65 助けてあげて イザークside
『ねぇ、殿下!将来はこどもが何人ほしいですか?』
『子供……?俺は子供なんて欲しくない』
冷たく言い放つと、横に座っていた少女はどうしてですか?ときょとんと首をかしげて尋ねた。
イザークは何も言えなかった。
彼は皇帝にならなければいけなかった。しかし、子供を持つ気はないし、何なら誰かと結婚をするつもりもない。
皇帝になるのに子を持たぬとは、前代未聞だった。
彼の父親である現皇帝陛下は、何人もの女性と関係を持ち、多くの皇子と皇女を妾たちに産ませた。
先代も、その前も現皇帝と似たような人間だったそうだ。
オランジュ皇家には、皇帝の愛人たちが住む大きな宮殿が皇帝宮の横に建てられている。何よりも血筋を重んじるオランジュ帝国では、皇帝は皇后以外にもたくさんの女を囲って子孫を繁栄させるべきだという考えが強く根付いている。
(父は今日もまた、あそこに入り浸っているのだろうな……)
あの建物を見るたびに、イザークは嫌悪感を隠しきれなかった。
イザークは自分が良い父親になれるとは思っていなかった。あの男の血を引いているし、母親の顔なんて覚えてもいない。
自分が受けられなかった親方の愛情を、我が子に注げるという自信が無かったのだ。
かなり昔に皇宮を出て行ったとされる、彼の母親。彼が母の死の真相を知ったのは、つい最近のことだった。
皇帝に捨てられ、そのまま命を絶ってしまったのだということ。
イザークは結婚なんてしたくはない。
皇帝のような男になりたくないというよりかは、愛した女が母親のような末路を迎えることを恐れていた。
(お前にはそんな考え、到底理解できないだろうな……)
彼はすぐ傍にちょこんと座っていた自分より体の小さい少女を見つめた。
穢れを知らない、純真無垢な瞳で彼を見るその子は、たしか彼の婚約者最有力候補だった。
フロランティア公爵家って言ったっけ。
父親が、母親を失って何の後ろ盾も持たない彼に与えた最初で最後の贈り物だった。
イザークは父が何故、自分にそのようなことをしたのかを考えてみた。
皇帝が亡き皇后を深く愛していたのは、帝国内では有名な話だ。
そして彼の青い髪は、その皇后によく似ているのだという。
どうせ愛した女との間にできた子はいないのだから、ほんの少しでも彼女の面影があるイザークに皇位を継承したい。おそらくそのような考えからだろう。
そのとき、退屈そうにしていた彼の手を彼女が掴んだ。
『――殿下がほしくないなら、私もいりません!』
『……何だと?』
彼女の言葉に、彼は呆気に取られた。
皇帝になるのだから子を成さぬなど許されないと説教してくるのかと思っていたイザークだったが、彼女はあくまでも彼の意思を尊重した。
その一言で、彼は心にのしかかっていた重荷が下りたかのようだった。周囲の大人たちと違って、彼女は彼に何かを強要したりはしない。
『お前……』
『こどもがいなくても、仲の良い夫婦ってすてきですよね!』
彼の前でそのような無防備な姿を見せ、屈託の無い笑みで笑うのは彼女が初めてだった。
このとき、彼は彼女に特別な感情を抱いた。
***
「……やはり、来るべきではなかったな」
セレナイト公爵家所有のパーティーホールを出た彼は、光の漏れる煌びやかな建物を見上げて呟いた。
今日は彼の異母妹とキースの婚約披露パーティーだった。
皇帝は娘の婚約などどうでもいいようで、他の兄弟たちも乗り気ではなかったから、必然的にイザークがパーティーに参加することとなった。
(……まぁ、俺もフィオナ嬢とはもう一度話してみたかったし)
彼は妹の婚約を祝いに来たという建前だったが、実はフィオナと会うのが本当の目的だった。
異父姉セレシアの元恋人であるアロイスが彼女に接触していることを知り、イザークはフィオナに興味を抱いた。
「フィオナ・セレナイトがあんなことを聞いて来るとは驚きだったがな……」
まさか彼女にアデライトとのことを触れられるとは、イザーク自身も想像していなかった。
どうやらアデライトはフィオナに彼のことを話したようだった。何故、よりにもよってフィオナにとは思うものの、別に話されて困ることなんて何もない。
イザークはアデライトのことを考えながら、帰りの馬車に乗り込んだ。
「――殿下、セレシア様がフェンダル公爵邸へ向かわれたようです」
「……そうか、ずいぶん早いんだな」
ちょうどその頃、セレシアがアロイスに接触しようとしていることを彼は影から聞いた。
彼女とは唯一理解し合える姉弟であり、同じ志を持つ同士でもあった。
イザークは頬杖をついて窓の外を眺めながら、口を開いた。
「それと……フロランティア公女のことなんだが」
「……公女様がいかがなさいましたか?」
もしや、計画を妨害する敵か何かか?と影はアデライトへの警戒を強めた。
しかし、イザークは僅かに柔らかくなった表情であることを依頼した。
「――彼女が何か……困ったりしていたら、そのときは助けてやってほしい」
「…………え」
あのイザーク・オランジュが他人を気遣うような発言をするとは。
彼は衝撃を受けて、口を開けたままポカンとしていた。
「返事は」
「は、はい!殿下!」
その言葉で我に返った影は、急いでフロランティア公爵家へと向かった。
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