セレシアがそのことを知っているのかということだ。
もしかして、彼女も同じように時間を戻ってきたのだろうか。そこまで考えて、フィオナはあり得ないと首を横に振った。
(気のせいよ……セレシアが回帰のことを知っているはずがない……)
彼女は時を巻き戻ってきたということを、誰にも言っていなかった。
話したところで頭がおかしくなったのだと思われて終わりだからだ。
彼女と接点の無いセレシアが、前世の記憶があるということを知っているはずがなかった。
「ご心配ありがとうございます。アロイスのことはもう割り切っているので……皇妃殿下が心配なさるような事態は起こりませんわ」
フィオナは平静を装い、何とか笑みを取り繕った。
ただの気のせいだと、何度も何度もそのように考えることでようやく心は落ち着きを保った。
そんな彼女の内面の動揺を読んだのか、セレシアはフフッと笑った。
「――今度はそうならないように……正しい道を選択されることを願っていますわ」
「……!?」
その言葉を最後に、セレシアはお茶を全て飲み干してソファから立ち上がった。
皇妃となってから勉強したのだろうか、前に見たときよりも所作が美しくなっているようだった。
「急に訪問して困惑させてしまったと思います、後日お詫びの品を公爵家にお贈りしますね」
「え、ええ……お気遣いありがとうございます……」
セレシアは冷静さを失った状態のフィオナを一人置き去りに、そのまま部屋を出て行った。
***
セレシアとの話を終えたフィオナは、ドロシーのいる自室へと戻った。
「フィオナ様!おかえりなさい!」
「……ただいま戻りました」
酷く疲れきった様子のフィオナに、ドロシーは心配そうな顔で尋ねた。
「何かあったのですか?何だか顔色が悪いです」
「いえ……殿……ドロシーさんが気になさるようなことではありません……」
一瞬殿下と言いそうになったが、寸でのところで何とか抑え込んだ。
今、彼女にバレてしまったら終わりだ。
いや、遅かれ早かれバレてしまうことではあるが、まだ時期が早い。
「ドロシーさん、今日は是非ウチに泊まっていってください」
「いいのですか?」
「もちろんです、ウチの両親もドロシーさんを歓迎していますよ」
フィオナは一旦、ドロシーを貴族たちから隠すために公爵邸で匿うことを決めた。
(あぁ、どうかイザークと第三皇子の争いが穏便な形で終わらないかなぁ……)
前世で起きた血の粛清を思えば、実現不可能に近かった。
しかし、そう願うことしか今のフィオナにはできなかった。
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




