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THE PHANTOM THIEF ~紙一重の正義~(幻想怪盗団~罪と正義~改訂版)  作者: 陽菜


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十三章 繰り返す日々と謎の男

 ハッと目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。と言っても、ファートルの屋根裏部屋ではなく、実家の自室だ。

 ――またか。

 起き上がり、心の中に住まう男に声をかける。

「『ジョーカー』」

『なんだ?』

 返事があり、蓮は苦笑いを浮かべる。

「お前も、繰り返しているんだな」

『今更だろ。もう何度ループしていると思っているんだ?』

 そう、蓮は同じ時間を繰り返しているのだ。まだ、冤罪事件が起こる前の日。そこからループがされているらしい。

『また、あの女性を助けるのか?』

 『ジョーカー』の言葉に蓮はもちろんと頷く。

「そうしないと怪盗団の物語は始まらないし、そもそも困っている人を放ってはおけない」

『お前らしい。でも、それだからいいのかもな』

 彼は笑う。蓮の強い意志は彼が一番よく知っているから、何も言わないでいてくれる。

『ほら、明日も学校だろ?早く寝ろ』

「お前はヨッシーか」

 そう言いつつ、蓮は横になる。

「……今日も会える?」

『お前が望むなら』

 いつの間にか、日常の一部になった彼との生活。だが、これが心地いいと蓮は思った。


 学校に行くと、ざわめきが起こった。聞こえてくるのは蓮を称える黄色い声。それを無視しながら席に座る。

『明日には手のひら返すくせにな』

「全くだ」

 これからのことを知っている二人は小さくため息をつく。もう嘆くのも疲れてしまった。

「味方は、お前だけだよ」

 蓮が心の中で呟くと、『ジョーカー』は『どうも』と言った。クックッと笑っている声が聞こえる。彼らしいと蓮も笑った。


 夜、バイトから帰っていると言い合っている声が聞こえてきた。これもいつも通りだ。

「やめたらどうですか?嫌がっているじゃないですか」

 蓮が止めると、男は彼女を見て「じゃあ、お前が相手しろ」と告げた。それから近寄ってきて蓮の腕を掴む。

「離してください」

「ん?お前、成雲家の令嬢か?」

 男がジロジロと蓮の顔を見る。そんな男に嫌悪感を抱きながら蓮は睨みつける。

「そうですが、何ですか?」

 この時はメガネをつけていないので、分からないハズはない。

 ――でも、この男どこかで……。

 見極めようとすると、男は車に引き入れようと引っ張った。

「いたっ……!」

「それなら、丁度いい。とっとと乗れ」

 女性が必死になって止めるが、男は聞く耳を持たなかった。

 ――それから突き飛ばしてしまい、警察に連行されてしまった。弁解する気にもなれず、また女性の証言もあり、蓮の有罪はほぼ確実になるだろうと言われた。


 次の日の朝方、両親が迎えに来た。警察に謝罪し、蓮を引き取る。

 車に乗ると、父が口を開いた。

「……俺は、お前がそんなことをするわけないと思っている」

 母も同じ意見らしい、頷いていた。

「だが、なぜこんなことをしたんだ?令嬢としての自覚がないんじゃないか?」

「でも」

「言い訳はいい。とにかくお前は、自分のやるべきことをやれ。変な行動は起こすな」

 蓮の弁解も言わせまいと父は黙らせた。それに口つぐんでしまう。

 家に着くと、使用人達が出迎えた。そして朝食を摂るように告げたが、蓮は食べなかった。

「そのままにしてやれ。警察に捕まって気が滅入ってしまっているんだ」

 父の言葉もあり、使用人達は無理に食べさせようとはしなかった。

 無理やり学校に行くと、ひそひそと話し声が聞こえてくる。いつの間に広がったのか、既に広がっていたのだ。グッと耐え、蓮は席に座ると一人の女子生徒が近付いてきて言った。

「噂、気にしないでね」

 その言葉が風花の親友を思い出し、蓮は「ありがとうございます」と礼を言った。

 帰る途中、世界が歪んだような気がした。しかし、あのことが起こった後だといつものことだしと蓮はそのまま歩く。地域の人々からも蔑みの目を向けられるが、気にせず家に帰る。中身が入ったままの弁当箱を使用人に渡し、部屋に入る。そして、ベッドに転がる。

『大丈夫か?』

 『ジョーカー』が尋ねてきたので、蓮は「少しきつい」と答えた。すると、急に眠気が襲ってきたので逆らわず目を閉じる。

 目を開くと、『ジョーカー』が目の前にいた。蓮は固いベッドに座り、彼と向かい合う。

「蓮、おいで」

 『ジョーカー』が腕を広げたので、蓮は導かれるように抱きついた。

「大丈夫、オレがいる」

 その言葉に蓮は泣き出した。

「なんでボク、正しいことをしたのにあんなこと言われなきゃいけないの?」

 怒りと嘆きとが蓮を支配する。すると彼は頭を撫でながら、

「よしよし。お前は耐えてるよ。よく頑張ってる」

 そう言った。彼のその励ましが、蓮を支えてくれる。弱いところを見せない彼女が唯一、いつでも弱いところを見せることが出来る彼。だから蓮は、壊れないでいることが出来る。

「ごめん。泣いたりして」

 数分後、蓮は『ジョーカー』から離れ、謝る。彼は「別にいいさ。オレはお前なんだからな」と笑った。

「ほら、早く寝ろ。明日も早いんだ」

 彼の声と共に急激な眠気に襲われ、蓮は目を閉ざした。

 愛してるよ、蓮。

 いつもの言葉を聞きながら。


 それから何日か経ち、判決の日。蓮は法廷に立つ。

「被告・成雲 蓮。一年間の保護観察処分に処す」

 裁判官がそう告げ、周囲がざわついた。この判決はすなわち、蓮が傷害事件を起こしたとみなされたからだ。

 しかし、蓮は黙ったままだった。この判決に不服がないわけではない。だが、これがないと「幻想怪盗団」の物語は始まらないのだ。

 さて、今回はどうなることやら。

 周回によってはヨッシー以外仲間にならない時もあった。必ずしも全員仲間になるわけではないのだ。協力者達も、島田以外はその時によって違う。

 ――まぁ、どんな道でもボクはやり遂げるだけだけど。

 そう思いながら、蓮は法廷から出た。


 蓮が有罪判決を受けたと噂が広まり、悪評はさらに大きくなった。

 そんなある日、校長に呼び出された。

「成雲 蓮。今日限りで退学とする」

 明日から学校に来るなと言われ、蓮は頷く。言われなくても、こんな学校に二度と来るものか。

 退学処分は父にも伝わり、両親は必死になって蓮を受け入れてくれる高校を探しだした。その間も勉強は続けていたが、それ以上に冬木をどうするか考えていた。

 ――冬木を止めることは出来ない。でも、どうにかして助け出すことは出来ないものか。

『だが、どうやって助け出すんだ?あいつはどんなに手を差し伸べても手を取ろうとしない』

「それなんだよ。あいつは救われるのを拒んでいる。いや、そんな選択肢はないと思っていると言った方が正しいか」

 もし苦しんでいて、助けを求めていたのなら蓮も何かしら手が尽くせただろう。しかし、何度繰り返し、問いかけても冬木は手を取ろうとしない。

 ――何度も繰り返している内に気付いたのだ。冬木も、大人達に利用されているだけだと。

 でも、証拠が掴めない。どこまでが偽りで、どこからが本当なのか。ただ、怪盗団にいた時に楽しそうにしていたこと。あれは嘘ではないと思いたい。

『それから、咲中もか』

「そうだったね。冬木が殺してしまう……」

 考えられるのは、デザイアが崩れそうになって、咲中を残して去っていったあの瞬間。その時にデザイア内の咲中は殺されている。一体どうやって入ってきたのか、どうして現実にも影響を与えることが出来ると知ったのか。疑問に思うことは多々あるが、まずは止めないといけないだろう。

「……今回は、咲中から直接話を聞いてみるか」

 もしかしたら、冬木について何か聞けるかもしれない。幸い、オタカラを手に取らなければ崩れることはないと分かっているので言いくるめてしまえば何とかなるだろう。

『お前も、悪の道を着実に進んでいるな』

「目的のためと言ってほしいものだ」

 それに、自分が信じた正義のため。リベリオンの言葉をかりるなら「どんな冒涜も省みない」者なのだから。

『それで?食事はとらないのか?』

「痛いところつくな」

 食べる気になれないのは分かっているくせに。

『明日か。病院に行くのは』

「少し食べてないだけで大袈裟なんだよ、皆」

『お前の少しは少しじゃないんだよ』

「ボクにとっては少しだ」

 『ジョーカー』と会う前なんか全く食べなかったのだから、それに比べたらマシだろう。

『どうだ?今日も会うか?』

「どうしたいかは分かっているだろ?」

 蓮は目を閉じて、意識を飛ばす。目を開くと固いベッドの上だったので『ジョーカー』を探すために起き上がる。

 『ジョーカー』は広場の中心にいた。近寄り、「どうした?」と聞く。

「たまには身体を動かした方がいいんじゃないかと思って」

「なるほど、殴り合いか」

 女なら躊躇うものだろうが、残念ながら蓮はそこまで可憐な女ではない。二人はナイフを持ち、文字通り容赦のない鍛錬が始まった。カンカンとナイフのぶつかり合う音が響く。蹴りが入るが、それを避ける。最後にはナイフを投げ捨て、殴り合いの喧嘩のようになる。しかし、二人に浮かんでいるのは笑顔だった。

 ――この瞬間は、全てから解放されている。役目も、レッテルも、何もかもから。

 それを実感しているから。誰も邪魔出来ないし、止める人もいない。それが気持ちよかった。

「今日の鍛錬は終わりだ」

 『ジョーカー』がそう告げると、蓮は止まり、しゃがみ込む。『ジョーカー』は彼女に近付き、膝枕をしてくれた。最初は文句を言ったものだが、最近はされるがままになっている。

「蓮、愛しているよ」

「……分かってる」

 彼のその言葉が嬉しくて、つい笑みをこぼしてしまう。絶望的な状態なのに、彼といるとそうとは思えなくなる。

「いつまでも、一緒にいてね」

 思わず、そんな言葉が出てきた。『ジョーカー』は蓮の頭を撫でた。

「当然だ。お前は一人にすると何しでかすか分からないからな」

「悪かったな。でも、お前も一緒だろ」

 蓮が口をとがらせて言うと、『ジョーカー』は「オレはお前だからな」と笑った。

「ほら、疲れただろ?今日はもう寝ろ」

 まだ少し話をしていたかったが、刻限らしい。おとなしく蓮は目を閉じる。

 ――大丈夫。また会える。

「あぁ。お前が望む限り、いつでも会える」

 『ジョーカー』の言葉に安心して蓮は眠った。


 次の日、病院に行くといつも通り精神安定剤と鎮痛剤をもらう。

「とにかく、少しでも食べて元気を出してください」

 医者に言われ、蓮はとりあえず頷いておく。

 帰る時、蓮はメガネ屋に寄った。そして伊達メガネを買う。かけると、少しは歪んだ視界が治まった気がした。

「これがないと、もう駄目だな」

 自嘲の笑みを浮かべる。歪みが完全に消えたわけではないが、あるだけで世界が変わってくる。これからはこれを着けよう。どうせ前歴のことは狛井のせいで隠せないけれど、少しでも自分でいられるように。

 家に帰り、薬を飲んだ後扉がノックされたので開けていいと言うと、扉が開かれた。

「お嬢様。お食事です」

「そこに置いていてください」

 それを机の上に置かせ、使用人を下がらせる。しかし、一向に食べようとしない蓮に『ジョーカー』は問いかける。

『食べないのか?』

「……食べないと駄目?」

 他人の作ったものはあまり食べたくないと思っているのだが。

『食べろ。変に心配をかけない方がいい。お前が他人にいい感情を持っていないのは分かっているが、だからこそあまり関わらないためにも少しぐらいは食べた方がいいだろ』

「だよな……」

 仕方なく、蓮はそれを口にする。味はほとんど感じない。それでも半分食べて、箸を置く。

「ごちそうさま」

『お前にしてはよく食べたな』

 その言葉にムッとなる。

「失礼な。つきあいの時とかはちゃんと食べてるよ」

『分かってる。何度も言ってるだろ?オレはお前だって』

 恐らく、蓮の中で笑っていることだろう。一瞬だけ殴りたいと思ったが、敵わないと頭を冷やす。

『それが無難だな』

「……お前より強くなったら、一発殴ってやる」

 そう宣言すると、『ジョーカー』は『楽しみにしてる』と言った。


 三月になり、凛条高校への編入が決まった。

「東京には一人で行け」

 そんな中、父の発言に皆が固まった。

「ボク一人で、ですか?」

 もちろんそんなことは知っているが、初めて聞いたふりをする。

「そうだ」

「どういうつもりですか?あなた」

 母が父に文句を言おうとする。しかし、「お前は黙っておけ」と睨まれ、母は何も言えなくなる。彼女としては一緒に行くつもりだったのだろう。

「前にも言ったように、お前が人を殴ったとは思っていない。だから一年間、東京に一人で暮らせ。成雲家の令嬢だということだけは覚えておくように」

「……分かりました」

 表面ではそう言っているが、心の中では怪盗団のことを考えている。そんな彼女に父は封筒を渡した。

「学校のパンフレットと保護観察人についてだ。くれぐれも、問題は起こすなよ」

 そう言うと父は立ち上がり、蓮を殴った。しかし驚きの声は聞こえてこない。

「もし言いつけを守らなかったら……分かってるな?」

「……はい」

 特に痛いとも感じず、ただ口の中が鉄の味がするぐらいにしか思えなかった。

 ――この時は、痛覚も麻痺してたんだな……。

 いつものことで、どうしようもないと蓮は諦めていた。でも、人は変わることが出来るのだと知っている。だから、立ち上がってみせる。どんなにつらくても。


 四月八日土曜日。いつも通り電車に乗り、スクランブル交差点に出る。そこでスマホを見ると、ゲンソウナビが入っていたが消えないと知っているのでわざわざ消す必要もないとそのままにしておく。

 電車を乗り換え、ファートルに着く。恐る恐る開くと、藤森は蓮の方を見てため息をついた。

「あぁ、そういや今日だったな」

 戻ってきたな、と思う。最初は、まさか自分が怪盗をやるなんて思っていなかった。

 自己紹介をして、部屋に連れて行ってもらう。藤森が下に降りると、蓮は片付けを始める。

『いつも思うが、殺風景だな』

「いいだろ?ボクはこっちの方が好きなんだし」

 慣れた手つきで片付けていき、すっかり綺麗になった時、下から上ってくる音が聞こえた。階段から出てきたのは当然だが藤森。

 ――りゅうがこの階段をのぼる日が待ち遠しいな。

 弟のような、藤森の養子を思い出す。顔に出ないように気をつけながら藤森と話す。

「俺は帰るが、悪さはするなよ」

「分かってます」

 おやすみなさいと言うと、藤森は怪訝そうに見たが、すぐに下に降りる。前歴者と極力関わりたくないのだろう。むしろ、よく話を聞いて信じてくれたと思う。

 ファートルの扉が閉まる音が聞こえ、蓮は鍵を閉めるため下に降りる。そして、二階に上がりノートを開く。書くのは勉強ではなく、これからの計画。りゅうに盗聴されているため、『ジョーカー』とは心の中で話す。

『どうするんだ?』

「まずは狛井を改心させて、それから冬木がファートルに来るんだよな。だからそこで少し話せたらいいと思う。そして、その後打ち上げの日に「ビリヤード」とヨッシーが言った言葉を口に出すよな」

『だが、そこで指摘したら警戒されるぞ』

「そうだよな……。しかも下手をすれば怪盗だとバレるかもしれない」

『ネコの声が聞こえるってところでな。冬木は頭がいい。すぐに幻想世界に行ったことがバレるぞ』

「だからと言って、皆に打ち明けるわけにもいかないし……」

 さて、どうしようか。

『やはり、単独行動じゃないか?』

「そうだな。じゃあ夜にデザイアやアザーワールドリィに入るか」

 それをノートに書いていく。鍛えるために今までも勝手にアザーワールドリィには入っていたが、情報を集めるためにデザイアやアザーワールドリィに入るのは今までなかった。

『今からでも行くか?』

「いや、今は藤森さんの信頼を得ないといけない」

 今は表面だけでも逆らわずに過ごす方が大切だと蓮が言うと、『ジョーカー』は『それもそうだな』と納得した。

「それに、もしかしたらヨッシーに会ってしまうかもしれないしな」

『なるほど。確かにそれはいけないな』

 とにかく、今は動くには支障がありすぎる。せめてヨッシーがここに来るまで行動は慎まないといけないだろう。丁度その頃には鍵ももらっているのでそこから冬木を助け出すために、そして運命に打ち勝つために行動を開始する。その方が効率的だろう。『ジョーカー』のことも、繰り返しているということも、何もかもを決して話さない。そう、誰にも。ヨッシーにさえ。

『最初の頃と随分違うな』

「お前のことについてはともかく、繰り返していることは一度も言ったことがないだろ」

『そうだな』

 ノートに書きながら、『ジョーカー』の笑い声を聞く。

『お前も、演技が上手くなったよな』

「五十回以上も繰り返していたら、そりゃあ上手くもなるよ」

 皮肉気味に告げる。蓮とて、上手くなりたかった訳じゃない。隠れて行動する時や隠しごとをする時に必要な技術だったから身につけただけなのだ。

「……でも、なんで繰り返してるんだろ?」

 思い出すのは、アルターを覚醒させる時に聞いた女性の言葉。「理不尽なゲーム」やら「勝機はほぼないに等しい」……だったか。どういう意味か分からないが、もしこのことを言っているのなら「何か」をしないと抜け出せないということだ。

「……『ジョーカー』は、知ってるんだよね?」

『一応な。だが、全て知っているわけじゃない』

「そうなのか?」

 てっきり全部知っているものだと思っていた。だが、確かに『ジョーカー』は蓮なのだから、分からないこともあるだろう。

『ただ、一つ言えることはこの運命はお前に与えられた試練だということだ』

「ボクに与えられた、試練……」

 なぜだろう。やはり、何か忘れている気がする。だが、何も思い出せない。

 ――この男はなぜ、ボクの中にいるんだ?

 しかし、答えてくれる人はいない。

『お前は、お前のやるべきことをしろ。その先に答えがある』

 ヨッシーの正体も、お前の冤罪の犯人も、何もかも。

 いつもそうやってはぐらされるのだ。前に言っていた、「お前には思い出してもらいたくない」ことなのだろう。

『オレも、ちゃんと協力する』

 しかし、いつでも支えてくれる。ヨッシーと同じぐらい大切な相棒になっているのだ、心の中にいる彼も。

「……ありがとう」

 今は、一人じゃない。彼がいる。だから大丈夫。

 蓮はそう言い聞かせ、不安を払った。



 あなたは、再び運命に囚われてしまった。

 そこから抜け出すには、真実を知るしかない。

 どうか、思い出して。

 あなたが、皆の望む「トリックスター」であることを。



 学校に挨拶しに行き、ファートルに戻る。

「どうだ?やっていけそうか?」

 藤森に聞かれるが、蓮は黙ったままだった。その様子を見て、彼はため息をついた。

「本当に更生するのかね……こんな、世界に絶望しているような奴が……」

 そう呟いたのが聞こえた。彼が本当は優しい人だと知っているため、本当のことを話したくなるが、それを耐える。彼から聞かれる日までは口に出してはいけない。今話しても、きっと信じてもらえないから。

「それじゃあ、俺は帰るぞ。くれぐれも、外には出るなよ」

 藤森が家に帰り、蓮は鍵を閉める。釘を刺すあたり、やはり信用されていないのだろう。前歴があるのだから仕方ない。

『寝るか』

「そうだね」

 二階に上がり、ベッドに横になった。


 乗り換えをして学校に行こうとすると雨が降ってきたのでいつも通りの場所で雨宿りをする。すると風花が隣に来た。いつ見ても美人だと狛井の車に乗ったのを見届けながら思う。その後すぐに良希が蓮の前に止まった。彼と話をして、一緒に学校に向かう。歪んだ気がしたのはこの時、良希がキーワードを言っていたからだろう。

 凛条高校は城になっていた。良希は驚きながら中に入ったので蓮もついて行く。中に入ると、後ろからエネミーに殴られ、気を失ってしまった。

 目覚めると、良希が心配そうにのぞき込んできた。

「大丈夫か?」

「はい……。ここは?」

 蓮が聞くと、彼は「分かんねぇ……牢屋みたいだけどよ」と答えた。二人で牢屋の中を探索していると、狛井のフェイクが来た。狛井が「死刑だ」と告げたので反論すると、彼は蓮が女だと気付いた。

「お前は俺様のペットにしてやろう」

 その言葉に吐き気がした。いつまで経っても慣れないが、当然だろう。性的対象として見られているのだから。

 狛井が良希を殺そうとしている時、リベリオンの声が響いた。

『我が主。お前は再び戦うか?』

「……当たり前だ」

『それがたとえ茨の道でもか?』

「諦めなければ、道は拓ける。そう信じてる」

『よかろう……今一度、その力を解き放て!』

 蓮は仮面を剥がし、アルターを覚醒させる。黒衣の女怪盗。ようやく、「幻想怪盗団」の物語が本格的に始まる。

 エネミーを倒し、牢屋から脱出する。蓮は先頭に立って、ヨッシーのいるところまで走る。そしてヨッシーを助け出し、出口まで導いてもらう。

「ここまでだ。ワガハイはまだここに用がある」

「ありがとうございます」

 礼を言い、二人で現実に戻る。スマホを見るともう十二時。長いこと城の中にいたということだ。

 学校に行き、長谷に説教をくらった後裏庭に行く。悪口の言われている今、一人の方が落ち着くのだ。風花が話しかけてくるということもないし、誰も前歴者のことを気にかける人はいない。

『蓮、話し相手になってやろうか?』

「そうだな。頼めるか?」

 ご飯も何も持ってきていない蓮は『ジョーカー』の提案に乗る。

『お前、好きな奴がいるのか?』

「はぁ!?な、何言ってるんだよ!?」

 『ジョーカー』の突然の質問に蓮は顔を真っ赤にする。

『その反応は、いるんだな』

「……それが誰かなんて、お前が一番よく知ってるだろ?」

 彼には隠せないと早々に諦め、答えると、『ジョーカー』は喉を鳴らして笑った。

『なるほどな』

「口に出して言うなよ?絶対。恥ずかしいから」

 なぜ自分自身と恋バナじみたことを話しているのだろうか?しかも、相手は男だ。普通、こういったものは同性でやるものじゃないのか。別にいいけど。

『お前に好意を持つ奴が可哀想だな』

「急にどうした?そもそもボクに好意を持っている奴なんていないだろ」

『無自覚か。まぁ、お前は鈍感だもんな』

「悪かったな。でも事実だろ」

 メガネを直しながらスマホを見ると、もう時間だったので職員室に向かう。

 教室に行き、自己紹介をした後席に座る。風花に「うそつき」と言われるが、いつも通りスルーする。授業はもう何度も聞いたことなので、聞き流しながら窓の外を見る。

 悪口が聞こえるが、全て無視する。ふと視線を感じたのでそちらを見ると、島田が慌てて目を逸らした。どこか申し訳なさそうにしていた。

「いつもああやって見てるのかな?」

『そうかもな』

 別に、彼は悪くないのに。悪いのは狛井なのだ。蓮の居場所をなくすために彼にさせたことを早く報いないといけないなと思いながら再び窓の外を見た。

 ――あぁ、メガネ越しに見ても僅かに歪んでいるな。

 あの冤罪事件から、周囲が全て歪んで見えていた。それを少しでもなくすために伊達メガネをつけるようになった。前歴を隠すため、表情を隠すためというのももちろんあるが、それ以上に全てを直視することが怖くなったのだ。

『でも、オレを見ている時は平気だよな』

「そうだね。心の中だからかも」

 自分の心には偽りなど通用しない。だからこそ歪んで見えないのだろう。

『大丈夫。オレがいる。だから安心しろ』

「……いつもありがとう」

 それに、彼はいつもそう言って励ましてくれるから。だから、大丈夫。自分には、味方がいる。一番の理解者が、すぐそばに。

『共に戦おう、蓮』

「もちろん。『ジョーカー』」

 心の中で、二人は頷き合った。


 次の日、良希の提案により再びデザイアに行くことになった。そしてヨッシーと再会し、バレー部員が酷い仕打ちを受けている現場に向かう。もちろん本物ではないが、良希が助け出したいと言った。

「風谷君。気持ちは分かりますが、多分彼らは本物じゃありません」

 長い間ため口だったので敬語に違和感を覚えるが、最初の頃だしと口調まで演じる。

「レンの言う通りだ。こいつらは本物じゃない」

 ヨッシーもそう言って良希を止めるが、それでも渋る彼にため息をつく。

「とにかく、エネミーが来ると厄介だ。早く出るぞ」

 ヨッシーの言葉に蓮は頷き、良希を無理やり連れて行った。

 しかし、ホールのところで足止めをくらう。そこで良希が覚醒し、切り抜ける。そして、何か言おうとしているヨッシーを置いて現実に戻る。そのまま牛丼屋に行き、前歴の真相や狛井の体罰のことについて話す。

「俺には敬語じゃなくていいぜ」

「……そうか。それなら、そうさせてもらう」

 ようやくため口で話せることに安堵しながら、蓮は普段通りの口調に戻る。

「球技大会、あるよな?その時、バレー部の連中に問いただそうぜ」

「別に構わないが、ボク達に話してくれる奴がいるか?」

 不良と、前歴者。話してくれる人なんていないだろう。しかし彼は当たって砕けろと言いたげだ。結局、その瞳に負ける。

「……分かった。ボクも手伝う」

『相変わらずのお人好しだな』

 聞こえないのをいいことに『ジョーカー』が笑う。それを聞きながら蓮は良希と握手した。


 球技大会の日、狛井にボールを当てられた島田を保健室に連れて行き、聞いてみるがやはり話してはくれなかった。良希も同じだったようだ。中庭で話していると黒ネコ姿のヨッシーが来た。ネコがしゃべったことに良希は驚いていた。

「蓮、お前も聞こえてるよな!?」

「ニャー」

「ふざけねぇでいいから!」

 場を和ませようとしたのだが、怒られてしまった。何が悪かったのだろう。

「まぁいいや。お前も聞こえてるってことだよな」

「そうだけど」

「じゃあ、なんで驚かねぇんだよ」

「驚くほどでもないかなって。あんな世界があるぐらいだし」

 実を言えば、驚く演技はどうしてもわざとらしくなってしまうのでやめただけだ。だからもっともらしいことを言うことにしている。

 ヨッシーの言葉を聞いて、蓮は悩むフリをする。しかし、心は既に決まっていた。後は良希次第だ。

「少し、考えさせてくれねぇか?」

 人を殺すかもしれないということであと一歩踏み出せず、彼は答えを保留した。いつものことなので気にしない。

「でも、改心させるしか方法はないと思うぜ」

 ヨッシーはそう言って去っていった。良希はうなだれ、「他に方法がないか探してみる」と告げた。蓮は「分かった」と答えた。


 次の日、ヨッシーと裏庭で会ったので少し話をする。彼も敬語じゃなくていいと言ってきたのでその通りにする。

 その後川口と話していると、風花に邪魔をされた。「犯罪者!」と蓮を見て叫んだ。しかし、それに傷つくことも疲れた。

 放課後、風花が狛井の電話に出ているところに遭遇し、カフェで話を聞く。彼女が話してくれたことにホッとした。繰り返している中で、狛井の言いなりになってしまうこともあったからだ。

「話、聞いてくれてありがとう」

 ちゃんと断るから、と風花は言い、カフェから出た。

『よかったな』

「そうだね」

 注文していたコーヒーを飲む。安心したからか、最初の時よりおいしかった。その顔も、少し晴れやかだった。

『明日はどうする?』

「川口さんか。……狛井を止めることが出来たらよかったんだが」

 時間的に無茶だ。今から学校に戻っても、間に合わない。

『見捨てるのか?』

「そんなことはしない。今は無理でも、明日の飛び降りの時にどうにかする」

『どういう意味だ?』

 珍しくわけが分からないと言いたげだ。蓮の考えていることなど彼にはお見通しのハズだが。

「分かってるだろ?成雲家に伝わる秘術は何も「癒しの力」だけじゃない」

『……なるほど。あれを使うのか』

 蓮が何をしようとしているか分かり、『ジョーカー』は心配になるが、それしか方法がないと高を括る。

「任せろ。こういう時のボクは強いぞ」

 幻想世界の時のような悪い笑みを浮かべ、『ジョーカー』に言った。


 次の日、授業に蓮は出ていなかった。

「……転校生さん、どうしたんだろ?」

 風花が呟いたその時、「あれ、川口じゃないか!?」という声が聞こえてきた。風花は慌てて廊下に出て、外を見る。屋上に自分の親友がいた。

「あい!戻って!」

 その声を無視し、川口が足を前に踏み出そうとしたその時、

「川口さん!」

 なんと、蓮が川口の腕を掴んだ。「あれ、例の転校生じゃないか?」「もしかして、あいつと何かあったんじゃ……?」と憶測が流れた。風花も一瞬そう思ったが、昨日のことを思い出す。違う、彼女はそんなことをする人じゃない。

「川口さん、何かあったのならボクが話を聞きます。だから早まらないでください」

「……転校生さん、離して。私、もう耐えられないの」

「大丈夫、だから戻って。あなたの話を聞いてくれる人だっています」

 必死になって止めてくれていることが分かった。風花は涙が出そうになる。

 ――転校生さんは、人を傷つけるようなことはしない。

 それなのに自分は彼女に「犯罪者」なんて言ってしまった。それに後悔する。

 その時、川口と蓮が落ちてしまった。蓮は川口を抱きかかえ、手を伸ばす。

 慌てて下に降り、中庭に来た。――しかし、川口は怪我をしていなかった。蓮は頭から血が流れていたが、動けるようだ。

「いたた……。「防御の術」の練習をしていてよかった」

 そう、もし仮に落ちた場合でもこの秘術があったから大丈夫だと判断したのだ。だから、説得することにした。

『お前、時々大胆だよな……ひやひやする』

 『ジョーカー』が心の中からそう言ってきた。川口を見ると、ただ気を失っているだけのようだ。怪我はしていないが、精神的に傷ついているからとりあえずと「癒しの力」を使う。しかし目が覚めない。やはり、心の傷が深いのだろう。

 救急車が来たので川口を預け、蓮は良希のところに行く。頭の怪我が気になるが、どうせすぐに治るだろうと放っておく。

 島田から川口が狛井に呼び出されていたという情報を得て、三人で狛井のところに行く。そして問い詰めるがはぐらかされ、挙句島田に暴力を振るった。それを癒し、「お前の口から罪を告白させてやる」と宣言し、出ていく。

「だ、大丈夫なのか?」

「大丈夫です。絶対に、退学なんてさせません」

 島田が不安そうに聞いてくるが、蓮は力強く「安心しろ」と告げた。

「でも、ぼく、君の前歴」

「バラしたって?そんなの気にしてませんよ。狛井が悪いんですから」

 そんなことに怒っても意味ないし、と彼に言った。彼は黙って蓮を見る。

「とにかく、今回のことはボク達に任せてください」

「そうだぜ。俺らが何とかするからよ」

 その言葉に、島田は不思議そうに見ながらも頷いた。

 放課後、デザイアに入ろうとすると風花が来た。そして、「自分も連れて行ってほしい」と懇願した。後から勝手に来ることは分かっていたが「危険だ」と告げて連れて行かなかった。

 ナビを起動すると、ヨッシーが「コードネームを決めようぜ」と言ったのでいつも通りヨッシーをテュケー、良希をマルスというコードネームにした。蓮は後から決めるということで話がまとまる。

 城の中に入り、ニンフをサポートエネミーとして仲間に引き入れるとヨッシーが驚いた。そして蓮のコードネームを「ジョーカー」にした。切り札という意味だ。しかし同時に「道化師」という意味もある。今まで、蓮は「道化師」だった。今度こそ「切り札」になることが出来るのだろうか?

 安全地帯に着くと、エネミーの声が聞こえてきた。風花が捕まったのだ。すぐに助けに行くと、風花は三人の姿に驚いたようだ。ジョーカーは思わず「どうも、成雲 蓮です」と自己紹介をしてしまう。

「真面目か」

『真面目か』

 マルスと『ジョーカー』が全く同じタイミングで同じツッコミを入れた。しかし、それを気にせず風花を助けようと一歩踏み出すが狛井に「動くな。こいつの命がないぞ」と脅され、止まる。

 その後、蓮の言葉で風花はアルターを覚醒させた。そして、ピンチを切り抜ける。

 現実に戻り、風花を休ませる。良希が飲み物を買ってくる間に少し話をする。

「あたしに対しても敬語じゃなくていいから」

 そう言われ、蓮は頷く。それに満足したらしい、風花は微笑んだ。

「よろしくね、蓮」

「……こちらこそ、風花」

 二人は握手する。友情が生まれた証だった。

 良希から飲み物をもらい、今後のことについて話し合う。そして土曜日にミリタリーショップと診療所に行くことにした。

「他に買ってくるものはないのか?」

「それは良希に任せる。お菓子だけ買ってくれればいいから」

 コーヒーは許可を取って蓮が作ると告げて、今度はヨッシーをどうするかという話になった。結局蓮が連れ帰ることになる。藤森は呆れながらも受け入れてくれるので別に構わないのだが。

 ヨッシーをカバンに入れ、ファートルに帰る。藤森に見つかるが、ミルクを持ってきてくれた。やはり、彼はネコ好きなんだなと思う。

『それで、皿はどうする?それから食事は?』

「ちゃんと洗うよ。ご飯はいらない」

 『ジョーカー』に答えていると、「おい、レン」と呼ばれた。

「なんだ?ヨッシー」

「……お前どこかで見たことある気がするんだよな」

 ヨッシーは遅かれ早かれ、いつもそう言って蓮を見る。蓮も、ヨッシーの声をどこかで聞いたことがある気がするのだ。しかし、幻想世界に行って会ったということはありえないので気のせいかもしれない。

 ――そういえば、兄さんの名前はなんだっけ?

 ふと、いとこの兄を思い出す。不思議な世界に迷い込んで、自分を逃がしてくれた兄。名前だけがどうしても思い出せない。

『いずれ思い出すさ』

 『ジョーカー』がそう言ってくれた。蓮は心の中で「ありがとう」と告げる。

「レン、どうした?」

「ん?何でもないよ。ただ、お前が早く人間に戻れたらいいなと思っただけ」

 そう言ってヨッシーを撫でた。彼は「お前らと一緒だったら、きっと見つかるぜ!期待してるからな」と笑った。


 土曜日、まずは良希と共にミリタリーショップの金井のところに向かう。そして武器を買い、蓮はそれを持って一度ファートルに帰る。そして、敷井のところに行き、薬を買う。そこで取引をし、治験を手伝うことになった。

「若い子ってなかなかいないから、手伝ってくれるのは嬉しいわ。調子がいい時に来てね」

 敷井が嬉しそうに言ってきたので蓮は「お手柔らかにお願いします」と苦笑いを浮かべた。


 次の日から、攻略が始まった。風花も川口のことを心配していたが、来てくれた。

「フウカのコードネームはどうする?ジョーカー」

「そうだったな」

 テュケーに言われ、ジョーカーは考えるフリをする。そして、「ウェヌス、なんてどうだ?」と聞くと、彼女は「いいよ、それで」と笑った。

 城の中に入り、エネミーを倒しながら謎を解いていく。全く変わっていないのでジョーカーは簡単に進んでいった。

 四分の一ぐらいまで進み、今日はここまでにしようと現実に戻る。

「蓮が簡単に解いてくれるから助かったぜ」

 良希が伸びをしながら言ってきた。蓮は「頭脳勝負は強いからな」と答えた。

「それでもすごいぜ。まるで慣れているみたいだった」

「命をかけたことはないが、やったことがあったからな」

 少しだけ嘘をつく。罪悪感がないわけではないが、蓮の立てている計画に気付かれるよりはマシだ。

 その場で解散し、『ジョーカー』に『飯、そろそろ食え』と注意されたのでコンビニに寄って自分用のおにぎりとヨッシー用の魚のネコ缶を買う。

『もう少しバランスよく食べた方が』

「お前はオカンか」

 今は食べられるものを食べればいいだろうと答える。ヨッシーは「ワガハイをネコ扱いすんじゃねぇ!」とカバンの中で叫んでいた。元は人間でも、今はネコだろう。ネコもどきで何でも食べられるというのは知っているが。

 ファートルに帰り、ヨッシーが寝たのを確認すると蓮は外に出た。そしてナビを開き、狛井のデザイアに入る。

『何か見つかったか?』

「いや、何も。だからと言って先に進んでしまうのもな」

 何か情報が見つかるかもと思っていたが、やはり簡単にいかない。

 その時、足音が聞こえてきた。蓮は隠れ、様子を見る。人影が見えたが、誰だか分からない。

「近付くか?」

『いや、やめた方がいい。まだ気付いていないだろうからな』

「そうだな。まだ怪盗団が活動している頃じゃないもんな」

 あの人影も、まさか今この瞬間に自分以外がデザイアに入っているとは思うまい。

『後をつけるか?』

「いや、大丈夫だろう。狛井を殺す理由がないからな」

 冬木のように殺すために入ったのならともかく、あの人影からは殺気が感じられない。

「でも、誰だろうな。ここからじゃ分からない」

『冬木じゃないのか?』

「なんか、違う気がする。冬木ならもっと堂々としているハズだ」

 しかし、どこかで見たことのあるような、そんな感覚だ。あの人影、自分は絶対に知っているハズなのに思い出せない。

『冬木やオレ達以外に侵入者がいるということか』

「そうかもね。気に留めておこう」

 その人影に気付かれないように蓮は現実に戻った。

 ファートルに戻ると、ヨッシーが起きていた。

「どこ行ってたんだ?」

「散歩だ。夜風に当たりたくてな」

 蓮の解答に「ふーん……」と疑うように見ていたが、

「もう寝ようぜ」

 そう言ってベッドの上に飛び乗った。蓮は寝間着に着替え、ベッドに転がった。

「……大丈夫か?」

「どうした?急に」

「つらいことがあったから、散歩に出かけていたんじゃないか?」

 なるほど、そっちを考えたか。蓮は撫でながら「大丈夫だ。心配してくれてありがとう」と言った。

「でも、お前顔にあんま出ないから心配だぜ」

「営業スマイルだけやってればいいからな。学校内では感情なんて出さなくていいだろ」

「お前、学校内では悪口ばかり言われてるもんな」

「どこでも厄介者扱いさ。家の中でさえもね」

 おどけて見せると、ヨッシーはさらに心配してしまった。

「でも、家族は前歴のこと、違うって信じてくれたんだろ?」

「そうだけど、父も母もボクのことなんて愛してはいないさ」

「どういう意味だよ?」

「話す時が来たら話すよ。今は言えない」

 そう言うと、「もったいぶるなよ」と言われた。そんな彼に「まだ心の準備が出来てないんだ」と答えてそのまま目を閉じた。


 目を開くと、そこは牢獄世界だった。

「久しぶりだな、成雲 蓮」

「そうですね、シャーロック」

 双子が両脇に立っている。何も言ってこないが、それを気にせずシャーロックの言葉の続きを待つ。

「お前の運命は再び動き出した。今度こそ、勝てるといいな」

「……えぇ。今回こそ、冬木に勝てるように頑張ります」

「楽しみにしてるぞ。――――」

 シャーロックの言葉と共に眠気が襲ってきた。最後になんて言ったのか分からなかったが、眠気に逆らわず目を閉じた。


 次の日もデザイア攻略をする。ジョーカーを先頭に進み、エネミーと戦いながら仕掛けを確かめる。いじられた形跡がない。昨日の侵入者はどうやって先に進んだのだろうか。気になるが、それを悟られるわけにはいかない。

 そして解散した後、蓮はヨッシーをファートルまで連れて帰り、「ちょっと用事がある」と言って外に出た。そして城に戻り、再び探索する。

『今日はあそこまでか』

 あの人影が今日も来るかもしれないと思いながら、手がかりを探す。

 そして予想通りあの人影が来た。サッと隠れ、様子を見る。顔は見えず、黒い服を着ている。迷い込んだ……?いや、それにしては慣れている。それに、フードで顔を隠すあたり、何かを企んでいる可能性も否定出来ない。でもやはり殺意が溢れているということはない。

 ――狛井の様子を見に来た?

 もしそうだとしたら、狛井にデザイアがあるということを知っていたということだ。しかし、自分達や冬木みたいに知っている人がいるのか?

『気になるな』

「あぁ。オレ達や冬木以外の侵入者……もしかしたら、何か手がかりが掴めるかも」

 冬木を裏から操っているであろう人物の特定は既に出来ている。だが、もしかしたらそれ以上に大きな存在がいるのかもしれない。

 今回はついて行く。人影は一瞬だけ蓮を見た気がしたが、すぐに元通りになったので判別がつかなかった。

 その人は狛井のフェイクと出会うが、狛井はその人を迎えていた。現実では味方だと判断されているということだ。その人影もフェイクかと思ったが、すぐに違うと分かった。

「調子はどうだ?」

「えぇ。そりゃもちろんちゃんとやっておりますよ。生徒達も俺様を慕っています」

「そうか。それならいい。俺は学校に顔は出せないからな、ここでしか様子を確かめられないんだ」

 そんな会話が聞こえてきたからだ。さらに聞こうと蓮は耳を傾ける。

「しかし、「白い男」以外に侵入者がいます。黒ネコと男一人と女二人です」

「特定は出来ているのか?」

「はい。この学校の者です」

「なるほどな。気をつけろよ」

「はい。この俺様が侵入者などに何かあるとは思えませんが」

「いや、恐らくその内の一人は俺が知っている者だ。そいつは強い。お前がどうにか出来る相手ではないぞ」

「どういうことでしょうか?」

「そいつは「トリックスター」と呼ばれている。愚か者だが、そいつは弱い者を助け、我々のような悪人を倒しに来る。お前では絶対に勝てない」

「ご安心ください、返り討ちにしてみせましょう」

(「トリックスター」……)

 声的に男、だろうか。それに、学校では顔を出すことが出来ない?何者なんだ?この男は……。それに、誰のことを言っていたのだろう。さらに耳を傾ける。

「いや、お前では無理だ。奴は「反逆の正義」とも言われているからな。対抗出来るのはあいつしかいない。あいつも、改心されたら終わりだ」

(あいつ……?もしかして、冬木のことか?)

 何となくそう思った。冬木は彼らの味方だろうからありえない話ではない。でも、改心って冬木はアルター使いだからデザイアは生まれないハズ。改心も、不可能だろう。

(いや、方法はある)

 たった一つだけ。蓮にしか出来ない「改心」の方法が。

「とにかく、そいつと戦わないように気を付けることだ」

「その、そいつというのは一体?」

 狛井の質問にフードを被った男は小さく言った。蓮には聞こえなかったが、狛井は青くなった。

「そいつはけた違いの力を持っている。今は忘れているようだが、思い出した時の奴は想像を絶するほどだ」

(忘れる……)

 そこでようやく自分のことを言っているのだと気付く。この男、何者だ?なぜ蓮がアルターを使えることを知っている?

『お前、あの男のことを知ってるか?』

「いや、オレは知らない。正確には顔を見ていないから何とも言えないが」

 しかし、声は聞いたことある気がする。

『オレも、そんな気がする。どこでだったか……』

「お前もか。なら、知っている人物の可能性が高いな」

 二人共思い出せない。あと一つのピースが当てはまらないような、そんな感覚だ。

 とにかく、情報はそれなりに得た。その場を去り、現実に戻る。ファートルの帰り道、『ジョーカー』と先程のことについて話し合う。

「どう思う?」

『お前のことを知っている、というのは分かったが、あれだけでは分からないな』

「ボクも同じだ。そもそもなんでボクを知っているのか、ということも気になるな」

 話しているとファートルに着いた。扉を開くとヨッシーが「遅かったな」と出迎えた。

「ごめん、長引いちゃって」

 ほら、ご飯を食べようと誘うとヨッシーは足元に寄ってきた。


 十九日、ルートを確保する。予告状は明後日出すことにし、解散する。

「今日は出かけるとか言わないんだな」

 夜、ヨッシーがそんなことを言ってきた。

「悪いか?今日は別にいいかなと思ったんだけど」

「そういうわけじゃないけどよ。お前、忙しそうにしてたから」

「ヨッシーが気にすることじゃないよ。大丈夫だから」

 蓮が答えるとヨッシーは「そこまで言うなら大丈夫だろうけどよ……」と心配そうな目をしてきた。

「でも、明日はまた出かけるから」

「休まなくて大丈夫か?お前が休んだ方がいいって言い出したろ?」

「敷井さんのこともあるし、休む日はほとんどないよ」

 そう告げると彼に「たまには休めよ」と言われた。蓮は「善処する」と全く思ってないように答えた。


 次の日、裏庭にいると男子生徒が数人、蓮のところに来た。

「……何ですか?」

 その男子達を睨みつけると、「おー、怖い怖い」と全く怖がってなさそうに言った。そして、蓮の腕を掴む。

「なぁ、おれたちと楽しいことしようぜ」

 ため息をつきたくなる。叫ぼうかと思ったが、恐らくここからだと聞こえないし、そもそも助けてくれる人もいないだろう。さてどうしようかと思った時、男子達の後ろから良希の声が聞こえた。男子達は彼を見ると、関わりたくないのかすぐに去っていった。

「大丈夫か?蓮」

「あぁ。ありがとう、良希」

 助かった、と礼を言うと「お前の声が聞こえてきたからいるかと思ってよ」と笑った。

「それで、あいつらは?」

「勝手に絡んできた。迷惑な奴らだ」

「お前も災難だな……」

 何度も繰り返していると慣れてくるものだが、迷惑なものは迷惑だ。

 良希が座れるスペースを作ると、彼はそこに座る。

「なんでこんなところに?」

 気になっていたことを聞くと、彼は「風花から聞いたんだ。昼休みは裏庭で過ごしてるって」と答えた。

「そうか。何かボクに話したいことでも?」

「そうじゃねぇけど。ただ、お前が一人でいると心配っつーか」

 ほら、お前学校で噂流されたろ?と聞かれたので頷く。

「だから、俺と同じで居心地悪いんじゃねぇかなって」

「まさかリョウキがそんなこと考えられるなんてな」

「んだとネコ!」

 ヨッシーがカバンから顔を出しからかうと、良希がいらだったように叫ぶ。

「ネコじゃねぇし!」

 ヨッシーも言い返す。この二人は本当に変わらない。

「ほら、喧嘩しない。良希もボクのことはあまり気にしないでいいよ」

「でも、実際居心地悪いだろ?」

「そこは否定しないけど、皆ボクと関わりたくないだろうし」

 蓮が言うと良希は「やっぱ、俺達似た者同士だな」と呟いた。

「そうかもな」

「きっと、狛井を改心させたらそれもなくなるぜ」

「……そうだといいな」

 どうせそんなことはないと知っているため、悲観的になってしまった。

「大丈夫だって!お前そんなことする奴じゃねぇって分かってるから」

「……噂っていうのはいつまでも消えないものだよ」

「なんか、経験済みって感じだな……」

 ヨッシーの言葉にしまったとなる。しかし彼は「地元にいた時、何かあったのか?」と聞いてきた。どうやら勘違いしてくれたらしい。

『そもそも、繰り返しているって考えに至らないだろ』

「それもそうだね」

 『ジョーカー』が心の中から語りかけてくる。誰が同じ時を何度も繰り返していると思うだろう?たとえ話したとしても信じてもらえないだろう。

 その時、チャイムが鳴った。良希は「また後でな」と言って教室に戻った。

「ボク達も戻ろうか」

 蓮が言うとヨッシーは顔をカバンにひっこめた。そのカバンを持ち、教室に戻るとひそひそと聞こえてきた。

「転校生、風谷と付き合ってるの?」

 あぁ、こうなるから出来れば避けたかったのだが。

 でも、良希が来なかったら男子達は逃げて行かなかっただろうし、もしそうなればヨッシーが出て来ていた。どちらがマシだっただろうか。

 席に座ると風花が「良希と付き合ってるってホント?」と聞いてきた。それを否定すると「そうだよね。安心した」と言った。

「あいつ、絶対に蓮を幸せに出来ないから」

 なぜか笑ったので蓮は疑問符を浮かべながら、しかし考えても仕方ないと窓の外を見る。

 すると、島田が傍に来た。

「あのさ、君、危険なこと、してるわけじゃないよね?」

「大丈夫ですよ、急にどうしたんですか?」

「だって君、川口の時も一緒に落ちて……だから心配で……」

 いまだ治り切っていない頭の傷を見ながら、彼は言った。キョトンとした後、

「…………ふ、ははは!」

 蓮が急に笑い出したのでその場にいた人達は驚いたように彼女を見る。

「まさか、ボクが心配されるなんてね。ボクも随分落ちぶれたものだ」

 そして島田を見て、

「あなたはただ、自分の心配だけしてればいいんです。ボクの心配をしている暇があるんだったら、自分のことをした方がいいんじゃないですか?」

 突き放すようにそう言った。その言葉に彼は「ごめん……」と謝って自分の席に戻った。

「ちょっと言いすぎじゃない?」

 風花が蓮に耳打ちすると、彼女は「ボクに関わるとロクなことが起きないんだし、あれぐらいが丁度いいよ」と答えた。

「風花も、ただでさえ他の人と対応が違うんだから学校内ではあまりボクと関わらない方がいいよ」

 そう言葉を続けると、風花は「でも……」と俯いた。

「ボクのことはいいから」

 強く言うと彼女は「分かった……」と前を向く。蓮は再び窓の外を見た。

「いいのか?あんなこと言って」

 机の中に入っているヨッシーがその横顔を見る。しかし、そこからは感情が読み取れない。

(何を考えてるんだ?こいつ……)

 いくら見ても、何も分からない。何も感じ取れない。ここまで感情を隠すことが出来るものなのか?

「……余計な噂が立つと、困るだろうから」

 蓮は呟き、ヨッシーを撫でる。そしてホッとした顔になる。

「ボクなんかに、関わらない方がいいんだよ」

 そんな言葉がヨッシーの耳に届いた。そんなことはないと言いたくて、でも言えなかった。蓮が見ている外は曇っていた。


 夜、ヨッシーが寝た後デザイアに入る。今日が最後ということで念入りに調べ尽くす。

『何もないな』

「いや、冬木の他に侵入者がいるということが分かっただけで十分だ」

 元々情報が得られるか分からなかったのだ。その中でこの情報は大きい。

 ファートルに戻り、シャワーを浴びてベッドに転がる。そして、すぐに寝る。

 目を開くと、固いベッドの上だったので起き上がり、端に座る。すると『ジョーカー』がすぐ隣に座った。

「よかったのか?島田や風花にあんなこと言って」

 彼が尋ねると、蓮は「事実だから」と言った。

「まぁ、少し言いすぎたとは思うけど」

「お前の気持ちも分かるさ。巻き込んだら嫌だもんな」

 やはり、彼には隠しごとが出来ないと苦笑いを浮かべる。

「心配しなくても大丈夫だ。関わりたくないのなら、最初から関わってきたりしないだろ?」

「……そう、なのかな?」

 簡単に人を信用出来ない性格は、こんなところに出てしまう。そんな蓮に『ジョーカー』は肩を叩いた。

「安心しろ。もし、仮にそうじゃなくてもオレがいる。いつでもな」

 彼に言われると本当に安心出来るのだから不思議だ。そう思いながら彼の温もりに身を預ける。

「珍しいな。お前が自分から甘えてくるなんて」

「いいだろ?たまには」

 蓮が幸せそうな顔をしていると『ジョーカー』も嬉しくなった。滅多に表情を変えない彼女がそんな顔をしてくれるのだ、喜ばないハズがない。

「まだまだこれからだが、頑張ろうな」

「うん。一緒にね」

「愛してるよ、蓮。昔から変わらずに」

 ウトウトしてきた蓮に『ジョーカー』はいつもの言葉を発した。

(昔から……?)

 一体いつからだろう?疑問に思いながら目を閉じた。


 予告状を出し、デザイアに入る。オタカラを盗み、デザイアから出ようとするが、狛井のフェイクに邪魔されてしまう。そして、化け物の姿になったので戦うことになる。

 ――あぁ、面倒だな……。

 毎回毎回、こうして戦うことになるなんて。

『オレに任せてくれないか?』

「いいよ。オレも飽き飽きしていたし」

 ジョーカーは心の中の彼を入れ替わる。心の中でたゆたう感覚、久しぶりだ。『ジョーカー』がどうやって戦うのかを見学する。

 『ジョーカー』は大胆にも近付いてナイフで斬りつけた。いつも初動は呪文なので興味を持つ。

「よく見とけよ、蓮」

 『ジョーカー』が心の中の蓮に言うと、高く飛び、狛井の目にナイフを突き刺した。どうやら今回はアルターを使わずに倒すつもりらしい。彼らしいなと思う。

『お前なら出来る』

「お前に言われなくても」

 やってやるさ、と不敵の笑みを浮かべる。これぞ「ジョーカー」だ。

「行くぞ」

 飛びのき、体勢を整える。そして、目の前にある杯を壊した。

「貴様!よくも!」

 狛井は『ジョーカー』にターゲットを絞った。気力がつきかけている他の三人を考えての行動だったのだが、頭に血がのぼっている狛井は気付かない。

 ――さすがだな。

 簡単に避け、攻撃していく。この時期の蓮の身体はそこまで体力がないハズだが、それを全く感じさせない。自分ならこうはいかないだろう。

『お前の戦い方は参考になるよ』

「そりゃどうも」

 いつの間にか、狛井を倒していた。早い、さすが彼だ。

 狛井が元に戻り、ウェヌスの行動を見守る。彼女は怒りに任せず、改心させる方を選んだ。

 狛井が消え、オタカラを盗むとデザイアが崩れ始める。走って逃げ、現実に戻った。蓮の手にあったものは金メダル。

「過去の栄光ってのにしがみついていただけなんだな」

 良希が言うと、「そうだな」と蓮は頷いた。


 そこから改心まで表面上は静かに過ごしていた。蓮は夜、一人でアザーワールドリィに入り、鍛えていた。

『そこはこうした方がよかったんじゃないか?』

 『ジョーカー』に指導してもらいながら、蓮はエネミーを倒していく。

 安全地帯に入り、持ってきていたコーヒーを飲む。気力が回復する気がした。

『よし、まだいけるな?』

「もちろん。そんなに怪我もしてないしな」

 蓮はそこから出て、さらに倒していく。そこで開かないとヨッシーが言っていた壁に着いた。どうせまだ開かないだろうと手を伸ばすと、なぜかそれは開き、目を丸くする。

 まだ狛井のことがニュースになっていないのに、なぜ開いたんだ?

 疑問に思ったが、先に進もうと歩き出す。

「……車、あった方がいいな」

 歩きながら思う。広すぎると。昔はどうやってここを回ったのか……。そこでふと気付く。

 ――昔って?

 一体何を言っているのだろう。自分はなんで「昔」などと思ったのだろうか。

『どうした?蓮』

「あ、ううん。何でもない」

 いつの間にか足が止まっていたようだ。慌てて歩き出す。

『……お前には、何も思い出してほしくない』

「『ジョーカー』……」

『思い出したらお前は、自分を責めるだろうから』

 あぁ、そうだった。蓮の疑問など全てお見通しだったのだ。

「でも、思い出さないといけないんだろ?」

『その通りだが、お前にこれ以上苦しんでほしくない。本当は、この運命にもあわせたくなかった』

「……お前は、どこまで知っている?」

 立ち止まり、蓮は聞く。『ジョーカー』は言うか悩んだ後、

『お前をこの運命に巻き込んだ元凶が誰だが分からないが、大体は知ってる。お前がシャーロックやユリナ、マリナと会っているということもな』

 確かに、彼にもシャーロック達のことを話した覚えがない。本当のことを言っているのだろう。

「……冬木 昭人が黒幕じゃないということか?」

『あぁ。精神崩壊事件については確かに奴だろうが、さらにその後ろに誰かがいる。そしてその誰かはお前の知り合いである可能性が高い』

 思い出すのは狛井のデザイアに入って来ていたあの男。確かに、あの男は蓮のことを知っていた。確か、蓮のことを「反逆の正義」と言っていたか。それが何なのか、まだ何一つ分かっていないが。

「まぁ、どちらにしろ冬木 昭人は改心させないといけないよな」

 調べてみて分かったが、冬木 なぎとは冬木 昭人の養子らしい。どこの家から引き取られたのか、元の名前は何だったのかはいくら調べても出てこなかったが、「冬木 なぎと」という名前は引き取られた時に改名したものだそうだ。もし養父に何かされているのだとしたら、もしかしたら改心させることで救えるかもしれない。

 しかし、問題がある。一度蓮は警察に捕まらないといけないことに加え、救おうとしている本人に殺されてしまうのだ。毎回残している遺書に全て書いてあるが、どうなるか分からない。時期をずらして一人で夜にやるということも考えたが、何せキーワードが分からない。そもそもヨッシーにバレる可能性がある。怒られ、止められるのが目に見えている。

『そもそも、オレがさせねぇぞ』

「……チッ」

『舌打ちするな』

 ……過保護な心の中の住人にもこうして止められるのだ。だから行動するに出来なかった。

『今日はもう出よう』

 『ジョーカー』に言われ、蓮が壁のところまで戻ると再び閉じた。そのことを不思議に思いながら現実に戻る。

 ファートルに戻り、ヨッシーが寝ていることを確認すると蓮は紙に何かを書いていく。

『遺書か』

「まぁね」

 縁起が悪いが、書いておくに越したことはない。リーダーが死んだとしても、活動を続けられるように。

「ヨッシーあたりに気付かれたら怒られそう」

『そう言いつつ皆の前で書いている時もあるだろう』

「時間がないし、一人ずつ書いていってるからね。仲間になる時とならない時とで書くことも違うし、皆に向けての遺書だけでも今のうちに書いておかないと」

 特にほのかは、咲中が死んだ後だから慰めて励まさないといけない。他の人達も、ずっと一緒にいられるわけじゃないから何かないと不安だろう。自分は皆の心の支えになっていたと信じたい。

『お前は潔いな』

「そうじゃないよ。心の中では醜く抗っている。でも、どんなに足掻いても無駄だから諦めているところもあるだけだよ」

『お前がそう思っているなら、そうかもな。でも、お前は一人でも頑張ってるよ』

 『ジョーカー』の言葉に蓮は手を止め、「……ありがとう、そう言ってくれて」と呟いた。

『本当はオレが、支えてやれたらいいんだがな』

「ううん。大丈夫。十分支えてもらってるよ」

 微笑むと、『ジョーカー』は『それならいいが』と言った。実際、同じことを知っているというだけで心が軽い。一人だったら不安に押しつぶされていたことだろう。それほどこの運命はつらく、苦しい。

『オレはお前の傍にいるよ』

「うん。知ってる」

 いつも、彼が傍にいてくれること。表裏一体のようなものだから。

 蓮は再び手を動かす。半分ほど書いて、続きは明日書こうと引き出しに入れた。


 五月一日、朝礼で狛井が今までの罪を告白し、その場にいた蓮以外の人全員が驚いていた。

 夜、チャットで勉強会と打ち上げの日を決めてスマホをポケットに入れる。そして、立ち上がる。

「ヨッシー、出かけてくる」

「今日もか?……いつも忙しそうだな。ワガハイに何か隠してるのか?」

 ヨッシーが不安げに聞いてきたので「大丈夫だよ」と言って頭を撫でた。

「本当か?誰かに脅されて……とかじゃないのか?」

「脅されているように見えるか?」

「いや、そうは見えないけどよ……」

「ボクを脅す奴なんていないよ。本当にただの用事だからさ」

 安心させてから、外に出る。そしてアザーワールドリィに入った。

 歩いていると、狛井のデザイアに入って来ていたあの男がいることに気付き、物陰に隠れた。

「……ここの存在も知っているのか?あの男」

『ますます分からないな。何者なんだ?』

 首を傾げる。まさか「皆のデザイア」の存在まで知っているとは。自分の知り合いに、幻想世界を知っている人がいるのか?……いや、少なくとも蓮はそんな人を聞いたことがない。過去の記憶をいくら辿ってもそんな人がいたというのを聞いた覚えがない。

 今日の鍛錬は中止にし、公園で『ジョーカー』と話す。

「あいつ……何者だ?」

『オレも分からない。ただ、あの雰囲気……どこかで似たような奴がいた気がする』

「そうなのか?ボクは覚えがないけど」

『お前が忘れている記憶の中で、だ』

 自分が忘れている記憶?一体何のことだろう。時々意味の分からないことを言ってくるから混乱しそうになる。だが、何かを忘れているという自覚があるから、何も言えなかった。

『少しぐらいなら、話してもいいか。

 お前は、ある奴と戦う運命にある』

「戦う……」

『そいつは「トリックスター」であるお前じゃないと倒すことが出来ないんだ。たとえお前が望んでいなくても、それは問答無用で襲ってくる。こればかりは、オレでもかわりが出来ない』

 そんな大きな敵に、自分が太刀打ち出来るのだろうか。蓮は心配になる。

『太刀打ち出来るか、じゃない。太刀打ちするしかないんだ。誰もお前のかわりを務めることが出来ない、あぁ、安心しろ。最終的に倒すことが出来るのがお前しかいないというだけだ。他の奴らも、協力することは出来る』

 そう言われても、不安はつきない。本当に自分にしか出来ないのだろうか。

 ――でも、やらないといけない。

 なぜかそう思った。謎の使命感が胸に満ちる。

『……オレが、かわってやれたらよかったのに』

「大丈夫、心配しないで。だってボクは……」

 ボクは……。

 今、なんて言おうとしたのだろう?自分のことなのに分からなかった。

『どうした?蓮』

「いや……ボクは確かに「人間」じゃないハズなのに、だったら何者なんだろうって。そこまで確信しているのに、何も思い出せない」

『……思い出さなくていい。今は、まだ』

 否定しないということは、本当に普通の「人間」ではないのだろう。『ジョーカー』はどうしても蓮に思い出してほしくないようだ。

「普通は思い出してほしいものなんじゃないか?お前は大体知ってるんだろ?」

『……その気持ちがないわけじゃないさ。だが、それでお前が苦しむぐらいなら思い出してほしくないんだ』

「お前って本当に、厳しいのか優しいのか分からないな」

 スマホを見ると十時前だったので、慌ててファートルに帰る。二階に上がるとヨッシーは既に寝ていたのでソファに座った。

「……今回はどうなるかな?」

 良希と風花が怪盗をやるかどうか。ヨッシーは確実に入るとして、まずはこの二人がどう出るのか。口に出して、慌てて口を塞ぐ。ここもりゅうに盗聴されているから、聞こえていたら大変だ。

『これぐらいじゃ分からないだろ。いくらりゅうでも』

「念には念を入れて、だよ。どこで気付かれるか分からないし」

 冬木が犯した失敗と一緒だ。彼はヨッシーの言葉だと気付かずに「ビリヤード」と言ってしまったがために蓮に気付かれた。どこでどうなってしまうか分からないということだ。

『まぁ、お前の好きにすればいい』

「どうも」

 蓮が伸びをしたと同時にヨッシーが起きてきた。

「ん……?レン、帰って来てたのか」

「ごめん。起こしちゃった?」

 聞くと、彼は「大丈夫だ」とあくびした。

「それより、用事は終わったのか?」

「今日の用事はな。明日の夜も出かける」

「……なぁ、明日はワガハイもついて行ったら駄目か?」

 いきなりそんなことを言ってきたものだから、反射的に「駄目だ」と答えていた。

「ボク一人でも大丈夫だから」

「でも、やっぱり心配だぜ。ほとんど毎日出かけてるだろ?」

「本当に大丈夫だよ。危険なことはしていないから」

 相棒に嘘をつくのは罪悪感があるが、どうしても気付かれるわけにはいかないのだ。それでもヨッシーは「……本当にか?」と訝しげに聞いてくる。ここまでしつこく聞いてくるヨッシーは初めてかもしれない。

「もちろん。ヨッシーも心配性だな」

 蓮がからかうように言うと彼は面白くなさそうに「同居人なんだぜ。心配するのは当たり前だろ?」と言ってきた。

「同居ネコの間違いじゃない?」

「ネコじゃねぇ!何度も言わすな!」

 叫ぶヨッシーの頭をいつもの癖で撫でる。

「レン……?」

「今はまだ言えないんだ。お前がどんなに心配していても……」

 あぁ、弱音は吐かないと決めていたのに。ヨッシーを前にするとどうしても弱音を吐いてしまう。

 珍しく悲しげな顔をした蓮を見て、ヨッシーも悲しくなった。彼女にそんな顔をさせる原因は何なのか。いくら考えても、何も分からなかった。

「ほら、ヨッシー。もう寝よう」

 すぐに無表情に戻ったので気のせいかとも思ったが、やはりあの顔を忘れることが出来なかった。


 五月の連休に入り、蓮がファートルで手伝いをしていると冬木が入ってきた。

「キミ、バイトの子?」

「まぁ、そんなところです」

 少し話をするが、冬木は闇を一切見せない。最初の頃、蓮もうまく騙されたものだ。

『胡散臭い奴だとは思ってたぞ、オレは』

「それは……否定しないけど」

 ここまで爽やかだと、逆に怪しい。最初の頃の自分を殴りたくなる。なぜあの時そのことに気付かなかったんだ、最初の頃の自分。

「蓮、話ばっかしてねぇで注文を取ってくれねぇか?」

「あ、はい。すみません」

 藤森に注意され、蓮は仕事に戻る。

「仕事が上手ねぇ。慣れてるの?」

「地元でもこういったバイトをしていたもので……」

 常連客に聞かれ、蓮はそう答える。その間も気付かれないように冬木の様子を見る。探偵の時とは違って猫背でコーヒーを飲んでいる。どこか儚げだ。

『特に変わった様子は見られないな』

「ボクがお嬢様の仮面を被っているように、あいつも探偵の仮面を被っているからな。簡単には外れないさ」

 誰も蓮が怪盗だとは思わないように、誰も冬木が大量殺人犯だとは思うまい。知っているのは、蓮と心の中に住む『ジョーカー』だけだ。

「そういえば、あなたどこかで……」

(……やば)

 正体を気付かれそうになり、蓮は慌てて藤森のところに注文を伝える。どうやったら気付かれずにすむだろうか。

『どうやっても無駄だと思うぞ。お前は有名すぎる』

 ガックリする。成雲家で女の次期当主は珍しいのだから仕方ないかもしれない。

『そうだな。いいことを教えてやろう。成雲家は今まで男しか生まれてこなかったらしいぞ』

「……そう言われればそうだな。女が生まれたのはボクが初めてだ」

『お前は「特別」なんだよ。その言葉が嫌いらしいがな』

 特別って、何が特別なのだろう?普通の「人間」じゃないから?いろいろな秘術を使えるから?それとも成雲家では珍しい「女」だから?

『それも全てあるが、それだけじゃない。お前には「特別な役目」があるからだ』

「……役目、か……」

 その言葉を聞くと、何かを忘れていると強く思う。

 ――ボクは、一体何を忘れている?

 重要なことのハズなのに。忘れてはいけないもののハズなのに。それなのになんで思い出せないのだろう。

『今はまだ、いい。慌てて思い出して、お前が自分を責めるといけない』

「……ごめん。でも、出来るだけ早く思い出すようにはするから」

 そうすれば、きっと……。

 この運命にも、打ち勝つことが出来る。そんな気がする。

『仕事に戻るか』

 考えるのは今度だと蓮は注文を取りに行った。


 勉強会を開き、いつも通り冬木のことを話した。メダルを売り、金井から本物によく似たモデルガンを受け取り、次の日の打ち上げ。怪盗団が結成された。良希と風花も怪盗を続けると聞いて少し安心した。その後、冬木と会い、彼はいつもと同じ過ちをする。ヨッシーの言葉が聞こえているのはこの時、既に幻想世界に入っているからだろう。

 夜、アザーワールドリィに入り、鍛える。明日からテストだが、どうせ全て解けるしと放っておく。

『冬木の情報は?』

「いや、ここにはないと思う。冬木はこの時期、ここのことを知らないんじゃないか?」

 実際、初めて連れてきた時驚いていた。あの反応は本物だろう。

『じゃあ、ここに入る理由は?』

「鍛えるためと、あの男について調べるため、かな?」

 今回は『ジョーカー』の意見もあり、地下を探索する。地下は地上と比べ比較的短いのですぐに最深部まで着く。しかし、最後の壁だけは謎を解かないと開かないようだった。

 だが、蓮はすぐに解いてしまう。難しいものだったのに、いとも簡単に。

 ――自分は、これを知っている。

 無意識の内に先に進む。瞬間、身体が激しく痛んだ。思わずしゃがみ込んでしまう。

『大丈夫か?蓮』

「あぁ……ここは?」

 周囲を見渡すと、広いところに出たようだ。何もないが……。

(ここ、知ってる)

 確か、オレはここで……。

 何をしたんだっけ?思い出せない。確実に、オレはここに来たハズなのに。何のために、何をするためにここに来た?

 痛みを我慢し、蓮は歩き回る。扉が一つだけあったが、そこはどうやっても開かなかった。

『ここがどこか分かるか?』

 『ジョーカー』が聞いてくる。蓮は首を横に振り、

「だけど、ここに来たことはあるハズだ」

 と答えた。

『その通り。お前はここに来たことがあるんだ。……思い出せるか?』

 首を横に振ると、頭に何かが流れた。白い髪の女性が何かに立ち向かっている姿……一体何だろう。

 『ジョーカー』は静かだった。笑いもしない。見えないから分からないが、多分表情も変わっていないだろう。

『……オレは、お前を恨んでいない』

「急にどうした?」

『ここに来ると思い出すんだ。お前がどれだけここで苦しんだかを』

 苦しんだ?どうして?

 頭が割れそうな程痛くなる。しかし、やはり思い出せなかった。

『最初は確かに、なんでオレを――――のかと思った。でも、その後お前はずっと泣いて、苦しんだことを知ったから……オレはお前を憎めない』

 一部聞き取れないところもあった。でも、自分は確かに彼を想い、泣いていた気がする。いつだ?いつのことなんだ?かなり昔のことのような気がするが……。

『蓮、今日はもう帰ろう。このままじゃお前が壊れるかもしれない』

 『ジョーカー』の言葉に頷き、蓮はなんとか地上までのぼり、現実に帰る。すると痛みが引いた。

『悪かったな。まだあそこに連れて行くべきじゃなかった』

「いや、大丈夫。それよりあそこは……?」

 あの場所に行くと、何か思い出せそうだった。一体、あそこは何だったのだろうか?

『今はまだ教えられない。ただ、一つ言うとすればあそこはある奴との因縁の場所だ』

「……そうか」

 あまり話したくなさそうだったので、それ以上は問い詰めなかった。彼にとって思い出したくない記憶だったのかもしれない。

 ファートルに帰り、記憶を辿ってみる。白い髪の女性……あれが誰なのか分からなかった。

 ヨッシーが起きてきたので、少し話をする。「これから頑張ろうぜ」と言われたので蓮も小さく笑う。するとヨッシーが固まった。

「どうした?お化けでも見るような顔をして」

「いや、お前、笑うんだな。いつも能面みたいに変わらないから驚いた」

「ボクだって、笑う時は笑うさ」

 いつも無表情なのは認めるが、全く変えないと思われていたのは心外だ。

 ――まぁ、実際変わらないから驚かれるんだろうけど。

 自覚があるだけに、怒ることは出来なかった。

「だって、前なんてシマダを馬鹿にしたような笑い方してたし、ジョーカーの時は悪い笑みばっか浮かべるし」

「ボクはどんなふうに見られてんだ?」

 思わずツッコんでしまった。まさか、極悪非道とでも思われていたのだろうか。

「……正直、血も涙もない奴かもと思っていました」

 蓮の責めるような視線に耐えられなかったのか、ヨッシーは白状する。

「ふーん……それで?」

「さすがに、前歴の真相のことは本当だろうと思ってるけど、他人をどんなふうに思っているのか分からず……自分のこともどうでもいいんじゃないかって思っていました」

「それでそれで?」

「お前と過ごしてまだ短いけど、何も分からなくて少し怖かったです」

 ずっと傍にいるヨッシーでさえそう思っていたのだ、他の人達にはどう見えているのだろうか。少し心配になってくる。

「この際だから言うぞ?お前、感情を表に出した方がいいと思うぞ」

「……そうだね。お前の話を聞いてすっごく実感したよ」

 はぁ……とため息をつく。怒らせたと思ったのか、ヨッシーの身体が震えたのが見えた。

「あぁ、ごめん。ただ、そんな風に思われてたんだって思ってショックを受けただけ」

「お前にも、そんな感情があったんだな」

「悪かったな、冷酷な奴で」

 それも演技ではあるが、やはり傷つく。しかし、いつでも突き放せるようにしないと皆を傷つけてしまうかもしれないから。だからどう思われても演じきるのだ、皆にとっての「ジョーカー」を。

「……いや、そう言ってるわけじゃねぇよ」

「じゃあ、どういう意味?」

 蓮が聞くと、ヨッシーは蓮を見つめて、

「お前、何を隠してる?どうしてワガハイ達に演技するんだ?」

 その言葉に驚く。まさか、気付いた?こんな早くに?何か隙を見せてしまったのだろうか?確かに前、隠していることを謝ったが、それで演技まで見破ったのか?

「なんて、気のせいだよな。悪い、変なこと聞いて」

「いや……大丈夫」

 どうやらそういうわけじゃなさそうだ。胸をなでおろす。

「明日、学校だろ?そろそろ寝ようぜ」

 スマホを見ると、日をまたぎそうだった。確かに、そろそろ寝た方がいいかもしれない。

「おやすみ、ヨッシー」

 蓮がベッドに転がり、目を閉じる。疲れているのかすぐに寝息が聞こえてきた。ヨッシーも寝ようと丸くなるが、突然蓮がうなされ始める。

「……またか」

 ヨッシーは顔をその頬にすりつけ、「大丈夫だ、ワガハイがいる」と何度も言う。すると安心したのか、まだ多少険しい顔をしているが少し和らいだ気がした。

「……こいつ、何に苦しんでるんだろうな……」

 彼の呟きは、少女の耳には聞こえてこなかった。


 「怪盗応援チャンネル」が島田の立ち上げたサイトだと知り、それを二人に伝える。テストが終わり、怪盗団としては初めてアザーワールドリィに入る。そこで久重を改心させ、白野の情報を得る。

 次の日、裕斗に会う。風花を庇うために前に出ていると、白野が車の中から裕斗に話しかけた。

 個展のチケットをもらい、皆で行くことになる。日曜日、裕斗が風花だけを連れて行ったので蓮は良希と一緒にまわる。いつ見ても、一人の人が生み出したにしては不自然なほど多彩な絵画だ。実際、盗作をしているのだから一人の人間が生み出したとは言えないのだが。……無能共はよく騙されるものだと悪態をつきたくなる。

 人混みにのまれそうになったので風花に連絡し、外に出る。風花も集まったところで良希が例の書き込みを見せた。事実を確かめようと明日、白野の言っていたあばら家に行こうということで話はまとまる。

 次の日、裕斗に確認するが何も聞き出せず、しかしナビが反応していたのでキーワードを言ってデザイアに入る。いつ見ても悪趣味な美術館だ。

 先に進むと久重と裕斗の絵があり、飾られている絵が白野の弟子だということが分かった。さらに進むとオブジェがあり、そこの説明文で虐待と盗作が事実だと知った。しかし、すぐに攻略は危険だとジョーカーが言い、裕斗に話を聞くことにした。

 デザイアから出ると、水谷に会った。蓮に名刺を渡し、彼は去っていく。「何だったんだ……?」と良希は呟くが、後々彼が協力してくれることを蓮だけが知っている。

 明日、裕斗に事実確認しようと言って解散した。

 夜、蓮は白野のデザイアに入る。この時はまだ警戒されていないようで、赤外線が邪魔をするということはなかった。

『ここにも来ると思うか?あの男が』

「多分……」

 周囲を警戒しながら歩いていると、あの男がいた。やはり、白野のことも知っていたか。

 つけてみると、その男は白野のフェイクと会った。そして、狛井と同じことを告げる。

「「白い男」はともかく、あの女はお前を確実に倒しに来る。「反逆の正義」だからな」

 前から気になっていたのだが、「反逆の正義」とは一体何のことだろうか。自分のことを言われているというのは分かったのだが、どんな役目を持っているのかが分からない。

「あの女……「成雲 蓮」は思い出していない今でもかなりの力を誇る。「神の祝福」も持っているらしいしな」

(「神の祝福」……?)

 もしかして、エネミーを仲間に引き入れる能力のことを言っているのだろうか。この男、どこまで蓮のことを知っている?

『今、確信した。こいつは……昔のお前が知っている奴だ』

「昔のボクが?」

『あぁ。オレも知っている。だが、こいつ、現実では誰なんだ?それが分からない』

 どうやら『ジョーカー』は誰だか思い当たることがあるらしい。蓮も、かすかにではあるが何か分かった気がした。

 ――こいつ、ボクは「戦ったことがある。

 どんな結果だったか、どうやって戦ったのか。それは忘れたが、自分は確かにあいつと戦った。

『思い出せるか?あいつを』

「本当にちょっとだけね。あいつと戦ったことがあるってことだけは」

 『ジョーカー』と同じく、誰だかは分からないし勝敗の行方さえ忘れてしまったが。

『それにしても、「反逆の正義」、か……奴らにとってお前は脅威なんだろうな』

「そうみたいだね」

 たくさんのサポートエネミーを使えるというだけで戦略の幅が広がるし、それ以上に蓮は成雲家の秘術を使える。そういった意味では脅威の対象だろう。しかしやはり、なぜこの男が蓮のことを知っているのかが分からない。

(……少し、伝承も読み返してみるべきかもな……)

 成雲家に伝わる、白き巫女伝説。確か、巫女がいろいろな力を使える上に異世界を行き来することが出来た、といったものだったか。

『……………………』

「どうした?『ジョーカー』。何か言いたげだな」

 見えていないが、何となく分かった。一緒にいるからか、『ジョーカー』程ではないが蓮も彼が何かを考えていることが分かるようになってきたと思う。ただし、彼のように内容までは分からないが。

「……ボクに関係あることか?」

『……そうだな。本当はお前の記憶の方がずっといいんだが』

 とりあえず、一度外に出ようと『ジョーカー』は言う。それに従い、現実に戻って公園に行った。

『お前の母親……成雲 広子だったか?に本を送ってもらうように連絡しろ』

「……分かった」

 母親のチャットを開き、白き巫女伝説を送ってもらうように書く。しかし、蓮は送信ボタンを押せなかった。

『どうした?押さないのか?』

「いや……なんか、緊張する……正直、かなり怖い……」

 母親に何かを頼むなんて人生で初めてだ。躊躇いと、緊張と、不安が入り混じっている。

『お前……こういう時こそ大胆不敵の度胸を発揮しろよ』

「仕方ないだろ?お母様に頼みごとするって今までなかったんだから」

『仕方ないな……蓮、かわれ』

 オレが押してやるから、と言われ、蓮は「心の準備が出来てないから!」と慌てて答える。

『なら、三分だ。それまで待ってやるから準備しろ』

「短いな」

『準備しろ。大丈夫、お前なら出来る』

 三分……とりあえず頑張って心の準備をする。三分経ち、何とか頭では納得した。しかし、心が追いつかない。

『ほら、とっととかわれ』

「……はーい……」

 これは、自分じゃ無理だと判断した蓮は諦めて『ジョーカー』とかわる。『ジョーカー』は躊躇わず送った。

『あ、おい!早いだろ!』

「こういったものは勢いが大事だろ」

 心の中で蓮が慌てるが、『ジョーカー』は知らん顔だ。

 数分後、返信が来た。

「分かった、出来るだけ早く送る、だと」

『……見てるよ。でも、よく了承してくれたな』

 普通、なんで必要なのかとか聞くものなのではないのか。いや、聞かれたら困ることだがそれでも、娘がいきなり言ってきたのだから疑問に思うだろうに。

 少し違和感を覚えたが、今は考えても意味がないと頭の隅に追いやった。

 元に戻り、ファートルに戻る。そして、良希に向けての遺書を書き始める。

『相変わらず、お前はマメだな』

「そんなことない。こうするしか出来ないから、してるだけだ」

 今度は風花に向けての遺書を書かないといけないなと思いながら書いていく。寝たのは二時過ぎだった。


 次の日、風花がモデルを引き受けてくれるという体で裕斗に事実確認をする。良希が「お前の師匠、マジやべぇ奴だろ」と言うので慌てて彼の口を塞いだが、手遅れだった。裕斗を怒らせてしまい、警察に通報されそうになる。止めようとしてぶつかり、メガネが落ちた。蓮の素顔を見て、裕斗は我を忘れ興奮したように彼女の手を握った。

「君でもいい!描かせてくれ!」

「……考えておきます」

 連絡先を交換し、あばら家から出る。上手く聞き出さないとここで情報は得られないと知っていたので特に怒ることはしなかった。

 その時、島田から連絡が入り、久重と会えることになる。良希は「これで真相が聞けるんじゃね?」と期待を込めた目をした。

「明日、渋谷駅に集合だ」

 そう言って、その日は解散した。

 夜、ミリタリーショップに行き、金井に紙袋の中身を見たと伝える。相変わらず、緊張することにかわりないが昨日のように母に頼みごとをするよりマシだと思った。

 金井と取引をして、この日は帰る。明日の予定を考えたら休むべきなのかもしれないが、ヨッシーが寝た後に蓮はアザーワールドリィに入ることにする。

 『ジョーカー』に指導してもらいながら、この日も鍛える。

『お前、今回も戦闘狂の仮面を被るのか?』

 『ジョーカー』に聞かれ、蓮は頷く。

「その方が負担をかけずにすむし、いざという時いつでも皆がオレを見捨てられるようにね」

『相変わらず、お前は他人のことばかりだな。仲間になる時はお前を見捨てはしないだろ?皆』

 確かにと今までを思い出す。良希は親友としてずっと傍にいてくれるし、風花は話を聞いてくれようとする。裕斗も励まそうとしてくれるし、もみじも蓮のかわりに何かしてくれようと努力してくれる。りゅうも頑張って怪盗団のために尽くそうとしてくれるし、ほのかも慣れないながら両立させようとしている。……結局、蓮は怖いだけなのだ。大切な人に、裏切られることが。

『少しは信じてやれ、お前を裏切る奴はいないんだ』

「……でも、一度疑われたら終わりだよ。特に、大人にはさ」

 その目には光が宿っていなかった。どうやら本気でそう思っているようだ。

 ――でも、仕方ないよな……。

 彼女の境遇を考え、『ジョーカー』は思う。彼女は今まで、たくさんの人に裏切られすぎた。その心の傷は深すぎる。ヨッシーや『ジョーカー』でも癒せるか分からないほどに。簡単には他人に心を許せない、彼女の苦しみは自分がよく知っている。

 ――本当は、他人を、仲間達を信じたい。

 でも、過去の鎖がそれを許さない。裏切られ続けたその過去が、優しい少女の心を壊していく。

『……もう、自分を苦しめなくていいのに』

「何か言ったか?」

 蓮の心の中から行ったのだが、本人には聞こえなかったようだ。『ジョーカー』は『何でもない』と言って先に進むよう促す。

 今は閉まっているハズの壁のところはなぜか開いていた。あの男がこの先にいるのだろうと勘が告げる。

『……行くか?』

「……行こう。覚悟は決まってる」

 先に進んでいくと、あの男がいた。いつものように物陰に隠れる。

「……やはり、ここにも来たようだな。「成雲 蓮」」

 自分の名前が出てきて、蓮はドキッとする。様子を見る限り、蓮が見ていることにまだ気付かれていないようだが……。

「くくく……お前が俺と対峙する時を楽しみにしてるぞ。今度こそ、――――やる」

 ゾワッとした。これが悪寒というものだろうか、彼から恐ろしい程の殺気を感じ取った。

 その男はそのまま歩いていった。しかし、蓮は後をついて行く気にはなれなかった。

『帰ろう、蓮。これ以上ここにいたらお前が危ないかもしれない』

 あの殺気は本物だった。本気で、蓮を殺そうとしている。自分の命が危険だと判断したのだ、何も考えずわざわざ飛び込むほど、蓮も冷静さを欠いていない。

 ファートルに帰り、ヨッシーを起こさないようにとカウンター席に座る。コーヒーを淹れようと立ち上がると、『ジョーカー』が不意に『オレに淹れさせてくれないか?』と言ってきた。

「……まぁ、別に構わないけど」

 入れ替わり、蓮の身体をかりた『ジョーカー』がコーヒーを淹れる。元に戻り、蓮が『ジョーカー』の淹れたコーヒーを飲んでみる。……雑味というものはないが……。

「……苦い」

『悪い。お前のマネをしたつもりだったが』

 冗談で言っているように見えるだろうが、その実かなり苦く、普通の人なら飲めたものではなかった。しかし、蓮は気にせず飲んでいく。

『苦いっていうわりには普通に飲んでいるな』

「せっかくお前が淹れてくれたんだ。残したら悪いだろ」

 たとえ別の人格だとしても。いや、彼が作ってくれたからこそ、残したくなかった。

『お前、他人が作ったやつは必要以上に口に含みたくないだろ?』

「……本当はね。でもお前が作ったのなら、別にいいって思ってる」

 紛れもない本心だった。それだけ彼に心を許している。

『……そうか。お前も、少しずつ変わってきているな』

 安心したように彼は言う。表情をうかがうことは出来ないが、微笑んでいるだろうと何となく思った。

 コーヒーカップを洗った後、二階に上がる。ヨッシーが寝ていることを確認すると、『ジョーカー』と話す。

『さすがに、あの男が怖かったな』

「あぁ……狛井の時もあそこまでの殺気はもらわなかったぞ」

 後ろにいただけでもあそこまで感じたのだ、正面にいたならあまりの迫力に気絶していたかもしれない。度胸はかなりある方だが、あれに耐えられるかどうか……。

『それだけ、お前に恨みがあるということだよな……』

「そうだね……」

 覚えていない昔の記憶であの男に何かやったのだろうか、自分は。やはり、覚えがないのだが……。

 ソファで横になる。『ジョーカー』に『ベッドで寝ろ』と言われるが、蓮は動かない。

『全く、お前って奴は……』

「いいじゃん。ここで寝てもさ」

 蓮としては、どこで寝ようが問題ない。どうせ寝ても『ジョーカー』に会うか、牢獄世界でシャーロック達と話をするか、悪夢に苛まれるかのどれかなのだから。最近は『ジョーカー』に会うことが多くなっているが。

『一応、女だろ?』

「それがどうした?」

 どうやら聞く気はないようだ。『ジョーカー』は諦めたようで『じゃあ、後で会おうか』と言って静かになった。蓮は目を閉じ、意識を飛ばす。

 目を開くと、『ジョーカー』がいた。あの牢屋の中かと起き上がる。

「本当にソファで寝たな……お前……」

「ヨッシー寝てたし、どこで寝ようが関係ないし。両親がいないからな」

「変なところでたくましくなるな」

 『ジョーカー』にツッコまれるが、どこ吹く風か。蓮は「それにしても」と話を切り出す。

「あの男、誰なんだ?」

「さぁな。オレでも分からない。お前の因縁の奴というのは分かったが……」

「現実の誰かは分からないだけで、正体は分かっているんだろ?」

 蓮が聞くと、『ジョーカー』は頷く。

「白き巫女伝説にも出てくる奴だ」

「あれ、本当の話なのか?」

 その質問にはただ笑うだけだった。こういう反応をするということは当たっているのだろう。ずっとつきあっている中で彼の行動の意味は何となく分かっているつもりだ。

「……確か、巫女が悪神と戦う物語だったよな。最終的には相打ちになるけど……」

「あぁ、そうだ」

「それで、巫女が悪神を封印するために自らを生贄に捧げたんだっけ?」

 ちゃんとは覚えていない。悲しい結末を迎えたというのだけ記憶している。本は好きなのだが、なぜかそれだけは読みたくなくて少し読んだだけで終わらせていたのだ。

「いろいろ省かれているけど、大まかに話せばそうなるな」

「省かれてる?物語自体が?」

「あぁ。オレはあの物語の真実を全て知っている」

 真実……自分も、何か知っているハズだ。なぜか、そう思った。

 ――白い髪の女性の手に持っている、血に濡れたレイピア。それを投げ捨て、「誰か」を抱きかかえ、泣いている。そんな情景が思い浮かんだ。

 『ジョーカー』がそんな彼女を愛おしく、しかし複雑そうに見ているのに気付かなかった。


 次の日、久重に事の真相を聞き、白野を改心させることを決意する。明日から攻略を開始しようということになり、蓮は先に二人を帰す。

「レン?どうするつもりだ?」

「別に?」

 ヨッシーに聞かれるが、静かに笑って誤魔化す。

 蓮はヨッシーを連れてそのままアザーワールドリィに入る。

「ちょ……!レン!お前勝手に幻想世界に入るな!」

「なんで?」

 ヨッシーが叫ぶが、蓮はまるで分からないと首を傾げる。

「全会一致したターゲットだけを改心させるって決めただろうが!」

「そうだね」

 それぐらい、蓮だって覚えている。記憶力は常人より上だと自負しているつもりだ。そもそも、繰り返しているのだから忘れているハズがない。

「じゃあなんで……!」

「ターゲットを改心させるんじゃない。ただ、強くなりたいから」

 単純な理由だ。蓮は強くなりたい。皆を守りきれるほどの力が欲しい。しかしそれにはどうしても地道な努力が必要なわけで。

「そんなの、皆がいる時でいいだろ?」

「それだけじゃ足りない」

 そう告げるとヨッシーはため息をついた。

「お前、戦闘狂かよ?」

「まぁ、そうかもね。こっちに来ると気持ちが昂るし」

 気持ちが昂るのは事実だが、本当は戦闘なんて避けたい。その気持ちを押さえつけ、蓮は怪しく笑う。

「……まぁ、ほどほどにしろよ?今日はつきあってやる」

 呆れたように告げ、ヨッシーは探索する準備をする。しかし、

「ありがとう。……それじゃあ、武器を構えてくれ」

「は?エネミーと戦うんじゃないのか?」

 彼女の言葉にヨッシーが驚いたような顔をした。蓮は「何のためにお前を連れてきたと思ってるんだ」と妖しげに笑う。

「……まさか」

 冷や汗が流れる。そのまさかだった。

「ずっとお前と戦いたいと思ってたんだ。手加減するから、いいだろ?」

 ニヤリと、目の前の少女は笑う。これは何を言っても無駄だと悟ったのか、彼はおとなしく小刀を握る。

 ヨッシーは緊張していた。自身のアルターとサポートエネミーを多数使える彼女の能力がどれほどのものか、まだ理解しきれていなかったから。

「――リベリオン」

 蓮は自身のアルターを召喚した。漆黒の翼の生えた、どこか彼女を思わせるアルター。

「トネール」

 さっき、手加減すると言っていなかったか!?

 弱点の雷呪文を唱えられ、ヨッシーは慌てて避ける。蓮の方を見ると、その目は本気だった。彼女は挑発するように指をちょいちょいと動かす。

「どうした?ヨッシー。オレに攻撃してこないのか?」

「おま、手加減するって……!」

「一応、エネミーにいつもくらわせているような力じゃない。これでもお前が死なない程度に手加減しているんだ。そもそもエネミーにも本気を出していない」

 じゃあ本気出したらどんだけ強いんだよ!とは口が裂けても言えなかった。彼女の実力は傍で見ているヨッシーが一番よく知っている。

 そのまま体感で一時間ほど鍛錬は続いた。ヨッシーはもうへとへとだ。

「ふむ……今日はもうやめた方がいいな」

 蓮の言葉にヨッシーは膝をつく。やっと終わった。あんなに激しい鍛錬をしたというのに、目の前の少女は息が切れているということはない。

「お前……サディストか……?」

「何がどうなってそうなった?」

 ヨッシーの呟きに蓮はわけが分からないと首を振った。いきなり幻想世界に連れてこられたと思ったら、いきなり自分と戦えと言われたのだ。そう思っても仕方ないだろう。

「そうじゃなけりゃ本物の戦闘狂か?」

「……それなら、エネミーをやってるだろ。わざわざお前と戦わなくてもいい」

 なら、なんだというのだ。

「実は、ちょっと試したかったんだ」

「試したかった?何を」

 仲間に内緒で幻想世界に入るだけの理由があるというのだろうか。

「丁度新しい呪文を覚えてな。相手を弱体化させるものなんだが、エネミーだとよく分からなくて。だからよく知っている相手がよかったんだ」

「今度からそういうことは早めに言ってくれ……」

 ヨッシーがガクッとうなだれた。急に連れてこられたからなんだと思った。

「いい結果だったよ。これなら使えそうだ」

「ちなみに、どんなものだったんだ?」

「攻撃力と防御力が下がる呪文。どれだけ下がるかなって思ってたけど、案外効果があってな。今度から怪我をあまりせずにすみそうだ」

 なるほど、道理で彼女にあまり攻撃が与えられていないと思ったわけだ。

「じゃあ、帰ろうか。今日のこと、あいつらには伏せていてくれ」

「……分かった」

 癒しの力を使い、ヨッシーを回復させた後現実に戻る。ファートルに帰り、二階に上がるとヨッシーはすぐに伸びた。

「さすがに疲れたぜ……」

「そうか?ボクはそこまでなかったけど。むしろ、もっと戦いたかった」

「……この戦闘狂め」

 本日三度目の言葉に蓮は困ったように笑う。

 ――実際は言うほど戦闘狂じゃないんだけどな……。

 でも、演技をすると決めたのは自分だ。最後まで演じきる。

 戦闘狂で、誰にも懐かない一匹狼のリーダー「ジョーカー」を。


 次の日から、攻略が始まる。赤外線があるので面倒だが、気を付けていればこれ以上警戒はされない。と、思っていたのだがあの金の壺があるところを通ったところでマルスが「これ、どうすんだ?金になりそうだけどよ」と触った。

「あ、おいマルス――」

 これまでの経験上どうなるか知っていたジョーカーが止めようとするが、手遅れだった。赤外線が張り巡らされ、瞬時に避けたジョーカー以外動けなくなってしまう。

(こうなるから触らなかったんだけど……)

 そんなこと、同じ時を繰り返しているジョーカー以外知る由がない。仕方なく解除ボタンがある場所に行き、それを押す。

「マルス……余計なものに触るな、危険だろう」

「う、す、すまねぇ……」

 怒るというより呆れているジョーカーにマルスは謝る。

「いいか、オレが大丈夫だと言ったやつだけ触ってくれ。オレなら大体のことが分かる」

「お、おう……分かった」

 ジョーカーのその言葉にテュケーは違和感を覚えた。

 ――確かに、彼女は不思議な力がたくさんあるが。

 それ以外に、何かを隠している。昨日の、アザーワールドリィで鍛錬につき合った時、どこか儚げだった。しかし、それを言うのがはばかれて、彼女に「戦闘狂」とだけ言ってしまった。でも、空虚に見えたあの瞳は……。

 ジョーカーに呼ばれ、テュケーは後から考えようと思考を外に出して後をついて行く。

 中庭のところで足止めをくらい、現実に戻る。あの開かない扉はあばら家の鍵がかかっているところと同じ模様だとヨッシーは言った。

「ワガハイなら、あの部屋開けられるぜ?」

 しかし、時間はかかるからと誰かが足止めしないといけない。それが出来るのは必然的に絞られるわけで……。

「……分かった。オレが行くよ」

 ジョーカーがため息をつきながらそう言った。元々そうするつもりだったが。

「いいの?あたしも行けるけど」

「時間を稼ぐだけだったら、モデルはボクでもいいだろ。そのかわり、二人には別の仕事を任せたい」

 マルスとウェヌスに制御室の場所と切り方を教え、明日に備えるため現実に戻る。

 ファートルに帰り、いつも通り幻想世界で鍛えようと考えているとヨッシーに聞かれた。

「お前、なんで制御室のことなんて知っているんだよ?」

 一瞬だけなんと言おうか悩んだが、

「地図に書いてあったぞ」

 地図の内容を思い出し、そう答えた。彼は「それにしては詳しくないか?パスワードがかかってないとか、電源が入ってるとか」と疑いの目で見られる。

 ……やばいな。

 どこまでだったら気付かれないか、探りながら行動していたものだから細かいことは考えていなかった。

『どうする気だ?』

 『ジョーカー』が楽しそうに聞いてくる。こいつ、他人事だと思って。

「……ちょっとね。何となく分かっただけだから、気にしないでいいよ」

「……ふーん……」

 適当に誤魔化すが、なおも疑いの目を向けられる。背中に冷や汗が流れた。

「……まぁ、詳しいことは聞かねぇけどよ」

 ヨッシーのその言葉に蓮は胸をなでおろす。誤魔化し切れる自信がなかったからだ。

「そのかわり、今日の用事は全てなしにしろよ」

「……分かりました」

 ここで何か聞かれたら困るので、蓮はおとなしく言う通りにした。

 ベッドに転がり、天上を見る。不意に尋問室のことを思い出した。

 何度も殴られ、蹴られ、水を被せられ眠らせないようにされ、挙句自白剤の注射を何度も打たれ……皆を守るためとはいえ、少しトラウマになっている。

 トラウマを思い出しそうな日は、寝てしまうに限る。目を閉じ、無理やり寝る。


 ――それがいけなかったのだろう。よりにもよって尋問室で痛めつけられた夢を見てしまった。

「おら!起きやがれ!」

 気を失ってしまいかけた時、水をかけられ無理やり起こされる。椅子に座り、手は後ろで手錠をつけられ、身動きが出来なかった。

「早く自白しろって……言ってんだろ!」

 お腹に蹴りを入れられ、椅子ごと飛ばされる。咳込み、吐きそうになる。しかし吐けるものなど胃の中からとうになくなっていた。床は蓮の嘔吐物と血で汚れていた。

 尋問(果たしてこれは尋問と言えるのか疑問ではあるが)している男は蓮の頭を踏みつけ、

「人殺しもしたんだろ?フルコースだなぁ?なぁ、どうなんだよ!?」

 グリグリと床に押し付ける。すり傷が出来て、そこから血がにじむ。だが、そんな小さな怪我など気にならないほど、蓮の身体は痛めつけられていた。どこにあざがあって、どこにどんな怪我があって、どこに注射痕があるのか分からない。

 いつまでも黙っている蓮の髪を掴み、男は歪んだ笑みを浮かべた。

「ほら、早く言ってしまえよ……楽になるぞ?それとも、もう一本お注射いくか?」

 やっていないことを認めるなんて、死んでもやるものか。それに、仲間達の命がかかっている。こんなところで屈するわけにはいかない。

 男が殴ろうとした時、秋川が来たことが伝えられた。男は舌打ちをして、蓮の手錠を外す。男が出ると、かわりに入ってきたのは秋川だった。

 そこで目が覚める。ファートルの天井。一瞬だけ尋問室の天井になった気がするのは気のせいだろう。汗で寝間着が濡れている。

 スマホを見ると、まだ一時過ぎ。だが、二度寝しようにも眠る気になれない。シャワーを浴びた後、どうしようか悩んでいると、

『蓮。大丈夫か?』

 『ジョーカー』が話しかけてきた。蓮は苦しそうな声で「……すっごくしんどい」と答える。

『まぁ、無理もない。あんなに痛めつけられたんだ。正直、子供に、しかも女にやるような所業ではないな』

「性的なことされるよりはマシだよ」

『それでも、あんなのは酷すぎるだろ。お前も毎回あれに耐えてるんだもんな』

 たまにはオレを頼れ、と言われるが、蓮は首を振った。

「それは出来ない。怪盗団の罪は、ボクの責任だ。たとえお前であっても、かわりになってもらうことはしない」

 強情な彼女に『ジョーカー』は『いつもそうやって自分の責任にするな、お前は』と言った。その言葉は少し悲しんでいるようだった。

『寝たらどうだ?』

「……お前に会えるんだったら、別に構わないけど」

 そう言うと、『ジョーカー』は笑う。それは会えるという意味で、蓮は安心して横になる。

 目を開くと、目の前に『ジョーカー』がいたのでその胸の中で泣き出しそうになり、それをグッと耐える。

「蓮、おいで」

 彼はそんな蓮を見て、腕を広げる。その行動に耐えられなくなり、蓮は抱きつく。『ジョーカー』はすすり泣く彼女の頭を撫でた。

「つらいよな。怖いよな。まだ子供なのに、あんなに酷いことされて。しかも、最後には殺されて」

 それはお前もだろ、と蓮は言いたかった。蓮が殺されるということはつまり、『ジョーカー』も死ぬということ。同じ恐怖を味わっているハズなのだ。しかも、多少意識がぼやけている蓮とは違い、彼ははっきりとしているハズ。それなのに彼は弱音一つ吐かない。それどころか蓮を励ましてくれる。

「……オレだって、死ぬのは怖いさ。だが、あれ以上の苦しみと絶望を味わったことがある。だから、オレは平気だ」

 それは一体どういうことだろう?蓮は顔をあげる。彼は笑っていたが、どこか悲しそうで聞くことが出来なかった。


 モデルを引き受けると裕斗に連絡し、その前に話を聞いてほしいと返事が来た。良希と風花には先にデザイアで待機してもらっている。

 あばら家に行くと、裕斗が待っていた。ここでは話せないと公園に行き、蓮は自動販売機でジュースを買う。一本を彼に渡すと、彼は弱々しく受け取った。

「苦しい……」

 裕斗の呟きに同情し、蓮はその大きな背中を撫でる。一瞬驚いた顔をしたが、すぐに苦々しいものに戻る。

「俺は、白野先生に……」

 何かを言おうとして、しかし彼は言えなかった。虐待をされると誰にも助けを求めることが出来ない。蓮には痛い程分かった。

「……大丈夫。話せないのなら、無理に聞こうとしないから」

「成雲、さん……」

「行きましょう、時間がない」

 蓮が立ち上がり、歩き出そうとすると彼は「待ってくれ!」と呼び止めた。蓮は彼の方に向き変える。

「どうしたんですか?」

 尋ねると、彼は蓮を弱く抱きしめた。驚いたが、すぐに腕を背中にまわし、その頭を撫でる。

「助けてくれ、成雲さん……」

 それに促されたように、裕斗は助けを求めた。

 何分間、そうしていただろうか。裕斗が蓮から離れる。

「すまない……早く行こうか」

 裕斗に言われ、蓮は頷いた。

 あばら家で裕斗に気付かれないようにヨッシーを降ろし、誰もいないところがいいと告げる。そして、例の開かない扉のところまで行く。裕斗が慌てて蓮を止めようとするが、丁度白野が戻ってきて、その扉が開いたところを見せる。これで認知の変化があったハズだ。

「せ、先生!違うんです!これは……!」

 裕斗が必死に言い訳をしようとしている。蓮は開いた部屋に彼を引きずり込み、電気をつける。

 ――そこにあったのは「サヤカ」の模写。しかも、たくさんある。

 白野は言い訳を並べるが、蓮は「そんなわけないでしょう。ボクだって、一応絵を描きますが見ないで模写など出来ませんよ。写真を見てだとなおさら同じようには描けません」とそれを全て一蹴した。そして、布がかかった絵を見せる。それは、子供が塗り潰された本物の「サヤカ」だった。裕斗の目にも、そして蓮の目にも、これは偽物ではないということが分かる。

 これで言い逃れは出来ないハズだ。しかし白野は怒りをあらわにし、裕斗もろとも警備会社に通報した。これは危険だと蓮は裕斗の腕を引き、足元にヨッシーがいることを確認して白野の目が逸れている内にゲンソウナビを開いた。

 落ちて行っていることが分かる。ジョーカーがリベリオンを召喚すると、リベリオンは三人を抱える。

 無事に着地した三人は周囲を見る。どうやら無事に解除出来たらしい。

 裕斗がオロオロし始める。こんなところ、見たことがないと言いたげだ。軽く説明し、すぐに脱出しようと動けない彼に肩を貸して歩き出す。

 中庭を抜けようというところで白野のフェイクがエネミーを連れて現れた。裕斗は彼に尋ねるが、全て非道な言葉だった。エネミーが裕斗に向かって攻撃しようとしてきたのでジョーカーが庇う。

 そこで裕斗はアルターを覚醒させた。そしてエネミーを倒し、デザイアから脱出する。ファミレスに行き、事情を話すと彼は怪盗団に入りたいと言った。

「それから成雲さん……いや、蓮も敬語じゃなくていい」

「……分かった、裕斗」

 最初の頃は疑っていたが、今は裏切ることはないと知っている。だから安心して彼と握手を交わした。


 夜、いつも通りヨッシーが寝た後、白野のデザイアに入った。そして、白野のフェイクとあの男が話していることに気付く。隠れて聞くと、やはり狛井の時と同じような話をしていた。

「それに、あいつは殺すと決めているんだ」

 あの男がそう言って狂ったように笑った。恐ろしい程の寒気が襲ってくる。そのせいか、その後の言葉が聞こえてこなかった。

 ファートルに戻ると、ヨッシーがいないことに気付く。どこに行ったのかと思いながらソファに座る。

 少しして、ヨッシーが戻ってきた。

「レン、戻ってたのか」

「どこに行ってたんだ?」

 気になって聞いてみると、彼は「散歩だぜ。目が覚めちまってな」と答えた。

「それで、帰ってきてるってことはお前も用事、終わったんだよな?」

「まぁ、そうだね」

 少し話をして、今日は寝ようとヨッシーに言われる。本当は『ジョーカー』と話したかったが、夢の中でいいかと彼に従った。

 寝た後、『ジョーカー』が蓮を起こす。

「『ジョーカー』。どうした?」

 目の前にいることはあっても、悪夢を見た時以外で起こすことは滅多にないので蓮は驚いた。彼は「お前、本当に危険な道に入ったな」と告げた。

「……あの男のことか?」

 身を起こしながら尋ねる。確かに、かなり鋭く尖る茨の道を歩んでいると思う。誰なのか知らないが、あんなに強く恨まれていたら本気で身の危険を感じる。

「それでも、お前は進んでいくんだろ?」

「もちろん。ボクだってみすみすこの身を差し出すつもりはない。どんなに醜くても抗ってやるさ」

 その瞳は強いものだった。それを見て、『ジョーカー』は笑う。

「やはり、お前はいつまでも変わらないな。その強い意志を持った瞳……オレは好きだ」

 それはどういうことだろうか?聞きたかったが、強い眠気が襲ってきて聞くことが出来なかった。


 次の日、裕斗も連れてデザイアに入る。裕斗のコードネームを「アポロ」にし、デザイアを攻略していく。

 今回は二日に分けようとジョーカーは頭の中で計画を立て、進んでいく。中庭から進んで丁度中間まで行き、そこで帰ろうと言った。

 帰る時、母親から連絡が来た。放っておけばいいのにと思いながらそれに出る。内容は悪い友達と付き合うなということと明日頼んでいたものが届くということだ。分かったと言い、電話を切ると、「誰からだ?」と裕斗に聞かれた。それに答えると、「そういや、お前の家族の話、聞いたことなかったな」とヨッシーが言ってきた。

「面白いものは何もないよ。まぁ、いろいろあるけど……」

 そう答えて、少し考えてみた。

 ――最近、母親の様子がおかしかった気がしたが……。

 それは気のせいだろう。ループの疲れでおかしくなっているのかもしれない。

「それより、次の攻略は明後日だ。それまでに武器の調達はしておく」

 時間を見て、蓮はこの後バイトだと別れる。

 バイトをして、ファートルに戻った時は夜の九時過ぎだった。藤森は既に帰っている。

「バイトなんてしなくていいんじゃないか?資金はたくさんあるわけだしよ」

 ヨッシーに言われ、蓮は「いや、正直全然足りない」と答える。

「それに、バイトも学生を演じるうえで必要だからな」

「なるほど。怪盗だとバレないようにか。てか、あれで足りないのかよ?」

 皆に内緒でデザイアとアザーワールドリィで鍛えて得たものもちゃんと回収しているが、これからを考えると全く足りない。今日もアザーワールドリィで鍛えに行こうかと考えているぐらいだ。

「今から出かけるなよ?もう遅いからな」

 しかしヨッシーに先に釘を刺され、今日は諦める。

 かわりに潜入道具を作る。すっかり慣れてしまったそれにヨッシーは首を傾げた。

「お前、筋がいいけどよ……なんか、やけに慣れていないか?」

「え?いや、そりゃあ、何回かやれば出来てくるけど……」

 その言葉に彼は納得していないようだったが、やはり詳しくは聞いてこようとしなかった。

 ――ヨッシーにバレるのも時間の問題かもな……。

 今更ながらに思う。むしろ、今まで繰り返してきた中でよくバレなかったなと思う。

 ――いっそ、彼には話してしまうか?

 一瞬だけそんな考えが浮かび、しかしすぐに振り払う。そんなことしたら、絶対に止められる。やはり、ここは黙っていた方がいい。

 『ジョーカー』が笑っていることに気付く。少しだけしかめるが、すぐ元に戻る。何も言ってこないところからして、ヨッシーには気付かれていないだろう。

『たまには他人を頼った方がいい。それがいいことだってある』

「……そう言われてもな」

 死ぬ気でいる、なんて言ったら絶対に止められるのが目に見えている。それなのにわざわざ言う必要があるのだろうか。

『もしかしたら、お前の計画の近道かもしれないぞ?』

 その言葉に揺らぎそうになる。が、やはり皆を巻き込めないと思った。

 ――冬木のことは、自分で何とかしないといけない。

 りゅうにとっては母を殺した仇だし、ほのかにとっては婚約者を殺した実行犯なのだ。それなのに救いたいなんて、怪盗団が思うだろうか?恐らく、思わないだろう。なら、自分一人でやった方がいい。

「レン?大丈夫か?」

 ヨッシーが心配そうに見てくる。きっと、今は酷い顔をしていたのだろう。蓮は「大丈夫」と小さく笑った。

「……そうか。あまり無理するなよ?」

 もう寝ようぜ、と言われ、蓮は作った潜入道具を引き出しに入れた。これは自分がいなくなった時のために準備したものだったのだ。ヨッシーはそんなことを気にせず枕の横に丸くなった。蓮もベッドに寝転がり、ヨッシーの背を撫でた。

「……おやすみ。また明日」

 あぁ、あと何回、この言葉が言えるだろうか?悲しくなってきた。


 次の日、母親から白き巫女伝説が届いたのでバイトを終えた後、それを読んだ。

「それ、なんだ?」

 ヨッシーが覗き込んできた。蓮は「成雲家に伝わる伝説。アルターに似たような力が出てくるからな」と答えた。

「そうなのか?ワガハイも興味が出てきたぞ。もしかしたら、ワガハイの目的の近道になるかもしれないからな」

「なら、一緒に読んでみるか?」

 別に見られて困るものじゃない。ヨッシーを膝に座らせ、一緒に読む。しかし、分厚い本なので一日で読み終わらなかった。

「また今度読もうか」

 本を閉じると、ヨッシーは「その本に出てくる巫女、お前に似ているな」と告げた。

「……ボクに?」

「あぁ。強い意志に、曲げない心。どんなにつらい目にあっても決してくじけない……まさにお前みたいだぜ」

 ……ヨッシーからはそう見えていたのか。なんか、意外だった。蓮は、この物語がどうしてもつらくて見ることが出来なかった。

 ――なぜか、自分のことを書かれているような気がして。

 自分には血の繋がったきょうだいはいないし、自分に従えている人もいない。それなのにそんな気分になってしまう。それが嫌で、今まで避けてきた。

「ワガハイ、この巫女に共感出来るぜ。他人に受け入れてもらえない苦しみ……それは計り知れないものだろうな」

 その言葉にハッとなる。それはまるで、自分のことではないか。父にも母にも、誰にも認めてもらえず、ただ「肩書き」にしか興味を持ってもらえない。大人達は本当の「成雲 蓮」を見てくれないのだ。

「でも、一人でも受け入れてくれる人がいてくれるのなら……それは大きな支えになるんだろうな」

「……あぁ、そうだな」

 確かにその通りだ。誰か一人でも本当の自分を見てくれる人がいる……それが何よりの支えだったし、自分の身を呈してでも守りたいと願った。きっと、この巫女も同じだったのだろう。なぜだか、そう思う。

「続き、楽しみにしてるぜ」

 もう夜も遅いので寝ることにした。ヨッシーに「おやすみ」と言い、目を閉じた。


 夢を見た。現実と勘違いしてしまうような、リアルな夢。

 邪悪に満ち溢れた一人の男と、対峙している自分。その手にはレイピアを持っていた。

「あなたのその歪んだ心、頂戴いたします」

 自分の意思に関係なく、口が動いていた。すると彼は狂ったように大声で笑い出した。

「お前は――――人を――――のにこの俺を改心させようというのか!」

 重要なところは聞こえてこなかったが、なぜか心がざわついた。

 ――そう、「私」は――――人を――。

 自分は何を思っただろう?分からない。何かを、忘れている……。


 次の日、オタカラのルートを確保し、予告状を二十七日に出そうという話になった。

 夜、蓮は白野のデザイアに入った。そして、情報が得られないか探す。しかし、今回は収穫がなかった。

『仕方ないかもな』

「そうだね」

 ファートルに戻ると、またヨッシーがいなかった。散歩だろうか?自分も好きにやらせてもらっているので文句は言えない。ベッドに転がると、すぐにウトウトし始めた。最近動いてばかりだったから疲れが溜まっていたのかもしれない。ヨッシーを待たないと、と思うが眠気には逆らえなかった。

 蓮が寝た後、ヨッシーが戻ってくる。自分より先に寝ている蓮にびっくりしたが、彼女のお腹の上で丸くなった。

「……こいつ……」

 ヨッシーは呟いたが、少女の耳には聞こえてこなかった。


 二十七日、ジョーカー達は予告状を出し、白野のデザイアに入る。そして、オタカラのところまで向かった。作戦通りにオタカラを盗み、中庭で拝借すると偽物だということに気付く。現れた白野が笑いながら、本物を見せてきた。

 今回も『ジョーカー』と入れ替わり、見学する。最初の頃はアポロを守って気を失ったものだと過去を考える余裕さえある。

 少しずつ相手の体力を削っていくと、白野が例の黒い絵の具を吹きかけようとした。

「皆、オレの傍に集まれ!」

 『ジョーカー』の指示に三人は集まった。『ジョーカー』は絵の具が吹きかかる直前に壁をはる。それにベチャッと絵の具がついた。

「小娘の分際で、小癪なマネを……!」

 白野が怒ったように『ジョーカー』を狙い始める。厄介だと思ったのだろう、これが『ジョーカー』の罠だということにも気付かず。

 ニヤリ、と『ジョーカー』は笑った。宙に飛ぶと、連続で銃を撃つ。そんな『ジョーカー』に白野は黒い絵の具をかけようとする。

「果たして、その作戦は上手くいくかな――?」

 挑戦的な笑みを浮かべると同時に、絵の具が吹きかけられる。しかし、それが『ジョーカー』にかかることはなく、見えない壁のせいではね返され、白野にかかった。

「次からはちゃんと考えてやることだな。もっとも、お前に「次」などないがな」

 なぜなら――。

「これが、お前の「最期のターン」なんだからな」

 リベリオンを召喚し、「ダークネス」と唱える。全てが弱点となっている白野には相当なダメージで、元の姿に戻った。

 倒れている白野を見ていると、背後から冷気が流れてきた。そちらを見ると、アポロがアルターを召喚していた。

「これにて、おしまい」

 その言葉と同時に白野が凍った。

 氷が割れると、白野はオタカラに手を伸ばした。それをアポロが制する。醜く命乞いをする白野を『ジョーカー』は冷めた目で見ていた。しかし最終的にはアポロに委ねると手を出すことはしなかった。

 白野の口から白い男――冬木のことが出た。詳しく聞き出そうとするが、オタカラを取った後だったのでデザイアが崩れ始めた。車に乗り、『ジョーカー』が運転しながら白野の様子を見る。この時、不審な人物が現れることはなかった。

 現実に戻り、アジトに向かう。そして本当の「サヤカ」を見て、裕斗が「この絵を見た時の衝動……嘘じゃなかった」と呟いた。少し話をして、裕斗が怪盗を続けるということで話はまとまり、この日は解散する。

 蓮はファートルに帰る……のではなく、玩具屋に来た。

「どうしたんだ?レン」

「あぁ、今持っている車だと狭いだろ?だからキャンピングカーのモデルカーでも買おうかと思ってな」

 そう答えるとヨッシーは「なるほどな。確かにその方がいいかもな」と言ってくれた。

「だが、なんでキャンピングカーなんだ?」

「いざとなったら材料を買ってくれば料理も作れるからな」

 認知のおかげで火も水も使える、ハズだ。もちろん、確証はない。いざとなれば呪文でどうにかする。

「そこまで考えてるんだな。さすがリーダーだぜ。これで戦闘狂じゃなきゃな……」

「悪かったな、戦闘狂で」

 実際、蓮の戦い方は最初の頃と比べて変わった。一人で特攻することも多くなった。その度に皆に止められるが、それでもやめない。呆れられている頃だろう。

「……なぁ、レン」

「なんだ?」

「今日はよ、前読んでたあの本、読まねぇか?」

 急にどうしたのだろうか?ヨッシーからそんな提案が出されるなんて。

「……別に構わないけど」

「悪いな、お前も用事があるかもしれないけどよ、たまには休んだ方がいいんじゃないかって思ってよ」

 その言葉に何かの意図が感じられた。しかし、深くは追及しなかった。

 ファートルに戻り、読み始める。

 ――そこに書かれていたのは、まさに今の蓮だった。皆に一人で幻想世界に入り、皆に認められたくて、守りたくて鍛えて……それでも無意味だった。最後には悪神と戦い、相打ちになり、一人で悪神を封じ込めるために散っていった。従者と自らの幼い子を置いて。弟であり従者はその運命を恨み、それに従った姉を憎み、姉の子供を育て上げて、彼もまた散っていった。

「なんか、救われない話だな……」

「そうだな……」

 ヨッシーの言葉に相槌を打つ。しかし、心は少しだけ焦っていた。

 ――ボクのやっていることは、無意味なのか?

 いや、そんなハズない。だって、自分は……。

 何を忘れているんだ?ボクは……。

 心の中の『ジョーカー』が静かに笑った。いつもと違う笑い方に蓮は驚いた。

「どうした?」

「いや、何でもない」

 感情を隠すように「コーヒー、飲むか?」とヨッシーに聞くと彼は「もちろんだ!」と答えた。下に降り、藤森が帰っていることを確認するとコーヒーを二杯作る。

「……『ジョーカー』」

『なんだ?』

「お前がコーヒー飲むか?」

 蓮が尋ねると『いただこう』と言ったので『ジョーカー』と入れ替わった。

「……お前、時々目付き変わるよな」

 ヨッシーに言われ、『ジョーカー』は「そうか?」と首を傾げる。やはり、姿は同じでも男性と女性で表情が変わってしまうものなのだろうか。

「まぁ、毎回寂しげな表情されるよりはマシだけどな」

「寂しげ?ボクが?」

「なんか、考えごとしてる時とかそんな顔してんだよ。……学校であんな扱いだったらそりゃあ嫌だろうけどよ」

 かつての藤森が言っていたことはこれか、と心の中の蓮は思った。そんな蓮のかわりに『ジョーカー』が「悪い、いつも心配かけて」と謝っていた。

「別に構わねぇよ。それよりコーヒー飲もうぜ、冷えちまう」

 ヨッシーが舌でコーヒーをなめると、「あちぃ!」と叫んだ。

「ネコ舌なんだから気をつけろ」

「ふぇほひゃふぇ!」

 『ジョーカー』が笑うと、ヨッシーは涙目になりながらそう言った。訳すると「ネコじゃねぇ!」だろう。彼にとっては相当熱かったようだ。

『そういや、そろそろ夏か……』

 扇風機でも買わないと冷房もない屋根裏部屋では暑いだろう。今度買いに行くか、と計画を立てていると、少し冷めたコーヒーを飲み終えたヨッシーが「今日はもう寝ようぜ」と言ってきたので頷いてコーヒーカップを洗った後、二階に上がる。そこで戻ってベッドに座った。

「……ごめん」

「急にどうしたんだよ?」

「いや、何となく言わないといけないと思ったんだ」

 さっき謝ったのは『ジョーカー』だったから、自分も謝らないといけないだろうと思ったのだ。ヨッシーは不思議そうに蓮を見ていたが、「なんだよ、それ」と笑った。

「それに、謝るくらいならエネミーに一人で突っ込まないようにしてくれ」

「善処する」

「いやそれ、やめる気ないだろ……」

 ため息をつかれ、蓮は苦笑いを浮かべる。ベッドに転がると、ヨッシーは横で丸くなった。

「おやすみ」

 蓮が目を閉じ、ちゃんと寝たことを確認するとヨッシーも寝ようと目を閉じる。すると蓮がうなされ始めた。

 何に苦しんでいるのか、学校か、地元のことか、それとも別のことか。何にせよ、彼女を苦しめるものがあるのだとヨッシーは考えながら寄り添う。

「……大丈夫、傍にいるから」

 優しく語りかける。苦痛に歪めるその目元から雫が流れ落ちた。

「たすけて……兄さん……」

(兄さん?)

 彼女に兄がいたというのか。なぜそれを話してくれないのか。自分達は本当に彼女の支えになれているのだろうか。いろいろな思いがヨッシーの頭をグルグルと回る。

 ――誰でもいいから、こいつを助けてやってくれよ。

 もし神様というものがいるのなら、彼女に厳しすぎはしないか。誰にも助けを求められず、一人で背負って……。

「……ワガハイじゃ、お前を支えることは出来ないのかよ……」

「……ん……ヨッシー……?」

 ヨッシーが呟くと、蓮が小さく目を開いた。

「レン、大丈夫か?うなされてたぞ」

「ごめん……眠れなかったよね……」

 撫でながら、申し訳なさそうにする彼女にヨッシーは「大丈夫だぜ、どうせ眠れなかったからな」と少しだけ嘘をついた。

「それにしても、お前兄貴がいたんだな」

「あにき……?あぁ、兄さんのこと?正確には、いとこの兄だよ。きょうだいじゃない。一つ上でね、いつも遊んでくれたし、ボクに優しくしてくれたんだ」

 幸せそうに語る彼女だったが、「だけど……」と顔を曇らせた。

「その兄は、いなくなったんだ。まだ五歳に満たない時だったかな?遊んでたら不思議な世界に迷い込んじゃって。ボク達に危害を加えようとする奴らがいたんだけど、ボクを逃がすために囮になったんだ。……それからどうなったのかは、分からない」

 あれ?とヨッシーは思った。

 ――ワガハイ、この話、知っている気がする。

 彼女のいとこの兄がどうなったのかも、自分は知っているハズなのに思い出せない。

「どうした?ヨッシー」

「いや……何でもない。それより、もう寝ようぜ」

 ヨッシーは笑って蓮に寝るよう促した。ぎこちないものだったが、寝ぼけている蓮は気付かず「うるさかったら起こしていいからな」と言って再び眠りについた。

「……こいつの兄貴、か……」

 彼女を守るために行方不明になったという、いとこの兄。確か、彼の名前は――。


 それから、夜にアザーワールドリィで鍛えながら仲間達や協力者達の絆を築いていき、白野の個展終了の日。白野の謝罪会見がテレビで流れていた。皆が喜んでいる中、周囲を見るともみじがこちらの様子を見ていた。

『この時には既に気付いていたんだな』

「そうだね」

 さすが学校一の秀才だ。彼女は狛井の時点で少なくとも蓮が怪盗なのではないかと疑っていたのだろう。そこに来て白野の改心。しかも、門下生と関わっている。……情報としては十分だ。

「どうしたんだよ?蓮」

「次の打ち上げを決めるんでしょ?」

「そうだっけ?」

 全く聞いていなかった。確か、日曜日にするハズだ。

「ねぇ、鍋でいい?蓮の居候先でさ!」

「……許可は取っておくよ」

 いくら言っても無駄だと悟っている蓮は頭を抱えながらも藤森に許可を取ることを約束する。

「いいのか?レン」

「大丈夫、何とかなる」

 藤森だって、友達と遊ぶことに関しては別に構わないと思っているハズだ。……まさか男子が泊まりに来るとは思っていないだろうが。

「お前が大丈夫ならいいけどよ……お前、毎日忙しそうにしているだろ?」

「別に、予定くらい合わせられる」

「それなら構わないが……休んだっていいんだぜ?」

「ボクだけのけ者にするつもり?」

 冗談で言うと、ヨッシーは「そういうつもりはねぇよ」と答えた。

「だけどよ……お前、疲れているんじゃないか?」

「どうだろうな?」

 彼の予想通り、毎日のように出かけていれば疲れていないわけがない。しかし、誤魔化そうとあえて笑った。

 そんな二人の会話を無視して、風花は「じゃあ、決まり!蓮も許可取っててね!」と告げた。それに頷き、解散する。

 渋谷を歩いていると、「おいしいバイトがあるんだけど、どうかな?」と声をかけられる。城幹の手下か……と思いながら断り、ミリタリーショップに向かった。

「買い取ってほしい」

 そう言って幻想世界で手に入れた貴重品を取り出す。金井は不思議そうにしながらも換金してくれる。そして武器を買い、帰る。

 ヨッシーが寝たのを確認すると、蓮はアザーワールドリィでエネミーを倒していた。あの男は、今日はいなかった。毎日来ているというわけではないのだろう。

 ファートルに戻ると、蓮はコーヒーを淹れそれを飲む。そして、二階に上がり風花に向けての遺書を書く。書いていると、頬に何かが伝った。

『蓮、大丈夫か?』

「うん……大丈夫……」

 それを拭いながら、書き進めていく。

 ――辛い……苦しい……。

 でも、皆のためを思うならやらないといけない。それが、自分の役目だ。それでも、息が詰まりそうになる。

『蓮、今日はそこまでにしよう。まだ時間はある』

 見かねた『ジョーカー』が蓮を止め、そのまま寝るよう促した。

 いつもの牢屋で目が覚めると、『ジョーカー』は蓮を抱き起こした。

「『ジョーカー』……」

「お前はいつもそうだ。そうやって、自分を苦しめて……」

 苦しそうに呟き、力を込めて蓮を抱きしめる。

「なんでお前がこんな運命を背負わないといけないんだ。なんでお前がこんな目に遭わないといけないんだ。なんで……」

 彼の肩は震えていた。泣いてはいないが、どこか悲しそうでどうしたらいいのか分からなかった。

「あいつだってそうだ。あいつも、冬木もこんな運命に遭わなくてよかったのに……」

 冬木、という言葉に蓮はビクッとなった。なぜここで、彼の名前が出てくるのだろうか?しかし、それに気付いていないのか『ジョーカー』は続ける。

「悪いのは全て、悪神のせいだ……。あいつが、お前のことを……」

 言葉の続きはなかった。蓮の前で彼が感情的になるのは、これが初めてだった。

 ――どこまで、彼を苦しめるのだろう。この運命は、どこまで自分達を追い詰めるというのか。

 そんな疑問が頭をよぎった。彼は自分がこの世界に生まれ落ちる前からいたのだろう。なぜか、そんな気がした。だからこそ、これ以上彼を苦しめたくない。蓮はそう思った。


 打ち上げの日、裕斗からあばら家を出ていくという連絡が入り、ファートルに泊めることになった。皆が来ると、藤森が裕斗の荷物を見て「帰る場所がない友達って、男の子だったのか?」と焦ったように聞いてきた。それに頷くと彼は「変なことがないようにな……」と頭を抱えながら告げた。前から思っていたが、変なことって何だろうか?

 鍋をつつき、食べ終えると裕斗が「お前達はどんな過去を持っているんだ?」と聞いてきた。それに良希が先に答え、蓮も前歴のことを話す。話し終え、風花が起きてきた。

「あたし達、本当に似てるね」

 その言葉に全員が頷く。居場所を失った子供達の集まり……それが幻想怪盗団なのだから。

 ヨッシーが「ワガハイだけ違うな……振り返れるだけの記憶がない」と呟いた。それに「だから、その記憶を取り戻すためにアザーワールドリィに行くんだろ?」と答えてやると彼は「その通りだな!」と元気を取り戻した。この時はまだ、あんなに追い詰めてはいなかったのだろう。

 夜も遅いと良希と風花が帰り、片付けを終えた後蓮はヨッシーを洗うついでにシャワーを浴びて、裕斗は近くの温泉に行った。

 勉強をしていると裕斗が戻ってきた。

「あぁ、もうシャワー浴び終わっていたのか」

「いつも早く済ませるからな」

 視線を感じ、蓮は裕斗の方を見る。彼は蓮を見ていた。正確には、さらしを巻いていない胸を。

「……どうした?」

「いや……君、本当に女なんだなと思ってな」

 いつもそう言うと蓮は苦笑いを浮かべた。

「寝るときは外すようにしているんだ、さらし。さすがに苦しいからな」

「そうなのか」

 そこまで気にしていなかったらしい裕斗はソファに座り、蓮を描き始める。蓮は気にせず勉強に専念した。


 それからもみじに目をつけられ、目立たないようにするのが大変だった。さすがに夜まではつけてこないが、バレバレの尾行も逆にこちらが気遣わないといけないと毎回ひやひやしている。

 裕斗が寮に入り、鍛錬を再開出来ると思っていると、

「レン、生徒会長はいいのか?」

 ヨッシーに言われ、「大丈夫」と答える。それより心配なのは城幹の被害者達だ。

 学校内で目立つのは蓮の噂以外ではやはり「おいしいバイト」というキーワード。それから、犯罪に加担させられているという噂。

『この問題を、もみじに全て丸投げしたんだから校長もクズだよな』

「大人なんて、そんなものでしょ。この世界全て腐っているんだから」

 変に達観している彼女に『ジョーカー』は苦笑いした。

 ――こいつが一番、大人達の被害に遭ってるもんな。

 両親も、周囲の人達も、ここの学校の人達も、誰一人本当の「成雲 蓮」が見えていない。

『シャーロックはなんて?』

「いつも通りだよ」

 シャーロックは蓮に、必要以上に干渉しようとはしてこなかった。その方が二人からすればありがたいが、何かありそうで怖いというのもある。

『ユリナとマリナは?』

「あの二人も相変わらず。だけど時々、ボクを寂しそうな目で見てるね」

 何かを思い出してほしいと言いたげなあの瞳を思い出す。純粋な、子供の目だった。

『……そうか』

 何か言いたげだったが、『ジョーカー』はそれだけ呟いた。


 ヨッシーが寝た後テレビを見ていると、冬木が怪盗団を批判していた。

『彼らがやっていることは私刑です。正義がない』

 なるほど、確かに自分達は勝手に裁いている。でも、こんな世の中、怪盗団はいた方がいいことも確かなことだろう。世直しは世界が変わらない限り、続けなければいけない。

『その通りだ、お前が信じる正義を貫くがいい、我が主よ』

 『ジョーカー』ではなく、リベリオンがそう告げた。全く自分の中のアルターや人格はこうして蓮に語りかけてくるのだから。最初の頃は驚いたが、もうその気力さえない。

「……分かってる。ボクは、ボクの信じる道を行く。そう決めたから」

 そう呟いて、蓮は笑った。


 もみじから依頼を受ける前の日。蓮は牢獄世界にいた。

「シャーロック?どうしたんですか?」

 なぜ呼び出したのだろう。双子はやはり純粋な、それでいて寂しそうな瞳をしていた。

「世界を救う役目のあるトリックスターよ。お前は「反逆の正義」と言われたな?」

「……そうですね」

 あの男の言葉だ。前から気になっていたことだった。

「先程も言った通り、お前には世界を救う役目がある。この世界は今、歪みに満ち溢れ、もはや破滅は免れない」

「破滅……」

「そうだ。そしてそれに抗い、変革を求める者……そのトリックスターのことを「反逆の正義」と言う。逆に、破滅を促す者……冬木 なぎとのことを「破滅の協力者」と言うのだ。お前達は、ある奴が仕組んだ理不尽なゲームに巻き込まれた」

 「反逆の正義」と「破滅の協力者」……そして、理不尽なゲーム。それを仕組んだ奴が、黒幕だろうか?

「さて、そろそろ刻限……」

「時間だ、囚人」

「現実に戻りなさい」

 三人の言葉に蓮の意識が飛んだ。


 もみじから依頼を受けた次の日、情報収集をしようという話になった。蓮としては既に知っているので無駄足ではあるのだが、ヨッシーがいる手前、一人だけ情報を収集しないのもおかしいだろうと形だけ務める。後ろでもみじが城幹の手下に捕まっているのでそれを助けた。

 明日集まろうと指示を出し、ファートルに戻る。そしてヨッシーを置いて、再び外に出た。今回はアザーワールドリィに行くわけでもなく、公園に向かった。そして、ベンチに座る。

『どうしたんだ?蓮』

「ちょっとね……考えごとしたくて」

 そこで黙ってしまう。しかし彼には気付かれているわけだし、と蓮は口を開いた。

「……冬木のことだ」

『冬木のこと?突然どうした?』

「……シャーロックに、言われたんだ。あいつは破滅を促す者、「破滅の協力者」だって」

 破滅に抗い、変革を求めるトリックスターのことを「反逆の正義」ということ。そして、これは誰かが仕組んだ理不尽なゲームであることを。

 『ジョーカー』はそれを静かに聞いていた。そして、

『……つまり、冬木とお前は対になる存在ということか』

「多分、そういうこと。……ねぇ、あいつを、救い出すことは出来ないのか?」

 蓮の呟きに『ジョーカー』が答えようとすると、話しかけてくる人がいた。

「あれ?キミ……成雲さんだよね?こんな時間にどうしたの?」

「あぁ……冬木か」

 仕事帰りだろうか、荷物を持っている。

「ちょっと遅くなっちゃってね。キミはどうしてここにいるの?」

「散歩に行きたくなったんだ」

 彼のことを考えていたと気付かれないようにつめると、彼は隣に座った。

「なんか、悩み?オレで良ければ、聞くけど」

「大丈夫、気にしないでくれ」

「キミ、何かあっても言わなさそうだよね」

 冬木に言われ、蓮は確かにと笑う。少しならいいか、と口を開く。

「……実は、さ。ある人を助けたいんだ」

「助けたい?」

「あぁ。……そいつはさ、いつもは優しい雰囲気を持っているけど、本当は大人達に利用されているんだ。そこから、救い出してやりたい」

 誰、とは言わなかった。冬木は蓮を見つめていた。

「……キミは、本当にお人好しなんだね」

「別に、そんなのじゃない。ただ、助けたいと思っただけだ。自分のエゴなんだ」

 それがたとえ難しいことでも。

 蓮のその瞳は図らずも慈愛を含んでいた。それを見て、冬木は顔を少し赤くする。しかし、蓮はそれに気付かなかった。

「悪い……お前には関係ないことだ、忘れてくれ」

 立ち上がると、彼は「待って」と蓮を引き留めた。彼の方を見ると、急に抱きしめられた。蓮よりちょっとだけ低い身長だ。

「冬木……?」

「お願いだ……オレを、救ってくれ……」

 弱々しい声。今まで繰り返してきて、初めて聞いた弱音だった。

「……分かった。助けてあげる」

 優しくその頭を撫でてあげる。その光景は、まるで恋人のようでも、きょうだいのようでもあった。


 次の日、集まると情報を共有する。しかし、有力な情報がなく、どうしようかと悩んでいるところに蓮が水谷のことを提案した。皆、それに賛成する。

 早速連絡すると、今夜新宿のバーに来てくれと帰ってきたので良希と一緒に行くことになった。

 夜、補導員に気付かれそうになった良希はどこかで時間を潰すと言ってどこかに行った。蓮はヨッシーが入ったカバンを抱え、バーに入る。

 水谷から怪盗のネタと成雲家のことについて教えることを条件に城幹の名前と怪盗団のことを記事にしてくれると取引した。

 そして早坂のところに行き、占いをしてもらう。そしてそこでも取引をした。

 良希のところに行くと、やはり例の人達に絡まれていた。彼から助けを求める声が聞こえてきたが、どうやっても助けられないと蓮はそっとしておいた。

 次の日、良希に睨まれたが蓮は悪くないハズだ。むしろいい判断をしたと言ってもらいたい。

 そんなことはさておき、城幹の名前をナビに入力すると反応した。ではどこをなんと思っているのか、という話になるが……。

「……銀行」

 蓮が呟くと、ナビが反応する。そして「多分、被害者の居場所なんじゃないか?」とそれとなくヒントを出した。良希が「おいおい、渋谷全体に被害者がどれだけいると……」と言うと裕斗が制止の声を出した。

「……ヒットした」

「なるほど、つまり……渋谷全体か」

 物陰に隠れ、ナビを起動する。そして、フェイク達の情報を元に上を見上げると、そこに銀行が浮かんでいた。

 どうやっても行けないという判断になり、現実に戻る。明日どうするか考えようという話になり、そのまま解散する。


 次の日、皆で集まり、どうしようか悩んでいるともみじが来た。良希と風花が辛辣に当たったものだから、もみじは走ってセントラル街に向かった。蓮も慌てて彼女を追いかける。

 いつもの場所で、いつも通り城幹の手下の車を追いかけて、城幹と対峙する。そして、城幹に成雲家の令嬢だと気付かれた。

「その髪、ウィッグなんだろ?」

 蓮を前に立たせる。蓮は睨みつけながら、されるがまましている。ウィッグを外され、非道の笑みを浮かべた城幹に蓮は動いた。その手下を殴り飛ばしたのだ。

「この女――!」

 手下の一人が蓮を捕らえようとするが、それも無駄に終わった。蓮が蹴りで吹っ飛ばしたのだ。

「……怪我したくなければ、早く生徒会長さんを返してくれませんか?」

 あっけらかんとしている蓮に城幹はさらに笑みを深める。

「……へぇ、もっとおとなしいのかと思ってたが、案外血気盛んなんだな。よし、気に入った。もしこいつが払えなかったら、お前が身体売れよ。俺の部下を怪我させたわけだし、当然だよな?」

 よし、と心の中でガッツポーズをした。これで奴は蓮にターゲットを変えた。もし仮に改心に失敗しても、もみじが被害に遭うことはないだろう。さっきの行動はわざとなのだ。

 ウィッグをつけ、外に出るともみじが申し訳なさそうに蓮達を見る。蓮達は彼女をデザイアに連れて行った。

 そこでもみじもアルターを覚醒させ、怪盗団の仲間になった。

 夜、いつも通りアザーワールドリィに行こうとするとヨッシーが「ワガハイもついて行く」と言って聞かなかったので仕方なくバイトの方に行くことにした。資金集めするならバイトよりアザーワールドリィに行った方が案外効率的なのだが。

 ――帰り道、事件が起こった。

 公園で立ったままヨッシーと会話していると、背後から急に抱きしめられ、口元にハンカチを押さえつけられる。

 薬か――!

 すぐに判断した蓮は拘束が緩んだ隙にハンカチから顔を離し、後ろを振り返ろうとする。しかし、鈍器で頭を殴られたことによってカシャンとメガネが地面に落ち、衝撃に耐えるように右足を後ろに引いた。カバンが地面に落ちたが、その前にヨッシーは脱出していた。ポタ、ポタと頭から血が流れては地面に落ちる。はぁ、はぁ、と息が切れていることが自分でも分かった。

「……誰だ?お前は」

 冷たく、轟くような低い声にも臆することなく殴った男は蓮のウィッグの髪を掴む。

「口の利き方がなっていないな。目上の人には敬語で話すってご両親に教わっていないのか?」

「少なくとも、あんたみたいな大人にまで敬意を払えなんて教わっていない」

 いきなり薬で気絶させようとしたり、鈍器で頭を殴ってきたりする奴なんかに、敬語など不要だ。むしろそんな奴は警察の世話になるべきだと教えられるだろう。

 すると、今度はお腹を蹴られた。その痛みに倒れてしまう。

「レン!」

 ヨッシーが近付いてこようとするが、蓮は咳込みながらそれを制止する。

「ヨッシー。お前だけでも逃げろ」

 ここは一人で大丈夫だから、と蓮は笑う。ヨッシーは目を伏せ、しかしこの姿ではどうすることも出来ないと走ってファートルに戻った。それを見て、蓮は安心したように意識を飛ばした。

 男は気を失った蓮の手首に手錠をつけ、車に乗せた。そして人気のないところまで連れて行かれる。目が覚めると、そこは使われていない倉庫のようだった。起きたことに気付いた男は蓮の上にのしかかった。そこで蓮の怒りは爆発する。

「いい加減にしろ!ボクはお前の初恋の相手じゃない!かわりでもないんだよ!」

 気付いていた。この男が朝の通学中や一人でいる時、後をつけていたことを。そしてその目は愛を求めていることに。しかし、あいにくと蓮にそんな感情はない。こいつは悪質なストーカーだという認識があっただけで。

 男が蓮のズボンのチャックをおろそうとしてくる。それにカッとなって蓮は手を床につけて回し蹴りをくらわせ、その勢いに乗って立ち上がる。運動神経はいい方だと自負している。しかし、少しふらついていた。

「おとなしくなったと思ったら……!」

「悪いが、ボクだって暇じゃないんだ。早く手錠を外して帰してくれ。そうすればお前を警察に突き出すことはしない」

 もしこの状態で蓮が訴えたら、いくら前歴があるとはいえこの男に傷害罪が問われることは間違いないだろう。それをなしにすると言っているのだから我ながら随分譲歩していると思う。しかし、男は我を失っているらしい。

「まただ……いつもそうだ……皆そうやってわたしを避けて……わたしを受け入れてくれない……なんでわたしばっかり、こんな目に……」

 どうやら、被害者は蓮以外にもいるらしい。それなら、ここで終わらせてやるのがこの男のためでもあるだろう。そう思って不自由ながらポケットに手を突っ込むが、スマホがなかった。

 男はナイフを握った。そこで初めて蓮は焦りの表情を見せた。


 次の日、藤森が仕込みをしようとファートルに来ると、扉の前でヨッシーがカリカリとやっていることに気付いた。

「どうした?ヨッシー……」

 藤森が持ち上げると、ヨッシーはニャーニャーと鳴き出した。何かを訴えているようだ。

 嫌な予感がして、藤森は店内に入りすぐ二階に行く。しかし、そこにいるハズの少女はいなかった。

 少し前の藤森なら、問題を起こしやがってと思っただろう。しかし、ヨッシーや友達の様子を見て蓮が悪い奴じゃないと気付いていた。だから、夜遅くまで出かけていても怒ったりしなかったのに。

「何があったんだ?」

 この賢いネコは何か知っているハズ。しかし、ニャーニャー鳴くばかりで何も分からない。とりあえず学校には休むという連絡をしないといけないと思い、すぐに電話をした。


「ゴシュジン!レンが……!レンが今危ない目に遭っているんだ!」

 そう伝えたいけれど、何せ彼はヨッシーの声など聞こえていない。どうすれば伝わるのか?今ほど、この身体を恨んだことはない。

「落ち着け。……あいつに、何かあったんだな?」

 藤森の質問にヨッシーは分かりやすく首を縦に振る。

「あいつ、頭を殴られて、血を流してたんだ!でも、大丈夫って言ってワガハイだけ逃がしてくれて……!早く……早くしねぇとあいつが……!」

「分かった。とりあえず警察に捜索願、出しとく」

 藤森に頭を撫でられ、ヨッシーは静かになる。

 ――あいつらにも、話さないと……。

 そう思いながら。


 学校では、風花がいつも来ているハズの蓮が来ていないことに疑問を持っていた。長谷は風邪で休みだと言っていたが……。

 昼休み、もみじと話したいと言って生徒会室に来た。

「どうしたの?春鳴さん」

 もみじが風花に聞く。風花は「その……いろいろあるけど……」と言って、

「ごめんなさい!」

 と勢いよく立ち上がり、頭を下げた。それにキョトンとするもみじ。

「あたし、狛井のことを全部生徒会長のせいにしてた。あいのことも、後から助けを求めていたことに気付いて……それも、全部」

「春鳴さん……ね、頭上げて」

 もみじの言葉に従い、頭をあげる。

「私も、教師が言うから本当なんだってずっと思ってたの。私は悪くないって。だから、必要以上にあなた達に強く当たったと思う。……こちらこそ、ごめんなさい」

 それに驚いていた風花だったが、二人して笑い出す。

「なんか、言ったらすっきりした。それから、あたしのこと風花でいいよ」

「分かったわ。そっちも、私のこともみじでいいから。……それで、他に話したいことがあるのよね?」

 もみじが尋ねると、風花は「うん……」と蓮のことを話した。

「成雲さんが休み?……でも、今までそんなことなかったわよね?」

「うん……先生は風邪だって言ってたけど……」

「……そうね。とりあえず、居候先まで行きましょう。ヨッシーには会えるかもしれないわ」

 皆に連絡、まわしておくわともみじがチャットで送る。しかし、蓮からの返事は一向に来なかった。それにますます不信感が募る。

『そういや、蓮は?』

『今日は休みらしいの。……ところで、蓮からそっちに連絡が来ていないかしら?』

『蓮から?……そういや、昨日個人的な相談したくてチャット送ったけど一向に既読にならねぇわ』

 それで、風花やもみじの中の不信感が確信に変わった。これは、風邪ではない。

『放課後、ファートルに集合しよう』

『別に構わないが……蓮が困るのではないか?』

『普段ならね。でも、今回は非常事態』

『どうしてだ?』

『もし、これを蓮が見ていないとしたら?』

『それは、寝ているだけではないのか?』

『それなら、風谷君のチャットには反応しているハズでしょう?少なくとも、既読はつけるハズよ』

『そうだよ。蓮、連絡したらすぐ返事来るし。時間すっごく経ってるのに見ていないって、おかしいと思わない?』

『確かにそうだよな。俺、何度か相談に乗ってもらってっけど返事はすぐ来るし』

『そう言われれば、そうだな。彼女は必ず返事を返す』

『私はよく分からないけど、もし彼女の身に何かあったら……』

『あいつ、前歴あっからやべぇんじゃね?』

『無事だったらいいんだけど……』

 そこまでチャットを打って、チャイムが鳴った。

『時間切れね。何もなければいいけど』

『俺、もう一回蓮に連絡してみるわ』

 良希のチャットを最後に、スマホをポケットに入れた。

「とりあえず、教室に戻りましょう。また放課後ね」

 そう言って二人もそれぞれの教室に戻った。


 放課後、アジトで集まる。

「ここがアジト……?」

「堂々としてれば大丈夫だよ」

 ここで蓮が来てくれたらすぐにでもデザイア攻略と行きたかったが……。

 すると、見覚えのある黒ネコがやってきた。

「お前ら、やっぱりここに来てたんだな」

「ヨッシー?なんでお前……」

「……事情、話しておかないといけないだろ」

 ということは、彼は知っているということだ。

「……あいつ、実はストーカー被害に遭ってたんだ。それはあいつもワガハイも知ってた。だが、一向に相談するそぶりを見せなくてよ……昨日、あの後バイトに行ったんだが、帰る時公園で話してたらそのストーカー男に捕まって……レン、頭を鈍器で殴られて、血を流して……それでもワガハイだけ逃がしてくれて……それ以降はどうなったか分からないんだ」

「つまり、蓮はそのストーカー男に捕まっているというわけ?」

「恐らくは……。ゴシュジンも、午前中に警察に捜索願を出した」

 つまり、リーダーは今危険な状況にいるというわけか。ストーカー男の目的が何か分からないが、とにかくこのままでは危ない。

「ヨッシー、とりあえずその公園まで連れて行って」

「分かった。こっちだ」

 ヨッシーの後を追いかけ、四人は公園まで来た。地面にはかすかに赤色が混じっている場所があった。

「ここだ」

「この赤いところ……多分、蓮の血だよね……」

 風花が顔を青くする。その時、警察が来た。

「君達、ちょっといいかな?」

「何ですか?」

「昨日の夜、ここで男に襲われていた高校生がいるっていう情報があるんだけど、何か知らない?」

 蓮のことを言われていると分かり、良希が答えようとする。しかし、それをもみじが制止する。

「その襲われていた人って、黒髪で癖毛の人でした?」

「よく分かったね」

「実は、うちの高校で今日来ていなかった人がいたんです。その人も黒髪の癖毛で……あぁ、私、学校の生徒会長をやっているんです。だから、心配で……」

 もみじが当たり障りのない程度に答えていく。

「それじゃあ、その子の特徴を教えてくれないかな?」

「その……その子、男の子の服装をしていると思うんですけど、本当は女の子なんです。事情があって、男の子の格好をしているみたいで……それから、髪もウィッグをつけているので、本当は長い髪なんです。だから情報とは違う髪型をしているかもしれません」

「なるほど……」

「それから、その子昨日はバイトに行っていたみたいなんです。多分、帰る途中で襲われたんじゃないかと……」

「分かった。君達も遅くなると危険だから早く帰りなさい」

 警察の言葉に四人は黙って頷いた。いくら怪盗といえど、まだ高校生。ターゲットの名前を知らなければ何も出来ない。

 皆でファートルに行く。藤森は「あぁ……お前らか」と呟いた。

「あの……蓮は……」

「……悪いな、あいつは今いねぇよ」

 心なしか、彼の表情は暗い。行方知れずの居候を心配しているのだろう。

「ニャー……」

 ヨッシーが元気なさげに鳴く。藤森は彼の頭を撫で、「お前も心配なんだな」と言った。


 その頃、蓮は刺されながらも男と対峙していた。ここに来て何時間経ったのか、蓮は分からない。少なくとも、もう一日は過ぎる頃だろう。頭の怪我に加え、首やお腹にも刺し傷がある。左目も斬られて開かない。正直、いつ意識が飛んでもおかしくはなかった。しかも、手が使えないときた。

「はぁ……はぁ……この……!」

 男はまた蓮のお腹を刺した。ここまで来ると、もう狂気だ。

(スマホがあれば、異世界に逃げられたけど……)

 このままだとヤバイ……。こんなところで、死ぬわけにはいかないのに……!

 気を失うまいと必死に耐える。ここで倒れたら、確実に殺される。

 その時、外が騒がしくなった。扉が無理やり開けられる。

「成雲さん!大丈夫!?」

 蓮の傍に駆け寄ってきたのは冬木だった。蓮を誘拐し、怪我をさせた男は警察に捕らえられていた。

「これ、キミのカバンとスマホだよね?」

 すぐに救急車を呼ぶから、と冬木が自分のスマホを握る。それに安心したのか、蓮は冬木の方に倒れた。

「成雲さん!?」

 すぐに呼吸と脈を確認する。異常はない。気が緩んだのだろう、あんな目に遭っていたのだ、むしろよくここまで耐えていたと思う。

 警察に後のことを任せ、冬木は蓮について行く。


 夜、藤森が帰ろうとすると電話が鳴った。

「もしもし」

 この時間に誰だろうと思いながら電話に出る。

『夜分遅くすみません。オレ、冬木 なぎとと言います。藤森 正平さんであっていますよね?』

「あぁ、そうだが」

『実は、成雲さんが見つかって、今病院にいます』

 成雲、という苗字に藤森は反応する。

「蓮が見つかったのか!?」

『はい。……それで、急で悪いのですが彼女に会うことは出来ますか?』

「もちろん、すぐに向かう」

『あぁ、ペットも連れてきていいみたいですので連れて来てやってください』

「なんであいつがペットを飼っていること、知ってるんだ?」

『彼女とは知り合いなので。それでは、病院で』

 そこで電話が切れる。藤森はヨッシーをカバンに入れ、病院に向かった。

 病院に着くと、冬木が出迎える。

「藤森さんですね?」

「あぁ、お前がさっき電話かけてきたのか?」

 蓮と同い年ぐらいの青年だったので藤森は怪訝そうな表情をする。

「オレ、探偵やってるんですよ。警察と成雲さんを探すために動いたんです」

 まぁ、ここで立ち話もなんですし早く病室に行きましょう、と冬木は藤森を蓮がいる病室に連れて行った。蓮は目を閉じていた。

「蓮……大丈夫なのか?」

「はい。ただ寝ているだけですよ。ただ、頭を鈍器で殴られたり、刺し傷が至る所にあったりするみたいです」

 冬木が話していると、蓮が薄く右目を開いた。

「藤森さん……?ここは……」

「大丈夫なのか?蓮」

「はい……」

 蓮が起き上がろうとするが、傷口が痛むのだろう、端整な顔を歪めた。

「痛いなら、無理して起き上がるな」

「大丈夫、少し痛むだけですから……」

 藤森の言葉に耳を貸さず、そのまま起き上がって周囲を見る。それで、ここが病院だと気付く。しかも個室だ。

 頭には包帯を巻いてあり、いつもつけているウィッグを外している。左目には眼帯をつけており、首元からも包帯が見えた。服の下には刺されたという傷もたくさんあるだろう。

「成雲さん、無理じゃなかったらでいいから、この事件について話してくれないかな?」

「……分かった」

 普通、被害者なら思い出したくもないことだろうが、蓮は何度も繰り返しているせいで精神がタフだ。数日前からあの男にストーカーされていたこと、昨日ついに襲ってきてあんなことになったことを話した。

「なるほど……」

「多分、他の人も被害に遭ってると思う。むしろここで止められてよかったよ」

 その言葉に冬木は疑問符を浮かべる。

「なんで他に被害者がいるなんて思ったの?」

「あぁ……あいつ、いつもそうだとか、皆わたしを避けてとか言ってたからな。推測だが、その言葉からそう思うのは当然だろ?」

「なるほどね……キミ、あんな目に遭ってるのによくそんな冷静でいられるね。もっとパニックになるものじゃないの?」

 冬木の言葉に藤森も確かにと思った。蓮はいつも男装しているが、中身はれっきとした女の子だ。それなのになぜ……?

「あぁ……まぁ、慣れてるから」

 蓮はそれだけ言った。慣れているとは一体どういうことか。冬木も疑問に思ったが、

「それじゃあ、オレはこれで。明日、来れたら来るよ」

 そう言って、冬木は帰っていった。それを見計らってヨッシーが顔を出した。

「あれ?ヨッシー、来てたんだ」

「ワガハイも連れて来ていいって言われたみたいだ」

「……病院って、ペット禁止じゃなかったんですか?」

 藤森に尋ねる。ヨッシーは「ワガハイはネコじゃねぇ!」と叫んでいる。

「本当は駄目なんだろうが、今回はいいってさっきの奴に聞いたんだ」

「冬木に?」

「そうだ。……とりあえず、ヨッシーは俺の家で預かっておく。調子がよくなったらもう少し事情を詳しく教えろよ」

「分かりました」

「早く良くなるといいな」

 それじゃあ、と藤森とヨッシーも帰っていく。

『……今回ばかりはひやひやしたぞ』

 かわりに『ジョーカー』が話しかけてくる。それについては同感と蓮も苦笑いを浮かべる。

『ストーカーか……今後は気をつけないとな』

「そうだね……まさかあんなことになるとは思ってなかったから」

 何周かするうちにあのストーカーの存在に気付いた。しかし、今まで襲われたことはなかったので何もしてこないだろうと油断していたのだ。

 デザイア攻略をどうしようか悩むが、眠気が襲ってきた。

『今日はもう寝ろ。疲れているだろう』

「そうだね……おやすみ」

 そう言って蓮は目を閉じた。


 そこからは慌ただしい日々を過ごした。結局二日間程度入院し、しばらく学校に行けなかった。学校には実家に帰っていると言っているらしい。しかしその間にも期限は迫る。仲間達が心配する中、怪盗の仕事を続ける。最初は蓮抜きで攻略しようと思っていたらしいが、何しろ「切り札」のコードネームを持っているほどだ、彼女抜きでは難しいということで無理しないという条件のもと一緒に攻略することになった。

 もみじのコードネームを「アテナ」にし、デザイアの攻略が始まる。この日は土曜日ということもあり、一気にオタカラのルートを確保した。

「今回は早かったね……」

「ジョーカーの気迫が半端なかったぜ……」

「まさに鬼だったな……」

 古参組がどこか震えて呟いた。アポロとアテナは疑問符を浮かべる。

「いつもあんな感じじゃないの?」

「いつもはもっと優しいよ。戦闘狂だけど」

「少なくとも無理はさせねぇよな。戦闘狂だけどよ」

「敵を一気に蹴散らすこともしないぜ。戦闘狂だが」

「皆して戦闘狂というのは彼女に失礼じゃないか?」

 アポロが思ったことを言うが、当の本人に「一応、事実だから」と答えたものだから何も言えなくなってしまう。

「……君、見かけによらず強いんだな」

「別に、言うほど強くないよ」

 一瞬、陰りが見えたのは気のせいだろうか。すぐに「決行は二十二日にしよう」というので分からない。

「でも、傷は大丈夫なの?右目だけじゃロクに見れないでしょう?」

 仮面をつけていても、左目の眼帯が目立った。しかしジョーカーは、

「スリルを楽しむのも怪盗の醍醐味だ」

 と言ってのけた。全くこの少女は……とアテナは思ったが、その瞳を見て呆然とした。

 ――その瞳には、何も映っていなかった。ただ、黒く深い闇だけがそこにはある。

 洗脳かと思った。しかし、彼女は不思議な力で守られているのか状態異常はやけどと感電しか効かないと本人から聞いた。

 気付けば、その瞳には光が戻っていた。さっきのあれは何だったのだろう?

 現実に戻り、その日は解散となった。

 夜、ヨッシーが寝たのを確認して城幹のデザイアに入る。すると例の男がいた。城幹のフェイクと話している。

「成雲家のお嬢様、気が強かったですね」

「当然だ、あいつは強いからな。お前程度じゃ屈服させることが出来ない」

 似たような話をしている。これ以上情報は得られないと思い、帰ろうとすると男は狂った笑い声をあげた。

「あいつに後悔させてやるんだ!この俺があいつを屈服させてみせる!」

 ゾッとした。この男は蓮に一体何を求めているというのだろうか?

 逃げるように現実に戻った蓮はファートルに戻った。刺された傷がまだ痛む。

『……あいつも、堕ちるところまで堕ちたな』

 『ジョーカー』の呟きが聞こえた。

「どういうことだ?」

『そのままの意味だ。あそこまで行くともう狂気の沙汰だ』

 その通りだ。やばい奴だとは思っていたが、あそこまで行くともう正気の沙汰じゃない。狂人と言われてもおかしくないレベルだ。

 ――そんなにボクのことが憎いのか?

 あんな狂気に身を預けてまで。一体、誰だというのか。

『……まぁ、今考えても無駄だ。今日はもう寝ろ』

「……うん、そうする」

 ベッドに転がるとすぐに眠気が来たので従った。


 決行日前日、痛みもある程度引いて学校にも行けるようになったのでアジトに集まる。予告状のことはもみじに任せ、解散した。

 次の日、予告状が渋谷全体に張られていた。これで城幹の耳にも入っていることだろう。

 デザイアに入り、オタカラのところまで行く。ちなみに、既に『ジョーカー』と入れ替わっている。

 オタカラのところには城幹のフェイクがいた。戦闘になると、『ジョーカー』は城幹の羽根を撃ち抜いた。そして、皆で呪文を唱える。怒った城幹はブタの形をした丸い鉄球を出してきた。しかし、それもその鉄球が放ったミサイルで壊す。

 勝負は怪盗団が勝った。城幹からも白い男の話を出され、皆で顔を見合わせる。

 城幹が消えると、デザイアが崩れ始める。前に買ったキャンピングカーにオタカラをつめ、現実に戻る。そして、ファートルに戻った。

「これで改心したのよね?」

 もみじの確認に「そのハズだ」と答えた。結果が出るまでは様子見だとこの日は解散する。

 次の日、もみじから城幹は警察に捕まったと連絡を受けた。そして三十日、城幹の手下達も捕まったとニュースで流れ、怪盗フィーバーが起こり始めた。

 ――ここからか……。

 ここから、怪盗団は黒幕の罠にはまってしまう。そっちがその気ならこっちだって受けて立つと蓮は誰にも気付かれず、怪しい笑みを浮かべた。

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