41 ミラリアという女性⑥
「どうして……」
ミラリアが掃除をしていた部屋は、ちょうど現皇帝が皇太子だった頃に使っていた部屋だった。
部屋中には埃をかぶった肖像画がたくさん飾られていた。
描かれている人物は、皆同じ。
青い髪に、青い瞳の女性。
雰囲気が少しだけミラリアに似ていた。
しかし、彼女にはミラリアにはない気品やオーラがあった。
陛下と並んで映っている絵もあった。
その中の彼女は愛しそうに見つめる陛下とは違って、どこか浮かない顔をしていた。
「間違いない……彼女は亡くなった皇后陛下だわ……」
ミラリアにはそのことがすぐにわかった。
皇帝陛下は数年前に隣国の王女だった妻を亡くしている。
彼女は貴族ではなかったため、皇后陛下の顔を全く知らなかった。
彼女の脳裏に優しかった頃の皇帝の顔が浮かんだ。
愛しそうに自分を見つめる彼の顔が、未だに深く刻まれていた。
「陛下が……私をあれほど大切にしてくれたのは……」
そこでミラリアは全てを悟った。
――あぁ、自分は愛する皇后の代用品に過ぎなかったのだと。
そのことを知った彼女は、思わず部屋から飛び出した。
仕事中なのも気にせず、侍女服で別宮を駆け抜けた。
途中で何人かにぶつかったが、今はそんなこと気にもならなかった。
(どうして私は……こんなにも愚かなの……!)
走っている間、彼女の目から涙が溢れた。
――ロレンツォ伯爵と違って、陛下は私を心から愛してくれている。
少なくとも、以前まで彼女はそう思っていた。
今は寵愛が消えても、あのときの愛は確実で、イザークはそんな二人の愛の結晶だと。
だけど、実際は違った。
皇帝がミラリアを愛していたのは亡き皇后に似ていたから。
ミラリアを愛しているのではなく、皇后陛下を愛している。
彼が彼女に興味を失ったのは、ミラリアの見た目が変わってしまったせいだろう。
愛する女に似ていない彼女など、彼にとっては何の価値もない。
その事実が、彼女に重くのしかかった。
「どうして……どうしてなの……」
全てを知ったミラリアは、一日中泣き続けた。
あまりにも残酷な現実だった。
ずっと愛だと信じていたものは偽りで、彼女の妄想に過ぎなかった。
愛されていると信じて疑わなかった。
だけど、そうではなかった。
彼女は別宮の庭でひとしきり泣いたあと、ポツリと呟いた。
「……どうでもいいわ」
そして、全てに絶望したミラリアは池に身を投げた。
彼女の遺体は数日後に引き上げられ、皇帝は特に興味もない様子で事故だと処理した。
セレシアが四歳、イザークが三歳の頃だった。
突然母を失った二人は、それぞれ不幸な生活を送ることとなった。
セレシアは数年後に祖母を亡くし天涯孤独となり、イザークは唯一残った肉親である皇帝からも放置され、忘れられた皇子となった。




