53 元婚約者の来訪① カイルside
第四皇女リラがセレナイト公爵家を訪問していた頃、ちょうどカイルの暮らすリリアーン侯爵家にも来客があった。
「お坊ちゃま、お客様がいらっしゃっています」
「……こんな時間に?」
時刻は夜の十一時。
今日は両親は出かけていて、家にいない。
そして兄も仕事の疲れが溜まっていたのか、一足先に寝てしまっていた。
今屋敷にいるのはカイルと、彼の使用人だけだった。
(先ぶれも無く無礼な訪問者だな……しかし、使用人たちが追い返せない相手ということは貴族の人間なのだろう)
面倒事になるのだけは御免だ。
手っ取り早く追い返してしまおうと考えた彼は、すぐに応接間へと向かった。
そこで彼を待っていたのは、予想外の人物だった。
「…………何故、君がここに」
「久しぶりね、カイル!」
目に涙を浮かべてこちらへ駆け寄ってきたのは、彼の元婚約者ミランダ・ユーストン伯爵令嬢だった。
約一年前に婚約が破談となった、彼が生涯で最も愛した相手。
リリアーン侯爵家とユーストン伯爵家は父親同士の仲が良く、お互いに子供の頃から親交があった。
カイルは当時、寡黙な性格でなかなか友人ができなかった。
そんな彼に、何の迷いも無く声をかけたのが同い年のミランダだった。
カイルが一人で剣術の稽古をしていたところを発見した彼女が、目を輝かせて口を開いた。
『――あなた、なかなか腕が立つのね!将来、あなたを私の騎士にしてあげるわ!』
『……』
格上の侯爵家相手に無礼極まりない発言に、後ろにいたユーストン伯爵夫人の顔が真っ青になった。
最初、ミランダに対するカイルのイメージはあまり良くなかった。
(何だこのご令嬢は?距離感が近いし、格上の貴族家に対して不敬だ)
彼はマナーのなっていない令嬢があまり好きではなかった。
そのため、最初は同い年のミランダを幼稚で世間知らずなお嬢様だと思っていた。
――彼女に対する苦手意識が好感に変わった日のことは、今でもハッキリと覚えている。
その日、カイルは年上の貴族令息たちに絡まれていた。
『お前、よくも俺の弟を負かしたな!』
『……』
カイルを取り囲んでいる少年たちは、彼よりも二、三歳ほど年上だ。
前に彼がリーダー格の少年の弟をコテンパンに負かしたことで因縁をつけているのだ。
(大体、自分が弱いのが原因だろう……)
同年代の中でも、カイルの剣術の才能は飛び抜けていた。
そのため、カイルは彼らに負ける自信がなかった。
しかし、こんなにも複数人が相手であるのならば話は別だった。
どうしようかと頭を悩ませていたそのとき――
『あなたたち、何をしているの!』
『……何だお前』
『……ミランダ嬢?』
カイルと少年たちの間に入ったのは、ミランダだった。
彼女が何故ここにいるのか。
ミランダはズカズカと大股で歩いてくると、リーダー格の少年の胸倉を掴んだ。
『弱い者を大勢で取り囲んで虐めるなんて、恥ずかしいとは思わないの!?』
……いや、弱くないし。
反論したくなったが、ここは黙っておこう。
『な、何だよお前……』
『私はミランダ・ユーストンよ!カイルの友達なの!』
『ア、アイツの……?』
『……』
ミランダと親しくした覚えはないが、何故か友人ということになっていた。
胸倉を掴まれた彼は、振り払おうと彼女に手を上げようとした。
『お前ッ……いい加減に……』
『あらぁ、手出しちゃっていいの?』
ミランダはそんな少年を見下すように口角を上げた。
『騎士を目指してる人間が、守るべき対象である女性に手を上げるだなんて……こんなことを世間に知られたらあなたはどうなるかしら?』
『……ッ』
ミランダの言う通り、か弱い女性に手を上げるのは騎士道精神に反する。
もし公になれば、彼は騎士という道を諦めざるを得なくなるだろう。それだけではなく、社交界にすらいられなくなってしまう恐れがある。
『覚えてろよ……!』
分が悪いと感じたのか、彼は手下たちを引き連れて立ち去って行った。
その場には、ミランダとカイルの二人だけが残された。
カイルは、ミランダの小さな背中にそっと声をかけた。
『ミ、ミランダ嬢……その……』
助けてくれたことへの礼を言うつもりだった。
しかし、振り返った彼女はカイルの言葉など気にも留めず、彼の胸に抱き着いた。
『えーん!!!怖かったよぉ!!!』
『ミランダ嬢……?』
彼女は彼の胸に顔をうずめてわんわんと泣き喚いた。
ついさっきまで年上の少年たちにも勇敢に立ち向かっていたというのに。
カイルは泣き喚くミランダの背中に腕を回した。
こんなにも小さな身体で、よくあんなことができたなと感心した。
(ミランダ嬢は……俺が思っているような子ではなかったのかもしれないな……)
――彼が彼女に、特別な感情を抱き始めた瞬間だった。
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