22 縁談
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「……お父様が?」
ブティックから公爵邸へ帰宅したフィオナは、突然父親からの呼び出しを受けた。
メイドについて歩き、父親のいる執務室までの道のりを歩く。
(お父様が私を呼ぶなんて珍しいわね、特に何かやらかしたわけではないし……今日に限っては心当たりがないわ)
フィオナは子供の頃、お転婆で家族やアロイスなど周囲の人間を困らせていた。
歳をとるにつれ落ち着いていったが、大人になった今でもたびたび我儘を言っては家族たちに迷惑をかけることがある。
まぁ、それも五十年以上生きた今ではほとんど無くなったが。
(私って成長したのね……)
そんなことを考えながら、フィオナは父親の執務室の扉をノックした。
「お父様、フィオナです」
「入りなさい」
中から父親の声が聞こえ、フィオナは扉をそっと開けた。
部屋の中にある椅子に座っていた父親は、難しそうな顔で手元にある書類を眺めていた。
「フィオナ、お前に縁談が山のように来ていたのは知っているな?」
「…………はい」
彼女は頷いた。
フィオナは公爵家の令嬢で、未だに婚約者がいなかった。
実は彼女が十代だった頃から縁談は来ていた。
しかし、フィオナがアロイスを慕っていることを知っていた公爵は、彼女を思って断りを入れていたのだ。
愛する人と結婚させてあげたいと思うのは、娘を大切に思う親として当然のことだろう。
だが、アロイスは決してフィオナを愛さなかった。
公爵はそのことに対して何も思っていないわけではなかったが、応えられない思いを拒否するのは当然のこと。
遊ばれたならともかく、友人という関係を維持し続けたアロイスを責めるつもりはなかった。
「お前ももう二十四だろう?そろそろ見合いをしたほうがいいだろう。これ以上は……」
「……そうですね」
父親の言葉に、フィオナは頷いた。
オランジュ帝国では、貴族女性は二十五を過ぎたら嫁ぎ遅れとなる。
二十代後半にもなれば、いくらフィオナでもまともな結婚は難しくなるだろう。
結婚願望が全く無いのならそれでもいい。
実際、兄のキースは結婚するつもりが無く、二十七となった今でも未婚だった。
しかし、フィオナは違う。
彼女は愛する人と結婚し、温かい家庭を築くことを夢見ていた。
セレナイト公爵は、そんな娘の将来を案じていた。
結婚したくないならともかく、あるなら若いうちのほうが良い相手と巡り会えるからだ。
「お前がアロイス以外の相手と結婚するつもりはないというのならずっと公爵邸にいてもいいが……」
「いえ、お父様。私、縁談を受け入れます」
「ほ、本当か?」
フィオナは父親の言葉を遮った。
彼女は前世では結婚という道を捨て、アロイスを選んだ。
しかし、今回は彼でなくとも良い人が現れれば結婚したいというのが彼女の望みだった。
そうかそうかと父親は嬉しそうに笑った。
実を言うと、セレナイト公爵はずっと孫の顔を見たいと思っていた。
しかしキースもフィオナも適齢期を過ぎてなお結婚する予兆が無かったため、半分諦めていたのだ。
「身分が高く、周囲からの評判が良いものたちを厳選しておいた。あとはお前が選びなさい」
「ありがとうございます、お父様」
フィオナは父親から数枚の釣書を受け取った。
釣書にはフィオナと同年代の高位貴族の男性たちの肖像画が載っていた。
(私にとっては勿体ないくらいの良縁ね……)
身分が高く、見た目も悪くない。おまけに社交界での評判もいいとなれば文句なしだ。
釣書をじっくりと眺めていたフィオナは、その中のある一枚に目を留めた。
(この人……たしか……)
彼女がじっと眺めていた釣書には、最近よく話題に上がる人物の肖像画が載っていた。
しばらく見つめたフィオナは顔を上げ、父親に向かって言った。
「――お父様。私、このお方と会ってみたいです」




