60 俺の本当の気持ち
恋愛小説がズラリと並ぶエリアの前で、彼女は突然現れた彼を見上げていた。
どうして、アロイスがここにいるのか。もしかして後をつけてきたのではないかと一瞬疑ったが、手には数冊の本が抱えられている。どうやらたまたまのようだ。
フィオナを見つけたアロイスは、嬉しそうに顔を輝かせた。
「久しぶりだな、フィオナ」
「ええ、そうね……フェンダル公爵閣下」
他人行儀な呼び方に、彼は傷付いたようにシュンとなった。
その表情に、フィオナも一瞬動じてしまった。彼への思いはすでに断ち切ったはずなのに、そのような顔を見たくないと思ってしまう自分がいるのだ。
(しっかりしないと……私にはカイルがいるんだから……)
彼と婚約している今、浮気はダメだ。
それにアロイスにはセレシアがいる。彼女が皇帝の目に留まりさえしなければ、彼は今頃セレシアと結婚していただろう。
「閣下は、どうしてここに?」
「俺は……息抜きがてらに、よくこの場所を訪れているんだ」
「あら……そうだったのね」
彼との付き合いはかなり長いが、フィオナはそのことを全く知らなかった。
元々アロイスは自分のプライベートなことを他人に話すようなタイプではなかったため、当然と言えば当然のことである。
「フィオナは……何故?お前はこういうところがあまり好きではないだろう?図書館よりかは、外で遊ぶ方が好きだと前に言っていたな」
「……覚えていたんですか」
たしかに、フィオナは優秀なアロイスと違って昔から勉強嫌いだった。一時期、授業をサボりまくりで家庭教師を困らせてしまっていたほどだ。
(だけど、アロイスがそのことを覚えていたとは驚きね……)
アロイスはフィオナと幼馴染ではあったものの、それほど彼女のことを気にかけているわけではなかった。
むしろ、アロイスがフィオナについて知っていることなんてそう多くはないだろう。
そこで、アロイスは彼女の胸に大事そうに抱えられていた一冊の本に目を留めた。
「意外だな、お前がそんな本を読むだなんて」
「…………あ」
フィオナは捜索中、興味本位で一冊の恋愛小説を手に取っていた。
――『他に愛する人がいるはずの冷酷な公爵様からの溺愛が止まりません!』
他に愛する人がいる、冷酷、公爵。
その三点を自身が満たしていることに彼も気付いたのか、ニヤリと口角を上げた。
「た、たまたまです!たまたま、気になっただけです!」
「そうか、そういう溺愛が好きなんだな」
「いえ、好きとかではなく本当に偶然……!」
ただの偶然であり、決してアロイスを想像しながら選んだというわけではない。
「こんなところで話しているのも何だし、移動しないか?あっちに座るスペースもあるし」
「……それもそうですね」
ちょうど疲れていたこともあり、フィオナはその提案を受け入れた。
彼は座り込んでいた彼女に、サッと手を差し出した。本当は取りたくなんて無かったけれど、無視したらきっと不敬罪になるんだろうな。
フィオナは遠慮がちに自身の手を重ねた。
「……ありがとうございます、閣下」
「もうアロイスとは呼んでくれないのか」
「公爵閣下相手に無礼な態度を取るわけにはいきませんから」
アロイスは気に入らないというようにムスッとしながらも、彼女の手を握ったまま席までエスコートした。
前世でも、エスコートなんてされたことが無い。セレシアを忘れることのできなかったアロイスは、舞踏会にも一人で行っていたし、誰とも踊らなかったからだ。
その点を考えれば、手を重ねることすら初めてかもしれない。
二人はそのまま近くにあった席まで行くと、向かい合って座った。
ここが図書館である以上、喋るのはあまりよろしくない。しかし、ちょうど周りには人がほとんどいなかった。誰かの邪魔をしているわけではないのなら、少しくらいはいいだろう。
(何かアロイスと向き合っていると、変な気分になるわ……)
前世でもほとんど視界に入れられたことなんて無かったからかな。彼の瞳に自分が映っているのが、何だか不思議だ。
「――誕生日プレゼントは気に入ったか?」
「プレゼント……?」
そこでフィオナは、アロイスから赤い薔薇を誕生日に貰ったことを思い出した。
赤い薔薇というのは、普通恋人や婚約者にしか贈ってはいけないものだ。少なくとも、他に婚約者のいる人間にプレゼントするような花ではなかった。
「気に入ったというより……少し困惑しました」
「そうなるのも当然だろうな……」
彼が一体どんな気持ちであの薔薇を選んだのか。
彼女はあえて考えたくもなかった。
そんなフィオナの気持ちを感じ取ったのか、アロイスの眉が切なげに下がった。
「君の気持ちもわからなくもない。だが、これだけは知っていてほしい――あの薔薇は、俺の本当の気持ちを表したものだということを」
「……」
直接言われたわけではないものの、ほとんど愛の告白をしたようなものだった。
フィオナの答えは最初から決まっていた。
「……聞かなかったことにいたします」
彼はその返事に呆然とした後、そうかと力なく呟いた。
しかし、その瞳は諦めない――ということをフィオナに訴えていた。
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