56 手紙
「――リラ皇女殿下、またいつでもいらしてください」
「ありがとうございます、セレナイト公爵家の皆様のおかげでとても楽しい時間を過ごせました」
リラはセレナイト家の面々を前に、朗らかに笑った。
彼女が公爵邸に滞在したのはたった数日だ。
しかし、リラは持ち前の愛嬌でその間にフィオナや公爵夫妻を虜にしてしまったようだ。
(リラ殿下がお兄様のお嫁さんなら、文句ないわ!)
リラは隣にいるキースをチラリと見た。
彼女の視線を受けた彼が笑みを浮かべ、二人は照れて笑い合った。
こうして見ると、リラとキースはとてもお似合いの恋人同士だった。
「キース、皇宮まで送って行ってあげなさい」
「ええ、もちろん。言われなくてもそうするつもりです」
キースはリラの手を引き、エントランスから外へ出て行った。
二人を見送った後、母親は感激したように呟いた。
「とっても良い子だったわねぇ……リラちゃん。キースったら、素敵な女の子を巡り会えたのね」
「皇女殿下をちゃん付けで呼ぶなんて失礼だぞ……」
「あら、あなただってさっき本人の前でリラちゃんって言ってたわよ?」
「わ、私がか?」
自覚が無かったのか、父は狼狽えた。
「私にそういう風に言っておいてそれは無いわよ?」
「そ、そんなことを言った記憶はないぞ!」
「言っていたわよ、キースに聞けば明らかになるわ。あの子記憶力がとってもいいから」
「そ、それは……」
フィオナは両親の仲睦まじい様子を微笑ましく思いながらも、一足先に部屋へ戻った。
特にすることも無かった彼女は、ベッドに仰向けになった。
目を閉じると、兄キースとリラが温かい家庭を築いている場面が浮かび上がった。
(前世でお兄様と皇女殿下が結婚したのは政略的なものだと思っていたけれど……)
どうやら、フィオナはずっと大きな勘違いをしていたようだ。
リラとの結婚は皇命によるものではなく、キース自身が強く望んだものだったのだ。
そこで彼女は閉じていた目をそっと開けた。
「私も……そういう風になれるかな……」
フィオナは再び目を閉じて自身が将来幸せな家庭の中にいる姿を想像した。
公爵邸の庭園で、自分と夫、そしてその間に生まれた子供が穏やかな空気の中でお茶をしている。
愛する子の頬についたクリームを、父親である彼が手で拭ってあげて……。
――そのとき、彼女の想像の中にいた夫はカイルではなくアロイスだった。
(……どうして、彼が)
フィオナは予想外の出来事に、目を開けた。
未来の夫はカイルなはずなのに、何故アロイスになっているのか。
もしかして、私はまだ彼のことを――
そう思いかけていたそのとき、部屋の扉がノックされた。
「――お嬢様、お嬢様宛てにお手紙が届いております」
「……私に?」
一通の手紙を持って部屋に入って来た侍女に、フィオナは慌てて身体を起こした。
「一体誰から?」
「……どうやら、フロランティア公爵家のご令嬢からのようです」
「………………へ?」
珍しいその名に、フィオナは封を開けていた手を止めた。
「何かの間違いではなくて?」
「いえ、そう思って宛名を確認したのですが……間違いなくフィオナ様へのお手紙でした」
「なら送り主が間違っているのよ」
「フロランティア公爵家の鷹の紋章を見間違えるはずがありません」
「……」
どうやら間違いではなさそうだった。
フィオナは何故手紙を送ったのかと不審に思いながらも、封を開けた。
「私、フロランティア公爵令嬢とはほとんど話したことなんてないわよ」
「そもそもフロランティア公女様は皇太子殿下の婚約者最有力候補ですから……中立派のセレナイト家があまり関わっていいような相手ではありません」
彼女の言うことは的を得ている。
今現在、次期皇帝の座を巡って皇太子と第三皇子とで派閥が分かれている。
フィオナのセレナイト家やアロイスが当主を務めるフェンダル家はどちらでもない、中立だった。
セレナイト家がそのような立場にいるのは、争いごとを好まない父親の意向だった。
その娘であるフィオナも、当然立場を守らなければならない。
(フロランティア家は皇太子派の筆頭貴族……一体どのような目的で私に接近しているのか……警戒しないと)
封を開け、手紙の内容を読んだフィオナは驚きのあまり大声を出した。
「な、何ですって――!?」
「お嬢様、一体何が書かれていらしたのですか!?」
侍女は驚きながらも、フィオナの持っていた手紙を覗き込んだ。
「………………恋愛相談をしたいそうよ」
「…………へ?」
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