57 フロランティア公爵令嬢
あの後、フィオナはすぐに手紙の返事を書いた。
いくらあまり関わってはいけない家門の令嬢とはいえ、せっかく送ってくれた手紙を無視するというのは気が引ける。
(それに、恋愛に関する話だなんて何だかワクワクするし……)
キースが知れば眉をひそめるだろうが、自身の交友関係にまで口を出される筋合いはない。
フロランティア公女アデライトが危ない人かどうかは、関わっていく上で見極めていけばいい。
そのような考えから、フィオナはアデライトと近いうちに会う約束を取り付けた。
そして、その日はすぐにやって来た。
「――フロランティア公爵令嬢、ご機嫌麗しゅうございます」
「よく来てくださいましたね、セレナイト令嬢」
首都から離れたフロランティア家の別邸にて、アデライトはフィオナを笑顔で出迎えた。
今、フィオナが訪れているのはフロランティア領にある公爵家の別邸だ。
別邸とは言っても屋敷はかなり大きく、庭を含めた敷地は本邸並みの広さだった。
(フロランティア家は帝国内でも有数の資産家だから……当然のことかしら)
財力だけならフェンダル家やセレナイト家をも上回るだろう。
今アデライトが着用しているドレスも、一介の令嬢ではとても手が出せないような代物である。
燃えるような赤い髪に、黒い瞳。
社交界では派手と言われる彼女の外見を、華やかなドレスや装飾がより一層際立たせていた。
フィオナは同じ女性でありながらも目が眩むほどに美しい、と思った。
アデライトはフィオナを中に通した。
「突然手紙を送って困惑させたと思います」
「……しなかったといえば嘘になりますが、嬉しかったですよ。フロランティア嬢は貴族令嬢の憧れの存在ですから」
アデライト・フロランティアは貴族令嬢の鑑のような人だった。
皇太子の婚約者最有力候補であり、いつ見ても高貴で気高く、歳若い令嬢たちの憧れの的だった。
アデライトは敷地内に入ると、フィオナを庭園に連れてきた。
「花がとっても綺麗ですね、ご令嬢が手入れされているのですか?」
「ええ、ここは私が安らげる唯一の場所ですから。どれだけ忙しくても週に一度は必ず訪れているのですよ」
庭園には、真っ赤な薔薇のアーチなど、他にも色とりどりの美しい花が咲き誇っていた。
目の前に広がる美しい景色に、フィオナは思わず見惚れていた。
「この場所はとっても素敵です。自然に囲まれていて……小さな悩みなんてすぐに忘れてしまいそう」
「その通りです、セレナイト令嬢。ここは社交界の噂なんて入ってきませんから、私はいつも嫌なことがあるとこの場所へ来るようにしています」
「……フロランティア令嬢にも、そのようなことがあるのですね」
いつも穏やかに笑みを浮かべているアデライトが、僅かに視線を下げた。
彼女は彼女なりに、常人には理解できない悩みを抱えているのだろう。
二人は庭園に置かれた椅子に向かい合って座った。
テーブルには三段のアフタヌーンティースタンドと、香りの良い紅茶が二つ置かれている。
「遠慮せず、召し上がってください」
「ありがとうございます」
フィオナはスタンドの中段に置かれていたスコーンを手に取った。
彼女は元々甘い物が好きで、特にスコーンは一、二を争うほどの好物だった。
「……今日、私がセレナイト令嬢をここへ招待したのには理由があります」
「……フロランティア嬢」
深刻そうな声に、フィオナは食べる手を止めた。
「――実は、皇太子殿下との仲があまりうまくいっていないのです」
その言葉を皮切りに、アデライトは自身の幼少期から皇太子との関係を語り始めた。
あまりにも不遇な彼女の境遇に、フィオナの胸が痛んだ。
「まぁ、そんなことがあったのですね」
「ええ、皇太子殿下は私のことだけを嫌っていらっしゃるのです。理由はわかりません。他の候補のご令嬢たちとは定例のお茶会や、プレゼントを贈っているようなのですが、私だけ何もしてもらったことがないのです」
「そんな……」
アデライトから聞いた話は衝撃的なものだった。
元々フィオナは皇室とは遠い家門の令嬢だったため、そのようなことは全く知らなかったのだ。
「ですが、家門のことやイザーク殿下のことを考えれば、私以上に皇后に相応しい令嬢はいません。ですから私は、殿下や家のためにお飾りの皇后になろうと思っているんです」
「お、お飾りの皇后ですか……!?」
アデライトは覚悟を決めた目でそう口にした。
寵愛を得られない皇后がどれだけ惨めなものかは、誰にだってわかる。
それでも彼女はイザークのために愛されない正妃になろうとしているのだ。
そこまでイザークを愛しているというのか。
フィオナは何だか、前世の自分を見ているかのようで胸が締め付けられた。
(前世では……どんな感じだったっけ……)
前世、血の粛清で皇族たちが亡くなった後、イザークは皇帝として即位した。
皇后になったのは当然、アデライトだった。
元々婚約者は決まっていなかったため、最有力候補であり最も身分の高い彼女がその座に就くのは必然だった。そのことは今でもよく覚えている。
しかし、フィオナには一つ気にかかることがあった。
――側室なんて、迎えてたかな……?
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