十六章 傲慢の豪華客船と因縁の対決
カシャ、という音で目が覚める。
「おはよう、蓮」
起き上がると、りゅうと愛良がいた。りゅうの手にはスマホ。……どうやら双子と寝ているところを撮られたらしい。
「今何時?」
「九時過ぎだよ。ぐっすり寝てたから起こすのも悪いと思って」
「なら撮るな。何に使う気だ?」
「皆に送ろうかと思って」
それだけは絶対にやめろ、と言う前に義明が二階に上がってきた。
「おはよう、蓮。こんな時間まで寝てるなんて珍しいね」
「おはよう、兄さん。早速で悪いけど、りゅうを止めてくれない?」
事情を説明すると、彼は「りゅう」と彼の肩を掴んだ。
「それ、あとで送ってくれ」
「やめろ、ばか兄貴」
……そういえば、この人もシスコンだった……。
どうやら、どこにも味方はいなかったらしい。
双子が起きたのでシャーロックのところまで送って行くついでにスマホやベッド、服などを買いに行くことにした。
「あの青い牢屋って何?」
買い物の途中、義明に聞かれた。
「あぁ、見えてたんだ。あそこが現実から行く場合の牢獄世界の入り口。シャーロックがいる場所だよ。至る場所にあるね」
「兄貴も入ったことがあるのか?そうじゃないと見えないハズだが……」
愛良が聞くと、義明は少し考えて、
「多分、黒ネコの姿にされた時に入ったんだと思う。シャーロックが変えたからね。でも、ネコの時は分からなかったな……じゃあ、よくボーッとしてた時って」
「うん。あそこに入ってた。それでサポートエネミーとか調整したりしてたね。今のサポートエネミーは今まで集めて鍛えたやつを引き取ったものだけど」
ここだけの話、蓮が持っているサポートエネミーは様々な処刑をして育てたのだ。だから強いサポートエネミーが多いのだ。
「へぇ……ちなみにどうやって?」
「えっと……ギロチンに電気椅子、絞首に……」
「ごめん。もういいや」
真顔で答える蓮に顔を青くしながら義明は止めた。
「もういいのか?何なら詳しく教えられるぞ?」
「遠慮します」
あまり詳しく話されたら失神する自信がある。だからやめてほしい。
ダブルベッドを購入し、義明と愛良のスマホを契約したところで昼過ぎになった。さすがに死人が堂々とファミレスに入るわけにもいかず、バーガーセットを買って公園で食べた。その後、愛良と義明の服を買ってファートルに戻った。
夕方、また皆で集まる。なぜか協力者達も。
「さて、ターゲットはもう決まってるんだよな?蓮」
愛良が尋ねると、蓮は「あぁ」と頷いた。それを見て、水谷は「まさか」と呟く。
「本当に、あいつを改心させる気?あいつはすごくやばい奴だよ」
「知ってます。でも、彼を改心させないとそれこそ大変なことになります」
「確か、悪徳政治家だっけ?名前は?」
りゅうが聞いてくる。蓮は「……冬木 昭人。次期総理大臣になると言われている人物だ」と答えた。
「冬木って……」
良希が目を見開く。「思ってる通りだ」と愛良は答えた。
「冬木 なぎとの養父だ」
「養父……なんでそれが分かるの?」
「調べた。……冬木は、いや、光助は、ボクの双子の弟だ」
その言葉に皆が驚く。義明は「じゃあ、引き取られたってまさか……」と聞いてきた。
「あぁ、冬木 昭人は恐らく幻想世界に行ける人が欲しかったんだ。……元々、幻想世界はあると言われていたからな」
「ボクは、正直光助のことはよく覚えてない。「真実に気付け」ってシャーロックに言われて、ようやく思い出したほどだ」
「……俺も、蓮に双子の弟がいることを知っているぐらいだよ。時々三人で一緒に遊んでたけど……あの時は既に「冬木 なぎと」だったハズ」
義明が昔のことを思い出していると、
「それともう一つ。光助は幼い頃の経歴が消されてる。……多分、成雲家から引き取られたことを隠すためだ」
蓮がそう言った。
「でも、なんで?」
風花が尋ねてきた。蓮は少し考えて、
「……幻想世界って、元々は成雲家の人間しか知らなかったんだ。ボクも、幼い頃から聞かされていたし、恐らく光助もお父様に聞かされていた。本来ならナビは使わず、鏡で行き来していた。今もその鏡が実家にあるよ。何ならボクと愛良はそれなしでもあちらに行けるし」
そしてそれを利用しようとした。多分、そんな感じだと思う、と蓮は答えた。
「なぁ、それならなぜ冬木……いや、光助だったんだ?君でもよかったんじゃ……」
裕斗が尋ねてきた。蓮は「……少し、昔話をしようか」と言った。
レンカには親というものがいなかった。しいてあげるなら「光」そのものが親……そう言うべきだろう。
そんなレンカは現実というものに興味を持った。こことは違う世界……それはどんなものだろうかと。しかし、一人で行くには不安だ。だから、レンカは自分と同じように「光」から弟を作り出した。それが「コウノスケ・ピースガーディアン」。彼を従者として、現実に向かった。
「そしてそのコウノスケ・ガーディアンが光助だった……というわけだ。伝説は知っているからな、お父様も。女であるボクが生まれた時、一緒に生まれた光助も幻想世界に行けるということは分かってた。でも、光助は「ボク」よりは力が弱かった。癒しの力は成雲家の中でも特別だからな。光助はボクがいたから、お父様にとっては必要なかった。だから利害が一致して冬木 昭人のところに引き取られた。……結局、お父様も冬木 昭人も利用したかっただけなんだよ」
少女の中に流れている血は特別だ。何せ「守り神」の血が流れていて、しかもその生まれ変わりなのだから。
「でも、蓮だって光助君だって人間でしょ?そんなの酷いじゃない……」
もみじがそう言うと、蓮は驚いて「人間扱い、してくれるんだ?」と聞いてきた。
「当たり前じゃん。確かにあたし達、蓮に助けられることが多かったけど。それでも、人間じゃないって思ったことはない。……そりゃあ、神様みたいって思ったことはあったけど」
風花が答えると、蓮は安心したような顔をした。
「なんでそんな顔するの?」
智樹が聞いた。それに答えたのは愛良だった。
「こいつにとって、人間扱いされるというのは何より「特別」なことなんだ。……二千年前も今も、化け物と言われてきたからな。人間は自分達がこいつを望んだくせに、それを受け入れなかった」
「そう、だったんだ……」
それはどれだけ、辛かったことか。人間として生まれてきた自分達には計り知れない。
「そうだね……でも、過ぎたことはもういいよ。それに、お前が受け入れてくれたから。……まぁ、そのお前も幻想世界でシャーロックに作られたんだけど」
でも、レンカとは違ってジョーカーは「人間」として作られた。
「その……こんな話してる場合じゃないってことは分かってるんだけど……シャーロックって何者なの?」
「シャーロックも、厳密にはボクが作った人間だ。言っていただろ?夢と現実の間に住んでるって。ボクがその能力を与えたから、彼はそこに住むことが出来るんだ。……まぁ、今のボクで言う「牢獄世界」は、シャーロックの支配下にあるところだな」
あそこは、本当は「ファントムゲート」と言って、その人の心の状態によって姿を変えるのだ。蓮は囚われていたから牢獄だっただけで。
「もう一つ、見せたいところがある」
唐突に言うと、蓮はスマホを持ち「祝福の祭壇」と言った。すると、「目的地が確認されました。ナビゲーションを開始します」とナビがついた。
周囲が歪んで、白い場所になった。まるで神殿のような、そんな場所だ。服装を見ると、怪盗団と愛良は怪盗服になっていた。
「あの……ここは?」
ほのかが蓮に尋ねる。当の本人は白いワンピースに羽がついた、守り神の姿になっていた。
「ボクはここで生まれたんだ。ここはボクの完全な支配下で、気力を使わず回復も出来るよ。まぁ、安全地帯の強化版だと思ってくれたらいい」
そう話していると、エネミーが出てきた。しかし、
「大丈夫、私が連れてきた人達だから、危害は加えないよ」
蓮が言うと、道を開くようにエネミーが退いた。完全な支配者であることは確からしい。しかし、エネミーが跪いている姿は何とも異様だった。
「アザーワールドリィも一応、ボクの支配下ではあるんだけど……同時に人間が作ったものだから、完全に支配は出来ないんだ。デザイアはなおさらだね」
歩きながら、蓮は答える。
「そういえばそうだな。……それにしても、ここは澄んでいるな」
「守り神の本来の居場所だからね。ここまではまだ穢されていないみたいだ」
「そうか。悪神が再び復活しているのなら、ここも荒らされていた可能性が高いのか」
異世界の元住人にしか分からないような会話を繰り広げられる。
「どういう意味だよ?」
良希が尋ねる。蓮は「前に身体が痛むって話、したよね?」と聞き返した。
「お、おう。確かにそんな話もしたようなしてないような……」
「覚えてないならそう言っていいよ。ほら、前に事故を起こした時だよ」
「あぁ!あの時か!」
「重要なことなんだから覚えとこうよ……」
義明に呆れられている。良希は何も言えないのか目を逸らした。
「身体が痛んでいたのは、異世界自体が穢れていたからだよ。それに無意識の内に反応してたんだ」
「よく分かんねぇ……」
「人間の欲望が増えたからというのもあるけど、この場合は悪神が復活したからって言うのが主な理由。……正直な話、人間の欲望って果てしないものだからね。それにいちいち反応してたら、身体か持たないよ」
そうやって話していると、開けた場所に出た。神殿のように像……は建ってなく、かわりに白い椅子があった。
「座ってどうぞ?」
蓮が促すように言った。思えば彼女はフェイクみたいなもので……。
「大丈夫、罠はないから」
見透かされているのか、蓮は安心させるように言った。覚悟を決めて、まずは良希からそこに座る。……確かに、罠ではない、どころか力が湧いてくるような……。それに疲れた身を癒してくれている感じもする……。どういうことだ?
「ここは「祝福の祭壇」と言ったように、対象に加護を与える場所。デザイアから入ることが出来るか分からないけど……少なくともアザーワールドリィからなら入れるから、安全地帯からここに来るってことが出来るんじゃないかな?」
「なるほど、使えるね」
「確かに、良希……いや、マルス?の能力値があがってる。皆も若干だけど、ステータスが上昇しているね」
りゅうがアルターを召喚して確認する。そして「あれ?ここアルター使えるの?」と今気付いたように聞いてきた。
「使えるよ。……そうだ、今の内にシャーロックから貰ったサポートエネミーを確認しとこう」
蓮はミカエルを召喚し、サポートエネミーを付け替える。そこに現れたのは赤と黒の略奪者。
『我はアルセーヌ。お前の仮面になったからにはお前の力になろう』
「あぁ、アルセーヌか。確かに、怪盗と言ったら「アルセーヌ・ルパン」だよな」
しかも、これは特別だ。恐らく、シャーロックが蓮のために作ったものだ。だから事実上、これは「アルター」だろう。使える呪文は万能と闇のようだ。
今度シャーロックにお礼を言っておこうと考えていると、皆が座っていたようだ。
「そういえば、愛良はアルター使えるのか?」
「お前と共同だ。リベリオンとミカエル、自分のアルターでアテン、それからサポートエネミー」
「なるほど、「神の祝福」が使えるのか」
「神の祝福」はサポートエネミーを使える能力のことだ。蓮の場合、アルターも付け替えることが出来るが。
「じゃあ、出来るなら怪盗団に入ってほしいところだが……」
「当たり前だろう。何のために現実に出てきたと思っているんだ?」
「決まりだね。なら、コードネームが必要だな。どうする?別にボクの方が変えてもいいけど」
元々、ジョーカーは彼の名前だ。だからそっちの方がいいのではと思ったのだが、
「いや、別に構わない。お前に決めてほしい」
そう言われたので蓮は考える。
「……じゃあ、「クラウン」なんてどうだ?」
「栄光、か。気に入った。お前、名前のセンスがいいな」
「まぁ、一文字変えたら「道化師」って意味になるけどね。ジョーカーみたいに」
切り札と、栄光。いい組み合わせではないだろうか。それに、一歩間違えたら「道化師」になるというのも面白い。
「それから、兄さんはどうする?さすがにその姿で女神の名前は嫌だろ?」
蓮は義明にも問いかけるが、彼は「大丈夫、蓮が決めてくれた名前だからね」と笑った。
「それに、「運命の女神」だろ?割と気に入ってるんだ、テュケーって」
「それならいいけど」
それじゃあ、そろそろ帰ろうかと言ってファートルに戻った。
「えっと……冬木 昭人がどこをどう思ってるか、だったよな?」
話が逸れすぎたが、その段階だったハズ。秋川が「多分、国会議事堂じゃないかしら?」と言うと、ナビが反応した。
「あってるみたいね。じゃあ、どう思っているか……」
「相手をよく知らないからな……」
皆が頭をひねっている。その時、ファートルの扉が開いた。
「あぁ、悪い。今開いてない……」
藤森が目を見開く。知っている人だろうかと蓮もそちらを見た。
――そこにいたのは、蓮より身長の低い女性だった。蓮は彼女を知っている。
「……お母様……」
「成雲 広子、か」
そう、蓮の母親だ。皆は彼女を見て驚いている。なぜなら明らかに若く、どちらかと言えば姉妹と言われた方が納得いくからだ。
「……蓮」
名前を呼ばれ、何ですか?と冷たくあしらう前に彼女は蓮を抱きしめた。こんなことを一度もされたことはない蓮は驚いて声が出なかった。
「生きててよかった……」
呟かれた言葉に頭の理解が追いつかない。母親は自分を虐待していたのになぜ……?
「ごめんなさい、あなたが傷ついているのを知っていながら何も出来なかった……本当にごめんなさい……」
母親が話すには、蓮と光助が生まれた後、父が暴力的になり従わざるを得なかったらしい。
「本当は光助も、養子に出したくなかった……愛しているのに、止められなかった……」
泣きながら、謝ってくる。今の蓮に嘘は通用しない。彼女が今言ったことは……真実だ。
蓮は静かに抱き返した。
「……いいんです。もう過ぎたことですから」
そして、そう答えた。過ぎたことを責めるほど、蓮だって冷たくはない。守り神として覚醒したから、いろいろなことを考える余裕が出来るようになったとも言えるだろう。
「そういえば生きててよかったって……」
「あなた、怪盗なんでしょ?しかも、特別な力を持つリーダー」
確信を持った声で言われる。蓮は母親から離れ、彼女を見た。ハッタリではなさそうだ。
「……いつから、気付いていたんですか?」
「狛井先生の事件の時から。だってあなたが転校した丁度その時に怪盗団騒ぎが起こったのよ?それに、自分の娘のことはよく分かっているつもりだわ。あなたが人殺しをしないということもね」
ここにも正体を見抜く人がいたのか。蓮は舌を巻いた。
そこで彼女が荷物を持ってきていることに気付いた。
「……お母様、それ、何ですか?」
「あぁ、これ?あなた、持って行ってなかったでしょう?」
そう言って取り出したのは振袖。蓮は「あー……」と納得したようなしていないような声を出す。
「……初詣、行かないと駄目ですか?」
「当たり前よ。一応、神社の跡取り娘なんだから。初詣も十分勉強になるでしょ?」
やはりそうか。出来たら行きたくなかったのだが、持ってこられたものは仕方ない。
「それから、あなたに弟が生まれるの」
「……What?」
なぜ英語?
誰もが思ったが、蓮の気持ちも分かる。いきなり弟が生まれるなんて言われてすぐに理解出来るハズがない。
「……えっと……つまり、妊娠してると……」
戸惑った声を出している自覚はある。しかし、その様子も気にならないのか母親は「えぇ。急でごめんなさいね」と謝ってきた。
「だから、さっきは跡取り娘なんて言ったけど、本当はもう自由になってもいいの」
それは、勘当してくれるということだろうか。
「……ちょっとだけ、考えさせてください」
しかし、蓮はすぐに答えが出せなかった。母親は「別に構わないわ」と笑った。
「それじゃあ、私は近くのホテルにいるから、何かあったらすぐに連絡して」
そう言って、母親はファートルから出た。皆が呆然としている中、愛良が「もう時間も遅いし、明日考えよう」と言ったので解散した。
夜、二階で三人は話をしていた。
「まさか、おばさまが妊娠してるなんてね……」
「うん。驚いた……弟か……妹がよかったな。ボクが生まれたんだから、もう呪いは解けているハズだけど」
きょうだいで話をしていると、不意に愛良が聞いてきた。
「蓮、気にならないか?」
「何が?」
「お前が生まれた時から、お前の父親……成雲 慶介が変わった……どう思う?」
「……確かにおかしいとは思うが……それはまた今度考えないか」
嫌な予感がして、蓮はその話題を避けた。その時、スマホが鳴った。名前を見ると、丁度話題になっていた人だった。
「……もしもし」
『蓮、今度選挙があるんだが……冬木 昭人を支持しろよ?』
ターゲットになっている人の名前を言われ、蓮はため息をつきながらも「分かりました」と言った。頭の中に「月」という言葉が浮かんだ。まさか、最後の協力者は父親だとは思わなかった。いや、協力者とは少し違う気がする……。
電話が切れ、二人から「父親か」と聞かれた。誤魔化す理由もないので頷いた。
「それから、最後の「月」のアルカナ……お父様だった」
「ふぅん……なんか、ますます気になるな……」
愛良は何か感づいているようだ。しかし、「今日はもう寝よう」と言われ、聞くことが出来なかった。
次の日、再び集まった。すると、テレビから忌々しい声が聞こえてきた。この声、聞き覚えがある……。
「……冬木 昭人よ」
秋川の言葉に蓮は覚悟して見上げる。
――映っていたのは剃髪の男性だった。その男には見覚えがあった。ビュッフェで会ったあの男で……、
「この男……!」
思い出した。こいつは……。
「どうしたんだ?蓮」
「……あいつだ」
蓮の顔が青くなっているのが分かった。これはただ事ではない。
「あいつ?」
「……冤罪事件の、犯人……!」
その言葉に皆が驚く。ただ一人、愛良を除いて。
「愛良……驚かないってことは気付いてたってことだね?」
「あぁ。こいつが「傲慢の悪魔」だ」
なるほど。こいつが一人目の因縁の相手、ということか。蓮は俯き、
「……愛良、悪いけど、コーヒー淹れてくれない?」
愛良に頼む。彼は頷き、すぐに淹れた。それを蓮の前に置く。蓮は一口飲んだ。
「どうだ?」
「……うん、苦い。でも、今のボクにはこれぐらいが丁度いい」
そう言って、蓮は笑った。
「しかし、なんで急にコーヒーを?しかも、苦いやつ」
「気合い入れ、かな?こいつなんかに負けてたまるかっていう」
テストの前に必ずやることってあるでしょ?それと同じだ、と彼女は言った。
「……確か、あいつは「舵取り」と言っていた。舵取りと言えば、船だよな?だから……」
少し考えて、
「……豪華客船」
そう言うと、ナビが反応した。ビンゴだ。
「どうする?行くか?」
愛良が尋ねると、蓮は首を横に振る。
「いや、国会議事堂まで向かおう。なんか、嫌な予感がする」
国会議事堂以外全てが海……なんてことも考えられる。だから先に国会議事堂に行った方がよさそうだ。
「あの、ぼく達も行っちゃ駄目かな……?」
怪盗団が立ち上がると、島田が聞いてくる。良希は「駄目だ」と言うが、蓮は考えて、
「……まぁ、ここまで来て何も知らないまま、は嫌だよな……分かった、同行を許可しよう。ただし、今回だけだ」
許可を出した。風花は「いいの!?」と驚いたように言ってきた。
「今日はどんな感じか見に行くだけだ。エネミーと戦う予定はない。場合によっては準備してから行かないといけないからな」
それでも心配だ。入った途端戦闘……なんてこともあり得るからだ。しかし蓮は「それに、いざとなったらボクと愛良で何とか出来るだろうし」と呑気に答えた。確かに彼女一人でも皆を守りながら行けるだろう。それほどの実力者ががもう一人いるのだ。まぁ、安心は出来るだろう。
「それから、一応これを持っていてくれ」
蓮は島田と智樹に銃のモデルガンを渡した。
「多分、アルターの力がなくても、それぐらいは使えるだろ。何かあった時は頼むぞ?」
二人は頷き、それをカバンに入れた。
「あぁ、あと、ちょっと待ってくれ。着替えてくる」
「着替え?」
「さすがに死人が堂々と歩いてたらまずいだろ……」
愛良も来い、と二人で二階に上がる。数分後、パーカーのフードを被った二人が降りてきた。
「まぁ、これで一応大丈夫だろ」
「なんでオレまで?」
「同じ顔だからだ。ボクは若干変わっているからバレてもどうにかなるかもしれないが、お前は完全にアウトだ」
何せ尋問をされた時はウィッグも被っていた。蓮は今、バレてもいいようにウィッグを外しているが、愛良は地毛なのでそうもいかない。
「なんか、こうして見ると双子みたい」
「シャーロックがボクに似せて作ったからな、似ているのは当然だ」
無駄話してないで早く行こう、と皆でファートルを出る。
国会議事堂前まで来て、周囲を確認した後ナビをつける。すると歪んで、デザイアに入った。しかし、表面上は国会議事堂に変化は見られない。しかし、周囲を見ると予想通り海に囲まれていた。
「なるほど……自分が信じた人達以外はどうでもいい、か。しかも、歪みが広すぎる」
城幹が可愛く見えてくる。彼も確かに周辺まで歪ませていたが、渋谷だけだった。さすが、大した悪党と言ったところだろう。
「主張と全く違うな。国中沈んでんじゃねぇかよ」
藤森が呆れたように言った。ジョーカー達は怪盗服になっていた。
「ジョーカー、黒い方なんだな」
クラウンが言ってきた。ジョーカーは「切り札は隠しておいた方がいいだろ?」と答えた。
「髪、黒いんだね」
「人間の姿だからな。黒髪なのは当たり前だろ」
なるほど、つまり黒と白が混ざっているのは半神半人だからか。とりあえず、そう理解するしかない。
デザイアの中に入ると、らせん状の階段があった。エネミーは……いないようだ。
あがっていくと、開けた場所に出た。その先に巨大な扉がある。近くに地図があったのでもらっておく。
「オタカラは……あの先だ」
ジョーカーが巨大な扉を指差す。そこから、禍々しい欲望が感じられた。
「オタカラ?」
「欲望の象徴だな。怪盗団はそれを盗んで改心させるんだ」
智樹が聞いてきたので答えた。「オタカラ盗むって、本当に怪盗みたいじゃん!」と彼は目を輝かせた。
「……今はそんなこと言っている暇はなさそうだ」
ジョーカーが身構えると、目の前にエネミーが現れた。
「リベリオン」
ジョーカーがアルターを召喚させる。リベリオンの背にはアルセーヌ。
呪文を唱えると、星のような光が現れエネミーを倒した。これが「万能呪文」だ。
扉の前に行くと、三つの紹介状が必要であることが分かった。近くの安全地帯を確保し、その日は帰る。
ファートルに戻ると、島田が「前も思ったけど、あのブワァって出てくる奴、何なの?」と聞いてきた。
「あぁ、あれが「アルター」だな。もう一人の自分自身だ。で、あの場所が「デザイア」。歪んだ心の奥底で見えている世界だ。欲望がかなり強いとデザイアが生まれる。普段は「アザーワールドリィ」という、いわば皆のデザイアに「フェイク」と呼ばれるもう一人の自分がいる。アルター使いはそのもう一人の自分と向き合うことでアルターを使えるんだ」
「ぼく達にもデザイアってあるの?」
島田が聞いてきたが、蓮はそれはないと答えた。
「さっきも言ったように、あれは欲望が強い奴だけだ。皆にはない。アルター使いにはデザイアどころかアザーワールドリィにもフェイクがいないな。アルターがフェイクだから」
「でも、おねえさんってアルター?がたくさんあるよね?」
智樹がそれを思い出すと、蓮は「少し違うな」と笑った。
「ボクのアルター自体はリベリオンとミカエルだけだ。あとは愛良のアルターと「サポートエネミー」って言って、敵を仲間にしたり新しく作ることで使えるようになる。ボクと愛良にしかない力だな」
「ジョーカーって呼ばれてたけど、それは?」
「あっちではコードネームで呼ぶ決まりなんだ。本名で呼び合って、現実に何か影響が出たら困るからな」
「コードネーム!?まさに「怪盗」じゃん!それに「ジョーカー」って名前も怪盗っぽい!」
質問に淡々と答えていくと、「じゃあ、移動って歩き?」という質問が来た。
「いや、場合によっては車も使ってる」
「誰が運転してるの?」
智樹の純粋な質問に、蓮と愛良含む怪盗団の皆が目を一斉に逸らした。藤森が「まさか……」と何かに思い至ったようだ。
「蓮が運転してるのか?」
「……はい。無免許運転してます……」
もちろん現実ではやっていない。やっていないが……さすがに後ろめたい。
「確か、もみじは免許持ってたわよね?」
秋川が聞くが、
「運転は五月からやってます……」
蓮が運転を始めたのはもみじが怪盗団に入る前だ。なんてここでこの話になっているんだろ……と思いながら白状する。
「現実だったら捕まる案件だぞ、それ……他にやってないだろうな」
「エネミーひき殺してるよな、車飛ばして」
「墓穴掘るな、愛良」
「スピード違反と殺人じゃん。あれが人かは置いておいて」
長谷が冷静に返してくる。確かに現実で人相手ならアウトだ。エネミーはある種化け物なので問題はない。……多分。
「それから、なんだっけ?サポートエネミーを処刑したりカツアゲしたり……あぁ、電源装置を足で壊したりもしてたよな?」
「これ以上墓穴掘るなって……それだけ聞くとただの強盗か極悪人なんだけど」
「怪盗なのか強盗なのか分からなくなってきたぞ……」
ただ聞いているだけだと強盗にしか聞こえなかった。しかし、ルートを確保し、華麗にオタカラを盗んでいるという点においては怪盗だろう。
「オレ達は怪盗だ」
「いや、それは分かってるよ?ただ、お前が言ったセリフだとどうしても強盗にしかならないよ?」
しかも、本気でやりかねないという。恐ろしいと蓮は思った。
明日から攻略するということで解散した。協力者達は明日以降もファートルに来られたら来るらしい。
「それにしても、傲慢の悪魔、か。確かに、成雲家の令嬢さえも蹴落として一番になりたいっていうのは傲慢だよな」
屋根裏部屋で話していると、義明が「それって大罪のやつ?」と聞いてきた。
「そうだな。狛井は「色欲」、白野は「虚飾」、城幹は「暴食」、りゅうは「憤怒」、咲中は「強欲」、秋川さんは「嫉妬」……全部「大罪」に入るな。りゅうは多少特殊だが」
欲望は程よく持たないといけないものだが、度を過ぎればそうなってしまうということだ。だからこそ、改心しないといけない。だが、自分ではそれがなかなか出来ないのが人間なのだ。
「……守り神ってさ、見たくないものまで見えてしまうんだよ。人間って欲望だらけで弱いものだから。だから、もし本当に神様っていうのがいたらすごいなって思う。ボクだったら、全て見えてしまうなんて耐えられない」
レンカは人間が望んで幻想世界で生まれた守り神だ。本物の神様とは違う。だからこそ好き勝手やってはいけない。そこら辺はわきまえているつもりだ。
『助けて……この理不尽な世界、歪んだ箱庭から……世界を、救って……あの人を、闇の世界から救って……あなたしか、頼れないの……。どうか、仲間達と絆を深めて、この罪の連鎖を終わらせて……どうか、思い出して……あなたが、幻想世界で生まれたこの世界の守り神であることを……この世界を救う、「トリックスター」であることを』
不意に、そんな言葉を思い出した。よく頭の中に聞こえてきていた女性の声。
『わたくしはこの世界の守り神。伝説のトリックスターと呼ばれている者。あなたの魂に宿っている存在。でも、今は牢獄に囚われている。どうか、思い出して。そして、あの子と世界を救って』
今思えば、これはレンカの声だったのだろう。自分の中に宿る、もう一人の魂。
「どうした?蓮」
「いや?ただ、よく聞こえていた声がレンカだったんだろうなって思ってただけ」
そう言うと、愛良は笑って「よく思い出したな、辛い記憶だったろうに」と頭を撫でてくれた。
「辛いだけじゃない。お前といた日々は優しくて、温かい記憶だ。……だから、思い出せてよかった」
蓮は微笑んだ。それを見て、本当に愛良のことが好きなんだなと義明は思った。
次の日、ベッドが届いたので二階にあげてもらい、武器や防具、薬を調達してデザイアの中に入る。
「それにしても、招待状って……どんな人が持ってるんだろう……?」
ディアナが不安そうに聞いてきた。ジョーカーは「まず、普通のフェイクは除外だ。奴の信用を得ている奴が持っている、で間違いないだろう」と答えた。
「それって、どうやって見極めるの?」
「そこはトルースアイで何とかする。エネミーには警戒されないように出来るだけ穏便に済ませるようにしないとな……」
「分かった。ジョーカー、よろしくね」
テュケーが彼女に笑いかける。彼の服装は青いロングコートでジョーカーやクラウンと違うところといえば中着とウエストポーチを持っているぐらいだ。
テラスに出ると、そこは食堂だった。周囲をよく見てみると、一席だけ青い花が置いてあることに気付いた。近くのフェイク達に聞いてみると、そこはあるプロデューサーの社長が座る場所らしい。そいつが招待状を持っている可能性が高い。
「どうする?」
「穏便に……よね?出来るかしら……」
「別に、出来なさそうなら力ずくで奪い取っても構わない」
強制ではないのだ、ただ警戒されないようにするためというだけで。
その時、豪華な服装の客がその席に座った。彼が社長だろう。トルースアイを使って確認する。招待状を持っているのは彼であっているようだ。
「オレが行こう」
クラウンが立候補した。そこにウェヌスも行くと言ったので二人で行かせる。
「すみません、招待状が欲しいのですが」
「うん?誰だね、きみたち」
社長が二人を見て首を傾げる。クラウンは「どうしても船長に会いたくて」と答えるとクラウンとウェヌスをジロジロと見て、
「ふーん……仮面で隠されてよく分からないが、いい顔だな。おれのところで働くのなら、考えてやってもいいぞ?」
そう言って歪んだ笑みを浮かべる。ウェヌスは何か言おうとしたが、クラウンがそれを止める。
「具体的には何をすればいいんでしょうか?」
「そうだね……きみは男か。じゃあ、裏方ね。きみは……接客してもらおうかな?」
接客……嫌な予感がする。すると社長はウェヌスの手首を掴んだ。これ以上はいけないとジョーカー達が前に出る。
「そこまでだ。それ以上彼女に何かするようなら……その頭を撃ち抜く」
ジョーカーが銃を構えながら脅した。すると彼は怒ったようでエネミーの姿になる。認知存在のフェイクなのに、エネミーになることが出来るのか……。やはり冬木 昭人はただ者ではないと思いながら対峙する。
「電撃が弱点だ!マルスの攻撃が当たるように皆でエネミーの攻撃を引きつけるぞ!ヘルメスはマルスの援護をしてくれ!」
ジョーカーが指示を出す。彼女は手から光を出し、弓矢が現れる。矢も光から出し、エネミーに当てる。
「光の弓矢か。久しぶりに見た」
クラウンが感心したように呟いた。光の弓矢は守り神の時の遠距離武器だが、人間の姿でも使えるようだ。
皆が引きつけている間にマルスが背後から雷呪文を唱えた。それが当たると、エネミーからフェイクに戻った。倒れているが、認知存在なので恐らく現実に支障はないだろう。……まだ、ちゃんと判断は出来ないが。
彼の懐から招待状を奪い取る。これで一枚目だ。
「どうする?一度戻るか?」
「そうだな……次は通路がある。一度戻って立て直した方がいいだろう」
思ったより苦戦した。しかも警戒度があがっている。一度引いて警戒度を下げた方がやりやすいだろう。
現実に戻ると、疲れがどっと来たらしい。一度ファートルに行こうと戻ると藤森が「戻ってきたか。おかえり」と出迎えた。
「どうだ?怪盗の仕事は」
「ちょっと苦戦中かな?でも大丈夫。選挙結果が出るまでに終わらせるから」
りゅうが藤森にそう言った。今回の期限は十二月十六日。この日は蓮にとっても因縁の日だ。
それぞれ好きな場所に座り、話し合いをする。
「疲れが来るな……今日のところは解散した方がよさそうだ」
「そうかも……あいつの歪みは大きすぎる。だが、土日に予告状が出せるようにしないと」
今回の予告状は盛大にしようという話だ。そうなると、平日はやめた方がいいだろう。
「まだ時間はある。ゆっくりしたらいい」
愛良の言葉にそれもそうかと頷く。
「リーダーが世話になった礼は返さねぇとな」
良希が指を鳴らしながら言った。ちょっと怒っているようだ。まぁ、当然だろう。蓮が罪を擦り付けられたのだから。
「良希、張り切るのも分かるけどほどほどにね」
蓮がそれをなだめた。確かに許せない相手ではあるが、今の蓮にはどうでもいい。こうして仲間に恵まれたのだから。皆を救い出したことで、前歴にも意味を見出された。だから、蓮にとってこれは復讐というより、怪盗団の名誉を守るためのことだと思っている。
「それじゃあ、今日は解散しようか」
駅まで送って行くよ、と言って蓮は皆を送って行った。
夜、コーヒーを淹れ、三人で話し合う。
「明日はどうする?」
「地図を見る限りだと通路を抜けた先にプールデッキがある。そこに一人いるんじゃないかと予測しているね」
「じゃあ、明日はそこまで行ける?」
「どうだろうな……今日の疲労を考えると招待状を奪う前に帰ることになるかもしれないな」
古参組でさえあんなに疲れていたのだ、少しペース配分を考えた方がよさそうだ。
「まぁ、ボクと愛良のサポートエネミーを使えば温存してもらうことは出来るだろうけどね」
「それだと二人が疲れない?」
「いざとなれば癒しの力とか道具を使って回復する」
蓮が答えると義明は「……まぁ、それならいいんだけど」と考え込んだ。
「……蓮、君は何を考えてるの?」
突然聞かれ、蓮は声を詰まらせた。それに構わず、彼は俯きながら、
「……光助を、助け出したいと思ってる?」
そう尋ねてきた。蓮は誤魔化す必要もないかと答えた。
「……うん。ボクは助け出したい。りゅうやほのかが許さないかもしれないけど、人間はどこからでもやり直せるんだ。それに、光助だって苦しんでる。だったら、そこから救い出してあげるのがボクの役目だ」
すると義明は困ったように笑って、
「……本当に、蓮は変わらない。大人達は嫌いなのに、正義感が強くて弱い人や困っている人がいると自分がどうなってでも助け出そうとする」
そして顔をあげ、
「いいよ、俺も手伝う。俺だって、光助を助け出したい。俺にとっても、光助は弟だから」
彼はそう言った。蓮は「ありがとう」と小さくお礼を言った。
「だが、どうやって助け出す?あいつはアルター使いだ、デザイアがあるわけじゃない」
「だから、ボクにしか出来ないんだろ?」
その言葉に思い当たることがあるのか、二人は同時に彼女を見る。
「……まさか」
「そのまさかだよ。……光助は歪みすぎてる。だから、「改心」させるしかないんだ」
その「改心」の方法は、いつも通り「オタカラを盗む」じゃない。本当に蓮にしか出来ない、「癒しの力」を使う方法だ。完全に覚醒させた今、失敗することはないだろう。
だが、二人が懸念しているのはそこではない。癒しの力を使う「改心」には「代償」がいるからだ。
「……大丈夫、光助さえいれば、悪神は倒せる」
蓮は小さく笑った。そこに宿る覚悟は怪盗団が罠にはめられた時に浮かべていたものと同じだった。
新しく武器をカスタマイズし、皆に渡す。そしてデザイアに入り、前のところまで向かった。
「ここからか。えっと、あの扉に入ったら通路だから……」
通路に繋がる扉を開け、足を踏み入れた。……エネミーがうじゃうじゃいる。
「これはきついな……」
ざっと二十体。十体ならまだ何とかなったが、これは強行突破、というのも難しい。
「仕方ない……テュケー、車を出してくれ」
ジョーカーが指示を出すと、彼は疑問符を浮かべながら車を取り出した。大きくなったそれに皆が乗り込むと、
「しっかり掴まっとけよ?」
そう言ってジョーカーはアクセルを全開にした。
「ちょっとジョーカー!?」
クラウン以外の皆が悲鳴をあげる。クラウンは「スリルのあるドライブだな」と楽しんでいた。エネミーがこちらに気付くが、攻撃を仕掛けてくる前にひいていく。狭い通路なのに、ジョーカーは扉を壊して進んでいく。
どこまで進んだのか、クラウン以外の皆が気を失いかけていたところで急ブレーキをかけた。
「ふぅ……これで一応エネミーは倒れたな」
ジョーカーはバックミラーを確認して、ため息をつく。そして皆に「悪かった、スピード出しすぎた」と謝る。
「い、いや……あぁするしかなかったなら仕方ないけど……」
せめて事前に言って……とテュケーが真っ青な顔で言ってきた。
「スリルのある運転だった。オレも今度やってみよう」
反対にクラウンは楽しそうに告げた。もちろん皆が「やめてくれ!」と止めたのは言うまでもない。
近くに安全地帯があるのでそこで休憩を入れる。
「そういえばジョーカー、ウィッグ、つけないんだね」
不意にヘルメスが話しかけた。ジョーカーは「皆は知っているんだし、隠す必要もないでしょ。それに白い服にかわる時はどうせ外れるんだし」と答えた。
「あぁ、あとクラウン。とりあえず編入の手続きは終わらせた。十八日から学校に行けるぞ。オレと同じクラスだ」
「やっていてくれたのか。ありがとう」
「お礼は長谷先生に言ってくれ。彼女があれこれ手を回してくれたんだ」
もちろん必要な書類は全てジョーカーがやったが、長谷の協力がなければもう少しかかっていたし、同じクラスということも出来なかった。クラウンは「分かった」と頷く。
「テュケーも編入するなら伝えるけど」
「俺はもう少し考えるよ」
「そうか。それならいいけど」
高卒までは持っていた方がいいと思うが……何せ彼は義務教育すら終わっていない状態だ。そこはジョーカーが認知の力でどうにでもするが……(実際、クラウンもそうやった。戸籍も藤森に頼み込んで彼の養子として無理やり作った状態だ)。
「まぁ、テュケーとクラウンの頭なら普通に編入試験を受けても合格はすると思うけどね」
ジョーカーが教師役として二人に基礎は教えている。元々頭もよかったので大学受験も簡単だろう。
「さて……休憩は終わりだ」
ジョーカーの言葉と共に皆が立ち上がる。安全地帯から出ると、すぐ近くの扉を開く。
そこはプールデッキに繋がっていた。エネミーを倒しながら周囲を探索して、一人の男がいることに気付いた。
「招待状を持っているのはあの男だな」
しかし、話しかけても興味を持ってもらえなかった。何かあの男のことについての情報をフェイクから聞くと、どうやら水着が好きらしい。変態か……と思いながら、しかしやらないことには始まらないと誰が水着姿になるか話し合った。
「ここはジョーカーだろ!」
「……なんでだ?」
不純な理由ではないだろうなとマルスを睨む。彼は「だってお嬢様だろ?そういうシュミもあるだろ!」と答えた。
「……まぁ、ああいう男に限ってそういうのがあるよな……」
「だろ?」
「じゃあ、護衛にクラウン、頼む」
ジョーカーが指示を出すと彼は「分かった」と頷いた。一人で向かうほど無謀なものはない。
更衣室で水着に着替えたジョーカーは男に話しかける。
「すみません、ここの船長に会いたくて……招待状が欲しいんです」
「きみは?どこかで見たことがあるような……」
執事服に着替えているクラウンとジョーカーを見比べて、「あぁ!もしかしてきみ、成雲家のご令嬢様かい?」と聞いてきた。
「えぇ……まぁ……」
「そこの顔が似ている人も使用人かい?なるほど、きみたちが船長に会いたいと……分かった、渡そうじゃないか。ただし、条件がある」
「なんですか?」
「おれと付き合ってくれたらね」
「断ります。恋人がいるので」
バッサリ斬り捨てると、彼は笑いながら「そんなこと言わずにさ。おれの方が幸せに出来るよ?」と腕を掴んできた。
「やめてください!」
嫌がっていると、クラウンがアテンを召喚し、闇呪文を唱えた。
「やめろ。お嬢様が嫌がっている」
ジョーカーに当てないように、しかし脅すように頬をかすめた。怯んだ隙にジョーカーは抜け出す。
「これじゃあ話し合いも出来そうにないな……」
男は怒り出し、エネミーの姿になった。ジョーカーはミカエルを召喚し、雷呪文を唱えた。
クラウンとジョーカーでエネミーを倒す。フェイクに戻った男はぐったりとしていた。それを見て、ふと不安になる。
(……まさか、現実にも影響が出てしまっているのか?)
普通、認知存在が倒れても現実に影響はない。狛井のデザイアでウェヌスとジョーカーが自分の認知存在を斬り裂いたのがいい例だ。あの後、現実の狛井に影響があったかと言われたら、答えはノーだ。それを利用してジョーカーの生存トリックも成功させた。デザイア内の認知存在は、その人をどう思っているかが影響してくる。しかし、前の社長もそうだったがこの男もぐったりしている。影響が出ていると考えて間違いはないだろう。
(……早くやった方がよさそうだ)
今日は十二月一日。もうすぐで生還トリックから一週間が経とうとしている。冬木 昭人が少しずつ他人に不信感を募らせていったら、光助にも気付かれるだろう。それだけは避けたいところだ。
「予定変更だ、もう少し先まで進もう」
ジョーカーは招待状を奪うと、皆にそう言った。水着から着替え、先に進む。
それにしても通路が長い。しかもエネミーがたくさんいる。もう一度車でひこうか……とも考えたが何度もやるものではないだろう。
エネミーを倒しながら安全地帯を見つけたのでそこに入った。皆の様子を見ると、クラウン以外は息が切れている。
「いったん戻るか」
この状態で進んでも倒される未来しか見えない。ここまで来て、誰かが死ぬなんて嫌だ。
現実に戻り、話し合う。その時、早坂が慌てた様子でファートルに入ってきた。
「成雲さん!」
「どうしました?」
未来の見える彼女のことだ、きっと悪い未来が見えたに違いない。案の定、
「今、あなたを占ったらこのまま行けば誰かを助けるために死ぬって……!」
そのことを伝えに来たのか。蓮は彼女に近付き、
「大丈夫ですよ、ボクは死んだりしません」
そう言って笑った。彼女は「でも……」と俯く。
「運命は変えられる、でしょ?ボクからそれを学んだんじゃなかったんですか?」
「確かに、運命は変えられます!私の運命だって変えてもらいました!でも、今回は前以上にはっきり出ているんです。だから心配で……」
蓮は彼女に落ち着いてもらうためにコーヒーを淹れた。
「あ、ありがとうございます……」
「……まぁ、早坂さんが心配する気持ちも分かります」
何せ一度死んでいる身、何があるか分からない。だが、それでも平気だった。
「でも、運命は絶対じゃない。だから大丈夫、信じて」
そう言ってやると、彼女は腑に落ちないような様子をしながらも「分かりました……」と答えた。
「そういや、コーヒーの腕、どれだけあがったんだ?」
飲ませてくれ、と藤森に言われ、余っていたコーヒーを淹れる。藤森が飲むと、
「うまい……お前らしい味が出てきたな。これなら店も本格的に任せられる」
もちろん、冬木 昭人を改心させた後だが、と彼は笑った。
藤森からはミルクセーキが出される。これは前に一度、リクエストで蓮が言ったものだった。
「……おいしい」
ミルクセーキは贅沢な飲み物だと蓮は思っている。卵を使うし、砂糖はたくさん入っているし。お嬢様が何言っているんだという話だが。
「だが、なぜミルクセーキだったんだ?」
「あ、それ私当ててみたいです!」
藤森が蓮に聞くと、早坂がそう言ってタロットカードを出した。
「ふむ……ふむふむ……」
めくっていき、最後に残ったカードは、
「魔術師……幼い頃、そのアルカナを持つ人に作ってもらったからなんですね」
「正解。ちなみに兄さんに作ってもらったんです。兄さんのアルカナが「魔術師」で、本当に手が器用なんですよ」
誰からも相手にされなかった頃、幼い義明が自分の家からミルクセーキを持ってきてくれた。彼も青い瞳だったから家族に恐れられ、居場所がなかったという。
「そうだったんですね」
「本当は自分で作ろうと思ったんです。でも、どうしても思った通りの味にならなくて……」
すると義明が「じゃあ、明日作ってあげるよ」と言った。
「ホントに!?」
蓮は子供のように目を輝かせた。それだけ好きだったのだろう。彼は笑って「じゃ、今から材料買ってくる」と近くのスーパーに行った。
「本当に好きだな」
「だっておいしかったんだもん」
愛良が笑うと、蓮はむくれた。彼は「否定したわけではないさ」と答える。
――あの時は、何を食べても味がしなかった。そんな中、兄の作ったものだけがおいしく感じられたのだ。それを思い出した。
今は、ちゃんと味がある。料理に関しても、人生に関しても。皆が、いてくれるから。
――この居場所は、ボクが必ず守って見せる。
たとえ自分が消えることになろうとも。密かにそう、誓った。
次の日、少し鍛えようということでアザーワールドリィに向かった。依頼もたまってきていたので丁度いいタイミングだろう。
「ジョーカー、その……大丈夫?」
テュケーが心配そうに聞いてきた。何が、と聞き返すと、「身体、痛むんじゃない?」と答えた。
「まぁ、多少……」
悪神の力が満ちているのだろう、いまだに身体は痛んだ。だが、耐えられないほどではないのだ。
「ジョーカー、オレが代わろうか?」
クラウンの申し出にジョーカーは「……じゃあ、そうしてもらおうかな」と代わった。助手席に座ると、ヘルメスが「ねぇねぇ!」と乗り出した。
「こーら。危ないよ」
ジョーカーが軽く額にデコピンを入れると、彼は「ごめん。でも伝えたくて」と言った。
「今日、この後クレープ食べに行かない?」
「クレープ?」
「そう。ほら、言ってたじゃん。ご褒美欲しいって」
「あぁ、前の周でな」
確かにそんなことを言った覚えがある。
「本当にくれるの?」
「当たり前よ。頑張ったんだもの。……あぁ、それならクラウンもよね」
クラウンもジョーカーの心に住んでいたのだ、死の恐怖は味わっている。その点で「頑張った」と言ったのだろう。
「オレにも買ってくれるのか?」
「えぇ、いいわよ。今日は好きなのを選んで」
アテナが笑ってそう言った。ジョーカーとクラウンはあれがいいんじゃないか、いや、こっちの方がいい、と話し合っていた。
――年相応だなぁ……。
それだけ見たら、守り神とその従者には見えない、普通の恋人だ。しかし、彼女達はその背にずっと重い「宿命」を背負っている。
話はすぐにまとまったのか、ジョーカーはチョコとイチゴのクレープ、クラウンはカスタードとクリームのクレープがいいと言った。
「別に、お店で決めてもいいのよ?」
アテナが告げると、二人は「これが食べたいと思っていたものなんだ」と答えた。
「それに、どうせ二人で分けるし」
「本っ当に仲がいいな、お前ら」
マルスは空気が甘すぎるだろ……とうなだれた。
「ジョーカーとクラウンは美男美女で絵になる……今度、描かせてくれないだろうか」
そう言ったのはアポロだ。「あんたも、絵のことばっかりだね……」と呆れたように言ったのはウェヌス。
「俺にとっては微笑ましいけど」
「弟と妹だもんね、テュケーにとっては。僕にとっても姉さんと兄さんだけど」
「確かに、なんかそんな感じする。いいお兄さんとお姉さんって感じだよね、二人共」
テュケーは言葉通り愛おしそうに見ていて、ヘルメスも構ってほしいと言いたげだ。ディアナはヘルメスに共感した。
「一応、俺とアテナは年上なんだけどね」
「そうね……二人があまりにも頼りになりすぎるからつい忘れちゃうけど、私より年下なのよね、二人共」
約二千年前に生まれた、とかは関係ない。今は十七歳の少年少女なのだ(何度も繰り返しているので、十七歳というのは語弊があるかもしれないが、少なくとも見た目は十七歳だ)。
「クラウンはともかく、オレはリーダーだからそこは仕方ない」
「お前、常に冷静だもんな……何考えてんのか分かんねぇ……」
「他人には営業スマイルだけしていればよかったからな」
マルスの言葉にジョーカーは笑みを浮かべた。それは作った笑みではなかった。
アザーワールドリィから帰り、クレープ屋に向かった。蓮と愛良はアザーワールドリィで決めたものをもみじに買ってもらい、半分ずつにして食べる。
「おいしいな」
「そうだよね。愛良も食べたがってたもんね」
現実では準備のためになかなか入れ替われなかったので、愛良にとってはこれが初のクレープだ。
「そういや、修学旅行で俺らと遊ばなかったのって……」
「お前らも繰り返してると気付いていたからな、愛良……『ジョーカー』と過ごしてた。過ごしてたと言っても、周りから見たらボク一人で探索していたようなものだったが」
「ガーリックシュリンプ食べたよな」
「そうだね。半分ずつにしてさ」
あの時は同時に同じ味を味わえなかったので愛良が先に食べ、蓮が残りを食べたのだ。懐かしい。
「でもよ、愛良」
「なんだ?」
「もし、もしだぞ。こいつに恋人がいたら、お前どうするつもりだったんだ?」
良希が意味不明なことを言ってきた。愛良は笑い、
「オレへの愛情が薄れてきたというのなら、潔く身を引いたさ。しかし、こいつはオレを選んでくれた。……それが答えだろ?」
それを聞いていた蓮は頬を赤く染めた。もし仮に現実で恋人が出来たとしても、彼への愛情は決して薄れなかっただろう。彼のことを忘れられるハズがない。それは自覚している。
「……でも、ボクはまだお前だけのものにはなれないんだ。ごめん」
宿命がある限り、蓮はそれに囚われ続ける。しかし愛良は「今までだって待っていたんだ、いつまでも待つさ」と笑った。クレープの味は甘く、しかし僅かに酸っぱかった気がした。
夜、義明にミルクセーキを作ってもらった。それを飲み、「懐かしい……」と蓮は目を細めた。
「本当に好きだね」
「ミルクセーキって贅沢な飲み物じゃん。それに、兄さんが作ってくれたから「特別な味」なんだよ」
蓮が答えると義明は笑って「俺も、一応お坊ちゃんだけどね。でも確かに、ミルクセーキは贅沢な飲み物かも」と言った。愛良は蓮のコップを持ち、一口飲んだ。
「甘いな」
「愛良って甘いの苦手だっけ?」
「好き好んで飲食はしないな。お前と兄貴が作ったものなら喜んで食べるが」
そういえばそうだった気がする。基本的に何でも食べるので忘れていた。
「じゃあ、お菓子を作る時は砂糖の入れすぎに気を付けるよ」
「気遣ってくれてありがとな」
「本当に、愛良のことが好きだね」
「もちろん、兄さんも好きだよ?」
他の人からしたら爆弾発言だったが、義明は「ありがとう。俺も好き」と恥ずかしげもなく笑った。きょうだい愛とはまさにこのことを言うのだろう。ネコの時に恥ずかしがっていたのが嘘のようだ。
そうやって三人は仲良く過ごした。
次の日、デザイアに入り、前のところまで向かう。
「今日は最後の招待状を奪い取りたい」
もはや「穏便に」という言葉はなくなっている。どうせ戦うことになるのだ、どうにでもなってしまえという精神だ。
しかし、最後の人がどこにいるかが地図を見ても分からない。引きこもりなのかそれとも……。
一度ゲームコーナーに行くが、見つからなかった。再び通路を抜けてテラスに向かうと、急な襲撃に遭う。
間一髪、ジョーカーはナイフで受け止めたが、
(お、重っ……!)
攻撃が強く、骨折するのではないかと思う程だ。それほどに攻撃が重い。
「リベリオン!」
クラウンがアルターを召喚し、リベリオンが覚えた炎呪文を唱えるが、「その人」は簡単に避けた。
「……あいつか」
見た目からして、極道だ。しかし、彼が最後の招待状を持っている。さしずめ「トラブル処理係」といったところだろう。
「お前らが、この客船を荒らす者か?」
極道はそう聞いてきた。「そうだとしたら、なんです?」とジョーカーは挑戦的な笑みを浮かべる。
「なら、お前らを始末する必要があるな」
そう言って彼はエネミーの姿になった。
「ウェヌス!炎が弱点だ、呪文を唱えろ!」
ジョーカーが応戦しながら叫ぶと、ウェヌスは炎呪文を唱えた。怯み、ジョーカーはアルセーヌが覚えていた闇呪文で追撃するが、再び起き上がってきた。
「……仕方ない」
ジョーカーはミカエルを召喚すると、氷呪文を唱え、凍らせた。そして「エードラム」と光呪文を唱える。凍っていたので直撃し、元の姿に戻った。
「さぁ、招待状を渡してもらおうか」
ジョーカーが銃を突きつける。彼は「仕方ない」と招待状を渡した。
「ただ、ここの船長に勝てるかな?彼は切り札を持っている」
そう言って、彼は消えた。
「切り札?」
何のことか分からないが、これで招待状は全て揃った。しかし、このまま進む方が早いので先に進む。
一周して、あの巨大な扉がある場所に着く。招待状をかさすと、それが消えて扉が開いた。その先にモヤモヤしたもの――オタカラがあった。ここは議会を開く場所……だろうか。
「とりあえず、ルートは確保したな」
思ったより早かったが、ギリギリだった。もう少し鍛えてからの方がいいだろう。やはり、次の土日に実行した方がよさそうだ。
現実に戻り、その場で解散する。りゅうと義明と愛良と共にファートルに帰り、カレーを作る。
「おぉ……これが、お前が作ったカレー……」
愛良がキラキラと目を輝かせた。そういえば、愛良がこっちに出て来てから蓮の手作りは食べたことなかったなと思い出す。
ピリ辛の、コクが深いカレーは藤森譲りだ。コーヒーにぴったりで、話を聞けばりゅうの母親が作ったものだという。
「なんか、ネコの時と味が違うね」
義明もよく味わって食べているようだ。ネコの時と人間の時では全く違うらしい。レシピ通りに作っているので、そこは種族の違いだろう。
りゅうは米粒を頬につけながら食べていた。
「ほら、りゅう。ついてるよ」
蓮はそれをとって、自分の口に入れた。それを見て、りゅうは呆然とした。
「……蓮、それ、愛良以外の、他の男にやらないようにね」
そして、そう告げる。何のことか全く分からないが、とりあえずやめておいた方がいいらしい。分かったと頷いた。
次の日から金曜日まで、アザーワールドリィで鍛えに鍛えまくった。
「お前の戦闘狂は相変わらずだな……」
マルスに呆れられる。ジョーカーは「戦闘狂に見せているだけだ、戦闘が好きなわけじゃない」と答える。
「でも、面白そうだぜ?すっげぇ悪人の笑顔してんぞ」
「いつもの癖だ」
「んな癖つけんなよ……」
戦闘狂の仮面をつける期間が長かったせいでどうしてもそうなってしまう。クラウンも似たり寄ったりだ。
「お前ら本当に似てるよな……」
運転しているジョーカーとマルスの隣に座っているクラウンを見て、彼はそう言った。
「元々ジョーカーの心の中に住んでいたからな、オレは」
「クラウンはオレに似せて作られたから、似ているのは当然だ。違うところは人間かそうじゃないか、だろうな」
ジョーカー以外は、全員人間だ。そこにジョーカーは壁を感じた。
――自分は、どうあっても「人間」にはなれない。
いくら生まれ変わろうとも、そこはどうしようも出来ない。
――悪神を倒したら、自分はどうなるだろうか。
消えてしまうのではという不安と、皆と一緒に過ごせるのではないかという期待と。その両方がジョーカーの心を満たした。
次の日、皆で集まり、予告状を出そうという話になるが。
「さすがに直接、は難しいよな……」
「大丈夫、ちゃんと作ってるから」
蓮が悩んでいると、りゅうがパソコンを見せてきた。それを見て、蓮は「いいな」と笑った。
「なら、明日仕掛けてやろう。傲慢の悪魔に決着をつけようか」
ニヤリ、と。蓮は藤森や他の人達が見たことのないような、守り神とは思えない凶悪な笑みを浮かべた。
次の日、街頭の大きなスクリーンに怪盗団の予告状が映った。
『はーい、皆さん、ご注目!』
この声は風花だ。
『我々は幻想怪盗団、「リベリオンマスカレード」だ』
次に聞こえてきたのは裕斗の声。
『御覧の通り、僕達は誰も死んでいないよ』
りゅうの声だ。それと同時に怪盗服姿の怪盗団が画面に映る。
『私達はある人に騙され、殺人の罪を着せられたわ』
もみじが告げる。
『私達はその人を許さない』
ほのかが怒ったような声で言った。
『そいつの名前は冬木 昭人』
良希がターゲットの名前を告げる。
『彼は己の欲望のためだけに人々を蹴落としてきた』
蓮の冤罪事件を思い出しているのだろう、義明が怒りに震える声で言った。
『『その歪んだ欲望――我々が頂戴する!』』
最後に蓮と愛良がそう宣言した。
ジョーカー達はデザイアの中に入る。そして、オタカラのところまで来た。
そこには、冬木 昭人のフェイクがいた。
「よくここまで来たな」
彼は歪んだ笑みを浮かべ、そう言った。
「だが……我が国に賊はいらん。ここで俺がお前達を始末してやろう」
その言葉と共に、足元が揺れた。そして、冬木 昭人の足元から獅子のような何かが現れた。
「――なるほど、他人をあんな風に思っていると……」
あれは人が重なって出来たものだった。他人は踏み台、出世のためにはどうでもいい存在。まさに「傲慢」だ。
「物理反射持ちだ!銃弾も効かない!呪文で迎え撃つぞ!ディアナは道具で応戦してくれ!」
ジョーカーは皆にそう叫んだ。クラウンは自身のアルター「アテン」を召喚する。リベリオンによく似たアルターだ。しかし、このアルターは「闇・万能属性」だ。
「スタラ」
万能呪文を唱える。怯みはしないが、それなりにダメージは入っている。
「ドンナー!」
マルスが雷呪文を唱えた。効いている感じはするが、決定的なダメージはない。
「ヴェント!」
テュケーが強力な風呪文を唱えた。一瞬だけ怯むが、すぐに立て直される。
「フィアンマ!」
今度はウェヌスが炎呪文を唱える。しかし、怯んだ様子はない。
「フリーレン!」
アポロが氷呪文を唱えた。足元が一瞬凍ったが、すぐに壊れた。
「ヴァッサー!」
アテナが水呪文を唱える。ダメージはさほど与えられていないようだ。
(なるほど……これなら)
ジョーカーは攻撃をよけながら作戦を考える。……多分、これならいける。
「アポロ、テュケー、ちょっと来い」
二人を呼び寄せる。そして、作戦を告げた。その後、皆に叫ぶ。
「ウェヌス、マルス、アテナ、クラウン!オレ達で攻撃を引きつけるぞ!」
ジョーカーはリベリオンを召喚し、闇呪文を唱える。それに続けて、四人も呪文を唱える。
「こんな弱い攻撃……私に通じぬわ!」
獅子が宙を浮き、地面に強く着地した。すると衝撃で地面が揺れる。だが、これは想定内だ。
「……っ!今だ、アポロ!」
指示を出すと、アポロは氷呪文を唱える。そこで固まったところをテュケーが風呪文で追撃した。
獅子の形をした人達が消える。それを見て、冬木 昭人の額に青筋が入った。
「ちっ……これだから愚民は……!」
そう吐き捨て、ジョーカーに向き合う。
「ん?貴様、どこかで……」
「感動の再会ね?」
アテナが冷たく言い放つ。ジョーカーは仮面を外し、顔を見せた。
「その顔……そうか、生意気にも俺に逆らった成雲家の令嬢か」
「裁判まで起こしたのに、覚えてないとはな。とことん他人のことを何とも思っていないようだ」
クラウンがイラついたように告げた。
その時、乱入者が来た。
「やっぱり、怪盗団か……しかも、リーダー様まで生きてるおまけつき、か……」
「光助……」
そう、光助だ。彼なら、ここに来るだろうと予想はしていたのでジョーカーとクラウン、テュケーは特に驚かなかった。
「ふざけるなよ……これで父さんの計画は台無しだ」
「何を言っている?光助、よく考え直すんだ」
「――へぇ、思い出したんだ?オレの、本当の名前」
冷たい目でジョーカーを見た。ジョーカーは彼を見つめる。
(……目が虚ろだ。これは……洗脳か)
恐らく、逆らえないように引き取られてからずっと暴力を振るわれ続けたのだろう。洗脳のやり方の一つだ。それに、二千年前の記憶も既にあるのだろう、心が壊れかけている。
――助けてくれ。
その言葉を思い出す。そうだ、自分は今まで「姉」として彼に何もしてあげられなかった。ここで彼を救い出さなくて――何が「姉」だ。
「姉さんを苦しめる人間なんて死ねよ!死んで消えちまえよ!「この世界」ごとよぉ!」
光助は怪盗団に走ってきた。そして、ナイフを振り上げた。マルスとクラウンがアルターを召喚する直前――ジョーカーが前に飛び出した。
「れ――!」
テュケーが手を伸ばすが、もう遅かった。ジョーカーは光助を抱きしめていた。
床に血が滴り落ちる。光助は驚いて口の端から血が流れる姉を見た。
「ねえ、さん……?」
ナイフを抜くと、ジョーカーは崩れ落ちた。光助はしゃがみ込む。
「あ、オレ……」
自分が今までやってきた罪と、姉を殺したという実感が徐々に湧いてきた。光助はジョーカーを抱き上げた。
――「癒しの力」を使って改心させる場合、その「命」を代償にする。
キリストが十字架にかかった時もそうだったように、人間は何かを犠牲にしないと己の罪に気付かない。オタカラを盗む改心でさえあんなに苦労するのだ、代償なしに他人の改心など出来ないのだ。
光助の瞳から涙が流れ落ちる。それはジョーカーの頬に落ちていった。
ジョーカーは暗いところで目覚めた。
――あぁ、そうだ。オレは光助に刺されて、それで……。
改心、しただろうか?もしそうなら、いい。彼を救い出したのだから。満足そうに、目を閉じる。
『本当に、いいのですか?』
ミカエルの声が聞こえてきて、ジョーカーは目を開いた。
「え……?」
『あなたは、まだ死んではいけない存在……』
「……オレ、は……」
その時、映像が流れてきた。泣いている光助が見える。
「……光助」
『確かに彼は、罪多き者です。しかし、哀れな被害者でもあります。――まだ、あなたが必要なのではないですか?』
ジョーカーは俯き、考え込む。そして、
「……どうすればいい?」
光助を真に助け出すには、どうしたらいいのか。ミカエルは笑って、
『私が、力を貸してあげましょう――』
その言葉と共に目の前が光った――。
光助が泣いていると、ジョーカーの身体が光って周りに花が開いた。
「え……?」
呆然としていると、手が伸びてきた。そして、頬に触れられる。
ジョーカーは目を開いていた。頬に流れている涙を拭われる。
「光助、泣かないで……」
光助は状況を理解出来なかった。だって、彼女はたった今まで死んでいたハズで……。
ジョーカーは起き上がると種明かしをした。
「ミカエルの呪文だよ。「リナーシタ」っていう、復活呪文」
本来なら、死んでしまえばアルターは使えない。守り神だったからこそ出来た芸当だ。本当に、奇跡が起きたのだ。
「さて……」
ジョーカーが白い服にかわる。そして、光助を見つめた。
「ほら、行くよ。傲慢の悪魔に決着をつけよう」
そう言って、手を差し伸べた。光助――いや、クピドはその手を掴んで、頷いた。
「所詮は愚息か……なら、私が直々に相手しよう!」
そう言って、冬木 昭人の身体がムキムキになった。これが切り札だろう。しかし、怪盗団の敵ではない。
「ディアナ、弓で応戦しろ!テュケーとウェヌス、ヘルメスは回復を優先させてくれ!マルスとアポロは物理呪文で攻撃だ!アテナとクラウンとクピドは呪文で応戦するぞ!」
指示を出し、ジョーカーもミカエルの光呪文で応戦した。
冬木 昭人は拳を地面にたたきつけ、衝撃波を放つ。しかし、間一髪でジョーカーは空中を飛んでいた。
「とどめだ」
その言葉と同時に光呪文が放たれる。
冬木 昭人は地に足をつけた。
「こいつに言うことあるだろ」
マルスがジョーカーを指差して言った。冬木 昭人は「あぁ……」と頷く。
「悪かったよ、俺は確かに、お前に罪を擦り付けた」
「光助にも言うこと、あるよな?」
クラウンが追い打ちをかける。すると彼は、「もちろんだ」と頷いた。
「なぎと……いや、光助……今まで洗脳して悪かった……お前にも、罪を背負わせた……」
光助は目を見開き、そして伏せた。
「罪を告白しろ、いいな?」
ジョーカーが言うと、彼は「それもいいかもな……」と笑った。
「だが、あの方に勝てるかな?あの方は我々よりもずっと強い。「守り神」であるお前でも倒せるか分からないぞ?」
そう言ってフェイクが消えた後、上から落ちてきたのは羅針盤だった。それを持つと、デザイアが崩れ始める。
現実に戻ると、オタカラは議員バッチになっていた。人は権力を持つと変わってしまう。だから自制しないといけないのだ。
それをポケットに入れると、光助が蓮に倒れ込んだ。
「光助!?」
蓮は慌てて抱え込む。息はちゃんとしている。脈も……正常だ。疲れて気を失ってしまったのだろうか?
そのままにしているわけにもいかず、愛良が光助をおぶってくれた。蓮は頭から着ていた上着をかける。蓮もだが、光助も有名で目立つ。好奇の目にさらされたくはないだろうと思ったのだ。
ファートルに戻ると、店内は荒らされていた。藤森の姿もない。
「しょうへい!?」
りゅうが慌てて店内を見て回る。「出てこないと怒るぞ!」と泣きそうになりながら叫んだりもした。しかし、藤森は出てこない。……いや、恐らく警察に連行されたのだ。
りゅうが涙目になっていると、扉が開いた。
「あーあー、結構荒らされてんな」
「しょうへい!」
そこにいたのは藤森だった。りゅうは彼に駆け寄る。
「何があったんですか?」
「急に警察の連中が来たかと思えば目隠しされてよ……だが、急に慌てだしたからなんかあったんだろ。すぐ解放されたぜ。……お前達のおかげなんだろ?」
その質問には笑うだけで答えた。
「それで?その坊主は?」
藤森は光助を見て、聞いてきた。
「ちょっと気を失っていて……さすがにボクが匿おうかなって」
「……弟、だよな?まぁ、それなら大丈夫か……」
何がだろうか?蓮は疑問符を浮かべたが、許可は得られたようなので気にしないことにした。
「兄さん、光助を見てて。ボクは片付けをやるから」
服も適当に着替えさせていて、と義明に言って皆で片付けを始めた。
「ったく……いつか損害賠償請求してやる」
藤森は本気でそんなことを言った。確かに、この荒らされようは請求してもいいと思う。
(……まぁ、ボク達のせいなんだけど)
それに気付いているのだろうか?……気付いていたとしても、「お前のせいじゃない」と言ってくれそうだ。それに胸が温かくなる。同時に気合を入れなおした。
――今度は、悪神との戦いだ。
悪神は誰なのか、そこから見つけないといけない。だが、今はこの幸せに包まれていてもいいだろうと思うことにした。
片付けが終わった後、蓮は光助を見ていた。
「……大丈夫かな……」
心配そうなその声に愛良は肩を叩く。
「……今は、待つしかない。大丈夫だ、ちゃんと改心しているハズ」
「そうだよ。俺も心配だけど……蓮も光助も無事でよかった」
蓮が死んだ時はどうなるかと思ったんだよ、と義明は苦笑いを浮かべた。蓮も同じような顔をする。
「ごめん……光助をどうしても救い出したかったから」
「君らしい。でも、あまり無茶はしてほしくないかな」
蓮は光助の髪をすいた。彼が目覚める気配はない。
――とりあえず、悪神からこいつを救い出せたな。
「破滅の協力者」……本当にそうだったのだろうかと蓮は思う。だって彼は、「レンカ」が自分を受け入れなかった人々のために死んだことが許せなくてこの世界を恨んだのだ。それに、養父に虐待されていて心が壊れかけていた……考えれば、こうなってしまうのは当たり前のことではないだろうか。
「本当に、奇跡だったな……ミカエルが救ってくれたんだろ?」
「よく分かったね」
思えば、ミカエルを覚醒させてなければ光助を助け出すことが出来なかったのではないか。もしもの話にゾッとする。
「救い出せてよかった……」
蓮のその瞳は愛おしいものを見るような、そんな優しさを含んでいた。
やはり、あいつも駄目だったか。
「悪神」は思考にふける。
「コウノスケ・ピースガーディアン」も改心されてしまった。もはや使い物にならないだろう。今まで「レンカ・ピースガーディアン」に敵う奴はいなかった。やはり、所詮は「人間」だ。操るだけ無駄だったということだろう。
怠惰に堕ちた悪神はただ、少女を恋焦がれる。それと同時に憎しみも増していた。
なぜ俺ではないのだ。
なぜ他の人の前では笑顔でいるのだ。
いくら暴力を振るっても、少女は己の正義を見失わなかった。それどころか、他人を救っていく。それがますます男の嫉妬を煽った。
あいつだけは、俺のこの手で殺してやる……!
その怒りが、嫉妬が、男の心の中で燃え上がった。




