微笑ましい日常と迫る異変
高校三年生になった五月の連休中、東京に戻ってきた蓮は渋谷駅の前で伸びをした。
――久しぶりに戻ってきたな。
父親の説得自体はすぐに終わった。しかし、手続きや荷造りなどいろいろと忙しくて、こんなに遅くなってしまったのだ。
「あ、蓮様よ!」
「え、本物!?すごい、本当に美人だわ!」
周囲にいた人達が蓮の周りに集まってきた。そして「昨年は大変でしたね!罪を擦り付けられてこちらに来たみたいで……」と言われる。
「いえ、別に……悪はいずれ裁かれるものですから。だから気にしていませんでしたよ」
「その考え方、さすが蓮様です!サインくださいませんか?」
ファートルに行く前に大変なことになったな……と思いつつも成雲家の令嬢じゃなくなったことで軽くなった荷にホッとしていた。
適当にあしらいつつ、蓮はファートルに向かう。そして、皆と再会した。
そして、高校三年生になって初めて凛条高校に登校した。義明とりゅうもいたのでなんだか感慨深かった。こんな風に皆で登校出来る日が来るなんて、夢みたいだ。
――まぁ、さすがに開原先生が作ったような「夢物語」はもうこりごりだけど。
幻想世界の力を借りて現実を歪ませてまで叶えるのはさすがにもういい。あれで懲りた。
三年の担任も長谷だったようだ。良希と風花と島田も同じクラスで、愛良と義明も近くの席同士だ。これは嬉しい。
……でも、言い方を変えたら問題児が集められているんだよな……。
怪盗が五人もいる上に「怪盗応援チャンネル」を管理している人……表上は優等生を演じているが、裏では犯罪に近しいことをしている(もしくは支持している)。偶然かわざとか……。長谷以外は怪盗と知らないため偶然の可能性が高いだろう。
「今日から成雲さんが戻ってきました。皆、仲良くね」
長谷の言葉と共にお辞儀し、席に座った。
「……………………?」
一瞬、身体が痛んだ気がする。しかし、気のせいだろうと蓮は授業を受けた。
帰り道、久しぶりに怪盗団のメンバーと集まってクレープを食べた。すっかり蓮の好物になってしまったのが主な原因だ。
「蓮って、いつ見てもやっぱり痩せてるよね~」
風花が蓮を見ながらそう言ってきた。蓮は「そうか?」とクリームを顔につけながら首を傾げた。
「ほら、蓮。クリームがついてるぞ」
愛良が親指で蓮についているクリームを拭い、それをペロッとなめる。
「あ、ついてた?」
普通、こんなことをイケメンの人にされたら赤くなると思うのだが、いつもされていたからか蓮は至って普通に聞いた。慣れというのは恐ろしいものである。
「魔性の男、おそるべし……」
良希が呟いたが、誰の耳にも入ってこなかった。
「伊達メガネ、持ってきているんだな」
ファートルの二階に上がった時、愛良が笑った。蓮は「もうつける予定はないけど、思い出深いものだから」と答えた。
「確かにね。俺も、メガネ姿の蓮が昨日のように思い出せるよ」
「「ヨッシー」として出会った時は既にメガネだったもんね」
一年前のこと(正確には義明にとっては二年前)なのに、懐かしく思える。
「オレはどちらかと言うと「ジョーカー」だな」
「夢の中ではいつも怪盗服だったからね」
そう言えば依頼はどれだけ溜まっているのだろうと怪盗応援チャンネルを開いた。重要そうな依頼は数か月放っておいた割にそこまでなかった。
「久しぶりに幻想世界に行くか」
蓮がそう言うと、二人は頷き、皆にチャットを送った。
次の日、ファートルに集まりターゲットの確認をする。全会一致し、怪盗団は幻想世界へ向かった。
「よかったの?ジョーカー。疲れてるんじゃない?」
ヘルメスが聞いてきたのでジョーカーは「大丈夫、言うほど疲れてはいない」と運転しながら笑った。
「気を付けろよ、久しぶりの戦闘だからな」
まずはウォーミングアップだ、と最初のところで何度かエネミーと戦闘をする。その後、ターゲットを改心させていった。
現実に戻ると、既に暗くなっていた。
「食事に行くか?」
このまま帰すわけにもいかないだろうと蓮は聞くと、皆が頷いたのでバーガーショップに向かった。
「お、巨大バーガーチャレンジがあるぜ!やってみねぇか?」
「何?それは本当か?」
メニューを見ていると、良希がそんなものを見つけた。それに裕斗がつられる。
「なんだ?やりたいのか?」
「一度腹いっぱいになるまでバーガー食いたいと思ってたんだ!」
「俺もいいか?」
「蓮、オレもやってみたいんだが……」
良希、裕斗、愛良がそう言ったのでまぁいいかと蓮は早々に諦める。
「蓮もやるよな?」
「お前、ボクの扱いが雑じゃないか?」
愛良に言われたらやるけど、と巨大バーガーチャレンジを四人分頼んだ。他の人達は各々好きなものを選んで頼んでいた。
三十分ぐらい経っただろうか、本当に巨大なバーガーが来た。
「制限時間は三十分です。制限時間内に完食された方には賞品もあります。では、スタート!」
店員の声と共に四人は食べ始める。三十分後、食べ終わったのは蓮と愛良だけだった。
「マジかよ、お前ら……胃袋デザイアか……?」
そう言う良希は半分も食べていなかった。裕斗は半分以上食べているようだ。
「完食、おめでとうございます!賞品はハンバーガー無料券十枚です!」
「ありがとうございます」
景品をもらうと、りゅうが「それで今度また食べに来よう!」と笑った。
ある日、ファートルで店番をしていると男性が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
蓮が言うと、その男性は蓮の前のカウンター席に座り、帽子をとった。その顔を見て、蓮は驚く。
「開原先生……」
「久しぶりだね、成雲さん」
そう、今まで行方知れずとなっていた開原だ。
「君がこっちに戻ってきたって聞いたから顔を出したんだ。急でごめんね」
「いえ……それにしてもご無事でよかったです」
「君の方もね。本当に消えたと思ってたから……」
とりあえずブレンドくれるかい?と注文を受け、蓮はすぐに淹れた。前に出した後、彼は一口それを飲み、
「……僕、今は別の研究をしているんだ」
「そう、ですか……」
「安心して。もう異世界のことは研究していないから」
他の人達はいまだにやっているけど、と彼は笑いかけた。
「あそこのことなんて、常人じゃ研究も何もないと思いますけどね」
「でも、君達の存在があの世界があることを物語っている。少なくとも、僕は分かっているよ」
そう言って笑うと、ねぇ、と開原は蓮を寂しそうに見た。
「君のその目には、何が見えているんだい?」
夏休み前まで怪盗の仕事をしたり協力者達と会ったり、遊びに行ったりしていた。一学期の終業式の日、学校が終わり渋谷を歩いていると、青い牢屋――牢獄世界の扉が見えた。周りに人がいないことを確認し、そこに向かうと牢獄世界に来た。姿は囚人服ではなく、黒いロングコート。どうやら人間での姿のようだ。
「……シャーロック?」
蓮が牢獄世界の主の名を呼ぶと、彼は「来たか、レンカ」と笑った。
「お前は、皆と歩く道を選んだのだな」
「はい。父とは決別し、絆に従う……ボクが自分で考えて、決めた道です」
「それでよい。お前は「守り神」であり「人間」だ。自分の信念にあった道を選ぶがいい」
それより、話があるとシャーロックは本題を持ち出した。
「どうやら幻想世界に異常があるようだ」
「……ボクがこちらに戻ってくる際には特になかったと思いますが?」
忘れもしない、最後の決闘の後。蓮は一人、白いところ――祝福の祭壇にいた。それからあちらの時間で一年以上かけて異常がないか確認したのだ。異常があった場所は蓮の力で直し、何度も確認して現実に戻ってきた。
「あの時はな。だが、あの後異常が起こったようだ」
「そうですか……」
なら、知らないのも納得がいく。
それにしても、異常とは何だろうか?父親のようなものではないといいが……。
「幻想世界は人間皆のデザイアだ。だから、どんなものが生まれても不思議ではない」
「そう、ですね」
そして今回は、自分達が必要以上に関わってはいけない。何となくだが、そう思った。
「しかし、つくづく人間は複雑なものを作るのだな」
「そうですね。神話といい、守り神といい、いろいろなものを作り出すなんて……本当に人間は複雑で、不思議な生き物です」
人間として生活した中でも分からないのだ。幻想世界と同じで、人間というのを完全に理解するのは難しいのかもしれない。
「だが、お前はそんな人間と共に生きる道を選んだ。……安心するがいい、お前とジョーカーがここに戻ってくるまで私は幻想世界を守る」
「……ありがとう、シャーロック」
そう、蓮と愛良はいずれ幻想世界に戻ることになるのだ。もちろん、皆がいる間は現実にいるつもりだが……どうなるか分からない。
「予言しておこう。世界は、いずれ滅びる。……だが、お前の遺す子孫が再び世界を救うことになるだろう。何度も、何度も」
「……………………」
「その時、お前は幻想世界に戻っている。だが、そこからでもお前は世界の救済を願うのだろう」
「……えぇ」
それは知っている。見えている。そして見守ることしか出来ないということも。
――なぜなら、自分が「主人公」の物語は、もう終わってしまったから。これからの物語は、自分の子供達が主人公になる。
「だが、時には頼むこともあろう。その時は……よろしく頼む」
「もちろん。自分の子供達のためですから」
そう言って笑う少女の瞳には、何が映っていたのだろうか。
夏休みに入ったある日、ファートルの手伝いをしている時だった。
「なぁ、蓮」
藤森に呼ばれ、蓮は皿を置き、振り返る。
「お前、ファートルを継ぐ気はないか?」
その言葉に驚きを隠せなかった。それを見て、藤森は笑う。
「お前なら、この店をやっていけると思ったんだ。愛良と、お前の兄貴と……もしかしたら一緒にやることもあるんだろうなって」
蓮は考えた。今後の進路としては、大学に行くつもりではあった。だが、何をしたいのかと言われたら……まだ分からなかった。
――だけど。
「……藤森さん。ファートル、継がせてください」
この店がつぶれるのは、嫌だった。彼がいいと言うのなら、受け継ぎたかった。
藤森は笑って「じゃあ、今後はもっと厳しく指導していかねぇとな」と笑った。その時、愛良と義明が戻ってきた。
「あ、兄さん、愛良」
「どうした?蓮、そんな嬉しそうにして」
「ボク、やりたいことが決まったんだ」
「この店を継いでくれるんだと」
その言葉に二人も喜ぶ。「これで正式に看板娘だね」と義明が言った。
「オレ達も、お前と一緒にやるさ」
「前から、提案しようとしたんだけど……先を越されちゃったね」
「お前らにも、徹底的に叩き込んでやるよ。……もちろん、継ぐのは大学を卒業した後でいい。それに、元気なうちは顔も出してやるよ」
将来の話をしながら、蓮は未来に想いを馳せた。
――昔の夢を見た。
神主の娘だからということで着物を着ていたような、そんな時期だった。
「兄さん!」
蓮は義明のところに行き、抱きついた。
「どうしたの?蓮」
義明は優しく抱きしめて、蓮に尋ねた。
「あのね、ボク、明日から東京に行くんだって」
「東京に?珍しいね、おじさまの仕事?」
それに頷く。思えば父はこの時から世界を滅ぼそうとしていたのだろうが、まだ純粋だった蓮にはそんなこと気付くハズもなかった。
「うん!それでね、明日はお母様の元師匠に会いに行くんだって。それから、お母様がお世話になったって言う喫茶店にも行くって」
「やることが多いね、蓮」
「でも、楽しみなんだよ。だって白野さんって人も優しい人だって聞いたし、藤森さんもいい人って聞いてるから」
「そうなんだね。気を付けて行ってきてね」
兄との会話はそこで終わった。
目が覚めると、そこはファートルの屋根裏部屋だった。
――そう言えば、あれから全てが始まったんだろうな……。
あの日、白野に会ったから。他にも城幹や咲中、りゅうや狛井とも会ったから。そしてどこかで皆とも会ったから。その出会いが、怪盗団の物語を作り出した。
まだ夜中だったので、もう一度寝ようとすると隣で寝ているハズの愛良に抱きしめられた。驚いて隣を見るが、目は閉じているので寝ているのだろう。
(……こいつも、出会った当初からすると優しくなった)
『ジョーカー』として出会った当初。いきなりお腹を蹴ってきたものだから何事かと思った。だが、本当はとても優しくて、不器用ながら蓮を愛してくれた。
不意に、二千年前のことを思い出した。
――出会いは、雨の日。全てが嫌になって、森の中を歩いていた時だった。ぬかるみに転んで、呆然としていた。その時、目の前に大きな手が見えた。顔をあげると、そこには自分が黒髪で男性にしたらこうなるだろうと思う程よく似た顔の男の人の手だった。それがジョーカーだったわけだが、そんなことを知るハズもないレンカは戸惑いながらその手を掴んだ。その瞬間、心臓が高鳴ったのを覚えている。
彼から、自分はシャーロックに作られたのだと聞かされて納得がいった。だって、あまりにもレンカと顔が似ていたから。だが、もし違う顔だったとしても好きになっていただろう。それほどに彼はレンカのことを理解してくれていた。
だが、レンカはそんな彼を殺したのだ。そのことに何度も後悔した。恨まれても仕方ないと思っていた。だから、今のこの幸せは当たり前ではなく奇跡なのだと思う。
――明日、ユリナとマリナを引き取ろう。
そう思いながら、蓮は眠りについた。
次の日、牢獄世界に向かった。
「どうしたのだ?レンカ」
「約束を果たしに来たんです。……ユリナとマリナを引き取りに来ました」
本当は、もう少し待つつもりだった。それこそ、大学生になるまで。だが、どうしても家族で過ごしたい……その思いが強くなったのだ。
「……そうか」
「今日から、お母さんと一緒に過ごせる?」
二人が羨望の眼差しで母親を見てきた。蓮は「うん。一緒に行こうか」と手を差し伸べた。
「ここも、寂しくなりますね」
テミスがそう言った。蓮は「時々会いに来ますから」と笑った。
「今度こそ、幸せに過ごすのだぞ、三人共」
「はい」
シャーロックの言葉を最後に、現実に戻ってきた。
愛良の時と同じように無理やり二人の戸籍を作り、「雨宮 友里」と「雨宮 真里」という名にした。そして、ファートルに戻る。
「あぁ、ユリナとマリナを引き取ってきたのか」
愛良が子供達を見て、そう言うと二人は「友里と真里って名前になったんだよ」と答えた。
「そうか、さすがに今まで通りとはいかないもんな」
愛良もそうだったのだ、この二人も名前は変えないといけないと思ったのだろう。少なくとも、日本人らしく漢字を使った方がいいと。
「でも、普通に「ユリナ」と「マリナ」でよかったんじゃないか?」
「二文字にしたかったから」
お前も漢字で二文字だろ?と笑う。純粋な彼女が好ましかった。だからこそ、自分は惹かれたのだろうと思った。
「……じゃあ、今後生まれてくる子はお前と同じで一文字にしないとな」
そう囁くと、彼女は顔を赤くさせた。
夜、蓮はアザーワールドリィに向かった。そして、シャーロックが言っていた「異常」とやらを探す。しかし、ここにはなかった。
――まさか……。
もしかして、自分の地元の方だろうか?あそこにも、地下鉄の方に壁があった。そして守り神の力を持ってしてもその壁の先には向かえなかったのだ。
――うかつだったな……。
自分はもう「主人公」ではない。友里や真里も同じだ。同じ舞台に立っていた者達は、全員主人公にはなれない。
――でも、オレは「手伝う」ことは出来る。
何が生まれたのかは分からないが、何が生まれても協力すればいいと思った。
次の日、光助が戻ってきた。やはり不起訴処分になったらしい。
「よかった、光助……」
蓮が彼を抱き寄せる。光助は照れくさそうにしながら「ありがとう、姉さんがオレの弁護をしてくれたんだよね」と笑った。
――これで、本当に終わった。
時間がある時に改心させていっているが、それももうなくなるだろう。「リベリオンマスカレード」の物語は、これでようやく終わりを迎えるのだ。
昔々、白い服を着た怪盗がいました。
その怪盗は悪い人の心を盗む義賊でした。
ある日、その怪盗は悪い神様と戦い、大切な人を失いました。
それでも諦めず、怪盗は悪い神様を封じ込めることに成功しました。
しかし、その封印もいずれ解けるものだったのです。
長い時が経ち、その怪盗は黒い服を着て再び悪い人達の心を盗んでいきました。
そして、今度こそ大切な人と共に悪い神様を倒しました。
そうして、世界は平和に包まれました。
それから数年後、蓮は愛良と結婚し、兄や弟と共に藤森からファートルを受け継いだ。もちろん、藤森も手伝ってくれる。りゅうはやりたいことがあるからそちらを優先させているが、時々顔を出してはコーヒーを飲んでいく。友里と真里も、今は高校生として過ごしていた。
良希はスポーツトレーナーとして働いているようだ。風花はモデルをしながら心理士として働いている。裕斗は画家として動き始めているようだ。もみじは警察官になったらしい。ほのかは父の手伝いをしながら大学で勉強を頑張っているようだ。
それぞれ、自分なりの道を進んでいた。時々集まっては談笑をしているが、もう改心させるということはなくなった。皆、それでいいと思っている。自分達の力を使うことなく解決出来るのなら、それに越したことはないのだ。
蓮は大学を卒業したのを期に愛良と義明、光助と共にファートルの近くの家に暮らし始めた。
ある日、愛良とファートルで働いているとかつて住んでいた屋根裏部屋から二人の幼い子供が降りてきた。
「おかあさん」
「ねぇ、いつになったら遊んでくれる?」
そう、大学生の時に生んだ我が子達だ。双子で兄はジョーカーと同じ黒髪、妹はレンカと同じ白髪だった。
蓮は双子のところへ行って「もうすぐ休憩時間だから、ね?」と二人の頭を撫でた。甘えるその姿はかつての友里と真里を思い出した。
その時、ファートルの扉が開いた。友里と真里が高校から帰ってきたのだ。
「お母さん、ただいま」
「おかえり、二人共。まだ営業中だから二階に行ってくれない?」
そう言うと二人は弟達を連れて二階へとあがっていった。
「子育てが大変なのに、偉いねぇ」
常連の女性が蓮に言った。蓮は「大切な子供ですから」と笑った。
二千年前に与えられなかった愛情を、今度こそ与えようと密かに思った。
――再び物語が始まるのを、彼らはまだ知らない。




