十七章 選挙結果と僅かな後悔
目が覚めると、そこは牢獄世界だった。服はいまだに囚人服のままだったが、これはまだ悪神を倒していないからだろう。
「お母さん」
ユリナが呼ぶ。蓮は檻に近付き、シャーロックの言葉を待つ。
「おめでとう。お前は自分の弟も改心させることが出来たな。傲慢の豪華客船も崩壊させた。さすが、守り神だ」
「ありがとうございます」
彼がその言葉を放つということは、改心は成功したということだ。
「さて、最後は悪神との決戦だが……準備は出来ているかね?」
「……はい」
「先に告げておく。この戦いが終わったら、お前は消えるやもしれぬ。それだけは心に留めておくように」
そう忠告されて、蓮は下を向いた。ユリナとマリナが心配そうに見ているのが分かる。
「……大丈夫、あなた達は心配しないで」
幻想世界が消えるわけではないのだ。牢獄世界も……いや、「ファントムゲート」も消えることはない。ここにいる限り、この子達は安心だ。ここは悪神に知られないようにして作り上げたところだから。
「そういえば、お前が私を作り上げたことが縁だったな」
「そうですね。そうしてあなたに「夢の使者」としての役目を与えた」
レンカがいない間、幻想世界を監視させるために作ったのがシャーロックだった。この空間を作り上げ、そこに住まわせた。
不意に蓮はしゃがみ込むと、影から白い髪に黄色い瞳の少女を作り上げた。
「この子は?」
「あなたの好きに名前を付けてください。この子達は……ユリナとマリナは、いずれボクが引き取ります。だからあなたが寂しくないようにもう一人作ったんです」
「そうか。なら、この子は「テミス」だ」
「掟の女神、ですか。まぁ、いいですね」
掟があるから、自制出来る。なるほど、確かにここの住人にふさわしい。少女――テミスは周囲をキョロキョロしている。
「大丈夫ですよ、ここには危険がありませんから」
蓮がそう言ってやると、彼女は安心したように蓮に寄り掛かって目を閉じた。それを見てユリナとマリナが頬を膨らませた。
「今度やっていいから。ね?」
笑いかけると、二人は「いいの!?」と元気になった。
「ジョーカーは元気にやってるか?」
「もちろん。元気ですよ」
「お前が気に入ってくれたようでよかった」
そういえば愛良もここの住人だったと思い出す。生まれた順としてはレンカ、コウノスケ、シャーロック、ジョーカーだ。……まさか、シャーロックが自分のためにジョーカーを作ってくれるとは思っていなかったので驚いたものだ。
「おっと、刻限の時間だ」
ジリジリジリと大きな音が響き渡り、目覚めの時間だということに気付く。
「ユリナ、マリナ。また今度ね」
蓮は笑って、腕を伸ばし二人の頭を撫でた。
次の日、光助の様子を見るが、やはり目覚める様子はない。まだ学校には行けないので三人で光助を見る。
「大丈夫かな……?」
「安心しろ、生きているからいずれ目を覚ますさ」
心配そうな蓮に愛良は優しく背をさする。彼としても義弟だ、心配ではある。しかし、希望を持っていれば大丈夫だと紛れもなくかつての彼女から教わった。
「そうだね。……ボクも昔、三日間ぐらい目覚めなかったことあるし」
「それ、いつの話?」
「一周目だね。まだループとか知らなかった頃だ」
義明に聞かれ、蓮は答える。愛良は「まだオレが蓮の心に現れることが出来なかった頃だな」と笑った。
「そういえば、なんであのタイミングだったの?」
アルターを覚醒させた時点で出てきてもよかったと思うのだが。
「お前にデザイアが出来ただろ?それで、お前が壊れないようにお前の前に出ることが許されたんだ。事実、オレやヨッシーがいなかったらお前は二周目以降どこかに行っていただろ?」
それについては事実なので否定は出来なかった。蓮だって、あの時は精神的に強かったわけではなかったから。
「でも、一応それ以前の記憶もあるんだろ?」
「あぁ。あの時は文字通り「お前」だったからな。光助や兄貴との記憶があるのも当然だろう。……オレだけに二千年前の記憶があるのはさすがに驚いたがな」
確かに、蓮は全く覚えていなかった。思い出した今でも正直、自分が守り神だなんて信じられない。
「デザイア?でも、アルター使いにデザイアって出来ないよね?」
義明が気になった言葉を取り出して聞いてきた。それに蓮は「あぁ、確かにアルター使いにはデザイアは生まれない」と前置きし、
「だけど、ボクは特殊で二つアルターがあるから。多分、心が壊れたというのと、完全に覚醒していなかったから出来たんじゃないかな?」
実を言うと、リベリオンの方はまだ大きな力を秘めている。そしてそれは、恐らく「悪魔の力」だ。
「それにしても……やはりお前に似ているな、光助は」
愛良がそう言って光助の髪を撫でた。確かに、双子だからか顔は似ている気がした。
「二人みたいに顔が似すぎているってわけじゃないけどね」
義明は蓮と愛良を見て笑った。まるで鏡に映ったように似ている。性別が同じだったら見分けがつかないだろう。
同時に、二人の子供も見てみたい気がした。ユリナとマリナは「レンカ」に似ているのだろう、白髪に青目だ。子供は五人いたようだが、あとの三人は「ジョーカー」に似ていたという。
「どうしたの?兄さん」
「いや?……ただ、二人の子供はどんなふうになるんだろうなって」
「子供って……まだ早いよ」
兄の言葉に蓮は頬を赤く染めた。だが、結婚を前提に愛良と付き合っているのは事実だ。
「でも、そうだね……もし仮に子供が生まれたとしたら……ボクより力の強い子が生まれるかもしれないね」
蓮の使える能力は癒しの力、トルースアイ、防御の術、過去と未来を見る能力、そして言霊だ。蓮は全部自分で制御出来る。だが、本来は簡単に制御出来るものではない。特に言霊は、人間には扱いかねる能力だ。なぜなら言葉一つで世界をも操る力を持つから。そして、蓮の子供はその力を持つ可能性が高い。だから、蓮がストッパーにならないといけない。
――まぁ、消えなければ、だけど。
自分は幻想世界で生まれた「守り神」だ。悪神を倒したら、シャーロックの言う通り消えてしまう可能性がある。悪神も幻想世界で生まれたのだ、それを止められるのは同じ神である蓮だけだ。
――世界の歪みに、挑む覚悟はあるか。
かつてシャーロックはそう言った。「トリックスター」としての役目を果たせるか、という意味だ。
「兄さんも、子供が出来た場合は気を付けた方がいいよ。特別な能力を持たないとも限らないからね」
義明も、過去を見る能力がある。過去の記述を見る限りだと、青い瞳の人は何かしらの能力を持つようだ。蓮と愛良が特殊なだけで。力を扱いきれず、身を滅ぼした人も少なくない。
――まぁ、この様子だと兄さんは大丈夫だろうけど。
彼は完全に扱いきれている。きっとその子供も同じように扱えるだろう。もしくは何の能力も持たず生まれるか。後者だったらいいと思う。それに振り回されるよりは何も持たない方がいいのだ。
「そう、だね。俺もそれでずいぶん怖がられたし」
「……ごめんね、先祖がいろいろな力を使えるがばかりに」
「神」ゆえに、様々な力を扱うことが出来る。しかしそれは人間にも受け継がれてしまった。……恐れられてしまうのは仕方のないことだ。
「別に、「レンカ」のせいじゃないでしょ?元はと言えば人間が作り出したんだから」
「そうだけど……」
「俺は、この力を持ててうれしいよ。それで蓮がどれだけつらい目に遭っていたのか分かったんだから」
やはり、この兄は優しい。「ヨッシー」の時から、いや、それ以前からずっとそうだった。そうやって蓮を庇ってくれる。
「別に、責めてもいいんだよ?ボク……「私」のせいなのはかわりないんだし」
レンカが悪神に勝っていたら、こんなことにはならなかった。それを後悔している自分がいる。
「でも、それだと蓮には会えなかったんだよね?なら、この運命に感謝しないと」
「……本当に、前向きだね」
確かに、兄の言う通りかもしれない。裏を返せば、この運命がなければ蓮はこの世界に生まれてこなかった。皆に会うことも出来なかっただろう。……確かに、そう考えればよかったのかもしれない。
「それに、光助や愛良とも会えたし。愛良、俺のかわりに蓮を守ってくれてありがとう」
「どういたしまして。オレとしては、当然のことをしたまでだが」
レンカを守るのは従者の役目だ。殺された時はどうしてなのかと思ったが、あの時はああするしかなかったと後になって気付いた。それに、レンカの涙を見たら恨むに恨めない。本当に後悔して、苦しんで、そんな中で悪神を封じた。そんな人を、どうして責められるだろう?
「それにしても世界を救うため、か……蓮も成長したね」
「それがボクにとっての「正義」だからね」
人間嫌いなこの性格は一生治らないのかもしれない。だが、今は信じられる人がいる。それだけでこの世界を救うのには十分だ。
光助のためにも、この運命にけじめをつけないといけない。こんなところで負けるわけにはいかないのだ。蓮はそう、決意した。
次の日、蓮は外に出る。さすがにこのままではいけないと家を探そうと思ったのだ。保護観察期間が終わるまで蓮はあそこに住まないといけないだろうが、義明は今更家に帰るわけにもいかないだろう。愛良も、どう誤魔化すべきかまだ決まっていない。だからと言ってこのまま三人(今は四人だが)で住むわけにもいかない。
しかし、すぐに見つかるわけでもなくファートルに帰った。
「どこに行ってたの?」
義明に聞かれ、蓮は正直に答えた。すると、
「あぁ、俺ならここでいいよ。いざとなれば下のソファで寝ればいいし」
そう答えたのだ。それでいいのか、兄さん……と思ったが、確かにベッドは前使っていたものと今使っているダブルベッドがあるし、ソファも程よく固いものだ。今慌てて探さなくてもいいのかもしれないと考え直した。
――いまだに地元へ帰るかはまだ迷っているわけだしね。
それに、無事に帰れるとも限らない。そう考えて、急に怖くなった。
――本当に、消えてしまうのだろうか。
シャーロックが可能性の話をしただけなのは分かっている。ただ、真実を伝えただけだ。蓮がそれに伴う覚悟を決めるために。
――でも、ユミフラデスを倒さないと、世界が滅びてしまう……。
果たして、期限までに覚悟は決められるのだろうか。そもそも、「ユミフラデス」は誰なのか。何もかもが怖い。こんな恐怖は初めてだった。
「……蓮?どうしたの?」
兄が蓮の顔を覗き込んだ。蓮は慌てて「何でもない」と笑った。
「本当に?何かあるなら、話してた方がいいよ」
「本当に、大丈夫。ごめんね」
こんなところで弱音を吐いているわけにはいかない。気高くいないといけないのだ。
夜、隣で寝ている愛良が話しかけてきた。
「……蓮」
「どうしたの?」
「お前、何か隠していないか?」
その言葉にドキッとした。おかげでせっかく来ていた眠気がどこかに行ってしまう。
「……シャーロックに会っただろ?お前、何かしたか?」
「えっと……一応、ユリナとマリナはいずれ引き取るから、かわりに女の子……テミスを作ったくらいかな?」
「それ以外では?」
有無を言わさぬその瞳は何かを確信しているようだった。
……彼には、言った方がいいだろう。
義明は眠っている。りゅうも寝ているだろう。なら、話した方がいいと愛良にはシャーロックに言われたことを全て話した。
「やはりな。……お前、無表情や笑顔で全てを隠すからな。オレが目を光らせていないとすぐにどこかへ行ってしまう」
「……愛良」
蓮は彼の胸に顔を埋める。心臓の音、彼が生きている証。
――彼を殺したあの日、心を占めたのは「絶望」だった。
今同じ選択が出来るのかと聞かれたら、絶対に無理だと答える。それほどに、彼を失った時の虚無感は酷かった。
あの時の過ちは、もう繰り返さない。皆は、自分が守る。自分がどうなろうとも、守り切る。蓮は心に強く誓った。
次の日、久しぶりにアザーワールドリィに入ろうという話になった。光助は心配だが、まだ藤森が店にいる時間だし大丈夫だろうと判断してのことだ。
「ターゲットは……十五人か。冬木 昭人のデザイアを優先させていた割には少ないな」
「そうだね。もっとたまってるかと思った」
確認して全会一致したのでアザーワールドリィに行った。
今日はクラウンが運転していた。ジョーカーは黒いロングコートの方だ。
「お前、あっちの方じゃなくていいのか?」
「別にいいだろ?こっちの方が慣れてるんだし、ユミフラデスを油断させることも出来るだろうしね」
ユミフラデスが誰か分からない今、白い服の方は控えるようにしている。必要になったらもちろんそちらの方になるが、今はそこまで緊急でもない。皆で話しながら、改心させていった。
現実に戻る前、最後にサポートエネミーを調節しようと牢獄世界に入った。
「来たか、レンカ」
「ちょっと調節したくてね」
「そうだな……サポートエネミーを別々に使いたくはないか?」
いきなり何を言っているのだろう?確かに、リベリオンやミカエルを召喚した後いちいち付け替えるのは面倒だが。
「少しいじらせてもらうぞ」
そう言ってシャーロックは指を鳴らした。……変わった様子はない。だが、前より力が湧いてくる気がする。
「今、サポートエネミーを「アルター」にした。これで幾分かは楽になるだろう」
「……ちょっと召喚してもいいですか?」
そう言うとジョーカーは怪盗服になった。一時的に解放された、ということだろう。仮面に触れ、「アルセーヌ」と言った。すると、赤と黒の略奪者が単独で現れる。
「へぇ……これならいいかもしれない」
囚人服に戻るが、まぁ、この結果は満足だ。
そうしてサポートエネミー改めアルターを調節し、戻る。クラウンが「どうだった?」と聞いてきたのでサポートエネミーがアルターになったことを伝えた。
「なるほど、神の祝福が強化したんだな」
「そういうことだね。多分、クラウンも出来るんじゃない?」
今のうちに確かめようとクラウンも「オーディン」と言うと、それが現れた。
「それで、ちょっと試したいことがあるからもう少し付き合ってくれない?」
そう言って車を走らせる。そして、エネミーと対峙した。
「リベリオン」
自分の本来のアルターを召喚し、
「ダークネス・ライトニング」
そう唱えると、闇呪文の中に雷が混ざった攻撃が放たれる。どうやらこの力も健在のようだ。クラウンもアテンを召喚し、「オスクロ・フランマ」と唱えると闇呪文の中に炎が混ざった攻撃が出来た。
「これで攻撃の幅が広がったな」
「そうだな、つまりその属性単体も出来るということだからな」
今まではリベリオンかミカエル、もしくはアテンに何かをつけるという形だったので必ず闇か光属性が混ざっていたのだ。それがアルターになったことでその属性だけで攻撃出来るようになったのだ。これは本当にありがたい。
確かめたかったのはこれだけと現実に戻った。
「地下にはいかなくてもよかったのか?」
「あぁ。どうせユミフラデスと対峙する時に向かうからいいだろ」
愛良と話していたその時、急に全身が痛んだ。思わずしゃがみ込んでしまい、周囲の視線を集めてしまう。
「大丈夫!?」
義明が蓮の背中をさする。蓮は「身体が、痛い……!」と必死に訴えた。
「まさか……幻想世界と融合しようとしているのか?」
愛良が蓮に聞いてきた。蓮は「それはまだ大丈夫、だと思う」と答える。もし融合しようとしているなら、もっと痛むハズだ。
兄におぶってもらい、皆でファートルに帰る。二階のソファに座る頃には痛みはだいぶ引いていた。
「……多分、近い内に現実と幻想世界が融合する。それまでに決着をつけないといけないね」
蓮は目を伏せながら、そう言った。愛良は「……ユミフラデスか」とうなった。
「今の幻想世界は穢れているからな。これは近い内に「祝福の祭壇」も見に行った方がよさそうだ」
「そうだね。……明日、三人で行ってくるよ」
報告は学校が終わってからする、と言って解散した。
夜、「身体、痛まない?」と義明に聞かれた。
「今は大丈夫。……でも、多分二十四日までに何とかしないといけないな。とりあえずは冬木 昭人の改心を待つけど……」
「選挙結果は土曜日だったな。改心していればいいが……」
もしこのまま行ったら、彼が総理大臣になってしまう。そうなったら日本は崩壊するだろう。その事態だけは避けなくては。
今日はゆっくり寝た方がいいと言われ、蓮は先に眠りについた。
蓮が寝た後、義明が愛良に話しかけた。
「ねぇ」
「なんだ?兄貴」
「蓮はさ、一人で何か抱えていない?」
蓮の性格を知っているがゆえの質問だった。愛良は正直に言うか悩み、蓮の意思を尊重して「大丈夫」と答えた。
「だが、兄貴もちゃんとこいつを見ていてやってくれ。それだけでもこいつの励みになるだろうから」
「……そう。君も、ちゃんと見ていてくれたんだね」
「オレはこいつの一部だったからな、こいつがどれだけつらい目に遭ってきたのか分かっているつもりだ。……だが、二千年前のことはよく分からない。人間から冷ややかな目を向けられていたことは知っているが、どれだけつらかったかは分からないんだ。……オレも、ある意味では一人の「人間」だからな」
コウノスケも、シャーロックでさえ、レンカが作り出した人間なのだ。そんな中、一人だけ別の存在……それはどれ程孤独だろうか。
「……ある意味、レンカとユミフラデスは同類なんだ。だから、蓮があいつと決着をつけるしかない。オレ達は、ただ協力するしか出来ないんだ」
「……守り神と悪神、だったっけ?人間が作り出した神様って意味では確かにそうかもね。でも、蓮は「人間」だよ。それは変わりない」
そう言って微笑む兄に愛良は笑った。
「……その言葉、こいつに言ってやれ。きっと喜ぶぞ」
そう言って、蓮の髪を撫でた。
次の日、三人で祝福の祭壇に向かう。
「……ちょっと、やばいかもね」
蓮がそう言うと、義明は「穢れてる?」と聞いてきた。それに答えたのは愛良。
「悪神の力が混じってる。……蓮、結界を張れるか?」
それに頷き、蓮は結界を張った。僅かにだが、澄んだ気がする。
「一応、これでここまで侵略することはないだろうけど……」
「どうする?ここを見張っておくというわけにもいかないだろ?」
「そうだね。月曜からオレとお前は学校だし。……まぁ、ちょくちょく来ることにするよ」
というより、それしかない。現実では学生の身である今、幻想世界の見回りだけに時間を割けないのだ。
現実に戻り、夕方までファートルで過ごす。皆が集まり、状況を説明する。
「つまり、祝福の祭壇が侵略されかけていたってこと?」
もみじが確認すると、蓮は頷いた。
「近い内に、現実が幻想世界と融合する可能性が高い」
「だが、まずは冬木 昭人の改心だ。奴が罪を告白しない限り、怪盗団の無実は証明されない」
「ただ、証明されてもどうなるかは分からない。もしかしたら、大衆には受け入れてもらえないかもしれない」
そこは成り行きに任せるしか出来ない。そう言うと、「もう支持率は気にしないよ」と風花が言った。
「そうだね。今は怪盗団と蓮の冤罪が晴らせればいいもの」
ほのかが答えた。それに皆が頷く。
「そう、だね。ボク達は、自分達の美学を貫いた。それで十分だ」
寂しく笑う蓮に気付いたのは愛良だけだった。
「お前、本当は消えたくないんだろ?」
皆が帰り、義明も二階に上がって蓮達もあがろうというところで愛良にそう言われた。振り向くと、愛良が悲しげな表情で見ていた。
「……そうだね」
蓮は正直に頷いた。誰だって消えたくないだろう。たとえ世界のためであっても。
「だけど……それしかないって言うなら、仕方ないよ」
だが、それより皆を守る方が大事だと、そう思う。その考えは、二千年前から変わっていない。
「……お前はそんな奴だったな。何よりまず「守ること」を優先させる。オレの時も、本当はどうやって助けるかを考えてくれたんだろ?」
「……………………」
「黙っていても分かるぞ。オレは「お前自身」だったんだからな」
確かにその通りだ。ジョーカーを殺したあの時、彼が助かる方法を考えた。……だが、いくら考えても出てこなかった。だからこそ後悔した。後悔して、彼といつか会えるようにと心の中に魂を住まわせた。
「……ありがとな、そこまで想ってくれて」
「恋人を大切にするのは当然のことだろ」
「お前は「愛」を知らなかった。そんなお前が誰かを「愛する」というのは奇跡なんだよ」
そんなに大袈裟なことではないだろ、と蓮は笑う。しかし言った本人は大真面目だ。
「あ、もしかして「愛良」って……」
そこで思い至る。愛良は笑って頷いた。
「そうだぞ。「I Love You」から取った。「オレはお前を一番に愛しているよ」」
その言葉に蓮は顔を赤くした。まさかそんな意味だとは思っていなかった。
――ここまで愛してくれるなんて、本当にこいつは……。
一応、自分を殺した相手なのに。普通、嫌うものではないだろうか?……こいつはそんなことないのかもしれないな。
蓮は今まで「愛」というものに不信感を抱いていた。しかし、彼や「ヨッシー」と会うことでそれが少しずつなくなってきた。いまだ人間不信気味ではあるが、最初の頃より幾分もマシになっただろう。
それと同時に、皆を守りたいとも思った。それこそが自分の使命だと感じた。
「……これからもよろしくね、愛良」
「もちろんだ」
二人は笑い合った。
次の日、愛良の制服が届く。一度試着し、丁度いい大きさだったのでついでにと蓮の制服と一緒に洗いに行った。
「月曜日からこれを着るのか……」
「お前、きっとモテるだろうな」
二人で笑い合いながら話をしていると義明が「楽しそうだね」とやってきた。
「兄さん、光助の様子は?」
「いまだに目覚める気配はないかな。学校にはなんて連絡してるの?」
「正純高校に?適当に探偵業が忙しくてと伝えているが……いつまでそれが通用するかだな」
もちろん、自分が姉であることは伏せている。血の繋がりはあっても、戸籍上はそうではないのだ。それに、あの有名な成雲家の令嬢の隠された弟というだけで光助が好奇の目で見られるのは目に見えている。それだけは避けてあげたかった。
「そうなんだ……まぁ、その方がいいかもね」
「不審がられたけどね。関係者だって言ったらとりあえずは信じてもらえたよ」
「実際、関係者だけどね」
確かに、と思う。怪盗団としても、きょうだいとしても、関係者であることは間違いない。
乾燥機までかけて、ファートルに戻る。するとりゅうが「ねぇ、これ見て」とスマホを見せてきた。
「えっと……「芸能界の有名事務所の社長が枕営業をさせている」……?」
「これ、本当だとしたらやばくない?」
確かに、枕営業は違法だ。しかも実名まである。
「田口 ひろし……芸能界のドンと呼ばれている人物だな。人気美人女優を妻に持つ、まさに成功者だ。ボクも一度、会ったことがある」
まだ幼い頃ではあったが、彼が社長として駆け出しの時に会ったハズだ。
「どんな人?」
「少なくとも、違法営業をさせている印象はなかったよ。でも、人は見た目によらないからね。水谷さんに聞いてみようか」
そういった裏情報はマスコミである彼に聞いた方がいいだろう。そう思って早速水谷に連絡する。
『どうしたの?成雲さん』
『突然ですみません。欲しい情報があったので連絡しました』
『欲しい情報?怪盗団に関係ある?』
『そうですね。場合によっては改心させないといけない人物です』
『分かった、それじゃあ夜、いつもの場所に来てくれる?俺もアトーンメントに聞いてみる』
『分かりました。先に聞きますが、情報料は?』
『話が早いね。それじゃあ雨宮君と一緒に来てくれない?昔の君達のことを聞きたいんだ』
『愛良にも伝えておきます。では、また後で』
チャットを終えて愛良に事情を話し、一緒に水谷のところに行こうと言った。
夜、二人で水谷のところに向かった。
「やぁ。来たね、二人共」
「それで?何を聞きたいんですか?」
「そうだね。それじゃあ、どうやって生まれたの?あちらの世界……幻想世界って王女とかいるの?」
「王女はこいつだ。こいつだけは人々の願いや希望、いわば「光」から生まれた奴だな。こいつの弟のコウノスケはレンカが光から作り、シャーロックは光と闇を混ぜて作ったみたいだ。オレはシャーロックに作られたな」
質問に答えていく。彼は手帳にそれをメモしていった。
「さて……それじゃあ本題に入ろうか」
満足したのか、彼から話を切り出される。
「田口 ひろし……アトーンメントにも確認して俺の方にも情報が入ってるけど、確かにそれは事実の可能性が高いみたいだね。枕営業のせいで自殺したアイドルもいるって噂がある」
「自殺……白野の時みたいだな」
裕斗の兄弟子も、盗作に耐えかねて自殺したと聞いている。それと似たような状況だろう。
「そういえば、そんな話もあったね。まぁ、田口については俺達の方でもっと調べてみるよ」
「ありがとうございます」
また明日会う約束をし、二人は帰っていった。
ファートルに着くと、皆にチャットで水谷から得た情報を共有する。ほのかが前に一度田口事務所と会合したのでその時どうだったかを聞いてくれるようだ。
情報の方は明日にまわし、この日は眠りについた。
次の日、協力者達も含め皆で集まる。テレビでは冬木 昭人が当選したことがニュースになっていた。しかし、
「ただ……私は総理大臣に向いていません……あの、かの有名な成雲家のご令嬢様に罪を擦り付け、自分の養子にも酷いことをしてきました……凛条高校の校長が亡くなったのは、私が殺せと命じたからです。それを、怪盗団に擦り付けました……」
その自白に周囲が慌ててしまい、放送が止められた。それを見て、良希がガッツポーズをした。
「よっしゃ!改心成功したぜ!」
心なしか、皆満足そうだ。藤森も、笑って「打ち上げ、するか?」と聞いてきたほどだ。それだけ嬉しいことだったのだろう。
「蓮、手伝ってくれ」
「分かりました」
エプロンをつけ、カウンターに立つ。その様はまさに「女マスター」だった。
コーヒーを淹れ(良希にはジュース)、皆の前に置いた。藤森はカレーを準備している。
「ところで、冬木君は大丈夫?」
秋川が心配そうに聞いてきた。蓮は「光助はまだ目覚めてなくて……」と目を伏せた。
「そう……そういえば、「成雲 光助」が本名だったわね」
「彼に何か用ですか?」
尋ねると、秋川は少し悩んだ後、
「成雲さん、いいかしら?」
蓮の方を見て、聞いてきた。それに蓮は頷くと、一度息を詰まらせて頼んできた。
「警察に出頭してくれないかしら?」
「お姉ちゃん!?何言って……!」
もみじが止めようとするが、蓮が制して「……どうしてですか?」と聞いた。
「冬木 昭人の罪を証明するにはどうしても「あちらの世界」を知る人の証言が必要になるわ。本当は精神崩壊事件の実行犯である冬木君に出頭してほしかったのだけど……」
「……なるほど」
「もちろん、ただでとは言わないわ。私が皆を守ってみせる。そして、あなたの無罪も勝ち取ってみせるから……」
その言葉を聞いて、蓮は考える仕草をした後に愛良の方を向いた。
「愛良」
「なんだ?蓮」
「お前との、最初で最後の取引だ。
もしボクが出頭したら、皆を守ってあげてほしい。もちろん、光助も」
その言葉はすなわち、出頭するということだ。藤森は皿を落としそうになる。しかし、その前に……。
「お前……」
「……ボクだって、みすみす消えてやったりしない。だから、これは「お願い」だ。もし仮にボクが消えたら、お前がかわりに出頭してくれないか?」
「……お前は、そういう奴だったな」
自分のことは後回しで皆を守る、そんな人間。だからこそ、自分は彼女を守りたいと思ったのだ。愛良は蓮の前に跪いて右手を取り、手の甲にキスを落とした。
「仰せのままに、王女様。……どうかご無事に戻ってきてください」
「分かりました。私も誓いましょう。皆を守り切ると」
その姿は王女と忠誠を誓う騎士のようだった。いや、事実そうなのだろう。
愛良は立ち上がり、蓮に彼女が怪盗服の時につけているドミノマスクを渡した。
「これは?」
「オレがこっちに来た時に持っていたものだ。二つあるから、一つはお前に渡す」
それを受け取り、智樹に「つけてみて」と言われたのでつけた。すると怪盗服姿になる。まさかこうなるとは思っていなかった。
「これ、もしかしてシャーロックから貰ったのか?」
「よく分かったな」
「こんなもの作ることが出来るのはボクかシャーロックぐらいだ」
まさか現実でも怪盗服になることが出来るとは。ここにいる人達は知っているからいいのだが、もし何も知らない人がいたらどうするつもりだったのだろうか。
仮面を外し、力を抜くと元に戻った。ただ仮面を外すだけでは戻らないようだ。
「アルターも召喚出来るだろ、これ……人前ではつけないようにしないとな……」
「つけると言ったらお前、いつまで伊達メガネつけているつもりだ?」
愛良に言われ、蓮は「だって……」と渋った。
「大丈夫、外してみろ」
彼が蓮のメガネを取る。蓮は思わず目をつぶったが、もう一度「大丈夫」と言われ、恐る恐る目を開く。
「……歪んで、ない……」
目を見開いた。こんなに世界は綺麗だったのか。
メガネをかけた理由は世界が全て歪んで見えるようになったからだった。全てを直視出来なくなり、怖くなってメガネをつけた。だからこそ驚いた。今まで歪み、かすんで見えていたのが嘘のようだ。
「だから言ったろう、大丈夫だと」
「世界って、こんなに綺麗だったんだね……」
「人によって見える世界は違うって言うけど、あなたにはどんなふうに見えてたの?」
長谷の質問に蓮は正直に答えた。
「そうだったの……」
「今日は本当に特別な日なんです。
――一年前の今日、丁度奴と……冬木 昭人と出会った日ですから」
忘れもしない、一年前の十二月十六日。女性を助け出し、奴に罪を押し付けられた。そこから、「幻想怪盗団」の物語は始まったと言っても過言ではない。愛良は「そういえばそうだったな」と頷いた。
「お前がこちらに来てなければ、何も始まらなかった。だからこそ「特別な日」なんだな」
「そうだね。最初はまさか怪盗をやるなんて思わなかったけど」
しかも壮大な遊戯につき合わされるなんて、あの時は思わなかった。そしてもうすぐで、悪神に仕掛けられたこの遊戯は終わる。
「愛良、今度こそ一緒にこの世界を救おう」
「あぁ。オレ達の完全な「勝利」のために」
そして、その先にある自分達の「未来」のために。
そう言って、二人は握手した。
「というわけで、メガネ返してくれ」
「なんでだ?もう隠さなくてもいいだろ?」
「さすがに、前歴者が突然メガネを外したら怖がられるだろ……」
「もうそんな心配はいらないと思うんだがな……」
お前もつけるか?と蓮は聞く。愛良が頷くと、蓮は二階から伊達メガネを持ってきた。
「何個あんだよ……」
「三個だ。壊れた時のために何個か持つようにしてる」
さて、とメガネをつけた蓮は話を切り上げる。
「打ち上げの前に、解決しないといけない問題がある」
「「芸能事務所の社長の枕営業問題」だね」
「そのことなんだけどね」
水谷が話に割り込んできた。何か分かったことがあったのだろうか。
「自殺したって言うアイドルの子、元若手俳優で今はモデルのマネージャーさんの妹の可能性が高いんだって。その役者さん、妹が自殺したすぐ後にマネージャーになったって」
「元、俳優……確かに、そこからいきなりマネージャーは急だな。何か企んでいてもおかしくない」
「それから、これは私がお父様から聞いたことなんだけど……田口事務所と打ち合わせした時、相手方の女性達からホテルに誘われたんだって。それを断ったっていうのが真相みたい」
「接待係、というわけか」
「つまり、完全な「クロ」というわけだな」
水谷とほのかの話から察するに、新人アイドルやグラビアアイドルはただの「接待係」ということだろう。女を物として見ている。
「どうする?冬木 昭人の改心は上手くいっているようだし、打ち上げは後にして改心させに行くか?」
蓮が尋ねると皆が頷いたのでこれは全会一致になった。
「あ、もし行くならこれも協議してくれないかな?」
島田がスマホを見せてきたので皆で確認する。
「えっと……親からの虐待?……なるほどね」
蓮が何かを考えこんだので、気になった島田は「どうしたの?」と聞いてきた。
「いや……親から虐待されるのはずいぶん堪えるだろうなと思っただけだ」
「……蓮……」
義明がつらそうな顔をする。彼は知っているのだ、彼女がどれだけ両親の虐待に耐えてきたのか。話を聞いている仲間達も目を伏せた。そんな中、愛良は蓮の背中を叩く。
「……この親を改心させよう」
「そうだね。手遅れになる前に」
蓮は大人達の理不尽のせいで何も信じられなくなった。痛みも感じなくなってしまっていたし、料理の味も分からなかった。彼女にとって、食事は楽しむものではなく生命活動に必要な「行為」と化していたのだ。痛みも感じないから、怪我をしていても気付かない。もちろん、今は皆のおかげでそんなことはないが。だから、ここまで酷くなる前に助けてやらないといけないのだ。
「ねぇ、ぼく達もついて行っていい?」
智樹が聞いてくる。蓮は少し考えて、
「まぁ、いいよ。その代わり車の中にいてね」
と答えた。今回来るメンバーは智樹と島田、晃、そして金井だ。金井は息子が危険な目に遭わないかどうか監視するために来るそうだ。
アザーワールドリィに行き、最後の壁のところに行くとそこが開いた。その先に進むと歪んだところがあった。
「しっかり掴まっておけよ?」
ジョーカーが宣言した後、スピードを出してそこに突撃した。
そこにはいかにも芸能事務所の社長と言った風貌の男が立っていた。
「そこで見てろよ?」
四人にそう言って、怪盗団は車から飛び出す。男――田口は「噂の怪盗団か?」とジョーカー達を見て言った。
「おれにプロデュースされに来たのか?」
「そんなわけないでしょ!?女の子に何させてるのよ!」
ウェヌスが反論する。ジョーカーは銃を突き付けて、
「現実に戻って全てを話せ」
そう言うが、田口は「うるさい!営業させてやってるんだ、その代価が必要だと教えてやってるんだよ!」と怒鳴った。
「ジョーカー!相手が攻撃態勢に入った!」
ヘルメスの言葉にジョーカーはナイフを持って飛びのいた。間一髪、水呪文に当たらずにすんだ。
田口がエネミーの姿になる。ジョーカーの「ショータイムだ!」の声に皆が動き出す。
「相手は弱点がない!クラウンは「アテン」の万能呪文で応戦してくれ!ウェヌスは水呪文に気を付けろ!」
「戦力差は互角!油断しなければ勝てるよ!状態異常も効くと思うから、ディアナは呪文を唱えてみて!」
ジョーカーとヘルメスの指示に皆は従う。
ディアナの呪文で恐怖状態になっているエネミーにジョーカーは念力呪文を唱える。そこに追い打ちをかけるようにクラウンが万能呪文を唱えた。そしてさらにマルスとアポロが物理呪文で攻撃した。
そこで田口が仕掛けた。ディアナに状態異常呪文を放ったのだ。混乱状態になったディアナはジョーカーに「テラ」と呪文を唱える。だが、ジョーカーは状態異常が効かないので意味はなかった。
「ディアナ!落ち着け!」
クラウンが止めに入るが、こうなったら止まらない。混乱状態になって厄介なのは状態異常系の呪文を使う彼女なのだ。
今度はテュケーに呪文を唱える。すると、恐怖状態になってしまった。
「こ、怖い……!」
「テュケーが恐怖状態!早く癒さないと逃げ出しちゃうかも!」
恐怖状態は厄介で、エネミーに対して強い恐怖を抱くのだ。それで攻撃が出来なくなり、場合によっては逃げ出してしまう。
ディアナは、今度はマルスに猛毒の状態異常呪文を唱えた。これは文字通り毒状態になり、体力が削られる状態異常だ。しかも、動きにくくなってしまうのだ。
「クソッ……このままじゃ体力がなくなっちまう……」
このままでは収拾がつかなくなってしまう。仕方なくジョーカーとクラウンは一度エネミーに攻撃するのをやめ、癒しの力で三人を回復させた。
「ごめんなさい!」
「いや、いいさ。それより今は奴を倒すことだけを考えるぞ」
そうして再び対峙する。ジョーカーはリリスの状態異常呪文で相手を洗脳させた。洗脳は自分達に有利になるように出来るのだ。ただ、今回は倒すことがメインなのでそのまま攻撃を続行する。
そうして何とか勝った怪盗団は田口のフェイクに「今までの罪を告白しろ」と告げる。それに頷き、彼は消えていった。
車に戻り、「どうだった?」と聞くと智樹が「かっこよかった!」と興奮気味に乗り出した。
「特にお姉さんが!」
「ここでは「ジョーカー」だ」
「あ、そうだったね。えっと……ジョーカーが的確に指示を出しているのがすごかった。確か、ジョーカーが怪盗団のリーダーなんだよね?」
「あぁ。ほとんどの指示はオレに任されてる。見て分かる通り、車の運転もオレかクラウンかアテナがやってる」
「クラウン?アテナ?」
「私がアテナよ」
「オレがクラウンだ」
アテナとクラウンが言うと、島田は「あぁ、生徒会長さんと雨宮ね」と頷いた。
「……本当は、オレ達の力を借りずに自分で罪を認められたらいいんだがな」
ジョーカーの言葉にテュケーは「そうだね……」と頷いた。
「でも、現実では改心されたと知らずに罪を話す」
「そうだね。それは確かにその通りだよ。……でも、オレは怪盗団が「完全な正義か」と問われたら、素直には頷けない」
「なぜだ?怪盗団は悪人しか改心させていない」
「それは「自分達で決めた基準での悪人」だろ?人によって善悪は違うんだ。クピドの言う通り、オレ達の行為はもしかしたら「悪」なのかもしれない」
「いいことをしていてもか?」
「「結果論として」だろ?……本来、怪盗団は「なかった方がいい集団」であることには変わりない」
人によっては、怪盗団は「人格を強制的に変えている集団」と言うだろう。だが、その意見も正しいのだ。
「まぁ、人々になんと言われようが、己の信じる正義を貫く……そのことに変わりはないが」
運転しながら、ジョーカーは笑みを浮かべた。その笑みは全てを受け入れたものだった。
虐待しているという両親も改心させて、少し鍛えた後にファートルへ戻った。すると既に打ち上げの準備が整っていた。
「どうだった?」
「お姉さんがすごいって思った!」
「成雲、まるで別人みたいでした!あれが「怪盗」なんですね!」
藤森が聞いてきたので智樹と島田が答えた。晃も「宝箱を開ける時とか、戦い様とかが怪盗らしかった」と感想を告げる。
「俺が組にいた時もあんな風には暴れなかったぜ。さすが、元極道を騙しただけあるな」
「それ、褒めているんですか?」
貶しているわけではないだろうが、恐らく褒めてもいないだろう。
「感心してるんだよ。あんな風に俺の作った武器は使われてんのな」
「本物だと認知すれば本物になるので」
もっとも、二千年前に使っていたレイピアはあちら側で出来た本物の刃物なので現実に持ち出すことは出来ない。
「ほら、早く打ち上げを始めよう」
水谷がそう言ったので空いているところに座り、藤森の淹れたコーヒーを持った。
「レンレン~。そこはジュースだろ」
良希が唇を尖らせるが、蓮は聞く耳を持たなかった。
「それじゃあ、冬木 昭人の改心を祝って……」
「乾杯!」
風花の掛け声と共にコップをぶつけ合った。
打ち上げが終わり、片付けを終えた三人は光助の様子を見る。
「……まだ目覚める気配はなし、か」
「あの時はお前が死んだり光助が改心したり、いろいろあったからな……」
蓮が離れようとすると、袖を引っ張られた。
「……う、ねえ、さん……」
光助を見るが、目は開いていない。うわごとのようだ。蓮は彼の髪をすきながら「大丈夫、ここにいるよ」と優しい声で言った。
「光助も、お前のことが好きだからな。甘えたいんだろ」
「……そうだといいな」
彼は今まで甘えることが出来ない環境にあった。だから目覚めた時、少しでも甘えることが出来たらいいと思う。その時には既に蓮はいないのだろうが。
「……こいつさ、多分、ボクときょうだいだということに気付いていたんだよね」
蓮はなおも撫でながら呟く。
「ボクがりゅうに優しくしている時、いつも羨ましそうな目で見てたんだ。……今思えば、こいつに相当酷なことをしていたんだよな、ボクは。……本当に、酷いことをした」
寂しそうな、そんな目を思い出す。実の姉が自分のことを弟だと気付かないで、他の人を可愛がっていたなら……それはどれだけつらいことだろう。
「……それは、これから改善すればいいことだ。こいつだって許してくれる」
「でも、ボクは出頭するって約束した。もちろん、ユミフラデスを倒してからだけど……」
来週には決着をつけないといけない。そしてその後は……消えるか、出頭するか。どちらにしろ、蓮はいなくなる。
――それは自分の信じた正義を貫くためだ。悪人の罪を暴く……それが与えられた使命だから。
しかし、少しだけ後悔もしている。もし自分が現実に興味を持たなかったら、彼もこんな運命に巻き込まれずにすんだだろうと。結局、全ての元凶は自分なのかもしれない。そう考えると彼の目の前から消えた方がいいのではないかとも思うのだ。
「……オレは、お前が現実に来てくれてよかったと思っているぞ」
心を読まれたように愛良に言われ、蓮は驚く。今は一緒じゃない、だから心など読めるハズもないのだが……。
「お前の考えていることぐらい、何となく分かるさ。だが、考えてみろ。もしお前が「現実に行きたい」と思わなければ、オレも光助も生まれていない。シャーロックだっていなかったんだ。お前も、皆に出会うことはなかった。……あの時から、既にオレ達の物語は始まっているんだ。だから、自分のせいだと責任を全て背負い込むな」
「……愛良」
「兄貴も言っていただろ?お前のせいじゃない。だからいいんだ、お前は一人の「人間」だ」
真っ直ぐに見つめられ、本当のことを言ってくれているのだと知る。その瞳に見つめられるのが恥ずかしくて、蓮は目を逸らしながら「ありがとう」と呟いた。
「ほら、今日はもう遅い。早く寝るぞ」
「……うん」
蓮は光助の手をそっと離し、ベッドに転がった。
目覚めると、牢獄世界にいた。
「我が母」
この声は誰だと思い、すぐにテミスだと気付く。起き上がり、檻のところまで向かった。
「久しぶり……って程でもないか。今日はどうしたの?」
蓮がテミスに聞くと、彼女は「我が主があなたに用があると言っていました」と笑った。どうやら既にシャーロックは彼女に慕われるまでになったらしい。
「シャーロック、何か用ですか?」
「お前を呼び出したのは他でもない。……お前が揺らいでいるからだ」
「……………………」
「安心するがいい。確実に消えるというわけではない。それに、消えたとしても戻ってくることが出来る」
シャーロックは笑いながらそう答えた。その言葉に少し安堵する。
――まだ、戻ってこれるのなら……。
守り神としての役目を果たす。そのことに偽りなどない。
「シャーロック」
蓮は名を呼んだ。彼は「なんだ」と聞いてきた。
「もしボクが現実に姿がなくなってしまったら……ユリナとマリナを愛良に……ジョーカーに送ってくれませんか?」
せめて、自分が生きた証だけでも彼に残してあげたかった。自分が現実にいるとしても引き取るが、いなくなったら彼はどうやって過ごすのか。……せめて、自分の後を追ってこないように彼女達を遺してあげたかった。
「いいだろう。お前がいなくなっても、ユリナとマリナはジョーカーに引き渡す。お前の忘れ形見としてな」
「……ありがとう、ございます」
――本当は、自分が傍にいてやれたらいいのだろう。
だが、出来ない可能性があるなら彼だけでも生かすようにしたい。蓮は笑みを浮かべながらシャーロック達に背を向けて座り込んだ。
流れる涙を隠すように。
それに気付いているのだろう、四人は何も言ってこなかった。
月曜日、蓮にとっては久しぶりの、愛良にとっては初めての学校に向かう。光助は義明に見てもらっている。ちなみに、二人共メガネをつけていた。
学校内は蓮と愛良の話題でいっぱいだった。朝、長谷が教室に愛良を連れてくるとクラス中が大歓声をあげた。
「雨宮 愛良です。よろしく」
そう言って頭を下げる仕草さえも黄色い声が聞こえてきた。「なんか、成雲さんに似てね……?」という声も上がる。そんな中、愛良は蓮の方をチラッと見てかすかに微笑んだ。蓮も笑みを返す。
「じゃあ、雨宮君は島田君の後ろに座って」
そう言われ、愛良は島田の後ろの席に座る。
休み時間、蓮は愛良の傍に寄って「愛良」と呼ぶ。
「どうした?蓮」
「今日、どっか行くか?」
二人で話をしていると、
「あの二人、仲いいみたいだね」
「もしかして、そんな仲?」
「二人共顔いいし、お似合いではあるよね」
「でも、同じような顔……苗字違うし、きょうだいではなさそうだけど」
そんな声が聞こえてきた。風花が来て「二人共、目立ってるよ」とからかってきた。
「目立ってる?どこが?」
「同じ顔の人間が仲良さそうにしてんだもん」
「恋人と仲良くて何が悪い?」
何も分からないと言いたげに二人は首を傾げた。それを見た島田は「春鳴、この二人に何を言っても無駄だよ」と呆れたように言った。
「今、恋人って言った……?」
「マジかよ……でも、成雲さんを諦めきることが出来ねぇ」
「雨宮君もイケメンだよね……恋人いてもいいから付き合いたい……」
周囲から熱い視線が送られているが、二人が気付く様子はない。
昼休み、それぞれ呼び出され、告白されるが断った。
放課後、二人で渋谷に行き、本屋に行ったりミリタリーショップで武器を調達したりしてファートルに戻る。そしてナビを開き、アザーワールドリィの後に有名な社長や政治家などの名前を入力するが何の反応もなかった。
「なかなか見つからない……」
「これはてこずるな……」
客もいるので小声で話す。義明も下に降りてきて、「どんな感じ?」と聞いてきた。それに正直に答えると「やっぱり、簡単には見つからないんだね……」と呟いた。
「蓮、少し手伝ってくれ」
藤森に言われ、蓮は「分かりました、お父様……」と間違えてそう言ってしまった。それにすぐに気付き、顔を真っ赤にする。藤森はキョトンとした後、笑って、
「俺は愛良の保護者だからな、ある意味では合っているだろ」
そう言った。そういえば愛良の保護者は藤森にしてもらっていることを思い出す。
「それ、「義父」の方になってしまいますから」
恥ずかしくて目を逸らしながら答える。藤森はそれを愛おしそうに見ていた。
「お前ももう「娘」みたいなものだからな。他の女ならもう少し考えろというところだが、お前みたいないい子なんてなかなかいねぇよ。これからも仲良くしてやってくれよ」
「マスター、すっかり「お父さん」だね」
客にそう言われ、そう言えばまだ営業中だったことを思い出し、慌てて藤森の手伝いをした。
次の日も、同じように入力するがやはり反応がなかった。そのまま、金曜日の終業式の日になる。
「早く見つけないと、手遅れになってしまうぞ」
放課後、久しぶりに屋上で集まっていた。義明と裕斗とりゅうは通話での参加だ。
「うん……でも、どうすれば……」
「蓮。お前は大事なことを忘れていないか?」
愛良の言葉に、蓮は疑問符を浮かべる。どういう意味だろうか。
「よく思い出せ。今まで改心してきた奴らはどういう奴だ?」
そう言われ、蓮は考える。今までの人達は……。そこで思い出す。
「そう言えば、改心させてきた人達、皆会ったことがあるような……」
狛井はオリンピックで金メダルを取った時、令嬢として父と共に会ったハズ。白野は母親の縁で昔会ったことがある。城幹も、母親と行った店で会ったような気がする。りゅうは多分、白野に会った時ファートルに行った覚えがあるのでその時だろう。咲中は父親について行った時に会ったと思う。秋川はさすがにどこで会ったかは忘れてしまった。冬木 昭人は言わずもがなだ。
「じゃあ、悪神は「昔と性格が変わってしまった人」……?」
ここまでの共通点からすれば、予想通り蓮が会ったことのある人になる。そして、蓮と出会ったことで変わってしまったということ。そんな人物、いただろうか……?
「え、マジ?お前、今まで改心させてきた奴と会ったことあんの?」
「すっかり忘れていたけどな。確かこれまで改心させて話題になった奴らは皆会っているハズだぞ」
「オレも今思い出した。……りゅうと秋川以外は皆悪神のしもべたちだ。逆に、りゅうと秋川は守り神の味方で、悪神に操られていただけだ。光助も同じだな」
だが、結局誰なのかは分からない。時間も遅くなってきたので仕方なく明日にまわすことにした。
夜、蓮が寝た後愛良は一人外に出た。そして、蓮がいつも行っていた公園に向かい、考えごとをする。世界が滅びるのはもう少し後だが、それを止めるための期限は二十四日まで。明日中には分からないといけないのだ。
――皆の前では言わなかったが、悪神が誰なのか何となく分かった。いや、「気付いていた」と言った方が正しいか。しかしそれは同時に、蓮を深く傷つけることだった。だから言い出せなかった。
――この世界は、まだあいつに試練を与えようとしているのか。
唇を噛んだ。拳を握りしめた。それをしてもなお、この世界の理不尽を恨まずにはいられなかった。今なら、光助がこの世界を恨む理由も分かる気がする。
「愛良」
名前を呼ばれ、そちらを向く。そこには寝ていたハズの蓮が立っていた。
「どうした?」
「隣に温もりがなかったから、多分ここにいるんじゃないかって思ったんだ」
ほら、寒いだろと肩にコートを被せてくれた。蓮は寝間着のまま、コートを着ている。
「何?考えごと?」
蓮が聞くが、愛良は答えなかった。
――真実を知ったら、なんと思うだろうか。
この優しい少女のことだ、それでも改心させようとするだろう。だが、本当はどうだろう。いくらこの少女でも、心の奥底では辛いと悲鳴をあげるのではないか。しかし、それを表に出すことはないのだろう。そうして人々のためにその身を捧げる。……彼女はそんな人間だ。
愛良は蓮を抱きしめる。蓮は驚いた表情を浮かべた。それに構わず、キスを落とす。
「……どうしたの?何かあった?」
蓮が心配そうに見てきた。愛良は「何でもないさ。ただ、こうしたくなっただけ」と答えた。蓮は目を伏せ、
「……ねぇ、愛良。もしボクに何かあったら……ユリナとマリナをよろしくね」
悲しげな声でそう頼んできた。嗚呼、彼女にここまでの覚悟をさせるこの運命が憎い。しかし、世界を救うためには……彼女の力が必要なのだ。結局、なるようになるしかない。
……それなら、傍で彼女を支えるだけだ。自分が彼女の盾となり刃となろう。
愛良は密かにそう、誓った。




