39 ミラリアという女性④
ミラリアはこの国で最も高貴な人物である皇帝陛下の目に留まってしまったのだ。
皇帝陛下はまだ若く、高身長で顔立ちも整っていた。
ミラリアはその笑顔に思わず見惚れてしまいそうになったが、慌てて気を引き締めた。
(いくら妻を亡くして独身とはいえ、私が皇后になんてなれるわけがない……)
ロレンツォ伯爵との不倫で、彼女はそのことを十分すぎるくらい学んだ。
ミラリアは平民だ。
平民など、皇后どころか貴族夫人にすらなれない。
彼女はもう、頭の中お花畑の愚かな女ではなかった。
皇帝はそんなこと知る由もなく、ミラリアを誘った。
「よかったら、今日の夜私の部屋に来ないか?」
聞き覚えのあるセリフ。まさにロレンツォ伯爵が彼女を愛人にしようとしたときの言葉とそっくりだ。
もう二度とあんな過ちを犯すわけにはいかないと、ミラリアは即座に断りを入れた。
「お誘いありがとうございます。嬉しいですが、今日は用事があるので遠慮しておきます」
「……」
断られるとは思っていなかったのか、皇帝はピクリと眉を動かした。
彼女は一瞬ビクッとしたが、彼はそれ以上何も言わなかった。
「……私は失礼します、仕事があるので」
ミラリアは彼を一人置き去りにし、その場をあとにした。
***
彼女が皇宮に勤務してからしばらく経った頃、ミラリアに関する悪意のある噂が流れるようになった。
それは彼女がロレンツォ伯爵と不倫関係であり、他にも多くの妻子持ちの男性を誑かしているというものだった。
伯爵との不倫は事実だったが、それ以外は全てデマである。
(どうしてこんなことに……一体誰がここまで噂を……)
ミラリアはその噂のせいか、これまで優しくしてくれた同僚や先輩たちから冷たくされるようになってしまった。
新しい場所で上手くやっていけてると思っていたのに。
(どうしよう……また職場を辞めなければならなくなったら……)
今度こそ本当に、路頭に迷ってしまう。
それだけは絶対に避けなければならなかった。
ミラリアは幼い子供を抱える母親であるうえに、祖母はもう歳で働けない。
彼女しか、家計を支えられる人はいないのだ。
ミラリアはそう思って何とか耐えたが、次第に侍女たちの嫌がらせが始まっていった。
私物を捨てられる、ドレスを引き裂かれる、突き飛ばされるなど。
嫌がらせはどんどんエスカレートしていった。
家族のことを思って何とか耐えていたミラリアも、もう限界だった。
(やめようかな……これ以上ここにいたって私……)
心身共にボロボロだった彼女の前に現れたのは、一人の男だった。
「――ミラリア」
「……陛下?」
どこからか突然現れた皇帝は口元に笑みを浮かべながら、ミラリアに近付いた。
「最近大変みたいだな。侍女たちから酷いことをされているんだって?」
「……」
彼女は黙り込んだが、それがまさに肯定を意味していた。
皇帝はミラリアの顎を持ち上げた。
「私が助けてやろう」
「ほ、本当ですか……?」
その瞬間、絶望で真っ暗に染まっていた彼女の視界が急に晴れやかになった。
皇帝は口元にニヤリと笑みを浮かべて言った。
「――私のものになれ、ミラリア」




