63 前世の記憶
その日、フィオナは懐かしい夢を見た。
前世、まだ彼女がアロイスの傍にいたときのこと。
フィオナはトレーにホールのチョコレートケーキを乗せ、仕事中のアロイスの書斎を訪れた。
『アロイス、今日はあなたのために美味しいケーキを作ったのよ。誕生日だったでしょう?』
『……そうだな』
彼は虚ろな目で、フィオナの作ったケーキを眺めていた。甘い物があまり得意ではない彼に、ビターチョコレートのケーキを一から手作りしたのだ。当然、彼はそんなフィオナの気苦労など気にもしていないだろう。
『全部はきっと食べられないわよね……一カットだけ置いておくから、時間が空いたら食べてくれると嬉しいな』
『……』
フィオナはケーキを一カット切り、小さな皿に乗せて彼の机に置いた。アロイスはただ黙ってその一連の行動を見つめているだけ。
その間も、彼女のことは一度たりとも視界に入れなかった。
そして、彼女が部屋を出た後にようやく一言発するのだ。
『―――セレシア』と。
扉の向こうから聞こえた声に、フィオナの目から一筋の涙が零れた。
二十四年間もの間、彼女は片時も離れることなくアロイスの傍を守っていた。傍にい続けていれば、いつかは彼が自分を見てくれるのではないか、セレシアよりも上になれるのではないかと。
しかし、その結果は悲惨なものだった。
アロイスが亡くなり、一人死に行く前、フィオナは心に誓った。
―――二度と、彼と一緒になったりはしないと。
***
それから一週間後、キースとリラの婚約披露パーティーが行われた。
皇族と公爵家の令息の婚約なだけあって、国内外問わず貴族や王族が招待された。こんなにも早いお披露目になったのは、両親に交際を隠していたキースがかなり早くからひっそりと準備をしていたのだという。
(……お兄様ったら。両親に反対されたときのために、わざと先に準備していたのね)
そういうずる賢いところが、キースらしいなと思う。
「第四皇女殿下、セレナイト公子。この度はご婚約、誠におめでとうございます」
「ありがとうございます、令嬢」
「こうやって私たちを祝いに来てくれて感謝しているよ」
お揃いの赤色のドレスと礼服に身を包んだ二人は、招待客たちと楽しそうに会話をしていた。
リラとキースは、会話の途中で目を合わせて微笑んだ。
あんなにも仲が良いのなら、フィオナが心配する必要なんてないだろう。
「問題はお兄様じゃなくて、私の方よね?」
婚約者と幼馴染の間で揺れているだなんて、他人には絶対に言えないことだ。
「――フィオナ、久しぶりだね」
「……カイル?」
そのとき、会場の隅で立ち尽くしていたフィオナに声をかけたのは婚約が内定しているカイルだった。
カイルは近い将来、キースの義弟となる。そのため、当然婚約披露パーティーには参加していた。
まだ出会って間もないが、古くからの友人に出会ったかのようにフィオナの心は明るくなった。
「本当……何日ぶりかしら。元気にしてた?」
「ああ、おかげさまでな。義兄上の婚約、おめでとう」
「ありがとう、あなたが来てくれて嬉しいわ」
フィオナは満面の笑みで言葉を返した。
近いうちに自分もまた、彼とこのようなことをするのだと思うと、何だか妙な気分だ。
(彼となら……きっと前世よりも幸せになれると思うの……)
お互いを激しく求め合う深い愛が存在するわけではないが、彼とはすでに同じ傷を抱える親友のような存在になっていた。
「俺はセレナイト公子に挨拶に行ってくるよ、また後で話そう」
「ええ、いってらっしゃい」
フィオナはキースの元へと向かったカイルを、手を振って見送った。
近いうちに義理の兄弟となる二人には、できるだけ親しくなってほしいものだ。
(そういえば、もうすぐ……皇家主催の剣術大会が開かれる頃だったわね)
今日はアロイスもいないことだし、比較的平和なパーティーになりそうだった。
そう思っていたのも束の間、フィオナは再び声をかけられた。
最初は挨拶に向かったカイルが帰ってきたのかと思った。
しかし、振り返った彼女の視線の先にいたのは予期せぬ人物だった。
「――これはこれは、セレナイト公女じゃないか」
「……………イザーク皇太子殿下?」
何と、彼女に話しかけたのはイザーク皇太子だった――
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