エピローグ EACH ROAD.THE GRASPED FUTURE
次の日、光助が再び出頭したのを見届けた後に学校に行くと島田が「よかった、戻ってきたんだね」と言った。
「悪かった。やることが多くてどうしても時間がかかってしまったんだ」
全く悪びれずに言うものだから島田は「君らしいや」と笑って自分の席に戻った。
ところで、クラス中が浮かれているのはなぜだろうか?風花に尋ねると、
「え?知らないの?今日バレンタインだよ」
「ばれん、たいん?」
風花の話によれば、バレンタインは恋人や大切な人にチョコを送るのだそうだ。今までそんなものと無縁で生きてきた蓮には分からなかったが、この機会に愛良に何か渡すのもいいかもしれない。
「もしかして、何も準備してないの?」
「何も知らないうえに昨日戻ってきたのに、準備が出来てると思うか?」
「思いません、ごめんなさい」
でも、今からじゃチョコも買えないかも、と風花は心配そうに言ってきた。
「あぁ、いいの。チョコじゃないから」
「え?じゃあ何を渡すの?」
「ずっと残るものがいいかなって。クリスマスの時、マフラーもらったからそのお返しってことで」
笑うと、風花は「いいなぁ、あたしも恋人作ろうかな」と冗談を言った。
愛良には先に帰っていてほしいと告げて、蓮は一人渋谷に来る。本屋や文具品などを見たが、いいものは見つからなかった。
「やっぱり、チョコがいいのかな?」
そう思った時、一つのものが目に入った。それを手に取り、蓮はこれを渡すことにした。
夜、義明が気をきかせて外に出たので蓮は愛良を呼んだ。
「どうした?蓮」
愛良が尋ねると、「今日はバレンタインだって」と言って先ほど買ったばかりのものを渡した。
「チョコじゃないけど、これ、受け取って」
「なんだ、これ?本みたいだが」
疑問符を浮かべる彼に蓮は「見たら分かるよ」と笑った。愛良が袋を開けると、
「これは」
「水谷さんが書いたものみたいだね。ボク達怪盗団の物語だ」
そう、怪盗団の物語が出版されていたのだ。他の人が書いたのならこんなものを買わなかっただろうが、何せ自分達のことをよく知っている新聞記者が書いたというのだ。少し読んだが、ちゃんと自分達のことを精細に書いている。蓮と愛良がどうやって出会ったのかも、守り神のことも。残念ながら開原のことは書かれていないが、それでいいと思う。
「これが、ボク達怪盗団の軌跡だ。だからお前に受け取ってほしくて」
「なるほど。確かにお前がこれを送るのがよく分かった」
ありがたく受け取っておく、と愛良は微笑んだ。
「そうか、今日はバレンタインか」
「どうした?何か欲しいものがあるなら今日は何でも聞くが」
「それなら、久しぶりにお前の手料理が食べたい」
そう言われ、蓮は了承する。自分の体感で一年以上は料理をしていないからうまく作れるか分からなかったが、いざ作って食べさせると「あぁ、この味だな」と満足してもらえたので胸を撫でおろす。
「これからも、ずっと一緒だな」
「うん。約束する。今度こそ一緒だよ」
二人のその誓いが、その場を包み込んだ。
それから時が過ぎ、三月三日。丁度休みだったので皆でファートルに集まる。
「あのさ」
最初に口を開いたのはりゅうだった。
「皆には黙っていたんだけど、僕、凛条高校の受験に受かったんだ」
「そうなのか?よかったな」
これで彼も高校生になる。蓮は自分のことのように喜んだ。
「うん。蓮が一緒についてくれたから頑張れたよ。ありがとう」
それに続いて皆が次々と報告をしてきた。
「俺は陸上部にまた入部しようと思ってんだ。だから病院に通ってリハビリしようと思ってる」
「あたしは、モデルを続けながら頑張って大学に受かってあいみたいな人を減らせるようにしたい」
「私も、大学が受かったから一人暮らしを始めようと思って、今探してるの」
「私はお父様と一緒に頑張ろうと思って、もっと詳しく勉強をしているの」
「俺はまだちゃんとは決まっていないが、やはり絵の道に進もうと思う」
「俺も、凛条高校に編入することにしたんだ」
皆が皆、自分の道を進もうとしていた。それに蓮は感動する。それと同時に少し焦る。
「ボク、まだ何も考えてないんだ」
そう言うと良希が「これから考えればいいじゃねぇか」と笑った。
「それに、もう成雲家のお嬢様を名乗らないって決めたでしょ?十分だと思うわ、それで」
もみじの言葉に蓮は「そう、なのかな?」と首を傾げた。
「そうだな。お前は自分の道を歩もうとしている。昔はそんな余裕、全くなかったからな。良希の言う通り、これからはゆっくり考えればいい」
愛良にも言われ、蓮は「そうだね。せっかく手に入れたものだし」と不安を残しながらも少し笑った。
「でも、その前にお父様を説得しないとね」
まずはそこから一歩を踏み出す。きっと、今の父親なら聞いてくれるから。
「じゃあ、どっちにしろ一度は帰るんだね」
義明が言うと蓮は「うん。でも兄さんと愛良はこっちに残ってて大丈夫だよ。絶対にこっちに来るから」と宣言した。
「今まで待ってたんだ。いつまでだって待つさ」
愛良は蓮に答えた。それに頷き、微笑んだ。
それから数日後、蓮のもとに秋川がやってきた。
「どうしたんですか?」
「あなたに言わないといけないことがあって」
コーヒーを淹れると、彼女はそれを飲んだ。そしてすぐに本題に入る。
「あなたの前歴、なかったことになるの。今日から、あなたは普通の高校生よ」
その言葉を聞いて、蓮は食器を落としそうになる。
「保護観察処分も今日限りで取り消し。……あなたを冤罪に追い込んだ二人も罪を認めたから」
「……光助、は?」
「彼も二人に洗脳されていたし、何よりあの世界、簡単に立証出来ないから。彼がやったという証拠がなければ、多分、数か月後には釈放されるかもしれないわ」
「そう……」
蓮が一番心配していたのは自分のことではなく、弟のことだった。幻想世界のことは実際に見ない限り立証出来ないのは確かだし、関連付けることも常人には不可能だ。
確かに罪は償わないといけないかもしれないけど。
でも、ホッとしている自分がいることも確かだった。
「話はそれだけよ。急に押しかけてごめんなさいね」
秋川はコーヒーの代金を置き、ファートルから出た。
「よかったな、本格的に前歴がなくなって」
愛良が語りかけてきた。蓮は「うん」と笑った。その笑顔は年相応の少女のものだった。
そして地元に帰る日、蓮は必要最低限の荷物だけ持って地元に帰ろうと駅に向かった。義明と愛良がいないことに疑問を感じたが、その答えはすぐに分かった。
「そこのお嬢さん、送ってくよ」
歩いていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。そちらを見ると怪盗団のメンバーがキャンピングカーに乗って待っていた。蓮は笑い、それに乗り込む。
キャンピングカーが動き出す。皆と会話をしながら楽しく過ごした。
やがて、家の近くの駅まで来た。
「ここまででいいよ」
ここからは一人で行く、と言って蓮は降りた。皆は心配そうに見ていたが、「大丈夫、信じて」と言って笑ったので納得していないようだったが帰っていった。
それを見送った後、蓮も家に帰る。家に入ると使用人達が出迎えてくれた。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
それを無視して、蓮は告げた。
「お父様に用事があります」
そう言って、蓮は父の部屋に行った。
「なんだ?話とは」
罪を認めたと言っても、いまだ威厳のある父に緊張したが、蓮は胸を張って告げた。
「ボク、この家から出ていきたいんです」
五月の連休、丁度蓮が消えた時と同じように皆でファートルに集まっていた。
「どうなったかな?蓮」
りゅうが心配そうに言った。もしかしたら、説得に失敗したかもしれないと不安になってきていた。
「やっぱり俺、一度帰ろうかな?」
義明が言ったその瞬間、扉が開く。もしかしてと思いそちらを見ると、蓮が手を振って答えた。その顔に伊達メガネはかけていなかった。
「ただいま。思ったより準備に時間がかかっちゃった」
そのままカウンター席に座り、蓮は皆と向き合う。
「ボクは見ての通り変わりないけど、皆はどう?」
そう聞かれたので自分達もそう変わりはないと答える。
「ただ、俺は陸上部に入ったぜ。病院にもちゃんと通ってる」
「あたしも、本格的に勉強を始めたんだ。だから成績も前よりよくなったんだよ」
「俺も、絵の道を着実に進んでいる。君に協力してもらったからか、スランプに陥らずに出来ているな」
「私も一人暮らしを始めたの。バイトも続けてしているわ」
「僕も高校に入学したんだ。他人と関わるのはまだ慣れないけど、頑張ってるよ」
「私も、経済学の勉強をしているの。それから飲食業の勉強も」
「俺も凛条高校に編入出来たんだ。蓮と同じ三年生だよ」
「オレは変わりないな。ただ、島田に心配されながら過ごしていた」
ちなみにお前は全員と同じクラスだぞ、と愛良に言われ、蓮は笑った。
「それならよかった」
「蓮は?どうなったの?」
風花が尋ねてきたので「ニュースを見れば分かるよ」と答えた。藤森がテレビをつけると、丁度蓮のことについて報道されていた。
『蓮様が勘当されたとニュースが入ったのですが、どうしてでしょうか?』
『自ら勘当してほしいと言ったそうです。父親が犯罪に手を染めていましたからね。自分もその罪を背負うということではないでしょうか』
『なるほど。でも、成雲神社の神主でもありましたから、後継ぎがいなくなってしまうのではないでしょうか?』
『実は、奥様が子供を妊娠されているみたいで蓮様に弟が出来るみたいですよ。その子に任せるのではないでしょうか』
『そうだったのですね。では、蓮様はこれからどうするんでしょうか』
『彼女は家の中でも自立していたみたいですからね。今後のこともちゃんと考えていると思います』
『それは初耳です。蓮様の前歴も嘘だったということで、ちゃんと暮らせるでしょうね』
『彼女にはこれから幸せに暮らしてほしいものです。ここで中継が入りました』
『実は、蓮様は東京に来ていらっしゃるみたいです。目撃した人がたくさんいます』
『それはどこででしょうか?』
『渋谷駅の前ですね。昨年は年間を通してメガネをかけた蓮様らしい人を見たとの情報も入っています。握手した、という人もいますね』
『そうですか。彼女はまだ高校三年生ということですが、どこの高校に通っているとかそういった情報はありますか?』
『はい、凛条高等学校という情報があります。怪盗団騒ぎが起こり始め、校長が不審な死を遂げた高校ですね』
『一年前から通っているのでしょうか?』
『そうですね。教頭がそう証言しています』
『ということは、約一年前から東京に来ていたということでよろしいのでしょうか?』
『そういう判断でいいかと思います。彼女は前歴を隠すために家族以外は誰も知らず来たみたいですからね』
『分かりました。これからも蓮様のことについては調べていこうと思います。ところで、成雲家はどうなってしまうのでしょうか?』
『当主にはしっかり罪を償ってもらってほしいですね。蓮様にも虐待をしていたと言っていましたし、国家転覆を企てたということでその罪は重いです。蓮様の今後の行動次第では完全になくなってしまうかもしれませんね』
『そうですね。冬木 昭人容疑者と共同でそんなことをしていたと聞いています。蓮様もどうかこのことに屈せず過ごしてくださいね』
「じゃあ、説得何とかなったんだ」
ほのかがニュースを見てホッとしたように言った。蓮は「実家に残している荷物も近いうちに届くと思うよ」と告げた。
「お前のことでこれから世間がまた騒がしくなりそうだな」
裕斗が言うと蓮は「そうだね」と頷いた。
「東京に来てるっていうのがバレてるからな。まぁ、もう成雲家のお嬢様じゃないからその分気軽でいいけど」
「それならよかった。お前、いつも気を張り詰めていたからな」
愛良が安心したように言った。
「これでようやく、皆と平等になったよね」
守り神でもなく、お嬢様でもない。特別じゃなく、皆と同じ。
皆が頷いたので蓮も心の中から喜ぶ。ようやく、長年憧れ、望んでいた「人間」になれた気がした。




