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他に愛する人のいる彼の元を去ったら、何故か彼が追いかけてきます  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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105/107

105 不思議な体験

セレシアを罠に嵌めた後、アロイスはその足で愛する女性の元へ帰っていた。

フィオナはパーティーの後、彼の婚約者として正式にフェンダル公爵邸で暮らし始めていた。



「ただいま、フィオナ」

「アロイス、今日は遅かったのね」



エントランスで出迎えたフィオナを、アロイスが優しく抱きしめた。照れたように笑った彼女の頬に、彼が口づけを落とした。

まだ結婚はしていないものの、既に新婚夫婦のように仲が良い。



「今日はどこへ行っていたの?」

「ちょっと皇宮に用があってな」

「そう」



アロイスはフィオナの腰を抱きながら、彼女をエスコートした。

時刻は既に夜遅い。フィオナはアロイスに手を引かれ、自然と彼の寝室まで移動した。



同じ部屋の同じベッドで寝るのも、もうだいぶ慣れた。

結婚前の男女が一緒のベッドで寝るのは良いことではないが、アロイスはもはやそんなもの気にしていなかった。



「お腹空いてない?」

「ああ、もう食べてきた。明日二人で食べよう」



フィオナは彼の提案に頷きながら、その胸に顔をうずめた。

彼女にとっては、こうやって彼の香りに包まれている時間が最も幸せだった。



「……フィオナ、たくさん傷付けてすまなかったな」

「いいのよ、気にしないで」

「だが、前世で俺はお前を……」



フィオナは罪悪感に満ちた顔で見下ろすアロイスの頬にそっと手を触れた。



そう、実は彼女はアロイスに前世の記憶のことを話していた。

前世での冷え切った関係や、アロイスの最期の瞬間など。彼も最初は信じられなかった。



しかし、フィオナのアロイスに対する態度の変化などから、それが真実であることを悟ったようだった。



「いいの、今こうやって一緒にいられてるんだから。過去は忘れたわ」

「フィオナ……」



彼女の優しい言葉に、硬かったアロイスの表情が僅かに和らいだ。



「そうね……だから、二度と私を傷付けないで」

「ああ、二度と愚かな真似はしないさ」



魔術にかけられていた前世とは違い、今の彼は彼女を心から愛していた。

そんな彼が、一体どうやって彼女を傷付けるというのか。

アロイスは感謝の意を込めて、もう一度彼女を強く抱きしめた。



彼の寝室で、二人はしばらくの間お互いを抱きしめ合った。

アロイスはフィオナの手を引き、ソファで彼女を膝の上に座らせた。



「私も死んだあと回帰するとは思ってもいなかったわ……神様が前世の私を憐れに思ってくれたのかしら」

「そうだな……」



心当たりがあるのか、アロイスはじっと何かを考え込んだ。

何かヒントになるかもしれないと思い、フィオナは回帰後に経験した出来事を話した。



「あ、そういえば私ね……回帰したばっかりのとき、不思議なことがあったのよ」

「不思議なこと?」



フィオナが頭に浮かべていたのは、皇都に出かけたときの話だ。

セレシアの姿が見えたと思ったら、謎の古びた小屋に入っていて、そこでアロイスとセレシアの恋愛小説を読んだこと。今でも謎は解けていない。



「俺とセレシアの……?」

「ええ、間違いなくあなたとセレシア……そして悪役令嬢には私の名が書かれていたのよ」

「何だそれは……」



主人公が自分とセレシアであるのが不快なのか、アロイスは眉を上げた。

聞けば聞くほど謎が深まるような話だが、どうやらアロイスはピンと来たようだった。



「フィオナ、お前幻を見ていたんじゃ……」

「……アロイス、あなたまでそんなことを言うの?」



フィオナはあのときのことを兄キースやメイドたちに話したが、全員に笑われてしまった。

メイドたちは疲れているのだと言い、キースは幻覚だとフィオナを笑った。



口を膨らませた彼女に、アロイスは慌てた様子で両手を振った。



「いや、違う。そういう意味で言ってない。帝国には古くからの言い伝えがあるんだ」

「言い伝え?」



一介の貴族令嬢のフィオナとは違い、アロイスは公爵家当主として多くのことを学んでいる。

フィオナの知らない内部の事情も、彼なら知っているだろう。



「もしかすると、お前が最初に見たセレシアは精霊が化けた姿かもしれないな」

「せ、精霊……!?」



別名神の使いとも言われる精霊。

そんなものが実在していたのかと、フィオナは衝撃を受けた。



「精霊たちは邪な考えなんてなかっただろう。ただ、フィオナ……お前を悪意から守りたかったのかもしれない」

「そのために、あなたとセレシアが主人公の本を私の前に出したってこと?」



精霊は基本的に人間からは姿が見えない。

唯一、人や物に化けたときだけその姿を見ることができる。

精霊という生き物は、人々を幸福に導く存在としてオランジュ帝国では広く伝わっていた。



(私に、アロイスがセレシアの手に堕ちてしまう最悪の未来が訪れる可能性があるということを伝えたかったのかしら……)



意思疎通ができないから幻で伝えるだなんて、何とも回りくどい。

アロイスは膝上のフィオナを抱きしめたまま、首元に顔をうずめた。



「俺の愛する妻は神からも精霊からも愛されてるんだなぁ……」

「妻だなんて……気が早いわ」

「俺は今すぐにでも結婚したい」



腰を抱いたアロイスの腕に力が込められる。

熱い息を吐きながら、彼は彼女の耳元で囁いた。



「何なら、今すぐにでも……」

「あ、ダメです」



フィオナはアロイスを押し退け、距離を取った。



「そろそろ寝るね、おやすみ」

「……」



今日も上手い具合に躱されてしまったアロイスは、フィオナもドン引きしてしまうようなことを心に誓った。

――結婚したら三日間は部屋から出さないでおこう、と。




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