61 姉弟の秘密の密会 セレシアside
その日の夜、第三皇妃セレシアは人目を盗んで皇太子宮へと訪れていた。
彼と会うのは人々が寝静まった夜か、かつて祖母と暮らしていた故郷の家しかない。
彼女はイザークからの呼び出しを受け、彼の寝室を訪れていた。
彼との関係が噂になっていることは知っていたが、皇帝はもはやセレシアに愛など無い。
今は新しく後宮に迎え入れた若い女に夢中だと聞いた。
「――殿下、失礼します」
セレシアは扉をノックし、できるだけ音を立てないようにそっと中に入った。
イザークの暮らす皇太子宮は、元々人の出入りが少ない場所だ。凶暴な皇太子にわざわざ会いたいと思う人はいないし、使用人も最低限で数人しかいない。
何でもイザーク自身が信用できる者しか傍に置かないことを徹底しているのだという。
「よく来たな、セレシア」
中に入ると、イザークが口角を上げて彼女を出迎えた。
普段滅多に笑うことの無い彼だが、唯一の肉親ともいえるセレシアであれば話は別だ。
セレシアはイザークの正面にあるソファに腰を下ろした。
「俺の父親は相変わらず、女遊びばかりしているようだ。我が父ながら、みっともない」
「……そうですね、殿下」
と言っても、父親に認知してもらえているだけ羨ましいとセレシアは感じた。
彼女は父親である伯爵とはほとんど話したことが無かった。存在を知ってはいるが、ただそれだけの話。イザークの仲介が無かったら、彼女はロレンツォ家の敷居すら跨ぐことができなかっただろう。
「ところで、最近妙な噂を聞いたんだ」
「噂とは一体何のことでしょうか?多すぎてどのことを言っているのか」
セレシアはきょとんと首をかしげた。
皇宮に流れる噂は、真偽が不明のものも含めるといくつもある。それらは全て、噂好きな貴族夫人から始まり、お喋りな侍女たちを通じて皇族たちの耳に入っている。
イザークもセレシアも、特に貴族たちのくだらない噂を気にするような人間ではない。
しかし、今回流れたものは彼らの計画の障害になりかねなかったため、イザークが緊急で呼び出したのである。
「――フェンダル公爵が、セレナイト公女に気持ちがあるのだと」
「……」
それを聞いたセレシアは、無意識に膝の上に置いた拳を握りしめていた。
(………どうして、私の術が効いていないというの?)
――あの男には、ほかの誰よりも強く術をかけておいたというのに。
「……殿下、私はちゃんとやりました。簡単に目が覚めることの無いように、上から何度も重ねてかけたくらいです」
「ああ、だろうな」
セレシアの推測では、向こう三十年はアロイスは永遠に彼女のことを想い続けているはずだった。しかし、アロイスがフィオナに気持ちがあるというその噂が本当だとすれば、術が解けかかっているということだ。
(そんなこと初めてだわ……お母様から受け継いだ私の魔術は誰が相手でも効くはず)
初めて術を自力で解かれたともなれば、セレシアのプライドがズタズタになった。
心は痛むが、アロイスにはセレシアにとって都合の良い駒でいてもらわなければならない。そのため、彼女は自らを危険にさらすある決断を下した。
「……殿下。私、もう一度……アロイスに接触するわ」
「……何だと?」
イザークは思わず眉をひそめた。
皇帝の妃でありながら、昔の恋人に接触するというその行動がどれだけ危険なことかは彼女自身もよくわかっていた。
当然、イザークにとってもセレシアはたった一人の姉だ。止めようとしたが、彼女の意思は揺らがなかった。
「平気よ、殿下……次はきっと上手くやるわよ……絶対に失敗なんてしたりしない……」
セレシアはソファからゆっくりと立ち上がると、自信ありげな笑みでイザークを見下ろした。
「――だって私は、お母様の娘なんだから」
セレシアの脳裏に、大昔に数回だけ見たことのある一人の女性が浮かび上がった。
良い母親とはとても言えなかったけれど、あの人は彼女に素晴らしい贈り物を残していってくれた。
イザークの寝室を出たセレシアは、華奢な右腕を持ち上げた。
かざした手に力を込めると、紫色の謎の粒子が宙を舞った。
「ごめんね、アロイス……」
私を心から愛してくれたあなたへ。
―――あなたをこれまでずっと愛することができなくて、ごめんなさい。
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