101 父と娘
第二皇子と話した後、フィオナはアロイスとドロシーの元へ戻った。
アロイスがついている以上、彼女が再びセレシアの脅威にさらされることはない。
フィオナはアロイスをこの世の誰よりも信用していた。
彼女が戻ってくると、アロイスは安心したように息を吐いた。
「第二皇子とは何を話していたんだ?」
「ん、ちょっとね」
フィオナの返事に違和感を抱いたのか、アロイスが眉間にシワを寄せた。
浮気でもしていると思っているのだろうか、嫉妬深いところも何とも愛らしい。
「失礼します、ドロシー殿下……」
「な、何でしょうか……?」
そのとき、皇宮の使用人の一人がドロシーに声をかけた。
服装から見るに、彼女はただの侍女ではなく、おそらく侍女長だろう。
そんな彼女は、流石はベテランというべきか、表情を変えずに淡々と言い放った。
「――皇帝陛下が、最後に殿下にお会いしたいとおっしゃっております」
「さ、最後にですか……!?」
その言葉に、フィオナもアロイスも驚きを隠しきれなかった。
――最後に会いたい。
それは、皇帝の寿命がもう長くないことを表していたからだ。
***
ドロシーはフィオナとアロイスの二人と共に、皇帝の寝室の前までやってきた。
本来なら呼ばれたのはドロシーだけだったが、彼女一人では当然心細いということで、フィオナも特別に同行を許可されることとなった。
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ」
アロイスを外に残し、ドロシーとフィオナは部屋へ入った。
当然、二人とも皇帝の寝室に入るのは初めてだった。
広い室内の中央には、大きな黒いベッドが置かれていた。
そこで横たわる老齢の男性と、横に立ち尽くす白衣を着た男性。
白衣の男性は振り返ると、暗い表情で彼から距離を取った。
おそらく彼は皇宮に勤務する医師だろう。娘のドロシーが訪れたことに気付き、彼女に譲ったようだ。
フィオナはドロシーの肩を支えながら、ベッドに横たわる男性を見下ろした。
「……お父様」
ドロシーがポツリと呟いた。
眠っていた皇帝は愛娘の声に反応し、ゆっくりと目を開けた。
「………………ドロシー?」
彼女に向かって手を伸ばそうとしたその瞬間――
ケホッと咳き込んだ彼の口から、真っ赤な鮮血が吐き出された。
「お父様!」
「陛下!」
ドロシーは慌てて伸ばされた父親の手を掴んだ。
彼女は両手で握ると、必死に彼に呼び掛けた。
「お父様、しっかりしてください……!」
「ドロシー……」
最後に娘に会えたことがよほど嬉しいのか、彼は苦しみに満ちた表情の中で微笑んだ。
その笑顔には、間違いなく彼女への愛が込められていた。
(……他の子供たちにもそんなふうに接していたらな)
感動的な親子のシーンではあるものの、内情を知っているフィオナからしたらとても感動できなかった。
皇帝は背後に控えているフィオナを一度も視界に入れることはなく、力なく呟いた。
「最後に君に会えて……嬉しい……」
「最後だなんて……お父様……」
いくら幼い頃一緒にいなかったとはいえ、血の繋がった父親が亡くなるのは悲しい。
ドロシーの目に涙が滲んだ。皇帝は手を持ち上げると、彼女の瞳から零れ落ちそうな涙を指で拭い取った。
「パトリシアにそっくりだな……」
「お母様……!」
前皇后パトリシア――
ドロシーの実の母親であり、皇帝が生涯で唯一愛した女性だった。
彼女の娘であるドロシーも、もちろん彼にとっては大切な存在だ。
「お父様……私も最後にお父様に会えてよかったです……」
その言葉に、皇帝の目から一筋の涙が流れた。
釣られてドロシーも泣いてしまう。身体がほとんど動かない父親に向かって、彼女は必死の思いで呼びかけ続けた。
ドロシーの声を聞くたびに、皇帝の表情が和らいでいく。
最後に本物の娘と話すことができたのだ。
皇帝は何の未練もなく、あの世へ行けるだろう。
「……」
傍観していたフィオナはそのとき初めて、残忍な皇帝の人間らしい姿を目の当たりにしたのだった。
***
「……パトリシア前皇后陛下は、どうしてドロシー殿下を侍女に預けたのでしょうか?」
戻る途中、気になったフィオナはドロシーがいない隙を狙って侍女長に尋ねた。
侍女長は怪訝な顔をしながらも、彼女がドロシーと近い仲であることもあり、答えてくれた。
「前皇后陛下は病気を患っており、長くは生きられないことを悟っておりました。ご自身が欲深い両親の下に生まれ、窮屈な暮らしを送っていたこともあって……生まれた子には同じような思いをさせたくないと常日頃から言っていたそうです」
パトリシアは心配だった。
自分が亡くなった後、残された娘のことが。
皇家に置いておくことはできないと判断した彼女は、生まれた娘を信頼できる専属侍女に預けた。
「前皇后陛下が皇帝陛下の暴力で亡くなったという噂は本当ですか?」
「ぼ、暴力……?そのような事実はありません。病で亡くなったと皇家から正式に発表されたではありませんか」
「あら、そういえばそうでしたね。失礼いたしました」
不敬罪もいいところだが、侍女長にしか聞かれていないのでセーフだ。
「皇帝陛下は皇后陛下を深く寵愛し、とても大切にされておりました。暴力など振るうはずがありません」
「申し訳ありません、噂を聞いてしまったもので」
「一体誰がそのようなことを言い出したのか気になりますね」
侍女長はギロッと、フィオナを横目で睨んだ。
お父様とお母様です――なんてことはもちろん、言えるはずがないので黙ったままにしておいた。
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