二十章 悲嘆の研究施設とぶつかり合う「正義」の意志
次の日、蓮の体調が本調子とまではいかないがそれなりによくなったので、ファートルに集まり話し合いをする。
「前はどこまで行った?」
裕斗の問いかけに蓮は答える。
「安全地帯は見つけた。そこから行けば大丈夫だろう」
「分かった。それならそこから行こう」
午前の内にデザイアに向かう。藤森には「怪盗の仕事か?気をつけろよ」と言われた。
デザイアに入り、ジョーカーとクラウンが見つけた安全地帯まで向かう。
「ここで捕まったんだよな」
「あまり話さないでくれ。あの時は油断した。お前達にも迷惑かけたな」
そう話すジョーカーの服装は白いワンピースだった。
「今回はそっちなんだな」
「皆に分かりやすいようにな。そうしないとどっちがどっちか分からなくなるだろ」
なんだかんだ言ってこっちも好きだし、とジョーカーは笑う。元々はこの服装だったので気が落ち着くのだろう。
「じゃあ、進むか」
そう言ってエネミーを倒しながら先に向かうと裏方に続く扉を見つけた。そこを開くと、先が進めなくなっていた。
「この管……」
ジョーカーがそれに近付く。危険はないようだ。周りを見ると、複数の画面に何かが映っていた。それは、
「アザーワールドリィ……」
今まで感じていた違和感の正体はこれだったのだ。無理やり広げられている。そりゃあ現実世界でも痛むハズだ。ジョーカーの身体は幻想世界と連動していると言っても過言ではないのだから。
「今回はここまでか。次はアザーワールドリィに行かないとな」
さっそく足止めをくらい、気力が有り余っているため、そのままアザーワールドリィに向かった。
ここにも管が張り巡らされていた。その動力源は地下のようだ。車で地下まで降りてみると、父親がいた場所から突き破られて道が出来ていた。
「新しく出来た場所はここか」
このまま先に進もうとするが、激しい痛みに襲われた。
「くっ……!」
「大丈夫か?ジョーカー」
クラウンがジョーカーを見る。声が聞こえないほど痛みが強く、ブレーキをかけた。
「やばいな。アテナ、運転を変わってくれ」
「分かったわ」
「ジョーカー、少し耐えてくれ」
運転席をアテナにかわり、ジョーカーは後ろの座席でクラウンに膝枕をしてもらう。
「鎮痛剤、飲むか?」
何とかその声は聞こえて、ジョーカーは首を横に振る。この痛みは鎮痛剤だけでは治まりそうにない。
その突き破ったところを通る瞬間はさらに酷く痛んだが、そこを抜けると少しではあるが痛みは引いた。それでも痛むものは痛む。
「ジョーカー、君は車の中でゆっくりしていて。クラウンも、ジョーカーを見ててくれ」
テュケーにそう言われたので、小さく頷いた。そもそもこの痛みの中、戦いに身を投じても足手まといになるだけだろう。
起き上がれるぐらいに痛みが引いたので、ジョーカーは身体を起こし窓の外を見る。白い壁が続いており、あの研究施設みたいだと思った。あの管は、ここに繋がっているのだろう。
(よく観察しないと)
幻想世界を一番よく知っているのはジョーカーだ。だから出来る限り何が起こっているのかを見極めないといけない。
そんな中、ひときわ目立つものがあった。
「アテナ、あそこに行って」
ジョーカーが指示を出すと、アテナは頷き、その目立つ場所に向かった。
そこは、レンカが生まれた白い祭壇によく似ていた。ここだと痛みはない。
「これ、「祝福の祭壇」じゃねぇか?」
全員で降りて、マルスがそう言うがジョーカーは少し見て、「いや、違う」と答えた。
「「祝福の祭壇」は地下にはないし、そもそも空気が違う。穢れているわけじゃないけど、澄んでいるわけでもない。多分、開原先生が作ったものだよ」
「こんなことも可能なのか?開原は」
クラウンが聞くと、ジョーカーは「死者を「生き返らせる」くらいなんだ、これぐらい出来ても不思議ではない」と答える。
「そんなものなのか?」
「ここはあくまで認知の世界だからね。守り神が生まれるぐらいなんだ、何が出来てもおかしくないよ」
だが、なぜこんなものがあるのだろうか。少し様子を見ていると、何かが影から出てきた。それは、
「ジョーカー?」
そう、白い服を着たジョーカーだった。偽物のジョーカーは本物を見て、襲い掛かってきた。間一髪、レイピアで受け止めたので怪我はなかった。
「なるほど、開原先生の作る「守り神」か」
本物は光から生まれた。しかし、偽物は影から生まれた、複製のようなものだろう。
「どうする?」
「ここにヒントがありそうだ、とりあえずオレはこいつを倒すことにするよ」
レイピアを持ち直し、ジョーカーは偽物の前に立つ。その様子を見て、「身体、大丈夫なの?」とディアナに聞かれた。
「さっきも言ったように、ここは穢れているわけじゃないからね。痛みはあんまりないし、ここでなら戦えそうだ」
「オレも加勢する。皆はその間に手掛かりがないか探してみてくれ」
クラウンが横に立ち、ナイフを構える。偽物がジョーカーにレイピアを振るってきたのでそれを避ける。クラウンはその間に後ろから攻撃した。
「ミカエル!」
ジョーカーはアルターを召喚し、光呪文を唱えた。同じようにクラウンも「サタナエル!」とアルターの闇呪文で追撃した。
その間に、全員で周囲を探索していると今まで見てきたような管を見つけた。
「どいて」
クピドがそれをナイフで切ると、大きな音が鳴った。そして、階段が現れる。
「隠し通路か」
テュケーの呟きにクピドは「この先にデザイア内の管をどけるものがあるんじゃないかな?」と答えた。
一方、偽物との戦いはまだ続いていた。しかし、そろそろ決着がつきそうだった。
「とどめだ」
クラウンの言葉と共にサタナエルが闇呪文を放った。それで偽物は倒れ、影に戻っていく。そして、全員に近付いて「どうだ?」と尋ねる。
「隠し通路があった」
「さっき、大きな音が聞こえてきてたもんな。ここの機能も消えたみたいだ」
ジョーカーが周囲を見ながら告げた。これで偽物が生成されることはなくなるだろう。
階段をのぼると、そこには研究所と同じ画面が映し出されていた。
「ヘルメス、頼めるか?」
「任せて」
ヘルメスが機械に近付き、解除する。
「よし、これであの管はなくなったハズだよ」
「よくやった、ヘルメス」
ジョーカーが頭を撫でると、嬉しそうにヘルメスは笑った。
これ以上は探索する場所がないと現実に戻る。
「どうする?確認にだけ行ってみるか?」
時計を見ると、もう昼過ぎになっていた。蓮が聞くと「明日でいいんじゃないか?」と義明に言われた。
「分かった。じゃあまた明日、ファートルに集まろう」
今日は昼を食べて、そのまま解散しようと言うと「どこ行くよ?」と良希が聞いてきた。
「ボクとしてはどこでもいい」
「じゃあ、ファミレス行くか」
皆が歩いていく中、風花が蓮を呼び止めた。
「あのさ、後で時間ある?」
「空いてるけど、どうした?」
「話、聞いてほしくて」
話とは、一体何だろう。疑問に思いながら皆の後をついていった。
昼を食べた後、「用事がある」と愛良達を先に帰らせ風花と共にどこかに向かう。
「ここ、あたしの家なんだけど。入って」
連れてこられた場所は、風花の部屋。女性らしく可愛らしい部屋だった。
「それで、話って?」
本題に入ると、風花は「ごめん」と謝ってきた。それにキョトンとなる。
「どうした?ボク、謝られるようなことされた覚えがないんだけど」
「ほら、開原先生の現実にとらわれていた時のことだよ」
なるほど、それで謝ってきたのか。
「別に、気にしないでいいよ。親友と一緒にいたいって思うのは当然のことだよ」
「でも、あたし、蓮を裏切った。蓮はいつも他人のことばかり考えていて、自分のことは後回しにして……いつもそれに助けられたのに、それをなかったことにしちゃった」
「それはまぁ、そうだけど。でも、悪いのは腐った大人共で風花が悪いんじゃないよ。あの事件、なかった方がよかったのは確かだし」
思えば、あの時の保健室の夢は開原先生が見せたものだったのだろう。皆の声が聞こえてきたのは、開原がそれを叶えたいと願ったからだ。蓮と愛良だけ抜け出すことが出来たのは守り神だからというのと、彼に望みを言っていなかったからだ。
「なかったことにされたのは悲しかった。だけど、実際怪盗団がなかった方がいいものだというのは確かだしね。それはボクも分かってる。でも、ボクは怪盗団があったから助けられた。役目を思い出せた」
「そうだよね。蓮は怪盗団に居場所を見出してたもんね。あたしもそうだったのに、それを捨てちゃった」
悲しそうにする彼女の肩を優しく叩く。
「大丈夫、またやり直せばいい。川口さんとも、心が落ち着いたらまた会いに行けばいいさ。それが出来るのが人間なんだから」
そう言うと、風花は「うん。そうする」と頷いた。
「ありがとう。やっぱり蓮は優しいね」
「そういうわけじゃないよ。あの時はボクも頭に血がのぼってたし」
出ていった時を思い出し、蓮は苦笑いを浮かべた。
「うん。あれは驚いたよ。蓮ってちゃんと考えて行動するから、突発的に出て行った時はどうなるかって思ってたんだ」
もう戻ってこないかと思ってたから、と風花は笑う。
「まぁ、確かに二度と帰ってこないと思ってたからね、あの時は」
「本気で思ってたんだ……でも、あたし達のことを思ってのことなんだよね、それも」
最後に「愛してる」と言ったのも、絶対に見捨てないという証だということを、風花は気付いていた。蓮が怪盗団を見捨てられるハズがなかったのだ。だから最終的には戻ってきて、こうして一緒に行動してくれている。
「でも、蓮も自分のことを考えてよね。蓮が一番苦労しているんだから」
「ありがとう。兄さんも言ってたよ、そんなこと」
「皆、蓮のことが好きだもんね」
風花がようやく自然に笑ったので蓮も安心する。この話をするまで暗い表情をしていたから心配していたのだ。
「あたし、今度こそ蓮と対等に立てたよね?」
「もちろん。前からそうだったよ」
リーダーとか怪盗団とか、そんなのは関係ない。自分達は元々「親友」なのだ。平等でないハズがない。
「うん。それ聞いて安心した。緊張してたから、お腹すいちゃったよ」
「何か食べに行く?今ならまだ時間もあるけど」
蓮の提案に風花は「クレープ!クリームましましで!」と元気よく言った。ようやく普段通りの彼女に戻ったようだ。
二人で渋谷に行き、クレープを買って食べる。いつもよりおいしいと感じたのは互いに認め合うことが出来たからだろう。
「今日はありがとう」
クレープを食べ終えた後、二人は別れた。
目を覚ますと、蓮は牢獄世界にいた。牢屋の鍵は開いていて、服装は怪盗服だったが、それは心が解放されているからだろう。それにしても、何か用だろうか?ユリナとマリナ、それからテミスは不安そうに彼女を見ていた。
「トリックスター・レンカ」
シャーロックに呼ばれ、蓮は「なんですか?」と聞き返す。
「お前は再び運命に囚われてしまった。それは分かるな?」
「……はい」
それは現実と幻想世界の状況を見て、何となく気付いていた。
「お前に告げる。この世界を元通りにしたら、今度こそお前は消えるだろう」
そう告げられても、特に絶望はしなかった。薄々気付いていたからかもしれない。もしくは、愛良にそう言われたからか。
「だが、仲間達の想いが強ければ、お前は必ず現実に戻ってくることが出来る。それを分かった上で、あの者を改心させる決意があるか?」
「それは、あなたが一番知っているハズです」
強い瞳には、絶望などなかった。ただ、自分の信じた正義のために役目を全うするだけという意志。それを見て、シャーロックは笑った。
「お前なら、そう言うと思った。さぁ、行けばいい。あらゆる冒涜を省みぬ守り神よ、お前のその強い意志を解き放て」
その言葉と共に、強い眠気に襲われる。刻限の時間だ。
「我らは、常にお前と共にあり。己の信じる道を進むがいい」
「あなたの意志は、十分に伝わりました。今こそ、己の道を突き進む時です」
サタナエルとミカエルの声を聞きながら、蓮は眠りについた。
次の日、昨日行ったところまで進むと、道が出来ていた。
「よかった、ちゃんと通れるようになってる」
その先に進むと、今度は物置に来た。封じ込められていたのなら、ここに何かあるハズ。そう思い、ジョーカーは探すと一つのビデオがあることに気付いた。見てみようとすぐ隣にあったテレビにつける。
それは、開原と恋人と思しき人が病室で話している様子だった。彼の恋人は事件に巻き込まれ、病院に入院しているらしい。事件のことを思い出すとパニックになってしまうようだ。開原がそれを何とかしたいと思うと、彼女は開原のことを忘れたかわりに事件のこともすっかり忘れてしまったようだった。その力は、どこかアルターのものに感じた。だが、覚醒していない人が現実で使えるのか?少し考えて、ある結論に至る。
「なんか、可哀想な話だね」
ヘルメスが言うと、クラウンが「だが、おかしくないか?」と告げた。彼もジョーカーと同じ違和感に気付いたのだろう。
「そうだね。多分、この力はアルターだ」
「だが、なぜ覚醒していない人が現実で使える?」
クラウンに尋ねられ、ジョーカーは答える。
「考えられることは、「アルターの力を無意識の内に使っていた」ってこと。まぁ、この時はちゃんとコントロール出来なかったんだろうね。それが何かの拍子で完全に覚醒して、コントロール出来るようになって、世界があんなになっているんじゃないかな?よく分からないけど、オレがそうだし」
ジョーカーと同じで、それだけ強い力だったということだ。もしかしたら、普通の人では制御出来ない程の力。もしそうだとしたら、アルター使いにデザイアが出来ているということになる。
「でも、アルター使いにデザイアは出来ないんじゃなかったのかよ?」
マルスが尋ねてくるが、ジョーカーは首を振った。
「お前達は覚えていないが、最初の頃オレにもデザイアが出来たことがあった。ありえない話じゃない」
それに、ジョーカーの時と同じだ。本人がデザイアに入って力を制御している。早くそのことに気付けばよかったのだ、開原に会った時に。
「マジか……」
「とにかく、無駄話はなしだ。早く先に進もう」
現実が再び幻想世界と融合しようとしている今、まだ時間があるとはいえゆっくりしている暇はない。
進んでいくと、ロックがかかった扉についた。そこに書かれているものは「主が失ったものは?」というものだった。
ジョーカーが「恋人」と入力するとそれは開く。その先には、何かの検査室があった。
「これは何ですか?」
受付にいるエネミーに聞くと、「これはどう行動するかを検査するものです。異常が見られた場合は治療室に行きます」と答えた。
「異常、ねぇ……」
これは開原の考えに添った選択をしなければいけなさそうだ。よく考えながら進んでいくと、検査は終わる。開原の考えに添ったものを選んだので異常はなかった。
「異常がなかった方はあちらの方へ」
広い道があったので、そこに行くが見えない壁のせいで進めなかった。反逆の意志がある時点で進めるハズがなかったのだ。
「こうなったら、別の道を探すしかないな」
トルースアイを使って抜け道を見つけ、そこから進む。すると治療室に出た。異様な光景だった。フェイクが頭に装置をつけて治療を受けているのだ。
「気付かれる前に逃げるか」
そっと扉を開き、そこから抜ける。捕まって同じ治療を受けるなんてまっぴらごめんだ。
安全地帯を見つけ、今日はこのあたりにしようという話になり現実に帰る。
「あの、蓮」
「どうした?もみじ」
「ちょっと話、聞いてもらえないかしら?」
今度はもみじにそう言われ、蓮は頷いた。もみじの家に行き、彼女の部屋に入る。彼女の部屋は綺麗に整頓されていた。
「どうした?」
「あなたに、謝りたくって。ごめんなさい」
多分、風花と同じことだろう。蓮は「気にしないでいいよ」と言うが、もみじは「気にするわよ」と答えた。
「私、確かに家族と一緒にいたかった。お父さんが死んだ後からお姉ちゃんが変わっちゃって、寂しかったの」
「そう思うのは仕方ないことだろ。大切な人を失ったり、変わってしまったら誰だって寂しいよ」
特にもみじは責任感が強くて我慢してしまう人だから、簡単に甘えることも出来なかったことだろう。
「でも、蓮は急に自分の父親を改心させるってなった時、すっごく悩んで、でもこれしか方法はないって。だから、改心させたのに。そんな蓮の想いを踏みにじった」
辛そうな顔をするものだから、蓮は安心させるように微笑んだ。
「ううん、そんなことはないよ。ボクだって本当は逃げ出したかった。でも、逃げてしまったら世界は滅びてしまうから。それがなかったら、きっと逃げ出してた。もみじの気持ち、すごくよく分かるよ。お父さんが大事だったんだよね。お姉さんにも、楽させてあげたかったんだよね」
「そして、甘えたかったの。私、思ったよりまだ、子供だったみたい」
それも仕方のないことだと、蓮は思う。
「いいじゃないか。それだけ恵まれていたんだよ。だから取り戻したいって思ったんだね」
「その通りよ。私一人じゃ何も出来ないから。でも、それじゃ駄目なの。私も成長しなきゃ」
「たまにはいいと思うよ、人に甘えるのも。人間一人じゃ生きていけないんだから」
「ありがとう。あなたにそう言ってもらえるとそんな気がする」
蓮の言葉にもみじは笑う。それに蓮は安心した。
「話はそれだけ?」
「えぇ。話、聞いてくれてありがとう。遅いし、何か食べていく?」
「じゃあ、ごちそうになろうかな」
何か手伝うよ、と言うが、蓮は座っててと言われたのでおとなしく座る。もみじが料理を作っている間、愛良達に今日の夕食はもみじの家で食べるから自分の分は作らなくて大丈夫とチャットを送った。
もみじの手作り料理は自分で作ったものよりおいしく感じた。たまには他人に作ってもらうのもいいかもと蓮は思った。
「ありがとう、おいしかったよ」
「別にいいわよ、お礼なんて。もう遅いから、気をつけてね」
もみじに見送られ、蓮はファートルに戻った。
夜、愛良が「シャーロックに会ったのか?」と聞いてきた。
「なんで分かるの?」
「なんとなく。そろそろこの状況について聞くんじゃないかって思ってな」
それで、なんて言ってた?と愛良が聞いてくるが蓮は答えることが出来なかった。彼が一番、蓮が消えることを不安がっていたからだ。
「……別に。また囚われになった。だからそこから抜け出せと言われたよ」
それだけが、何とか口に出た。
「……そうか」
愛良はそれだけ言うと立ち上がった。
「どうした?愛良」
「ちょっと散歩に行ってくる」
彼が階段のところまで歩くと、
「オレが、お前が何か隠していることを見抜けないと思ったのか?」
そう呟いて下に降りて行った。どうやら彼を不安にさせてしまったようだ。だが、自分の決意は間違っていないハズだと自分に言い聞かせた。
次の日、学校に行くと島田に話しかけられた。
「雨宮と喧嘩した?なんか話しかけにくいんだけど」
「気にするな。こっちの話だ」
それに、喧嘩はしていないと答える。確かに、いつにもまして話しかけるなオーラを放っているが、怒っているからではない。あれはむしろ、
「悲しんでいるんだよ」
「悲しんでる?どうして?」
「昨日、いろいろあってな。そっとしててやってくれ」
そう言うと、島田は「分かった。でもあんな風にしてるともったいないよ、女子にモテるのにさ」と言って自分の席に戻った。最後の一言は余計だ。
蓮は愛良のところに行き、
「愛良、そんな顔するな」
そう告げた。一見すると不機嫌そうだが、蓮には分かる。これは蓮を思って嘆いているのだ。仕方ないとため息をつき、
「愛良、今日の放課後どこか行こう。今日のデザイア攻略は中止だ」
蓮はそう提案した。愛良は蓮を見る。
「なぜだ?」
「お前がその様子だと、皆に心配かけるぞ。さっきも島田が怒ってるのかって聞いてきた。風花も不思議そうにお前を見てる」
今日は時間、空けておくから。
無理やり約束を取り付け、蓮は席に戻った。
放課後、いろいろな人から連絡が来るが、全て断って愛良と遊びに出かける。
「どこ行く?愛良」
聞くと、彼は悩んだ後、
「映画館に行ってみたい。実際に見るのは初めてだから」
「そうか、そういえばお前が現実に出てきてから忙しくて一度も映画を見てなかったもんな」
さっそく映画館に行き、映画を見る。今回はアクション系だった。
『おれは、自分の信じた正義を貫く!そのためにこの力を使うんだ!』
主人公のその言葉が、妙に頭の中に残った。
映画館から出ると、蓮は愛良に尋ねた。
「楽しかったか?」
「あぁ。お前の中から見てたが、あんなに迫力があるものなんだな、映画って」
愛良はそう言って、今日初めての笑顔を浮かべた。
「あの主人公、お前みたいだったな」
「ボク?あそこまでかっこよくはないけど」
何が似ていたのだろうか?蓮にはよく分からない。
「自分の意志をしっかり持って、そのために力を使う。それがたとえ、周りに納得してもらえなくても。お前に似てるじゃないか」
愛良に言われ、蓮は顔を赤くする。やはり、彼に言われると弱い。
「その正義感、オレは好きだ。多分、皆もそうなんだろう」
決して折れぬ強い正義。それは人々を救った。認めてもらえなくても、彼女がいなければ絶対にこの世界は変わらなかったのだ。
「でも、その正義感が強すぎて誰にも言えないことが怖い。お前がまた、一人で抱えているんじゃないかって」
「愛良……」
「オレはもう、お前の一部じゃない。なんとなく分かる程度で、心の中にいた時よりお前の悲鳴が聞こえてこない。だから、不安なんだ」
その言葉に蓮は黙ってしまった。自分の命と引き換えに得ようとしている元の現実で、果たして彼は生きていけるのだろうか。蓮を愛してくれて、一度殺してしまったのにそれさえも許して傍にいてくれる彼が、どうなってしまうのか。それが不安だった。
――大丈夫。必ず戻ってこれる。
そう信じているが、やはり怖かった。
「……ごめん」
思わず、謝っていた。愛良は蓮を見るが、問い詰めては来なかった。
次の日、デザイアに入り前来たところまで進む。
「地図を見る限り、もうすぐだな」
「早かったな、もう少し複雑だと思ってた」
アポロの言葉にジョーカーは「地図を見る限り、だ。もしかしたらまたアザーワールドリィに入ることになるかもしれない」と答えた。
「じゃあ、もしそれがなかったら今回でデザイアの攻略は終わるのか?」
「そうだね。終わらせられる。ヘルメス、ナビお願い」
「了解、任せて」
安全地帯から出て、ヘルメスのナビに従い進んでいく。
たどり着いた先は、中庭だった。フェイクが浮いているのが見える。
「天に昇る気分だわ!」
「本当に素晴らしい研究ね!」
「痛みなんて、なくてもいいのよ!」
そんな、フェイク達の声が聞こえた。ヘルメスが顔を歪める。それを見て、ジョーカーは彼の耳を塞いだ。
「大丈夫、自分を信じて。フェイクの言葉に惑わされないで」
「……ジョーカー」
ありがとう、とヘルメスはジョーカーに向かって微笑んだ。ミカエルを召喚し、彼の心を癒す。
「勇気が出てくるね、ミカエルの持つ癒しの術は」
「仮にも守り神のアルターだからね。基本何でも出来るよ」
さぁ、先に進もうかと言ってジョーカーは進んでいく。彼女が歩くたび、足元から光が出てきた。
「やはり、守り神なんだな」
クラウンの呟きは誰にも聞こえなかった。
中庭を出ると、最後のエネミーが立ち塞がった。
「行くぞ!」
ジョーカーの号令に全員が動き出した。
「ディアナは状態異常を、クラウンとウェヌス、テュケー、アテナは呪文で攻撃してくれ!マルス、アポロ、クピドは殴って追撃しろ!」
指示を出し、ジョーカーもアルターを召喚した。
「サタナエル!」
悪魔の王が彼女の後ろに現れる。いつ見ても迫力のあるアルターだ。
「主の研究を邪魔するな」
エネミーはそう言って攻撃してくる。ジョーカーはそれを避け、闇呪文を唱えた。
「ミカエル!」
クラウンがかわりに大天使を召喚する。ジョーカーとクラウンのアルターは共同だから、こんなことも可能だ。光呪文を唱え、エネミーに当てる。
続けてディアナが状態異常の呪文を唱え、混乱させる。その隙にジョーカーが念力呪文を唱えた。さらにそこにウェヌス、テュケー、アテナの呪文もエネミーに当たる。
クラウンは、今度はナイフで斬り付けた。それに続くようにマルス、アポロ、クピドも追撃する。
エネミーが倒れると、ビデオが落ちた。それを拾い、近くの部屋に入る。そして、そのビデオを見る。
開原は誰かと話していた。その時、世界が幻想世界に包まれていった。それに開原は気付いたが、話していた男は全く気にしていなかった。
その時、声が聞こえた。
『我が主。この世界を変えたいか?この世界を、幸せなものにしたいか?我なら、それが叶えられる』
開原は頷き、目を閉じた。
アルターの覚醒。そう、彼は確かにこの時アルターを覚醒させたのだ。
それを見終わり、ジョーカーは目を閉じる。
開原は自分達が悪神と戦った時に、アルターを覚醒させたんだ。
それなら幻想世界に入ってなくても、覚醒出来たことだろう。だってあの時は、全世界が「現実」であり「幻想世界」だったのだから。
部屋から出て、鍵のかかった扉の前に立つ。「主が手に入れたのは?」と出ていたのでジョーカーは「アルターの力」と押した。扉が開き、先に進む。
そこにあったのは長い階段だった。
「この上、オタカラの気配を感じる」
「じゃあ、これでルートは確保したな」
後は予告状をどうするかだ。現実に戻り、ファートルに集まる。
「どうする?」
「開原は二月四日まで待つと言ったんだ。二月三日でいいんじゃないか?」
愛良の言葉に「それもそうだね」と光助が言った。
「うん。その時に最終的な答えを出したらいいよ」
蓮も頷いた。そこから憂いが全くない。
「……蓮、どうしたんだ?」
「なんもないよ、裕斗。急にどうした?」
「いや……」
裕斗は蓮の異変に気付いたが、やはり聞くことが出来なかった。
「今日は解散しよう。明日からどうするか考えようか」
義明が言うと、皆は「じゃあ、また明日」と帰っていった。そんな中、良希だけが残る。
「あのよ、蓮」
「どうした?帰らないのか?」
蓮が尋ねると、「話したいことがあるんだ。俺の家に来てくんねぇか?」と言ってきた。
「分かった。兄さん、ボクちょっと出かけるから、先に食べておいて」
「分かったよ、気をつけてね」
義明に伝え、蓮は良希の家に向かう。
良希の部屋に入ると、漫画やトレーニング用具がたくさんあった。適当に座ってくれと言われたので近くにあった椅子に座る。
「それで、話って?」
蓮が聞くと良希は「わりぃ!」と頭を下げた。
「いいよ」
「はえぇよ!聞く気疑うわ!」
ちゃんと話聞けって、と言われ蓮はおとなしく聞く。
「俺さ、お前に言われるまで開原先生の「現実」に捕まってたわけじゃん?」
「そうだね」
「それで俺、お前を裏切ったじゃんか。そんな俺が、お前の親友なんて言っていいのかって思ったんだ」
「そんなことか」
蓮が言うと「そんなことって、お前なぁ……」と呆れた。
「俺、確かに陸上やりたかった。陸上やって、特待生とって、お袋を楽させてやりたかった」
「うん。でも、それを狛井に奪われたんだよね」
蓮が聞くと、彼は頷いた。
「あぁ。だから腐って、何もかもどうでもよくなって。そん時、お前と出会って。お前、俺が不良だって知っていながら傍にいてくれたよな。俺を、見捨てなかった」
「それはお前もだろ?ボクが前歴あるって知っていながら近付いてきて、話しかけてくれた。お前だって、ボクを見捨てなかったよ」
そう答えると彼は「でも、俺は全てをなかったことにしてしまった」と俯いてしまった。
「お前は俺達を決して見捨てなかったのに、俺は怪盗団の軌跡をなかったことにした」
「……それは悲しかったよ。ボクがいない世界が、皆望んでいたことだったから」
「だよな。本当にすまねぇ。でも俺、もう惑わされねぇから」
「うん。それでこそお前らしい」
蓮が笑うと彼も笑った。
「よし!明日からも頑張るぜ!」
今からひとっ走りと行こうじゃねぇかと言われ、蓮はそれに付き合った。
「ありがとな!話聞いてくれてよ」
「大丈夫。また走れるようになればいいね」
そう言って、二人は駅で別れた。
次の日、ファートルに集まりどうするか聞く。
「依頼、こなすか?」
「それは今度でいいと思う。最近は皆望んだ通りの現実だからか、少ないし」
「じゃあ、お菓子でも食べて話そうよ」
風花の提案に皆が賛成する。近くのスーパーでお菓子とジュースを買い、二階で楽しく話した。
帰る時、ほのかに「今、時間ある?」と聞かれたので蓮は頷いた。そして同居人達に「ちょっと出かけてくる」と告げてほのかと共に出た。
ほのかの家に着いた時、その豪華さに驚く。成雲家も豪華な屋敷だが、こちらもなかなかだ。ほのかが自分の部屋に蓮を連れて行き、紅茶を淹れる。
「紅茶、飲んで」
勧められ、蓮は一口紅茶を飲む。そして「話ってなんだ?」と尋ねた。
「あなたには、謝らなきゃって思って」
「謝る?」
「ごめんなさい。私、不甲斐なかったと思う」
「咲中のことか?」
蓮が確認すると、ほのかは下を向いたまま頷いた。
「別に、いいだろ。好きな人と一緒にいたいっていうのは悪いことじゃない」
「やっぱり、あなたは優しいね。でも、今回はその優しさに甘えちゃ駄目だと思う」
「どうして?ほのかが幸せなのに?」
蓮が尋ねると彼女は「それでも、駄目なんだよ。罪は償わなくちゃいけないものだから」と言った。
「私が幸せだからって、悪いことは何もなかったことにするのはいけないんだよ」
「……そうか」
「どんなにつらくても、事実は変えちゃいけない。あなたの言う通り、それがあってこその「人生」だもんね」
だから、大丈夫とほのかは言った。
「お前の言いたいことはよく分かった。でも、つらければいつでも頼ってくれていいからな」
「ありがとう、蓮。そうさせてもらうね」
紅茶、冷める前に飲んでと言われたので蓮は飲み切る。
「今度、二人だけでカフェにでも行こうか」
「あ、それいい。楽しみにしてるね」
蓮が誘うとほのかも乗ってきたので優しく微笑む。
「話、聞いてくれてありがとう。また明日」
「あぁ、また明日」
ほのかが玄関先まで送ってくれた。父親と何か話しているようだったが、そこは気にしないことにする。
次の日の朝、学校に行こうと外に出るとりゅうがファートルの前に立っていた。なぜかオロオロとしていて落ち着きがない。
「どうした?りゅう」
「あ、蓮……」
蓮を見るとりゅうは俯いたが、「今日、学校に行った後時間ある?」と聞いてきた。
「もちろん。何か話があるのか?」
「う、うん。そんなところ」
「分かった。どこに行けばいい?」
場所を聞くとりゅうは「僕の部屋に来て」と言ったので蓮は頷いて「じゃあ、また放課後」と笑った。
放課後、りゅうの部屋に行くと彼は被り物をしていた。
「……りゅう?大丈夫?」
「うん。座って」
そのまま促されたので蓮は彼のベッドに座る。
「何か、話しにくいこと?」
蓮が聞くとりゅうは黙った後、その被り物を脱いだ。
「謝りたくて、でも緊張して……」
「顔を直接見るのが怖かったから、被り物をしてたの?」
「うん」
りゅうは泣きそうだ。このままではまずいと蓮はすぐに本題に入る。
「謝りたいことって何かな?」
「……蓮を裏切っちゃったこと」
気まずそうに彼は言った。
「お母さんが生きていてほしいと思ったこと?」
「そう。でもそれじゃ駄目だって、蓮が教えてくれた」
「でも、お母さんが生きていてほしいって思うのは当然だと思うよ。りゅうがおかしいんじゃない」
特に彼は、悪い大人達の都合で急に母親が死んだのだから仕方ない。蓮が言うと、りゅうは「蓮はそうやって、いつも怒らないんだ」と言った。
「でも、今回のは怒っていいと思うよ」
「なんで?」
首を傾げると、彼は俯いた。
「僕達、蓮に助けられたのに裏切っちゃったんだもん。蓮が優しいから、それが当たり前になってた」
「りゅう」
名前を呼ぶと、彼はビクッと身体を震わせた。
「確かにお前達はボクを裏切ったかもしれない。だけど、また戻ってきてくれただろ?これからまた、強くなればいい」
「蓮……うん、そうだね」
「悩みは解決した?」
蓮が聞くと、りゅうは「うん。ありがとう」と笑った。
「よし、じゃあちゃんと前を向けるな?」
「もちろん。また戦うよ」
りゅうの決意を聞いて蓮は安心する。
「じゃあ、ファートルに行こうか」
「うん。しょうへいのカレー食べたい」
りゅうがようやくいつもの笑顔になった。一緒にファートルに行き、藤森のカレーを食べる。
「うん。やっぱりしょうへいのカレーはおいしいね!」
「そりゃあそうだよ。りゅうのお母さんと一緒に作ったものなんだから」
蓮が言うとりゅうは「僕のお母さんは天才だからね!」と胸を張った。藤森は照れくさそうにしていた。
「話、聞いてくれてありがとう。僕、しょうへいと帰るね」
「あぁ。また明日、りゅう」
蓮はりゅうと藤森が帰っていくのを見送った。
次の日、駅前で裕斗に出会った。
「おはよう、裕斗」
「あぁ、君か。おはよう」
挨拶をすると、裕斗は黙り込んだ。
「どうした?」
「その、今日の放課後時間あるか?」
「まぁ、特に予定は入っていないけど」
そう言うと裕斗は「じゃあ、放課後駅前で待っていてくれないか?」と言われたので頷く。
放課後、愛良を先に帰らせて駅前にいると裕斗が来た。
「すまない、遅くなった」
「いいよ。それで、何か用?」
蓮が尋ねると裕斗は「寮に行こう」と言ってきた。話しにくいことかもしれないと思い、「分かった」と同意した。
裕斗の寮に行くとそこは絵の具やキャンパスだらけで本当に美術科コースなんだなと思った。しかし、当の本人は蓮の方を見ない。
「それで、どうしたんだ?後ろを向いたまま」
聞いてみると、裕斗は「俺は、お前を見てはいけないと思っているからだ」と言ってきた。
「なんだよ、それ?ボク達、仲間だろ?」
笑うと、裕斗は怒ったように「君は優しすぎる!」と叫んだ。そしてようやく蓮の方を見る。その顔は怒りと苦痛に満ちていた。
「俺はお前を裏切ったんだぞ!なぜ怒らない!」
なるほど、そのことか。彼は自分には厳しいから、そのことが許せないのかもしれない。
「だって、救いを求めることも人間だろ?」
「だからって、あんなのは最低だ。俺は、君の友と呼ぶにふさわしくない」
相当思い詰めていたようだ。
「師を求めることは悪いことなのか?」
蓮が尋ねると、裕斗は「芸術家は、大抵は師がいて初めて成長する。それは分かっているんだ」と答えた。
「なら、白野を求めたこともおかしなことじゃないだろ?あんなのでも、育ての親でもあるんだ、心の中でまだ慕っていてもおかしくないだろ」
「そうかもしれないが」
「師を求めるのは悪いことじゃない。身寄りがないならなおさらな」
そう言ってやると、彼は「本当に、君は優しすぎる」と呟いた。
「なぜ、俺は芸術に携わる者だけが師だと思ったんだろうな?俺には、君という素晴らしい友であり師がいるというのに」
どうやら立ち直ったようだ。よかったと胸を撫でおろす。
「ボクは、そんな大層なものじゃないよ」
「いや、君は俺を導いてくれた。こんな素晴らしい友、他にはいないさ」
裕斗がそう言ったと同時にぐぅ、と音が鳴った。
「また食べてないんだな?」
蓮がため息をつきながら確認すると彼は気まずそうに目をそらした。
「すまない、画材がどうしても」
恐らく、バイト代はそれのせいで消えるのだろう。
「丁度昼休みに愛良が食べるかもと思ってパンを買ってたんだ。余ってるからあげるよ」
カバンからパンを取り出し、彼に渡す。「いいのか?」と聞かれたので「ボクはファートルに戻れば自分で作るし、大丈夫」と答える。
「なら、ありがたくいただくぞ」
「どうぞ」
裕斗は蓮にお茶を出し、「そこに座ってくれ」と椅子を指した。そこに座り、持ってきていたお菓子を食べながらお茶を飲む。裕斗も同じようにパンを食べる。
「今度、愛良達もつれて食事に行くか」
蓮の提案に裕斗は「それもいいかもな」と笑った。
「ありがとう。時間も遅いし、駅まで送っていく」
「大丈夫、一人で帰れるから」
裕斗の申し出を断ると、寮の前までは送らせてほしいと言ってきたのでそれならと頷く。
「じゃあ、また」
「あぁ、また今度」
裕斗が手を振ったので蓮も振り返し、ファートルに戻った。
休みの日はアルバイトに行き、平日はいつも通り学校で授業を受けていた。恋人がいるということは既に分かっているハズなのに告白してくる人も後を絶たなかったが、それらを全て断る。愛良も同じだったようで、二人共それに疲れ、義明に慰められる。それから、時間がある時にアザーワールドリィに向かい、依頼をこなした。
二十九日、皆で食事に行こうと蓮が誘い、怪盗団のメンバーが集まる。
「どこに行く?」
「いい場所なら知ってるよ」
「高級レストラン?」
風花が冗談で尋ねると、蓮は微笑んだ。肯定の意だ。
「え?本当に?」
「でも、私達払えないわよ?」
「大丈夫、ボクが全部負担するから」
伊達にお嬢様じゃないと告げる。そして、昔母親に連れて行ってもらったレストランに向かった。
そこで存分に楽しみ、会計というところで蓮と光助のファンが集まってきた。繰り返す前のことを思い出してしまう。
「相変わらず、お前達のファンは熱烈だな」
愛良がからかうように言ってきた。蓮はすぐに理解したが、皆は分からなかったようだ。ファンの群れから抜け出し、外に出ると蓮は「お前達が覚えていない時にもあんな風にファンに詰め寄られてな」と話し出した。
「蓮も光助も有名だもんね」
ほのかが笑うと蓮は乾いた笑みをこぼす。
「でも、なんで急に食事に行こうなんて言い出したの?」
りゅうの質問に蓮は「たまにはいいかなって、こういうのも。今のところ、やることも特にないし」と答えた。
本当は、もうすぐ皆と過ごせなくなるかもしれないと思ったからだ。せめて思い出にと皆と約束したことは果たしたかった。
「ほのか、明日は時間あるか?」
「えぇ、あるけど」
「じゃあ、一緒にカフェに行こう。約束してただろ?」
蓮が誘うと、風花が「あたしも行きたい!」と言ったので女子は全員行こうという話になった。
「二人きりじゃなくなったけど、これも楽しそうだね」
ほのかが喜んでくれたので、これもいいかと納得する。
次の日、カフェで集まり女子会が始まる。
「蓮って愛良と付き合ってるんだよね?」
「そうだね」
「いつから?」
風花にそう聞かれ、蓮は考え込む。
確か、最初の頃、ほのかが仲間になって、自分にデザイアが出来て……。
その後、愛良と出会った。だが、いつ付き合ったのかと聞かれたら、
「よく分からないな。あいつはいつも「愛してる」って言ってたし、ずっと一緒にいたから」
「そうなんだ。でもきっかけみたいなのはあったでしょ?」
期待の目で見られるが、蓮は首を横に振った。
「いや、本当にいつの間にかだ。あいつ、最初の頃なんていきなり蹴ってきたからな。でも、本当は優しくって話も聞いてくれて。つらいことがあったらいつでも泣かせてくれるし、ボクを甘えさせる天才だよ」
「なんか、素敵だね」
ほのかの言葉に蓮は「そうだね、あいつは本当に、ボクにはもったいないよ」と笑った。
「蓮が幸せそうで何よりね」
もみじが言うと、全員が頷いた。
そこから、話は怪盗団のことになっていった。
「そういえば、何か変化はある?現実と幻想世界が融合しようとしているって言ってたけど」
もみじが尋ねてきたので、蓮は「一応、開原先生が言っていた期限までに改心させれば大丈夫」と答えた。
「そう……」
「多分、二月三日にボクのところに来るよ。彼はボク達のしていることは分かっているだろうからね」
何となく、そんな気がする。
「じゃあ、予告状はあなたに任せればいい?」
「そうだね。ボクが直接渡す」
そう言うと、風花が「じゃあ、男子達にも言わないとね」と言った。
「それじゃあ、時間もいいしここで解散しようか」
蓮の言葉に皆が頷き、会計を済ませて外に出た。
「じゃあ、ボクは準備してくるからここで」
蓮は三人と別れ、金井のところに行った。そこで武器の調達をし、ファートルに戻る。
「おかえり。楽しかった?」
義明が出迎えてくれた。彼の後ろから光助が来る。
「愛良は?」
「散歩に行ってくるって」
一緒に二階に上がりながら、話をする。そして荷物を置き、ソファに座った。
「これは?」
「金井さんのところで調達してきた。カスタマイズもしてきたからそれなりに強くなっているハズだよ」
蓮が答えると義明が申し訳なさそうな表情をした。
「いつもごめんね、任せっきりで」
「いいよ、ボクの方が詳しいし」
兄と話していると扉が開いた音がした。そして愛良が上がってくる。
「おかえり、愛良」
「蓮、戻ってきてたんだな」
愛良が隣に座ると、紙袋を渡してきた。
「これは?」
「金曜日の放課後、一緒にデートしよう。その時にこれを来てほしい」
中を見ると、入っていたのは白いワンピースだった。
「これ、レンカの服装みたいじゃん。いいの?これで」
「これだからいいんだ」
強く言われ、蓮は言い返せなくなった。何か深い意味があるのだろうか。そう思うと、どうしても断ることが出来ず約束した。
そして迎えた金曜日。一度ファートルに戻り、渡されたワンピースを着た。靴は違うけれど、これにレイピアを携えたらまさにレンカになっていたが、本当にこれでいいのだろうか。心配になりつつ下に降りる。
「似合ってる、レンカ」
愛良はそう言って蓮の手を取った。だが、蓮はそれ以上に驚きを隠せなかった。なぜ、今彼は蓮をレンカと呼んだのだろうか?
「いいだろ?たまには本当の名前で呼んだって」
「……ジョーカー」
蓮も、彼を本当の名で呼ぶ。そして、そのまま外に出た。
一緒に本屋に立ち寄ったり、映画を見たりして、夜になる。
「もうそろそろ帰らないか?」
蓮が言うと、愛良は「もう少し」と言った。そして、井の頭公園のベンチに座る。
「愛良、なんか様子がおかしいぞ」
蓮が言うと、愛良は「そう、かもな」と答えた。自分が何かやっただろうかと心配になる。
「レンカ」
名前を呼ばれ、蓮はビクッと肩を震わせた。
「……いや、何でもない」
しかし、首を振って彼は何も言わなかった。そして「もう帰ろう」と言われたので蓮は静かに従う。結局、何が言いたかったのか分からなかった。
次の日、皆で集まった。
「今日、開原がファートルに来ると思う。だからボクが直接渡すよ」
蓮の言葉に裕斗が「じゃあ、この予告状は君に渡す」と開原用に作った予告状を渡した。それを受け取り、蓮は笑う。
「蓮、どうしたんだ?」
「ううん。これで迷いも吹き飛んだと思って」
蓮の言っている意味が全員分からなかった。ただ一人を除いて。
皆に武器を渡し、解散する。そして敷井のところで薬を調達し、準備が整った。
夜、義明と光助、愛良が眠った後、蓮は下に降りた。それと同時にファートルの扉が開く。そこに立っていたのは開原だった。
「やっぱり、来ましたね」
「最後に君を説得しようと思って」
蓮は彼をソファに座らせ、コーヒーを淹れる。
「ご丁寧にどうも」
「言っておきますが、あなたの現実を認めたわけではありません」
そう言うと、彼は動きを止めた。そして、
「君は、自分の身を犠牲にしてまで元の現実に戻そうというのかい?」
悲しそうな目で見てきた。それでも、蓮の瞳は揺るがない。
「えぇ、そのつもりです。確かに、あなたの言い分は分かります。でも、痛みがなくなれば人間は生きていけない。だからボクは、皆のために戦います。たとえこの身が朽ち果てても」
「そうか。でも僕はそんな君も救いたい。君にだって望みがあるだろう?」
「そうですね。もちろんあります。でもそれは、今まで乗り越えてきたものがあってこそ価値があるものです」
開原はコーヒーを飲んだ。そして彼女に向き合う。
「やっぱり、君は変わらないね。他人のために何もかも捨てる。でも、それじゃ自分が不幸になると思わない?」
「思いませんね。それに、あなたもそうでしょう?他人のためにはその身を粉にして動く。そう言った意味ではボクとあなたは似ているのでしょうね」
そして、蓮は彼に予告状を渡す。
「あぁ、そういえばこれがあったね」
開原はそれを受け取り、立ち上がる。
「明日、最後の意見を聞かせてもらうよ。その時、君の意志が変わっていることを願うよ」
そう言って、彼はファートルから出た。蓮はソファにもたれかかる。
――ボクの意志が変わっていることを願っている、か。
絶対に、そんなことはない。自分は皆の望む現実を壊したのだ、自分だけ逃げるのは選択肢にない。
その時、誰かが下に降りてきた。そちらを見ると、寝ていたハズの愛良が立っていた。
「蓮、開原と会ったのか?」
「うん、今さっき」
蓮が奥に詰めると、愛良は隣に座った。
「なんて言われた?」
「明日までに君の意志が変わっていることを願ってるって言われたね」
答えると、愛良は黙り込んだ。そして呟く。
「レンカ」
「何?ジョーカー」
「お前は、消えるつもりなのか?」
その言葉に蓮は目を見開く。もしかして、さっきの会話を聞かれていたのだろうか。
「いや、最初から気付いていたさ。お前が何を隠しているかなんて。オレ達に気遣って、何も言わないのはお前の癖だからな」
「……そうか。お前にはどんなに隠しても無駄だからな」
蓮は微笑む。そして「ごめん」と言った。
「でも、現実は戻さないといけないんだ」
「分かってる。お前の選択を責めるつもりはない」
だから、絶対に戻ってこい。
そう言って愛良は蓮の肩を抱いた。蓮は逆らわず、頭を乗せる。
「……うん。絶対に戻ってくるよ」
そして彼にそう、誓った。彼は満足そうに頷いた。
次の日、ジョーカー達は開原のデザイアに来た。
「行こう。これが最後の戦いだ」
ジョーカーの言葉に皆が笑った。
あの長い階段のところまで向かうと、ヘルメスが「その階段をのぼって」と言ったので上がっていく。頂上に着くと、開原が立っていた。
「……来たんだね」
開原は悲しそうに言ってきた。ジョーカーは「えぇ、あなたのオタカラを奪うために。そして、オレ達の未来を取り戻すために」と告げる。
「やっぱり、力でぶつかり合うしかないのか」
「オレ達の意志は変わりませんから」
仮面越しからでも分かる、強い意志。しかしそれは開原も同じだった。
「なら、僕も戦うしかない。君達はこの力をこう言ってたね。「アルター」と」
そう言うと、開原の後ろからアルターが現れる。巨大な男の姿。
「「アダム」、か」
最初の人間の名前だ。聖書で神に作られたという、罪を犯す前の人間。それだけ、彼が純粋に他人の幸せを思っているということだろう。
しかし、ジョーカーだって自分の意志を曲げるつもりはない。それはすなわち、自分自身を裏切るということだから。
ミカエルを召喚し、開原のアルターと衝突する。ジョーカーは開原に向かってレイピアを振りかざした。それを彼は杖で受け止める。
「成雲さん、その身を捨ててはいけない。君はまだ未来があるんだ。仲間達と一緒に生きる道を選ぶんだ」
懇願するように、彼はジョーカーに言った。しかし、それでもその瞳は揺るがなかった。
「何を言われても、オレは止まらないですよ。だって、オレは皆の望んだ現実を壊したんですから、オレだけ逃れるのは許されない」
自分は、自分の運命を受け入れるとジョーカーは答えた。カンカンとレイピアと杖がぶつかり合う音が響く。
クラウンは自分のアルターであるアテンを召喚し、ジョーカーを遠巻きに支援する。他の人達は周りに現れたエネミーを倒していった。
「……こうやって、君と戦うことになるとはね」
「オレも驚いていますよ。まさかあなたにここまでの力があるなんてね」
どちらかが折れなければ、決して決着はつかぬ戦い。まさに正義と正義の戦いだった。
ジョーカーは開原の杖を飛ばした。開原はしりもちをつく。ミカエルの方も、同じようになっていた。
「勝負あり、です」
ジョーカーが言うと彼は「でも、まだあきらめるわけにはいかない」と立ち上がった。すると彼のアルターが開原を持ち上げた。
「君も、同じなんだね」
さぁ、僕を最大限に使ってくれ。
開原が言うと、彼のアルターは開原を飲み込んだ。するとアルターに鎧が纏い、どの攻撃も受け付けなくなる。
「どうなってるの!」
ウェヌスが叫んだ。ジョーカーも、こんなことが出来てしまうのかと驚いていた。
――そこまでして、他人を幸せにしたいというのか。
ここまでくるともう狂気の域だ。もはやジョーカーにも理解出来なかった。
「我は、主の願いを叶える。お前達に、邪魔はさせない」
アルターが拳を振り下ろす。後ろに飛んで何とか逃れたが、あれに当たったらひとたまりもない。トルースアイを使うが、どこにも弱点は見つからない。
(どうする……?どうすればいい?)
ジョーカーは考えながら光の弓矢を放った。しかし、それさえも効かない。完全にアルターが暴走してしまっている。このままでは自分達だけでなく、開原の命も危ない。
「ヘルメス!奴の弱点を探ってくれ!」
「了解!」
ヘルメスに頼み、自分は「アダム」に飛び乗ってレイピアで斬った。しかし、すぐに振り落とされてしまう。そして、再び拳を振り落とされる。ギリギリでそれを避けた。
ジョーカー自身も、何とか開原を救う方法を考える。
(まずは、アルターの中から開原先生を救い出さないと……!)
「分かったよ!ジョーカー!」
ヘルメスが叫ぶ。ジョーカーは「どこだ?」と尋ねた。
「頭だよ。しかも、普通の時では効かない。力をためて、拳を振り落とす時なんだ。その時を狙って頭に攻撃しないといけない」
それじゃあ、どうしろというのだ。そんな咄嗟の判断と素早さが問われる芸当、ジョーカーはやったことがない。
「アダム」が再び力をため、振り下ろそうとしてくる。今度はジョーカーめがけて。これは避けられないとジョーカーは庇う仕草をした。しかし、衝撃はいつまで経っても来なかった。見ると、皆が必死になってそれを受け止めていた。
「何をしている!早く行け!」
クラウンが叫ぶ。それに続いて全員がジョーカーに言った。
「俺だって、これぐらいやって見せるぜ!」
「あたしだって、もう言いなりになんかならないって決めたんだから!」
「俺も、君の役に立って見せる!」
「私はもう自分に我慢しないって決めたの!」
「あなたに与えられた恩を、今こそ返す時です!」
「これぐらい出来なくて、何が相棒だ!」
「こんなの、何度だって乗り越えてきたんだ!」
「「「「「「「「さぁ、早く!」」」」」」」」
「今なら狙える!ジョーカー、やっちゃって!」
皆の意志が伝わり、ジョーカーは拳の上に乗り、そして頭に向かって飛んだ。そして、「アダム」の頭に銃を突きつける。
「チェックメイトだ」
引き金を引き、頭を貫く。アルターは消え、ジョーカーは開原を抱え着地した。
オタカラが現れる。トーチだ。それを持つと、地面が崩れ始めた。
「テュケー!何かないか!」
尋ねると、テュケーは慌ててウエストポーチからヘリコプターを取り出した。運転出来る自信はないが、今の状態だとその方がいいかもしれない。大きくなったヘリコプターに全員が乗り込み、ジョーカーが操縦を始めた。
空を飛び、崩れていく研究所を見ていると突然ヘリコプターが揺れた。そして下に引きずり下ろそうとしてくる。見ると、触手が掴んでいた。
――仕方ないか。
「クラウン、操縦任せた」
全員をクラウンに任せると、ジョーカーは飛び降りた。
「ジョーカー!」
誰かが手を伸ばすが、もう届かなかった。
ジョーカーが着地すると、開原が立っていた。
「強引に引き留めてごめん。せめて、最後に君と話がしたくて」
デザイアが崩れ去っていく中、ジョーカーもまた足元から透けていっていた。
――あぁ、もうこれまでか。
そう思いながら、ジョーカーは開原に向き合った。
「僕は、皆の望みを叶えてあげたかった。痛みをなくしてあげたかった。でも、それは逃げだったんだろう。僕は君と違って弱いから、そんな考えになっていた。何よりも、誰よりも一番弱かったのは、僕だったんだ」
そう言って、消えていくジョーカーを見つめた。
「僕は、その瞳が揺らぐのが怖かったんだろう。でも、君は自分が消えていきそうになりながらも決して揺らがなかった。だから、ようやく気付くことが出来たよ。ありがとう」
「どういたしまして。開原先生も、早く逃げた方がいいですよ。まだ、あなたはやり直せるのですから」
開原が最後に見たのは、ジョーカーの微笑みと涙だった。
一方、現実に戻った怪盗団達は蓮がいないことに気付く。
「蓮は?」
皆で周囲を見渡すが、蓮の姿はどこにもなかった。いくら探しても見つからず、心配になりながらファートルに戻る。しかしファートルにも蓮はいなかった。
「しょうへい、蓮は?」
りゅうが聞くが、藤森は「帰ってきてないぞ。お前達と一緒だったんじゃないのか?」と首を傾げた。
「……実は」
愛良が蓮のことについて口を開いた。話を聞き終えると、良希が机を叩いた。
「じゃあ、蓮は自分が消えることを知ってて先生を改心させたってのかよ!」
「なんでそのことを言ってくれなかったの?そうすれば私達も考えたのに」
もみじが言うと、愛良は「あいつは、そのことで皆の意志が揺らぐことを危惧したからだ」と答えた。それに皆俯いてしまう。まさにその通りだったからだ。
「……せっかく、元の日常が戻ってくると思ったのに」
ほのかが呟いた。この場にいる誰もがそう思っていただろう。まさか、リーダーがいなくなるとは思っていなかった。
「大丈夫、あいつは戻ってくるさ。オレに約束したからな」
愛良はそう言うが、全員の気分は上がらなかった。そのまま、その日は解散することになった。
それからずっと蓮を探しているが、見つからないまま二月十三日になった。学校には実家に帰っているということで話を通してあるが、いつまでその嘘が通用するのか。もしかしたら、蓮はもう戻ってこないかもしれないとさえ思ってしまう。
皆でファートルに集まっていた。毎日探しても蓮が見つからないので一層心配になってきていた。
「本当に、戻ってくるよね?」
りゅうの心配そうな声に誰も答えられなかった。
その時、ファートルの扉が開いた。そこにいたのは帽子を被った女性。その人はカウンター席に座り、
「マスター、コーヒーを」
聞き覚えのある声で藤森にコーヒーを頼んだ。藤森はその人を見てコーヒーカップを落とす。全員も、彼女を見て驚きを隠せなかった。
「……蓮」
愛良が声を絞り出すと、その人は帽子を外す。そして、皆を見て、
「ただいま。遅くなってごめん」
と告げた。そこにいるのはまさに成雲 蓮その人だった。皆は蓮の傍に集まってくる。
「よかった。もう会えないかと思った……!」
風花が涙を流す。そんな彼女に「本当にごめん。もっと早く帰れるかと思ってたんだけど、思ったより時間がかかっちゃって」と困ったように笑った。
「いいの、あなたが無事だったんなら」
「そうだよ。急にいなくなるから驚いて」
もみじとほのかも蓮を見て泣き始める。するとさらに困ったように「悪かったって。何も言わずに消えちゃったりして」と謝る。
「よく戻ってきてくれた」
愛良が言うと「お前と約束したからな」と答えた。いつもの蓮で安心する。
ようやく正気に戻った藤森は蓮にコーヒーを淹れて目の前に置いた。それを飲むと、「この世界に戻ってきて、真っ先にここに来てよかったよ」と言った。
「そういえば、どこに行ってたんだ?」
裕斗が尋ねると蓮は「幻想世界だよ」と告げた。
「開原先生のデザイアで消えた後、祝福の祭壇で目が覚めてさ。アザーワールドリィでいろいろとやることが多かったからそれを片付けて、こっちに行けるかなって思ってやってみたら行けたから。」
「なんか、簡単に言ってっけど、すげぇ大変だったのか?」
「そうだね。アザーワールドリィであちこち行って、ちゃんと元に戻ってるか見てきたからね。あっちの感覚でもう一年以上かかっちゃった」
かなり軽いが、すごいことを言っている気がする。
「それに、こっちでも影響がないか見ないといけないからね」
「学校とかは特に変わってなかったよ。元通りになってる」
ようやく泣き止んだ風花が答えると「それならよかった」とホッとした顔をする。あまりにも歪みが強かったから心配していたそうだ。
そうやって再会を喜んでいると、良希が不意に言ってきた。
「そういやさ、これ、このタイミングで言っていいのか分かんねぇけど……お前、地元に帰るのか?」
その言葉に蓮は「あー、そのことだけど」と何か言おうとするが、
「地元、戻っても居心地悪いだけなんじゃねぇの?」
「おーい」
「俺的には、こっちに残った方がいいんじゃないかって思ってるんだけどよ」
心配そうに見る彼にため息をつき、立ち上がると「ちゃんと話は最後まで聞きなさい」と頭を軽く叩いた。そして、
「ボク、こっちに住もうかと思ってるんだ」
「え?」
「何、その驚いた顔」
皆して驚いていたので蓮は再びため息をつく。そして髪をいじりながら答えた。
「……もう、ボクの役目は終わったし。皆の言う通りボクも自分の幸せを追おうかなって思ったんだ。そう考えた時、地元だときっと出来ないからさ。今度こそ勘当してもらってこっちに来る。成雲家のお嬢様ではない、ただ一人の人間の「成雲 蓮」として」
そう言うと、りゅうが「ようやく自分のことを考えるようになったんだね」と笑った。
そこから皆で話をして、遅くなったので解散する。蓮達は二階に上がり、
「よかった。蓮が戻ってきてくれて」
義明が蓮を抱きしめる。光助も「姉さんがいなくなったから、どうしようと思った」と言った。
「兄さんも光助も愛良も、ごめんね。心配かけて。もう大丈夫だから」
もう一度謝ると義明は蓮を放して、「でも、消えるかもしれないんだったら言ってほしかったよ。そしたらもっと考えてたのに」と告げた。
「戻ってきたから許して」
そう言うと彼は「うん。ちゃんと愛良との約束を守ったから許すよ」と笑ってくれた。
「オレも、明日もう一度出頭するからその前に会えてよかった」
光助の言葉に「そういえばそうだったね」と悲しそうな顔をする。
「大丈夫だよ、姉さん。そんな顔しないで」
光助が言うと、「ごめんね」と光助を抱きしめる。
「もう謝らなくていいよ。姉さんは戻ってきたんだから」
抱きしめ返し、光助は微笑んだ。それを見て蓮は涙を流す。
「本当に、戻ってきてよかった」
呟くと光助は「泣かないでよ、姉さん」と困った顔をした。蓮も心配だったのだ、本当に戻ってこられるのか。
「皆にもう一度会えてよかったよ」
その言葉に愛良は「おかえり、蓮」と囁いた。
あぁ、本当に戻ってきたんだ。
その喜びに胸が満たされた。これからは皆と過ごせる。皆と笑い合い、泣き合い、ふざけ合って過ごすことが出来るのだ。これ以上の喜びはなかった。
長く続いた幻想怪盗団の大きな物語は、これで終わる。これからは一歩踏み出し、それぞれの物語が始まるのだ。




