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他に愛する人のいる彼の元を去ったら、何故か彼が追いかけてきます  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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29/51

29 入場

「――カイル・リリアーン侯爵令息とフィオナ・セレナイト公爵令嬢です!」



声に合わせて二人は一歩踏み出した。

皇宮のパーティーホールは、この国で最も煌びやかな場所だと言っても過言ではなかった。

高い天井には大きなシャンデリアが設置され、壁一帯に宝石が埋め込まれている。

中央にある大階段は、代々皇帝陛下を始めとした皇族が登場する場所だった。



カイルがフィオナをエスコートするその姿に、人々はヒソヒソと噂話を始めた。



「リリアーン侯爵令息とセレナイト公女だわ……」

「あの二人は一体どういう関係なんだ?」

「セレナイト公女はフェンダル公爵閣下がいるはずでは……」



二人はお互いにワケありだった。

最愛の元婚約者に無残に捨てられた男と、愛する男に尽くしたが報われなかった女。

似ているようで、少し違う。

二人は何とも複雑な恋愛を経験している。



フィオナは隣を歩くカイルにのみ聞こえる声でボソッと呟いた。



「みんな私たちを噂しているようですわ」

「驚くのも無理はありません、数日前まで私たちは赤の他人だったんですから」



入場を終え、フィオナとカイルはホールの隅で歩みを止めた。

会場では既にほとんどの貴族たちが集まっていた。

いないのは皇族とアロイスくらいである。



フィオナはカイルをチラリと横目で見た。



燃えるような赤い髪に、整った顔立ち。

比較的背が高く、体は引き締まっていた。



帝国一の美男子と称されたアロイスとはまた違ったタイプの美形だった。



「私、もっとカイルに好きになってもらえるように努力しますね」

「嬉しいです、私も君に愛してもらえるように力を付けます」



フィオナとカイルの婚約は、もはや契約のようなものに近かった。

しかし、カイルはフィオナに絶対に不幸にしないと誓った。

彼女は彼のその言葉を信じていた。



「――アロイス・フェンダル公爵閣下のご入場です!」



そのとき、扉の前に立っていた騎士の声でホールの人々の視線が入口に集中した。

貴族で最後の最後に入場してくる人物。

それはこの国で皇族を除いて最も地位の高い男。



――アロイス・フェンダル

オルタナ帝国序列第一位の名門公爵家の当主であり、黒い髪に青い瞳を持つ美貌の貴公子。



(アロイス……!)



かつて、フィオナが心から愛し、全てを捧げた男だった。

正装姿の彼の登場に、貴族令嬢たちが歓声を上げた。



「フェンダル公爵様よ!いつ見ても素敵だわ!」

「あの見た目で婚約者すらいないだなんて……」

「公爵様は未だにセレシア皇妃様を愛しているから仕方が無いわ」



アロイスが皇妃となったセレシアを未だに思っていることは誰もが知っていた。

だから貴族令嬢たちはアタックすることもなく、諦めてしまうのだ。



「――まぁ、誰かさんみたいに恥ずかしげもなく付きまとうことなんて、私たちにはできないからね……」

「……!」



不意に向けられた悪意のある視線と、嘲笑する声。

フィオナはこの光景には見覚えがあった。

前世では舞踏会に出るたびにこのような罵声を浴びせられていたからだ。



フィオナのことなど眼中にもないアロイスは庇ってくれなかったし、面倒事になって彼に迷惑をかけたくもなかった彼女は耐えるしかなかった。

しかし、今回はそうする必要は無い。



(アロイスの目を気にする必要もないんだし……黙っているわけにはいかないわ)



フィオナは彼女たちに物申すため、前に出ようとした。

しかし、横にいたカイルがそれを遮って間に割って入った。



「――無礼だな、誰に何を言っているかわかっているのか?」

「リ、リリアーン侯爵令息!?」



カイルは凍え切った瞳でフィオナを侮辱していた令嬢たちを見下ろした。

彼女を守るようなその行動には、フィオナ自身も驚かされた。



「さっきの言葉は誰に向かって言ったんだ?」

「そ、それは……」



長身で体格の良いカイルに凄まれ、令嬢たちは怯んだ。



「も、申し訳ございません……私……そんなつもりはなくて……」

「そんなつもりはなかっただと?君はセレナイト公爵家を舐めているのか?」

「ち、ちが……」



小刻みに体を震わせるその姿は、まるで小動物のようだった。

しばらくじっと見ていたフィオナは、何だか彼女が可哀相に思えた。



彼女はカイルの手に触れて制止した。



「カイル、もうやめてください。私は平気ですから」

「フィオナ……」



カイルは納得がいっていないようだったが、ここで騒ぎを起こすのは御免だ。



「あなたも、もういいからどっか行きなさい」

「か、寛大な御心に感謝いたします、セレナイト令嬢!」



令嬢たちは感激したように目に涙を浮かべてそそくさと去って行った。



「ありがとうございます、カイル。あなたがそこまでしてくれるとは思いませんでしたわ」

「言ったでしょう?もっと君に愛してもらえるように努力すると」

「あら、そうでしたわね」



カイルはフィオナの髪を一束手に取ると、そのまま口付けた。



「……!」



フィオナの顔が赤くなり、周囲からは悲鳴のような声が上がった。



「人前でこういうことするタイプだったんですね」

「周囲にそういう関係だってことをアピールしておくのも悪くはないと思いませんか?」

「そ、それは……」



カイルがそのような行動を取ったおかげで、明日には噂になっているだろう。

貴族たちはお喋りで噂はすぐに広まるから。



「だけど、こうやって人前でラブラブアピールするのは何だか恥ずかし――」



フィオナはそこまで言いかけて、言葉を止めた。

ある人物と視線がぶつかったからだ。



(ア、アロイス……!?)



――遠くから、アロイスがこちらをじっと見つめていた。

フィオナを見つめる彼は、どこか寂しそうな切ない瞳で彼女を凝視していた。



どうしてあなたが、そんな目で私を見るの。

まるでショックを受けているかのような、悲しそうな目。

そんな顔で見つめられると、何だか居心地が悪い。



そう思っていたそのとき、皇家の騎士が声高らかに叫んだ。



「――帝国の星・皇子殿下、皇女殿下の入場です!」






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