100 事件の調査
イザークは皇帝の毒殺を企んだ犯人を何が何でも捕まえるため、パーティーが行われていたホールを一時的に封鎖した。
フィオナやアロイスを含め、この場にいる全員が容疑者だった。
そんなふうに疑われるのは気分が悪かったが、帝国の最高権力者が生死の境を彷徨っているのだ。こればっかりは仕方がない。
フィオナはドロシーの警護をアロイスに任せ、会場で騎士と話すイザークの元へと向かった。
「殿下!」
「フィオナ嬢」
近づこうとするフィオナを、皇太子直属の騎士が咄嗟に制した。
彼女は身体を軽く押さえつけられたが、イザークの判断によりすぐに解放された。
「ありがとうございます。私も容疑者に変わりはないのに……」
「いや、フィオナ嬢のことは最初から疑っていない」
その口ぶりから察するに、イザークは既に犯人を絞り込んでいるようだ。
皇帝に毒を盛った黒幕については、フィオナも何人か心当たりがある。しかし、証拠がない以上、裁くことはできなかった。
「……大変なことになりましたね」
「あぁ……そうだな」
祝いの場でこのような事態が起きるとは、当然誰も想像できなかった。
イザークは表にこそ出していないものの、疲れた顔をしている。
そんな彼に、皇室騎士団長が声をかけた。
「殿下、大変なことが……」
「どうした?」
余程大事なことを話しているのだろう、イザークはフィオナから自然に距離を取った。
騎士団長はフィオナから離れたイザークに耳打ちした。
「……が絡んでいる可能性が非常に高いかと」
「……何だと?」
予想だにしない人物の名前が出てきたのか、イザークは眉をピクリと動かした。
誰の名が挙がったのか、フィオナは想像もつかなかった。
皇帝は女好きでありながら、前世のイザークに引けを取らない暴君でもあった。
多方面から恨みを買っているであろう彼に殺意を抱く人間は多いのではないだろうか。
イザークは騎士団長との話を終えると、フィオナの元へゆっくりと歩いてきた。
「殿下、顔色が悪いです。どうかなさったのですか?」
「……いや、何でもない。ただちょっと心配事が増えてしまってな……」
イザークは額を手で押さえた。
彼がそんなふうに憔悴しているのを見るのは初めてだった。
「……私は戻ったほうがよさそうですね」
フィオナはこれ以上イザークの傍にいるべきではないと判断し、挨拶をして彼の元を立ち去った。
協力者として事件のことを聞けたら良かったが、あいにく彼は一人になりたいようだった。
フィオナはアロイスの元へ戻る途中で、会場を見渡した。
さっきよりはずいぶん落ち着いているが、未だに人々は動揺したままだった。
皇帝が毒を盛られたのだから、心配するのは当然のことだろう。
それに加え、オランジュ帝国の皇家が抱える事情も彼らの不安を増幅させていた。
十二人――いや、十三人も皇位を継承できる者がいるともなれば、皇帝の死後争いが起きるのは目に見えている。
皇太子と定められているのはイザークだが、第三皇子もその座を虎視眈々と狙っているのは周知の事実だった。
皇家の使用人たちは現在、怪我をした人々の手当てやメンタルケアに追われていた。
しかし、あんなことがあった後だからか、全員心に余裕がない。
「――お前、ふざけてるのか!」
「も、申し訳ございません……殿下……!」
突然声を荒らげたのは、イザークの異母弟である第二皇子だった。
メイドが床に膝をつき、その傍には割れたグラスと透明な液体。
「こんな状況で水なんて出しやがって!正気か!?」
「で、殿下がお疲れになっているようでしたので……」
「ふざけるな!父上が毒でやられたの、お前も見ただろう!?」
彼はイザークと違って穏やかな皇子として知られていたが、父親が毒を盛られた後だからか、殺気立っていた。
「――殿下、落ち着いてください。彼女はただ殿下を気遣っただけです」
「セレナイト令嬢……」
フィオナは咄嗟に、二人の間に割って入った。
「もし彼女が毒を盛った犯人だとしたら、こんな大胆な行動は取らないでしょう。彼女は何もしていませんし……どうか怒りをお鎮めください、殿下」
「そ、それはたしかに……」
彼女の言葉で第二皇子は平静を取り戻し、我に返った。
メイドは立ち上がると、フィオナに礼を言い、そそくさと皇子の元を去って行った。
「しかし、困ったことになったな……」
「なぜ、陛下は狙われたのでしょうか……」
フィオナの問いに、第二皇子はしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「さぁな――でも、皇族の中に犯人がいるのは確実じゃないか?」
「な、そ、それは……」
第二皇子はサラリと、衝撃的な話を口にした。
皇帝陛下を殺害しようとした黒幕が、皇族の中にいる……?
「ど、どうしてそのように思われたのでしょうか……?」
「皇族に出すワインは、皇宮で厳重に保管されている。第三者が勝手に開けて毒を入れる可能性もある以上……外部の人間はそう簡単に触れることができない」
ワインは嗜好品として、皇族を始めとした上流階級の者たちに好まれている。
しかし、毒を盛りやすいという点から皇家ではかなり徹底した管理がされている。
「あのワインは父上が最も好んでいた種類のものだ。取られたくなくて、日頃から俺たちにすら飲むことを禁じるほどだからな。そんな大事なものをドロシーに飲ませようとしたのは想定外だったけど……」
彼曰く、皇族に出すワインにあらかじめ仕掛けができるのは同じ皇族しかいないという。
たしかに、皇族であればワインの保管庫にも怪しまれることなく入ることができただろう。
彼の推理は突拍子もないものに見えて、きちんと筋が通っていた。
「俺は皇妃か……既に成人済みの皇子や皇女の誰かだと思うな。まぁ、その点で言えば俺も怪しいか」
第二皇子は豪快にガハハッと笑った。
(いや、アンタさっき毒盛ってるんじゃないかって狼狽えてたでしょ?)
フィオナは立ち直りの早い彼を呆れた目で見ていた。
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