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他に愛する人のいる彼の元を去ったら、何故か彼が追いかけてきます  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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72 皇帝と皇后

オランジュ帝国の皇帝陛下は、およそ三十年前に皇后を亡くしてからというもの、誰一人としてその座には就けていない。

彼の寵愛を深く得ているとされる第一皇妃と第二皇妃ですら、皇后という地位だけは手に入れられなかった。



それは、皇帝が皇后を今でも忘れられないということを如実に表していた。



実際、皇后がまだ生きていた時代の皇帝の溺愛っぷりは有名だった。

フィオナはその頃生まれてもいなかったが、彼らと同年代の貴族夫人たちからそのような話を何度か聞いたことがあった。



どこへ行くにも常に皇后を同行させ、彼女の傍に他の男が近付くことを絶対に許さなかったという。

肖像画に描かれた皇后は、皇帝に肩を抱かれながらも暗い顔をしていた。



会ったことも無い女性だが、何故か彼女のことがとても気にかかった。皇帝の寵愛を得ることは、この世にいるすべての女性の憧れだが、もしかすると彼女自身はそんなこと望んでいなかったのかもしれない。



肖像画の中の彼女は、目の前にいる女性と生き写しだった。

どうやら彼女が皇后の娘であることは、間違いないようだ。そしてその黄金色の瞳は、皇帝のものとそっくりだった。



彼女が皇家の血を引いていることは、ほとんど確定しているようなものだろう。

しかし、そうなれば疑問が残る。



(……皇帝陛下と亡き皇后陛下の間に、子供がいたですって?)



皇帝には五人の皇子と七人の皇女がいるが、その中に皇后陛下から生まれた子はいない。

彼女は皇孫を残すことなく、命を落としてしまったからだ。



そういえば、皇后はマレア王国の王女だったっけ。

いくら王女とはいえ、小国のマレア王国出身の彼女が、大陸で最も権力を持つオランジュ帝国の皇帝に強く出ることなどできるはずがない。



「……母親の名前は何て言うんですか?」



相手が皇家の血を引いていると知り、フィオナは自然と敬語を使っていた。

彼女の父親が皇帝であるのなら、この帝国で最も高貴な女性となるからだ。



「母はパトリシアと言います。元々マレア王国の高貴な身分のお方だったと聞いています」



――パトリシア、亡き皇后陛下の名で間違いない。

マレア王国の出身であり、パトリシアという名前、そして写真に写る皇帝と皇后。



(どうか違っていてほしいと思ったんだけど……)



その後、彼女は自らの名をドロシーと名乗った。



「フィオナ様は、私の母のことをご存知なのですか?」

「………ええ、そうですね。知ってるっちゃ知っています」



フィオナは嘘をつくことも出来ず、そう答えるので精一杯だった。



貴族男性が隠し子を持つことはそこまで珍しいことではない。実際、セレシアもそのような経緯で生まれ、後にロレンツォ伯爵家に引き取られた。

そのため、ドロシーも身分を明かせば皇家に引き取られるだろう。



だが、それが問題だった。



(いっそ別の誰かだったらな……)



フィオナはドロシーの探している彼女の父親を知っている。身分を使って会わせてあげることもできる。

だが、今の皇家の複雑な事情を考えると、とてもそうすることはできなかった。



現在、皇家は第一皇子イザークと第三皇子の間で激しい皇位争いが起きている。

皇太子であるのはイザークだが、第三皇子を推す貴族が多いのもまた事実である。皇帝は自らの産んだ子たちに興味が無く、次期皇帝について特に触れることも無く放置している状態だ。



そんな中で、皇后から生まれたドロシーが現れればどうなるのか。

愛する女の忘れ形見である彼女を、皇帝は何としてでも皇座に就けたいと考えるだろう。



その結果、イザークと第三皇子の争いにドロシーが加わり、彼女の命が危険にさらされる可能性があるのだ。

イザークと第三皇子に命を狙われて、彼女が生き残れるとはとても思えなかった。



ドロシーはただ父親に会いたいというだけで、皇帝になりたいなどとは思っていないだろう。

しかし、彼女が正当な嫡子である以上、彼女を皇帝に押し上げる人間は絶対に出てくる。

―――そこに、ドロシー本人の意思など関係がないのだ。



悩みに悩んだ末、フィオナはドロシーにある提案をした。



「……ドロシーさん、一度私の家へ来ませんか?」



***



フィオナはドロシーを連れて、セレナイト公爵邸へと帰宅した。

フードを深くかぶせ、顔は絶対に見えないように徹底させた。



フィオナはドロシーを、自身の部屋へと案内した。



「わぁ、とっても素敵なお部屋!家もとても大きいですし……フィオナ様はとても高貴な身分のお方なのですね」

「え、ええ……そうですね」



いや、あなたの方がずっと高貴ですよ?

思わず口から飛び出しそうになった言葉を、フィオナは何とか抑え込んだ。



「ドロシーさん、私はちょっとお父様とお母様に会いに行ってきますから……ここで待っていてください。絶対に外に出ないでくださいね?」

「はい、待っています」



フィオナは絶対に部屋を出ないようにと念を押し、両親に会いに行った。




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