52 前世で行われた血の粛清
家族での晩餐会を終えたあと、フィオナはリラが泊まっている部屋を訪れていた。
リラはキースの婚約者として、近いうちにこの邸宅の女主人となる。そんな彼女を無下に扱うことなどできない。
両親はリラを最も広い部屋に案内したようだ。
フィオナは目の前に座っているリラをじっと見つめた。
前世でも兄キースと結婚した第四皇女。皇帝から押し付けられたのだとばかり思っていたが、彼女との結婚はキースが望んでのことだったのかもしれない。
(貴族の噂なんて、案外あてにならないのね……)
噂を鵜呑みにしすぎるのは、フィオナの悪い癖だ。
「公女様は……どうしてこちらへ……?」
「リラ殿下は義姉となる方ですから、もっと親しくなりたいのです」
「まぁ……セレナイト公女様にそう言って頂けるなんて嬉しい限りです」
リラは悪女という世間の噂とは程遠く、控えめで心優しい女性だった。
彼女が義姉になるのであれば、フィオナはもちろん、父や母も嬉しいだろう。
「それにしても驚きました、これまで一切恋愛に興味を示さなかったお兄様を虜にするとは。リラ皇女殿下はとても素敵な方なのでしょう」
「いえいえ、そのようなことはありません」
リラは照れたように笑った。皇族という身分で生まれながらも彼女は謙虚だった。
そのような慎ましい性格が、キースに気に入られたのではないだろうか。
貴族令嬢たちは傲慢な人が多いし。
「キース様に出会えたことはとても運が良かったです……こんな私が心から愛する人と巡り会えるだなんて……」
「アハハ、お兄様もきっとそう思っているでしょう」
「何より、早めに皇宮を出られるようで安心しました……」
「……?」
不思議そうに首をかしげたフィオナに、リラが尋ねた。
「セレナイト公女様はご存知ありませんか?――今、皇族の間で激しい皇座争いが繰り広げられていることを」
「……皇座、争い」
そこでフィオナは前世を思い出した。
(そうだわ……たしかあと数年以内に帝国を揺るがす血の粛清が行われるんだわ……!)
――狂った皇太子による血の粛清。
前世で国中を恐怖と混乱に陥れた大事件。
皇太子イザークが処刑と称し、皇帝を始めとした皇家の血を引く者を全員殺害したのだ。
その後、皇子たちの母親である二人の皇妃、そして多くいた皇帝の愛人たちを離宮に幽閉した。
(私ったら、どうして忘れていたんだろう……)
血の繋がった兄弟たちを皆殺しにしたイザークは、何の迷いも無く平然とその座に就いた。
――そして、その血の粛清から唯一逃れたのが当時既にキースと結婚して公爵夫人となっていた第四皇女のリラだった。
(まだ十歳にも満たない一番下の皇女殿下ですら皇太子の手によって殺害されてしまったのよね……)
いくら皇位継承権を持っているからとはいえ、何て残酷な。
「……皇太子殿下が皇帝になるのを反対する貴族がいるということは聞いております」
「ええ、その通りです。特に第三皇子殿下の母親である第二皇妃様とその一派の者たちが強く反発していらっしゃるんです」
「第三皇子……」
以前、令嬢たちのお茶会で麗しいと話題に上がっていた美貌の皇子様だ。
彼の母親は侯爵家出身の第二皇妃で、イザークとの間で激しい後継者争いを繰り広げていた。
現在、オランジュ皇家には皇位を継ぐことのできる五人の皇子がおり、次期皇帝には第一皇子か第三皇子のどちらかがなるのではないかと言われていた。その理由は明白だ。
第二皇子の母親は下級貴族の出身であり、当人も皇帝の座に興味がない。
第四・第五皇子は共にまだ幼く、皇帝になれるような器を持ってはいなかった。
二人は皇帝の座を巡り、常日頃から熾烈な争いを繰り広げていた。
実際、そのときの恨みがあるのか前世行われた血の粛清でも第三皇子は最も残酷な殺し方をされたのだと風の噂で聞いた。
「皇太子殿下はずば抜けた才覚がありますが、母親は平民の女性です。そんな彼が次期皇帝になることを快く思っていない貴族はかなりいらっしゃいます。その貴族たちが続々と第三皇子殿下の派閥に加わっているそうです」
「派閥……」
前世、イザークは皇族たちを処刑すると同時に、第三皇子についていた貴族たちも皆殺しにしていた。
たくさんの人が処刑され、多くの者の血が流れたことをきっかけに、この事件は血の粛清と呼ばれるようになったのだ。
(もしかすると……近いうちに似たような事件が起きてしまうかもしれないわね……)
フィオナは何だか不吉な予感がした。
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