64 イザークとの対話
皇太子であるイザークは、他の皇子たちと違って普段から様々な政務を皇帝より任されている。
未来の公爵家を担うキースとその妻になるであろう異母妹の婚約パーティーに参加するのも、その役目の一つだった。
第四皇女リラは影が薄く目立たないうえに、皇家では長年虐げられていた。
そのため、皇家の代表としてパーティーへ行くのを全員が嫌がるという異常事態が起きたのだ。
皇帝や皇妃たちは最初から候補にすら入っていないし、イザークしか代わりを務められる人間がいなかった。
フィオナはドレスのスカートを持ち上げ、カーテシーをした。
「帝国の輝く星、皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
イザークは頭を下げる彼女を、面白そうに眺めていた。
普段から冷たい人だと聞いているせいか、その笑みが何だか恐ろしかった。
「そんなにかしこまらなくていいさ、セレナイト公女」
「……ありがとうございます、殿下」
こんなにも親しみやすい人だっただろうか。
フィオナは顔を上げ、自身を見下ろすイザークを視界に入れた。
「今日は、お忙しいところ我が兄の婚約披露パーティーに来て頂きありがとうございます」
「俺が行かないわけがないだろう?セレナイト公子は義弟になるわけだし……」
「義弟……」
そこでフィオナは、リラが皇女であったことを思い出した。
皇族によくある傲慢さが全く無いせいか、そのことをすっかり忘れていた。
(我がセレナイト家が皇家と縁を持つのなら、私と皇太子殿下も無関係ということにはならなくなるのよね)
凶暴と噂されるイザークとはあまり関わりたくなかったが、仕方が無い。
どのみち、未来の皇帝は間違いなく彼なのだ。好かれていて悪いことは無いだろう。
イザークはフィオナから視線を腹違いの妹であるリラに移していた。血の繋がりがあるとはいえ、半分だけ。
前世では兄妹たちをほとんど全員殺してしまった彼のことだ。きっとそこに情など無いに違いない。
リラはただ、粛清前に皇家の名を捨てたから生きていられたというだけである。
そのことを考えると、フィオナはやはり彼への警戒を怠るわけにはいかなかった。
「それにしても、リラがあんな風に笑うところは初めて見た。よほどセレナイト公子のことを愛しているんだな」
笑うところを初めて見ただなんて、いつもあなたたちが彼女の笑顔を奪っていたからではないか。
「……当然でございます。皇女殿下とお兄様は深く愛し合っておられるのですよ」
「愛……か」
何か思うところがあるのか、イザークは意味深にポツリと呟いた。
愛というその単語に、彼の表情が急に暗くなった。
(……一体どうしたのかしら?)
フィオナは沈んだような彼の横顔をじっと見上げていた。
その表情は、前世で彼女がよく見ていた冷酷な暴君皇帝そのものだった。むしろさっきの方がイザークらしくないといえるほどだ。
「羨ましいな、そんな人がいて。俺にもいつかできるのだろうか」
「……何をおっしゃっているのですか。殿下にはフロランティア公女様がいらっしゃるではありませんか」
イザークの婚約者がフロランティア公爵家のアデライトがあることはまだ正式には発表されていないものの、帝国にいる貴族ならば誰もが知っていることだった。
アデライトの名を聞いたイザークは、ピクッと眉を上げた。
彼が彼女に対して何を思っているのか。フィオナはアデライトがイザークとの関係を悩んでいるということもあり、彼の真意を探ろうとした。
彼はそっぽを向き、何の感情も混じっていない声で言葉を発した。
「……まだ婚約が決まったわけじゃない」
「それでも、フロランティア公女様が最有力ではありませんか?」
かなり攻めた質問だった。
アデライトが前世のフィオナのようになるかもしれないと思うと、彼女はいても経ってもいられなかったのだ。
「セレナイト公女……」
そのとき、イザークがフィオナの方を振り返った。
―――金色の瞳が鋭く光り、彼女を捉えた。
「調子に乗りすぎだ、俺を誰だと思っているんだ?」
「殿下……」
マズい、と思ったときには遅かった。
彼はフィオナを嘲笑うように、片方の口角を上げた。
「セレナイト公爵家のご令嬢がそこまで大胆だとは知らなかったな」
「……申し訳ありません、出過ぎた真似を致しました」
流石に人目のあるここでは何かしたりなんてしないだろうが、それでもフィオナの不安感は拭えなかった。
少し優しくされたからといって、イザークは血の繋がった弟や実父にも手をかけた暴君だった。赤の他人であるフィオナを殺すことなど、何の躊躇いも無いだろう。
「……アイツと会ったのか?」
「……はい」
もはや嘘などつけず、フィオナは正直に頷いた。
勝手にアデライトと話をしたことが気に入らないのだろうか、彼は何故か不機嫌そうだ。
「そういえば、フィオナ嬢は知ってるか?」
「……何をでしょうか?」
イザークは口元の笑みを、一層深めた。
「――第三皇妃セレシアが、フェンダル公爵と密かに会っているという噂をだ」
「な、何を……!?」
フィオナは驚きを隠しきれず、思わず固まった。
「ちょうど今も、公爵は皇妃と一緒にいるぞ」
「……」
どう思う?とでも言いたげなその視線。
きっとこの質問は、フィオナを試しているのだろう。
――お前は本当に、アロイスのことを何とも思っていないのか?本当は気持ちがあるんだろう?
まるでそう詰め寄られているようで、フィオナは悔しさを滲ませた。
しっかりしないと。ここで動揺してしまうだなんて、一体私は何のために回帰したのか。
彼女はそう言い聞かせることで自分を奮い立たせた。
「……私と閣下はもう何の関係もありません。閣下が誰を愛されようと、私の知るところではありません」
イザークはその返事に、つまらなそうにそうか――とだけ言うと、そのまま彼女の前から立ち去った。
結局、彼のアデライトへの気持ちを探ることはできなかった。
そのうえ、知りたくも無いことまで知ってしまったようだ。
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




