58 選択
フィオナは前世の記憶を辿ってみたが、イザークが側室を迎えたという知らせを聞いた記憶が無かった。
女好きの現皇帝とは違い、イザークは元々あまり女の影が無い人だった。
強いて言うなら、セレシアくらいだろう。それも噂に過ぎないので、真偽はわからない。
(皇妃殿下なんて呼称で呼ばれてる人はイザークの代にはいなかったはず……)
前世のイザーク・オランジュ皇太子殿下……いや、皇帝陛下は聡明で、即位するなり国民のための政策をいくつも打ち出した。
血の粛清によってこびりついていた汚名を一瞬で払拭するかのように、瞬く間に賢王としてその名を轟かせた。
そんな彼は、皇太子派の筆頭だったフロランティア公爵家の令嬢アデライトを皇后に迎えた。
皇帝と公爵家の権力を誇示するためか、二人の結婚式は盛大に行われた。
彼女も一貴族として参列したため、そのときのことはよく覚えている。
(前世で見た皇帝と皇后……どんな感じだったかな……)
無表情のイザークと、そんな彼の隣で美しく微笑むアデライト。
仲が良いようには見えなかったが、不仲であるかと言われればそういう風にも見えなかった。
「……嫌っているというのは、ご令嬢の勘違いではないのですか?」
「……いえ、ですが私とだけお茶会を絶対になさらないのです」
「……」
イザークは元々冷たい人だ。そんな彼が、塩対応をするところは何となく想像できる。
しかし、アデライトにだけというのが何とも気にかかる。
「やはり……私はお飾りの皇后になるべきでしょうか。彼のためにも……その覚悟はできているのです」
「ま、待ってください令嬢……!令嬢が殿下のためにそのような犠牲を払う必要はありませんわ!」
今にも飛び出してしまいそうなアデライトは、フィオナは何とか制止した。
(状況はあまり理解できないけれど……アデライトにはそのような目に遭ってほしくはないわ)
一方通行の愛がどれだけ惨めで辛いか、フィオナは前世で身をもって知ったのだ。
「皇太子殿下と話し合ってみるのが一番ですが……そのような時間も取れなさそうですね」
「おっしゃる通りです。殿下に謁見を申し込んでもことごとく断られてしまいますの」
一体何が彼をそうさせているのだろうか。
フィオナにはいくら考えてもわからなかった。
「令嬢は……とても殿下を愛しておられるのですね」
「……」
その言葉に、アデライトは目を丸く見開いた。
「――ええ、もちろんです。私は殿下を心から愛しておりますわ」
その瞳に、嘘偽りはなかった。
アデライトのイザークへの一途な想いに、フィオナは胸が締め付けられた。
「ですから、私は殿下と婚約を破棄するという考えはありません。例えあのお方がご側室を寵愛されようとも、私は皇后となることを選ぶでしょう」
「……そう、ですか」
かつて、フィオナもまた彼女と同じ気持ちだった。
努力していればいつかは彼が自分を見てくれるのではないかと、淡い期待を抱いていた。
しかし、そんな日は永遠に訪れなかった。
彼は彼女を永遠に愛することなく、別の女性を想い続けたまま亡くなってしまった。
あのときの惨めさは、今でもよく覚えている。
「セレナイト令嬢はどのようにお考えですか?」
「……私は令嬢の気持ちを否定するつもりは全くございません」
フィオナはあくまでも彼女の想いを理解した上で、話し始めた。
「ですが、愛する男性が別の女性を寵愛するのを間近で見るのはとても辛いものです」
「……」
フィオナとアデライトは似ているようで、少し違う。
彼女は前世、アロイスと結婚まではしていなかったし、彼が他の女性と逢瀬をしていたというわけでもなかった。
その姿を近くで見ていたとしたら、私は耐えられただろうか?
わからない。
「フロランティア令嬢の選択を尊重するつもりではいます。ですが、じっくりと考えた方がよろしいでしょう。この先の人生を左右する、大事な選択になるでしょうから」
「……」
アデライトは、何か思うところがあるかのように俯いたまま黙り込んだ。
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