十二章 嫉妬のカジノとリーダーの逮捕
次の日、ファートルに皆を集めアザーワールドリィのターゲットの情報を共有する。
「へぇ……アザーワールドリィ……そんなところもあるんだ」
どうやら冬木は本当に知らなかったようだ。まぁ、当然かもしれない。蓮達もヨッシーがいなければアザーワールドリィなんて知らなかっただろう。
「どうする?まずはデザイアのキーワードを探すか?」
「あぁ、その方がいいだろ。思い当たるところはあるか?」
昨日、名前を入力したら反応したのでデザイアがあることは分かっている。後は場所とそこをどう思っているかだ。
「裁判所だと思う」
冬木が言うと、ナビが反応した。
「合ってるみたいだな。後はなんと思っているかだが……実際に行ってみた方がいいかもな」
蓮が言うと、全員が賛成したので実際に行ってみる。
裁判所前に行き、蓮はもみじに尋ねた。
「もみじ、思い当たることはないか?」
もみじは考え込んだ後、
「……カジノだと思う」
そう言うとナビが反応した。どうやら合っているみたいだ。
「……行ってみよう」
その言葉に頷き、ナビを起動する。
デザイアの中は裁判所がカジノになっているだけで周囲の建物はそのままだった。
「なるほど……どうやら裁判所以外は何とも思っていないみたいだな」
ジョーカーが言うと冬木が「そうだね……」と同意する。歪みは強いが、城幹ほど酷いわけじゃないようだ。ちなみに、冬木の怪盗服は王子のような服に白い手袋、それからジョーカーと同じ形の仮面。探偵王子にふさわしい服装だ。
「そういや、冬木のコードネームどうするよ?」
マルスが聞いてきた。そういえばそうだった。
「冬木、何がいい?ちなみにオレ以外は全員神話の神から取っている」
「じゃあ……クピド、がいいかな?」
「愛の神か……いいかもな」
ジョーカーはそう言って笑う。男女問わず魅了するその笑顔に冬木――クピドも顔を赤くする。
「どうした?クピド」
「い、いや。何でもない……」
クピドの様子にテュケーが「ジョーカーの笑顔は皆を魅了するからな……兵器だぜ、もう」と呟いた。それは本人達に届いていないが。
ここでなんだかんだと話している暇はないとジョーカーは先に進む。しかし、正面にはフェイクがたくさんいて入れそうになく、別ルートから入ることにした。
屋根を登り、開いている窓があったのでそこに入る。トルースアイを使い、抜け穴を見つけそこを抜けるとホールに出た。すると、
「怪盗団ね。下に降りなさい」
と、そんな声が聞こえてきたので下を見るとそこにはいかにもギャンブラーの見た目をしている女性が立っていた。彼女がアテナの姉、秋川 花子のフェイクだろう。ジョーカーは皆を見て、頷き合い、下に降りる。
「ようこそ、私のカジノへ」
「あなたが秋川さん……なんでオレ達を?」
今までの主は怪盗団をこうして呼ばず、始末しようとしてきた。異例といえば異例の事態だ。秋川のフェイクはジョーカーの質問に嗤う。
「私は真正面から正々堂々戦いたいの」
それが嘘だとすぐに分かった。ギャンブラーが正々堂々戦いたいなんて笑える。だが、攻撃してこないだけまだマシだということも事実だ。
「条件があるんでしょう?」
クピドが秋川に告げる。すると彼女は「えぇ、もちろん」と頷いた。
「管理人フロアまで上がってこれたらね。待ってるわ」
そう言って消えたかと思うと、中央にあったエレベーターに乗って上にあがっていった。ジョーカー達もそれに乗ってあがるが、管理人フロアまで行けなかった。
「ここはカジノだから……お金とかコインを稼ぐのか?」
ジョーカーはそう推測した。事実メンバーズフロアまでしか登れなかったのだ、ありえる話だろう。
受付があったので話を聞くと、どうやらカードに残高がチャージされるらしい。管理人フロアの前、パイレーツフロアには五百万稼げば行けるようだ。二千入ったカードを一枚もらい、まず左の扉を開く。
そこはダイスをしているところだった。正直、ジョーカーはよく分からないが、とりあえずイカサマされているだろうということだけは分かった。
「一回やってみっか?」
マルスが聞いてきたので、ジョーカーは「いや、やめておいた方がいい。イカサマされてる可能性が高いからまずはそれを止めないと」と答えた。
抜け道を見つけ、そこに入ると裏方だった。少し暗いが、目を凝らせば見えるだろう。トルースアイを使うまでもない。
探索していると、エネミーが守っている機械があった。
ジョーカーは隙をうかがい、後ろを向いたところで奇襲を仕掛けた。
エネミーを倒すと、ヘルメスが機械を見る。
「これ、ダイスを管理するやつだ」
「そうか。やっぱりイカサマがされていたな」
それをヘルメスが操作し、立ち去ろうとするとクピドが「逆にこっちがイカサマしてやれないかな?」と言ってきた。確かに、その方が効率的かもしれない。こちとら怪盗なのだ、使えるものは使うべきだろう。
「じゃあ、ヘルメス。頼めるか?」
「うん、大丈夫。任せて」
ヘルメスが再び操作をしている間、クピドがジョーカーに話しかける。
「そういえば、ジョーカーって女性だったんだね」
「言ってなかったか?」
「うん。だっていつも男性の格好してるから……でも、キミは成雲家の令嬢だから、そりゃあ女性だよね」
「オレはどんなふうに見られても気にしてなかったからな」
「さっきから気になってたんだけど、こっちに来てから自分のこと「オレ」って言ってない?いつも「ボク」だよね?」
「こっちに来るとどうしてもそっちの方がしっくりくるんだよな」
「ジョーカー、終わったよ」
ヘルメスに声をかけられ、二人は彼を見る。
「あぁ、ありがとう。ヘルメス」
ジョーカーが笑うとヘルメスは照れくさそうにした。
そのまま元の抜け道から出て、クピドがダイスをしてくれる。ジョーカーはこういったことには向いていないので助かった。
そのまま二百万まで稼ぎ、今度は右の扉に入る。そこはスロットのようだ。これならジョーカーも何となく分かる。
扉を入った先にはエネミーが立っていた。どうやら怪盗団を倒すために待っていたらしい。
「やるぞ!」
ジョーカーの掛け声と共に、全員が戦闘態勢に入る。
「レスキュー!」
クピドがアルターを召喚する。どうやら彼のアルターは万能属性らしい。
「スターリット!」
彼が呪文を唱えると、それが敵に命中した。万能呪文はどんな耐性を持っていても攻撃を与えることが出来るらしい。そのかわり、怯みにくいようだ。
「コンフュジオン!」
アテナがさらに呪文を唱える。どうやら状態異常の呪文でエネミーが混乱状態になった。そこにジョーカーが追撃する。
「やるね、ジョーカー!」
クピドが誉め言葉をかけながら攻撃する。
エネミーを倒し、安全地帯があることに気付く。
「今回はここまでにするか」
そこを確保しておき、ジョーカー達はデザイアから出る。
「どうだ?冬木、やっていけそうか?」
蓮が聞くと、彼は「うん、何とかね」と言った。
――へぇ、楽しそうじゃん。
探偵王子なんて言われているから怪盗なんて嫌だろうと思っていたのだが、杞憂に終わりそうだ。
いっそ怪盗団に入ってしまえばいいのに。そう思ったが、怪盗団は解散すると約束しているのだ、彼が裏切らない限り、蓮も約束を守るつもりだ。
――そう、裏切らない限り。
りゅうが悲しそうな目で見ていることに気付いた。肩に乗っているヨッシーも同じような目をしている。蓮がやろうとしていることを知っているからだろう。もしくは真実を知っているからか。
「今日はここで解散するか。りゅう、一緒に帰ろう」
蓮が言うと、皆「お疲れ」と言ってその場で解散した。
「……大丈夫か?りゅう」
帰る途中、蓮はりゅうに話しかける。彼は「……分からない」と首を振った。複雑な気持ちなのだろう。
「……そうか」
りゅうの気持ちも分かる。本当は冬木の加入も反対だったハズだ。しかし何も言わないところからして彼も蓮の決定には従うようだ。
「たまには意見を言ってもいいんだからな?」
蓮がリーダーだからって遠慮はしなくてもいい。むしろこういう時だからこそ我慢しなくていいのだ。
「大丈夫、蓮も何か目的があってやってるって分かるから」
「それならいいけど。何かあったらすぐに言えよ?」
「うん。ありがとう」
話しているとファートルに着いた。中に入ると藤森が渋い顔をしている。
「どうしたんですか?」
蓮が聞くと、彼は「あぁ、帰ってきたか」と安心したような顔をする。
「その……俺が言えた義理じゃないが……あんま無理はすんなよ?」
「大丈夫です」
怪盗だと知られてから、彼は蓮達の心配をするようになった。多分、いずれいなくなったらどうしようと思っているのだろう。保証出来ないのがもどかしい。
――せめてりゅうだけでも無事で帰さないと。
期限は十一月二十五日。きっと、そこで彼らは仕掛けてくる。少なくとも、蓮は無事ではすまない。なぜなら彼らはリーダーである蓮を狙っているから。
もっと精密な計画を立てないと。
皆が生き残るために、この身がなくなってでも。
それか、いっそ出て行ってしまうか?藤森にこれ以上迷惑をかけないように……。
そんなことを考えていると知らない藤森は「今から時間あるか?」と聞いてきた。
「はい、ありますけど」
「じゃあ、準備して来い。今から行きたいところがある」
この時間に一体どこに行くというのだろう?疑問に思いながら蓮は服を着替えてくる。
藤森が連れてきた場所は教会だった。
「なんでここに?」
尋ねると、彼は「たまにはあいつに挨拶でもと思ってよ」と言った。りゅうは自由に行動している。
「……ありがとな、蓮」
「どうしたんですか?急に」
いきなりお礼を言われ、戸惑う。彼は「お前がいなきゃりゅうも引きこもったままだったからな」と笑った。
「これからはちゃんと向き合わねぇといけないな。りゅうと……それからお前な」
「ボクはいいですよ」
「そういうわけにもいかねぇよ。お前も家族なんだから」
藤森から「家族」と言われ、蓮は顔を赤くする。嬉しかった。怪盗団という形で裏切ったというのに、それでもまだ家族と言ってくれることに。
「……ありがとう」
また裏切ることになるボクにそう言ってくれて。
後半の言葉は飲み込んだ。言うべきではないと分かっていたから。
「……あぁ。これからもお前のことを守ってやるからな。いつでも頼れよ」
「しょうへい、蓮。何話してるの?」
りゅうが近付いてきて、聞いてくる。藤森は「何でもねぇよ」と笑いながらりゅうの頭を撫でた。
ファートルに戻ると、藤森とりゅうは家に帰っていった。
「……なぁ、レン。今からでも遅くない、考え直さないか?」
ヨッシーが蓮に言った。それに彼女は首を横に振る。
「それは出来ない」
「なんでだよ?」
「それだとお前達を守れない」
そうだ、こいつは自分より他人を守ることに尽力する奴だった。ヨッシーはため息をつく。
「お前はまず自分を守ることに専念しろよ。お前だけだぜ?懸賞金かけられてるの」
ニュースで出ていたことだ。怪盗団のリーダー、つまり蓮を通報すれば懸賞金百万円が与えられるという。協力者達はそれを知っていて通報しないのだから本当に優しい。
「だから好都合なんだろ。皆は狙われていないという証拠だ、少なくとも今は」
「そうだけどよ……」
それと同じぐらい、もしかしたらそれ以上にこの少女も優しかった。自分が狙われている中、自ら陽動になると言っているのだから。
「いいか?ヨッシー。あいつらはボクを仕留めたら今度はお前達にターゲットを向けるだろう。もしそうなってもお前達が生きていけるように、いろいろな人に協力を要請するから無事に生き延びてくれ」
その上、逃げ道も作ってくれるという。りゅうの泣いている声が聞こえてきそうだ。恐らくこの会話も聞いていることだろう。
「なんでそこまでしてくれるんだよ?」
別に、今の状況で彼女が逃げても誰も怒らないだろう。そうしないのはなぜか。どうしても今、聞きたかった。
「ボクは、怪盗団を悪のまま終わらせたくないんだ。怪盗団皆が死んでしまえば、嘘が真実になってしまう。それだけはどうしても嫌なんだ」
それに気付いたのか、蓮はそう答えた。笑っているが目は本気で、本当にそう思っているのだと分かった。それだけで、自分は命をかけることが出来るのだと、そう告げていた。怪盗団に価値を見出してくれているのだ、この少女は。どんなに吹き荒れる逆風でも、そこに意味を見出し守ろうとする。
――怪盗団は、殺人なんて犯していない。
そう思うのなら、逃げないで立ち向かう。それが出来るのが蓮という人間だった。
「……分かった。そこまで言うならワガハイ、もう何も言わねぇよ。でも……怖くなったらいつでもワガハイを頼れよ」
「分かってる。いつもありがとう、ヨッシー」
――本当に、こいつは優しいんだから。
死ぬなと、お前も一緒に生き延びろよと、その想いが伝わってくる。もちろん、蓮だって死ぬのは怖い。怖いが……やるしかないのだ。弱音を吐いている暇はない。
でも、少しだけなら……罰は当たらないだろう。ヨッシーを抱き上げ、顔を埋める。ヨッシーも、それを止めなかった。
次の日、学校に行くと靴箱が大変なことになっていた。
「うおっ!なんだこれ?」
ヨッシーが声をあげる。なんと、靴箱の中に手紙が何通も入っていたのだ。噂に飽き足らず、とうとういじめでも始まったか……?と思い読んでみると、
「何々……?実はずっと前から好きでした、付き合ってください……?」
「こっちも似たような文章だ」
それはいわゆるラブレターというものだ。しかも男女問わず来ている。しかしそれに気付いていない蓮は風花に相談する。
「なぁ、こんなのが入っていたんだけど……どうしたらいいと思う?」
この少女、真顔でそれをつまみ上げて聞いてきた。風花は頭を抱え、
「それ、ラブレターでしょ?蓮、結構好かれてるじゃん」
と呟いた。ラブレター……?と蓮は考え込む。
「……ボク、この学園ではかなり嫌われてたよな?」
「そうだね」
嫌われていたというよりは恐れられていたと言った方が正しいが。
「今更こんなのが来るのはおかしいと思うんだ」
「何かきっかけがあったんじゃないの?」
「きっかけ……?そんなものないと思うけど」
風花とヨッシーは思い当たる節があったが、当の本人は気付いていないようだ。
――学園祭で結構かっこいいところとか、優しいところとか見せてたからね。
だが、本人が自覚していないなら無理に自覚させる必要もないだろうと風花は思った。
「まぁ、勝手にさせたら?」
「そうだな。関わって面倒なことになっても困るし」
蓮はそう言って納得した。
放課後、りゅうに頼まれ一緒に買い物に来ていた。
「何を買いに来たんだ?りゅう」
「マウスが壊れて……」
「なるほど」
相変わらず彼は蓮の背中に隠れている。人混みにはだいぶ慣れたのではないかと思っていたのだが、まだ駄目らしい。まぁ、引きこもっていたから仕方ないだろう。
「ほら、マウスのところだよ」
「ありがとう、蓮」
りゅうがどのマウスがいいか悩んでいると、チャットが入った。冬木からだ。
『こんにちは、蓮。急で悪いけど今日の夜空いてる?』
『大丈夫だぞ。開けておく』
『ありがとう、それだけだから』
『分かった』
チャットを終え、りゅうの方を見る。まだ悩んでいるようだ。
選び終える頃には夜になっていた。
「ごめん、蓮……」
「大丈夫だよ」
りゅうが謝る必要はない。買い物で悩んでしまうのは仕方ないことなのだから。
「家まで送って行った方がいいか?」
「ううん、大丈夫」
蓮の申し出にりゅうは首を横に振り、帰っていった。
ファートルに戻り、しばらくすると冬木が来た。
「やぁ、蓮」
「いらっしゃい、冬木」
蓮はいつも通りコーヒーを淹れ、冬木に出す。冬木はいつもの場所に座った。
「何しに来たんだ?」
今日は特に何もなかったハズだ。それなのに何の用だろう。
「今日はキミに聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと?」
「うん。なんでキミは怪盗なんてやってるのかなって。名家の令嬢なら何が正しいかすぐに分かることだろ?本当に怪盗が正義だと思ってるの?」
まさか彼からその言葉を聞くとは思っていなかった。一瞬だけ驚き、すぐに元通りになる。
「……まさか。ボクだって、怪盗団が完全な正義とは思っていない。だが、ボク達が信じた正義で確かに救われた人もいるんだ」
「それは結果論だよね。それに、キミ達が振りかざした正義で不幸になった人もいる」
「うん、そうだね。咲中がいい例だ。ボクも、このまま進めたらどうなるか分かっていながら進めてしまった節がある。……でも、どんな結果になっても、結局は自分の信念を曲げない限り、正義はそこにあるんだよ」
「……そんなものなのかな?」
「そうだよ。もし自分の信念を曲げて、どうでもよくなってしまったらそこにはもう正義なんてない。少なくとも、ボクはそう思ってる」
冬木は納得していないようだった。蓮とて、納得してもらおうとも思っていなかった。
「それより、帰りはいいのか?」
「あ、そうだね。それじゃあまた明日」
彼からしたら納得したかったのだろうが、時間がなかった。冬木はそのまま帰っていく。その後ろ姿を見送った後、蓮は片付けをしながらヨッシーに話しかける。
「なぁ、さっきの冬木、どう思う?」
「うーん……。あれは素だと思うぞ」
「だよな……」
あいつも、何か悩んでいるのか?
そう思ったが、二人には何も分からなかった。
次の日も靴箱にラブレターが入っていた。その上中庭に呼ばれたかと思うと告白もされた。思わず「罰ゲームですか?」と聞いてしまったぐらいだ。
放課後、アジトに集まる頃にはすっかり疲れてしまった。
「大丈夫か?蓮」
裕斗が聞いてくる。それに蓮は「あー、うん……大丈夫。学校内でいろいろあっただけ」と答える。
「今日だけで何回も呼ばれてたよね」
「あぁ……全く皆暇人だな、こちとら怪盗団で使うものを作っていたり勉強してたりしてるというのに」
これは本心だった。こっちはかなり忙しくていろんな場所に動き回っているというのに。
「勉強はいいけど、潜入道具も作ってるの?」
もみじが不思議そうに言ってきた。それに頷く。
「うん。そうしないと間に合わない……」
はぁ……とため息をつく。実際、授業中も皆に隠れて潜入道具を作っていることがある。夜にしか会えない協力者もいるし、時間もないし仕方ないことだとそこは割り切っている。
「寝不足には気をつけてね。倒れたら大変だし」
「分かってる。ありがとう、ほのか」
しかし、今のうちに出来ることはやっておかないと自分がいなくなった時にどうなるか心配だ。だからこそやっているのだが。
「でも、そんなに作っても今回でやめるんだから意味ないんじゃない?」
「まぁな。お前が裏切らない限りそうするつもりだ」
「裏切らない限りって……」
「取引なんだ。何かあったら破棄するに決まってるだろ」
バチバチと音が鳴っているような音が聞こえてきそうだ。お互いに見極めようとしているような目をしている。
「ほら、やめろよお前ら。今日はアザーワールドリィに入るんだろ?」
ヨッシーに止められ、蓮は皆の方を向いた。皆やる気だ。
外に出て、ナビを起動する。
ジョーカーが運転していると、身体中が痛くなってきた。いつもより酷い痛みだ。だが、我慢出来ない程ではない。
「……ジョーカー?どうした?」
テュケーが彼女の異変に気付いたようだ、聞いてくる。
「あぁ……大丈夫、何でもない」
ジョーカーは首を振り、誤魔化す。しかしずっと見つめてくる彼にジョーカーはたまらず目を逸らした。
「……ちょっと、身体がきついです」
「はぁ……そんなことだろうと思ったぜ」
「で、でも、我慢出来ない程ではないぞ?」
「駄目だ。おいアテナ、運転かわってくれ。ジョーカーはちょっと体調不良らしい」
テュケーがそういうものだから皆が心配しだした。
「分かったわ。ジョーカー、ちゃんと休んで」
「飲み物ある?飲んだ方がいいよ」
なんか大事になっている気がする。別にそこまでされなくてもいいのだが。
だが、アテナはかわる気満々なので仕方なくかわった。日頃からの疲労だろうか、運転していないと眠くなってきた。
「眠そうだな、今のうちに寝ておけよ」
「大丈夫……いや、やっぱり無理、眠い」
「お前、普段から働きすぎてるからな。移動中ぐらい寝てても誰も文句言わねえよ」
「……分かった、ちょっと寝る。何かあったら起こしてくれ」
そう言って、ジョーカーは目を閉じた。
しばらく経って目を開くと「おはよう」とテュケーが声をかけてきた。
「……今どういう状況だ?」
「依頼は全部終わらせたぞ」
「……オレ、何かあったら起こせって言ったよな?」
「いや、気持ちよさそうに寝てたから起こすのも悪いと思って……」
少し怒っていることが分かったのだろう、テュケーは冷や汗を流している。しかしジョーカーはため息をつき、
「……まぁいいけどさ。アテナ、運転交代するぞ?」
アテナにそう申し出た。だが、彼女はそれを断る。
「大丈夫よ、言うほど疲れてないわ」
「それならいいけど……」
申し訳ない気持ちになっていると、
「それにしても……ジョーカーがすごいって改めて思ったわね」
と言われた。一体どういう意味だろうか?するとウェヌスが答えた。
「ジョーカーって、いつもどのタイミングでどんなことをすればいいかって的確に教えてくれるじゃん?その指示がなくって、自分達で考えないといけなかったから大変だったんだ。ジョーカーにどれだけ頼っているかよく分かったよ」
「弱点も見極めてくれるしね。僕もナビ役として頑張ったんだけど、ジョーカーには敵わなかったよ」
「それは……どうも」
そこまで言われると困る。照れるという意味で。
――オレも怪盗団に貢献出来てたんだな……。
それを思い知らされた。ジョーカーは特別な力をたくさん持っているからそれを活用させてもらっているだけなのだが、それでも嬉しかった。
だからこそ、自分がいなくなったらどうなるのか分からなかった。皆強いし、どうにでもなるだろうが……それでも心配だった。
――だからこそ協力者達に助けを求めるんだが。
まだ皆のところに行けていない。最近は自分がいなくなった時の準備ばかりしていて時間がなさすぎる。睡眠不足にもなるものだ。
「今日はもう帰るだけだ、もう少し寝てろよ」
「そうするよ。着いたら教えてくれ」
テュケーに言われ、ジョーカーは再び目を閉じた。
テュケーはそんな彼女を見ながら、最近の行動を思い出す。
――最近は本当に自分のことをしなくなったよな。
必要最低限のことはしているが、机に向かっていることが多くなった。それこそ、寝る間を惜しんで潜入道具を作ったり皆が困らないように潜入道具やコーヒーなどの作り方を紙に書いたり。その疲れが身体の痛みにも影響したのだろう。皆のことを心配するのはいいが、加減はした方がいい。
――いつもワガハイが隣で見てたんだからな。
そういったところを頼れと言っているのに、全く聞かない。だからこそ今のうちに休ませようとしているのだ。
最初のところまで戻り、ジョーカーを起こす。
「ジョーカー、着いたぞ」
「ん……ありがとう」
車から降り、現実に戻る。
「蓮、お前最近疲れてんのか?」
良希が聞いてくる。蓮は「大丈夫だ、心配するな」と答えた。
「そうは言うけどよ……。あ、そうだ。ラーメン食いに行かねぇ?」
「皆で?」
蓮が尋ねると裕斗が反応した。
「何?ラーメンを食べに行くのか?」
「お前には言ってねぇよ……二人でだよ」
「りゅうもいいか?」
りゅうを一人で帰らせるのは心配だ。
「あー、そうか、りゅうも来んのか……」
良希は少し考えた後、
「まぁいいや。こうなりゃ皆で行こうぜ」
そう言った。蓮は断ろうとしたが、
「蓮、最近勉強もしてないでしょ?怪盗団のことばかり考えてないで、たまには息抜きも必要だって!」
風花に言われ、さらにはヨッシーにも「ファートルでもほとんど休んでないだろ?たまには休めよ」と告げられたので渋々行くことにした。
夜、水谷のところに行くと「ねぇ、やばいよ」と言ってきた。
「どうしたんですか?」
「君が裏に誰かいるって言ってたけど、そいつが本当にやばいんだ」
「ということは、やっぱり誰かが操っていたんですね?」
そいつ、とは誰だろう?彼は顔を青くしながら言った。
「冬木 昭人……国会議員だよ。こいつ、本当にやばい」
「冬木 昭人……分かりました」
蓮が満足そうに頷くと、
「……まさか、彼に喧嘩を吹っ掛ける気?やめた方がいい。彼は君達が今まで相手にしてきた悪人よりも大変だ」
全て知っているように言われた。
「……ボクが怪盗だって、分かったんですね?」
「あぁ。君の経歴を勝手ながら調べさせてもらったよ。そしたら、怪盗団騒ぎが起こった時期とぴったりにこっちに来てる。だから分かったよ」
「……上司は改心しましたか?」
「あぁ。おかげで相棒のことも分かった。ありがとう」
そういえばそんなことも言っていたな。
「……その相棒も、あいつにやられたみたいなんだ。多分、何か知られたら困る情報を手に入れてしまったのかもしれない。相棒は今、精神病棟にいる。……廃人になってたよ」
その国会議員はかなり危険人物らしい。そのことを手紙で書いておくべきだろう。怪盗団の次のターゲットになるだろうから。
「……あの、頼みがあるんです」
「うん?どうしたの?」
彼が首を傾げる。蓮は意を決して告げた。
「ボクに何かあったら……仲間達を守ってあげてくれませんか?」
「怪盗団を?」
「はい。……敵は確実にボクの首を狙っている。多分、無事ではすまされない。だから……お願いします」
その頼みに水谷は考え、
「いいよ。他でもない君の頼みだ」
了承してくれた。それに安堵する。
「ありがとうございます」
「それにしても、君が怪盗だったなんてね……驚いたよ。俺でも見抜けなかった」
「隠すのは得意ですから」
そう言って笑った。
「ありがとう、真実に気付かせてくれて」
帰る前、そう言われた。
次の日の昼休み、ほのかに呼ばれる。
「どうした?」
「……あの、勉強教えてほしいの」
そう頼み込まれた。どうやら父親の役に立ちたいらしい。それならと蓮は了承する。
勉強を教えるのは好きだ、おかげで有意義な時間を過ごせた。
「ありがとう、忙しいのにごめんね」
「謝ることはない。いつでも頼ってくれ」
いつまでも見ることは出来ないが、学びたいというのなら勉強のための教材は買っておくことにした。
放課後、智樹に会う前に長谷、金井、敷井にもそれぞれ水谷と同じように匿ってくれるように頼んだ。答えは分かったとのこと。それに安心しながら蓮は智樹のところに向かう。
「あ、おねえさん!」
ゲームセンターに行くと、智樹が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「あのね、昨日お母さんが謝ってきたんだ!これって改心だよね?」
「あぁ、そうだ」
「やっぱり、怪盗団はかっこいいね。なんて言われても、こうして改心してくれるんだもん」
「……そりゃどうも」
蓮が笑うと、彼はキョトンとした後に、
「やっぱり、おねえさんが怪盗だったんだ。ぼく、ずっと応援してるね」
そしていつか、怪盗団に入りたいなぁ。
そう言って笑ってくれた。
「いつでも教えてあげるからね!」
別れる前、彼にそう言われた。
さて、藤森にはいつ言うか……。
蓮はそれに困っていた。あの優しい保護司のことだ、蓮の頼みも聞いてくれるだろうが絶対に事情を聞いてくるだろう。「死ぬかもしれないので皆をお願いします」なんて言ったら閉じ込めてでも怪盗をやめさせられる可能性がある。
――やっぱり、直前に言った方がいいよな……。
そっちの方があまり心配をかけずに出ることが出来るだろうし、何より決心が揺らがずにすむだろう。
ファートルに戻ると、藤森が安心した顔をした。
「今日はあいつらと集まらなかったんだな……」
「休む日もあるので」
そう言って二階にあがろうとするとりゅうが入ってきた。
「あ、蓮もいる」
「やぁ、りゅう」
どうしたのだろう、この時間に。
「ねぇ、蓮。一緒にカレー作らない?」
「カレー?」
カレーなら藤森の方が得意だろう。なぜ蓮に頼んだのだろうか。
「ほら、前に一緒に作ってくれたでしょ?今度はカレーを作ってみたいなって」
「あぁ、そういうことか。いいぞ」
「へぇ、お前ら一緒に料理も作ってたのか。それなら俺にも食べさせてくれよ」
そうして三人でカレーを作った。仲良く食べていると、
「お前ら、隠していることはないか?」
急に藤森が言ってきた。りゅうは何も言えなかったが、蓮は「大丈夫です」と答えた。
「……そうか」
藤森も、それ以上は聞かなかった。
片付けもし、もう寝ようといったところでチャットが入る。
『ごめん、こんな夜中に』
『どうした?もみじ』
『その……本当にお姉ちゃんを改心させるんだよね?やっぱりちょっと不安で……』
『そうなる気持ちも分かる。身内だからな』
『躊躇している場合じゃないのに……』
『気にするな、仕方ないだろ。また殺してしまったら……なんて考えたら、普通改心なんて決断は出来ない』
『うん……』
『ゆっくり考えればいい。断るなら今の内だ』
『ありがとう。やっぱりあなたは優しいのね』
『ボクは何もしていない』
『ごめんね、私の方が年上なのに』
『リーダーはボクだ、年齢も関係ない』
『そうだけど、たまには頼ってね』
『うん。ありがとう』
チャットを終えると、ベッドに身を投げた。しかし目がさえて眠れない。
「大丈夫か?レン」
「大丈夫だよ、ちょっと緊張しててね。……ねぇ、ヨッシー」
「なんだ?」
「今度、一緒にどこか行こうな」
「……あぁ」
ヨッシーを抱きしめ、出かける約束をする。そうすると緊張が取れていいのだ。
――後何回、この約束が出来るだろうか?
後何日で、この命が途切れるだろうか。
覚悟はしているが、どうしてもそのことばかり考えてしまう。それが分かっているのだろう、ヨッシーは何も言わず寄り添ってくれる。
「……ごめんね、ヨッシー。辛い役目を背負わせて」
「それはお前だろ。お前みたいに優しい奴が犠牲にならなくていいのに……」
言葉の応酬をしていると、ようやく眠気が襲ってくる。それに逆らってしまうと眠れなくなってしまうのは分かっていたので従った。
目覚めると、『ジョーカー』が目の前にいた。
「蓮。今日は対話をしよう」
そう言われ、蓮は座る。彼も椅子に座り、会話をした。
「それにしても、最近お前、学校でもモテモテになったな」
「あれには迷惑してるよ。こっちは忙しいんだから……」
「でもよかったじゃないか。悪口、あんまり聞かなくなったし」
「まぁ、ね」
彼に言われると、まぁいいかと思うようになってしまう。これもやはり、彼が自分自身だからだろうか。
「それより、今はあいつのことか」
『ジョーカー』が話を切り出す。
「うん……彼はクロだ。そしてボクを嫌っている」
「あぁ。だがなぜそう思う?」
「だてに令嬢じゃない。他人の好意くらい雰囲気で分かるよ。……だけど、分からないな。なんであいつはあそこまでボクを嫌うのか」
自分は彼に何もしていないハズだ。そもそも、気付かない内に何かしたところで彼なら言ってくるだろう。
「複雑な事情があるんだろ」
「まぁ、筋違いに恨まれることはあったからな」
それは令嬢に生まれた者の宿命だ。だから彼もそうだろうと思う。
しかし、『ジョーカー』は首を横に振った。
「いや、あいつはお前に明確な恨みがある」
「なぜ?」
「あいつが嫉妬で誰かを恨むことはない。……それは傍で見ていたお前が一番知っているだろ?」
……確かに、彼が誰かを恨むなんて考えられない。感情が読み取れないと言ってもいい。だが、蓮を前にした時だけ誰にも気付かれないが、明確な「殺意」を見せるのだ。
何か関係がある……?
しかし、彼とはこっちに来るまで会ったことがないハズだ。それなのになぜ……?
「……そうだな。確かにお前の「記憶の中」では会ったことないよ」
「意味深な言い方だな。それも自分で思い出せって?」
「あぁ、その通りだ」
『ジョーカー』は笑う。挑戦的な笑みだ。それに蓮もつられる。
「じゃあ、生きてる間に思い出せたらいいな」
そう言った途端、頭にモヤモヤしたものが浮かんだ。何か思い出せそうだが、無理だ。
「どうだろうな?それなりに時間がかかると思うが」
「……そうみたいだな。今は何も思い出せない」
悔しいが、事実だ。絶対に生きている間に思い出せそうにない。時々白い髪の女性のことを思い浮かべるが、それも蓮と関係あるかは分からない。
「……あぁ、もう時間だな。また現実でも話そう」
「うん、おやすみ」
急激な眠気に逆らわず、蓮は目を閉じた。いつもの言葉を聞きながら――。
時間があったので薬と武器の調達をする。敷井と金井からは最近忙しそうだと言われた。実際そうだ、皆に気付かれずに行動しているし、何より「彼」に知られないようにしないといけないのだから。
(まだ協力者については気付かれてない、ハズ……)
藤森は疑われるだろうが、つい最近まで蓮が怪盗団だと知らなかった。それがどう出るか分からない。匿ったということで逮捕されるかもしれない……そう思うと苦しいが、だからと言って今更蓮がどうこう出来るわけではない。そこは警察の動きによるだろう。
――まぁ、ボクさえ捕まればそんなこともないと思うけど……。
『だが、あいつがどうするか分からないぞ』
「そうだね、だからこそ困っているんだけど」
「彼」は怪盗団を壊滅させようということ以外動きが読めない。もしかしたらということがある。
『どうだ?今日はオレとかわってみないか?』
「いいけど、何する気?」
彼がこういうことを言う時はいつも何かをしでかす時だ。だから今回もそうだろう。
『それは見てからのお楽しみ』
「……どうせあいつのことだろ?まぁ、ボクとしてはお前にかわってもらえるのはありがたいけど」
いい勉強になるし、と蓮は笑った。はたから見たら急に笑っておかしな光景だろうが、蓮を気にする人はいない。
「じゃあ、今のうちにかわっておくか」
『そうだな、皆がいるところでは出来ないし』
蓮は『ジョーカー』とかわると、ファートルに戻った。
「あぁ、蓮。丁度よかった。ちょっと手伝ってくれねぇか?」
藤森に言われ、荷物を置いた後『ジョーカー』は藤森の手伝いをする。蓮と同じように器用にこなしているが、なぜかコーヒーとカレーは作れないのだ。そこはやはり別人、ということだろう。
昼、皆を集めデザイアに入る。前に来たところまで行き、どうするか話す。
「とりあえず、残り三百万はスロットで稼がないといけないな……」
『ジョーカー』が確認すると、クピドが「そうだね。敵は少ないみたいだから前みたいにイカサマ装置を解除した後に稼いだ方がいいかもね」と言った。
『クピドの言う通りだね』
蓮が『ジョーカー』に告げると、彼は頷いた。
「それなら、早く見つけて解除しよう。ついでに探索もした方がいいだろうな」
「おう!そうと決まったら行こうぜ!」
マルスが張り切っている。運が絡んでくるとはいえ、彼にスロットが出来るとは思っていないが。
「……大丈夫なのか?」
『……さぁ』
蓮に聞いてくるあたり、『ジョーカー』も同じことを考えていたのだろう。
それはさておき、皆で装置を探しに行く。ヘルメスは安全だからと『ジョーカー』についてくる。
「ねぇ、ジョーカー」
「どうした?ヘルメス」
「なんか、いつもと雰囲気違うね。どうしたの?」
アポロもそうだったが、やはり気付く人は気付くようだ。『ジョーカー』は不敵に笑い、
「……どうしてだと思う?」
そう尋ねた。ヘルメスは「うーん……」とうなった後、
「……なんか、別人に感じるんだよね」
「そうか。なんでそう思う?」
「いつものジョーカーなら、もっと優しい雰囲気があるんだ。だけど、今のジョーカーはなんて言うか……逞しくて男らしいんだよね」
「だそうだ、蓮」
急に蓮の名前を呼んだので、ヘルメスは驚く。
「え?どうしたの、ジョーカー?」
「お前の洞察力には驚かされたよ。その通りなんだ、オレは『ジョーカー』。蓮とは別人だ」
テュケーには既に話していたがな、と『ジョーカー』は笑った。ヘルメスはキョトンとした後、
「え!?本当に別人なの!?」
「あぁ。何なら今、蓮に戻ろうか?」
『ジョーカー』の言葉を合図に身体が動かせるようになる。どうやら本当に戻ったようだ。
「……やっぱり、気付く人は気付くんだね」
「……蓮?」
ヘルメスが確認するように聞いてくる。
「うん。そうだよ」
「へぇ……確かに雰囲気が戻った。本当にかわってたんだね。二重人格?」
「それが、よく分からないんだよな……」
急に夢に出てきたかと思ったら、こうして現実にも干渉出来るのだ。蓮……いや、ジョーカーも実のところよく分からない。この場合、二重人格ではないと思うけれど……。
二人で話していると、何かの機械があることに気付いた。
「これは?」
「調べてみる」
ヘルメスがそれをいじりだす。
「……うん、これ、イカサマ装置みたいだ」
「そうか。じゃあそれを解除してくれ」
「了解。その間に皆を集めて来てくれる?」
「分かった」
ヘルメスがそれを解除している間、ジョーカーは皆を集める。
「見つかったのか?」
「あぁ、今から案内する」
皆をヘルメスのところに連れてきた時には、既に解除が終わっていた。
「あ、ジョーカー。終わったよ」
「ありがとう、さすがはハッカーだな」
ジョーカーが頭を撫でると、彼は嬉しそうにする。それを見ていたクピドが、
「仲いいんだね。本当の姉弟みたいだね」
と言ってきた。
「まぁ、仲はいいよな」
「うん」
二人が肯定すると、彼は羨望の眼差しを向ける。
「どうした?クピド」
「いや、オレにはきょうだいがいないからね。ちょっとうらやましいと思って」
それにしては少しおかしい気がする。どこか恨めしそうというか……。何でだろうか?
「そういえば、大きなスロットがあったよ。そこに行ってみない?」
しかし、そんな質問をする間もなくそう言われたので、深くは言及出来なかった。
クピドが話していた大きなスロットのところに行く。
「これだったら、三百万なんて早いんじゃない?」
「……そうだな。大当たりなら五百万と書いてある」
つまり、7の絵柄をそろえればいいということだ。運任せになるが……やらないよりはマシだろう。
ジョーカーがやると、運よく大当たりが出た。これでパイレーツフロアに行ける。
受付に行き、パイレーツフロアのカードをもらうとエレベーターに乗り、パイレーツフロアに行く。
「うーん……ちょっと難しそうだな……」
「管理人フロアに行くには千万……ここでさらに稼ぐ必要があるみたいだね」
近くに安全地帯があるのでそこに行く。
「どうする?」
「……とりあえず、どんな内容か見てみる。それから考えたい」
ジョーカーの言葉に反対する者はいなかった。事実、皆まだ気力は残っているのでこのまま進めてもいいと思っているのだ。
外に出て、まずは左の方に行く。そこは暗闇の中を彷徨う、いわば迷路だった。脱出すれば二百万貰えるようだ。右に行くと、そこは闘技場だった。全部勝てば三百万貰えるらしい。
「なるほど……今日中にすませられるか?」
「いや、一日で両方やるのは危険だと思う。何をしかけてくるか分からないからな。今日は迷路の方だけやろう」
アポロの言葉にジョーカーは首を横に振る。エネミーがいるかもしれない、しかも暗闇の中で、となるとそれを見分けられるのはジョーカーしかいなくなるだろう。トルースアイがあるからだが、それを長時間使ったことがない。
暗闇の迷路のところに行くと、本当に真っ暗で何も見えなかった。しかし、トルースアイを使うと道が見えた。
「オレが先頭を歩く。皆はしっかり掴まってくれ」
ジョーカーのその言葉に、誰かが彼女の服を掴んだ。見ると、それはヘルメスだった。テュケーは足元に引っ付いている。
「じゃあ、行くぞ」
皆が掴まっていることを確認したジョーカーは歩き始める。
迷路はかなり長かった。途中、扉が閉まっていて抜け道を見つけたり予想通りエネミーと戦ったりしたのだ。ジョーカーの目も疲れてくる。
目が痛くなるほど酷使した頃、ようやく出口が見えてきた。
「もうすぐだ、頑張れ」
ジョーカーが皆を励ましながら、そこに向かう。実際に暗闇の中を率先して歩いたり一人でエネミーと戦ったりして頑張っているのは彼女なのだが。
出口に着くと、ジョーカーは目を閉じる。光に当たるとさらに痛んだ。
「大丈夫か?ジョーカー」
テュケーが聞いてくる。それにジョーカーは「ちょっとやばいね……かなり目が痛い」と答えた。
「マジかよ、じゃあ今日は早く帰った方がいいな」
「ごめん……長時間使ったことがなかったから」
「そういや暗闇の中でも難なく歩いてたな。それも不思議な能力か?」
「まぁ、そうだな……」
話しながら現実に戻る。
「お前ってホント謎だよな。別にいいけどよ」
良希の言葉に蓮は「悪かったな、普通の人間じゃなくて」と告げた。少し怒りを含んでいて彼も悪いと思ったのだろう、すぐに謝ってきた。
そのまま解散すると、裕斗がファートルに来ると言い始めたので連れて行く。
ファートルに着くと、裕斗はサヤカの見える席に着いた。
「……やはり、サヤカは素晴らしいな」
「そうだね。きれいだ」
息子への愛が伝わってくるようで、蓮もサヤカは好きだった。
自分の両親は、愛してくれなかったから。
だから、羨ましいと思う。こんな絵を遺してもらえて。白野に利用されていたが、結果として彼のもとに戻ってきたのだ。彼の母親もきっと喜んでいることだろう。
そう言う自分は?自分は、皆を傷つけるようなことをしようとしている。これでは両親が自分にしてきたことと同じではないか?やはり、皆に相談した方がいいのか?いや、それでは皆に心配をかけてしまう。せめて最期のその時までは笑っていてほしいのに――。
「蓮、最近どうしたんだ?」
「え?」
裕斗が急に聞いてきたので蓮は思わず驚いた声を出した。それに構わず、彼は続ける。
「君、最近様子がおかしい。何か知ってるんじゃないのか?」
「……何のことだ?ボクは何も知らない」
いつもの調子で話す。裕斗は疑いの目を向けているが、やがて諦めたのだろう。「そうか、それならいい」と言った。それにホッとしていると、帰る直前、
「……俺の目に誤魔化せると思っているのか?」
彼はそう呟いた。慌てて彼の方を見るが、既にファートルから出ていた。
――やはり、芸術家の目は騙せないかもな……。
だが、これは彼のためでもあるのだ。迷っていた心は既に覚悟していた。
次の日、再びデザイアに入る。
「今度は闘技場だっけ?」
「そうだね」
早速向かって話してみると、どうやら一人だけが参加出来るらしい。皆で顔を見合わせていると、
「オレはジョーカーがいいと思う」
クピドがそう言った。ジョーカーなら臨機応変に使い分けることが出来る、そう考えればジョーカーが出ることが望ましいだろう、とのことだった。
それなら、とジョーカーは頷いた。皆には反対されたが、この方がいいというのは分かっているハズだ。
ジョーカーは申込みすると、闘技場に入った。仲間達は観客席に座っている。
三回勝負で最初に出てきたのは二人。早速ルールを破っているが、そんなのは問題ない。ジョーカーが闇呪文を唱えると、すぐに敵は消えていった。ブーイングが起こるが、こちとら勝たないといけないのだ、気にしていてはいけない。
二回戦目は三人。これもすぐに雷呪文で倒す。三回戦目は五人に増えた。
「勝たせる気ねぇじゃねぇか!」
マルスが叫ぶが、これで勝てないほどジョーカーは弱くない。ナイフを振るい、まずは一体倒す。さらに銃でもう一体。後ろから襲ってきた敵をジョーカーはリベリオンを召喚して防ぎ、闇呪文で追い打ちをする。残り二体は蹴りを入れ、怯んだところに呪文を唱える。
「しょ、勝者、ジョーカー……」
そうアナウンスが鳴り、闘技場は閉まる。カードには合計千万がチャージされた。
「すごいよ!ジョーカーって一人でも強いんだね!」
ディアナが興奮気味に言ってきた。そういえば彼女は仲間になって間もない。
管理人フロアに行けるようになったので、エレベーターであがる。天秤のような橋があり、そこを渡る。扉を開くと、そこにはモヤモヤしたものがあった。
「よし、これでルートは確保したな」
「これがオタカラなの?」
クピドが聞いてくる。それにジョーカーは頷いた。
「後は予告状を出して、オタカラを出現させるんだ」
「そうなんだ……予告状を出すのも理由があったんだね」
「いつ出すんだ?今回もジョーカーに任せるのか?」
アポロが聞くと、クピドが「いや、準備も必要だろ?だから二十五日に実行したい」と言った。
「オレは別に構わないぞ」
ジョーカーが有無を言わさず答えると、マルスが「いいのか!?」と叫んだ。
「オレだって、いろいろと準備したいからな。時間がある方が助かる」
それはつまり猶予があるということだ、その申し出はありがたかった。
現実に戻ると、冬木はスマホをポケットに入れ、
「それじゃあ、また何かあったら連絡してね」
そう言って立ち去った。その後ろ姿を見送った後、良希が蓮に詰め寄った。
「いいのかよ!あいつに勝手に決められてよ!」
「いいから頷いたんだろ。さっきも言った通り、ボクにも準備があるし」
「準備ってなんだよ?」
「うーん……ちょっとね」
全く動じない、というよりむしろ笑っている蓮に良希は毒気を抜かれたようだ。「まぁ、お前がそこまで言うならいいけどよ……」と詰め寄るのをやめた。
「でも、本当に何の準備?私達も協力するよ?」
ほのかが申し出てくれるが、それも丁寧に断る。
「あなたがそこまで人の申し出を断るなんて珍しいわね、何かあったの?」
もみじが訝しげに聞いてきたが、それも適当に誤魔化す。
「大丈夫、悪いことはしていないから」
なんて冗談を言うと、「それは信じてるけど……」と風花が言う。どうやら騙せたようだ。
「じゃあ、ボク達も解散しよう」
これ以上聞かれると騙せるものも騙せなくなると思い、蓮はすぐにそう切り出した。皆は納得していないようだったが、そのまま帰っていった。
帰り道、りゅうが聞いてきた。
「ねぇ、皆には言わないの?」
それは蓮を心配してのことだった。そのことを知っている蓮は頭を撫でながら「皆に迷惑をかけるわけにはいかないからな」と笑った。その笑顔は寂しいものだった。
「蓮……」
「大丈夫、協力者達にはお前達を守るように言ってるよ。藤森さんにはまだだけど、最後の日に告げる予定だから」
「やっぱり、その方法しかないのかな……」
りゅうが泣きそうな顔で訴えてくる。だが、仕方ないのだ。今の蓮には、この方法しか思いつかない。
もう少し猶予があれば、もっと考えられただろうけど。
もう時間がないのだ。だから蓮は、自分に出来ることをする。皆を、守る。その方法を考える。
「本当に、なんで蓮が死なないといけないの……?」
今にも泣きだしてしまいそうだ。これを藤森に見られたらまずい。そう思っていると、不意に彼が「公園に行こう」と言い出した。別に構わないが、どうしたのだろう。
公園に行くと、ベンチに座った。
「……僕さ、蓮を姉さんのように思っているんだ」
「……うん」
「蓮は僕を外に出してくれた。真実に気付かせてくれた。……そんな人を、失いたくない」
「…………」
「でも、蓮も怪盗団のために頑張ってるんだよね。蓮が一番怖いハズなのに、それを表に出さないでいつも誰かのために一生懸命で……だから僕も、蓮のために何かやりたい。それって、迷惑かな……?」
まさかりゅうがそんなことを考えているとは思っていなかった。彼も随分大人になったものだ。蓮は感動した。
「……ありがとう。そう言ってもらえてうれしいよ。ボクは、いい弟を持ったね」
蓮は彼に向かって微笑んだ。弟、と言ってもらえたことがうれしかったらしい。りゅうは身を寄せてきた。
それからほのかに勉強を教えたり、もみじと出かけたり、風花と買い物に行ったり、りゅうにつき合ったりしていて時間が過ぎていった。
いよいよ開原と別れの日になった。昼休み、保健室に呼ばれた蓮は天丼をごちそうになった。
「お嬢様の君には安物かもしれないけど、これでも結構高かったんだ」
「いえ、こういうのも食べてみたかったので別に構いませんよ」
食べながら穏やかに仲間達の話をしていると時間になった。
「時が経つのは早いね」
「そうですね。開原先生、今まで本当にありがとうございました」
蓮が頭を下げると、彼は「僕は仕事をしただけだよ」と笑った。確かにそうかもしれないが、自分や仲間達がお世話になったのだ。お礼を言うのは当然だろう。
「また、どこかで会えたらその時はよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
彼ともう叶うハズのない約束をした。それに少し罪悪感を抱いたが、同時に少しだけ希望も持てた気がする。
放課後、ファートルに戻るとりゅうが「ねぇ、学校に行きたい」と言い出した。
「分かった、今から行こうか」
今ならもみじもまだいるハズだ。そう思い、蓮は許可した。藤森は驚いたようだったが、息子の成長に感動していた。
学校に戻ってくると、丁度いいところにもみじが通った。
「あら?二人共、どうしたの?」
「りゅうが学校に行きたいと言ったんだ。せっかくの機会だから案内してもいいか?」
もみじに聞くと、彼女は「それなら、私が案内しましょうか?」と申し出てくれた。
「それはありがたいが……いいのか?仕事があるだろ?」
「もう終わったから大丈夫よ。それに、りゅうに学校を見せるいい機会だもの」
「それなら言葉に甘えてもいいか?」
「えぇ、これぐらい任せて」
こうしてもみじに学校を案内してもらった。蓮が知らない場所も教えてもらい、有意義な時間になった。
「どうだ?りゅう、もし入学するとして、やっていけそうか?」
帰り道、りゅうに聞いてみると「分かんない……人が多すぎて……」と不安そうに答えた。
「まぁ、そうかもな。それならもう少し他人が大丈夫になるようにしないとな」
彼は頭がいいのだ、あとは対人関係がどうにかなれば高校に入学出来るだろう。
「うん。頑張る」
りゅうは笑った。つられて蓮も微笑む。
それからさらに一週間が経ったある昼休み、いつものようにほのかに勉強を教えていた。
「いつもありがとう、蓮」
「いいよ、ボクに出来ることなら何でもさせてほしい」
これは本心だった。もうすぐいなくなってしまうだろうから、その前に頼ってほしかった。
「でも、本当に何でも出来るんだね」
「まぁね。ただ、他人と関わるのは苦手かな?皆は大丈夫なんだけど」
「もしかして、今日も朝から告白された?」
「あぁ……こっちは迷惑してるよ」
いちいち断るのも面倒だ。行かなかったら失礼だからと毎回行っているのだが。
「蓮っていい人だからね」
「本当に皆手のひら返すからな……それに、なんで急に好かれるようになったのかも分からない」
ため息をつくこの先輩はいまだに分かっていないようだ。鈍感な彼女らしいとほのかは笑う。
「いいんじゃない?嫌われるよりは」
「まぁ、そうだけどね」
だが、ここまで来ると逆に困りものだと蓮は思う。
「それで、ここなんだけど……」
ほのかが聞いてきたところを重点的に教えていく。
「ありがとう、分かりやすかったよ」
昼休みも終わったので、今日の勉強はここまでにした。
放課後、風花ともみじに誘われ渋谷に来ていた。
「どうしたんだ?二人共」
「あたしは新しい化粧品が出たから買いに来たの」
「私は風花に誘われて」
なるほど。確かにそういったことを調べるのもいいかもしれない。年頃の女子がどんな化粧をしているか知るいい機会だろう。
「ちなみに、もみじは化粧をしたことがあるのか?」
試しに聞いてみる。するともみじは「いや、ないのよね……だから風花に教えてもらおうと思って」と申し訳なさそうに言った。別に責めているわけではないのだが。
「蓮はどうなの?」
「ボクもないよ。そもそも男装なのにしてるハズないだろ?」
そう答えると風花は「もったいないよ、二人共」と告げた。
化粧品の種類を教えてもらう。こんなにあるのか。
「つき合ってくれてありがとう!また一緒に行こうね!」
「私も、もう少し女の子らしくしてみようかしら?」
二人の言葉に蓮は笑った。
予告状を出す前日の木曜日、りゅうが電気屋に行きたいと言ったので一緒に秋葉原に行く。
「僕、ゲームを見てくるね」
「ついて行かなくていいのか?」
蓮が尋ねると、彼は「うん。これ、蓮と離れて行動するっていう課題だから」と答えた。それならと蓮は待っておく。
一時間くらい経った時、もうそろそろ探しに行くべきかと悩んでいるとりゅうが袋を持って出てきた。
「すごいな、本当に一人で行けるようになった」
「うん。まだ怖いけど、一人で行けたよ」
嬉しそうに彼は言った。それに蓮も満足する。
「全部出来たら、ご褒美をあげないといけないんだったな。何がいい?」
そんな話があったハズだ。聞いてみると彼は「そうだね……」と悩み始めた。
「なんでもいいぞ」
「それなら、蓮と一緒に食事に行きたい」
可愛らしいお願いに分かったと頷くと、蓮はファミレスに連れて行く。
「……いよいよ、明後日だね」
「そうだな。……りゅう、頼みがある」
蓮が真剣な顔をしたからか、りゅうも同じようにする。
「ボクの予想が正しければ明後日、デザイアの中に警察が入ってくるだろう。その時は……皆を安全に逃がしてほしい。その間にボクが引き付けるから」
「分かった。それなら任せて」
明後日の話をしている内に料理が来たので、それを食べる。
次の日、皆を集める。
「明日が決行日だ。皆、大丈夫だな?」
蓮が聞くと全員が頷いたので話を進める。
「ボクの方も準備は終わっている。これが最後の仕事だ。裕斗、予告状は大丈夫だよな?」
「もちろんだ」
それなら、あとはどうやって渡すかだ。
「私が直接渡すわ」
「いいのか?もみじ」
「えぇ、郵便受けに入っていたって言うから」
「分かった、頼む」
蓮は頷き、もみじに予告状を渡す。これでいいだろう。
「じゃあ、明日裁判所前で」
そう言ってこの日は解散した。
夜、他に残すものはないか確認をした。
「よし、あとは藤森さんに伝えるだけだな」
そう言ってベッドに転がる。ヨッシーはその隣に丸くなった。
「緊張するな」
「そうだね」
彼も眠れないのだろうか。なら、少し話してもいいかと蓮は向き合う。
「……ヨッシー」
「なんだ?」
「今まで、本当にありがとう。お前と出会えてよかったよ」
「なんだよ、急に」
「最期になると思って。だから先にお礼を言っておいた方がいいかなって」
何を縁起でもないことを、と思うがヨッシーは口を開けなかった。
「……でも、わがままを言うならもう少しだけ、皆と一緒に生きたかったよ」
「レン……」
「ごめんね、こんなこと言って。自分で決めたことなのに」
蓮はヨッシーの頭を撫でながら、寂しそうに呟く。後悔しているわけではない。だが、もし叶うなら……そう思っているのだろう。
この時が永遠に続いてしまえばいいのに。
ヨッシーはそう思わずにはいられなかった。
次の日、蓮は出かける前に藤森にこう言った。
「藤森さん。ボクに何かあったら皆を守ってください」
「何言ってるんだ?お前……」
藤森が戸惑いの声をあげたが、蓮は気にせず外に出た。そして、皆と合流する。
ジョーカー達はデザイアに入った。オタカラのところに行くと、そこには秋川のフェイクが立っていた。
「来たわね、怪盗団」
「オタカラはいただく。覚悟しろ」
ジョーカーが宣言すると、秋川は高笑いをあげた。
「いいわよ、かかってきなさい!」
そう言うと同時に姿が変わった。それを見て、アテナは「お姉ちゃん……」と呟く。
「しっかりしろ。救い出すんだろ?」
ジョーカーが叱責すると、彼女は「うん。そうよね」と頷いた。
戦いが始まる。ジョーカーは闇呪文を唱え、次に繋げる。マルスが物理呪文で攻撃し、テュケーが風呪文で追い打ち、さらにウェヌスが炎呪文を唱える。アポロは刀で斬り込み、アテナが水呪文で追撃、ディアナは弓で応戦する。クピドは万能呪文を唱え、身動きをとれないようにした。ヘルメスは皆の支援に徹している。
秋川も負けていない。ジョーカーに巨大な刃物を振り下ろす。それを避けたが、衝撃で地面が揺れた。
「うおっ!あぶねぇ!」
男子はそれに何とか耐えたが、ジョーカー以外の女子はしりもちをついてしまう。そこに秋川は刃物を振り下ろそうとするが、それに気付いたヘルメスがアルターの力で防御する。
「大丈夫!?」
「えぇ、ありがとう、ヘルメス」
アテナが立ち上がり、反撃する。しかし、秋川は動じなかった。
「もみじ、あなたは私に逆らうの?」
その言葉に、アテナは一瞬たじろいだ。そのすきを逃さず、秋川は銃弾を放った。
「危ない!」
しかし、ジョーカーが壁を作ってそれを防ぐ。
「しっかりしろ、アテナ!助け出すんじゃなかったのか!?」
その言葉に彼女は今度こそ覚悟を決めた。
ジョーカーは秋川との距離を詰める。そして、ナイフで斬り込む。突然のことに秋川はよろけた。
「アテナ、今だ!」
そう叫ぶと、アテナはアルターを召喚し、呪文を唱えた。それに続いて他の人達も呪文を放った。
秋川が元の姿に戻る。アテナは彼女に近付いた。
「マルス、アポロ。お前達はオタカラを取ってきてほしい」
ジョーカーが二人に指示を出す。二人は頷き、すぐにオタカラを取りに行った。
二人が戻ってくると、ヘルメスが異変に気付く。
「やばい!外に敵がたくさん……!」
「嘘!なんで!?」
皆が慌てる中、ジョーカーは考えるそぶりを見せ、
「……皆、オレが囮になる。その間に逃げ出してほしい」
そう言った。皆は慌てて「それは危ないよ!」とジョーカーを止めるが、彼女は首を振った。
「オレなら大丈夫、だから早く皆は逃げろ」
優しく、しかし強い言葉に全員が逆らえなかった。ヘルメスに導かれ去っていく皆の後ろ姿を見送った後、ジョーカーは大胆な行動をして敵の目を引きつけた。
エネミーと戦い、ステンドグラスを体当たりで割り、外に出る。そこには警察が大勢いた。そこから逃げるが、捕まってしまう。
「容疑者確保!」
「まさか怪盗がこんな子供だとはな」
地面に押し付けられ、身動きが取れなくなってしまう。手首に手錠をかけられ、無理やり立たされる。
それからどれぐらい経ったのか分からない。恐らく日はまたいでいるだろう。尋問室に入れられた蓮は拷問に近い仕打ちを受けた。
「起きろ」
水をかけられ、無理やり起こされる。殴られ蹴られ、全身があざだらけでもうどこが痛いのかさえ分からない。
「ほら、早く話せ。それともお注射もう一本いくか?」
男は注射を取り出し、蓮に突き刺す。その細い腕には注射痕がたくさんあり、たくさん自白剤を打たれたことが分かる。それでも、蓮は話そうとしない。そもそも、なぜ自分はここにいるのか分からない。
その時、外が騒がしくなった。
男が舌打ちをして外に出ると、かわりに女性が入ってきた。見たことがあるが、どこで彼女を見たのだろうか?
「まさかあなたが怪盗団だったとはね。成雲 蓮さん」
その女性が蓮に話しかける。何のことか分からないが、少なくとも人間扱いはされそうだと思った。
「私の声が聞こえる?」
その質問に蓮は頷く。
「なら、私の質問に答えて。時間があまりないの」
彼女はそう言って資料を取り出した。頭に「審判」という言葉が浮かぶ。これは、何だっただろうか。
しかし、彼女と話している間に少しずつ思い出してきた。
狛井、白野、城幹、アヌビス、咲中、そして目の前の彼女、秋川 花子。
そう、聞かれているのは怪盗団のターゲットのことだった。自分は怪盗団のリーダーで、皆を守るためにこうしてここにいるんだった。
「……あなたの言っていることは全てつじつまが合うわ。嘘を言っているようには見えない。じゃあ、あなたの言う通り、別に悪人がいるというの……?」
秋川は戸惑っているようだった。信じられないだろう、怪盗団ではなく、他に真犯人がいるなんて。
時間になった。蓮は彼女に最期のお願いをする。
「秋川さん。もしボクを信じてくれるというのなら……どうか、ファートルに行って、皆に伝えてくれませんか?真犯人は確かにいる。引き出しに入っている手紙を読んでほしい、と。それから、皆には生きていてほしいと」
「……分かったわ。それじゃあね」
そう言って彼女は尋問室から出る。それと入れ替わりで入ってきたのは――「白い男」。
――あぁ、やはりお前が「白い男」だったのか。
「キミのやったことはずいぶん愚かだ。反吐が出る。これがくだらない、正義の果てだ」
彼がそう言ったと同時に、頭に銃弾が貫く。
この世界に、「彼女」がいれば違ったのかもしれない。……「彼女」って、誰だ?もう、ワカラナイ……。
それが、蓮の最期だった――。
その頃、皆はファートルにいた。
「蓮、大丈夫かな……?」
風花が呟いたその時、怪盗団のリーダー――蓮が死んだことがニュースになった。
事情を知らない皆はそれぞれ信じられないといった反応をした。りゅうは下を向き、ヨッシーは何を言うか悩んでいるようだった。
足音が聞こえてくる。そちらを見ると、藤森がいた。
「おい、お前達。どういうことだ?」
その質問に答えたのはりゅうだった。
「ごめんなさい。その……蓮は、こうなることを知ってたんだ……」
「え……」
「咲中を殺した犯人、白い男のことも、自分が死ぬだろうってことも、全部知っていたんだよ……」
俯き、泣きそうになる彼の背をもみじが優しくさする。しかし、聞いたことが信じられない。
蓮は、知っていた?全てを?
なぜ自分達に相談しなかったのかとか、そんなに頼りなかったのかとか、そんなことが頭に浮かぶ。
下から誰かが来た音が聞こえた。藤森が下に降りると、何かを話しているようだった。
「じゃあ、お前さんが蓮の最期の姿を見た……」
「えぇ。それと、怪盗団に彼女からの伝言があって……」
また階段から足音が聞こえてきた。そして藤森と女性が姿を見せる。女性の姿を見たもみじが驚いた声をあげた。
「お姉ちゃん!?」
そう、秋川だ。彼女はもみじの姿を見て、「やっぱり、あなたも怪盗団の一人だったのね」と困ったように笑った。
「ごめんなさい、黙ってて」
「いいえ。こちらこそごめんなさい。成雲さんを助けられたのは、私だけだったかもしれないのに……」
秋川は皆に頭を下げる。そこからは、歪んだ心は見えない。改心された証だろう。
「ううん、いいの。それより、なんでここに?」
「成雲さんから伝言……いえ、遺言、かしら。それを受け取ったから、あなた達に伝えに来たの」
「蓮から……?」
秋川は頷き、蓮が言ったことをそのまま伝えた。皆には生きていてほしい。その言葉を聞いた途端、りゅうは泣き出した。
「やっぱり、蓮は……!」
「りゅう……」
ほのかがりゅうを慰めている間、良希が引き出しを開けた。そこには確かに手紙が入っていた。それから、怪盗団を続けるにあたり必要な情報と資金も。
ある意味の遺書、だろうか。皆でそれを見る。
もしもの時のためにこの手紙を遺しておく。皆がこれを読んでいるということは、ボクはここにはいないだろう。
皆には謝らないといけないことがある。ボクは「白い男」について知っているし、咲中が誰に殺されたのかも分かっていた。それを言わなかったのは皆を混乱させたくなかったからだ。本当にすまない。
その白い男というのは「冬木 なぎと」……探偵王子と呼ばれている彼だ。彼が精神崩壊事件を起こし、咲中を殺し、果てには怪盗団を潰そうとしている。信じられないかもしれないが、最初から彼はヨッシーの声が聞こえていた。良希や風花は覚えているか?最初の打ち上げの後、冬木に会ったよな?あの時、「ビリヤード」って言ったのはヨッシーだけだったんだよ。だからボクは怪しいと思って経歴を調べたんだ。そしたら、精神崩壊事件が起こった時とほぼ同時に探偵として名をあげた。つまり自分が起こした事件を解決していただけだったんだ。
彼は必ず怪盗団を裏切る。そして、リーダーであるボクを殺しに来るだろう。だから、ある人の改心を任せる。「冬木 昭人」……恐らく、冬木を裏で操っている奴の名前だ。彼さえ改心させれば怪盗団の無実は証明出来るハズだ。だから、よろしく頼む。
ボクはこの決断に後悔はしていない。皆には迷惑をかけてしまうけど、こうしないと敵は怪盗団の首を確実に狙ってくる。そうなる前に行動しなければいけなかった。ヨッシーにリーダーは任せているから、怪盗団の今後の活動も大丈夫だと思う。協力者達の連絡先も書いているから、困った時は頼ってほしい。彼女達にはちゃんと話してある。
皆に会えて、本当に楽しかった。ありがとう。皆が無事に生きて、生き延びて、幸せになることを祈っているよ。
その手紙に、全員が絶句した。中には泣き出す者もいた。
「冬木君が……?」
信じられない人物が実行犯だったなんて。秋川も「そんな……」と呟いている。
「でも、確かにあの警察は冬木君が裏切らないと来なかったよね……」
だとすれば、蓮のこの遺書は事実ということになる。良希と風花は最初の打ち上げの後、冬木に会ったことを思い出した。
「……そういえば、確かにヨッシーしか言ってなかったかも……」
今思い出しても、もう後の祭りだ。蓮は戻ってこない。もう、二度と――。




