55 とあるご令嬢の悩み
フィオナがリラと話をし、カイルがミランダと会っていた頃。
首都に位置するとある大豪邸では、一人の美しき令嬢が頭を悩ませていた。
「どうしたものかしら……」
ハーブティーを一口飲んだ彼女は、窓から見える真っ暗な空を見つめて呟いた。
その瞳には、哀愁が混じっている。
いつもと違う彼女に、部屋にいた侍女が声をかけた。
「――お嬢様、どうかなさったのですか?」
「……いえ、それがね」
自身に仕えて長い、信頼できる侍女に彼女は全てを打ち明けた。
「――皇太子殿下が、私にとても冷たいのよ」
「まぁ、何ということ……」
侍女は口元を手で押さえ、悲しそうに視線を伏せた。
皇太子イザークが冷たいのは誰にでも同じである。彼は誰にも心を開いていないからだ。
では、何故彼女はそれほどまでに悩んでいるのか。
それは、彼女がフロランティア公爵家の令嬢だからである。
――フロランティア公爵家
オランジュ帝国の宰相を務める公爵を当主に持つ、名門公爵家。
公爵は皇太子イザークの最側近とも言われており、皇太子派閥の筆頭となっている。
「イザーク殿下……」
その娘・アデライトはフロランティア公爵家の長女として生を受けた。
――そして、皇太子イザークの婚約者最有力候補としても知られていた。
イザークより二つ下のアデライトは、今から約八年前に彼と出会った。
『お前は将来、あのお方の妻である皇后となるのだ』
『皇后……?』
アデライトは当初、皇后という地位にさほど興味を示さなかった。
しかし、イザークの姿を見て彼女の考えは一変した。
(な、何てカッコイイのかしら……!)
父から紹介されたイザークは、当時十八歳の青年だった。
しかし、それでも当時から彼の美貌は他の令息たちよりも頭一つ飛び出ていた。
精悍な身体つきも、輝く金色の瞳も、醸し出される冷たいオーラですら彼女にとっては魅力的だった。
その瞬間、アデライトは恋に落ちてしまったのだ。
皇后になりたいわけではなかったが、彼と結婚したいと強く思った。
イザークの婚約者候補は他にもいたが、その中でも公爵家で最側近の娘である彼女は最有力候補だった。
(このままいけば、きっと私があのお方と結婚できる……!)
アデライトはそう信じ、期待に胸を躍らせた。
しかし、彼を一途に想う彼女とは違って、イザークはいつまでもアデライトに冷たいままだった。
『殿下……よろしければこの後、一緒にお茶でも……』
『……お茶だと?一人でしていろ』
『……』
イザークはアデライトの誘いを必ずと言っていいほど断り、彼女からの贈り物も絶対に受け取らなかった。
他の婚約者候補には定期的にプレゼントをしているが、アデライトの元には一回たりとも来たことがない。
彼女はそんな彼の冷たい態度に困惑しながらも、それでも彼を好きでい続けた。
しかし、彼女の心はあることが原因で限界を迎えていた。
「最近、殿下はラビンストン伯爵家のご令嬢と親しくなさっていると聞いているわ」
ラビンストン伯爵令嬢とは、複数人いるイザークの婚約者候補のうちの一人である。
アデライトよりも二つ爵位の低い、つい最近伯爵家に迎えられた可愛らしいご令嬢だ。
(そういえば、ラビンストン令嬢は伯爵家の私生児だったわね……殿下の母親は平民のお方だから、気が合うのかしら)
イザークがラビンストン伯爵令嬢を寵愛しているという噂は徐々に社交界に広まりつつある。
そのせいで今、アデライトの立場は微妙なものとなっていた。
彼女が次期皇后になると媚びを売っていた貴族たちがラビンストン伯爵令嬢に鞍替えし始めたからである。
もちろん、アデライトはそんなことよりイザークの寵愛が別にあるということの方がよっぽど悲しかったが。
「……お嬢様、そんなものはただの噂に過ぎませんよ」
「いいえ、前に皇宮に行ったとき、この目でしっかりと見たのよ。殿下とラビンストン令嬢がお茶をしているところを。私の誘いはいつも断るのに……」
厳格な父は、いつもアデライトに皇后になれと言ってきた。
彼女が伯爵家の私生児に負けたとなれば、きっと父はアデライトを勘当するだろう。
(側室を迎えてでもいいから皇后にしてほしいと、殿下に言うべきかしら……)
いや、そもそもイザークは自分を嫌っているのだからお飾りの皇后にすらしたくはないだろう。
しかし、皇后になれなかったアデライトには何の価値も無い。昔からよく父親に言われてきたことだった。
(やっぱり、私が皇后になるのが一番最適な方法よね?私はフロランティア公爵家の娘なわけだし……だけど殿下は真に愛する人を正妻にしたいかもしれないわ……)
いつまで経っても、アデライトの中で答えは出なかった。
「そうだわ、あの方に相談してみようかしら?」
アデライトの頭の中に、一人のご令嬢の姿が浮かんだ。
あの人なら、最適な意見をくれるかもしれない。
そう考えたアデライトは、早速彼女宛てに手紙を書き始めた――
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