62 揺れ動く気持ち
皇立図書館から帰宅したフィオナは、珍しく厨房にいた。
時刻はちょうど六時。家族揃っての晩餐会が始まるのがいつも七時からなので、今はシェフたちが夕食の準備をしている頃だった。
フィオナはシェフの手伝いをしながら、最近の出来事を話していた。
「それでね……アロイスが誕生日に赤い薔薇の花を贈ってきたのよ。今日会った彼から、あの花は俺の本当の気持ちだって言われたわ」
「お嬢様、それは紛れもなく愛……」
そこまで言いかけて、料理長は口を噤んだ。
アロイスが今までフィオナをどんな風に扱っていたか、セレナイト家の使用人ならば誰もが知っていることだった。
そのせいか、彼はセレナイト公爵邸にいる使用人たちからはあまり好かれていなかった。
ウチの大切なお嬢様とは結ばれてほしくない、と思っている者たちばかりなのだ。
「アロイスは間違いなくセレシア皇妃のことが好きだと思って身を引いたのに……」
フィオナは前世でアロイスに散々傷付けられたが、彼が不幸になることを望んでいるわけではなかった。
ただ自分のことを優先したというだけで、愛する人と結ばれることができなかった分、彼には別の幸せを掴んでほしいと思っていた。
(だけど、もしアロイスの幸せが、私の傍にあるのだとしたら……)
――私は、彼の元に戻ってしまうのだろうか?
フィオナの頭に、幼い頃の彼との大切な思い出が浮かんだ。
前世で見た彼とは違って、優しく微笑みかけてくれるアロイス。そんな彼を思い浮かべると、フィオナの気持ちは揺れ動いた。
そんな彼女の心情に気付いたのだろうか、横で準備を進めていた料理長が口を開いた。
「フィオナお嬢様、最近は色恋で悩まれることが多くなりましたね」
「そ、そうかしら……?」
たしかに、最近はアロイスとカイルの間で揺れていることが多かった。
使用人たちにまで気付かれていたとは、何とも情けない。
「妖精のようだったフィオナお嬢様が恋に悩まれているところを見ると、何だか時間の流れを感じます」
「よ、妖精……?」
いつものほほんとしているせいか、どうやらそういう風に見えていたようだ。
しかし、フィオナはもうとっくに成人している。彼らとは長い時間を過ごしたからだろうか、未だに子供のように思われているようだ。
「お嬢様、私たちはお嬢様の幸せを心から願っております」
「……料理長」
彼は横にいたフィオナの手を、ギュッと握った。
昔からセレナイト家に仕えている料理長は、フィオナにとってもはや第二の父親のようなものだった。
「――お嬢様がどのような選択をなさろうと、応援しております」
「………ありがとう」
フィオナは口元に笑みを浮かべ、礼を言った。
何だか彼のおかげで、元気が出たようだ。
***
家族での夕食を終えたフィオナは、就寝の準備をしていた。
「結局、あの本を見つけることはできなかったけれど……」
フィオナはアロイスの目を欺くために咄嗟に借りてしまった恋愛小説を手に取っていた。
『他に愛する人がいるはずの冷酷な公爵様からの溺愛が止まりません!』
表紙に描かれていた黒い髪の青年は、気のせいかアロイスに似ているような気がする。冷たい目をしているところとか、見れば見るほど彼を連想させる。
「……なんてね、そんなことあるわけがない」
違う、アロイスを思い浮かべて選んだなんて絶対にそんなことは無い。
フィオナは揺れ動く自分の気持ちに蓋をし、その小説のページを開くことなく、机の引き出しに閉まった。
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