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THE PHANTOM THIEF ~紙一重の正義~(幻想怪盗団~罪と正義~改訂版)  作者: 陽菜


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十九章 歪んだ現実

 茶髪の女子高生にお礼を言った後、ファートルに戻って蓮は光助を見る。彼はまだ寝たままだ。

「こいつにも、一度父親を殴らせてやりたかったな」

 なんで自分達をこんな理不尽なゲームに巻き込んだんだと、そう言わせてあげたかった。彼にはその権利があるのだから。

「明日、出頭の日か」

 愛良が言うと蓮は頷いた。

「本当に出頭するの?」

「うん。それで奴の罪が立証されるんだったら。それが光助のためにもなるだろうし」

 兄の言葉に蓮はそう答えた。怪盗団のリーダーということでもしかしたら一生出てこられないかもしれないが、それでも自分で決めたことだ。後悔はしない。

「じゃあ、せめてデートしてきたら?クリスマスイブだしさ」

「ちょ、いきなり何言ってるのさ、兄さん!」

 蓮が顔を真っ赤にして文句を言うが、説得力がなかった。あの不敵のリーダーはどこに行ったのだか。

「行くか、蓮」

「愛良も乗り気だし、行ってきなよ」

 光助は俺が見とくからさ、と言われ、蓮は愛良を見る。蓮と同じ顔の彼は笑っていた。

「じゃあ……行こうか」

 小さく呟くと、愛良は蓮の手を取った。


 クリスマスイブだからか人が多く、何とかケーキを買ったぐらいであとはぶらぶらしていた。

「愛良」

「なんだ?」

 蓮は俯きながら、彼の手を軽く握り、小さく言った。

「今、幸せだよ。このまま続いてほしいぐらい」

「オレもだ」

 この幸せを、蓮は噛み締めた。

 家に帰り、義明と一緒にケーキを食べる。そこにりゅうが入ってきたので彼も交えて会話を弾ませた。


 次の日、秋川が蓮を迎えに来た。

「それじゃあ、行くわよ」

 その言葉に頷き、愛良に見送られながらついていこうとすると、

「待ってください」

 そんな声がかかった。後ろを振り向くと、光助が立っていた。

「オレが、行きます」

「光助、大丈夫なのか?」

 蓮が彼に近寄り、その肩を掴む。光助は少しふらついたが、しっかり立った。

「大丈夫、姉さん。それより、出頭しようとしているんだろ?それなら、オレに行かせてほしい」

「でも」

「実行犯が行けば、姉さんが出頭する必要はなくなる。それに、洗脳されてたとはいえオレがしてきたことは犯罪だ。決して許されるものじゃない。それを償わないと」

 蓮は戸惑ったが、彼に「お願いだ、オレは罪を償いたいんだ」と言われ、渋りながらも「分かった」と頷いた。

「花子さんも、いいですよね?」

 光助が秋川を見て、尋ねる。

「あなたがいいなら。成雲さん、この話はなかったことにしてもらえないかしら?」

「分かりました。……本当にいいんだね?」

 蓮が最後に確認すると、光助は「当然だ」と頷いた。それならいいと、蓮は二人の後ろ姿を見送った。

「よかったのか?」

 愛良に話しかけられ、蓮は「光助が償いたいっていうなら、それでいい」と答えた。

 もちろん、弟のために動くつもりだ。自分の言うことがどこまで信じてもらえるか分からないが、姉としてそれはやってあげたい。

「あぁ、でもあの世界のことはどうやっても立証出来ないだろうがな」

 蓮の時も、現行犯だったから逮捕出来ただけで実際は証明出来なかっただろう。

 二人で話していると義明が降りてきた。その顔は心配そうだ。

「光助は?下に降りて行ったけど……」

「秋川さんと一緒に行ったよ。ボクのかわりに出頭するって」

「そうか……」

 三人は座る。沈黙が続いた。そんな中、口を開いたのは義明。

「俺、あいつにも幸せになってほしいよ」

「ボクもだ。あいつは、悪くない」

 光助は「破滅の協力者」とシャーロックは言った。しかし、蓋を開けてみれば彼も被害者だったのだ。「反逆の正義」と呼ばれた蓮が命を懸けて改心させなければどうなっていたことか。ただ壊れ、元に戻れないほどになっていたのではないか。

「それで、これからどうする?」

「とりあえず、皆に連絡しないと」

 蓮はチャットを開き、皆に光助が起きたこと、彼が蓮のかわりに出頭したことを告げた。

『マジで?あいつ起きたのかよ!』

『ちゃんと改心したみたいだね。よかった』

『だが、どうやってあの世界のことを証明する?』

『それは、普通の人には出来ないんじゃないかしら?』

『それに、光助は冬木 昭人に操られてただけだしな』

『確かに、彼のしてきたことは許されないけど、その罪を償うなら私もいいと思う』

『僕も。お母さんを殺したことは許さないけど、それを償う気があるなら』

『でも、これで蓮の前歴も晴らすことが出来るよね?』

『冬木 昭人と成雲 慶介は全ての罪を自白したんだ。あとは証拠さえあれば罪を晴らすことが出来るハズだ』

『それに、万が一晴れなくても皆と過ごせればボクはそれでいいし』

『君って子は……でも、何かに囚われない人だから皆寄ってくるんだろうね』

『それじゃあさ!打ち上げもかねて皆でクリスマスパーティしない?』

『どこで?』

『もちろんファートルで。蓮、マスターに許可取ってくれる?それと、島田君達に連絡も』

『まぁ、いいけど』

『じゃ、決まり次第集合!皆、何か持ってくること。あ、裕斗は無理しないでね。持ってこれなかったらそれでいいから』

『それじゃあ』

 チャットが終わり、三人はスマホをポケットに入れる。

「ほんと急だな。風花も」

「いいんじゃない?たまには浮かれるのも」

 丁度藤森も来たのでクリスマスパーティをしていいか許可を取る。

「別に構わないぞ。じゃあ、今日は早く閉めるか」

「すみません。ついでと言ってはなんですが、藤森さんもどうですか?」

「入っていいなら、別に構わないけどよ」

 蓮は皆に時間を連絡し、さっそく材料を買ってくる。

「蓮、これは?」

「それは料理に入れちゃいけないものだ。愛良、お前はいつになったら覚えてくれるんだ?」

 どうせなら豪華にしようと肉や野菜、それからお菓子の材料を多めに買う。ファートルに戻り、蓮はさっそく料理を始めた。

 料理を作り終えると同時に次々と人が入ってきた。

「おねえさん!」

「智樹、来れたんだな」

 智樹が蓮に飛びついてきたのでその頭を撫でる。りゅうは面白くなさげにそれを見ていた。

「りゅうも飛びついたらどうだ?」

 良希の言葉にそれはいいと思ったのだろう、横から抱き着いてきた。

「わっ!りゅう、どうしたんだ?」

「人気者だな、蓮」

 愛良がからかうように言ってきた。金井の養子の晃も蓮に駆け寄ってきて「これ、蓮さんが全部作ったんですか?」と料理を指さしながら聞いてきた。

「うん。ほら、早く食べないと冷めちゃうよ」

 二人を離し、皆を座らせる。どうやら秋川と長谷は来られなかったようだ。仕事があるわけだし、仕方ない。

「私達もよかったの?」

 敷井が聞くと、風花が「もう皆、怪盗団の一員ですから」と答えた。

「それならいいけどよ」

 金井がそう言うと、皆持ってきた料理を出す。それを食べていると、いつの間にか蓮の話になっていた。

「そういえば、蓮とはどうやって出会ったんですか?」

 もみじが協力者達に聞くと、敷井は「私は、彼女が薬を求めてきたことがきっかけだったわね」と答えた。

「あー、敷井さんのところの薬はよく効いてましたね」

「それはよかった。彼女ったらすごいの。治験する人が必要で、それを話したら協力してくれたのよ。すごい度胸だったと思うわ」

「治験って……よくそんなバイトしたね」

 ほのかが蓮を見ながらそう言うと、蓮は「だって、しないと薬買えなかったし……」と頬をかいた。

「俺は、マフィアだって知った後も協力してもらってたな」

「父さん、ぼくを守るために危険なことしてたもんね」

「金井さん、こう見えてかなり優しいんだ」

 蓮が言うと、良希が「信じらんねぇ……」と呟いた。

「俺は情報を提供するかわりに怪盗団と成雲家のことについて聞いたよ」

「そうなんですね。だからぼく、独占取材をされたんだ」

「島田君の情報、かなり役に立ったよ。ありがとうね」

 水谷は島田を見て笑った。

「ぼくは銃の扱い方を教えるかわりに食事に連れて行ってもらったり話を聞いてもらったりしたよ」

「え、そうなの?いいなぁ、蓮、あたしも一緒に行きたいよ」

「一応、お前達が覚えていない周回の時に連れて行ったんだけどな」

 智樹が嬉しそうに話すと、風花が羨ましそうに言った。

「私は運命を簡単に変えてしまう彼女の力が本当か試させてもらったんです」

「ボクとしては、変えてしまう力があるとは思っていなかったけど」

「でも、そのおかげで私の運命も変わったんです!だから、彼女の運命も変わって嬉しかったんです」

 早坂は興奮気味に言った。

「逆に、君達はどうなの?」

 水谷に聞かれると、口をそろえて「蓮に助けられた」と言った。

「俺は、狛井に足やられて走れなくなって腐ってたとこに蓮が救ってくれた」

「あたしは親友を盾に狛井に迫られた時、話を聞いてもらったんだ」

「俺は白野に盗作されたり虐待を受けたりしてた時に助けてもらった」

「私は生徒会長の荷が重くなってどうしようもなくなった時に助けてもらったわ」

「僕はお母さんのことで外に出れなくなってしまった時に話聞いてもらったの」

「私は一人では出来なかったことを支えてもらったの」

「ぼくも、狛井に体罰を受けてた時話を聞いてもらったんだ。それで、狛井が改心したから彼女が怪盗だって気付いた」

 それを聞いていた藤森が涙を流しているのを見て、蓮は「大丈夫ですか?」と聞いた。

「いや、お前がここまで強く絆を結んでたんだって思って感動してよ……最初の頃、お前の目は世界に絶望してたから、どうやっても更生しないって思ってたんだ」

 確かに、一周目の蓮はその通りだった。どこにも居場所なんてない、これからだって出来ないと思っていた。同じ時を繰り返していると知った後は、もう絶望だった。だから突き放そうとした。でも、そんな蓮の周りに皆集まってくれた。本当の「成雲 蓮」を見つけてくれた。だから、どんなに苦しくても再び立ち上がることが出来た。そのことを言うと、

「じゃあ、僕達も蓮の役に立ててたんだね」

 りゅうが嬉しそうに言った。

「うん。それに、ボクが守り神だと知った今だって、皆人間扱いしてくれる。それだけでも嬉しい」

 使命を与えられて、人間に憧れて、幻想世界からこの世界に来た約二千年前。そこでは白い髪と青い瞳のせいで人間扱いされなかった。どんなに悪い大人達を改心させても認めてもらえず、悪神と相打ちになって封印するためにその身を生贄に差し出した。結局そんな「運命」だったのだろうが、それでもつらかった。

「もちろん、愛良もね。昔からずっとボクを支えてくれてありがとう」

「どういたしまして。オレも、蓮の役に立てて嬉しいよ」

 微笑み合うと、「おーい、恋人の空気出さないでくれねぇか?」と良希に言われた。

「男の嫉妬は醜いぞ、良希」

 義明がやれやれと笑うと、良希は睨みつけた。

「うっせ。義明はいいのかよ?」

「俺は蓮が幸せならそれでいいから」

 何か言い合っているが、それは無視していいだろう。義明が人間の姿になってから仲良くなっているようだし。

「あ、もうこんな時間。帰らないと」

 ほのかが時計を見て立ち上がった。

「片付けはやっておくから帰っていいよ」

「でも、あなたに任せるのも……」

「三人いるんだ、早く終わるよ」

 蓮は義明と愛良を勝手に含めて答えた。

「勝手に含めないでくれないかな?いいけど」

「一緒に頑張ろうぜ、兄貴」

 皆が帰り、ファートルに藤森とりゅうが残った。

「明日からどうするの?」

 りゅうに聞かれ、蓮は考える。悪神は倒した、やることはほとんど残されていないが。

「明日、アザーワールドリィに潜入しよう。あれ以上広がらないが、改心させてほしいという依頼はたくさん来てる」

「分かった。皆に伝えておくね」

 りゅうがスマホで連絡を取っている間に蓮達は片付けを始める。

「光助、大丈夫かな」

 不意にそんな言葉が零れた。りゅうは動きを止め、俯いてしまった。

「あ、ごめん、りゅう」

 彼にとって、光助は母親を殺した仇なのだ。自分の弟とはいえ、もう少し場所を考えるべきだったと反省しているとりゅうは、

「ううん。平気。光助だって、酷い目にあわされてたんだもんね。蓮が心配するのも無理はないと思う」

 泣きそうな声で言われ、蓮は作業する手を止めた。そして、りゅうに近付く。

「りゅう、無理はするな。恨み言を言いたければ、言えばいい。人間、誰だって他人を恨んだり、逆に愛したりするものなんだから」

 その頭を撫でてやると、りゅうは泣き出し、蓮に抱きつく。

「僕、本当は、あいつがなんで生きてるんだろうってずっと思ってたんだ。蓮にはつらいかもしれないけど、死んでしまえって本気で思ってた。でも、蓮はいつでもやり直しがきくって教えてくれた。それに、冬木 昭人が、成雲 慶介が悪いんだって分かったから。だからあいつを、心の底から憎めないんだ」

 思えば、初めてかもしれなかった。りゅうが光助に対してここまで言うのは。きっと、蓮に気遣って今まで言わなかったのだろう。

「うん。ボクも、ごめんね。こんなつらい運命を背負わせて」

 自分がもっと早く思い出していれば、りゅうの母親が死ななくてもよかったかもしれないのに。少しの罪悪感が心に落ちた。

「蓮が謝る必要はないよ。蓮だって、世界のために自分の父親を改心させたんだから」

 改心させなければ、世界は蓮の父親に洗脳されたまま、全てが滅んでいたことだろう。それを知っているから。蓮が、一番つらかったハズなのだ。父親が世界を壊す悪神で、弟が世界を恨み、それに協力しようとしていて。しかし、それを止めるために蓮は立ち上がった。

「蓮って、本当に強い人だよね」

「急にどうしたんだ」

 突然そんなことを言われ、蓮は首を傾げたがりゅうは「何でもない」と首を振った。

「それより、ありがとう。話聞いてくれて」

 蓮から離れると、りゅうはカウンター席に座る。

「コーヒー、淹れようか?」

 尋ねると彼は「いる!」と元気よく言ったので蓮は笑い、丁度片付けも終わったので二人にもコーヒーを淹れた。

「蓮の淹れるコーヒーもうまいな」

「愛良はなぜか苦くなるもんね」

 あの味を思い出し、苦笑いを浮かべる。蓮とは違い、愛良は少し不器用なのだろう。蓮と一緒だったとは思えない。

「よければ俺が教えてやるよ」

 藤森の申し出に愛良は「いいのか?」と聞いた。それに藤森は「もちろんだ」と笑った。

「でも、明日からな。じゃあ、俺達は帰ろうか。義明は?」

「今日は泊めてもらおうかな」

「兄さん、どうしてだ?」

 なぜ今日は泊めてもらうことにしたのか全く分かっていない蓮は疑問符を浮かべた。

「二人で過ごしなよ」

「それじゃあ、ごゆっくり」

 しかし、理由も述べずに三人はファートルから出た。愛良が「上に行こう」と言ったので一緒に上がる。

 ソファに座ると、愛良が紙袋を渡した。

「メリークリスマス、でいいのか?」

「あ、そうか。今日はクリスマスだもんね。昨日デートに行ったから忘れてた」

 開けていい?と聞くと愛良が頷いたので蓮は開く。入っていたのは蓮の左目と同じような青色のマフラーだった。

「定番だが、いいだろ?」

「確かにね。でも、ボクお前に何も準備してないよ?」

 忘れていたし、出頭する予定だったから、何一つ準備していない。

「別にいい。オレが渡したかっただけだから」

「でも」

 自分ばかりもらっていいものだろうか。そう思っていると彼は「じゃあ、一つ」と顔を近付けてきた。唇に重なる温もり。離れると、蓮の顔は真っ赤になった。

「な、なに、して……!」

「クリスマスプレゼント。いいだろ?」

 オレはお前と過ごせて幸せなんだから。

 そう言われると弱い。蓮は愛良の肩に頭を乗せる。

「ボクだって、愛良といれて幸せだよ」

 そう呟いた。幸せな、恋人との時間。このために兄は藤森の家に行ってくれたのだとようやく気付いた。

「今度、兄貴に礼をしないとな」

 愛良はそう言って蓮の肩を寄せた。


 次の日、皆で集まり、ターゲットの確認をする。

「よし、じゃあ行くぞ」

 ナビを起動して、エネミーを倒しながらターゲットを改心させていく。

「クラウンって、ジョーカーと一緒だったんだよね?」

 いつも通りジョーカーが車を運転していると、ヘルメスが身を乗り出して聞いてきた。今回は助手席がクラウンだったのだ。

「そうだが」

「ジョーカーって心の中で思ってることとかどうだったの?」

「いつも他人のことばかり考えてたぞ。自分のことなんて後回しだ」

「クラウン、あまり言わないでくれないか?」

 ジョーカーが恥ずかしげに言うとクラウンは「事実だろう」と言い返した。

「まぁ、事実だけどさ」

「無意識に守り神の役目を全うしてたしな」

「そうだっけ?」

 そんな自覚はないのだが。でも確かに、悪い大人達を改心させたり困っている人を助けたり、いろいろなことをしていた。

「ジョーカーって、変わらないね」

 その言葉に皆笑った。いつも人を助けてくれる、人間にして守り神。それが「成雲 蓮」という人物だ。

 この時が、永遠に続けばいい。皆、そう思った。


 それから義明と愛良とりゅうとで遊びに行ったり、皆で勉強会を開いたりしている内に年越しになった。藤森がそばを打ってくれるということだったのでまた皆で、今度は秋川と長谷も一緒にファートルに集まった。

「そういえば、朗報があるの」

 そばを食べていると、秋川が口を開いた。

「成雲さんの前歴、なかったことになるかも。当時の被害者が情報を提供してくれてね」

 その言葉に全員が驚き、また喜んだ。

「よかったな!蓮!」

 良希が蓮の肩を叩く。少し痛いのだが、それだけ嬉しいということだろう。

「成雲 慶介も、娘が帰ってきたら警察に自首するって言っているの。罪を全部認めているわ。二人共、冬木君……いえ、光助君のことを庇っている」

「そう、お父様も……」

 複雑な心境だが、これでよかったのだ。ようやく、この長く、理不尽なゲームから解放される。自分も愛良も光助も仲間達も。「トリックスター」の大きな役目は終わった。そう思うと少し寂しいが、まだ歪みが完全に解かれたわけではない。まだやるべきことがあると蓮はこれからを考える。

「蓮、大丈夫?」

「大丈夫、ただ、これからが大変だなって思っただけ」

 世界を元に戻していかないといけない。現実世界も幻想世界も、歪みがないように。もう二度と、二つの世界が融合しないように。

「そうか。蓮は幻想世界の王女でもあるもんね。でも、あたし達も手伝うからさ、いつでも頼ってね」

「ありがとう、でもボクの力じゃないと駄目だから」

 正確には、蓮の宿すアルター・サタナエルとミカエルでないと。闇と光が合わさって初めて世界は創られるのだから。

「ただ、少し力は貸してもらうかも。その時はよろしくね」

「もちろん!」

 蓮が笑うと、他の人達も笑い返した。こういった時に、自分は仲間に恵まれていると認識させられる。

「それじゃあ、明日も早いしそろそろ解散するか」

 蓮が時計を見てそう言う。明日は初詣に出かけないといけないのだ。

「そうだね。片付け、任せていい?」

「もちろん。おやすみ」

 皆を見送った後、片付けをして蓮達も二階に上がった。

「よかったね」

 義明がソファで寝転がりながら蓮に告げた。

「何が?」

「前歴、晴れることになって。蓮、ずっと耐えてたから」

 学校で影口を叩かれ、教師達にも厄介者扱いされ。そんな生活から解き放たれるとなると、兄としても嬉しかった。

「そうだね。でもボクは、自分のやったことに後悔はしていないよ。それで皆と出会えたんだから」

 前歴がなければ蓮が東京に来て怪盗団を続けることはなかっただろうし、皆と出会うこともなかった。蓮は地元で父親の言いなりになったままだっただろう。義明も黒ネコの姿から人間に戻ることはなかったかもしれないし、仲間達だってどうなっていたか分からない。光助も元に戻れないほど壊れてしまっていただろうし、愛良だって、こうして現実に出てくることはなかった。だから、何も後悔はない。

「蓮ならそう言うと思ったよ。いつでも前向きだ」

「昔はそうじゃなかったよ?兄さんがいなくなってからなんて結構酷かったんだから」

「そうだな。兄貴がいなくなってからは酷く病んでだぞ、こいつ」

 思い出話に花を開いていると義明が不意に黙り込んだ。

「どうした?兄貴」

「いや……。蓮、君は今、幸せか?」

 急に聞かれ、どうしたのだろうと思ったが蓮は素直に答えた。

「うん。幸せだよ。光助のことは心配だけど、それ以外では満たされてる。この時が永遠に続けばいいのにって思うぐらいに」

 すると義明は「そうか」と嬉しそうに笑った。

「それならいいんだ」

「兄貴?なんか様子が変だぞ?」

 愛良が言うと、義明は言葉を詰まらせた。何かあったのだろうか?それなら話してほしい。その思いが伝わったのか、兄は話し始めた。

「実はこの前、開原先生に会ったんだ」

「開原先生?」

「そう。それで、蓮のいとこの兄だと伝えたら何か悩みがあるのかって聞かれたんだ」

 開原らしいと蓮は思った。彼は優しくてどんなことでも聞いてくれる人だから、兄も誰にも言えないことを話したのかもしれない。

「それで?」

「ちょっとだけ、話してそれから別れたんだ」

「それぐらい、別に言葉を詰まらせるほどでもなくない?」

 そう告げると彼は「怒らない?」と聞いてきた。

「何に怒るっていうんだよ、ボク達が」

「それじゃあ言うけど、蓮と光助について話したんだ」

「へ?ボク?」

 これは予想外だった。確かにこの兄は自分達を一番に考えてくれる人だけど。

「冬木 昭人と成雲 慶介が憎いって。蓮達をこんな運命に巻き込んだ奴らが憎くて憎くて仕方ないって。それで蓮、何度も死んで、繰り返して、つらい目に遭っているっていうのが許せなかったんだ。さすがにそこまでは言っていないけど」

「兄さん……」

「それに、光助に対しても。蓮が命を懸けて助け出さないといけないぐらいに壊れてしまったのが許せない」

 その顔は今まで見たこともない程憎しみに満ち満ちていて、兄は本気で言っているのだと分かった。

「だから、あの二人が捕まることになって嬉しかったよ。蓮の前歴も晴れる。光助もどうなるか分からないけど、少なくともあの二人が庇ってくれてるみたいだし」

「……そうだね」

「俺、光助とまた過ごせるようになりたい。そして皆で笑い合いたいんだ」

 その言葉に蓮も同感する。愛良も頷いていた。

「ごめんね、寝る前にこんな話をして。じゃあ、おやすみ」

 義明は目を閉じた。数分もしない内に寝息が立つ。疲れていたのだろう。

「オレ達も寝るか」

 ベッドに転がり、蓮も目を閉じる。隣の温もりを感じながら夢の世界に落ちて行った。


 蓮は起きると、囚人服の姿だった。しかし、周囲を見るとそこは牢獄世界ではなく学校の保健室だった。

「間もなく、下校の時刻です」

 放送の声に違和感を覚えたが、早く帰らないと、と思い、蓮は保健室から出る。

 玄関まで向かっている間に声が聞こえてきた。それが仲間達の声だということに気付く。

「本当は陸上でお袋に楽させたかったんだ」

「あんな事件、なかったほうがよかったのに」

「心の底から奴を恨めません」

「お姉ちゃんが一人で支えていて、甘えるのも」

「お母さんに生きていてほしかったんだ」

「本当は彼と過ごしたくて」

「蓮の前歴がなくなってくれたら、あの時のように光助と過ごせたら」

「オレだって、本当は」

 皆、誰に話しているのだろうか?少なくとも、蓮は聞いたことがない。しかも、最後は弟の声だ。

「大丈夫です。これぐらい慣れていますから」

 自分の声も聞こえてきた。皆、共通の人物に話しているということだ。一体、誰に?

 玄関まで行くと、誰かが放送で引き留めた。

『どこに行くんだい?』

 その声には聞き覚えがあったが、誰だか思い出せない。

「帰ります」

 しかし、口は勝手に動く。するとその放送の主は不思議そうに蓮に聞いた。

『帰る?ここが君の居場所だろう?』

「違います。ここは、ボクの居場所じゃない」

 そう答えると、その声の主は『なるほど、君はまだ受け入れられていないんだね』と告げた。どういう意味だろうか?

 すると、閉まっていた玄関の扉が開いた。

『また会おう』

 その声に送り出され、蓮は外に出た。

 そこで目を覚ます。先程の夢に何の意味があったのだろうか?

(それに、また会おうって……)

 誰に会うというのだろうか。恐らく、自分達の共通の知り合いなのだろうが、見当もつかない。

 しかし、今はいいかと蓮は再び眠りについた。


 異変に気が付いたのは年が明けてからだった。

 蓮が起きると、部屋には誰もいなかった。義明はともかく、愛良あたりが「おはよう」とでも言ってきそうなものなのに、誰一人いない。不思議に思った蓮が下に降りると、藤森が「悪いが、初詣の前に少し手伝ってくれないか?」と言ってきたので蓮は従う。

「あの……兄さんと愛良はどこに……?」

 蓮が尋ねると、彼は「散歩にでも出かけたんじゃないか?」と言うのでそう思うことにした。

 昼過ぎ、二人が帰ってこなかったが、手伝いがひと段落したので蓮は振袖に着替えて明治神宮へ向かった。その途中、義明と合流したので一緒に行くことにした。

「兄さん、愛良は?」

「愛良?部屋にいなかったか?俺が出かけたときにはいたんだけど……」

 では、どこに行ったというのだろう?彼が行きそうなところは……。

 もしかして、先に神社に行ったのだろうか?

 なんとなくそう思った。蓮が初詣に行くと知っているから、ありえない話ではない。昼食を食べていればいいのだが。

「それにしても、似合ってるね。振袖」

「そうか?お母様が見立てたものなんだけど」

 母は芸術家だからセンスがないとは言わないが、自分には綺麗すぎると思うのだ。しかし義明は「全然。むしろ蓮のためにあるんじゃないかって思うほどきれいだよ」と言った。これは兄バカ、とでもいうべきだろうか?

 明治神宮に着くと、予想通り愛良がいた。

「遅いぞ、蓮」

「お前が早すぎるんだよ、ばか」

 そんな会話をしていると、

「あー、俺、もしかして邪魔?どこか行くけど」

「そんなことない」

「そうだぞ、兄貴」

 一応恋人同士なのだからと義明がどこかに行こうとするが、二人は止める。愛良も、元は蓮だからか義明のことが大好きなのだ。

 三人で初詣に行くと、聞き慣れた声が聞こえてきた。前を向くと、そこには仲間達の姿があった。女子は全員振袖を着ているようだ。

「皆、この時間に来てたんだな」

「あ、蓮!うん、僕も偶然皆と会ってさ」

 怪盗団のメンバーがそろいもそろってこの時間に来たということか。偶然にしては出来すぎているが、これぐらいなら別にありえない話ではない。そう思って気にしなかったのだが。

「どうだ?この後集まるか?」

 蓮の提案に最初に首を振ったのはりゅうだった。

「ごめん、蓮。この後お母さんと初物巡りに行くんだ」

「え……?」

 今、りゅうは何と言った?お母さん?でも、彼の母親はもういないハズで……。

「私も、家族でお出かけなの」

 もみじもそう言って断った。家族って、彼女には姉しかいないハズなのだが。

「私も、咲中さんとお食事に行くの」

 ほのかは嬉しそうに語った。咲中は今、警察のお世話になっているのに。

「あたしはあいと遊びに行く約束してて」

 風花も楽しそうだ。川口は転校しているのに、このタイミングで?

「俺も、先生と共に寄るところがある」

 裕斗も楽しそうにしながら断った。先生って、白野のことか?

「俺も、陸上部の連中と約束しててよ」

 良希は伸びをしながら言った。陸上部って、彼はもうやめているハズなのに。

「そうか、じゃあ集まれないな。また今度集まろう」

 義明がそう言うが、蓮と愛良は顔を見合わせた。

 どこか、おかしい。

 どうして誰も違和感なく話しているのだろうか?明らかにおかしいのに。それとも、自分達がおかしくなったのか?

 しかし何も言うことが出来ないまま、その場で解散になった。


「愛良、どう思う?」

 夜、義明が寝た後に蓮が話しかけた。愛良は「おかしいな、明らかに」と答える。

「だよな。でも、皆疑っていない」

「それだ。これでは、世界が変わったとしか思えない」

 でも、蓮達は繰り返していないし、そもそも悪神である父は倒したのだ。繰り返すハズがない。だとすれば、他に何か原因があるハズだ。

 しかし、それが何なのか分からない。どういうことだろう?

「とりあえず、明日まで様子を見るしかないな」

「そうだね……」

 今は様子見だと自分に言い聞かせ、蓮は眠りについた。

「……この世界は、こいつにまた試練を与えようというのか?」

 愛良のその言葉を聞きながら。


 次の日、蓮が下に降りるとそこには異様な光景が広がっていた。藤森とりゅうと義明と一緒に女の人が食卓を囲んでいるのだ。その女性は見たことがある。

(りゅうの母親……)

 思い出すのは、りゅうのデザイアに入った時に見たあの化け物の姿。あの女性が目の前にいるのだ。

「あ、蓮。こっちで一緒に食べようよ」

 りゅうに誘われるが、蓮はどうしても違和感に耐えられなかった。穢れた幻想世界に入った時のように、身体中が痛む気がする。

 その時、店内に誰かが入ってきた。扉の方を見ると、そこに立っていたのは精神崩壊事件の実行犯として警察に捕まっているハズの光助だった。蓮は目を見開く。

「なんで……」

 蓮が呟いた声も聞こえていないのか、弟は四人に近付く。

「事情聴取、終わったの?」

 りゅうの母親が聞くと、光助は「うん。今日限りで釈放だって」と笑った。実行犯だからこんなに早く釈放されるわけがないのに、誰も疑わない。義明なんて、「これからまた一緒に暮らせるね」などと言っている。

 その時、蓮のスマホが鳴った。見ると、愛良からだった。蓮はすぐに電話に出る。

「もしもし」

『蓮、今すぐ外に出てくれないか?話したいことがある』

「分かった、すぐに行くよ」

『待ち合わせは近くのコインランドリーだ。いいな?』

「うん」

 電話を切ると、蓮は「ちょっと用事が出来て」と告げ、外に出た。そして、近くのコインランドリーに向かう。

 そこには既に愛良の姿があった。

「来たな」

「うん。それで、話って?」

 なんとなく予想は出来ているが、とりあえず聞いてみる。すると彼は「見ただろ?ファートルにいる女性を」と予想通りの言葉を発した。

「うん、りゅうのお母さんだ」

「なぜ、死んだハズの人間が生き返っている?お前は何か知っているか?」

 彼が聞いてきた。蓮は首を振り、少し考えて、

「考えられることは……現実での「認知が変わった」……」

 しかも、ただ変えるだけではない。皆それを「事実」としているのだ。なぜ今更こうなっているのか?人間が作ったとはいえ、守り神である蓮でも分からない。ただ、一つだけ思い当たることがある。

「確か、お台場にデザイアがあったよな?あそこに行けば、もしかしたら何か分かるかもしれない」

「確かにそうだな。では、行くか」

 そう言って、二人はお台場に向かった。


 お台場に着くと、驚くべきことが起こっていた。

「デザイアが……!」

「見えてるな。こんなこと初めてだ」

 なんと、ナビを使っていないのにあのデザイアが見えているのだ。これにはさすがの二人も驚きを隠せなかった。

「他の人達は……?見えてないのか?」

「いや、気にしていないだけかもな。とにかく、原因はここにありそうだ」

 二人は頷き合い、ナビを開く。履歴は残っているが……。

「見て、名前のところが塗り潰されてる。こんなこと、今までなかった」

「ここの主はこんなことも可能なのか?」

 しかし、使えないことはなさそうだ。ナビを起動すると、周囲が歪み二人は怪盗服姿になった。

「いつ見ても殺風景だな」

「研究所だからだろ。なんの研究かは知らないけどな」

 ジョーカーは己がまとっている白い服を見て、「これも、少し慣れてきたな」と呟いた。

「そういえば、皆に伝えず勝手に来てよかったのか?」

「皆は疑っていないし、そもそもここの存在を知らせていないからな。兄さん以外は知らないよ、ここのこと。それぐらい知ってるだろ?まだ一緒にいたときのことなんだから」

 クラウンの言葉にジョーカーはそう答えた。今の仲間達は疑いもせずにこの歪んでいる世界を生きている。正直言って、今の彼らは役に立たないだろう。

「前はあの扉の前まで行ったよな?」

「あぁ」

 ジョーカーが頷く。そこを抜けると、ホールが広がっていた。

「素晴らしいわ!」

「もう涙が出そう!」

 フェイク達から賞賛の声が上がっている。一体何の研究をしているのだろうか、ここの主は。

 ホールの真ん中に来ると、放送が鳴った。

『異分子が確認されました。放送を開始します。ここは主の研究施設です。研究内容を詳しく知りたい方はお手数ですが左の扉からお越しください』

 左の扉、と言われそちらを見ると、確かに扉があった。

「どうする?」

 クラウンが聞くと、ジョーカーは躊躇わず答える。

「行くしかない。今は情報が必要だ」

 二人はそちらに向かう。扉を開くとご丁寧に地図があったのでそれをもらっておく。

 進んでいくと、また扉があった。中に入ると、暗いが開けたところに出た。

「ようこそ」

 その言葉とともに周囲が明るくなる。その声には聞き覚えがあった。

 まさか……。

 目の前には、凛条高校の元カウンセラーの先生、開原が立っていた。しかも、フェイクなどではない。本物だ。コツ、コツ、と近付いてくる。

「まさか、君が怪盗だったとはね、成雲さん」

「開原、先生……」

 まさか、ただの人間である彼が世界を歪めたというのか?どうやって?

「この世界は、僕に委ねたんだよ。僕が望む現実が、皆の幸せであるように」

「どういう、ことですか?」

 わけが分からない。どうして、歪みが再び全世界に広がっているのか。しかも、たった一つのデザイアから。

「僕の望みは、皆が幸せであること。君達の言う、僕の歪んだ欲望というのなら、それだろうね」

「なんで……」

「痛みなんて、なくていいんだ。全て、「なかったこと」にすればいい」

 歪んでる。だが、彼の言い分もジョーカーには分かった。

 だって、「レンカ」は全ての人々の痛みと苦しみが和らぐように願われ、望まれ、生まれてきた守り神だから。

 それでも、こんなやり方は間違っている。全てをなくしたって、事実は変わらない。変えられない。そのハズだ。でも、この歪みようは……。

「今まであったつらい事実は全てなくなっているよ。君の前歴も、学校のことも、何もかも」

「そんなこと」

 ありえない。認めてはいけない。だって……。

「信じられないなら、見に行けばいい。僕が作った、君の仲間が望んだ現実を。それから、結論を聞かせてくれないか?そうだね、一月九日にまた会おう」

 そう言って、開原の姿が消えた。敵対するつもりはないらしいし、これ以上は追いかけても意味がないと二人は現実に戻る。

「まさか、開原がこの世界を歪めた張本人だったなんてな」

「信じられない……お父様の時以上に信じられないよ」

 だが、これが変えようのない「現実」なのだ。目を逸らすわけにはいかない。

「これからどうする?彼は九日に会おうと言っているが」

 愛良が尋ねてきた。蓮は考え、

「……愛良は、開原先生のことについて調べてくれないか?ボクが皆に会いに行く」

 この世界がどうなっているのか知りたい。そう言うと彼は納得してくれた。

「分かった。じゃあ、明日からだな」

「うん。今日は帰ろう」

 二人はそう言ってファートルに戻った。


 夜、下に降りようとすると義明が「どうしたの?」と聞いてきた。

「あぁ、ちょっと調べ物。気にしないで」

 そう言うと、光助が「あのさ、姉さん。今度怪盗団の皆で温泉旅行にでも行かない?」と提案してきた。

「温泉旅行、か」

 こんな異常事態でなければ、ぜひとも行かせてやりたい。彼は蓮と同じで甘えることが苦手だから。

「今、幸せ?」

 不意に口からそんな言葉が出ていた。二人はキョトンとしたが、

「幸せだよ、蓮がいて、光助がいて、愛良がいる。皆、きょうだいみたいなものだ」

「オレも。姉さんも兄さんも、愛良もよくしてくれるし。養父が国家転覆を企てたと聞いた時はどうなるかって思ってたけど、またこうしてここにいれるわけだし」

 二人共、幸せそうにそう答えた。国家転覆……ということは冬木 昭人は捕まっているということか。でも、父親は?……多分、「罪を犯していない世界」なんだな……。何となくだが、そう思う。

「このまま続く方がいい?この「現実」が」

 蓮がさらに質問を重ねる。

「急にどうしたんだよ?まぁ、蓮の前歴も冬木 昭人が捕まったおかげで晴れたし、このまま続く方が……あれ?」

「兄さん、どうしたんだよ?姉さんに前歴なんて……あれ?なんか、おかしい気が……」

 なんで蓮がここに来た?そもそも自分達はどうやって再会したのか?二人は記憶がおかしいような気がした。

「温泉旅行、行けたらいいね。楽しみにしてるよ」

 蓮はそう言い残し、下に降りて行った。


 蓮が渋谷のセントラル街に行くと風花と川口がいることに気付いた。

 声をかけると、二人は蓮を見て「あ、蓮!どうしたの?お出かけ?」と尋ねてきた。

「まぁ、そんなところ。二人は?何か嬉しそうだけど」

「あ、蓮、聞いて!あいがね、また凛条高校に戻ってくるって!」

 なるほど、これが風花の望んだ「現実」か。親友と過ごせるという。

「久しぶり、成雲さん。私のこと、覚えてる?」

「川口 あいさんですよね?」

「覚えててくれたんだ」

 当たり前だ、仲間の親友だからというものあるが、あんな事件があったのだから。

 でも、彼女からはそんなことがあったとは感じられない。やはり、現実が塗り替えられている。……二人共、幸せそうだ。

「親の都合で転校しちゃった時は悲しかったけど、これでよかったよね!」

「うん。やっぱり凛条高校はバレーの強豪校だし、親を説得したら理解してくれて」

 二人は嬉しそうだ。この様子だと、狛井も学校に残っていそうだ。しかも、「いい教師」として。

じゃあ、自分のしてきたことは一体……。

 心に影が落ちた気がした。

「あ、そうだ、蓮。一緒にクレープ食べない?」

「今、幸せか?」

 風花の言葉を無視し、蓮は彼女に聞く。

「え、幸せって……当たり前じゃん!あいが戻ってきてくれて、蓮もいて、あんな事件、なかった方が……あれ?おかしいな」

 なぜ、親友が転校することになった?自分が怪盗団に入ったきっかけは?

「クレープ、また今度ごちそうになるね。風花の選ぶやつはおいしいから」

 蓮はそう言ってその場から立ち去った。


 駅前にもみじと秋川がいた。

「もみじ、お姉さんとお出かけ?」

 蓮が尋ねると、彼女は「あ、蓮。そうよ、今からお買い物に行くの」と答えた。

「今度、お父さんの誕生日でね、何か作ろうと思うの」

「ほらもみじ、何買うの?」

 これが、もみじの望んだ「現実」。尊敬する家族と過ごせる。……話を聞く限り、父親も「生きている」ということらしい。秋川も、最初から歪んでいないことになっている。

「蓮もその日時間あるかしら?一緒に食べない?」

「お父さんと過ごせて楽しい?」

 蓮の言葉にもみじは首を傾げたが、

「うん、もちろん」

 嬉しそうに頷いた。それを見て、心の影はますます深くなった。

「秋川さん……花子さんは優しい?」

「お姉ちゃんはいつも優しいよ。いつも私を一人で支えてくれて……あれ?」

 姉はなんで検察官になった?尊敬する父親は?

「食事、せっかくだけどお断りするよ。また今度誘ってくれ」

 悲しげな笑みを浮かべながら、蓮はその場を去った。


 学校前に行くと良希が陸上部の人達に囲まれていた。

「良希、どうしたんだ?」

 蓮が聞くと、陸上部の人達が「こいつ、大学の推薦決まったんだって!」と嬉しそうに言った。そこから良希に対する疎みは一切ない。

「馬鹿、まだちゃんと決まってねぇっつーの」

 これが、彼の望んだ「現実」。陸上を続けることが出来る。

 ……もし彼が陸上を続けていたら、会うことはなかったんだろうな。

 他人事のように思う。認めたくないという気持ちが大きいのだろう。

「それより蓮、学校に何しに来たんだ?」

「陸上が出来て嬉しい?」

 良希の言葉を無視して尋ねる。

「いきなりどうしたんだよ?まぁ、嬉しいけどよ」

「足は大丈夫?」

 もし、狛井が「いい教師」としているのなら、足なんてやられていないハズだ。

「おう!もちろんだぜ、狛井に足やられた時はどうなるかと……あれ?なんか、おかしくね?だって、狛井はいい奴で……」

 どうやって蓮と出会った?足がやられた理由は?

「足、気を付けてね。お前が「また」走れなくなったら悲しいから」

 そう言い残し、蓮は去って行った。


 秋葉原に行くとりゅうが母親と藤森と一緒に何かを買おうとしているところだった。

「りゅう、何買うんだ?」

 蓮が話しかけると、彼は「ゲームを買いに来たんだけど、限定版とかいろいろあって迷ってるんだ」と答えた。

「ほら、蓮も来たことだし早く決めろ。こいつも一緒に食事に連れて行けばいい」

「あら、正平ったら太っ腹。おいしいもの食べさせてくれるって」

 りゅうの母が嬉しそうに言っている。本当に生きている人のようだ。でも、彼女はもう、死んでいるのだ。人の生死すら操ってしまう開原って一体……。

「ほんと?じゃあしょうへいのカレーがいい!」

「いやそれ、いつも通りじゃねぇか」

 藤森はまんざらでもないような顔を浮かべている。彼としても喜ばしいのだろう。大切な人達に囲まれて過ごせるのだから。

 じゃあ、ボクは?

 自分の居場所は、ここにあるのだろうか?……どこにもないように見える。だって、皆笑顔なのに一人だけ渋い顔をしているのだから。

「蓮もそれでいいでしょ?」

「うん。藤森さんのカレーは「特別な味」だもんね」

 蓮が言うと、りゅうは「だって、しょうへいが作ったカレーだもん!」と笑った。

「あれ?なんか、おかしい」

 お母さんは研究してて……。どうなったんだっけ?

「りゅう、前に進もう」

「当然だよ、前に進んで……って、どういう意味?」

 なんで蓮がファートルに来た?自分はどうやって前に進むことが出来たのか?

「せっかくだけど、ボクまだ寄るところがあるんだ。今度また一緒に食べようね」

 胸が締め付けられたまま、蓮はその場を去った。


 吉祥寺に行くとほのかが咲中と歩いていた。やはりと言うべきか、咲中は捕まっていないらしい。

「ほのか、何してるんだ?」

 尋ねると、ほのかは「咲中さんと次の店舗の視察に来たの」と答えた。

「へぇ、お父さんの会社と合同で?」

「えぇ。初めてのことだから心配なんだけど」

「ほのか、この人は?どこかで見たことある気がするんだけど」

 咲中が聞くと、ほのかは「学校の先輩で成雲家のご令嬢さんだよ。きれいな人でしょ?」と答えたので彼は納得したようだ。

「あぁ、成雲家の。初めまして」

「初めまして、成雲 蓮と申します」

 挨拶すると、「フィアンセがいつもお世話になっているみたいだね。お茶でもしていくかい?」と聞いてきた。そこから下心は全く感じられず、まさに紳士だ。悪人の面影はどこにもない。

 ……こんなに優しかったなら、きっと改心させなくてもよかっただろうに。そうすれば捨て駒として使われることもなかったのに。

「そうだね、休憩がてらお話しするのもいいかも。どうかしら?」

「咲中……さんと一緒にいられて幸せか?」

 その言葉にほのかは首を傾げたが、

「うん、幸せだよ」

 と答えた。そこに迷いがない。なんで、苦労して魔の手から彼の命を助けたのか分からなくなった。

「この先はどうする?」

「この先は咲中さんと結婚して、会社を盛り上げて……あら?なんか、おかしい気がする」

 なんで蓮は自分と関わるようになった?怪盗団は何のために?

「せっかくだけど、ボクがいると話したいことも話せないだろうから断るよ。また今度一緒にお茶会をしよう」

 つらい気持ちを隠して、蓮は元来た道を戻った。


 上野の美術館に行くと裕斗が何かの作品を見ていた。そちらに行くと、それは「サヤカ」だった。子供が塗り潰されていない、真実の「サヤカ」。

「あぁ、蓮。ちょうどよかった、君に連絡しようと思っていたところだったんだ」

 蓮が来たことに気付いたらしい、裕斗が話しかけてきた。そして、「サヤカ」を満足げに見つめた。これが彼の望んだ「現実」らしい。

「母さんの作品がようやく評価された。これも先生のおかげだ」

「先生?」

「白野先生だよ。君も知っているだろう?」

 やはり、怪盗団のことは冬木 昭人のこと以外なかったことになっている。自分のやって来たことは、一体何だったのだろうか?もう、何もかも分からなくなってしまった。

「俺も、先生のもとで勉強出来て嬉しいよ」

「白野……先生に何かされていないか?」

 虐待のことを思い出し、蓮が尋ねると裕斗は「されてないさ。あのお優しい方が何かするものか」と答えた。嘘を言っているようには思えない。

 ……この様子だと、自殺したという兄弟子もいるのだろう。久重も絵の道を着実に進んでいるに違いない。

「「サヤカ」は素晴らしいよ、本当に」

「「サヤカ」?いや、この作品はそんな名前ではないが……君が教えてくれただろう?「遺された日々の思い出」と……」

 そこで裕斗は何かがおかしいことに気付いた。

 なぜ、自分は蓮に救われた?この作品はどうやって?

「白野先生に何かされてないんだったらよかった。絵の勉強、頑張れよ」

 声が震えていなかったか心配になりながら、蓮は美術館を出た。


 八日の夜、一階で愛良と情報共有をしていた。

「開原について調べてきた。どうやら奴は認知世界、すなわち幻想世界について調べていたみたいだ。そして幻想世界を使って人の心は癒せないものかという研究を続けていた。研究所も建てられる予定で招致されるハズだったんだが、それは実現せず。研究も打ち切られている」

「その研究所が、あの競技場の場所だったってわけか」

 蓮の確認に愛良は頷く。

「研究を取り上げられたのは冬木 昭人が関係している可能性が高い。その冬木 昭人は怪盗団のおかげでこの現実でも捕まっているらしいな。ただ、光助もお前も、大した罪は犯していないことになっている。開原の言うように、お前の前歴もなかったことになっているし、お前がこっちに来た理由は両親が出張で家にいないからということになっている」

 そういえば、りゅうの母親も幻想世界を研究していて、それで殺されたことを思い出す。それに、やはり父親は何もしていないことになっているらしい。

「お前の方は?仲間達に会ってきたんだろ?」

 愛良の言葉に蓮は言葉を詰まらせる。そして、

「愛良、隣来ていい?」

 聞くと、彼は「あぁ」と頷いた。蓮は愛良の隣に座ると俯き、彼に尋ねた。

「……ボクのやったことって、間違っていたのかな?」

「どうしたんだ?急に」

「だって、皆はボクが来る前の世界を望んでいるんだ。ボクなんて、必要なかったんだ。ボクの今までの軌跡は皆の中にはどこにもない。だって、そうでしょ?腐った「現実」には腐った大人なんていないんだから」

 話しているうちに涙が出てきた。こんな「現実」を打ち付けられて、我慢出来るハズがない。

 愛良は蓮を抱きしめる。唯一彼だけが、蓮のことを見つめてくれていた。つらいことも苦しいことも、楽しいことも嬉しいことも、一緒に共有してくれた。

 蓮が泣き止むと、愛良は彼女に聞いた。

「明日はどうするんだ?」

「……ボク一人で行くよ。この現実は認めてはいけない。皆には悪いけど、ボクは認められない」

 守り神として、この現実は受け入れてはいけないのだと、蓮は答えた。

「オレはどうすればいい?」

 愛良が聞いてきたので蓮はすぐにこう言った。

「ここにいてくれ。万が一、夜になっても戻ってこなかったら何かあったと思ってほしい。その時は一人でも来てくれ」

「分かった。……本当にオレがついていかなくっていいのか?」

 愛良の確認に蓮は頷く。心配してくれるのはいいが、今この「現実」をおかしいと思っている人がいなくなったらこの世界がどうなってしまうか分からない。だからこの決断は間違っていないと信じたい。


 次の日、ジョーカーは開原のデザイアに来た。あのロビーまで行くと、また放送が鳴ったので指示に従い、前と同じ場所に行った。そこには開原の姿。

「仲間達の様子を見てきたんだね。さぁ、君の結論を聞かせてくれないか?」

 開原が期待を込めて聞いてくる。ジョーカーはその期待を裏切るように首を横に振った。

「この現実は認められない。確かに、オレは人間が作ったこの世界の守り神です。あなたの言い分もよく分かる。だが、このやり方は間違っている」

「……交渉決裂、か。暴力は、あまり好かないけど」

 開原はエネミーを呼び出した。ジョーカーはレイピアを握る。そこでふと思った。

 ――皆はどっちがいいのだろうか?

 その迷いが戦闘にも出てしまった。何度もレイピアで斬り付けたり呪文を唱えたりするがエネミーには当たらなかった。そのうえエネミーの攻撃は避けきれず、傷だらけになってしまう。体力と気力だけが削られていく一方だ。

 不意に風が吹き荒れ、ジョーカーは飛ばされてしまう。壁に身体を打ち付け、頭から血が流れた。追い打ちをかけようとエネミーが力をためている。

(オレも、ここまでか……)

 目を閉じ、来る痛みに備える。しかし来るハズの痛みは襲ってこなかった。目を開くと、そこにいたのは黒い髪。

「クラウン……」

「大丈夫か?ジョーカー」

「おい、クラウン!恋人がピンチだからって突っ走るなよ!」

 どうやらクラウンがジョーカーを守ったらしい。それに続いて仲間達が来た。

「ジョーカー、その怪我……!」

 クピドが姉の様子を見て慌てたように近寄る。テュケーが回復呪文を唱え、その怪我を治した。ただ、大きな怪我は治りきらなかったのかそこだけ一段と痛んだ。

「今はあいつを倒せばいいんだな?」

「ま、まぁそうだけど……」

 クラウンはともかく、なんで皆は来たんだ?開原の現実にとらわれていたハズなのに。

 しかし、ジョーカーが不信に思っていることに気付いていないのか、皆がエネミーを倒した。

「開原先生ですよね?なんでここに?」

 ウェヌスが開原を見て、驚いたような声を上げた。

「彼がこのデザイアの主だからだ。それと、この歪んだ現実を作った張本人」

 クラウンが彼に代わって答えると、ジョーカー以外は全員驚いた顔をした。

「……君達の幸せのためなんだ」

 開原が呟くと、マルスが「そんなの望んでねぇよ!」と叫んだ。

「本当に、そうなの?」

 それに答えたのは、意外にもジョーカーだった。身にまとっている白い服は、小さな白い羽は神の言葉を伝える者のようだった。今はそれほどに、彼女が恐ろしかった。

「それは……」

 マルスが言いどよんでいると、

「君達が反逆することは分かった。改心を狙うならそれでもいい。でもまだ話し合いの余地はあるハズだ。そうだね、二月四日だ、そこで最後の結論を聞こう。君達の考えが変わらなければ、今度こそ力で決着をつけなくてはいけなくなる。そうなることは望まない。でも、僕だって譲れないんだ」

開原はそう言ってその場から消えた。

「反応、なくなった」

「追いかけるのも無理そうね」

 ヘルメスとアテナの言葉に全員納得し、一度帰ることにした。

「それにしても、蓮。危険だったじゃねぇか。死ぬところだったぞ」

 良希の発言に蓮は何も言い返さなかった。いつもなら彼女一人だけでもあのエネミーに勝てただろう。それなのになぜ今回はあの危機に陥ってしまったのか、誰にも分からなかった。

「良希、蓮だって無敵じゃないんだ。そんなこと言うな」

 裕斗の言葉に良希は「……わりぃ」と謝った。

 ファートルに戻るが、全員が静かだった。そんな中、口を開いたのはりゅうだった。

「あ、あのね!蓮がお台場に行った後、皆ここに集まったんだ」


 それは、蓮が出かけて一時間後。良希が最後にファートルに集まった。

「お前ら……」

「結局、皆集まっちゃったね」

 ほのかの言葉を最後に、皆が黙ってしまうと、風花が「あのさ」と話し出した。

「あたし、蓮に言われたんだ。今、幸せかって。初めは何言ってるか分からなかったけど、だんだん苦しくなってきて」

 その言葉にもみじも頷く。

「私も。それから、違和感があって……」

「なんで蓮が来たのかも、どうしてあたしが怪盗団を始めたのかも、何もかも分かんなくなってて……」

 愛良はそれを静かに聞いていた。再び全員が黙ってしまう。すると突然良希が「あぁ、くそ!やっぱ頭使うの苦手だわ!」と叫んだ。

「あのさ、俺ら皆、大事なことから逃げちまってんじゃねえの?」

 単純な、しかし的を射たその言葉に全員がハッとなる。

「ずっと考えてたんだ。蓮に言われて苦しかったのって、蓮の言葉が正しいと思ったからかもって。でも、それを認めるのが怖くて、目をそらしちまって」

 良希の言葉に納得する。確かにその通りだ、蓮は何かを知らせようとしていたに違いない。

「確かに、姉さんはいつも正しいことを伝えてくれる。真実に気付かせてくれる。そんな人だ」

「今あるこの繋がりは、確かなものだと信じたいものだ」

 裕斗の言葉に全員が頷く。

「今ここで何もしなかったら、蓮との繋がりが本当になくなってしまう。これも、「確かなこと」の気がする」

「でも、その「何か」に気付いてしまったら今が壊れてしまいそうで怖い。だけど、このままでいるのも嫌だ」

 風花とりゅうの言葉に口を開いたのは義明。

「そう、だよな。俺は今、確かに幸せだけど、このまま何かを見失うのは嫌だ。逃げるのは、もう終わりだ!」

 その言葉とともに、何かが割れた音が聞こえてきた。それと同時に、全てを思い出す。

「光助、なんでお前ここにいるんだよ!出頭してたんじゃねぇのかよ!?」

「オレだって分からないよ!なんで急に釈放されたんだ?」

「俺達は一体なぜ……?」

 裕斗の言葉に全員が疑問符を浮かべる。

「どうするんだ?蓮は今、お台場に行っているが」

 愛良がそう言うと、「なんでそのことを知ってるの?」とりゅうが聞いてくる。

「オレと蓮はこの「現実」がおかしいことに気付いていたからな。蓮には待っとけと言われてたんだが」

「でも、なんでお台場?あそこに何もないわよね?」

 もみじが確認すると、愛良は皆を見て、

「デザイアがある、と言ったら?」

 その言葉に皆が息をのむ。まさか、一人でデザイアに行ったというのだろうか。

「そうだとしたら危険じゃん!早く行かないと!」

 風花の言葉に全員頷いた。それを見て愛良は皆をお台場に連れて行った。


「で、そこからは本当にデザイアがあって、あとは知ってる通り」

 りゅうが話し終えると、蓮は下を向いたまま呟いた。

「……なんで助けに来たの?」

「え?」

 何を言っているのか分からなかった。まるで助けに来なくてよかったと言いたげだ。こんなぶっきらぼうに突き放そうとする蓮は初めて見た。

「この世界は開原先生の力が充満している。一か月もすれば開原先生の「現実」が本当になってしまうんじゃないかな?」

「なぜそんなことが分かる?」

 愛良の言葉に「だてに幻想世界で生まれた守り神じゃないよ」と答えた。

「お父様の時と同じだ。世界は今、幻想世界と融合しようとしている。……正確には、開原先生のデザイアと」

「それって危険じゃね?」

 良希が言うと、蓮は頷いた。

「だから、止めないといけない」

「だったら」

「でも、皆は開原先生の作った「現実」の方がいいんだろ?」

 蓮の責めるような言葉に誰も言い返せなかった。事実、蓮に言われなかったら今も開原の作った「現実」に閉じ込められたままだっただろう。

「それは」

「言い訳は聞きたくない。愛良、行こう。ここにはボクの居場所なんてないから」

 光助が何か言おうとするがそれを一蹴して蓮は立ち上がり、愛良に話しかける。愛良は「分かった」と蓮についていく。

「どこに行く気だ?」

 裕斗が止めようとするが、蓮は振り返らない。

「さよなら。皆のこと、愛しているよ」

 裏切られた今でも。

 そう言い残し、蓮と愛良はカバンを持って下に降りて行った。呆然としていたが、ファートルの扉が開く音が聞こえ我に返る。

「蓮!」

 皆して慌てて下に降りてきたものだから藤森に「どうしたんだ、お前ら」と聞かれた。

「蓮と愛良は?」

 裕斗が尋ねると、彼は疑問符を浮かべた。

「今、どっか行ったが。なんだ?あいつらなりに用事があるんじゃないのか?いつもそうだろ?」

 その言葉にりゅうが泣き出す。それを見た彼は慌てた。

「ど、どうした?あいつらに何かされたのか?」

「逆だよ、僕達が二人にやったんだ。しょうへい、どうしよう。蓮と愛良、戻ってこないかもしれない……」

「何かあったのか?」

 ただごとではないと悟った藤森は他の人に聞く。事情を話すと、藤森は悩んだ後、

「待っておくしか出来ないだろうな。蓮だって愛良だって、何も考えずに出ていくような奴じゃないだろ?」

「そうだけど……」

 でも、今回はそんなものじゃない。彼だって気付いているハズだ。自分達は蓮を裏切ってしまったのだ、自分達の「望んだ現実」によって。

「頭が冷えたら、あいつらも帰ってくるさ。だから心配すんな」

 藤森に言われ皆は俯いた。本当に帰ってくるだろうか?そんな不安を抱えながら。


 始業式にも、蓮と愛良は来なかった。長谷が風花に「成雲さんと雨宮君はどうしたの?」と聞いてきたので彼女にも事情を話す。

「そんなことが……」

「あたし、蓮を裏切っちゃった。蓮はいつも、あたし達のために動いて、自分の父親さえ改心させたのに」

「春鳴さん……」

 長谷は泣いてしまう風花に何も言うことが出来なかった。


 その頃、蓮と愛良は開原のデザイアにいた。蓮は、今回は愛良と同じ黒いロングコートだ。

「今回はそれで来たんだな」

「別にいいじゃん。今はこっちの方が慣れてるんだし」

 ジョーカーは地図を見ながらエネミーを倒して進んでいく。

「研究所ってだけあって広いな」

「そうだね。安全地帯も見つけたし、ここで一度帰る?」

 ジョーカーの言葉にクラウンは頷こうとした。しかし、ジョーカーの後ろから迫ってくる黒い影に気付き、

「ジョーカー!」

 叫んだが、間に合わなかった。ジョーカーも油断していてそれに気付かなかった。それに捕まり、ジョーカーは必死にもがく。だが、放してくれない。クラウンは助け出そうと前に出るが、

「クラウン!お前だけでも逃げろ!」

 そう指示を出すのと同時に開原がジョーカーに近付いてきた。

「クラウン、早く!お前だけが頼りなんだ!」

 だから早く逃げてくれ!

 その言葉にクラウンは「分かった。すぐ、助けに行くからな」と言って出口に向かって走り出した。それを見て、ジョーカーは満足げに笑う。

「成雲さん。君は幻想世界で生まれた守り神みたいだね」

「だとしたら、何ですか?」

 開原に問われ、ジョーカーは睨みつける。それを見て開原は「君の力の正体を暴きたい」と言った。

「は?」

 何を、言っているのだろう。冷や汗が流れた。

「それに、君を動けなくするためにも。君の血は僕の研究の役に立つハズだ」

 その言葉と同時にジョーカーは意識を失った。


 目が覚めると、白い天井が見えた。自分はベッドに寝かされていると気付く。腕を見ると、血が抜かれているのが分かった。

 ジョーカーはそれを抜き、起き上がる。既にかなり抜かれていたらしく、よろめいた。だが、ここにいたら本気で殺されるかもしれないと無理やり身体を動かす。

 せめて出口まででも。

 そうすれば誰かに助けを求めることも出来るかもしれないと思って歩いていると、

「ここは……!?」

 聞き覚えのある声が聞こえてきた。目がかすんで見えにくいが、彼は。

「おねえさん?そこにいるのは……」

「智樹?なんでここに……」

 なぜ、ゲンソウナビを持っていない彼がデザイアにいるのだろうか?

「分からないよ。気付いたらここにいて……」

 彼も困ったように目を伏せた。

「ここは危険だ、一緒に出るぞ」

 とにかく、脱出する方が先だとジョーカーは智樹と共に歩き出す。

「おねえさん、大丈夫?」

「大丈夫、ではないな。いろいろあって、オレも今から脱出しようとしているところだ」

 ジョーカーは笑みを浮かべるが、どこか力がなかった。それに気付き、智樹は周囲を見る。

「ここ、デザイアってやつだよね?おねえさんが前に言ってた……」

「そうだよ、危険な場所だ」

 智樹と話しているうちに出口に着く。

「この先に行けば、出られるハズだ」

 しかし、出る直前になってエネミーが後ろから迫ってきた。

「智樹!お前は先に行け!」

「でも、おねえさんは?」

「オレはここを食い止める。早く行け!」

 強い口調に逆らいきれず、智樹は走って出口から出た。

 一人になったジョーカーはエネミーを倒そうとナイフを持つ。しかし、血を抜かれた影響か力が入らずナイフを床に落としてしまう。

「くそ……」

 再び捕まってしまい、ジョーカーは部屋に戻されてしまった。

「全く、君って子は」

 今度は身体を拘束され、動けないようにされてしまった。


 皆がファートルに集まっていると、扉が慌ただしく開いた。そこにいたのは、

「愛良?蓮はどうした?」

 藤森の言葉も耳に貸さず、愛良は息を整える。ここまで慌てている愛良を初めて見たかもしれなかった。

「愛良、どうしたの?」

 ほのかが聞くと、息を整えた愛良は「今、ピンチなんだ。蓮が捕まった」と言った。

「蓮が捕まった?誰に」

「開原だ。あいつ、蓮に何かするつもりなんだ」

 お前達が来ないというなら、オレ一人でも助けに行く。

 愛良の言葉に顔を見合わせた。そして、

「リーダーが捕まっているなら、助け出さないと」

「そうだぜ。蓮に何かあったら困るしよ」

 皆の声に愛良は笑い、「それじゃあ、ついてきてくれ」と皆を連れて行った。


 デザイアの前まで行くと、智樹がその前に立っていた。

「智樹、どうしたんだ?」

 愛良が尋ねると、智樹は彼に気付き慌てた様子でその服を掴む。

「大変だ、おねえさんが……おねえさんが……」

「蓮がどうした?」

「ぼくを助けるために、囮に……早く、助けに行かないと……!」

 その言葉に愛良は疑問符を浮かべた。

「囮に?お前、デザイアに入ったのか?どうやって?」

「ぼくも分からない。ここら辺を歩いていたら、いつの間にか入ってて……さまよっていたらおねえさんに会って……」

 気が動転しているのか、上手く伝えられないようだった。

「ゆっくり話してくれ。蓮はどんな様子だった?」

 愛良が彼の肩を軽く掴み、目線をあわせてそう言うと、智樹は一度深呼吸してその時の蓮の様子を伝えた。

「何かから逃げてるって……その時おねえさん、壁を伝いながら歩いてた」

 顔を見合わせる。何かから逃げている?壁を伝いながら?

 嫌な予感がした。愛良は「ありがとう、すぐに助けに行くからお前は待っててくれないか?」と智樹に言うと彼は「分かった」と頷いた。

 ナビを起動し、クラウン達は手分けしてジョーカーを探す。


 ジョーカーは半分以上血を抜かれ、動くことが出来なくなっていた。拘束は解かれていたが、あまりの倦怠感に動く気になれない。目もかすんで、何も見えなかった。

(オレ、ここで死ぬのかな……)

 いや、まだいける。そう思って身体を動かそうとするが、思うように動いてくれない。力が入らない、と言ったほうが正しいかもしれない。

「あい、ら……」

 これで最期だというのなら、彼の顔を見たかった。愛する、恋人の顔を。力を振り絞って、「あいたいよ、あいら……」と言いながら腕を上げる。すると手を掴まれた。

「蓮、大丈夫か?」

 クラウンの声だ。神様は最期に自分の願いを叶えてくれたのだろうか?そう思いながら、ジョーカーは意識を飛ばした。


 ジョーカーの手は冷たかった。血の気がなくなった顔と、周りの器具を見る限り、ジョーカーは血を抜かれたのだろう。クラウンは息が小さくなっていくジョーカーをおぶって外に出た。

「見つけたのか」

 アポロがジョーカーを見て、尋ねる。

「あぁ。しかし、あまり長居するとこいつの命が危ないかもしれない」

「分かった。早く脱出しよう」

 走って出口まで向かうと、皆と合流した。

「ジョーカーは?大丈夫なの?」

 ヘルメスがぐったりしているジョーカーを見て聞いてきた。その目は泣きそうだ。

「今のところは息がある。だが、早く医者に見せないと危ないだろう」

 クラウンが答えると、ヘルメスは俯いた。しかし、ジョーカーの命が危ないと思うとこのままじっとしているわけにはいかないと歩き出す。

 現実に戻ってくると、智樹が駆け寄ってきた。

「おねえさんは?」

 その質問に愛良は先程と同じ答えを返す。そうしている間にも蓮の息は小さくなってきていた。

「今は早く医者に見せないといけない。智樹、お前も来るか?」

 愛良の質問に彼は頷いた。

 ファートルに戻り、敷井を呼ぶ。藤森も心配そうに見ていた。

 蓮を見ていると、不意に敷井が立ち上がる。

「どうしたんだ?」

 愛良が尋ねると、彼女は少し顔をしかめて告げた。

「輸血パックを持ってくる。血を半分以上抜かれているみたい」

 まさかそこまでされたとは思っていなかったため、全員が驚いた。普通の人なら既に死んでいるだろう。

 敷井が輸血パックを持ってくると、手際よく輸血を始めた。

「それにしても、すごいわね。これだけ抜かれて死ななかったなんて。さすが、守り神と言うべきかしら。それとも、気合かしらね」

「気合って……」

 でも、蓮なら気合だけでそんなことが出来るかもしれない。それ程の強さがある。

「事情はこの子が目覚めてからじっくり聞くわ。とにかく今は安静にさせて、目が覚めたら私に連絡して」

 敷井はそう言うと、仕事があるのか帰っていった。りゅうは蓮の手を握る。まだその手は冷たかった。

「蓮……早く目覚めてよ。このまま死んじゃうなんて嫌だよ……」

 その目からポロポロと涙が流れ落ちる。愛良はそんな彼の肩をポンポンと叩いた。蓮を見ると、呼吸は先程よりちゃんとしていることが分かった。一時はどうなるかと思ったが、案外大丈夫かもしれない。だが、油断は出来ないというのも確かだ。

「俺達はこいつの看病をするつもりだが、お前達はどうする?明日も学校だろ?」

 愛良は皆に聞く。彼らは悩んだ後、

「俺達も看病する」

「えぇ。私達のせいでこうなっちゃったし」

「分かった。じゃあ、オレは先に智樹を送って行く」

 皆で看病することにした。愛良は智樹を駅まで送り、全員で蓮を看ていた。


 次の日の朝方、愛良が寝ずに蓮の看病をしていると、蓮が薄く目を開いた。

「ここ、は……?」

 まだ目がかすんでよく見えなかったが、黒い癖のある髪が目に入った。それが誰なのか、分からないハズがない。

「あいら……」

「蓮。大丈夫か?」

 まだ気だるくて動く気にはなれない。しかし、少しずつ頭が覚醒すると、開原のデザイアのことを思い出した。

「そうだ、早くデザイアの攻略を……!」

 バッと起き上がると、身体がよろめいた。それを愛良が支える。

「蓮、あまり無理はするな。まだ本調子じゃないだろ?」

「でも」

 蓮が愛良と話しているうちに敷井が来た。どうやら同じように寝ずに蓮を看ていた義明が連絡していたようだ。

「成雲さん、調子はどう?少し良くなった?」

「敷井さん?えっと、ここは……」

 そこでようやくここがファートルの屋根裏部屋だということに気付く。怪盗団のメンバーも蓮が起きたと聞いて飛び起きた。

「蓮!よかった、もう起きないかもって思ってたから……」

 りゅうがまた泣き出してしまう。蓮はそんな彼の頭を優しく撫でた。

「それで、何があったの?血が半分以上抜かれてたけど」

 敷井の問い詰めるような目に蓮は言葉を詰まらせる。目を逸らすが、

「だんまりは通用しないわよ?」

 その言葉に観念して、蓮は愛良を逃がした後のことを話し出した。

「へぇ。それで無茶したんだ?」

「すみません……」

 思わず謝ってしまった。血を抜かれてからは戦っていないとはいえ、智樹を助け出すためにエネミーに立ち向かおうとしたのだ。医者に責められても何も言えない。

「あのね。他人のために戦うあなたのその姿は尊敬に値するけど。それで何かあったら何にもならないわよ?」

 ほら、おとなしくしてて、と言われ、蓮は従う。敷井は輸血パックをつけた。

「まだ血が足りてないから。今日は学校に行くのも外に出るのも禁止。ここでおとなしくしてなさい。いいわね」

「……はい」

 何も言い返すことが出来ず、蓮は渋々頷いた。敷井が帰ると、蓮は窓の外を見る。

「……早く、元の現実を取り戻さないといけないのに」

 守り神として、この幸せな「現実」を壊さないといけないのに。

 その呟きは自分を蔑んでいるようだった。皆を想うあまり、自分が今何も出来なくて、ここにいる意味が分からなくて、迷っているようだ。

「……ごめん」

 不意に、蓮が謝った。

「急にどうしたんだよ?」

 良希が聞くと、蓮は窓の外を見ながら、

「ボクは守り神なのに、皆の願いを叶えられない。いや、叶えようと思えば叶えられるんだろうけど、死者を生き返らせるとか、それはボクがしちゃいけないことだから。この現実も、認めてはいけないんだ」

 だから、ごめんと蓮は窓越しに寂しそうな顔をする。

「ボクは、皆の望む「現実」を、壊さないといけない」

 しかし、彼女のその強い意志は揺るがなかった。死にそうになったというのに。

 あぁ、だから彼女は強いのだろう。

 どんな目にあっても、決して自分の意志を曲げない。まっすぐに向き合う。それだから、自分達は彼女に惹かれたのだろう。

「……いいよ」

 りゅうの言葉に蓮は初めてこちらを見る。その瞳は黒く淀んでいた。今まで、そんな瞳の蓮を見たことがない。

 それでも、この想いは伝えないといけないとりゅうは続ける。

「確かに僕はお母さんに生きていてほしかった。でも、それじゃダメなんだよね。蓮に言われた通り、ちゃんと前に進まないといけないよね。僕、蓮の優しさに甘えてた。蓮がいなくなって初めて気付いたんだ。蓮がどれだけのものを一人で背負って、僕達を守ってくれてたか。裏切っちゃったんだから本当は責めてもいいのに、そんなことしないんだもん。確かに蓮は世界の守り神かもしれないよ。でも、その前に蓮だって一人の人間なんだから、元の現実で、幸せになってほしいって願ってる。だって、蓮は僕の、ただ一人の姉さんなんだから」

「元の現実でって……」

 その言葉に蓮は驚く。彼女の瞳に光が戻った。りゅうは笑って、

「僕も、この現実じゃダメだって思っている。お母さんだって、きっとこんな現実は望まない。僕が、前に進むことを望んでいる。だから、僕だって戦うよ」

 彼の言葉に不意に思い出す。

「そういえば、りゅうのお母さんは?」

 あれは、認知存在や幻じゃなかった。りゅうの母親は、確かにあの場にいたのだ。

「僕がこの現実が違うと認識したからか、いなくなったんだ」

「そうか……」

 それなら、狛井も白野も咲中も元通りになっているのだろう。蓮の前歴も元に戻っていそうだ。

「それなら、いい」

 この現実だからこそ、皆に出会うことが出来て、怪盗団を結成することになったのだ。父親とぶつかり、世界を平和にすることが使命となっていた。そんな現実を捻じ曲げて、何もなかったことにするなんて、蓮には出来ない。

「とにかく、今日は休め。オレ達は学校に行くが……兄貴、任せて大丈夫か?」

「もちろん。ほら、蓮。俺は下から食事を持ってくるから寝てて」

 兄の言葉に従い、蓮は横になる。りゅうは一度家に帰り、他の皆は学校に行った。

 食事を持ってきてもらって、それを食べると蓮は兄に話しかけた。

「ねぇ、兄さん。愛良にも言ったけど、ボクのしたことは間違っていたのかな?」

 誰もいないから、つい弱音を吐いてしまった。

「皆が開原先生の「現実」で幸せそうにしているのを見て思ったんだ。なんでボク、ここにいるんだろうって。皆には、ボクなんて必要なかったんじゃないかって」

 そんな蓮の背中を、義明は優しく撫でる。

「そんなことない。蓮は俺達が開原先生の「現実」に閉じ込められていても助けてくれた。蓮がいなかったら俺達は何も知らず、あの「現実」に閉じ込められたままだった。だから感謝している。だけど、りゅうの言う通り、蓮はもっと幸せになるべきだよ。元の現実でさ。蓮はずいぶん苦労したんだから」

「……そう、なのかな」

「蓮はいつも俺達のために動いてくれてるから。俺も蓮に甘えてた。蓮なら、どんなことがあっても助けてくれるって。でも、そんな甘い考えは捨てる。俺も蓮の相棒として平等に立ちたいんだ」

 その強い決意は蓮の胸に響いた。

「ありがとう、兄さん」

 そう呟き、蓮は顔を逸らした。直球に想いを告げられると恥ずかしくてどうしても目を逸らしたくなるのだ。

「蓮、耳まで真っ赤」

「言うな」

 顔が熱くなっていくのが分かる。しかし、この時が愛おしいと思うのも確かだった。


 敷井が何度か来て、輸血が終わった後、光助が蓮に「下に行かない?」と言ってきたので蓮は了承する。

「どうしたの?光助」

 蓮が尋ねると、光助は「ごめん、姉さん」と頭を下げた。

「急にどうした?」

「オレ、ちゃんと罪を償うって言っておきながら姉さんを裏切った。自分の正義に反した。だから、ごめん」

 いつまで経っても頭を上げないから蓮は「そんなことか。もういいよ、終わったことだし」と笑った。

「そんなことって……姉さん、それで死にかけたじゃないか」

 光助がようやく顔をあげると、蓮は目線を合わせた。

「誰だって、逃れたいことがあるものだよ。それはボクも理解している。でも、それが出来ないから、人間は神様とやらを作る。人間は弱いから、ボクという守り神を求めた。違う?」

「……違わない」

 腐った大人達を成敗するために。弱い者を助けるために。だから、蓮はこの世界にいる。

「でも、ボクだって人間が作った「神」だ。本当の神とは違う。だから、出来ることは限られている。お前の罪をなくすことは出来ないし、自分の前歴を消すことも出来ない。失った人を蘇らせることも出来ない。……まぁ、本気を出せば出来ないことはないだろうけど、それはしたくない。だって、それを含めて「人生」なんだから」

 そう答えてやると、弟は頷いた。

「そうだね。姉さんの言う通りだ」

「光助は頑張ってるよ。自分の罪を償おうとしてるんだから。時には逃げてもいいと思う。でも、誰かがお前のことを常に想っていること……それだけは忘れないで」

 蓮は弟の手を包み、そう言った。光助は涙を流し、姉に抱き付いた。温かく包み込む体温は彼に幸福を与えた。


 次の日、蓮が学校に行くと長谷に「大丈夫だったの?」と聞かれた。

「はい。すみません、無断で休んじゃって」

「あなたが無事ならそれでいいのよ。雨宮君も、無事でよかったわ」

 この様子だと風花あたりが話したなと思ったが、蓮はただ苦笑いを浮かべるだけだった。

 長谷が去って行くと今度は島田が話しかけてきた。

「始業式から来なかったから心配したよ!昨日は雨宮だけが来てたし、君に何かあったのかって思った」

「あー、いや。何かあったっちゃ、あったんだよな……」

 聞こえないように呟いたつもりだが、聞こえていたようだ。「何があったの!?」と顔色を変えて聞いてきた。その気迫に負けそうになるが。

「ここでは言えないこと。聞きたいなら放課後、ファートルに来てくれ」

 今日も集まる約束をしているから、と言うと島田は「分かった」と言って引いた。

「あいつ、恋人がいるって知った後も蓮に好意を持っているな」

 愛良が言うが蓮には聞こえなかった。


 放課後、本当にファートルに島田が来たので事情を説明する。聞き終えた時には顔を青くしていた。

「まさか、開原先生が?」

「大丈夫。開原先生は悪い人じゃないよ。ただ、行き過ぎた善人だ」

 他人のことを思いすぎて、おかしくなっているだけ。デザイアは悪人じゃなくても出来るというのはりゅうの時で確認済みだ。

「お前にだってあるだろ?望みとか願いとか」

「うん、もちろんだよ」

「それを全て叶えたいと思っているんだよ、開原先生は。でも、ボクはそれを認めることは出来ない」

 その言葉を聞いた島田は一度俯き、そして顔を上げる。

「君の本音は?」

「え?」

「それ、君が守り神だからだよね?現実と異世界が融合しちゃいけないからって。本当は、どう思ってるの?」

 そう言われ、蓮は黙り込んでしまう。そんなこと、考えたこともなかった。

 ボクは、どう思ってる?

 自分と向き合い、じっくり考えてみる。

「……ボクだって、幸せになりたい」

 出てきた言葉は、それだった。

「宿命だとか役目だとか、そんなの何もなくても皆と一緒にいたいし、つらいことから逃げたい。でも、それじゃいけないって思ってる」

「なんで?」

「人間はつらいことも楽しいこともあって人生を歩んでいくんだ。ただ、楽しいことだけじゃ人間は成長しない。痛みをなくしたら、人間は「人間」じゃなくなるんだよ」

 これが、出した結論だった。守り神としてではなく、「成雲 蓮」として出した答え。

「それが、君の答えなんだね」

「うん。やっぱり、この現実は認めてはいけないんだよ」

 それは人間じゃなくなるということだから。

「それでいいんだよ。君も、他人のことを考えすぎて突拍子もないことをし始める人だからね。たまにはこうして、一度立ち止まって考えてみるのもいいと思うよ」

「ありがとう、島田。まさかお前に教えられるとは思っていなかったよ」

 確かに自分は焦りすぎていたのかもしれない。ゆっくり冷静になって、どうするのか考えるべきだった。柄にもなく頭に血が上っていたのだろう。

「ぼくも役に立てて嬉しいよ。それじゃあ、ぼくは帰ろうかな。出来ることがあったら何でも言ってね」

 そう言って、島田はファートルから出た。それと同時に怪盗団のメンバーが入ってくる。

「島田、なんでファートルにいたんだ?」

「あぁ、蓮と少し話してたんだ」

 愛良が下に降りてきて答えた。後ろから義明もついてきている。

「話?どんな?」

「ちょっとね。皆に話すほどではないよ」

 そう言う蓮の表情はすっきりしたものだった。こんな顔をすることは滅多にないので不思議に思ったが、それ以上は何も聞かなかった。

「それより、この間はごめんね。話も聞かず勝手に出て行っちゃって」

 蓮が頭を下げると、全員「蓮のせいじゃないよ」と言った。

「私達の方もごめんなさい。あなたを裏切ってしまって」

 もみじが代表して謝る。蓮は首を振って、

「それでも、もう少し冷静に行動するべきだったって思ってる」

「それは、まぁ、確かにそう思うが」

 裕斗の言葉に蓮は下を向いた。そして、自分から島田との会話を話し出す。

「さっき、言われたんだ。君はどうしたいのかって」

「島田に?」

 良希の質問にリーダーは頷く。

「今まで、守り神だからってこの現実を否定してた。でも、本当はボクだって幸せになりたいって、そう言ったんだ。でも、だからって全てをなくしちゃいけない。人間は痛みがあるから前に進めるんだって、そう思うから。だから、この現実は認めてはいけないんだって、そう答えた」

 確かにその通りかもしれないと、皆思った。痛みがあるからこそ、人間は成長出来るのだと、そう感じた。自分達がそうだったから。そうやって、蓮と出会い、人生が変わった。

「でも、開原先生の意見も分からないことはないよ。そのためにボクは生まれてきたようなものだから」

 痛みを和らげるため。悪者を懲らしめるため。その両方が蓮、いや「レンカ」に与えられた使命だ。どちらか一方がなくなったら、それは「レンカ」ではなくなる。そう思っていた。だから蓮は一人焦り、壊そうとした。

「でも、ボクはボクなんだよね。守り神じゃない、一人の人間なんだ。だから、選ぶ権利がある」

「だから、「成雲 蓮」として選んだんだね」

 この「現実」を壊す方を。

 光助が聞くと、蓮は頷いた。

「皆は、どっちでもいいよ。ただ、ボクは一人でも行く」

 その強い意志に貫かれ、皆は一瞬黙ってしまう。しかし、

「何言ってるの?あたし達だって行くよ」

「確かに、開原先生の作った「現実」は幸せだった。だが、それに浸ってはいられない」

 風花と裕斗が言うと、全員が笑った。

「いいのか?今度こそ、開原先生の「現実」にはいられなくなるぞ」

「大丈夫。もう絶対に揺らがないから」

 義明の言葉に蓮は微笑んだ。

「それに、怪盗団は全会一致、でしょ?蓮一人で行かせるなんて、絶対にさせないから」

 りゅうが告げると、ほのかが「その通りだよ」と言った。

「私達だって、戦う。もう言いなりにならないって決めたんだから」

 もみじも、そう言って笑った。愛良を見ると、彼も蓮に微笑み返した。

「オレも、お前と一緒に行くさ」

「よし、それじゃあ一緒に戦おう」

 今度こそ、怪盗団は一致団結した。

 明日からあの研究施設を攻略しようという話になり、その日は解散した。


 夜、愛良に呼ばれ蓮は外に出た。愛良は蓮に背を向けたまま。

「どうした?愛良」

 兄達の前では話せないことだろうか。すると彼は初めて蓮の方を見た。

 その目は泣きそうだった。初めて見たその顔に蓮は慌てる。

「どうしたんだ?愛良。何かあったのか?」

「お前は、もし自分が消えてしまうかもしれないってなった時、どうする?」

 蓮の質問には答えず、愛良は問いかけてきた。

「消えてしまうかもしれないって……」

 どういうことだろう?すると彼は蓮の肩を掴んだ。

「お前、今度こそ消えるかもしれないんだぞ。オレを、一人残すつもりか?」

「愛良……」

「今度はお前が、オレを置いて行くつもりなのか?」

 その可能性は考えていなかった。でも蓮は幻想世界で生まれたから、確かに消えてしまうかもしれないのだ。ここまで現実を変えられてしまったら、どうなってしまうか分からない。父の時でさえ、一度消えかかったのだ。ありえない話ではない。

 しかし、蓮は安心させるように愛良を抱きしめる。思えば自分から彼にこうするのは初めてかもしれなかった。

「大丈夫。ボクは消えないよ」

「何を根拠に」

「ボクは消えない。お前達が望む限りはね」

 強い口調だった。強く、しかし弱い期待。

「ボクは、自分が消えることは怖くないよ。でも、お前達を置いて行ってしまうことは怖い。きっと、消える時には皆の傍にいたいって、そう思う」

「だったら」

 やめてくれ、と告げようとするその唇を蓮は自分のそれで塞いだ。離れると、呆然としている愛良がいた。

「だけど、それが皆のためなら仕方ないとも思うよ。だってボクは皆の認知によって生かされているんだから。でも、もしボクが本当に守り神であると同時に人間だったら、きっと消えることはない」

 確信など、どこにもない。もしかしたら開原のデザイアと共に、消えてしまうかもしれない。でも、自分は消えることはないとどこかで思っている。

「それに、一度消えたってまた会えるよ。ボクは絶対に戻ってくる」

 だから大丈夫と、自分にも、愛良にも言い聞かせる。

 「レンカ」は世界のために一度、愛する人を殺した。目の前のこの男を。それを何度も後悔した。一緒にいる今だって、その後悔は消えない。だから彼には、そんな後悔をしてほしくないと心から願っている。

「だから、もし仮に、ボクが消えたとしても自分が殺したとは思わなくていい」

 蓮の言葉に、愛良は初めて彼女の前で涙を流した。

 ごめん、と蓮は心の中で謝る。ごめんなさい、あなたにそんなつらい運命を背負わせてしまって。

「レンカ」

「何?ジョーカー」

「愛してるよ。殺されても、いつも愛していた」

「私もだよ。殺した後も、ずっとずっと愛していたよ」

 また昔のように。そんなやり取りをしていた。

 殺人者と、殺された者。それでも二人は愛し続け、時を超えてこうして出会った。その奇跡はきっと残酷な運命さえも乗り越えていける。二人はそう信じた。

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