74 移り行く気持ち
―――セレシアがフィオナのいるセレナイト公爵邸へやって来た。
それも、フィオナに会うために。
(……一体どうして?今になって、私と話すことなんて何もないはずなのに)
両親は無礼な訪問者の元へ行く必要は無いと言ったが、フィオナはあえて彼女を招き入れた。
彼女が皇妃という立場である以上、失礼な真似はできないし、フィオナ自身もセレシアと話をしてみたかったからだ。
侍女がセレシアを客間に通し、フィオナもすぐにその場所へ向かった。
「お久しぶりですね、フィオナ嬢」
「ええ、お久しぶりでございます。皇妃殿下」
セレシアは優雅な笑みでフィオナに挨拶をし、彼女も作り物の笑顔でそれに応えた。
何とも不思議な空気が部屋に流れていた。
二人の関係性を思えば、そうなるのも当然かもしれない。
セレシアはアロイスの元恋人であり、フィオナは彼に長年片思いをしていた。
そのことを考えれば、二人が相容れるはずがないのだ。
しかし、フィオナはすでに過去など忘れた。
アロイスへの気持ちも過去のものであり、セレシアへの恨みなんて一切ない。
(そりゃあ、前世ではセレシアのことばかり考えているアロイスを憎んだこともあったけれど……)
彼女には何の罪も無く、フィオナの苦しみは全て愚かな自分自身のせいだった。
彼がセレシアを愛していることをわかって彼の傍を選んだのだから、自業自得なわけで。むしろ被害者は愛していたのに一緒になれなかったアロイスとセレシアの方ではないか。
大人になったせいか、今ではそのように考えることができた。
セレシアは出された紅茶を一口飲むと、フゥと息を吐いて口を開いた。
「……こうして二人きりで話すのは、もしかすると初めてかもしれませんね」
「ええ、そうですね」
セレシアは皇妃になる前はアロイスの恋人だったが、だからといってフィオナは彼女と特別親しいというわけではなかった。
そのため、彼女の言う通り二人で向かい合って話すのは初めてだった。
アロイスを想っていた過去の自分なら、間違いなく彼女を避けていただろう。
ティーカップを机に置いたセレシアは、ニッコリと笑った。
「令嬢とはずっと、お話してみたかったんですよ」
「まぁ、そうだったのですか?皇妃殿下にそう思って頂けるだなんて……光栄です」
そうは言ったものの、決して本心ではなかった。
少なくともフィオナの方は、彼女と親しくなりたいなどとは思ったことが無かった。
むしろセレシアに会うたびに、とてつもない劣等感と醜い嫉妬心で心が支配されていく自分に嫌悪感を抱いていた。
フィオナがアロイスに片思いしていることは、オランジュ帝国の社交界では有名な話だ。
アロイスの傍にいたセレシアがそのことを知らないはずがない。
それでも話してみたかったなどと言えるのは、彼に愛されているという絶対的な自信からだろうか。
「ところで、最近アロイスに会ったんです」
「……アロイスに?」
まさかこんなにも早く彼の名前が出てくるとは思ってもおらず、カップを持つ彼女の手が僅かに震えた。
「ええ、私たちの今の立場を思えばあまりよろしくないことだとわかっているのですが……つい、懐かしくなってしまって」
「……そうだったのですね」
セレシアがアロイスに会おうと、どうでもいいことだ。フィオナは彼の妻でもなければ、恋人でもない。
ほんの少しだけ気が動転してしまったのは彼への未練から来るものではないと、彼女は自分に言い聞かせた。
「令嬢、覚えていますか?――私とアロイスが、付き合っていた頃のことです」
「……」
セレシアの顔から笑みが消え、彼女は昔を懐かしむように話し始めた。
「フィオナ嬢は、いつもアロイスの後ろ姿ばかりを眺めていました」
「………そのように、見えたんでしょうか」
まさに、フィオナが前世で幾度となく体験していたことだった。
前世で深く記憶に残るアロイスは、いつもフィオナを見ることは無く、虚ろな目でセレシアの名を呟いていた。
最後の最後、彼が愛したのも会いたいと願ったのもまたセレシアだった。
他の全てを捨て、死ぬまで支え続けた彼女ではなく、数年間共に過ごしただけの初恋の女性を。
「令嬢は、いつもアロイスと一緒にいる私に羨望の目を向けていたでしょう?」
たしかにフィオナはアロイスに愛されるセレシアが羨ましかった。
彼女がいなければ、なんてどうしようもないことを考えたことも実は一度や二度ではなかったのだ。
そのことを見抜かれていたとは、驚きだ。
セレシアはフィオナを挑発するかのように、口角を上げた。
「もし、私が陛下の元に嫁ぎさえしていなければ、アロイスは間違いなく私と結婚していたでしょうね」
「……そうでしょうか。人の心なんて簡単に移り行くものですから、未来なんて誰にもわからないですよ」
その言葉に、セレシアは真顔で黙り込んだ。
傍から見れば、彼女に対する僻みのように聞こえるだろう。
「たしかにその通りですね……人の心ほど簡単に変化するものはこの世にありません」
セレシアはフィオナのその発言の意味を、つい最近身をもって知っていた。
しかし、だからと言って彼女はそう易々と諦めるつもりなど無かった。
「――でもそれって、言ってしまえば気持ちが戻ってくることもいくらでもあり得る――という風にも受け取れませんか?」
「……」
そう広くない公爵邸の客間で、二人の視線がぶつかり合ってバチバチと火花を散らした。
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