66 突然の彼の登場
皇太子イザークが帰った後も、パーティーは続いた。
名門セレナイト公爵家の未来を担う二人と親しくなりたいと思う貴族たちは多い。
そのため、いつ見てもキースとリラの元には招待客たちの行列が絶えなかった。
(お兄様はともかく、皇女殿下はあんな風に囲まれるのは初めてで困惑しているようね)
社交慣れしておらず、さっきからオドオドしているリラを、キースはしっかりと守っている。
彼女が公爵夫人になるのが決まっている以上、貶めようとする者は多く現れるだろう。元より、キースの妻の座を狙っていた令嬢は多くいたのだ。
(でもまぁ、お兄様ならきっとどんな手を使ってでも皇女殿下を守るはずよ)
それより、今はアロイスとセレシアの方が気にかかった。
前に彼に伝えられた本当の気持ちも相まって、二人が密会をしているというのが信じられなかったのだ。
(もしかすると、久々に彼女に会って気持ちが再燃したのかしら……)
フィオナは、アロイスがどれだけセレシアを愛していたかをよく知っていた。
真偽はわからないものの、ありえないことではなかった。
「―――キャッ!」
「ッ……」
そのとき、近くを通りかかった一人の令嬢と肩がぶつかってしまった。
顔を上げると、ピンク色の髪の毛をツインテールにした可愛らしい令嬢と目が合った。
年齢はフィオナよりも年下の、十代後半くらいに見えた。
初めて見る顔だったから、おそらく高位貴族ではないだろう。制止していたフィオナにぶつかったのは彼女なので、そちらに非があるのは明白だった。
しかし、事を荒立てたくなかったフィオナは謝罪のためにと口を開いた。
「あ、申し訳ありま……」
「――酷いです!フィオナ嬢!」
「……………え?」
ピンク髪の彼女は、急に目に涙を浮かべたかと思うと周囲に聞こえるような大声で叫んだ。
フィオナは呆気に取られ、招待客たちも何事かと彼女たちに注目した。
彼女は顔を両手で覆い、ヒックヒックと涙声で言葉を紡いだ。
「酷いです……どうしてこんなことをするんですか……せっかくのお気に入りのドレスが……」
「………何を」
よく見ると、彼女の白とピンクのフリフリなドレスには、真っ赤なシミが付いていた。
ドレスに染み込んでいるあの赤は、おそらく赤ワインだろう。
経緯はわからないが、ドレスにワインを溢してしまったようだった。
そして、今彼女はちょうど右手に赤ワインの入ったグラスを持っていた。
その状況に、周囲はヒソヒソと噂し始めた。
「もしかして、フィオナ嬢がやったのか……?」
「まぁ、何てこと……」
「そんなことをするような人間だったのか……」
当然、彼女は何もしておらず、そんなのは証拠も何もない憶測に過ぎない。
フィオナは否定しようと声を上げたが、結局周囲の人々の噂話にかき消されてしまった。
「私は何も……」
フィオナは目の前にいる彼女の誤解を解こうと、声をかけようとした。
しかし、その瞬間――両手で隠した隙間から見える彼女の口元が、醜く弧を描いた。
そのときになってようやく、フィオナは嵌められたのだということに気が付いた。
(まずいわね……よりにもよって、こんな大勢の前で)
フィオナは自身にかけられた嫌疑を何とか晴らそうと、口を開いた。
「何かの誤解です、私は何もしていません」
「……フィオナ嬢、どうしてこんなことをするんですか?私が一体あなたに何をしたと……」
それを聞きたいのはこっちよ!
何故、顔も知らない令嬢に貶められなければならないのか。
あいにく、この場には彼女を助けてくれるような人は誰もいなかった。
キースは招待客たちと話していて気付いていないようだし、カイルもちょうど不在だった。
そのため、フィオナは味方が誰もいない中でどうにかしなければならなかった。
(どうしよう……周囲の風向きが変わり始めてる……)
ほとんど全員が、フィオナに疑いの目を向けていた。
しかし、そんな彼女の前に救世主が現れた。
「――フィオナ嬢、こんなところで何をしていたんだ?探していたんだぞ」
「………………アロイス?」
いつものような黒い軍服を身に纏って彼女の後ろから近づいてきたのは、何とアロイスだった。
どうして、彼がここに?
アロイスはキースとリラの婚約披露パーティーに招待されていないはずだった。
それなのに、何故会場に入ることができたのか。
「フェ、フェンダル公爵様……」
「お前は……もしかしてヤーバン男爵家のエステラ嬢か?」
突如として向けられた冷たい瞳に、エステラと呼ばれた彼女がビクリと肩を上げた。
フィオナは知らなかったが、アロイスは彼女と顔見知りだったようだ。
彼はエステラを一瞥した後、会場にいる人々に向けて言い放った。
「さっきからフィオナ嬢に言いがかりをつけていたようだが、それは全て誤解だ。俺は一部始終を見ていた。フィオナ嬢は何もしていない」
「な、何だと……!?」
人々の間でざわめきが広がる。
「全てはエステラ嬢の自作自演だ。彼女は昔から人を嵌めるのが好きな性格だから、あまり真に受けるなよ」
それだけ言うと、アロイスはフィオナの腕をガシッと掴んだ。
「――行こう、フィオナ」
「ちょ、ちょっと待ってアロイス……!」
アロイスはフィオナを引きずるように、その場から連れ出した。
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