102 皇帝の葬儀
その後、事件の調査を担当していたイザークは犯人を特定できたのか、パーティーの出席者たちを家に帰した。
フィオナはフェンダル公爵家の馬車に乗り、セレナイト公爵邸まで帰った。
皇帝の崩御が知らされたのは、三日後のことだった。
皇家から正式に、毒によって亡くなったと公表された。
医師によると、彼は最後の最後までもがき苦しみながら、自らの生涯を終えたという。
そして今日、皇帝の葬儀が行われた。
喪服に身を包んだフィオナは、一貴族の令嬢として彼の葬儀に参加していた。
(陛下……どうか安らかにお眠りください)
皇帝の眠る棺に、フィオナはそっと花を供えた。
良い人とは言えなかったけれど、彼がいなければ帝国はここまで発展していなかったかもしれない。人間性はともかく、彼が当時他の誰よりも皇帝の器を持っていたのはたしかだった。
フィオナはオランジュ帝国で暮らす一人の国民として、亡くなった皇帝に敬意を表した。
そして、葬儀にはドロシーも参加していた。
皇女という身分を持つ彼女は、当然父親の葬儀に参加する資格が与えられた。
長く厚いベールで顔を隠しているため、どのような表情をしているかは見えない。
しかし、歩き出したときにベールの下から一滴の雫が零れ落ちたように見えた。
喪主を務めたのは、第一皇子のイザークだった。
彼は複雑な目で、棺で眠る父親を見下ろしていた。
ドロシーと違い、彼は最後の最後まで父親に愛されたことが一度もなかった。
――君主としてはともかく、親としての皇帝は最低な人だった。
イザークは亡くなった父親に何の言葉もかけることはなく、花を供えて背を向けた。
その瞳から、涙が流れることはなかった。
そんな彼を見た参列客たちは、口々に噂し出した。
「相変わらず冷たいお方ね……実の父親が亡くなっても涙一つ流さないだなんて」
「そういうところは皇帝陛下に似ていらっしゃるんだろう。蛙の子は蛙というやつだ」
イザークは兄弟たちの中で最も強く皇帝の血を引いたと言われていた。
外見も性格も、彼にそっくりで次期皇帝に相応しい。皇帝がイザークを皇太子に指名した理由も、きっとそのような点を加味していたのだろう。
――彼は子供に無関心なようで、きちんと誰が次代の皇帝に相応しいかをわかっていた。
ドロシーを皇太女にしようとしたのはセレシアの術にかけられたせいだと、フィオナはそう信じていた。
(殿下もそのことに気付いていたのではないかしら……)
フィオナは参列客からの挨拶を受けるイザークを、遠くからじっと見つめていた。
涙こそ流していないものの、顔色がいつもよりほんの少しだけ悪い。
眠れなかったのか、目の下にはクマができている。
彼は父親の死を何とも思っていないわけではない。
ただ、幼い頃から周囲に冷たくされて育ったせいで、感情を人前で露わにしないようになっただけだった。
葬儀が終わった後、フィオナは重苦しい空気から逃れるように外へ出ていた。
会場のすぐ外の木の傍で、彼女は寄り添う二つの影を見つけた。
「――殿下、大丈夫です。私が傍にいますから……」
聞き覚えのある声に、フィオナは思わず足を止めた。
木の陰に隠れて様子を窺うと、アデライトがイザークを抱きしめていた。
普段からは想像もつかない暗い表情の彼は、黙ったまま婚約者の胸に抱かれていた。
弱々しく背中が丸まっている。かなりの体格差があるが、アデライトは彼を優しく包み込んでいた。
「……」
フィオナは二人の様子を確認した後、足音を立てないようにその場を立ち去った。
***
皇帝の葬儀が終わると、元老会から皇太子イザークの即位式を執り行うべきだという意見が出た。
セレナイト家で保護しているドロシーは、当然のように皇位の継承を断った。
それどころか、皇族の身分を放棄するとまで言い出した。
イザークは彼女の願いをあっさりと受け入れ、ドロシーは皇女から平民に戻った。
皇女の身分を放棄してから数日後、彼女は夫と養父母の元へ帰るために公爵邸を出た。
二度と誘拐事件が起こらないよう、次はセレナイト家で彼女をマレア王国へと送っていくこととなった。
馬車の前で、ドロシーは深く頭を下げた。
「お父様のお葬式にも参加できましたし……私は今度こそ帰ろうと思います」
「そうですか……何だか寂しくなりますね」
ドロシーはフィオナを抱きしめた。
年下ではあるが、自分よりも大人びている美しく高貴なご令嬢。
あの日、彼女と街で出会ったのは奇跡だった。男たちに絡まれていたところを救われ、思わぬ形でお城のような公爵邸で暮らすこととなった。
フィオナは最初から自分の正体や両親のことを知っていた。
一体どんな気持ちで私を剣術大会に連れて行ったんだろうな、とドロシーは思わず笑みを溢した。
フィオナと出会った経緯を一つ一つ辿っていくと、彼女は泣きそうになってしまった。
「どうか、お元気で……フィオナ様に出会えて本当によかったです」
「ええ、ドロシーさんも……」
お互いの幸せを願い、フィオナは隣国へ帰る彼女を見送った。
信じた道をそれぞれ突き進めば、いつかまた会えるはず。そう信じたフィオナは、未練なく公爵邸へ戻った。
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