71 亡き皇后
翌日、フィオナはマダムマリーのブティックを訪れていた。
彼女がここへ来た理由はただ一つ。近いうちに行われる皇家主催の剣術大会に着て行くドレスを買うためだった。
「セレナイト公女様はどんな服でもとってもお似合いですわ」
「ありがとうございます」
ちなみにマダムマリーは、未だにフィオナがアロイスに恋をしているのだと思っている。
そのせいか、やたらとアロイスの瞳の色のドレスを薦めてくるのだ。
(アロイスのことはいい加減忘れないと……)
気持ちを切り替えなければならないと思ったフィオナは、アロイスの青ではなく、カイルの赤色のドレスを選ぶことを決めた。
これからはアロイスではなく、カイルだけを見つめ続ける。彼との約束を果たすために。
剣術大会で着て行くものに加えて数着のドレスを購入したが、その全てに青は含まれていない。
マダムマリーはフィオナに紙袋を渡し、手を振って見送った。
「ありがとうございました、セレナイト公女様」
「ええ、こちらこそ。母に伝えておきますね」
フィオナは笑顔を返し、扉から外に出た。
マダムマリーのブティックは、常に人で溢れる皇都に位置している。皇都に自身の店を構えるのは誰にでもできることではなかった。マダムマリーも相当苦労してきたのだろう。
(才能があるっていいわねぇ……私はそういうの何も無いから。そうだ、刺繍でも極めてみようかな?)
彼女はそんなことを考えながら、セレナイト家の馬車までの道を歩いた。
その途中で、フィオナは道の端で何やら話している三人組に目を留めた。
(あら、あれは……)
男二人に、女一人。
醸し出される雰囲気からして、どう見ても友人同士ではなかった。
チャラそうな服装の男たちとは対照的に、女性は地味なグレーのローブを着ている。フードを深くかぶっており、顔はよく見えなかった。
「なぁ、いいじゃん。俺と遊ぼうよ」
「や、やめてください……私、用事があるので行かないといけないんです……」
とっとと行こうとした女性の行く手を、男の一人が阻んだ。
どうやら彼らは、彼女をナンパしているようだ。どう見ても嫌がっているというのに、そのことに気付いていないのかしつこく言い寄っていた。
(まったく、どうして彼女の気持ちに気付かないのかしら)
いや、もしかすると気付いているけど気にしていないだけなのかもしれない。
フィオナは無意識に彼女を守るように、男たちの前に立ちはだかっていた。
「――やめなさい、みっともないわ」
「何だと?お前誰だ?」
突然の彼女の介入に、男たちが不快そうに眉をひそめた。
しかし、女であれば誰だってよかったのか、驚くことに彼らはフィオナにもナンパをし始めた。
服装からして、男たちはおそらく平民だろう。そのため、フィオナとの身分の差は歴然である。
私を誰だと思っているの?
何だかムカついてきた。
「よく聞きなさい、私はセレナイト公爵家のフィオナよ!アンタたち下賤な男が言い寄っていい人間じゃないんだから!」
「セ、セレナイト公爵家……?」
オランジュ帝国民で、セレナイト家を知らない人間などいない。
フェンダル、スティンガー、フロランティア、セレナイトの四大公爵家は有名だ。
男たちはみるみるうちに顔を青くし、その場から逃げるように走り去って行った。
彼らが見えなくなった頃、女性は安心したようで、未だ僅かに震える声で礼を言った。
「助けてくださってありがとうございます……何をお礼をしたいのですが……」
「気にしないでいいわ」
人助けをするのはやはり気持ちが良い。
フィオナはその爽快感を胸に残したまま、その場から立ち去ろうとした。
そんな彼女を、女性が慌てて引き留めた。
「あ、あの!実は私、人を探しているんです!」
「人……?」
彼女の言葉に、フィオナはゆっくりと振り返った。
ローブの隙間から見える、綺麗な金色の瞳と目が合った。その瞳の色は、フィオナのよく知る誰かと似ていた。
「実は私、幼い頃に母親を亡くしていて……母の知り合いの夫婦に育てられたのですが……」
彼女は幼少期のことを、ポツリポツリと語り始めた。
どうやら女性は、生まれてから両親に一度も会ったことが無いのだという。
母は出産後すぐに亡くなり、父親も肖像画でしか見たことが無い。
そんな彼女は、オランジュ帝国の隣に位置するマレア王国に住んでいた。
しかし、一度も会ったことの無い父親がオランジュ帝国にいるという噂を聞いて会いに来たのだという。
「父親……」
「私、どうしてもお父さんに会いたいんです。唯一残された肉親なので……」
肖像画が描かれているのなら、どこかの貴族だろうか。
だとすれば、フィオナは知っている可能性が高い。
「もし、知っているのなら手がかりを教えていただけないかと……」
彼女は懐から一枚の紙を取り出すと同時に、フードを外した。
風になびいた長い青髪が、太陽の光を受けてキラキラと光り輝いた。
「あら、まぁ……」
―――何て、美しい。
サラサラのロングヘアに、大きな黄金色の瞳。ぷっくりとしたピンク色の唇に、上気した頬。
貴族令嬢でも、ここまでの美人はそうそういないだろう。
フィオナは思わず見惚れてしまっていた。
彼女は持っていた肖像画をフィオナに渡した。
そこには、一組の夫婦が描かれていた。軍服の上から赤いマントを羽織った男性と、彼の隣で浮かない顔をする青髪青目の美しい女性。
女性の顔は、今目の前にいる彼女にそっくりだった。母娘なのだから、当然かもしれない。
「―――この絵に描かれているのが、私の両親です」
「…………これは」
フィオナは肖像画に描かれた二人と、彼女を交互に見つめた。
彼女が、本当にこの二人の間に生まれた子供だというの?
肖像画に映っていた彼は、紛れもなくフィオナの知っている人物だった。
いや、貴族なら誰もが彼のことを知っているだろう。隣国に住んでいた彼女なら、知らなくても不思議ではないが。
肖像画に描かれた一組の夫婦。
このオランジュ帝国で最も高貴ともいえる二人組。
――現皇帝陛下と、亡くなった彼の最愛の皇后陛下だった。
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