69 過去を捨てる
二日連続で泣き喚いたフィオナの目は、真っ赤に腫れ上がっていた。
「お、お嬢様……大丈夫ですか……?」
「ええ、何ともないわ。めっちゃくっちゃ元気だから心配しないで」
フィオナは心配する侍女を安心させるために、わざと語気を強めた。
ただでさえ倒れたことで迷惑をかけているというのに、これ以上心配させるわけにはいかなかった。
「そういえばお嬢様、フェンダル公爵様から贈り物が届いておりましたよ」
「贈り物……?」
侍女はフィオナの前に、ガーベラの大きな花束を持ってきた。
黄色いガーベラがいくつも密集した花束には、メッセージカードが添えられている。
「わぁ、とっても素敵……!」
フィオナは感動で思わず声を上げていた。
花を受け取り、メッセージカードを抜き取った。
『フィオナ
この間は無礼を働いてしまい、すまなかった。
気持ちが楽になるまで、ゆっくり休んでくれ。
アロイス』
淡い青色の小さなカードには、彼女を気遣う文面が並べられていた。
無礼を働いたのはアロイスではなく、フィオナの方だというのに、彼はそのことを咎めもしなかった。
内容を最低限のもので済ませたのは、逆に彼女に言いたいことがたくさんあるからだろう。
一度書いたら止まらなくなりそうだと思ったのかもしれない。
フィオナもアロイスに似たような気持ちを抱いていたから、そのことがよくわかる。
(アロイスったら……こんな可愛いカードを選ぶだなんて……)
カードの淵を彩る小さな花びらたちに、フィオナはクスッと笑みを溢した。
彼の気遣いはとっても嬉しかったけれど、それでも彼女はアロイスと一緒になることができない。
前世のことを思うと、どうしても彼の変わった気持ちを信じられなかったからだ。
元々、人の気持ちなんて簡単に移り変わるものだ。
アロイスも今はフィオナに心を抱いていたとしても、何かのきっかけでセレシアに戻るかもしれないし、別の誰かと恋に落ちる可能性も無いわけではない。
――信用できなかった、彼のことを。
フィオナがアロイスを受け入れることのできない理由はまさにそこにあった。
穏やかな表情のフィオナに、侍女が声をかけた。
「お嬢様……お部屋に飾られますか?」
「ううん……とっても綺麗な花だから、みんなの見えるところが良いわ。エントランスに飾っておいてくれるかしら」
「そ、そうですか……」
てっきりアロイスに対するフィオナの気持ちが戻ったと思っていたのに。侍女は勘違いだったのだろうか、と呆気に取られていた。
「それと……もう一つだけ頼みがあるの」
「……何でしょうか?」
そこでフィオナは、花束に添えられていたカードを突き出した。
「―――このメッセージカード、処分しておいてくれるかしら?」
「お嬢様……」
とても、自分ではできなさそうで。
彼女はカードの処分を誰かに頼むしかなかった。
カイルと約束した以上、二度と彼を裏切るような真似はしたくなかった。
この揺れ動く気持ちですら、裏切りであることに変わりは無い。
実際、カイルは懲りずに屋敷を訪れるミランダを徹底的に追い返していた。
フィオナに誓った約束を絶対に守り抜くつもりなのだろう。ならば、フィオナもいつまでもアロイスに未練を残すわけにはいかない。
(大丈夫……全てが上手くいくわ……)
――私たち、きっと幸せになれるはずよ。
***
それからというもの、フィオナはアロイスと会わないように徹底した。
運んでくれたことと花束の礼の手紙を書いたのが最後で、それ以来の手紙には返事をしていなかった。
「フィオナ、リリアーン侯爵令息との婚約式の日取りは決まったのか?」
「……ええ、この間カイルと話し合って、私の誕生日に婚約するのがいいんじゃないかってことになったの」
フィオナとカイルは婚約者ではあるが、まだ正式に婚約を結んでいるわけではなく、あくまでも内定している状態だった。
貴族同士が婚約を結ぶには、正式に婚約式というものを開く必要がある。
そうすれば、フィオナとカイルの婚約は確定する。
暗い気持ちになるのは、よくあるマリッジブルーというやつだろうか。
「リリアーン侯爵令息はきっとお前のことを幸せにしてくれるだろう、彼は真面目な男だからな」
「わかっているわ、彼とならきっと……温かい家庭を築けると思うの」
フィオナもカイルも、ちょうどお互いに一歩前に進もうとしているところだった。乗り越えるのは簡単ではないだろうけど、時間が経つにつれていつかは心の傷も消えていくはずだ。
二人で手を取り合い、未来へ―――
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