十八章 真の正義とは?
次の日、藤森にファートルを閉めてもらって皆で集まった。
「結局、悪神が誰か分かったの?」
りゅうが聞いてくるが、蓮は首を横に振った。
「悪い……早く見つけないといけないのに……」
「君のせいじゃないだろう。簡単に見つからないのは仕方のないことだ」
裕斗の言葉に皆は頷く。蓮は「まぁ、そうなんだけど……」と目を伏せた。内心は焦っているのだ。明日までに決着をつけないといけないのだから。
「確か、蓮に関係のある人だっけ?」
「うん。そのハズなんだけど……」
社長、議員、知事、画家、研究員……有名人で会ったことのある人の名前を入力するがやはり反応がない。
「あー!ほんっとにどいつだよ!その悪神とやらはよ!」
良希がしびれを切らしたのが叫んだ。水谷も名前を出してくれるが、ナビに反応はなかった。
うーん……と全員がうなった中、愛良が口を開いた。
「もしかしたら、案外身近な人なのかもしれないぞ」
その言葉に蓮はあることを思い出す。
――あなたが生まれてから変わったのよ。
まさかと思い、蓮はその人の名前を言った。
「成雲 慶介、アザーワールドリィ」
すると「目的地が入力されました」とナビが言った。つまり、父親が悪神ということだ。頭の中が白くなる。
――お父様が、悪神ユミフラデス?
そんなわけないと思いたかった。しかし、ナビに出ている名前は紛れもなく父親の名前だ。
――そうだ、「月」のアルカナの意味は、「隠れた敵」、そして「欺瞞」……。
確かに、隠れた敵だった。まさか、父親が最後の敵だなんて……。
「蓮、大丈夫か?」
愛良が心配そうに聞いてきたので、蓮は頷いた。
「……でも、明日まで待ってくれないか?ちょっと、覚悟を決めたい」
そう言って笑ったが、愛良は彼女の手が僅かに震えていることに気付いた。
「まぁ、そうすぐに覚悟出来るもんじゃねえもんな……」
「そうね。さすがに身内だものね……」
もみじの時とは違うのだ。心の準備も必要だろうと皆頷き、この日は解散となった。
夜、義明が二階に上がった後、蓮はコーヒーを淹れる。愛良はその様子を見ていた。
「……蓮、大丈夫か?」
尋ねるが、返事はない。ただ、コーヒーカップに注いで愛良の前に置いた。自分の分も確保し、座った。
「大丈夫か?」
もう一度聞くと、蓮は首を横に振った。やはり、精神的に来たか。
「……蓮」
「分かってる。これしか方法はない」
でも……と蓮は下を向く。
「……これってさ、つまり……お父様が、ボクにわざと前歴をつけたってこと、だよね……?」
皆の前では言わなかったことだ。つまり、最初から信じたのではなく「知っていた」のだ。「信じた」と「知っていた」は全く違う意味になる。
「……そうだな」
ここで否定しても彼女の心が満たされない。だから正直に頷いた。
「……酷いな、否定してくれたっていいだろ?」
そうおどけるが、本気で思っているわけではないようだ。むしろ、正直に言ってくれてありがたいと言いたげだ。昔から、必要以上の慰めなどいらない性格なのだ。それは愛良が一番よく知っている。
「……コーヒーを飲んだら、外に出よう」
愛良は立ち上がり、二階にいる義明に「ちょっと出かけてくる」と告げた。義明は「分かった、気を付けてね」と二人のコートを渡しながら言った。
コーヒーを飲んで、コートを着た二人は外に出た。そして、公園まで行きベンチに座る。
「蓮、ここなら誰も聞いていない。だから、全てを吐き出せ」
そう言うと、蓮は俯いた。そして、
「……正義って何だろうって、思った」
正直に答えた。
「ボクはさ、いろいろな人を改心させてきた。法律に逆らっていても、弱い人を救うことが出来る……それが自分の信じる「正義」だと思った。……だけど、いざ身内を改心させるってなった時、それが揺らいだ。信じていたものが本当なのか分からなくなったんだ」
今更だよね……と蓮は自嘲した笑みを浮かべた。
「……もみじも、そうだったのかな?こうやって悩んで、決めたのかな?」
もみじは、自分の姉を改心させた。前から改心させたいと思っていたようだったが、いざそうなった時、どんな気持ちだっただろうか。今更になってその苦しみに気付く。
「……でも、ここで逃げちゃいけない。世界が滅びてしまうから。だから、改心させないといけない」
その使命を忘れたわけではない。悩んでいても、明日には決着をつけないといけないのだ。蓮は笑うが、それはただの強がりだと分かった。
「……正義は、人それぞれだと思う」
愛良は蓮を見つめながら、そう言った。驚いた彼女は彼の方を見る。
「お前の思う正義も一つだろう。もちろん、「法律を守るべき」というものだって多くの人にとっては正義なんだ。人には人の「正義」がある。度を過ぎれば迷惑になることもあるが、その人にとっては許せないものだからそんな行動をとる。オレ達が今までしてきたことだって、全ての人が認めるとは思っていないだろ?それでも、それを貫いた。……それが、お前の正義なんじゃないか?」
確かにその通りだ。「真の正義」など、どこにもない。人によって違うのだから、時には揺らいでもいいのだ。ただ、最後まで信念を貫けばいい。悪いことさえしなければ、それはいずれ人々に受け入れられる。逆に言えば、信念を折ってしまえば今まで貫いてきたものも意味がなくなってしまう。
――そう、ボクはただ、この「信念」を貫けばいいだけ。
父親を改心させて、世界を救う。たとえ自分が消えることになっても。
「ありがとう、愛良」
「別に構わない。オレはオレの役目を果たしたまでだ」
だって、主人の苦しみに寄り添うのも従者の役目だろう?
二人は主人と従者どころか恋人という関係さえも越えている間柄だ。彼女を支えてやりたい……愛良がそう思うのは当然のことだった。
「蓮、愛してる。たとえお前が消えたとしても、ずっと愛し続けるさ」
愛良はそう言って蓮の肩を抱き寄せた。
「……ボクもだよ。この身が消えても、ずっとお前を想い続けるよ」
それは儚い恋人同士の、約束だった。
その頃、ファートルでは義明が皆とチャットをしていた。
『ちょっといいかな?』
『どうしたんだ?義明』
『やっぱり、蓮が心配で……今、愛良と外に行っているんだけど』
『まぁ、そうだよね……あたしも正直心配……急に父親を改心させろって言われたんだもんね』
『愛良が傍にいてくれるなら安心だけど……やっぱり身内の改心はつらいわよね。私はいずれしたいって思っていたから早い段階で覚悟はしていたけど、やっぱり怖かったわよ』
『そうか、もみじも姉さんを改心させたもんな』
『私も、咲中さんを改心させるってなった時、前の記憶があるから正直怖かったよ。だけど、蓮が何とかしてくれようとしてくれたから耐えられたの』
『うん。僕も、蓮がいたからどんなに怖くても耐えられた。だから、今度は僕達が蓮を支える番だよ』
『そうだね。それもだけど……打ち上げの時、気になることを言ってたよね。「みすみす消えるつもりはない」って。……蓮って、消えるつもりなのかな?』
『どういう意味?』
『蓮ってさ、遡っていけば幻想世界で生まれたわけだよね?……父親を倒したら、蓮の役割もなくなってこの世界からいなくなってしまうんじゃないかなって』
『さすがにそれはねぇんじゃねえの?』
『……いや、ありえる、と思う。実は僕もその言葉が気になって、一人で幻想世界に行った時少し調べたけど、蓮と幻想世界は強く繋がってる。無理やりにでも引き剥がさない限り、切れないようになってるみたいなんだ』
『それは本当?』
『うん。しかも、引き剥がすとなったら蓮に相当な負担がかかる。ほとんど不可能に近いんだ。……もし悪神がいなくなったら、蓮は本当に消えるかもしれない』
『何か蓮が残る方法はないの?』
『一つだけあるよ。……蓮は光から生まれた。人々の「希望」から生まれたんだ。だから、僕達が強く願うこと。それが、蓮がこの世界に残る唯一の方法だよ』
『そう……あたし、蓮にたくさん助けてもらった。同じように蓮を助けたい』
『私もよ。たまには年上らしいことをしたいわ』
『俺もだ。蓮にはまだ恩を返していないからな』
『俺も。これから兄らしいことをしたいって思っているんだ』
その時、二人が帰ってきた音が聞こえてきた。
『ごめん、二人が帰ってきた。やめるね。明日は渋谷に集まろう』
義明のそのチャットに皆は『分かった、また明日』と送って終わった。
「兄貴、何やってたんだ?」
二階に上がってきた愛良が尋ねた。義明は「明日のことだよ、渋谷に集合だって」と答えた。愛良は「ふぅーん……」と不思議そうに見ていたが、
「まぁいい。それより蓮がホットミルクを作ってくれるみたいだが、一緒に飲むか?」
特に言及してくることはなく、彼は誘った。義明は「すぐ行くよ」と笑った。
下に降りると、丁度ホットミルクを作り終えたところだった。
「コーヒーの方がいいかもしれないけど、眠れなくなりそうだからこっちにした」
蓮は笑ってコップを前に置いた。そこから憂いはなくなっている。やはり、愛良が話を聞いてくれたのだろう。
「蓮、大丈夫?」
それでも心配で、義明は受け取りながら聞いた。蓮は「うん。愛良に話を聞いてもらったから悩みもなくなった」と言った。
「……お父様を改心させよう。そして、「トリックスター」としての役目を果たそう」
変革者としての役目を、この少女は担って生まれ落ちた。悪神を倒せるのは、彼女しかいない。
「もちろん、俺達も協力するよ。おじさまに罪を告白させよう」
そうして、世界を救う。この少女がかけようとしている命と共に。
彼女が作ったホットミルクは温かく、優しい甘さがあった。
成雲 慶介はアザーワールドリィの地下深くにいた。
……ここは、かつてレンカと戦った場所。ここで彼女の愛する人を殺させた。それでも彼女はこの世界を滅ぼすまいと相打ちに持ち込んだ。
彼は自分の娘に対する恋心を自覚していた。正確には、彼女の中に宿るレンカに対しての、だが。しかし、それは同時に叶わぬものだと知り、狂いそうになる。いや、既に狂っているのだろう。だからこそ、今度こそ殺そうと決めたのだ。そうして、彼女が憧れていたこの世界を滅ぼす。
……明日こそ、どちらが真に人間に受け入れられるのか、決着をつけようじゃないか。
なぁ、我が娘よ?せいぜい無様に抗ってくれ、愚かな変革者よ。
次の日、ファートルで皆と合流し、渋谷に行きナビを起動する。そして、地下の方に向かった。
車を走らせていると、ウェヌスが「その……ジョーカー、大丈夫?」と聞いてきた。
「お父様なら、絶対に地下にいるハズだよ。気配を感じるから」
「そうじゃなくて。……本当に、お父さんを改心させるの?」
聞いてもいいのか悩んだが、やはり聞かずにはいられなかった。ジョーカーは静かに笑い、
「……そうするしか、ないから。だから、仕方ない。刺し違えても、必ず改心させる」
それは、一種の覚悟だった。殺してでも、この世界を救う……。本当の犯罪者になってでも、役目を果たすのだという、そんなものだった。
「今は、迷っている場合じゃないよ。普段はあがらない警戒度があがってきてる。エネミーもどんどん仕掛けてくるよ」
地下を進んでいくと、確かにエネミーがいつもより多くいた。ジョーカーは車でひいていくが、やはり倒れない奴もいるもので、そういったエネミーとは戦っている。
「疲れてきたぜ……」
「じゃあ、車で待ってて。あいつがいる前の扉で一度祝福の祭壇に行こう」
確かに、クラウン以外の人達に疲れの色が見えてきた。今回はコーヒーに加え、カフェオレやはちみつ入り牛乳なども作ってきたし、敷井からたくさん栄養ドリンクや薬も買ってきた。しかし、ここで使うわけにはいかないだろう。それだけ、ユミフラデスは油断ならない相手なのだ。
強いエネミーが現れ、ジョーカーとクラウンが車から飛び出す。
「アテン!」
「リベリオン!」
二人はアルターを召喚し、闇呪文を唱える。しかし、倒し切れずエネミーはクラウンに攻撃した。だが、かすり傷なので後で回復させることにした。
「ミカエル!」
ジョーカーはさらに大天使を召喚し、光呪文でエネミーを倒した。車に戻り、先に進む。
そうして地下の奥深く、大きな扉の前についた。そこで一度祝福の祭壇に向かう。
「ここって、アザーワールドリィじゃないの?」
休憩する間、ディアナが聞いてきた。
「皆に分かりやすく説明するなら、ここは守り神の「デザイア」だ。アザーワールドリィとは少し違う。だけど、ここには欲望がなく、ただ希望があるだけの場所。だからオレは光から生まれた」
「牢獄世界はアザーワールドリィにあるが、そこだけ切り取られた空間になっている。デザイアの他に自立した世界を持っているのはここだけだな」
「なるほど……何となく理解したわ」
「完全に理解は出来ないと思うけどね。ただ、そういうものだと認識してもらったらいいよ」
少なくともここはジョーカーを害さない限り、敵対することはないということだ。その点で言えば確かにアザーワールドリィとは違うかもしれない。どちらかと言えばデザイアに近いが、大衆の希望が影響しているところからするとアザーワールドリィとも言える……。ジョーカーの言う通り、ここのことはどれ程時間をかけても完全に理解は出来ないのかもしれない。
「それにしても……」
マルスがジョーカーとクラウンを交互に見て呆れたような声を出した。
「なんで膝枕なんだよ?」
「こうやったら早く疲れが取れるってクラウンが言うから……」
そう、クラウンがジョーカーの膝に頭を置いているのだ。敵が現れないので別に構わないのだが、何をやっているのだろう?この元異世界の住人達は。
「いいなぁ、僕も膝枕してほしい」
「別に構わないぞ。交代しよう」
「許可を出すのはオレなんだけど?まぁいいんだけど」
クラウンがどいたのでヘルメスがジョーカーの膝に頭を置いた。
「……確かに、回復する……気がする」
「オレの膝は回復床じゃないんだぞ」
決して、守り神だからそういったご利益があるとかそんなものではない。
本気なのか冗談なのか区別がつかないが、とにかくもうそろそろ行こうという話になり、立ち上がる。
祝福の祭壇から出ると、ジョーカーは謎を解いていく。すると、大きな扉が開いた。中に入ると、痛みが走ったが前ほど酷いものではなかった。
その中心にはジョーカーの父親が立っていた。
「……来たか、レンカ・ピースガーディアン」
「……ユミフラデス」
成雲 慶介の形を借りた悪神ユミフラデスは怪盗団の方を向く。黒いロングコートの方でもレンカだと分かったようだ。そして、クラウンを見て高笑いをあげた。
「そいつも復活したか!だが、コウノスケは間に合わなかったみたいだな!」
「あなたの目的は何です?弟にまで手を出して、なぜこの世界を滅ぼそうとするのですか?」
ジョーカーは皆を庇うように前に立ちながら、どうせ答えてはくれないだろう質問を投げかけた。案の定、まともな答えは返ってこなかった。
「俺はお前を殺す!コロスコロスコロスコロスコロスコロス……!」
父親の身体が闇に包まれたかと思うと、聖杯の形になった。
「来るよ!」
ヘルメスの言葉と共に戦闘が始まった。
「ミカエル!」
ジョーカーがアルターを召喚し、ミカエルが覚えている雷呪文を唱えるが効いている様子はない。悪とはいえ相手はやはり神、本来従うべき大天使の攻撃はあまり効果的ではないのかもしれない。
「リベリオン!」
ならばと今度は反逆の魂で攻撃するが、これも効いている様子はない。あまり効いていないのは、人間のアルターだからだろうか。
他の人達もアルターを召喚して呪文を唱えるが、どれも効いている様子はなし。
「ふん……人間など、所詮その程度……」
聖杯は力を溜め始めた。
「あの攻撃に当たったら危険だよ!すぐに防御して!」
ヘルメスが叫ぶが、遅かった。ジョーカーとクラウンはかろうじて防御に間に合ったが、他の人達は直に当たってしまう。
「皆!」
ジョーカーは近付こうとするが、ヘルメスが「僕が何とかする!ジョーカーとクラウンはそのまま攻撃を続けて!」と指示を出したので二人は頷く。
「アルセーヌ!」
「アテン!」
二人は万能呪文で攻撃しようとそれぞれアルターを召喚した。だが、そこで気付いた。相手の体力が全回復していることに。
「くそっ!これだとこちらの体力と気力が失われていくだけだぞ!」
クラウンが舌打ちをした。ジョーカーも同じ気持ちだ。
このままでは、世界が……!
しかし、現実は非情なものだった。聖杯がビームを放った。避けきれず、二人も倒れてしまう。
「フハハハハ!人間は俺を選んだようだな!」
ゴゴゴ……!と大きな音が鳴る。聖杯にひびが入った。それと同時に怪盗団は弾き出された。
しりもちをつき、周囲を見るとそこは渋谷の街中だった。
「そんな……負けた、の……?」
ほのかが呆然とそう呟く。そんな中、蓮は落ち着きのない様子で周囲を見渡していた。
「蓮、どうした?」
愛良が尋ねると、蓮は「幻想世界と、融合しそうになってる……!」と告げた。それと同時に周囲が変化していく。異質なものが出て来たり、空中に道が出来たり……。しかし、怪盗団の人達以外は気にした様子もなかった。
「まさか、見えてないの……?」
もみじの言葉に「多分、協力者達以外は見えないんだろうな」と愛良が答えた。
「な、なんだ⁉どうなっている……⁉」
そんな中、その場にいた茶髪の女子高生が驚いたように周囲を見渡していた。どうやら彼女はこの異常事態に気付いているらしい。
「み、皆さん!早く避難した方が……!」
彼女が叫んでも、ほかの人達はわけが分からないと言いたげな目を向けた。彼女の知り合いらしき人達も必死に訴えているが、聞こえていないふりをされている。
皆が怪盗服になる。もうここは「現実」であり「幻想世界」ということだ。
「あいつ……!やりやがった!」
クラウンが再び舌打ちをする。ジョーカーは「大丈夫、今ならまだ間に合う」と落ち着かせるように言った。
「でも、どうやって……?また地下に降りるの?」
ウェヌスが聞いてきた。ヘルメスが「反応は空からだよ。多分、そこに奴がいる」と答えた。
「分かった。だが一度祝福の祭壇で回復しよう。皆も疲れているだろうからな」
ジョーカーの言葉に皆が頷き、もう一度祝福の祭壇に向かった。
皆に栄養ドリンクやカレーなどを渡し、食べてもらっている間ジョーカーはコーヒーを飲みながら考える。
(やばいな……このままでは、皆死んでしまうのがオチだ。だが、ミカエルじゃあいつを倒すには不完全……対抗出来るのは悪魔、か……)
リベリオンなら、チャンスがあるかもしれない。だが、一つ問題なのはリベリオンが「成雲 蓮」の……「人間」のアルターであるということ。力を持っていない時の奴なら勝てただろうが、今の奴にはリベリオンだけでは勝てない。
(……いや、可能性は、ある)
リベリオンが完全に覚醒すれば、倒せる。本当に、「最悪の手札に残る最後の切り札」だ。しかし、これは同時に賭けでもある。
(自覚しろ……オレは今、刃物の上に立たされている)
それも、一歩でも動くと怪我をするほど鋭く研がれている刃物の上に。ここからの逆転はほぼ不可能に近い。だが、諦めなければ道は拓ける。
『我を信じろ、我が主……』
リベリオンの声が聞こえてきた。その声に導かれるように目を閉じた。
目を開くと、かつてクラウンと共に過ごしたあの広い牢屋の真ん中に立っていた。目の前にはリベリオンとミカエル、それから今まで仲間にしてきたアルター達の姿。
……ここは、ジョーカーのデザイア。ジョーカーが作り出した「夢」だ。
「我が主」
リベリオンはジョーカーの手を取った。そして騎士の如く手の甲にキスを落とす。
「我はお前と共にいる。共に賭けに出ようじゃないか」
「……そうだね。それしか道はないみたいだし。ミカエルも、それでいい?」
「あなたがいいのなら、私は従うだけです」
己のアルター達は皆、自分に従うと言いたげだ。それなら、自分のやることをするまでだとジョーカーは思った。
再び目を閉じ、開くと祝福の祭壇に戻っていた。クラウンが「どうした?」と近付いてきた。
「リベリオン達と会ってきた。お前と夢で会っていたところで」
「あぁ、あそこか。懐かしいな」
彼が現実に出て来てから、もう一か月が経ったのか。時の流れとは早いものだ。
同時に、この運命に決着をつけないといけない。勝たないと、全てが壊れてしまうから。
「さぁ、行こうか――」
最後の決戦へ……。
渋谷に戻ると、先ほどの女子高生に声をかける。
「すみません、ここを頼んでいいですか?」
「……!はい、もちろん」
彼女の強い瞳に背中を押され、先に進んでいく。途中、他の大天使達に出会った。
「立ち去れ……お前も同じ「御使い」なら分かるだろう?」
神のメッセンジャーであるガブリエルがジョーカー(正確にはジョーカーの中に宿っているミカエル)に対してそう言った。彼女は「あなた達こそ、どちらにつくべきか分かるでしょう?」と言った。しかし、まるで聞く耳を持たない。
「この世界は滅びる運命にあるのだ。それに抗うなど愚か者と言う他ないな」
「愚か者はあなたです」
ジョーカーはミカエルを召喚し、「フリーズ」と氷呪文を唱えた。ミカエルは、神話では戦いを司る天使と呼ばれている。どちらが有利かなんてすぐに分かることだ。
しかし、もう一人大天使が現れる。それは癒しを与えるというラファエルだった。ラファエルはガブリエルを回復させたのだ。
「これは長期戦になる!皆、頑張れ!」
ジョーカーがそう叫んだ。ヘルメスは最大限サポートをする。
ディアナが最初に状態異常呪文を唱える。それでラファエルが猛毒状態になると、今度はジョーカーが念力呪文で攻撃する。それなりにダメージが入ったようだが、とどめには至らなかった。
ジョーカーに続いて皆が強力な呪文を放つ。
「オスクリタ」
最後にジョーカーが闇呪文でラファエルを倒す。
すると周囲から天使達が複数現れた。その天使達はクラウンに光呪文を放った。
「うわっ!?」
彼のアルターのアテンは光呪文が弱点だ。避けきれず当たってしまい、しりもちをついた。
「クラウン!?ヘルメス、フォロー頼む!」
「任せて!」
天使が追撃しようともう一度光呪文を放つが、ヘルメスがクラウンを守ったのでその攻撃が当たることはなかった。
「ライトニング!」
ジョーカーがオーディンの雷呪文で攻撃する。その間にクラウンが立て直した。
「オスクロ」
そしてアテンの闇呪文で天使一体を倒す。しかし、まだたくさんいた。
「まだ逆らうか。愚か者のトリックスターよ」
ガブリエルがジョーカーに対して告げる。
「世界を滅ぼすわけにはいかない。この身が消えても」
そう言ってジョーカーはリベリオンを召喚した。
(やっぱり、ジョーカーは……蓮は、消えるつもりなんだ)
ヘルメスはジョーカーの言葉を聞いて、悲しくなった。彼女は自分の信じた正義のためなら、どんなものでも犠牲にする。たとえそれが、自分の命でも。
(それが蓮の美徳でもあるけど……僕達は)
彼女と一緒に生きたい。そう願うのは罪だろうか?
「奪え!」
その声と共に、リベリオンが闇呪文を放つ。それでガブリエルも倒れた。たくさんいた天使達は他の人達が倒していた。
ボロボロになっていたが、祝福の祭壇に向かう時間がないのでジョーカーが皆を癒す。
「この先に、ユミフラデスがいる。進んだら、もう後戻りは出来ない」
準備は出来ているかと尋ねる。
「もちろんだぜ。決着をつけてやろうじゃねぇか」
「そうだよ。世界が滅びるのはあたしも嫌だし」
「俺とて、このまま負けるつもりはない」
「私も自分の正義を貫くわ」
「僕も精一杯頑張るよ」
「私も世界のために戦う」
「俺だって、相棒としてジョーカーの傍で戦うよ」
「オレは、お前と共に戦ってきた。今こそ、終止符を打とう」
皆、笑って頷いた。それを見てジョーカーは満足そうに笑う。
「じゃあ……行こう」
そして決戦の地へ歩き出した。
一方その頃、地上ではパニックに陥っていた。
「な、なんだ!?これ!?」
「いやぁ!」
「早く避難してください!」
地形がおかしくなったり、人が消えたり、様々なことが起こっているのだ。大天使達を倒したことで、ようやく人々は女子高生達の声に耳を貸し、目覚めたようだ。
その声は、悲鳴は、ジョーカーの耳にも届いていた。
(気付くのが遅すぎる……でも、人ってそんなものなのかもね)
失って初めて、人は己の愚かさを知る。自分の身が危険にさらされて、ようやく弱さを知るのだ。そうして神に頼る。だから、レンカが生まれた。
(そうして、オレは役目を終える……)
長年続いた「神話」は、終わりを告げるのだ。
怪盗団は再び、成雲 慶介の前に立った。
「ふん……負けたというのに、再び来るか。トリックスターよ」
あの頃と同じだと、彼は笑う。しかし、彼は誤算していた。
――レンカが、今までと違うアルターを所有しているということを忘れていたのだ。
「……大天使で勝てないのなら――」
ジョーカーはリベリオンを召喚した。そうして、鎖を掴み、振り切る。すると鎖が壊れた。だが、何も起こる気配はない。
「召喚し損ねたか。所詮、人間の……」
しかし、空が曇っていることに気付いた。そこから「何か」が降りてくる。
それは漆黒の堕天使だった。今では「悪魔の王」と呼ばれる、それは……。
「奪え、サタナエル」
神の、禁断なる第二子。これが、リベリオンが真に覚醒した姿だったのだ。
「頑張れ!怪盗団!」
島田の声が響いてくる。
「こんなところで負けるんじゃないぞ、お前ら!」
藤森がまるで子供を応援するように叫んでいる。
「ここまで来て、負けるとかなし!」
「あなた達なら、運命にも打ち勝てる!」
「私達、応援してるから!」
「頼んだわよ、怪盗団!」
「どうか、この呪われた宿命に打ち勝って!」
敷井、早坂、長谷、秋川、そして母親の声だ。
「お前達がやらなくて、誰がやるんだ!」
「この声で強くなれるなら、いくらだって叫ぶよ!」
「おねえさん、この世界を救って!」
「未来を作り出してくれるのは、怪盗団しかいないんだ!」
金井、水谷、智樹、晃の声。それがサタナエルの力になっていく。
「お母さん!今こそ悪神に勝って!」
「そうしてこの世界を救ってください!」
「トリックスターと呼ばれたあなたなら、それが出来るハズです!」
ユリナ、マリナ、テミス。彼女達もジョーカーのために応援してくれる。
「私も、微力ながら力を貸そう……」
シャーロックがサタナエルをさらに強くした。
「どうか、この「運命」に打ち勝ってくれ!怪盗団!」
そして茶髪の女子高生の声とともに、力が強化された。あぁ、彼女は――。
そこから聞こえてくる人々の声。「希望」がジョーカーの手に集まってくるのを感じた。
「ふふ。どうやら人間は、私の方を選んだようですね?」
ジョーカーは銃を自分の父に突きつけた。サタナエルも手を前に出した。
「失せろ。「ユミフラデス」の魂」
そして、引き金を引いた。銃弾がサタナエルの闇の力を帯びて父親の眉間を撃ち抜く。
小さな金の指輪が現れる。それを拾うと、ジョーカーの姿が薄れていっていることに気付いた。
「駄目!」
ヘルメスが慌てて抱きしめると、ジョーカーの姿が少しずつ戻っていった。本人は驚いたような顔をする。
「なんで……オレ、消える運命だったハズなのに……」
ジョーカーがそう呟く。やはり、消えようと思っていたのだ。また、誰にも相談せずに。
「……!簡単に消えるとか言わないでよ!」
ヘルメスが泣きそうな目で見つめ、叫んだ。
「僕達、まだまだジョーカーと一緒にいたいよ!そのために戦ってきたんだから!」
その必死な声にジョーカーは彼の頭を撫でた。
「……ごめん。もう大丈夫、皆が想ってくれているから、消えないよ」
なだめるように優しく声をかけると、ようやくヘルメスが離れた。
ジョーカーは指輪を持ち、成雲 慶介の中にいまだ残っているユミフラデスの傍に行った。
「……ユミフラデス」
「レンカ……」
「今回は、私が勝った。あなたのオタカラは、ありがたくいただく。……それにしても、まさか指輪とはね。しかも、結婚指輪みたいだ。誰か好きな人がいたのか?」
尋ねると、彼は黙りこんだ。しかし、数分して白状するように答えた。
「……俺は、お前のことが好きだった」
「私?」
その答えにジョーカーは驚く。まるで気付かなかった。
「あぁ。だが、叶わぬと知った時、暴走してしまった。そして、全てを破壊しようとしたんだ。俺の弱さがこの事態を生んだんだ」
なんだ、つまりちゃんと話していればよかっただけじゃないか。
ジョーカーは白いワンピース姿になった。そして、ユミフラデスの隣に座る。
「……今のあなたと私は、ただの家族だ。そしてこれからも、あなたと私が結ばれることはないだろう。だが、話すことなら出来る。共に語り合おうではないか」
ジョーカーが言うと、ユミフラデスは頷いた。心なしか、少し笑顔だった。
語り終えると、全てが元通りになっていた。あたりを見渡しても、ユミフラデスの姿はどこにもない。
「終わった、のか……?」
良希が尋ねると蓮は「そうだね。ボクとあいつとの戦いは終わった」と言った。
「後は改心しているかだけど……」
「そこは様子を見るほかないだろ」
そうやって話していると、空から白いものが降ってきた。
「あ、雪……」
「道理で寒いわけだ」
「光助、大丈夫かな……屋根裏部屋に人がいないからってストーブつけてないんだけど……」
各々が好きなように語り出す。それを見て蓮も僅かに笑った。
「神話」は終わる。それを他の人達が知ることはないのだろう。
だが、それでいいと思う。だって、これは「語られざる物語」だったのだから。
愛良が傍に来る。そして、蓮の肩に腕を回した。
「……よかった。お前が消えなくて」
生きていれば、絶対にまた一緒に過ごせる。それに安堵した。
「……うん。ボクも、消えなくてよかった」
蓮は愛良に寄り掛かった。
雪は、悪神を倒した少女達を祝福しているようだった。




