25 皇都へ
カイルとの婚約を決めた翌日、お出かけ用のシンプルなワンピースに着替えたフィオナは騎士を連れて皇都へ出かけていた。
「皇都で遊ぶなんて久しぶりね!フェンダル邸へ行ってからはあまり外へも出なかったから……」
「お嬢様、私からあまり離れないように」
フィオナは皇都の華やかな街並みに、子供のようにはしゃいだ。
街一帯にカラフルな建物が立ち並び、食べ物やアクセサリー類を販売している屋台がズラリと並んでいる。
建物のいたるところに国旗が掲げられているのは、今日が国にとってめでたい日であるという意味だった。
(そういえば、今日は第二皇女殿下の誕生日だったわね)
皇族の誕生日になると、皇都はより一層賑やかになる。
中央には大きな広場があり、吟遊詩人が音楽を奏で、その傍で踊り子が鮮やかに舞っている。
国中が皇族の誕生日を祝っている証だった。
「美味しそうなカフェがあるわ!あ、あのお花屋さん懐かしい!三十年前もあそこにあったわ!」
「三十年前……?お嬢様、そんな長く生きてないですよね……?」
「こ、言葉の綾よ……私ったら何を言っているのかしら……」
うっかり失言をしたことに気付いたフィオナは、慌てて誤魔化した。
「お腹が空いたわね、何か屋台で買いましょう!」
「お嬢様、平民が運営する屋台の食べ物はあまり好きじゃなかったのではないですか?」
「あら、そうだったかしら?今はそんなこと気にならないわ!」
昔は衛生的に食べられなかったが、一度悲惨な死を経験した今となってはそんなもの気にもならなかった。
(平民も貴族も、何も変わらない普通の人間だわ)
フィオナは広場の近くにあった屋台で飲み物と串焼きを購入した。
「これはあなたの分、私のおごりよ」
「い、いいんですか!?ありがとうございます、お嬢様!」
騎士は感動したように目を輝かせてフィオナを見つめた。
そういえば、これまで他人にあまりこのような優しさを見せたことは無かったかもしれない。
フィオナの世界はアロイスのみでできており、彼以外の人はどうなってもかまわなかった。
(……人に優しくするって大事なのね)
今思えば、彼女が前世であのような孤独な末路を迎えたのは自業自得だったのかもしれない。
もっと周りに目を向け、他人を気遣っていたとしたら。
――少なくとも、あんな風に一人で死ぬことはなかったのかもしれない。
フィオナはこれまでの自分の行いを後悔した。
串焼きを食べ終えたフィオナは、紅茶を飲みながら広場の傍のベンチに座って吟遊詩人の歌を聞いていた。
(あの踊り子さん、綺麗ねぇ……私もダンスを改めて習ってみようかしら)
平民らしからぬオーラを醸し出すフィオナは、本人は気付いていなかったものの、周囲からの視線を集めていた。
そんな中、フィオナはふいに視界の端に映ったある人物に目を留めた。
「あら、あの人は……?」
「どうかなさいました?お嬢様」
フィオナは気付けば立ち上がり、彼女のあとを追いかけていた。
「お嬢様!?どちらへ行かれるんですか!?一人になられては危険ですよ!」
フィオナは騎士の制止も聞かずに、彼女が入って行った路地裏へ駆けて行った。
(どうしてあの人がここにいるの……?)
走りながらも、フィオナは驚きを隠せなかった。
先ほどから心臓がうるさいくらいに音を立てている。
何故、そこまで彼女が慌てているのか。いるはずのない人物がそこにいたからだ。
(見間違えるわけがない。――あれは、第三皇妃セレシアだったわ……!)
フィオナの視界に映ったのは、金髪のロングヘアを風になびかせながら歩く女性の姿だった。
目立たないようにローブを着ていたが、あの姿は間違いない。
かつてアロイスの隣で美しく微笑んでいたセレシア・ロレンツォそのものだった。
いつも彼らを遠巻きに眺めることしかできなかったフィオナが、彼女の姿を間違えるはずがなかった。
「あれ……どこに行ったんだろう……」
フィオナはしばらく路地裏の中を走っていたが、セレシアの姿は既になくなっていた。
気付かぬうちに、広場からだいぶ離れてしまったようだ。
フィオナは真っ暗で静かな路地裏に一人取り残されてしまった。
(まさか、見間違い……?いや、でもあの姿は間違いなく……)
フィオナは辺りをキョロキョロと見回した。
そして気の向くままに歩いていると、ある小さなお店の前に辿り着いた。
「書店……?」
ポツンと佇んでいた古びた小屋は、書店だった。
フィオナはわけもわからないまま、導かれるように店の中へ入って行った。




