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他に愛する人のいる彼の元を去ったら、何故か彼が追いかけてきます  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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104 巧妙な罠

皇帝毒殺事件の犯人が第二皇妃だと公表され、帝国中に激震が走った。

前代未聞の皇帝毒殺の黒幕が彼の妻であったのだから、驚くのも当然だった。



清楚な見た目に穏やかな性格。今まで国民が抱いていた第二皇妃の印象はあっさりと崩れ落ち、彼女は稀代の悪女として広く国民たちに知れ渡った。



皇族に対する殺人罪は、最も重い罪が課される。

しかし、彼の息子である第三皇子が母親の恩赦を皇太子イザークに願った。もちろんただでというわけではなく、第三皇子はその対価として皇位継承権の放棄、そして皇族の身分を捨てることを誓った。



彼の存在を目の仇にしていたイザークからしたら、受け入れたほうがメリットが大きかった。

どのみち第二皇妃の生家である侯爵家は没落したし、彼らにできることは何もない。



第二皇妃は死刑が処されるところだったが、イザークの恩赦によって国外追放のみで済まされることとなった。

息子の第三皇子も彼女について行くことを選び、彼らの名は皇家から抹消された。



そんな異例の判断に、焦りを隠せない人物が一人いた。



「マズいわね……ドロシーもいない今、私は……」



――第三皇妃のセレシアだった。

皇太子イザークに反旗を翻し、ドロシーという駒も失った彼女はまさに背水の陣状態。

誰も頼る相手はおらず、セレシアは今宮殿に軟禁状態だった。



何でもイザークが彼女の暮らす第三皇妃宮の警備を強化したのだと聞いた。

一見彼女を外の脅威から守っているかのように思えるが、そんなはずがないことをセレシアだけは知っていた。



セレシアは他者に守られる必要があるほど弱くはない。そのことは彼も知っている。



(イザークは気付いているのよ……私の考えに)



今までの罪が明らかになれば、ただでは済まない。アデライトにも危害を加えようとしたわけだし、異母弟のイザークも彼女を見捨てるだろう。

せめて皇帝が生きていればまだどうにかなっただろうに、今の最高権力者は皇太子イザークだった。

イザークはセレシアの魔術になどやられはしない。



「誰か適当な男を引っ掛けて皇宮を抜け出すべきかしら……?」



いくら窮地に立たされようとも、セレシアの魔術は健在だ。

第三皇妃宮を守る下級騎士に狙いを定めた彼女は、迷いなく彼に術をかけた。



兜を着けているせいで顔は見えなかったが、背の高い騎士だった。

筋肉質で声は若い。おそらく二十代後半くらいだろう。

術をかけられた彼は、あっという間にセレシアの言いなりになった。



「私はセレシア様のために存在しているのです」

「そう、嬉しいわ。そう言ってもらえて」



僅かな違和感を抱いたが、心に余裕がなかったセレシアはそんなことを気にしている場合ではなかった。

――今すぐにでもここを出なければならない。



「私、ここの宮殿から外に出たいんだけど通してくれないかしら?」

「……私にはどうすることもできません」



セレシアが術をかけた男は下級騎士で、そのような権限を持っていなかった。

断られてイラッとしたが、こればっかりはどうしようもなかった。



「ああ、もうホンットイラつくわ!これも全部フィオナ、あの女のせいよ!あの女が思い通りにならないから私が今こんな目に遭ってるんだわ!」



愚かにも、セレシアは怒りの矛先をフィオナに向けた。

全て自業自得だということに、彼女は気付いていない。



「……」



騎士の男は、みっともなく喚き散らすセレシアを兜の奥からじっと見つめていた。

鉄の兜の隙間から見える目が、仄かに光った。



「……そうだ、この宮殿に外へ続く秘密の地下トンネルがあることをご存知ですか?」

「え!?そんなものあるの!?」



セレシアはその話に食いついた。

この宮殿で暮らし始めて何年も経つが、そんな話は聞いたことがない。



「すぐに案内してちょうだい!」

「ええ、わかりました。殿下」



***



セレシアが自身の持つ術に気付いたのは、まだ十歳の頃だった。

母も祖母も魔女一族の末裔として生まれたが、魔術はほとんど使えなかった。ただ、僅かに異性を魅了する力が強かったというだけ。そのせいで男関係に悩んでいたのは二人とも同じだった。



しかし、セレシアだけは奇跡が起こったかのように強力な魔術の才を持って生まれた。



せっかく神が授けてくれたものを、使わないでどうするのか。

セレシアはイザークと出会う前から術を使っては、人を支配し続けた。



支配とはいっても、今みたいに大それたことはやっていない。

ただちょっと人の彼氏を奪ったりとか、お金を払わずに店の物を持って帰ったりとか、その程度のことだ。

それに関しては全て時効が成立していると、セレシアは思っている。



しばらく騎士について歩いたセレシアは、怪訝そうに尋ねた。



「ねぇ、本当にこんなところに地下トンネルへの扉があるわけ?」

「ええ、あの棚の後ろにある扉がまさにそうですよ」



騎士が指差す先には、古びた本棚が置かれていた。

彼が本棚を動かすと、隠れていた場所に茶色い扉が現れた。

どう見ても秘密の隠し扉だ。皇宮に造られた隠し扉の先は大抵が外だと決まっている。



「わぁ、ここを行けば外に出られるのね!」

「ええ」



目を輝かせたセレシアはすぐに行かなければと、疑うことなく真っ暗な中へと足を踏み入れた。

騎士はいってらっしゃい――と手を振りながら、彼女を見送った。



先に進んだセレシアが見えなくなったところで、彼はゆっくりと扉を閉め、本棚を元の位置に戻した。



「――任務完了」



呟いた彼が兜を取ると、中から姿を現わしたのはアロイスだった。

彼は兜で乱れた髪を整えると、着ていた甲冑を脱ぎ始めた。



「本当にやり遂げるとは、驚いたよ」

「殿下」



部屋の奥から出てきたのは、一部始終を見ていたイザークだった。



「一度は愛した女を……冷たい男だな」

「愛しただなんて……フィオナに危害が加わるのを見過ごせなかっただけです。それに関しては言えば殿下も同じではありませんか?」



イザークは目を逸らした。

苦楽を共にした異父姉を残酷な目に遭わせるのは気が乗らなかったが、彼女はあまりにも多くの罪を犯してしまった。



あの扉は外へ続く地下トンネルなどではない。

魔術で創り上げたある特殊な空間へと続く罠だった。



数日間閉じ込められると、セレシアの魔女としての力は使えなくなる。

彼女の魔術はあまりにも恐ろしく、国を揺るがしかねない。イザークとアロイスは手を組み、セレシアを嵌めることに成功したのだった。



計画が終わった後、アロイスはあっさりと彼から背を向けた。



「私は帰ります――彼女を待たせているので」

「そうか」



イザークは去って行くアロイスの後ろ姿をじっと眺めていた。

一抹の未練も感じられず、最後まで何の迷いもなかった。過去を乗り越え、真に愛する者の元へ帰る。



「カッコイイなぁ……同じ男から見ても」



イザークはアロイスの大きな背中を見つめながら、呟いた。




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