54 元婚約者の来訪② カイルside
カイルは間違いなくミランダを愛していた。
彼女をこの世界の誰よりも大切にし、彼女のためなら何だってやってのける。
それほどに、カイルはミランダを愛していた。
しかし、今はわけが違う。
ミランダはもうカイルの婚約者でもなければ、お互いに別の相手がいる状況だ。
こんな風に内緒で会うのはよろしくないことである。
「ミランダ……どうしてここへ来た?俺はもうお前の婚約者ではないはずだが?」
「カイル……そんな……」
冷たく言い放ったカイルに、ミランダはショックを受けた。
当然、彼女は彼にこんな目を向けられたことは一度も無かった。
(俺が今でもお前を愛しているとでも思ったのか?)
腹が立つ。あんな風に暴言を吐いて捨てたくせに。
「お前には夫がいるはずだろう。もう帰ってくれないか。俺はお前と話す時間があるほど暇ではない」
「ちょ、ちょっと待ってよカイル!私、あなたにどうしても話したいことがあるの!」
その言葉に、カイルは部屋へ戻ろうとする足を止めた。
「……あなたには本当に悪いことをしたと思っているの。でもね、それは全部私の本心じゃなかったってこと、よく知っておいてほしいのよ」
「……本心じゃなかっただと?」
カイルは眉をひそめた。
彼はミランダの最後の言葉に、心を深く抉られた。
それなのに、今さら本心ではないだなんて、あまりにも都合がよすぎるのではないか。
彼は問答無用でミランダを追い返すつもりだったが、彼女は彼の腕にしがみついた。
「何をするんだ?」
「こうでもしないと私の話を聞いてはくれないでしょう?」
「……行かないから、離せ」
カイルは彼女の手を振り払った。
ミランダは目に涙を浮かべ、彼に訴えた。
「私ね……今とっても辛いの――カイルお願い、私を助けて!」
「……何だと?」
彼は驚きを隠せず、目を見開いた。
「助けてとは一体どういうことだ?お前はあの男を選んだ。なのに今になって辛いから助けてほしいだと?結婚生活が上手くいっていないから俺とよりを戻したいということか?」
「違うの!私、あの人を愛したことなんて一回も無いのよ!」
「…………何?」
カイルは眉をひそめた。
あの日、愛しているのは彼だけだとカイルの前で宣言したのは紛れもないミランダ本人だった。
「――私、あの人に脅迫されていたの……」
「……」
ミランダがその言葉を皮切りに、あの日のことをポツリポツリと語り始めた。
ミランダ・ユーストンは太陽のように明るく、困っている人に手を差し伸べる心優しい女性だった。
そんな彼女は特別美しいわけではなかったが、持ち前の愛想の良さで異性からの人気がかなり高かった。
カイルというハイスペックな婚約者がいたから誰も近付けなかったというだけで、ミランダを密かに想っている令息はそこそこいた。
今の夫――スティンガー公爵がまさにそのうちの一人だった。
スティンガー公爵は過去にミランダに優しくされたことがあり、それを自分への好意だと受け取った。
彼女は誰にでもそのような態度を取るため、特に公爵を意識したわけではなかった。しかし、相手がそう受け取ってしまったのが運の尽きだったのだ。
ミランダはカイルという婚約者がいるにも関わらず、スティンガー公爵の熱烈な求愛を受けることとなる。
もちろん彼女はカイルを裏切るつもりなんて無かったが、相手が公爵である以上どうすることもできない。
スティンガー公爵家はアロイスが当主を務めるフェンダル公爵家にも匹敵するほどの権力を持ち合わせた家だ。
皇帝の最側近でもあり、ユーストン家とリリアーン家が敵うような相手ではなかった。
『――家族の命が惜しくはないか?もし私の妻になるのなら、ユーストン伯爵家の者たちは助けてやろう』
スティンガー公爵は大切な家族の命を盾に、ミランダを強引に娶ったのだ。
それから彼の監視の下、ミランダは愛する婚約者であるカイルに暴言を吐いた。
心が痛くてたまらなかったが、そうしなければ彼にも公爵家の手が及んでしまう恐れがあった。
――ミランダの選択は、大切な家族を、そしてカイルを守るためのものだったのだ。
「そ、それは本当なのか……?」
本人の口からそのことを聞いた彼は、動揺した。
「ええ、私はあなたたちに危害を加えられたくなかった。だからスティンガー公爵の妻になったの。だけど、彼ったら束縛が酷くて……」
「ミランダ……」
彼女は彼の前でポロポロと涙を流し始めた。
彼はそんなミランダに手を伸ばしかけたところで、我に返った。
(……俺は何をしているんだ?)
俺にはフィオナという婚約者がいる。
それなのに、今ミランダを抱きしめようとしたのか?
カイルは自分が恐ろしくなった。
「……お前の本当の気持ちはわかったから、今日はもう帰れ」
「カイル……私は……」
「心の整理が必要だ、今は話せそうにない」
その言葉で、ミランダは諦めがついたようだった。
「そうね……いきなりこんなことを言われても受け入れられないわよね……急に来ちゃって悪かったわ」
「……」
ミランダは部屋を出る前、彼の方を振り返った。
「――私は今もカイル、あなただけを愛しているわ。そのことだけはたしかよ」
「……」
昔と変わらない、朗らかな笑みだった。
自分を見つめて微笑むその顔に、彼の胸はトクンと高鳴った。
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