26 ヒロインとヒーロー、そして悪役
初めて見たその瞬間から、違和感を感じていた。
建物は黒く錆びていてかなり老朽化が進んでおり、周囲には雑草が生い茂っていた。
そもそもこんな路地裏の一角に、店が建っていること自体が異様だった。
しかし、何故か強く惹かれてしまったのだ。理由は自分でもわからない。
フィオナの手は止まらず、気付けばその扉を開けていた。
「……失礼しまーす」
フィオナは軽く断りを入れてから中に入った。
店内は静かで、客は誰もいなかった。
(すごい量の本……)
店の中には床から天井まで、あらゆるジャンルの書物がズラリと並んでいた。
しかし、長い間誰からも手に取られていないのか、書物には埃がかぶっていた。
(異様だわ……外観も店内も……まるで別世界の店に来たみたい……)
フィオナはしばらく店内を眺めていた。
――そのとき、突然背後から声をかけられた。
「……客か?珍しいな」
「キャアッ!」
フィオナは思わず声を上げた。振り返ると、長い髭を生やして杖をついた老人がこちらをじっと見つめていた。
「あ、あなたは……?」
「それはこっちのセリフじゃよ。ここは私の店だ」
「あ……すみません……」
責めるような老人の視線にフィオナは一瞬ビクリとしたが、すぐに彼は目元を緩めた。
「まぁ、久々にお客が来たんだ。ここに人が来るのは二十年ぶりくらいかな、私も久しぶりに人間に会えて嬉しい。心ゆくまで店内を見て行けばいい」
「あ、ありがとうございます……」
老人は近くにあった古びた椅子に座り、フィオナの行動をじっと見守っていた。
彼女は監視されているような気分になって動きにくかったが、再び店の中の書物に目を向けた。
(埃がすごいわね……二十年ぶりにお客が来たっていうのは事実みたい……)
店に並んでいたのはよくある恋愛小説や、医学や考古学など勉強のための書物。ホラーやミステリー系の本など、様々な本が置かれていた。
(品揃えはいいみたい……でもどれもかなり昔の本だわ……)
フィオナは適当に医学書を手に取ってページをめくったが、発行日は三十年前だった。
立ち止まった彼女に、老人が声をかけた。
「どうかしたか?」
「い、いえ……昔の本が多いんだなって……」
遠慮がちにそう口にしたフィオナに、老人は首をかしげた。
「昔?三十年前なんてそんな昔でもないだろう」
「え、そ、そうですか……?」
ふと気になったが、このご老人は一体何歳なんだろう。見た目からして八十歳は超えていそうだが。
(あら?あの本……)
そのとき、ちょうどフィオナの目の前にあった一冊の本に彼女は目を奪われた。
ここにある全ての本は長い間誰にも触れらなかったせいか、埃をかぶっていたり、ページがところどころ色褪せている。
しかし、何故かその本だけつい最近誰かが手に取ったかのように綺麗だった。
(まるで新品だわ……他の本は色褪せているのにどうしてこの本だけ……)
フィオナは目の前の本を本棚から取った。どうやら恋愛ものの小説のようだった。
表紙には、輝くようなブロンドの髪を持つ少女と、彼女に跪く黒髪の美男子が描かれていた。
その姿は、フィオナのよく知るあの二人にそっくりだった。
『虐げられた妾の子の嫁入り』
フィオナはページをめくり始めた。最初は数ページ見て終わりにしようと思っていたが、一ページめくるごとに何故か手が止まらなくなった。
物語は、平民の少女がある日突然貴族の私生児であることが判明するというところから始まる。
彼女は母親の死後、父親の元に引き取られたが、義母と義姉からの虐めに遭う。
父親は私生児であるヒロインを疎ましく思っていたのか見て見ぬフリ。
そんな彼女の前に現れたのが、高貴な身分のヒーローだった。
『迎えに来たよ、お姫様』
彼はその言葉の通り彼女を暗い海の底だった家から連れ出し、彼女を恋人として別邸に住まわせた。
そこから始まるのは、読者が最も見たいであろうヒーローからの溺愛だ。
舞踏会でのダンス、初めての二人きりでのデート、さらには情熱的な夜のシーンまで。
ヒーローはどこへ行くにもヒロインを連れ、片時も彼女を離さなかった。
その物語のヒロインの名は――
「セレシア……?」
セレシア・ロレンツォ。
元平民の、伯爵家の私生児。
そして、彼女を溺愛するヒーローの名前。
「アロイス・フェンダル……」
――偶然か、フィオナのよく知るあの二人と同姓同名だった。
本のページをめくる彼女の手が小刻みに震えた。
「どうして……こんなものがここに……」
フィオナは次のページをめくりたくなかった。
次は恋愛ものの話ではお馴染みの、悪役が出てくる回だった。
悪役は物語内において、あらゆる手を使ってヒロインとヒーローの恋路を邪魔する役割を担う。
主役二人の恋を盛り上げるために、なくてはならない助演だった。
そして悪役の末路は大体が悲惨そのものだ。
処刑、追放、幽閉。ヒロインを虐げた者に待っているのはバッドエンドのみ。
フィオナは震える手でページをめくった。
――あぁ、やっぱり。
「悪役……フィオナ・セレナイト」
悪役は、私だった――




