24 婚約と後悔 途中アロイスside
「フィオナ、気に入った令息はいたか?」
「ええ、お父様。リリアーン侯爵家の令息のことを気に入りました」
「リリアーン侯爵家か……」
父は彼の名を聞いた途端、何か思うところがあるかのように黙り込んだ。
言いたいことはわかる、前の婚約者のことを危惧しているのだろう。
「お父様、彼は誠実な人です」
「フィオナ……」
フィオナは渋る父親を安心させるように、身体に手を触れた。
「元婚約者のこと以外でダメなところが無いから、お父様もあの中に入れたんでしょう?」
「……ああ、その通りだ」
「今日、彼と話しましたが、とっても素敵な人でした。彼となら、良い関係を築いていけるかもしれません」
「……そうか」
カイルは未だに前の婚約者を忘れることができていない。
しかし、彼は今日フィオナに二つの約束をした。
一つは婚姻期間中、そして結婚後浮気をしないということ。
二つ目は、絶対に彼女を不幸にしないということだった。
フィオナはカイルが提示した二つの約束を信じることにした。
「なら、リリアーン侯爵家との縁談を進めるということでいいか?」
「はい、お父様」
フィオナは笑顔で頷いた。
そんな彼女の頭を、公爵はポンポンと撫でた。
「ちょっとお父様!もう子供じゃないですよ!」
「私にとってはまだまだ赤ん坊だ」
「そ、そんな!」
五十年以上生きてきて赤ん坊と言われるなんて。
フィオナはガーンとショックを受けて固まった。
***
一方その頃、フェンダル公爵邸。
「閣下、中にいらっしゃいますか?」
「……」
アロイスはフィオナに関係の断絶を言い渡されたあの日から、仕事が手に付かなくなっていた。
心配した侍従が部屋の外から彼に話しかけるが、無反応だ。
彼は部屋に誰もいれるなと命令し、一人で執務を行っている。
しかし、実際は机の上に書類が山積みになるほど作業は進んでいなかった。
(……最近部屋に閉じこもってばかりだな)
外の空気を吸いたいと思ったアロイスは立ち上がり、執務室から出た。
「閣下!やっと出てきてくださったのですね!」
「……一人になりたい、ついてくるな」
「な、何と……!」
喜びから一転、侍従は再び大きなショックを受けた。
部屋から出たアロイスは邸宅の中を歩き始めた。
目的地なんてない、ただ気の向くままに適当に歩くだけ。
しばらくして、彼はある場所へとたどり着いた。
「……」
フィオナが暮らしていた部屋だ。
彼は自分でも無意識のまま、部屋の扉を開けていた。
部屋の中は彼女が住んでいた頃と違って、何もなかった。
「もうフィオナはいないから……当然か……」
そう思いながらも、彼は室内を歩いた。
クローゼットを開けたり、机の引き出しを開けたりもした。
その姿はまるで、今はほとんどないフィオナの痕跡を必死で探しているかのようだった。
「これは……」
ドレッサーの引き出しを開けると、彼は中に入っていたある物に目を留めた。
「こんなものを……まだ持っていたのか……」
入っていたのは、子供用のリボンだった。
大人の女性が身に着けるにはあまりにも幼すぎたそれは、かつてアロイスがフィオナにプレゼントしたものだった。
十年以上も前、まだ彼女が子供だった頃だった。
これをあげたとき、フィオナは見たことがないくらい大喜びしていた。
「とっくに捨てたと思っていたのに……」
そのリボンを手に取った瞬間、彼の中に幼い頃の記憶が走馬灯のように流れた。
フィオナはいつだって彼の隣で笑っていて、落ち込んだときに慰めてくれたのもフィオナだった。
――何より彼女だけが、永遠に彼の傍を守り続けた。
「フィオナ……」
彼女の名を呟いたアロイスの目から涙が溢れた。
彼は顔を手で覆って泣き崩れた。
セレシアが皇帝に連れていかれたときも、こんなには泣かなかった。
ひとしきり泣いたあと、彼は彼女の部屋でポツリと呟いた。
「フィオナ……俺はお前を……愛している……」




