36 ミラリアという女性①
イザークとセレシアの母親であるミラリアは平民のごくごく普通の女性だった。
青い髪に、髪と同じ目の色をした平凡な女性。
そんな彼女は、皇宮で勤務する前はとある貴族のお屋敷で侍女として働いていた。
「わぁ、ロレンツォ伯爵家は大きいわね……!」
ミラリアが二十歳になった頃、初めて仕えることになったのがまさにセレシアの父親が当主を務めるロレンツォ伯爵家だった。
彼女は初めて見る豪邸に、胸が高鳴った。
彼女はずっと平民として市井で暮らしていたため、貴族とは無縁だった。
(これからこの場所で初めてのことをたくさん経験していけるのかしら……!)
彼女は新生活に胸を躍らせながら、ロレンツォ伯爵家に足を踏み入れた。
***
ミラリアは侍女としては非常に有能な人物だった。
掃除も洗濯もお茶の淹れ方まで全てが完璧で、すぐに屋敷内での地位を確立させた。
そんな彼女は、来て早々ロレンツォ伯爵にも気に入られた。
「ミラリア、君は本当によくできた子だな」
「ありがとうございます、旦那様。私なんてまだまだですよ」
屋敷の主のロレンツォ伯爵は、ミラリアより一回り上の妻子持ち男性だった。
彼は十歳になる子供がいるとは思えないほどに若々しかった。
「君は謙虚なんだな。私の妻にもそんな慎ましさがあればいいのにな……」
「……」
ロレンツォ伯爵がミラリアを見つめるその目は、ただの侍女に向けたものではなかった。
熱っぽい視線に彼女の胸はトクンと脈を打ち、変な期待をしてしまいそうだった。
「……奥様とはうまくいっていらっしゃらないんですか?」
「そうだな、もう愛なんてないよ」
妻のことはもう愛していない、女として見れない。
ミラリアは私にもチャンスがあるのかもと思わずにはいられなかった。
「離婚はなさらないんですか?」
「離婚できたらどれだけいいか……アイツが受け入れさえすればすぐにでも離婚したい」
「……」
ミラリアはこれまで恋愛経験がまるでなかった。
そのため、その言葉が不倫男性の常套句であるということに気付かなかった。
――彼女は妻子のあるロレンツォ伯爵を愛してしまったのだ。
***
ミラリアと伯爵の関係が変化したのは、彼女が侍女としてやって来て三年目のことだった。
彼女は夜遅くいきなり伯爵に呼ばれたかと思えば、突然壁際に追い込まれた。
「ミラリア……」
「だ、旦那様……」
彼女は押し返したが、その体はビクともしない。
やめてください、とハッキリ言うことができたらどれほどよかったか。
しかし、その言葉だけはどうしても出てこなかった。
表では嫌なフリをしながらも、彼女は心の中で全く別のことを考えていた。
――もし、ここで彼を受け入れたら……
奥様を追い出して彼の妻になることができるかもしれない。
ロレンツォ伯爵に夢中になっていた彼女は、そのような邪悪な考えを抱くようになっていた。
伯爵は突然大人しくなったミラリアに口付けをした。
それと同時に、彼女の体を覆う布が剝がされていく。
「……」
いけないと心の中でわかっていながらも、ミラリアは彼の誘いを断ることができなかった。
――その日、二人はとうとう一線を越えてしまった。




