十四章 気付かれる計画と起死回生の作戦
勉強会を開いた後もみじが蓮とヨッシー以外をアジトに集めた。
「どうした?」
蓮とヨッシーがいないということは怪盗団の話ではないということ。一体どうしたのだろうと裕斗が聞くと、
「あの、蓮が悪い人じゃないって言うのは分かっているつもりなんだけど……彼女、闇を抱えてない?」
もみじの言葉に皆が黙り込んだ。なぜそんなことを思ったのだろうか?
「あのね、時々彼女、暗い目をしてるの。それが一度だけだったら気のせいですませられたんだけど……」
「そうか?別に普通じゃね?」
学校内の境遇を考えたら、むしろ悩みを抱えるなということは出来ないと思うが。
「それだけじゃないの。彼女……自分のこと、どうでもいいって思ってるんじゃないかしら?」
「それは前から思ってたぜ」
近いところで思い出されるのは、あのストーカー事件。気付いていたのに、何も相談しなかったとヨッシーが言っていた。
「彼女、一人でエネミーに特攻する癖、あるでしょ?あれって……死に急いでるんじゃないかって思うの。私の主観なんだけど……」
もみじの言葉に妙に合点がいった。
「あいつ、何考えてるか分かんねぇもんな……」
「明日ね、凛条高校にカウンセリングの先生が来るの。それは、私から勧めておくわ」
「そうだね、なんか、その方がいいかも……」
蓮が心配になってきた。出来るならその闇を見せてほしい……そう思うが、彼女の性格上そう簡単に見せるとは思えない。それなら、こちらが勝手に気遣うまでだ。そんな、四人の意見が一致した。
夜、外に出ようとするとチャットが入った。もみじからだ。内容としては、カウンセリングを受けないかということ。それには行くと言ってチャットを閉じた後、蓮は外に出る。
ストーカー男につけられた傷は治りつつある。左目も日常生活に支障がない程度に治ったし、包帯はまだ解けないが幻想世界で活動するには十分回復した。あと数ミリで左目が失明していたと言われた時、目を潰されてなくてよかったと安堵したものだ。
それにしても、開原が来るのは明日だったか。すっかり忘れていた。
「……まぁ、ボクが狂ってるのは今更だけど」
もはやカウンセリングどころじゃない、病院で治療を考える域だろう。いまだに自傷行為も残っているし、もしかしたら「繰り返している」というのも、頭がおかしくなってしまったがゆえに思っているだけかもしれない。
『本当に狂ってる奴は自分のことをそんな風に思わないだろう』
「……どうだろうね。本当はもう、この世界は壊れているのかもしれない。ボクが認識出来ていないだけで」
そう思う程、蓮の心は既にボロボロだ。『ジョーカー』のおかげで前のようにデザイアが出来ていないだけで。
『……アザーワールドリィ、行くのか?』
「そうだね、最近行ってなかったし、傷もある程度治っているからな」
何のために外に出たと思ったのだ。ナビを開き、アザーワールドリィでエネミー達を倒していく。
それなりに戦って、傷が開いたら大変だからと現実に戻る。ファートルに戻ると、やはりヨッシーがいなかった。散歩、だろうか。
元は人間だろうとはいえ、今はネコの姿。何かあったら大変だ。探しに行こうか悩んだ時、ヨッシーが戻ってきた。
「レン、戻って来てたんだな」
「散歩か?」
蓮が尋ねると「あぁ、最近眠れなくてな」と言って膝に飛び乗った。
「……お前の体温、温かいな」
「それはお前の方だよ、温かくて気持ちいい。もふもふだし」
包帯を巻いている手首を見せないように気をつけながら撫でる。しかし、不意にヨッシーが袖口を器用に捲った。
「あ、こら、ヨッシー……!」
「この怪我、ストーカー事件のやつじゃないよな?なんだ、それ」
……この世界のヨッシーは普段より頭がまわるようだ。元々頭がいいなとは思っていたが。
「……気にするな、異世界でついた傷だ」
しかし、素直に認めるわけにもいかない。適当に誤魔化すが、
「嘘つけ、異世界での傷は全部治してから戻ってきてるだろ」
ヨッシーが論破してくる。さて、どう誤魔化そうかと考えていると包帯の上からなめだした。
「いっ……!」
「それに、これ新しい傷だろ?……ワガハイ、知ってるんだぜ?」
そういえばそうだった。ヨッシーは蓮の自傷行為に気付いているんだった。
「……いつから知ってた?」
「五月あたりからだ。……頼むから、あまりリストカットするな。見ていて痛々しい」
癒すように、手を当てられる。そこから痛みが引いていくようだった。
――さすが、癒しの呪文を持っている可愛い自分のネコだ。
ヨッシーを抱き上げると、そのままベッドに転がった。
「うわっ!あぶねぇだろ!」
「お前を潰すような真似はしないよ」
「それは信じてるけどよ……」
うー、とヨッシーがうなる。それがまた可愛くて、つい抱きしめる力を強めてしまう。
「いてぇよ!レン、力入れすぎだ!」
「あ、ごめん」
元々ではあるが、蓮は細い見た目に反してかなりの力がある。少し力を入れただけでもネコの姿では苦しいだろう。緩めると、ヨッシーが蓮の腕から抜け出した。そして、胸に陣とる。
「ワガハイ、お前の役に立てているか……?」
心配そうに聞いてくるその瞳に蓮は思わず吹き出してしまった。
「な、なんで笑うんだよ!?」
「だって、当たり前のこと聞いてくるから……」
蓮は頭を撫でながら慈母神のような笑みを浮かべる。
「当然だろ?お前は前から、ボクの支えだったよ」
その言葉の重みを、ヨッシーはこの時に理解することが出来なかった。
開原が学校に来た放課後、風花が先にカウンセリングに行き、その間にヨッシーとくだらない話をする。風花が戻ってきたので蓮はヨッシーをカバンに入れて保健室に向かった。
保健室では開原が座っていた。
「成雲さん、その左目の傷はどうしたの?」
「あぁ、実はついこの間いろいろあって……気にしないでください」
やはり、彼にはいろいろと話してしまいたくなる。しかし、差し支えのない程度にとどめておく。
彼と取引をして、その日はファートルに帰った。藤森に「身体の調子はどうだ?」と聞かれ、蓮は「大丈夫です」と答えた。
「それじゃあ、そろそろストーカー事件のことについて教えてもらってもいいか?」
今までそれを聞いてこなかったのは彼なりの気遣いだったのだろう。別に構わないと頷く。その時、カランカランと扉の開く音が聞こえてきた。見ると、そこに立っていたのは冬木だった。
「……どうした?冬木」
「キミにあの事件のことをもう少し詳細に聞こうと思ってね。そろそろ精神的に落ち着いている頃かなって」
藤森が人数分のコーヒーを淹れ、座った。ヨッシーが入ったカバンは蓮の隣に置いている。蓮は少しずつ詳しい話をしていった。
「……なるほどね。数日前からつけられていたと」
「あぁ。でも他の人に手を出さないとも限らなかった。だから様子見で泳がせておいたんだ。だけどそれが裏目に出て、あの日の夜、バイト帰りに襲われた」
「殴られたり刺されたりしてたけど、それ以外には何かあった?その……性的なこととか」
「されそうになったが、腹に回し蹴りをお見舞いしてやった。安心しろ」
「……キミ、見かけによらず気が強いよね。まぁ、やりすぎだけどそれは正当防衛に当たるから罪には問われないけど。じゃあ、外傷以外は何もされていないと」
「そういうことになる。……それから、他にも被害者がいないか探してみてくれ。あの男の発言的に、被害者は多そうだ」
「分かった。そこも視野に入れて捜査してみるよ。協力ありがとう、また何かあったら報告しに来るから」
冬木は荷物をまとめてコーヒーを飲んだ後、代金を払って店から出た。藤森は蓮の首筋から視線を外さない。
「……どうしたんですか?」
心配になって聞くと、彼は「その……痛かっただろ、その怪我……」と気まずそうに言ってきた。
「あぁ、別に慣れていますし、あの時はどうやって対処しようか悩んでいたので痛みを感じなかったというか……」
そう言うと、藤森は心配そうな表情を浮かべる。
「あのな、お前に言うのは少し酷だが……少しは大人を頼れ。それが出来ないのなら友達でもいい、一時は誰か信頼出来る奴と一緒に過ごすようにした方がいい」
「……善処します」
「それ、改善しない奴だろ……」
ため息をつき、藤森は「他にも聞きたいことがたくさんあるんだが……」と言ってきた。
「何ですか?今なら話せますけど」
「その……前歴の真実を教えてくれ。俺はどうしても、お前が理由もなく傷害事件を起こしたとは思えないんだ」
その言葉に手に持ったカップを落としそうになった。彼がそれを聞いてくるのは、もう少し後だったからだ。
――今回は「イレギュラー」が多いな……。
いずれ話すことになるので別に構わないのだが。そう思ってぬるくなったコーヒーを一口飲んだ後、話し出した。
話し終えると、藤森が「やっぱり、そうか……」と呟いた。そして、蓮の頭を撫でる。
「大丈夫だ、俺はお前の味方だ。悪かった、邪険に扱ってしまって」
その言葉に胸が熱くなる。やはり、彼は優しい。嬉しいような、恥ずかしいような、そんな気持ちをすっかり冷たくなったコーヒーで流し込む。
「それじゃあ、俺は帰るからな」
片付け、やっといてくれと頼んだ後、藤森は帰っていった。蓮は言われた通り片付けをし、時間を見るともう九時過ぎ。幻想世界に行くのは諦め、二階に上がり温泉に向かう。
戻ってくると、ヨッシーは既に寝ていた。蓮は裕斗に向けての遺書を書き出す。
『大丈夫か?』
「うん。前みたいにパニックは起こさないよ、多分」
『ジョーカー』と話しながら、日がまたぐまでには書き終えた。それを引き出しに入れ、ベッドに横になる。目を閉じると、眠気が襲ってきた。
あなたは、あの子とは違って、私が選んだ従者。私の、愛する人。
これは、誰の声だろうか?女性の声、というのは分かるが……。
共に行こう。お前となら、どこまでも。
今度は男性の声だ。知らないハズなのに……。
――どこかで聞いたことのある声。聞き覚えのある会話だ。
他にも何か話していたが、よく覚えていない。ただ、この二人は愛し合う仲なのだということだけは分かった。
打ち上げに花火を見に行った。いつも通り、女性らしい服装だ。しかし、いつも通り雨が降り始める。コンビニで雨宿りしているとファンが押し寄せてきたので逃げた。
それから、アヌビスから挑戦状が届いた。蓮は罠だということを知っているが、あえて騙されたふりをする。
――さて、ここからどうしようか。
ハッキングの知識は既にある。ここで蓮が撃退して黒幕の計画を狂わせても構わないのだが……。
――りゅうを救い出さないといけないよな……。
弟分の彼は黒幕達のせいで墓場の中に閉じ籠ってしまった。そこから救い出すのも、怪盗団の……いや、姉の役目だろう。白い男や例のあの男も、まさかりゅうにデザイアがあるとは思っていないだろうし。いろいろ考えながら、学校に登校した。
島田に(既に知っているが)アヌビスの情報を集めてもらい、終業式の日に情報をもらうということで話はまとまった。
休日、藤森がりゅうと会ってほしいと言ってきたので藤森の家に向かう。そして、りゅうと話をしたり一緒に食事をしたりして過ごした。
それから再びりゅうに呼ばれ、向かうと取引を持ち込まれた。断る理由もないので蓮は頷く。次の日、皆を集めてそのことを伝えるとそれしかないと全会一致し、次のターゲットはりゅうになった。
終業式の日、島田に情報をもらった蓮は日頃の感謝も込めて食事に誘った。
「え?いいの?」
「構わない、いつも世話になってるからな」
これも取引の一環だと思えと告げると、彼は顔を赤くしながら「で、でも……」とどこか躊躇っていた。
「いつも、あのサイトに直接書き込めず直接連絡が来る依頼をボクに教えているだろ?そう言った礼も兼ねてだ。まぁ、迷惑だったら無理強いはしないが」
「ぜ、全然、迷惑なんかじゃないよ!むしろ嬉しい!」
今度は慌て始める。どうしたのだろうか?
しかし、最終的には一緒に食事をするということで話はまとまり、ファミレスに向かった。ヨッシーは風花に連れて行かれたので渋谷の犬の像の前で待ち合わせしようと言っている。
「どう?怪盗の仕事は」
注文した料理を待っている間、島田が話を切り出した。もうバレているからと彼には話したのだ。
「別に、普通だよ。今度のターゲットが機械関係に詳しくて、アヌビスを撃退できるかもということぐらいかな?」
「知り合い?」
「まだ知り合いって言うほどでもないかな?今回は取引で改心を自ら頼んできたんだ。明日、実際に行ってみる予定」
蓮にとっては行く必要はないのだが。それは喉の奥にしまっておく。
料理が来たのでそれを食べながら、怪盗団のことを話す。ふと時間を見ると、ヨッシーとの待ち合わせの時間だった。
「あぁ、悪い。もう時間だ」
「あ、そうなの?」
島田の分まで払ったので彼は「お金くらい出すよ」と言ってきたが、「これはお礼だから」と伝えると分かったと渋々とだが頷いた。
島田と別れ、犬の像の前でヨッシーを待つ。
しばらくすると、視線を感じた。そちらを見ると、男の人が蓮の方をじっと見つめていた。
「悪い!遅くなった!」
丁度いいタイミングでヨッシーが来た。ヨッシーを抱き上げ、愛おしそうな顔をしているとカシャと小さな音が聞こえた。
「なんだ?」
ヨッシーも聞こえたらしい。キョロキョロとあたりを見渡した。
「……ヨッシー、走るぞ」
「どうした?レン」
「事情は後で話す」
幸い、ファートルまでは遠いが歩いて行ける距離だ。今電車に乗ったら恐らくつけられるだろう。それなら走って撒いた方がいいと判断したのだ。
ヨッシーを降ろし、走り出す。チラッと後ろを向くと、男が追ってきていることが分かった。
わざと路地を曲がったり店の中に入ったりして、何とか撒いた。
「はぁ……面倒だな……」
「どうしたんだよ?急によ」
ヨッシーが足元から聞いてくる。「あぁ、実は……」と先程の男のことを話した。
「またストーカーかよ?お前も災難だな……」
「全くだ、今までこんなことなかったのにな」
「今まで?」
ふとこぼした発言にヨッシーが食いつく。しまった、と気の緩みを恨む。さすがに、ファンに家まで押しかけられた……とかいう言い訳は出来ないだろう。どう誤魔化すが思考するが、
「……まぁ、何もねぇならいいけどよ」
意外にも、彼は問い詰めてこなかった。その代わり、「でも、皆には相談しようぜ」とだけ言ってきたのだ。前のことがあるし、蓮もそうするつもりだったが……。
「まぁ、明日でいいだろう」
「お前な……自分のことに関しては本当に無頓着だな」
そう言われるが、別に明日集まる予定だったから構わないだろう。そう思ってファートルに戻る。
「おかえり。蓮、遅かったな」
「ただいま。すみません。友達と食事に行って来たら遅くなってしまって……」
ストーカーのことは伏せておく。藤森にあまり心配をかけたくない。
「そうか。そういや、夏休みか。何か予定があるのか?」
「まぁ、多少は……」
多少、と言ったのはデザイア攻略以外にほとんど予定が入っていないからだ。
――たまには、誰かと遊ぶのもいいかもな……。
協力者達はある程度仲が良くなっている。長谷にも前歴の真実は話しているし、後は依頼を聞き、それをやることと九月に智樹と出会うことだ。十月……咲中が廃人化してしまう前に終わらせることが出来るだろう。ファートルは時々手伝ってくれたらいいと言われているし、根を詰めすぎても駄目だろう。
とはいえ、やるべきことをやってからだ。二階に上がり、シャワーを浴びた後夏休みの課題を取り出す。そして、残り少なくなっているそれを全て終わらせる。
「よし、これで心置きなくデザイア攻略が出来るわけだ」
伸びをしながら時計を見る。もう十二時過ぎだ。明日の予定もあるからとベッドに転がった。
「明日、デザイアに行くのか?」
「あぁ。だから早く寝ないとな」
おやすみ、とヨッシーに言って目を閉じた。
目を開くと、『ジョーカー』がいた。起き上がると、彼はナイフをクルクルと器用にまわしていた。
「そういえば、最近お前と鍛錬してないな」
蓮もナイフを持ち、『ジョーカー』に向き合う。
鍛錬が始まった。蓮も、最初の頃よりはだいぶ鍛えられたと思う。息を切らしながら、相手に立ち向かっていく。
やがて鍛錬が終わると、『ジョーカー』が近付いてきた。そして、頭を撫でる。
「すごいな、かなり成長している」
彼の誉め言葉が嬉しくてつい頬をほころばせてしまう。
「ほら、疲れただろ?それに、もうお目覚めの時間だ」
『ジョーカー』は蓮を抱き上げ、ベッドに寝かせる。そして、キスを落とす。
「愛してるよ、蓮。昔からずっと、お前しか見えていないんだ」
熱烈な愛情だな、と蓮は思う。自分にも、それほどの愛情があるのだろうか?
でも、不思議と悪い気は起きなかった。蓮も同じ思いだったからだ。
「おやすみ、蓮」
その言葉と共に、蓮は目を閉じた。
朝、スマホを見ると母親からチャットが来ていた。
『蓮、夏休みに入ったみたいね。何も悪いことはしていないわよね?定期連絡ぐらいはしてくれないかしら?冤罪でも、今のあなたは「犯罪者」のレッテルをはられているんだから』
顔が曇る。朝から不愉快な気分だ。とりあえず返信は後からにしようと下に降りる。
「起きてきたか。昼から友達が来るんだよな?悪いが、午前中手伝ってくれるか?」
そう言われたので朝食を摂った後、藤森の手伝いをする。昼過ぎ、エプロンをとっていると皆が来た。りゅうがなんて思っているか分からないと藤森の家に行き、キーワードを見つける。そして、デザイアに入った。
罠から逃げ、攻略は今度にしようという話になった。
「なぁ、この後予定あるか?」
まだ時間もあるし、遊ぼうかと蓮が尋ねると、
「わりぃ、この後お袋の手伝いなんだ」
「あたし、モデルの仕事があるから」
「俺も、絵の課題をやらないといけない」
「私も、課題をやらないと」
皆、蓮の誘いを断った。
「……そうか」
それなら仕方ないと蓮は諦める。
「ごめん、また今度遊ぼう」
風花の言葉を最後に、全員が帰っていった。
「あーあ、振られちゃったな。協力者のところ、行くか?」
ヨッシーが聞くと、少し考えた後に、
「……いや、やっぱり疲れちゃった。もう帰ろう」
蓮はそう言ってファートルに戻った。そして、二階に上がるとスマホをいじりだす。
「レン、どうした?」
「何でもないよ、ヨッシー」
ヨッシーの質問にも、彼の方を見向きもせず答える。おかしい、とヨッシーは思ったが、この時は本当に疲れただけだろうとさして気にも留めなかった。
しかし、すぐにそれが気のせいじゃないことに気付いた。薬や武器を調達し、デザイア攻略を一日で終えて決行を八月九日に決めると蓮が再び遊びに誘うが、皆に断られた。
「また振られたな。どこか行くか?」
とヨッシーが言うが、
「いや……疲れた。帰ろうか」
そう言ってやはり協力者達と会わず、ファートルに戻るのだ。しかも、帰るとベッドに転がってスマホをいじりだす。
それだけだったらまだよかった。だが、蓮は日に日に食欲がなくなり、顔色も悪くなっていった。それに、作り笑いしかしなくなったのだ。もうずっと、無理して笑っている。
蓮もおかしいが、他の人達もおかしい。なぜか付き合いが悪いし、蓮を避けるようになっていった。アザーワールドリィに入ろうと言うと、忙しいからと断る。遊ばないかと誘うと、用事が入っていると言う。
ある日、さすがにカッとなって、
「なんだよ、お前ら!最近つき合い悪いぞ!レンはな……!」
と文句を言おうとしたが、
「ヨッシー、いいんだ。皆だっていろいろあって忙しいんだろうし、仕方ないよ。ボク達はあくまで学生だからね」
蓮に止められた。そして、作り笑いをして、
「それじゃあ、また今度」
そう言って別れたのだ。
夜、よりはっきり分かる異変が現れた。寝ようとすると、珍しく先に寝ていた蓮の目から涙が流れたのだ。蓮はヨッシーの食事を準備しただけで何も食べていなかった。思えば、数日前から食べていなかった気がする。
――あぁ、レンは寂しいんだ。
いつも忙しく働いている彼女が何を求めているか、ようやく分かった。彼女は「愛してほしい」のだ。いや、愛してほしいというより「認めてほしい」。それが無意識の内に表に出ている。
でも、この姿では彼女の望むことが出来ない。抱きしめて安心させてやることも出来ないのだ。
――こんな時、人間の姿だったら……。
守ってやりたい。蓮が道を完全に踏み外してしまう前に。
渋谷で歩いているとチャットが送られてきた。誰だろうとヨッシーが覗き込もうとするが、見えないようにされ、
「……今日はもう帰ろう。なんか、疲れちゃった」
まだ昼間だというのに蓮はそう言ってきた。最近は夜に出歩いていないのに、疲れたというのは明らかに異常だ。
そうして帰ろうとすると、良希が蓮のところに来た。
「蓮!今時間あるか?」
「あ、えっと……ごめん。もう、疲れちゃって。ファートルに帰るところ……」
蓮は目を伏せる。今は誰とも関わりたくないという雰囲気だ。いつも傍にいるヨッシーには分かるのだが。
「まだ昼だぜ?何やったんだよ?」
そんなことに気付いていないのか、良希は首を傾げた。蓮はいつもの作り笑いを浮かべ、
「ヨッシー、お前だけでも行って来たらどうだ?夕方に駅前まで迎え、来るから」
最近、あまり遊んでないだろ?とカバンを良希に渡した。
「じゃ、また後で……」
蓮は立ち去っていった。それを見送った後、ヨッシーはキッと良希を睨みつけた。
「……お前ら、どういうつもりだよ?」
「何が?」
「とぼけんじゃねぇ!最近、レンを避けてるだろ!」
蓮に怒るなと止められていたが、やはり見ていていいものじゃない。蓮は「気にするな」と笑うだろうが……。
「ずっと「疲れた」って言って何も食わず、シャワーだけ浴びてベッドでスマホをいじっているんだよ、あいつ!お前らのために時間作ってんのに、何なんだよ!」
「……わりぃ」
バツが悪そうに良希は謝る。それは自分にではなく、蓮にやってほしいものだ。
良希はヨッシーをファミレスまで連れてきた。そこには既に三人の姿があった。
「……何やってんだよ、お前ら」
ヨッシーが不機嫌そうに尋ねる。風花は「ちょっとね」と笑った。
「蓮にサプライズをしようかと思っていたんだ」
「サプライズ?」
「最近、避けてたのは気付かれないようにするためなの。ほら、蓮って勘がいいでしょ?」
まぁ、確かに(恋愛ごとに関してはともかく)蓮は勘が鋭い方だ。
「それで、なんでサプライズなんだよ?」
「ヨッシーは気付いているかもしれないけど、彼女、暗い目をする時があるの。だから少しでも楽しませたくて」
「……でも、今の状況じゃ逆効果だぞ」
もみじの言葉にヨッシーは答える。それに全員がキョトンとした。
「気付いていないのか?あいつ、最近は作り笑いしかしていないぞ」
「え……?」
「ずっと無理して笑ってるんだ。これ以上はやめた方がいい。蓮が壊れる」
ヨッシーの言葉に全員が黙り込み、そのサプライズとやらは急遽明日やることが決定した。
五時過ぎ、良希がヨッシーを持って駅前で待っているが、蓮が来ない。珍しいと思ったが、七時になっても来なかったのでしびれを切らした良希がファートルまで向かった。
「お、坊主か、こんな時間にどうした?」
「ネコを帰しに……蓮が来なくて」
「蓮なら二階にいるぞ」
藤森がそう言ったので彼は二階に行く。
「おーい、レンレ……」
二階を覗くと、蓮が倒れていた。それを見て、ヨッシーがカバンから飛び出す。
「おい!レン、大丈夫か!?」
「う、うーん……ヨッシー……?」
蓮が気だるげに顔をあげる。顔色が悪い。
「えっと……確かお前を迎えに行こうとして……目の前がまわって……」
「とりあえず、ベッドで寝てろ。今、医者呼んでくる」
良希が蓮を支えながらベッドに寝かしつけ、敷井を呼びに行った。下で藤森と何か話しているのが分かった。静かになると、階段をのぼってくる足音が聞こえてきた。
「蓮、大丈夫か?」
「すみません……迷惑、かけて……」
藤森が蓮の傍に寄ると、額に触れた。
「熱は……ないみたいだな。だが、顔色が悪いぞ。飯は食っているのか?」
「いえ……食欲がなくて……」
嘘をつくとヨッシーが騒ぎ立てるだろうと思い、正直に答える。その時、敷井が二階に上がってきた。
「成雲さん、ちょっといいかしら?」
藤森が離れると、かわりに敷井が傍に来た。そして、
「貧血ね。食欲がないのかもしれないけど、ちょっとでもいいから食べなさい。それから、無理はしないようにね」
お大事に、と敷井は帰っていく。藤森は「おにぎりでも作ってくる」と下に降りた。そこに残されたのは蓮と良希とヨッシー。
「あ、あのよ……」
「ヨッシー、連れて来てくれてありがとう。もう遅いから早く帰った方がいい」
優しく言っているが、なぜかこれ以上関わらないでくれと言われているようだった。
「蓮、明日、皆で見舞いに来るからよ……」
「来ないでいい。水曜日には決行なんだ、余計な体力は使うな」
その言葉に良希はイラッと来た。
「余計な体力って……仲間なんだから心配するのは当たり前だろ!?」
「ボクと関わっている時点で余計な体力を使ってる。その気力があるなら怪盗団にまわせ」
冷たく突き放つ彼女に「あぁそうかよ!心配して損したぜ!」と怒鳴って良希は下に降りて行った。
良希とすれ違いに藤森が、おにぎりが四つ乗った皿を持ってきた。
「おい、何があったんだ?」
「ただの喧嘩です。すみません、いつもはいい奴なんです、あいつも」
飄々としている彼女を不思議に思いながら彼は皿を渡す。それを受け取り、おにぎりを一つだけ食べる。
「後はどうする?」
「……明日食べます」
「分かった。夜、腹が減ったら温めて食っても構わないからな」
そう言って藤森は皿を持って下に降りた。それを見届けると、蓮は立ち上がりヨッシーの食事を準備する。
「……よかったのか?」
その途中、ヨッシーが問いかけてきた。蓮は動きを止めて、
「……事実だから。ボクと関わってると、ロクなことにならない」
それだけ呟くと、再び動き出す。せっかくいい方向に進んでいったと思ったのに、また逆戻りだ。
「……もう、寝る」
食べ終わった皿は置いておいていいから、と言って蓮はベッドに転がると、目を閉じた。ヨッシーは呆然としながら、しかし食べないと心配をかけてしまうと食べ始める。おいしいもののハズなのに、なぜか味がしなかった。
蓮は『ジョーカー』と向き合っていた。
「蓮、どうしたんだ?あんなこと言って」
『ジョーカー』が聞くと、蓮は彼の胸に顔を埋めて涙を流した。
「……やっちゃった……」
あんなこと、言いたかった訳じゃないのに。確かに、自分も怒っていたけれどあれは最低だ。
「蓮、大丈夫。謝ればいい」
「だけど、酷いこと言っちゃった……見捨てられて当然だよ……」
良希は善意で言ったのだ。避けていたのも、何か理由があるに違いないのに。
『ジョーカー』は落ち着かせるように蓮の背中を撫でた。
家に戻った良希は冷静になった頭で先程のことを思い出す。
――やべぇ……。
蓮が怒っても当たり前のことをしていたのに、怒鳴ってしまった。彼は怪盗団のチャットとは別にチャットのグループを作り、蓮以外を招待する。
『どうしたんだ?良希』
『なんで新しいグループチャットを作ってるの?』
『あの後、蓮は来たの?』
『やべぇ……やっちまった……マジどうしよ……』
『本当にどうしたの?』
『蓮に怒鳴っちまった……』
『ちょっと待って。状況が読み込めないんだけど』
『その……あの後な、蓮がいつまで経っても駅前に来なかったからファートルに行ったんよ。そしたら、二階で蓮が倒れてて……貧血らしいんだけどよ……明日見舞いに行くって言ったら来なくていいって言われたからイラッてきちまって……喧嘩しちまった……』
『蓮が貧血で倒れてたの?その状態で喧嘩って……』
『あいつ、自分に関わっている時点で余計な体力使ってるとか言ってきたんだ。それで思わず……』
『やはり、前歴のこと気にしてるのだろうか……』
『とにかく、謝らないと』
『でも、さすがに気まずいだろ……』
『それで仲たがいしたままは嫌でしょう。気まずくても謝った方がいいわ』
『それはそうだけどよ……あいつはダチだし、このまま放っておくわけにはいかねぇけど……』
『私達も一緒に行くから。一緒に謝りましょう』
『……分かったぜ。腹くくる』
『なら、明日の朝渋谷駅に集合だな』
『おう……』
『了解』
『分かったわ』
チャットを終えると良希はベッドに飛び込んだ。
――蓮には悪いことしたな……。
無理して笑っているのだとヨッシーに言われた言葉を思い出す。確かに、いつもとは違う笑い方だった気がする。いつからだ?考えても、思い出せない。
「……ちゃんと見てればよかったな……」
後悔しても、もう遅かった。
次の日、渋谷駅で待ち合わせし、ファートルに向かった。
「お前ら、来たのか。早かったな」
藤森が四人を見て驚いたような顔をする。いつもより早い時間に来たからビックリしたのだろう。
「あの、蓮は?」
風花が聞くと、「珍しくネコもまだ下りて来てねぇんだ。心配なら二階に行けばいい。俺も、準備があっていけないからな」と申し訳なさそうに言われたので二階に上がる。
――そこには、手首が血まみれの蓮がいた。ヨッシーが傍で泣いている。
「きゃあぁあ!」
もみじが悲鳴をあげた。その悲鳴を聞きつけて、藤森が来た。
「おい!どうした!?…………っ!」
藤森も蓮の状態を見て、息を飲んだ。
「……だ、れ……?」
まだかろうじて意識があるようだ。掠れた声で蓮が聞いてくる。
「俺だ!良希だ!」
良希が傍に寄ると、蓮は虚ろな瞳で彼を見た。
「……見舞い、来るなって言っただろ……?」
そして、そう告げる。そこに感情はこもっていなかった。
「と、とにかく病院……!近くに医者がいたわよね!?」
パニック状態のもみじが下に降りようとするが、裕斗がそれを止めて「俺が行く」とかわりに敷井のところへ向かった。
必要な道具を持ってきた敷井は蓮を見て、「あぁ……とうとうやっちゃったのね……」と大して驚くこともなく首筋で脈を測った。
「……脈は今のところ正常。呼吸は……少し乱れてるわね。目も焦点が合ってない。少し危険な状態ね」
とりあえずベッドに寝かせて、と言われたので裕斗が蓮を抱え、寝かせる。
「あぁ……裕斗もいたんだ……」
大して興味もなさげに呟く。せっかく、死んでやり直せると思ったのに。
「成雲さん、聞こえる?」
敷井の質問に小さく頷く。
「いい?手当はするけど何かあったら連絡して。ご飯は食べられる?」
「……分からない……」
「じゃあ、今日は点滴しましょう。それで食べられそうなら食べて。今日はゆっくりしなさい。いいわね」
「……はい……」
敷井が傷の手当てをし、点滴をつける。
「点滴が終わったら連絡してちょうだい」
敷井は仕事があるらしく、一度診療所に戻った。藤森も「悪いが、看ててやってくれ」と言って下に降りた。
「……朝、起きたら血まみれだったから驚いたぞ……」
蓮の胸に乗ったヨッシーが涙声でそう呟くと、無言のまま点滴針のついていない方の手で撫でた。いつもは微笑ましい光景なのに、今は無表情のせいか、なぜが冷たく感じる。
「あ、あのよ、蓮……」
「……寝る」
良希が謝ろうとするが、蓮はそのまま目を閉じた。感情のない、寝顔だった。
ここまで分かりやすく病んでいる蓮は見たことがなかった。現実ではおとなしい学生、異世界では頼れる怪盗団のリーダー。そんなイメージが強かったからここまで酷く病んでいるとは思わなかったのだ。
「……こいつ、最近疲れたとか言ってすぐ帰ってたんだ。最初は本当に疲れてるだけだと思ってたんだが……お前らに会えないと分かったらすぐにそう言って帰って、ワガハイには目もくれずスマホばっかいじってた。もう限界だったんだろ、精神的にも」
それに、と言葉を続ける。
「誰かからチャットが来たかと思えば、それをワガハイにも見せないで急に不機嫌になるんだ。傍目からは変わってないように見えるが、ワガハイには分かる。正直、何なのか心配だぜ……」
誰かから脅されているのか、それとも関わりたくない人からか、それは判断出来ないけれど、とにかく何かあることは確かだ。しかも、丁度同じ時に皆が避け始めたものだからため込んでいたものが爆発してしまったのだろう。
「……でも、ワガハイも悪いよな。ずっと傍にいるのに、今日になるまでここまで追い詰められてることに気付かなかった」
後悔しているような、そんな声に全員黙り込む。その時、蓮の顔が歪んだ。
「まっ、て……いか、ないで……ジョーカー……」
ジョーカーって……彼女の怪盗の時のコードネームだ。だから、異世界の方で自己紹介でもしない限り、彼女自身はその名前を言わないハズのものだ。それなのに、なぜ?
蓮が腕を伸ばす。目を閉じているから、寝ぼけているのだろう。でも、なぜかそれを掴まないと彼女がこの世界から消えてしまう気がして、裕斗がその手を握った。
「う、ううん……じょーかー……?」
薄く目を開き、蓮は誰か確認する。
「……悪いな、君が求めている奴じゃない」
裕斗が答えると、蓮は「裕斗……?」と尋ねてきた。
「蓮、答えられるならでいい。君の言っていた「ジョーカー」とは誰だ?」
寝ぼけている今なら答えてくれるかも、と思い聞いてみる。しかし、
「じょー、かー……なんだっけ……?何か、忘れてる気がする……」
蓮が言っているのは、自分の心の中に住んでいる『ジョーカー』のことではない……ハズ。しかし、記憶の中に「ジョーカー」と呼ばれていた「誰か」が確かにいる。だが、どうしても思い出せなかった。
「……そうか。それなら、いい」
裕斗が微笑むと、蓮は再び目を閉じた。
少しして、藤森が上がってくる。
「どうだ?蓮の様子は……」
「また寝ました」
「そうか……」
藤森は裕斗が蓮の手を握っているのを見て、「お前、こいつと付き合ってんのか?」と聞いた。
「つき合う……?」
「いや、そうじゃないと思うっすよ」
「彼、ちょっと天然で……素でやっちゃうんです」
ほら、裕斗、手を離してと風花に言われ、裕斗は疑問符を浮かべながらも離した。
……小さかったな。
蓮は女性なのだと認識させられた。温かい体温がまだ手に残っていた。
「……いたい……」
突然、か弱い声でそんな言葉が聞こえてきた。蓮の方を見ると、涙が流れていた。
「苦しい……助けて……」
発作的だろうか、首に爪を立てひっかこうとしていた。これは異常があると感じ、丁度点滴も終わっているということもあり、敷井を呼んだ。藤森はその間、蓮が首をひっかかないように押さえつけていた。
敷井がその様子の蓮を見て、「……やっぱり、何かあるのかしら」と呟いた。
「この子、治験手伝ってくれているんだけど……寝ている時、時々こんな風になることがあるの。でも、理由を聞いても「分からない」って答えるか黙ったままで……家では特にそういった症状はないって答えていたから、副作用かもと思っていたんだけど……こういった症状の出る成分は含んでいないからおかしいって思っていたの。……彼女、何か隠しているとか、そんなのないかしら?」
何か……。
「……私達も確かにおかしいとは思っていたんですが……理由までは、分かりません」
「そう……」
その時、蓮が薄く目を開いた。
「点滴……終わった?」
子供のように聞いてくる蓮に笑いかけた。蓮は起き上がり、ヨッシーに手を伸ばす。しかし、不意に止まった。
「レン?」
ヨッシーが呼ぶが、反応がない。いや、身体が震えている。その瞳は恐怖に揺れていた。
「い、や……!」
「どうした?」
「いやぁ!」
藤森が落ち着かせようと手を伸ばすと、蓮はパニック状態になった。
「大丈夫か!?」
「やだ、やだぁ……!」
パニックで過呼吸になりかけている。それに気付いた良希がそっと蓮の背中に触れた。
「蓮、落ち着け。数えるから、一度深呼吸するぞ。一、二、三……」
その声はなんとか聞こえているらしい、何度か深呼吸をすると次第に落ち着いていく。
「今、ボク、何があった……?」
状況が理解出来ていないのだろう、俯いたまま蓮が聞いてきた。
「急にパニック状態になっていたのよ。大丈夫?」
敷井が触れても、先程のようにはならなかった。ただ、不安に揺れる瞳がそこにあるだけ。
「……ここは、「現実」、ですよね?あの、「暗いところ」じゃない、ですよね……?」
「「暗いところ」?よく分からないけど、大丈夫よ。ここにはあなたを害するものはないわ」
安心させるように答えると、ようやく普段の蓮に戻った。
「そうか、あれは、夢……今は、まだ「ここにいる」……」
「どうしたの?急に」
「別に、こっちの話です」
意味の分からない発言に首を傾げるが、何でもないと言うのでこれ以上は聞けなかった。
「とにかく、今日は安静にしていてね。またパニックになったら呼んでちょうだい」
そう言って、敷井は道具を持って帰った。
「あー、蓮。俺も下に降りるが……何かあったら言えよ?」
藤森も、それだけ言って下に降りる。その場には怪盗団だけが残された。ヨッシーが蓮の膝に乗って、
「どうしたんだ?あんなこと、今までなかったよな?」
そう尋ねた。ヨッシーが覚えている限りでは先程のような酷いパニック状態は見たことがなかった。
「……ちょっとね。昔のこと、思い出しちゃって。それに、お前を撫でようとした時、手が血にまみれているように見えたから……」
蓮が思い出したのは、尋問室でのこと。そして、記憶にない「人殺し」のことだった。
「……そうか。まぁ、落ち着いたようでよかった。でも、なんかあるなら言えよ?」
「大丈夫、ちょっと夢と現実の境目が分からなくなっていただけだから」
「そんぐらいリアルな夢だったのかよ?」
それには答えず、ただ寂しそうに笑うだけだった。
「あー、えっと……蓮」
良希が呼びかけると、蓮は「……まだいたのか?もう帰ってるかと思ってた」と驚いたように目を見開いた。
「いや、倒れている仲間を放っておくほど薄情じゃねぇよ」
「さっき、深呼吸しようと言ったの良希だよ」
「……ごめん、聞き分けられなかった」
あんな状態じゃあ、確かに聞き分けろという方が無理な話だろう。このことについてはこれ以上追及しないことにした。
それよりも、やらないといけないことがある。
「……って、そうじゃなくて。その……悪い、最近避けててよ」
「……自覚はあったのか?てっきりボクが何かやって無意識の内に避けているのかと思った」
「そんなわけ……」
「なら、なぜ避けていたんだ?ボクに非があるからだっただろう?」
非があるも何も、彼女は(戦闘狂であること以外)完璧だ。非の打ち所がない。何もかもが完璧で、本当に全てを知っているように把握している。
「そんなんじゃねぇよ。お前は完璧すぎる。だけどよ……お前、時々暗い目するじゃんか。だから、一緒に楽しめることしようと思ってよ……」
「……別に、そんなのしてもらわなくてもいい」
きっぱりと言われてしまった。しゅんとなっていると、
「……そんなことされたら、せっかく決めていた覚悟が揺れる……」
ボソッと、聞こえるかどうか分からない声で呟いた。
「どういう、ことだよ?」
「何でもない」
そこでようやく分かった。彼女と自分達の間には踏み込めない壁があることを。彼女は他人の壁を壊してでも助けにくるのに、自分達にはそれをさせない。誰も、彼女の全てを知ることが出来ないのだ。その心に、踏み込ませてはくれない。
「……なんか、身体を動かしたくなっちゃった。ヨッシー、ジャージ出してくれる?」
「おい、トレーニングする気か?今日は安静にしとけってシキイに言われてただろ?」
「……ちょっとだけにする」
「ゴシュジンに心配かけるぞ」
「昔のこと思い出してまたパニックになるよりはマシだと思うけど」
何事もなかったように話し出す。まるでネコのようだ。気まぐれで自由。
「……ねぇ、その状態じゃきついだろうし、オタカラ盗むの別の日にしない?」
「大丈夫、予定通り明後日オタカラを盗む。一日でも早く解放してあげたい」
風花がそう提案するが、蓮は頑固として譲らなかった。そうしている内にヨッシーがジャージを準備する。
「ほらよ。……ちょっとだけだからな」
彼女に何を言っても無駄だと悟っているのだろう、最初は止めていても結局折れてしまうのだ。他の人達も、見張っておけばいいかと止めなかった。
「了解」
そうしてそのまま着替えようとする蓮を裕斗以外の全員で止める。本人は何も分かっていないようだった。
「なんで止める?」
「ここには男の子もいるのよ?その、恥ずかしくないの?」
「……まぁ、多少」
全く思っていないように言われ、脱力する。そうだ、蓮という人物はこういう奴なのだ。
「でも、見られて減るものじゃないし、見たくないなら目を閉じるか後ろを向けばいい」
あげく、何でもないように言うものだからヨッシーに「お前、もう少し女としての自覚を持て……」と呆れられていた。
蓮は着替え終わると、飛んで天井の梁を掴んだ。身長が高いのも役に立つものだ。
「ここで懸垂をやるだけでも結構体力がつくものだよ」
そう言いながら、懸垂をやる。足にはヨッシーがくっついていた。おもりがわりらしい。
何分間やっていただろうか、ヨッシーが「今日はこれくらいにしようぜ」と降りたので蓮もスタッと着地する。ヨッシーがタオルを持ってきたのでそれで汗を拭いた。
「お前達もやってみるか?」
届かないなら椅子使ってもいいし、と言われ、皆でやることになった。結構簡単にやっていたから楽勝だろうと思っていたが、いざやってみるとかなり体力を使った。
「お前、こんなのを毎日やってんのかよ……そりゃあ、馬鹿力になるぜ……」
良希が息を切らしながら聞いてくる。
「いや、暇で、なおかつ気が向いた時だ。いつも忙しいからな」
「こいつ、日常生活まで怪盗に捧げているからな!怪盗の鏡だぜ」
蓮が答えると、ヨッシーが自分のことのように胸を張った。
「バイトとかしてるもんね。ホント、頼れるリーダーだよ」
「バイトもしているんだ。じゃあ、少しは自分用のお小遣いもあるんでしょう?」
もみじが尋ねると、蓮はふいっと顔を逸らした。
「あー……えっと……」
「こいつ、自分のためにはほとんど使わねぇんだよ……ほとんど怪盗団の資金に充てられているんだ。怪盗稼業で使う道具も安くはねぇしな」
ここまで怪盗団のために尽くしているとは思っていなかった。自分のことで精一杯だったから、彼女の苦労は分からない。
「……一応、必要最低限は使わせていただいていますよ……洗濯代とか……」
「なぜ敬語?」
裕斗が聞くが、蓮は気まずげに目を逸らすだけだ。こりゃあ、生活に必要なこと以外はほとんど使っていないなと誰だって気付いた。
「マスターからお小遣いはもらってないの?」
「時々もらうけど……その……」
「それも怪盗団の資金に消えるよな」
「ヨッシー、これ以上墓穴を掘らないで」
リーダーの金銭事情が少し分かった気がする。裕斗のように金欠ではないが、怪盗のために使いすぎているということを。
「蓮、土曜日、絶対に空けていてね」
「どうした、急に」
「ついでに、お金も準備していなさい。怪盗団の資金からでいいわ」
「は?で、でも、武器買う時とか、薬買う時とかに必要で……」
「い、い、わ、ね?」
「……はい……」
もみじの気迫に負け、つい約束してしまった。
「じゃあ、今日はそろそろ帰ろうかしら」
「ヨッシー、蓮をお願いね」
風花に頼まれ、ヨッシーは「任せとけ!今日一日は見張っとくぜ!」と張り切っていた。皆が帰った後、窓を見れば、もう橙色に染まっていた。
「……もうこんな時間なんだな」
蓮が呟くと、「早いよな」とヨッシーが答えた。
「……ヨッシー、お前、何か悩みがあるんじゃないか?」
尋ねると、ヨッシーが息を飲んだのが分かった。ビンゴ、この時既に不安に思っていたのだ。
「……別に、何もねぇよ」
絞り出すような声に、それじゃあ何かあると言っているようなものだと思いながら強く言及しなかった。
「……大丈夫。たとえお前が化け物でも、ボクは見捨てないよ。お前の居場所はここなんだから」
そう言って、ヨッシーを抱き上げた。彼は見透かされていたことに驚いたのか、動かなかった。
――こいつ……。
他人の心を読むことが出来る力はないと言っていたハズ。それなのになぜ分かったんだ?今までの行動と今の発言に、一つの仮定が浮かんだ。
――まさか、な……。
そんなの、ありえないんだ。そんなこと……。
「ご飯、食べようか」
優しい声が、なぜか助けを求めているように聞こえた。
水曜日、オタカラ奪取を決行する。と言っても、りゅう自身なので盗めないのだが。
今回は自分でやりたいと蓮の方が表に出ている。可愛い弟分なのだ、それなのに他人にやらせていいのかと思ったのだ。
ジョーカー達がオタカラのところまで行くと、ピラミッドの上からうなり声が聞こえてきた。それはりゅうの母親が化け物と化したもので、ジョーカーは銃を向ける。
ジョーカー以外の人達の体力が減ってきたその時、りゅうが入ってきた。ジョーカーはりゅうに駆け寄り、攻撃から守るように立つ。
「りゅう、ゆっくり思い出してみて。お母さんは、あんなこと言う人だった?りゅうを、愛してくれなかったの?」
防御の術で壁を作りながら、彼に問いかける。りゅうは目を見開いた後、思い出したように立ち上がった。
りゅうがアルターを覚醒させ、彼の助けを借りて化け物を倒す。すると、目の前にりゅうの母親が現れた。
「私を思い出してくれてありがとう」
そう笑って、消えていった。りゅうは下を向いた後、マイペースに一人で現実に戻る。するとデザイアが崩れ始めたので車で脱出した。そして、ヨッシーともみじと一緒にりゅうのところに行く。りゅうはいつもと同じように家の前で寝ていた。藤森に伝え、りゅうが目覚めるまで様子を見ようということになり、解散する。
夜、久しぶりにアザーワールドリィに入った。するとあの男がいることに気付いた。
「ふふ……ふふふ……!もう少しで俺の計画が達成される……」
不気味な笑い声をあげながら、その男が歩いていく。彼はどうやら地下に行くようだ。
後をついて行くと、謎を解かないと入れない壁のところに着いた。しかしその男が来た時、壁が勝手に開いた。その壁の先には隠れるところがなかったという記憶があるので、入ることは出来なかった。
少しエネミーと戦って現実に戻った後、ヨッシーが歩いていることに気付いた。
「ヨッシー?」
「にゃ!?……なんだ、レンか……。驚かすなよ」
ヨッシーは蓮の方を見た後、その肩に乗る。
「散歩から帰るところ?」
「あぁ。偶然会うとは思ってなかったけどな」
ヨッシーが僅かに視線を外したのが分かった。こういう時、彼は何かを隠している。
「……なぁ、レン……」
「どうした?ヨッシー」
「もしワガハイがバケモノだったら、お前どうする?」
何を当然のことを。
「お前はボクの相棒だ。もし仮に化け物だとしても、関係ない」
「お前らを傷つけるとしてもか?」
「お前がそんなことするわけないだろ?」
ヨッシーは目を伏せる。心配なのだろう、自分がバケモノだとしたら。それで他の人を傷つけたら……。その不安はとてつもない。
「お前が頼りないんじゃない。ボクが臆病なだけなんだ」
りゅうの改心の後、ヨッシーが出ていくのは分かっている。それでも、安心させるために本音を語るのだ。
「お前は臆病じゃねぇよ」
「ううん。そう見せているだけ。本当の自分を見せると、きっとみっともないから、だから隠しているんだ」
実際、この周回では何度もみっともないところを見せてしまった。
「……レン」
「大丈夫、この身がなくなっても、お前達だけは守るよ」
その言葉がどれだけ重みのあるものか、今のヨッシーには分かるハズもなかった。
土曜日、渋谷駅で待ち合わせしていたので蓮とヨッシーは先に着いていた。
「怪盗団の資金からか……千円でいいかな……」
「怒られそうだからやめておけ」
ブツブツと言っていると、後ろから視線を感じた。そういえばいろいろあって皆にストーカーのことを話していなかった。
最初にもみじと風花が、次に裕斗が来て、最後に良希が「わりぃ!」と頭を下げながら蓮に近付いた。……丁度いい。
「……良希、悪い」
最初に謝ったうえで、蓮は彼に抱きついた。突然の行動に全員が驚く。それを気にせず後ろの方を見ると、ストーカー男は気まずそうに立ち去っていった。これで諦めたことだろう。完全に立ち去ったことを確認して、蓮は良希から離れる。彼は顔を真っ赤にしていた。
「悪かったな、突然」
「い、いや、いいけどよ……どうしたんだよ?」
「またストーカーがいたからな。恋人がいるように見せたら諦めるだろうと思って」
「またストーカーか?君も災難だな……」
「迷惑な話だ」
はぁ……とため息をつく姿は本当に迷惑そうだ。そういった感情がないということだろうか。もしくは……。
「そういや、お前恋人いんの?」
不意に気になって聞いてみる。すると蓮は考え込み、
「いない……いや、あいつは恋人、なのか?……よく分からないな」
意味深なことを言うので興味を持つ。
「気になる人はいるんだ?しかも、いい関係?」
風花が尋ねるが、蓮は笑う。その笑みは作ったものじゃなかった。
「……内緒」
「えー!気になるじゃん!」
「ボクだけの秘密にしたいんだ、今のところは」
艶っぽい微笑みに皆して心臓を打たれたような衝撃を受ける。さすが、魔性の女だ。それと同時にその人をとてつもなく大切に思っていることも分かった。彼女にここまで大切に思われている人が羨ましかった。
「そうか。じゃあ、気が向いたら教えてね」
「別に構わないけど」
まぁ、絶対に気が向くことがないだろうが。
「それより、何をするんだ?」
「そういえばそうだったわね。それじゃあ、まずはファミレスに行きましょう」
もみじに先導され、皆でファミレスに向かった。それぞれ注文し、来るのを待つ。
「……ファミレスなんて久しぶりに来たな」
「最後に来たのはいつだったの?」
「怪盗を本格的に始める前。確か、ヨッシーがまだこっちに来ていない時だったと思う」
「一応、四月には来ているんだな」
「図書室が使えないからな……勉強する場所がなかった」
正確には勉強ではなく、計画を立てるためなのだが。
頼んだものが来たのでそれを食べながら話す。
「りゅうはどうなってる?」
「まだ寝てる。体力が限界だったんだろ」
「まぁ、今まで引きこもっていたもんね……」
「蓮の方は大丈夫なの?」
「ボクは大丈夫。何も問題ない」
「そう言ってお前、貧血になってたよな……」
「忘れろ」
「かなり病んでたのは誰だ?」
「それも記憶から消せ」
ワイワイワイワイ。こうやって見るとただの高校生だ。
――あぁ、あと何回、こうやって笑い合えるのだろうか。
いつか来る終わりを想い、虚しくなる。死んでしまえば、また一からやり直しなのだ。正直、もう疲れてしまった。
あと何回繰り返すのか。
あと何回死ぬのか。
あと何回――皆との関係が崩れてしまうのか。
「どうした?レン」
「ううん、何でもない」
もうこれ以上、失いたくない。失うぐらいなら、死んでも、もう繰り返さない方がマシだ。その想いに蓋をして、蓮は笑顔の仮面をつけた。
食べ終わると、今度は映画を見に行こうと映画館に向かった。裕斗にそんなお金があるのかと思ったが、財布からちゃんと出している。今回の映画はアクションと恋愛が混ざったもののようだ。
『オレ、映画初めて見たな』
「そういえばそうだね。お前がボクの中に現れた後は見に来たことなかったし」
心の中で『ジョーカー』と話しながら映画を楽しむ。映画も久しぶりに見た気がする。
今度は買い物に行く。風花がワクワクしながら蓮を着せ替え人形にした。もみじも加わったのでもはや収拾がつかない。
「蓮、やっぱりこういった服着た方がいいよ」
「これなんてどうかしら?」
「ふむ、実に絵になる。蓮、今度描かせてくれないか?」
「ワガハイにも見せろ!」
「お前ら、マイペースすぎんだろ……」
良希が肩を落としながらツッコミを入れる。蓮も同じ気分だ。
夕方になったので、皆でラーメンを食べに行くことになった。
「蓮、少しは元気になった?」
食べていると、風花が聞いてきた。
「急にどうした?」
「前も言ったでしょ?蓮、時々暗い目をするって。……頼りないかもしれないけど、気晴らしなら付き合うし、あたし達も相談ぐらいなら乗るから。だから、もう少し頼ってほしいな」
「そんな……皆に迷惑はかけられないよ」
「迷惑なんて思わないよ。あたし達、仲間でしょ?」
「……そう、だね」
最初から死ぬ気で怪盗団をしていると知ったら、どう思うだろう。心配するだろうか。それとも罵るだろうか。怖くて、聞けるハズもなかった。
「……ごめん」
「なんで謝るの?蓮、何も悪いことしてないじゃん」
確かに、表面だけは何もしていない。だが、わざと罠にはまるような真似をしているし、全部隠して何も言えていないし、自分は最低なことをしている。その自覚はある。
でも……皆を守るためには、こうするしかないじゃないか。一人で、解決するしか……。
とにかく、咲中のフェイクが死なないようにする。それで恐らく、怪盗団が危機にさらされることはなくなる……ハズだ。もしかしたら他にも捨て駒を用意しているかもしれないから、油断ならない。どうしても、咲中が死んでしまうからあちらの手駒がどれだけあるか分からないのだ。
「……レン、今何考えてる?」
カバンの中からヨッシーに聞かれる。蓮はカバン越しに頭を撫で、「何でもないよ」と答えた。
帰り際、良希に「楽しかったか?」と尋ねられる。
「これ、一応サプライズだったんだ」
風花の笑顔に蓮もつられて笑った。
「そうか。……たまには、こういうのもいいかもな」
その答えに満足いったのか、「また行こうか」という話になった。
「今度はりゅうも連れてよ、一緒にどっか行こうぜ」
「いいかもな」
八月最後の日に海に行くことを思い出した。その瞳は慈愛に満ちていた。
そうして、りゅうが目覚める日になった。朝、起きるといつも通り藤森がりゅうの母親――確か、裕美だったか――の弔いのためにコーヒーを置いていた。蓮が座ると、蓮にもコーヒーを淹れてくれる。その時、りゅうがファートルに来た。それを見て、藤森は驚いたが、すぐに朝食を作ってくれた。
朝食を食べ終えると、りゅうの部屋に向かった。そして、アヌビスを撃退してもらう。机の上で寝てしまったので、蓮は彼をベッドに寝かせて帰った。そして、皆にチャットを送る。
次の日、皆で集まり勝利の報道を聞く。りゅうが来るが、蓮の後ろに隠れてしまう。この時はやはり、他人に慣れなかったのだろう。そう思うと微笑ましく思う。「大丈夫だ」と安心させ、一時傍にいることを約束する。
それから数日間はりゅうにつきっきりだった。いつものことだし、弟分なので気にはしていないが。
そして、海に行く日。皆で楽しむ。そこでりゅうも怪盗団に加わることになった。
「りゅう、楽しかったか?」
帰り道、尋ねると彼は「もちろん!……そういえば蓮、男の人に言い寄られてたね」と見てきた。
「あぁ、あれか……」
「蓮、モテモテだね」
「正直、迷惑だ。友達と来てるって言っているのに……」
「ナンパってやつ?怪盗団に所属している女性、皆美人だもんね。もちろん蓮も」
「ありがとう、でもボクは言うほど美人じゃないぞ」
ヨッシーと二人になった時、真っ先に来られた気もするが気のせいだ、多分。
「そう卑下すんなよ、本当に魔性の女だぜ、お前」
ヨッシーがカバンから顔を出す。「魔性の女って、そこまで魅力的ではないと思うけど」と困ったように笑った。そう言った笑顔が魔性だというのに、自覚がないのだからこちらが困る。
ファートルに戻り、りゅうは藤森と一緒に家に帰る。蓮はカバンの中で寝てしまったヨッシーを抱き上げ、ベッドに寝かせた。そして、外に出てアザーワールドリィに入る。
「さて……」
今回は協力者達の全ての依頼をこなす。それでもまだ体力的には残っていたので、どうせならと水の呪文を使えるエネミーをサポートエネミーにする。そのエネミーはエンリルというようだ。
蓮はサポートエネミーを確認する。雷呪文がオーディン、炎呪文がモト、氷呪文がスノーマン、風呪文がバアル、水呪文がエンリル、物理呪文がエヌルタ、状態異常呪文がリリスになった。変わっていないサポートエネミーもいるが、大体は最初の頃と変わっている。
「……後は、光呪文と万能呪文だけか……」
だが、サポートエネミーになってくれそうなエネミーがいない。体力も尽きてきたので諦めて現実に戻った。
新学期に入り、智樹と取引をした。これで今まで会ってきたアルカナの協力者はほのか以外結んでいることになる。
「……そういえば、月と世界のアルカナの協力者に会ったことないな」
『そういえばそうだったか』
アルカナ順に行くと、愚者は蓮自身とシャーロック、魔術師はヨッシー、女教皇はもみじ、女帝はユリナとマリナ、皇帝は裕斗、教皇は藤森、恋人は風花、戦車は良希、力は母親である成雲 広子、隠者はりゅう、運命の輪は早坂、正義は冬木、吊るされた男は金井、死神は敷井、節制は長谷、悪魔は水谷、塔は島田、星は智樹、月がここに入って、太陽がほのか、審判が秋川、そして最後に世界だ。世界はともかく、月のアルカナの人が見つかっていないのはおかしいのではないだろうか。
「レン、何を言っているんだ?」
どうやら声に出ていたようだ、ヨッシーがカバンから顔を出して聞いてくる。
「あぁ、協力者の話、かな?ボクの考えが正しければ、後二人はいるハズなんだよなぁって思って」
あえてほのかの分まで入れる。ヨッシーは首を傾げた。
「よく分かんねぇが、なんでそう思うんだ?」
「大アルカナの枚数だね。あと太陽と月と世界がないんだ。世界はともかく、後の二つは絶対にいるハズだ。ちなみに、ボクは「愚者」でお前は「魔術師」だな」
「そうなのか?」
ヨッシーに質問攻めにされ、それに答えていった。
りゅうをアザーワールドリィに連れて行き、ナビが現実のものではないことを告げられる。ヨッシーの顔が曇っていることに気付いたのは、蓮以外にいただろうか。
ヨッシーにいくら語りかけても何も相談してくれないまま、修学旅行の日になった。外国でも怪盗団のことが話題になっていた。蓮としては、この怪盗フィーバーはおかしいと思っている。
最終日、自由時間を得られたので何をしようか悩んでいるとチャットが何通も届いた。良希、風花、裕斗、もみじ、島田からだ。さてどうしようと思い、親友だからと良希と過ごすことにする。
水着にパーカーの姿で良希と合流する。
「ごめん、待たせた」
「大丈夫だぜ、俺も今来たばっかだ」
良希は蓮の水着を見て、「やっぱ美人だな……その上着、着てるのがもったいないぜ」と呟いた。
「ボクの容姿はともかく、どこに行くんだ?」
「あぁ、最後の自由時間だろ?だからどうしてもお前と過ごしたくてよ。お前は?」
「皆からチャットが届いてた。でも、親友だからって良希のところに来たんだ」
正直に話すと、彼は顔を真っ赤にする。
「おま、それ卑怯だぞ……」
「ボク、何かおかしいことでも言ったか?」
「……この天然タラシめ」
何か言われた気がするが、聞いていないふりをする。
砂浜を歩いていると、男の人が二人に話しかけてきた。
「オニーサン達、ニホンジン?」
「え、はい。そうですが……」
「カイトウ、スゴイヨネ!ドンナ悪人モ改心サセルンデショ?」
「怪盗を知っているんすか?」
「コッチデモ有名ネ!カイトウニアッタラツタエテネ!オウエンシテルヨーッテ!」
怪盗は正体不明だし、そもそも目の前の二人がその「怪盗」なのだが、それを言うわけにもいかず「分かりました、伝えておきますね」と営業スマイルを浮かべながら了承した。
男の人が立ち去ると、良希が嬉しそうにガッツポーズした。
「俺達のやってること、認められてきているってことだよな!?」
「そうだな。だが油断するな、浮かれていると足元すくわれるぞ」
蓮の冷静な言葉に「大丈夫!やり方も分かっているんだし、怖いものなしだぜ!」と笑みを浮かべていた。これぐらい無邪気でいられたら、どれだけよかっただろうか。
その時、正面から風花と裕斗ともみじと島田が来た。
「蓮!良希といたんだ」
「良希、蓮を独り占めとは卑怯ではないか」
「私だって蓮と遊びたいのよ」
「もしかして、二人は付き合ってる?」
「安心しろ、付き合っていない」
「蓮さん、それ、結構傷つくんですけど……」
結局、こうなってしまうのかと蓮は嬉しいような、呆れたような、そんな気分になる。まるで保護者になったみたいだ。皆で過ごし、気が付けば夕方になっていた。
お土産を買い、日本に戻ると真っ先にファートルに帰った。
「はい、りゅう、お土産だよ」
りゅうと藤森にお土産を渡し、ヨッシーを見るとやはり何か悩んでいるようだった。
「……ヨッシー、大丈夫か?」
しゃがみ、抱き上げようとするが逃げてしまう。藤森とりゅうが帰った後、話を聞こうとするが、やはり話してはくれなかった。
日曜日、良希と喧嘩してしまい、ヨッシーは出て行ってしまう。蓮は何も言えず、呆然としていた。五十何回と繰り返しているが、やはり慣れない。心の支えとなっている今は特に。
この日は解散しようと皆帰っていく。蓮は一人、ヨッシーをくまなく探すが見つからない。やはり、咲中のデザイアに行ってしまったのだろうか?
一人での夜は寂しい。まだ残暑が続いているというのに、この部屋だけ寒かった。次の日になっても、ヨッシーは帰ってこない。食事もとる気になれず、渋谷をブラブラしていた。
「……ヨッシー……」
軽くなったカバンに物足りなさを感じる。このままではデザイアが出来そうだ。だが、そこはリーダーの意地で壊れないように耐える。
夜、例のサイトを見ると依頼がこなされているのが分かった。この時にはほのかと出会っていたのだろう。
――あいつにとって、ボクは何だったのだろう?
自分にとっては相棒だ。じゃあ、この頃のヨッシーにとっては?ただの、取引相手だったのだろうか?そう考えると悲しくなってくる。
金曜日、咲中のデザイアに入った。そこでヨッシーとほのかに出会う。ヨッシーは「お前との取引はもう解消だ」と蓮に言って、ほのかと一緒にどこかへ行ってしまった。蓮達も後を追いかけるが、遅かった。
最初の頃のように倒れるということはなかった。ただ、精神的にかなり来ていて、裕斗にファートルまで送ってもらった。
「……悪い、裕斗。帰りの電車代は出す」
「いや、いい。それより君もちゃんと休んでくれ。相談出来るなら、した方がいい」
「大丈夫、心配かけてごめん」
裕斗が帰ったことを確認すると、蓮は二階に上がった。そして、ベッドに転がる。嫌なことばかり考えてしまう。
『蓮、大丈夫か?』
「……今日、会える?」
すがる思いで聞くと、彼は『もちろん』と答えた。
あの牢屋の中で、『ジョーカー』と会う。
「やはり、ヨッシーがいなくなった後は精神が荒れるな」
「……うん」
ここも蓮の心の状態が今現在進行形で悪いからか、広場が荒れていた。
「おいで」
『ジョーカー』が腕を広げ、蓮は逆らわずに彼の背中に腕を回す。
「大丈夫、オレも守ってやる」
「……うん。ありがとう」
くい、と顔をあげられると『ジョーカー』は当然のようにキスをしてきた。その温もりに、一人ではないと実感させられた。
月曜日、ヨッシーを仲直りした。やっと戻ってきてくれた相棒を抱き上げる。決して、泣いたりはしないが。
デザイア攻略は水曜日からにしようとその日は解散した。
「……ごめんね、話、聞いてあげられなくて」
二人になったところを見計らって蓮は謝る。困っている時にどうしても強引に聞き出せない。ヨッシーも「ワガハイの方が悪いだろ……本当にすまねぇ」と謝った。
「取引、もう一回しようぜ」
「当たり前だよ。それに、取引なんてなくてもお前は相棒なんだから」
蓮の言葉にヨッシーは目を丸くし、そして嬉しそうに「ありがとよ、レン」とお礼を言った。
水曜日、デザイア攻略が始まる。ロボット達がエネミーと一緒に妨害しに来るが、ジョーカーが一瞬で蹴散らす。そして、手袋を直しながら悪い笑みを浮かべて「次は誰が相手だ……?」と悪人のように聞く。
「あいつ、めっちゃ強くなってね……?」
「ワガハイも、まさかあそこまでなるとは思ってなかった……」
「なんか、敵に容赦なくなってきてるし」
「あれは、戦闘狂と言われてもおかしくないな」
「しかも、光と万能以外全部持ってるわね」
「調べてみたけど、あのサポートエネミーもかなり強いよ」
「頼りがいのあるリーダーだね」
ひそひそと仲間達の話し声が聞こえてくる。一人だけ見当違いなことを言っているけれど、ジョーカーは気にしなかった。
ジョーカーが一人で無双したおかげで、たった一日でルートを確保する。決行日は十月九日にしようと言って解散する。
ファートルに戻り、ヨッシーを置いた後再び咲中のデザイアに入る。今回こそは、廃人化させずにちゃんと罪を償わせたい。
しかし、いくら探しても咲中のフェイクは見つからなかった。ロボット達が妨害に入るのでこの日は諦める。
しかし、何日も何日も入っているというのに、咲中のフェイクが見当たらない。しびれを切らし、叫びそうになる。その時、声が聞こえてきた。そちらに向かうと、咲中とあの男が話していた。
「あの女、強くないですか?」
「あいつはトリックスターだからな、強いのは当たり前だ」
「そうかもしれませんが……」
「まぁ、せいぜい抗うことだ。もしかしたら、慈悲を与えてくれるかもな?」
「どういうことですか?」
「あいつはお前を殺すことはすまい。どんなに悪人でも、救いたいと思う奴だからな」
性格を見透かされている。まるで今まで繰り返してきているのも知っているようだ。
「ただ、あいつの片割れ……そいつはお前を殺しに来るぞ。この世界を恨んでいるからな」
自分の、片割れ?一体何のことだろう?この男の言葉はいつも意味不明だ。
デザイアから出て、公園に向かう。
「『ジョーカー』」
『なんだ?』
「ボクの片割れって、なんだ?」
何となくだが、『ジョーカー』は知っている気がする。彼は悩んだ後、
『……少なくとも、オレのことではないということは分かるな?』
と聞いてきた。
「うん。何となくは。そもそも、一緒にいるのにそんなこと出来ないだろ」
『今のところ、それだけ分かっていればいいと思うぞ』
「……分かった」
納得出来なかったが、思い出していない今、知らない方がいいことなのだろう。蓮は周囲に気をつけながらファートルに戻った。
ほのかに異世界を慣れさせるためにアザーワールドリィに入ったり、智樹の依頼をこなしたり、ヨッシーと共にあのよく分からないデザイアに入ったりして決行日が来た。あれから何度も入っているが、一度も白い男を見なかった。もう期限切れだと予告状を出し、デザイアに入る。
今回も蓮の方が表に出ている。『ジョーカー』に責任を負わせたくないと思ったがゆえだ。
「ジョーカー、私……」
「ディアナ、大丈夫か?」
安全地帯でジョーカーはディアナに聞く。少し緊張している彼女はそれでも「大丈夫、自分で決めたことだもの」と笑った。
咲中のフェイクがいる場所まで向かい、対峙する。咲中を守るために社員であるロボット達が立ちふさがった。
「ジョーカー――」
ディアナが焦りの表情を見せる、がジョーカーはニヤリと笑った。
「ショーの始まり、だな」
手袋をはめなおし、仮面に触れる。そして、最初の陣営を一瞬で倒した。
「次」
咲中は次の社員を呼ぶ。しかし、それもすぐに消し炭にした。
「次」
「くそ!」
さらに社員を呼ぶ。だが、それも一蹴してしまう。
「次!」
叫ぶと、咲中は顔を青くしながら次を呼ぶ。ジョーカーはそれもすぐに倒す。
「次!」
これ以上青くなるのか思うほど真っ青になりながら、咲中は次なる社員を出す。しかし、これも難なく倒してしまった。
「くそ!来い!」
ここでようやく、弱点のないロボットが現れる。
「ふん、少しはマシなのが出てきたか」
ジョーカーはここで初めてナイフを持つ。そして、そこから消えたかと思うとロボットの首元にいた。
首を斬り落とすと、とどめとばかりに銃弾を撃ちつける。飛びのき、華麗に着地する。
「……次、は?」
「ひ、ひぃ!」
動かなくなったロボットを蹴り、笑顔で聞いてくるジョーカーは咲中の目には悪魔に見えた。
「これで終わり?」
「ま、負けだ!負けを認める!だから命だけは!」
ジョーカーに命乞いする様は何とも醜かった。
「安心しろ。オレはお前を殺すつもりはない」
「ジョーカー、オタカラは?」
テュケーに聞かれ、ジョーカーは考えた後、
「車を貸してくれないか?お前達は先に戻っていてほしい。オレは、咲中に聞きたいことがある」
オタカラはオレが持っていくから、と先に帰す。皆が帰ると、ジョーカーは銃を突きつける。
「さて……それじゃあ、オレの質問に答えてもらおうか」
ジョーカーが口を開いた。咲中は怯えながら、答えようとする――。
蓮がオタカラを持って現実に戻る。
「蓮、遅かったじゃねぇか」
「悪い、どうしても聞きたかったことがあってな」
まぁ、得られなかったが、と分かりやすく肩を落とす。
「何について聞こうとしたんだ?」
「今は内緒」
怪盗団に関わることではあるが、今話して困惑させるわけにもいかない。
今日は帰ろうとりゅうを連れてファートルに戻る。
「蓮、聞こうとしてたことって?」
りゅうが尋ねてきた。ヨッシーも顔を出している。うーんと悩んで、
「まぁいいや。いずれ話そうと思ってたし。
確か、りゅうには話してなかったよな?白い男のこと。それから、裏で操っているであろう奴のことを聞き出そうと思ったんだ。あいつ、口が堅くて結局聞けなかったけどな」
簡単に話す。一人で入った時に見たあの男のことは話さなかったが。りゅうは「なるほど、さすが蓮だね」と感心したが、ヨッシーは違和感を覚えた。
しかし、それを聞けぬまま時が過ぎていく。
咲中が会見を開く日、皆で集まった。蓮は机に向かって何かを書いていた。
――結果から言うと、咲中は廃人になってしまった。
皆が驚く中、蓮はチラッとテレビの方を見ただけで再び何かを書き始めた。その姿をさすがにおかしいと思った良希が低い声で尋ねる。
「……おい、蓮」
「なんだ?」
どうやら話は聞いているようだ。良希は彼女を睨みつける。
「お前、こうなること、知ってたのか?」
その言葉に蓮はため息をつき、ペンを置いた。そして皆の方を見る。
「そうだとしたら、何?」
その瞳も声も冷たかった。良希はカッとなって蓮の胸倉を掴んだ。
「じゃあ、お前が咲中を殺したのか!?」
「……どうだろうね」
蓮は質問に答えようとせず、ただ怪しく笑うだけだった。頭に血がのぼっている良希が蓮を殴ってしまいそうになるところで裕斗に掴まれる。
「離せ!」
「落ち着け、良希」
「落ち着いていられるか!こいつが、咲中を殺したかもしれないんだぞ!?」
それでいい。このまま、自分を恨んで離れていけば、未練などない。蓮は無意識の内に笑みを浮かべていた。
「それは違うと思うぞ」
しかし、蓮は犯人じゃないとヨッシーは言った。違う、と言われ、良希は少し冷静になったようだ。
「……どういうことだよ?」
「そのままの意味だ。蓮は咲中を殺しちゃいない」
「……なんでそう思うの?」
蓮は最後にデザイアから出た。むしろ、良希のように疑うのが当たり前なのではないか。ヨッシーは「そもそも、咲中を殺してもこいつにメリットがない」と答えた。
「そうだね。確かに咲中を殺してもボクにメリットはない。むしろ、デメリットしかないもんね」
蓮には前歴がある。ただでさえ目をつけられているのに、人殺しをして目立つようなことは出来ないだろう。
「それからもう一つ、ワガハイだからこそ気付いたことではあるが……こいつは咲中を守ろうとしていたハズだ」
その言葉に蓮は初めて動揺を見せた。
「どうして?」
それに気付いていない風花が聞く。ヨッシーは「こいつ、カバンはどっちに持つか覚えているか?」と聞き返した。
「確か、右で持つよね?こう、肩にかけてさ」
風花が蓮の持ち方を真似ながら答えた。それにヨッシーは頷く。
「そうだ。だがこいつ、咲中のオタカラを盗んだ時から左で持つようになったんだ。それはなぜだ?」
「……言いたいことがよく分からないのだけど。ボクだって、左で持つことはあるさ」
「つまり、だ」
ヨッシーが急に蓮の肩に乗ってきた。そして、服の上から腕をなめる。
「――いっ!」
突然のことに蓮は痛みに顔を歪ませた。
「ビンゴ。お前、怪我してるだろ。あっちの世界でついた怪我だからまだ治っていないな」
「……ヨッシー」
お前のせいでさらに痛むんだけど?と黒いオーラを放ちながら笑顔で告げる。しかし、それに怯まずヨッシーは「見せろ」と言った。
「……はぁ?」
「いいから見せろ。ワガハイの予想が正しければ、銃弾で撃たれた傷だぜ?」
まるで見ていたかのようにそこまで言い当てられては逆らうことも出来ない。諦めて蓮は袖を捲りあげる。肩には包帯が巻かれていた。
包帯が解かれるとそこにはヨッシーの言った通り、銃弾の痕があった。
「やっぱりな。……なぁ、レン。教えてくれよ。何があったんだ?」
「……分かったよ」
ここまで見透かされていたのなら、話すほかない。蓮は皆が去っていった後のことを話し出した。
あの後、ジョーカーは咲中に白い男について聞き出そうとした。だが、話し出す前にダァン!と大きな音が聞こえ、咲中の胸が赤く染まった。
ジョーカーが呆然としていると、目の前にフードを被った人が現れた。
「キミだけ、行かなかったんだね?」
その人はジョーカーに銃を向けて、引き金を引いた。間一髪、胸に当たるということはなかったが、右肩が貫かれた。そこから血が流れ落ちる。
「お前……!」
何者だ、と聞く前にデザイアが崩れ始めた。舌打ちをして、ジョーカーはオタカラを持った後、車に乗ってその場から去った。
「じゃあ、あの場に誰かいたってこと……?」
ほのかが震えながら確認した。蓮は頷くが、心の中ではどうせ信じてもらえないと諦めていた。しかし、
「……何、まだ隠してんだよ?」
ヨッシーがじわじわと追い詰めていく。背中に冷や汗が流れた気がした。
――こいつ、どこまで「気付いている」?
「まだも何も、知っていることは「全て」話したつもりだよ?」
焦りを表に見せないように蓮は笑って見せた。ヨッシーは「じゃあ」と彼女の顔を覗き込んだ。
「なんでお前は、一人で幻想世界に行ってたんだ?」
「……は、な、なんで、それを……」
ここで初めて、分かりやすく動揺を見せる彼女にヨッシーはため息をついた。
「毎回夜に出かけるからおかしいと思ってお前の後をつけていたんだよ。脅されて呼び出されているわけでもなく異世界に入っていった時は驚いたぞ。しかも、コマイの時からな。……お前、最初から「白い男」のこと、知ってたんだろ?そうじゃなけりゃ、デザイアに単独で入る理由もねぇよ。お前、本当はそんなに「戦闘狂」じゃねぇんだろ?……いや、多少「戦闘狂」だけど、それも訳ありなんだろ?」
「……はぁ」
なんでそこまで分かるのかな?と蓮は髪をいじりながら呟く。本当に、この周回のヨッシーは頭がまわる。もしくは、自分がどこかで油断してしまったのか。どちらにしても、気付かれてしまったのだから仕方ないと割り切る。
「お前、どこまで知っている?」
事実上の降参発言だと判断したヨッシーはさらに踏み込んだ。
「……全て」
「全て、というのは?」
「前歴事件の前日から次のターゲットまで、知ってる。お前達がどんな性格で、どこで協力者達と出会って、デザイアがどんな形で……とにかく、全て分かってた」
それなら、とヨッシーは質問を重ねる。
「白い男の正体は?それは知ってるのか?」
「……そうだね、知ってるよ。お前達も知っている奴だ」
「誰なんだ?」
「……ヒントを教えてあげるよ。奴はヨッシー……お前の声が聞こえていた。風花と良希は心当たり、あるんじゃないか?」
そう言われても、何も心当たりはないのだが。二人が悩んでいる中、ヨッシーはハッとなった。どうやら思い出したようだ。
「……もしかして、フユキ、か?」
「正解。ちなみに、咲中を殺したのも冬木だ」
「え?冬木君?」
なんで彼が白い男なんだと風花は不思議そうに見てくる。それを見て、蓮は答えた。
「最初の打ち上げの後、冬木に会ったのは覚えているよな?」
「あぁ、いけすかねぇ野郎だと思ったぜ」
「あの時、あいつはビリヤードに行くのかと聞いただろ。……だが、ビリヤードと言ったのは、ヨッシーだけだったんだよ」
その言葉に、二人もようやく思い出す。そうだ、確かにヨッシーしか言っていなかったのに彼は「ビリヤードに行くの?」と聞いてきた。「遊びに行くの?」ではなく、だ。
「あいつは、怪盗団を潰そうとしている。学園祭の時に、取引が持ち出されるんだ」
「なぜそれを知ってる?」
「言っただろ?ボクは次のターゲットのところまで知っているって」
それにヨッシーがふと疑問に思った。
「次のターゲットまでって……どうしてそんな風に言うんだ?」
「死ぬから」
ただ一言、それだけ言った。皆が息を飲むのが分かった。
「……皆を守るためにわざと捕まって、尋問されて、冬木に殺される。今回でもう、五十五回目だ」
「どういう、ことだよ?」
「まだ分からない?同じ時を「繰り返している」って言っているんだよ」
無表情で告げる。そこに感情がなかった。怒りも、嘆きも、何も見せない。
――しかし、ヨッシーは気付いた。その手が僅かに震えていることに。
「レン……」
「もう、いいでしょ?」
恐怖を耐えているのだと気付き、ヨッシーが呼びかけるが蓮は机に向き合い、何かを書き出した。
「さっきから何書いてるんだよ?」
「……言ったら怒ると思う」
「そんな紙切れで怒らねぇよ」
ヨッシーの言葉に蓮は再びため息をつき、「……遺書」と答えた。
「な、に縁起わりぃもん書いてんだ!」
「ほら、怒った。ヨッシーの嘘つき」
「嘘つきとか、そんな問題じゃねぇだろ!?何死ぬ気でいるんだよ!?」
ヨッシーが叫ぶ。蓮は動きを止めて遺書をクシャリと握った後、
「……だって……」
「え?なんて?」
「ボクだって、死にたくないよ!当たり前だろ!?でも、これしか方法がないから仕方ないだろ!?」
それを投げつけて、大声を出した。りゅうが傍に寄ると、頬に何かが落ちた。
「……ごめん。怒鳴ったりして。ちょっと外で、頭冷やしてくる」
下を向いたまま立ち上がり、蓮は下に降りた。ヨッシーの隣を通り過ぎたところで、彼の頭の中に映像が流れた。蓮と入れ替わりで藤森がやってくる。
「おい、どうした?あいつが怒鳴るなんて、お前ら何やったんだよ……ってりゅう!?お前、泣いてるのか!?」
「え……?」
りゅうが頬に触れると、確かに濡れていた。だが、目は濡れていない。
「あいつ、りゅうに何やりやがった!場合によっては……!」
「しょうへい、違う。これ、僕の涙じゃないよ」
りゅうが必死に否定する。藤森は「じゃあ、なんで濡れてんだよ?」と聞いてきた。
「これ、蓮の涙、だと思う……」
「蓮?いつも澄ましているあいつが、何に泣いたってんだよ?」
――ボクだって、死にたくないよ!
先程の言葉を思い出す。そりゃあ、誰だって死にたくない。当たり前のことだ。そのことに、なぜ気付けなかったのだろう。
「喧嘩か?」
「……うん。そんなところ」
「それなら、謝ってこい。そんな遠くには行っていないだろ」
いいな?と藤森はりゅうの頭を撫で、下に降りた。りゅうがヨッシーの方を見ると、震えていることに気付いた。
「どうしたの?ヨッシー」
「……あいつ、なんであんなに冷静なんだよ?」
急にそんなことを言われ、疑問符を浮かべる。
「どういうこと?」
「……頭に流れてきたんだ。恐らく、あいつが尋問を受けている時のこと。いや、あれは尋問じゃねぇ、ただの拷問だ」
「……詳しく教えて」
拷問、と聞いて眉をひそめたが、ここで逃げてはいけないと思った。これを知らないときっと、本当に蓮を理解出来なくなる。
「……あいつ、大人達に暴行を受けていたんだ。痛いところはないだろうってくらい酷くて、顔にあざも出来てた。それに、注射……自白剤も打たれて……意識が朦朧としているんだ。あれで、よくワガハイ達のことを吐かなかったと思うぞ。……でも、もっとすごいのはあいつの心の声だ。「痛い、苦しい、寒い、息が出来ない、助けて……いや、違う。考えるのはそれじゃない。耐えろ、意識を手放すな、怯むな。――ここで負ければ、皆が死ぬ」って。……あいつは最期まで、ワガハイ達を守ろうとしたんだ」
それが紛れもなく、彼女自身の想いだった。己が死ぬと分かっていてなお、他人を優先して心配する、優しい彼女の。
「……正直、これ以上言うのははばかれるぜ。それぐらい酷い」
ヨッシーが顔をこれ以上ない程に歪めた。本当に、酷かったのだろう。
――自分達は、彼女に何をしてあげられる?
役目をかわる、といっても不可能だ。蓮のようにはなれない。逃がす?いや、魔の手はすぐに追ってくるだろう。なら、どうしたら?
今まで蓮はその手で救ってくれた。それなのに、自分達は何も出来ない。そこでふと、もみじが考えついた。
「そういえば、次のターゲットのデザイアまでは覚えているって言っていたわよね?」
「そうだな」
「その人のデザイアにもよるけど……取引を持ち掛けられるってことは、冬木君も知っている人ってことになる。捕まるってことを考えた時、警察関係者の可能性が高いわよね?」
「何が言いたいんだ?」
裕斗が腕を組みながら尋ねた。もみじは意を決して告げた。
「……多分、私のお姉ちゃんが次のターゲットになるのよ」
だからさっき、言うのを控えたのだろうともみじはそう思った。
「それ、飛躍しすぎじゃねぇ?」
良希が言うが、もみじは「お姉ちゃんは怪盗団を追ってるの。怪盗が捕まっているって知ったらすぐに食いつくと思うわ」と答えた。
「……じゃあ、どうするってんだよ?」
「それを逆手に取るのよ。蓮もそれを狙っていると思うわ。あの子が考えなしに何回も捕まるとは思えないもの」
「……もみじのおねえさんも共犯者にするってこと?」
「そういうこと。……でもその前に、蓮のところに行った方がいいわね」
もみじはすぐに作戦を言わず、蓮のところに行こうと告げた。
外は雨が降っていた。しかし、蓮は傘もささず公園のベンチに座っていた。濡れているため分からないが、その目からは涙が流れている。
――皆に知られても、また死ぬだけなのに。
蓮だって、何度も秋川を使って生き残る作戦を考えた。しかし、どうしても失敗してしまうのだ。これ以上、何をしろと言うのだろうか。
「蓮」
名前を呼ばれ、そちらを見る。そこには仲間達がいた。
「濡れるよ、蓮」
「……別に、どうでもいいし」
雨が降っていてよかったと心から思う。泣き顔を見られずにすむから。
しかし、ほのかが傘を蓮の方に傾ける。
「風邪、ひいちゃうよ?」
「……一か月もしたら死ぬ人間に意味ないでしょ」
もう隠さないでいいと思うと幾分か楽にはなった気がするが、その分八つ当たりにも似た言動をとってしまう。
――早く、こんな醜いボクを見捨ててよ。
そうすれば、これ以上皆を傷つけずにすむのだから。しかし、その願いは聞き届けられない。
「蓮、聞きたいことがあるの」
「……何?」
冷めた目でもみじを見る。今までそんな目で見られたことがなかったので驚いたが、それでも勇気を出して尋ねる。
「次のターゲット、私のお姉ちゃんよね?」
「……そうだけど、何?そもそもなんで分かったの?」
ボク、言ってないよねと訝しげに聞き返す。
「ちょっとした推理よ。お姉ちゃんは怪盗団を追っている。お姉ちゃんは冬木君も知っている。デザイアがあるのかは分からないけど、もし取引を持ち掛けるならお姉ちゃんが手頃のハズ。そうじゃない?」
「……さすが、秋川さんの妹だね」
拍手でも送ってやりたいが、あいにくとそんなことをするような空気ではない。そもそも、ふざける気力すらない。
「レン、お前、尋問って言ってたけどよ……あれはどう考えても「拷問」だろ」
「何言ってるんだ?尋問は尋問だ」
ヨッシーが聞いてくるが、蓮は首を振る。だが、彼は確信を持ったように告げた。
「ワガハイには誤魔化しても無駄だぜ。……見えたんだよ、その時の光景」
「……は?」
そんなの、成雲家の人間でもなければありえないハズ……。だが、嘘をついているようにも見えない。
ヨッシーは自分が濡れるのも気にせず蓮の肩に乗り、頬をなめた。
「こことか、手の甲とか……見えていないところにもあざがたくさんあったよな?首や腕には注射痕があったんだろ?」
「よ、ヨッシー……」
「……なぁ、ワガハイ、お前に何が出来る?」
助けてやりたいんだ、理不尽な運命から。
救い出してやりたかった。この少女を、地獄のような運命から。
しかし、本人は首を横に振る。
「……前も言っただろ?傍にいてくれるだけでいいって。それ以上は、望まないから……」
だって、これは自分に与えられた運命なのだから。
だが、ヨッシーは食い下がる。
「なぁ、レン。もみじが作戦を考えてくれたんだ。聞くだけでもいいから……」
「……作戦?」
一体何なのだろう。もみじは蓮の前でしゃがみ込むと、顔を覗き込んだ。
「異世界を利用するの。これならきっとうまくいくハズよ」
「……冬木を欺けると思うか?そもそも、捕まった時にスマホは秋川さんに渡ってる。ロックは複雑なものをかけているから解けないけど」
「なら、なお好都合だわ。いい?よく聞いて」
もみじの考えた作戦はこうだ。
秋川と取引し、蓮のスマホを冬木に見せる。りゅうがゲンソウナビを遠隔からつけて、冬木が幻想世界の蓮を殺すよう仕向ける……というものだ。
「お姉ちゃんのデザイアってどんな感じなの?」
「……裁判所がカジノになっている以外は、特に風景は変わっていなかった」
「なら、使えるわね」
「ちょっと待て。それだと秋川さんはデザイアに入ってしまうことになるだろ?」
秋川を利用することを考えた上で、絶対に選択肢に入れなかった作戦がある。それが異世界を使う方法だった。なぜなら、秋川が入ってしまった後、彼女が現実に戻る方法がなかったからだ。元の場所に戻ればいいだけの話だが、そこに考えが至らない可能性の方が高い。だから、一度は考えたが没にしたのだ。それを、やろうというのか。
「そこはりゅうに何とかしてもらうわ」
出来るわよね?と聞かれ、りゅうは「任せて」と胸を張った。
「……でも」
「蓮は」
なお何か言おうとする蓮を風花は遮った。
「いつもさ、あたし達を助けてくれるじゃん。だから今度はあたし達の番」
「蓮が死んだら、もう怪盗団じゃねぇしな」
「私も、あなたのためなら何でもやるよ。……あなたみたいな他人を考えられる人が、人殺しなんてするわけないもの」
「僕も、蓮に死んでほしくないから、緊張するけど頑張るよ」
風花、良希、ほのか、りゅうがそう言ってくる。ヨッシーは肩から降り、蓮の膝に陣とった。
「分かるだろ?皆、お前が大好きなんだ。大好きだし、大切だから生きていてほしいって願ってる。だから、もう一人で抱え込まなくていいんだ」
蓮は下を向く。しかし、ヨッシーには見えてしまっているだろう。今、相当酷い顔をしているハズだ。
「それより、いいか?」
その時、裕斗がお決まりのポーズをしだした。
「水も滴るいい男……まさにこのことだな!ぜひ描かせてくれ!」
「おい!裕斗、空気読め!あとそれを言うなら「水も滴るいい女」だろ!」
良希がツッコミを入れる。それを見て、蓮は初めて吹き出す。
「あはは!ほんっとうに、お前らは「昔」から変わらないな」
昔、という言葉の重さにようやく気付く。彼女はたった一人で、誰一人覚えていない記憶を抱え続けたのだ。過去に想いを馳せて、皆を守るために一人で頑張って。
蓮は膝に乗っているヨッシーを抱き上げた。
「……大好きだよ。ボクだって、許されるなら、皆と一緒に生きたい」
ずっと抱えてきた願いをこぼす。
――築き上げてきた絆は、無駄じゃなかった。
まだ始まったばかりだと言っても他言ではないが、それでも仲間に恵まれた。こうして、生きることを望んでくれている。それが嬉しかった。
「ワガハイ、お前とずっと一緒にいるぜ」
「……そうだね。お前はずっと一緒にいてくれた」
皆が仲間にならなかった時も、彼だけが傍にいてくれた。そのことを思い出す。
「ありがとう、ヨッシー。ずっと傍にいてくれて」
文字通り、ずっと一緒だったのだ。たとえ出て行っても、最後には戻ってきてくれる。
ヨッシーは蓮のその言葉の意味をようやく知った。
「……ワガハイ、覚えてねぇけどよ……お前が傍にいて本当によかったって思うぜ」
そう言って、彼女の頬をなめた。ようやく、蓮と平等に立てた気がした。
「それにしても、水臭いぜ。言ってくれたらよかっただろ?まぁ、俺が理解出来たか分かんねぇけどよ……」
「それは無理でしょ。「繰り返してます」なんて、他人に言っても信じてもらえないよ」
「いや、ワガハイは信じたかもしれないぞ。こいつ、全てのことについて「知りすぎていた」からな。だから、繰り返してますって言われてむしろ納得いったな」
古参組がそんな会話をしている。ヨッシーなんて、腕の中から話していた。
「蓮、早く帰りましょう……って、その状態じゃマスターに迷惑よね……。着替え、持ってくるから温泉に行きましょうか」
服はどこにあるの?と聞かれ、服を置いてある場所を伝える。いつの間にか、雨はやんでいた。
温泉に入り、コインランドリーで洗濯物を洗っている間会話がなかった。しかし、雰囲気も沈黙も暗いものではなかった。
洗濯機から取り出し、そのまま持って帰ろうとする蓮をもみじが止める。
「あなた、乾燥機使わないの?」
「だって、もったいないし……怪盗団の資金が」
「それは考えない。それくらい必要経費でしょ」
「でも、節約出来るならした方がいいし……」
「あのね……あなた、バイトとかしているんだし、怪盗団のリーダーもしているのよ?ただでさえ忙しいんだから、楽出来るところは楽しなさい」
なんだかんだ言い合いをして、結局乾燥機を使うことになった。
「蓮、いつもどうしてたの?」
待っている間、もみじが聞いてくる。どうしているも何も、
「部屋に干してる。皆が来る時までにはちゃんと取り込んでいるよ。さすがに下着を見られる趣味はないからな」
「ワガハイは何度も言ったんだぞ。乾燥機使えって。でも、聞かなくてよ……」
「……怪盗団に関すること、ほとんどリーダーに任せきりだもんね」
思えば資金だけでなく、武器や回復薬、怪盗稼業に必要な道具まで全部そろえてもらっている。何もかもが彼女任せだったことに今更ながら後悔する。
「……バイト、やろうかしら」
「急にどうした?」
「何もかもあなたに任せきりだったって思って」
「一応、ボクがいなくても続けられるようにそれなりの蓄えはあるぞ」
何度も皆に内緒でアザーワールドリィにも行ったのだ、数えたことがないが、恐らく千万程は貯まっているだろう。余程変な使い方をしない限りすぐになくなるということはない。
「そういや、それで思い出したけどよ。お前なんで、一人でアザーワールドリィやデザイアに行ってたんだ?」
「一つは、まぁ、鍛えるためだな。他には情報収集とか……後は皆に知らせていない依頼とか……」
「待て、鍛えるためと情報収集はまだ分かるが、依頼は全会一致だろ?リーダーが破ってどうするんだよ」
「……いろいろと、皆にも言えない依頼だったんだよ。強姦魔だったり、殺人犯だったり、極道だったり……強姦魔がエネミーに変わった姿、見たくないものだったな……少なくとも、女性には見てほしくないものだ」
珍しく遠い目をしている。
「どんなんだったんだよ?」
「最初にマがつくご立派様」
「ヨッシー、これ以上聞くな。これは女に言わせちゃいけない奴だ」
珍しく真っ先に悟った良希が顔を真っ赤にしながら止めた。りゅうも分かったらしく、「そ、そうだね……」と良希と同じように顔を赤くしていた。しかし、他の人達はよく分かっていないようだった。なんでこの少女はこんな真顔で言えるのだろうか?
「逆に気になるんだけど、それ」
「あぁ、えっと、いわばだ「蓮、言うな!お前真顔でそれを答えるな!せめてもう少し恥ずかしがってくれ!」
蓮が馬鹿真面目に答えようとすると良希が彼女の口を塞ぐ。もごもごと何か文句を言っているが、他人のためにも話さないでほしい。
「蓮、出来たら言ってほしくないな……?」
りゅうが必殺、弟のお願いをすると蓮は頷いた。いつになってもヨッシーとりゅうには弱いのだ。
解放されると、丁度乾燥機が止まった。かごに入れて、ファートルに戻る。
「帰ってきたか。仲直りはしたのか?」
「うん。もう大丈夫」
藤森とりゅうの言葉に蓮は疑問符を浮かべる。仲直り……?そしてすぐに自分が怒鳴ってファートルから出たことを思い出した。
「あ、その……いきなり大声出してすみませんでした……」
蓮が藤森に謝ると彼は「別に、仲が良くても喧嘩する時ぐらいあるだろ。急に怒鳴り声が聞こえてきた時は驚いたけどよ」と言ってくれた。そんな彼を裏切ってしまうと考えると少し心苦しい。
二階に上がると、作戦をもっと具体的にするために話し合った。
「蓮、スマホ貸してくれる?」
「いいけど、ロックかけてるよ?どうしたらいい?」
この時期から、誰にも解けないような(りゅうは分からないが)ロックをかけるようにしているのだ。
「ロック解除して。アプリ入れるから」
アプリ……?と思いながら蓮はロックを解除する。それをりゅうに渡すと、彼はいじりだす。そして、蓮にスマホを返した。見るが、アプリが増えた形跡がない。
「今入れたのは録音するやつだよ。見えないようにちょっといじったんだ」
「なるほど。つまり、それを使って秋川さんを現実に戻すってわけか」
「そういうこと。だけどその前に確かめないといけないんだよね」
りゅうが自分のスマホで「僕は元祖アヌビスだ。君にしか怪盗団のリーダー……成雲 蓮を救うことが出来ない」と言って、蓮の録音アプリに送った。そして、「蓮、異世界に行ってくれる?」と言われたので蓮は言われた通りナビを開く。すると、先程録音した音声が流れた。りゅうが操作したのだろう。
『すごいな』
「異世界でも使えるアプリがあるんだね……」
蓮と『ジョーカー』が感心したように呟く。現実に戻り、「どうだった?」と聞かれたので「ちゃんと聞こえたよ」と答えた。
「これで問題なく作戦を実行できるんじゃない?」
「……まぁ、そうかも」
まだ不安が残るが、これなら異世界を使う方法も考えられるだろう。りゅうに感謝する。
「ごめんなさい、あなたのかわりを務められなくて」
突然もみじが謝ってきたので「なんで謝るの?」と聞いた。
「だって、あなたにばかり負担をかけてしまうもの。私なんて、あなたより年上なのに」
「ボクがリーダーなんだから仕方がない。それに、これはなるべくしてなった役目なんだ。もみじが気に病む必要はない」
相手はリーダー……いや、特別な力を持つ蓮を狙っているのだ。たとえ怪盗団のリーダーでなくとも、蓮が最初に狙われただろう。だから、蓮がこの役目を背負うのは当然のことなのだ。
「でも……」
「じゃあさ、お願いがあるんだけど」
それでもなお複雑そうな表情を浮かべる彼女に、蓮はそう言った。
「お願い?」
「この作戦が上手くいったら、ご褒美が欲しい」
「……!えぇ、もちろんよ!何がいいの?」
彼女が自ら甘えることは滅多にしない。珍しさのあまり、思わず詰め寄ってしまった。しかし、蓮は気にしない。
「今決めるの?そうだね……クレープ食べたい」
困ったような笑みを浮かべた後、少し考えてそう言った。
「クレープ?そんなものでいいの?」
「昔……皆が覚えていない周回の時、風花と食べたのおいしかったから。だから、それがいい」
別に甘いものを禁止にしているわけではないが、一人で食べるのははばかれていた。だから、丁度いい機会だと思ったのだ。
「もちろん、皆でだよ?」
「あったりまえよ!お前の望み、叶えてぇしな!」
「俺も、腹が減ってるだろうからな」
「お前のご褒美じゃねぇんだぞ?」
ヨッシーが裕斗にツッコミを入れる。いつも通りだなぁと思うと同時にこの日々が続けばいいと願った。
夜、蓮は夢の中で『ジョーカー』と向き合っていた。
「いつか言った通りだっただろ?仲間達に協力してもらう方が近道かもしれないと」
「……うん、そうだね」
『ジョーカー』に身を預けて、蓮は頷く。その時、目の前に青い炎が現れたかと思うとそこにリベリオンの姿が現れた。
「あぁ、リベリオンか」
「我が主に心の住人よ、ようやく運命が動き出しそうだな」
リベリオンがここに現れたのに驚かないのは、何度か似たようなことがあったからだ。ここは蓮の心の中、リベリオンが現れてもおかしくはないだろう。
そして、リベリオンがいるのなら他のサポートエネミーもいるわけで。
「私もご主人様と遊びたい!」
「僕だって、構ってほしいもん!」
「我も同じだ」
ワイワイと様々な声が聞こえてくる。自分の心の中はにぎわっているな……と思う。
「それにしても……『ジョーカー』ってリベリオンじゃないんだね」
リベリオンも『ジョーカー』も男性だ。もしかしたら、と思っていたのだが違うようだ。
「我はそやつとは違う。なぜならそやつは「お前」であり「お前ではない」からな」
我は汝、汝は我。お前の反逆の意志が我を生んだわけで、そやつは我より昔からいた。
リベリオンのその言葉に蓮は疑問符を浮かべた。
『ジョーカー』は、昔からいた?
そのままの意味で理解するなら、蓮が生まれた時から、ということになるだろう。だが、どうしても含みがある気がする。そもそも、リベリオンが蓮の生まれた時から一緒にいるわけだから、それより前ということになるのではないか。
「……リベリオン、余計なことは言うな」
『ジョーカー』は低い声でリベリオンに告げる。しかし、リベリオンは臆することもなく、むしろ笑って「事実だろう?」と言った。
「主が真実に気付くことを祈るぞ」
それだけ言ってリベリオンは姿を消した。
「悪かったな、あいつが変なことを言って」
「ううん……でも、リベリオンってボク自身だよね?」
何か知っているような口調だった。やはり、蓮は何かを忘れているのだろう。
「時が来たら、きっと思い出せるさ」
『ジョーカー』はそう言って、寝るように促した。
「おやすみ、蓮。愛してるよ――」
その言葉と共に現実に引き上げられた。
学園祭の前の日、皆でアザーワールドリィに入った。資金集めをするためだ。これ以上集めて何をする気だと言いたいところではあるが、貯めていて損はない。
「あ、宝箱じゃん」
ジョーカーが運転する中、ウェヌスが助手席に身を乗り出して指差した。確かに、宝箱がある。エネミーをひきながら向かい、宝箱を開ける。実はこれが少し楽しみでもあるのだ。なぜなら売ればお金になるものもたくさん入っているから。
ジョーカーが運転席から降りて、宝箱を開ける。テュケーも助手席から降りてジョーカーの肩に乗った。
「何が入ってた?」
「……武器だな。感電力をあげる鞭だ」
これはウェヌスの武器だが、あいにくこれは既に持っているし、そもそもこれより強い武器を持たせているので必要ない。
「仕方ないな、これは後で売るか」
「そうだな、複数あっても意味ないし」
荷台にそれを置いて再び運転する。
また宝箱があったのでそれも開ける、がそれも同じものだった。
「まぁ、こんな偶然もあるよな」
「そうだな、そうだよね」
そう言って同じように荷台に積む。
しかし、その後何度も宝箱を開けるが、同じものばかりが出てきた。十あたりでジョーカーが少し怒っているのに気付き、十五を超えたあたりから数えていない。
「……どんだけ……」
「じょ、ジョーカー?」
「どんだけ同じものが出てくんだよ!」
恐らく百ぐらい出てきた時、とうとうジョーカーがキレた。宝箱をドン!と強く蹴る。
「あれか!?女警官の服着て鞭でも振り回しとけってか!?ふざけんなよ!」
「ジョーカーがご乱心だぞ!というよりやけに具体的だなおい!」
テュケーがジョーカーを止めようと蹴っていない足に引っ付きながら仲間達を呼ぶ。ただ事ではない空気に皆が降りてきた。そして、宝箱の中身を見て事情を察知した。
「あー、その……た、多分大衆の望みなんじゃないかな!?」
「それフォローになってないから!ヘルメス!」
「嫌な欲望だな」
ヘルメスが必死にフォローしようとするがウェヌスがそれじゃ逆効果だと言い、アポロが正直な感想を告げる。しかし聞こえていないのか、ジョーカーはテュケーを離し、荷台から手に入れた鞭を全て取り出し、それを少し遠くに置いて……、
「リベリオン!」
全て燃やしつくそうとアルターを召喚する。
「待て待て!落ち着け!」
マルスがジョーカーを押さえつけるが、彼女はジタバタと暴れる。
「止めるなマルス!この歪んだ大人共の欲望を燃やさないと気が済まない!」
「お前の気持ちも分かるけどよ!一旦冷静になれ!」
「そうよ!これは売りましょう!今回はあなたの好きに使っていいわ!」
ねっ?と子供をあやすような声でアテナに言われ、少しずつジョーカーは落ち着く。
「す、すまない、取り乱したりして……」
「いえ、今回のは仕方ないと思うよ……」
ディアナが改めて鞭の山を見て、そう言った。よくこんなになるまでジョーカーも耐えたものだと思う。
今日はもう帰ろうという話になり、現実に戻った。
「それにしても、怖かったな、レン……」
「悪い……さすがにムカついてしまってな……」
先程の怒りを払うように頭を振ると、裕斗がスケッチブックに何かを描いていることに気付く。
「……何描いてるんだ?裕斗」
「あぁ、先程の鬼神の如き表情の蓮を……」
ドスッ!と蓮は裕斗のみぞうちを蹴った。
「くはっ!なんて、威力だ……!」
裕斗があまりの痛みにしゃがみ込んだ。それを見て、蓮はハッとなる。
「あ、ごめん。さっきの怒りがぶり返してきたから、つい」
「……蓮って、現実でも足癖悪いんだね……」
リーダーをあまり怒らせないようにしよう……と心の中で皆が呟いたのを蓮は知らない。
夜、ミリタリーショップに行って金井に鞭を売りに行った。
「……ちょっと待て」
「え?何ですか?」
「いや、なんだ?この鞭の量は」
「……怪盗業で、いろいろあったんです」
あんまり深く掘り下げないでください、と蓮は目を逸らす。金井は何かあったんだなと思い、黙って換金してくれた。
「すみません、いつも」
「いや、構わねぇぜ。……だが、この量、どうしろってんだよ」
金井が頭を抱えたその時、扉が開いた。そちらを見ると、そこに立っていたのは金井の息子の晃。
全員が無言になる。当たり前だ、彼にとっては父親の目の前に同じ鞭がそれはもうたくさんあるのだから。
「……えっと、晃君。誤解しないで、金井さんに変な趣味はないから」
蓮が精一杯の言葉を吐く。
「そ、そうだよね!うん……」
あ、これ、まだ疑っているな。
なんて言うか悩み、仕方ないと腹をくくる。
「晃君、よく聞いて」
「え、うん」
「ボク、実は怪盗なんだ」
「えっ!?蓮さんが、怪盗!?」
「そうなんだ。その仕事の時に、あれがたくさん宝箱から出て来てね……いつも不要なものはここに売りに来るんだ。だから本当に、君のお父さんの趣味じゃないんだよ」
これは金井の父親としての威厳を保つためなのだ、だから仕方ない……。
晃は「すごい!蓮さんって、怪盗だったんだ!」と感動したように手を握った。
「晃、このことは絶対に言うなよ」
金井がため息をつきながら告げると、彼は頷いた。
「分かってるよ。今、怪盗はピンチだもんね」
智樹といい、彼といい、子供は本当に純粋だなと思った。
晃に怪盗の話をせがまれ、支障がない程度に話した後ファートルに帰った。
学園祭当日、この日は皆で楽しもうと言うが、例の事件が起こる。
――はぁ、今回はそんな周か……。
面倒だな、と思いながら現場に向かい、男達の前に立つ。スマホは左手に持って、いつでも警察に連絡出来るようにしている。
「迷惑なんです。早く出て行ってください」
「あぁ?お前みたいな男に用はねぇんだよ」
「彼女、怖がっているでしょう。お酒なら外で飲んでください」
女子生徒を庇いながら詰め寄ってくる男を睨む。
――最悪、彼女に怪我させなければいい。
何度か同じことになっているので、男の手首を掴める自信はあるが、もしもの時のために周囲を見渡す。すると、扉のところに仲間がいることに気付いた。
――よし。
「いいですか、合図したら、風谷のところに行ってください」
女子生徒にそう指示を出す。女子生徒も扉を見て、良希がいることに気付いたようだ。
その時、男が蓮に殴りかかってきた。しかし、蓮は男の手首を掴む。
「今です!」
その言葉と共に、女子生徒が扉の方に向かった。蓮はギリギリと男の手首をひねる。
「いっ……!」
「悪いですが、これ以上迷惑行為をすると警察に突き出します。それが嫌なら、早く立ち去りなさい」
そう言って、離す。この男は顔を青くしたが、他の仲間達は「この……!」と殴りかかってきた。蓮は気付いたが、避けきれず当たってしまい、メガネとウィッグが飛んだ。
「おい!てめぇ!」
すると、良希が乱入してきた。続けて裕斗も入ってくる。二人は蓮を庇うように前に出た。
「ちょっと、二人共……!」
落ち着け、と言うリーダーに構わず、良希は怒りをあらわにする。
「よくも俺らのリーダーを殴ってくれたな!」
「だから、落ち着け!そこまで酷い怪我じゃない!」
迷惑な客を相手にしていたハズなのに、なぜ仲間を止める羽目になっているのだろうか。
本人の言う通り、確かに殴られたが言うほどの怪我ではない。だが、良希はそんなこと関係ないらしい。
「女の顔を殴ったんだぞ!お前が許しても、俺が許さねぇ!」
「それは俺も同意見だな。君は優しすぎる」
「だからって、暴力沙汰になるのはやばいだろ!」
ここでこちらも殴ってしまえば意味がない。下手をすれば退学だ。
丁度その時、先生達が来た。良希が殴る前に来てくれてよかったと心の底から思う。
帰り道、りゅうに「あれ、毎回あるの?」と聞かれた。
「あぁ、ある時とない時がある。確か、前の周ではなかったな」
思い出しながら、そう答える。あれがない時は平和に過ごせるのだが。
「そうなんだ。今回は運がなかったってこと?」
「まぁ、ある意味ではそうだな。だけど、半身であるリベリオンが運のステータス低いからな……むしろ運がいい方が珍しい」
「……現実と異世界は繋がってるんだね……」
蓮の場合、サポートエネミーをつけていればステータスがあがるが、それでも低いものは低い。だからどうしようもない。
「というより、リベリオンって運が悪いんだね」
「あぁ……。ボクを体現しているみたいだよ」
女性を助けたら前歴がつくし狛井のせいで学校でも孤立するし実家の環境も良くないし、蓮は本当に運が悪い。そのかわり他のステータス(力、魔力、耐久、速さ)が高いのでいいのだが。
「ちなみに、他の人達はどうなんだ?」
ヨッシーが尋ねると、蓮は少し考えた後、
「ヨッシーは分かる通り魔力が高いな。そのかわり耐久力が低い。風花も似たような感じだな。良希は力が強いが、魔力が低い。裕斗は少しだけ魔力が低い程度でバランスとしてはいい。もみじも耐久力が少し低いぐらいだな。ほのかは運がいいが、速さが低い」
「僕は?」
「りゅうは魔力と耐久力が意外とある。ただ、戦闘向きじゃないからもちろん力が低いな」
「え?オーバーカムにあるの?力なんて」
「あるよ。今度自分で調べてみるといい」
そんな話をしていると、ファートルに着いた。藤森が「おかえり」と出迎えてくれた。
「悪いな、りゅうを任せて」
「いえ、別に大丈夫ですよ。ボクもりゅうと過ごすのは楽しいですし」
「それならいいが」
それじゃあ、閉めてくれと言って藤森とりゅうは帰った。
「……それで?今日はアザーワールドリィに行くのか?」
ヨッシーが聞いてくる。蓮は「そうしようかな」と言ってヨッシーと共に外に出た。
アザーワールドリィでエネミーと戦っていると、あの男がいた。蓮とヨッシーはとっさに隠れる。
「……あの男は?」
「冬木じゃないぞ。あいつ、りゅう以外のデザイアにも来ていたんだ」
「なぜ言い切れる?」
「冬木はここのことを知らないんだ。それに、あんな服装じゃない」
咲中を殺した時の冬木もフードを被っていたが、あの服装ではなかった。
「じゃあ、ワガハイ達も知らない侵入者ということか?」
「オレ達はな。狛井も白野も城幹も咲中も、皆知っていたみたいだが」
「謎だな……」
ヨッシーがあの男をじっと見て、「……でも」と呟いた。
「ワガハイ、あの男知っている気がする」
「……お前も?」
蓮が眉をひそめて尋ねた。ヨッシーも知っているというのはどういうことだろうか。
「もちろん、正体とかは分かんねぇよ。でも、あの姿……どこかで見たことがある気がする」
蓮も、あの男をどこかで見たことがあるのか?と聞かれたので頷いた。
「ただ、オレの場合、あいつの正体を霧がかかっているみたいに思い出せないんだ。絶対に知っているハズなのに」
「……そうか」
「それに……あいつとは何か因縁がある気がするんだ」
あの男のことは誰にも言わないでくれ、と言って二人は現実に戻った。
「お前、あの男のことも知っていたのか?」
帰り道、ヨッシーがカバンから顔を出して聞いてきた。恐らく、繰り返している内に分かったのかという意味だろう。
「いや、あの男のことに関してはこの周回で知った」
「そうなのか?」
「あぁ。不自然だよな。繰り返してきた中で何度も一人で異世界に入っていたのに、今まで見たことがなかったんだ」
嘘を言っているようには見えなかったのだろう、「それは確かに不自然だよな……」とヨッシーも呟いた。
ファートルに着き、シャワーを浴びた後二階に上がるとヨッシーが「そういや、フユキが取引を持ち掛けてくるのは明日なんだよな?」と聞いてきた。
「そうだ。……だが、気付いていないフリしろよ?あいつはお前の声が今まで聞こえてこなかったというような反応するからな」
特に良希には口酸っぱく言わないとな……と思い出し、すぐ皆にチャットを送る。良希から「気を付ける」と返ってきたが、正直心配である。
しかし、なるようにしかならないと開き直り、ベッドに転がった。
次の日、冬木に取引を持ち掛けられる。良希と風花はボロが出ないようにと黙ったままだった。
そして月曜日、秋川を改心したいと言ってくる。もみじも頷いたので、彼女の姉をターゲットにする。
次の日、キーワードを探すために裁判所に向かう。そして、もみじが「カジノ」と言うとヒットしたのでデザイアに入る。
――ここからが正念場が。
冬木に気付かれず、どう進むか。今回は皆も巻き込んだのだ、負けるわけにはいかない。
デザイア攻略は三日で終わらせた。途中、冬木に「戦闘狂」と呼ばれたが気にしないことにした。
そして十一月二十五日まで作戦を何度も練ったり冬木には内緒でアザーワールドリィに行ったり、協力者達にもしものことがあった時の保険をかけたりして、実行の日が訪れた。
――大丈夫、絶対に成功させる。
その決意のもと、ジョーカーは行動する。
秋川のフェイクを倒し、オタカラを盗む。すると、冬木が仕向けた警官達が入ってきた。ジョーカーは「自分が囮になる」と言って、皆を先に行かせた。
警官達の目を引いて、ステンドグラスを割り、外に出る。いつものようにそこで捕まった。
そこから、非人道的な尋問が始まる。しかし、意識を飛ばさないように耐える。記憶が飛んだところもあるが、ある程度は覚えていた。
秋川が入り、取り調べが始まる。それが終わり、秋川が出ようとするところを蓮が引き留めた。
「秋川さん」
「どうしたの?」
「取引、しませんか?」
その言葉に彼女は目を見開き、「えぇ、いいわよ」と身を乗り出してくる。
「ボクが指示を出した通りにしてください。その代わり、他に語らなかった真実を教えます」
「……分かったわ。何をすればいいの?」
「……押収品、あるでしょう?それをある人物に見せてください。ただ、見せるだけでいい」
「ある人物って?」
「……彼は仲間じゃない」
秋川は首を傾げたが、すぐに思い至ったのか「まさか」と声をこぼした。
――冬木君は、あなた達の味方だったの?
――いえ、違います。彼は仲間じゃない。
その会話を思い出したのだ。つまり、精神崩壊事件を起こしているのは……。
そんなわけない、と思いながら蓮のスマホを持ち、外に出た。すると前から歩いてくる人物がいた。
――そう、冬木だった。彼はいつもの優しい笑みで「ちょっと彼女に用があって」と告げた。秋川は蓮の言葉を思い出し、どうするか迷った後、
「……冬木君、これ、見覚えがある?」
そう言って蓮のスマホを見せた。その途端、世界が歪んだ気がしたが気のせいだと思うことにした。
「……さぁ、どこかで見たような気がしないでもありませんけど」
「……そう。それならいいわ」
そう言って、秋川はその場を去った。
冬木が蓮のいる尋問室に入る。そこには拳銃を持った警官と怪盗団のリーダーであり容疑者である蓮がいた。
「すみません、殺人犯が一緒なのでちょっと傍にいてくれませんか?」
冬木が笑顔で警官に言う。彼は頷き、冬木の傍に来た。すると冬木が警官の持っている拳銃を奪い取り、その警官を撃ち殺した。そしてそのまま、蓮の額に銃口を向ける。目の前の「ジョーカー」と仲間達に呼ばれた少女は驚いたように見ていた。
「キミ達のしてきたことは何ともくだらない。これがくだらない、正義の成れの果てだ」
歪んだ笑みでそう言って、頭を撃ち抜いた。そして、自殺したように見せるため拳銃を蓮の手に握らせた。そしてそのまま部屋から出ていった。
秋川が曲がり角で考え込んでいると、蓮のスマホから音声が流れてきた。
『僕は元祖アヌビスだ。君にしか怪盗団のリーダー……成雲 蓮を救うことが出来ない。すぐに戻ってくれ』
アヌビスは確か、世界的ハッカーの名前だったハズだ。取り調べの時、このことを聞いたら別の人を改心させていたから驚いたのだ。
すぐに尋問室に戻ると、扉の前に撃ち殺されたはずの警官が立っていた。
「ここに誰か来ていないかしら?」
秋川が尋ねると、彼は「いえ、来ていませんが……」と答えた。それに疑問符を浮かべながら「あなた、殺されるかもしれないわ。早く逃げなさい」と言って警官を立ち去らせた。そして、中に入ると蓮がいた。
「成雲さん、どういうこと?」
秋川が尋ねるが、彼女を見て蓮は安心したように倒れた。自白剤と疲れと安心が一気に襲ってきたのだ。秋川は彼女をこっそり連れて、彼女の居候先であるファートルに向かった。
車の中で蓮は意識を取り戻す。全身が痛い。
「起きた?今、あなたの居候先に向かっているわ」
「……ここは」
「私の車よ。まだ時間かかるだろうし、もう少し眠っていてもいいわよ」
そう言われても、痛みで眠れない。気だるい身体を無理やり起こし、周囲を見渡すと外の景色だった。
――あぁ、成功したんだ。
ようやく実感が湧いてきた。痛みも相まって泣きそうになるが、それを耐える。
「……後で事情、話してもらうわよ」
もちろんだ、そんな取引だったのだから。
秋川に肩を貸してもらいながらファートルに入ると、藤森が驚いたような表情を浮かべる。しかしすぐに「店、閉めるから安心しろ」と言って看板を「CLAUSE」にした。
二階から、仲間達が降りてくる。そして、蓮の姿を見て安心した顔をすると共に辛そうに歪めた。
「酷い……」
「大丈夫、痛むけど何とか意識は保っているから」
というより痛みがなかったら自白剤のせいで頭がクリアになっていなかっただろう。ヨッシーが足元に来たので、蓮はしゃがみ込み、抱き上げた。
「あー、ふわふわ……昨日はりゅうに洗ってもらったの?」
「おい、レン!痛むだろ!?降ろせ!そして休め!」
「ヨッシーの言う通りだよ、早く休まないと」
「だって、ヨッシーの毛がふわふわなんだもん。癒される……」
まるで何事もなかったかのように振る舞う彼女を見て、仲間達は脱力した。しかし、藤森と秋川はりゅうの言葉に首を傾げた。
「ヨッシーの、言う通り……?」
「ただのネコよね?」
「ネコじゃねぇ!」
「いたっ……」
ヨッシーが腕の中で暴れ始めた。それがあざや怪我に当たって痛い。
「あ、悪い……」
「いや、いいんだヨッシー。怪我してるのに抱き上げているボクも悪いから」
「……確かに、会話しているように見えるわね」
秋川が不思議なものを見る目でヨッシーを降ろす蓮を見つめていた。
「あー、実は……ヨッシー、しゃべるんです。秋川さんには話したでしょう?」
その視線に気付いた蓮は答える。
「……えぇ。作り話だと思っていたのだけど……あなたのお仲間さんを見る限り、そのようね」
信じられないだろうが、これを見ると事実と受け止めるほかない。
「異世界に行けば、ヨッシーの声が聞こえるんだ」
りゅうが得意げに話した。その時、蓮の身体がクラッと傾いた。それを傍にいた裕斗が支えた。
「大丈夫か?」
「あー、ごめん。ちょっとソファに座らせてくれる?」
さすがに限界が来たのか、そう頼んでくる彼女に裕斗は頷き、近くの席に座らせた。
「何か飲むか?」
「コーヒー……はさすがにアウトか。お茶くれるか?」
そういえば、丸一日何も飲んでいなかった。スマホで日付を見ると、二十六日。やはり、日はまたいでいたようだ。
風花からお茶を受け取り、それを飲むと秋川に「それで、何を聞きたいんですか?」と尋ねた。
「何って……」
「なんでもいいですよ。取引したのはボクですから」
語らなかった真実を教えると言ったのは紛れもなく蓮だ。だから、それはちゃんとしようと聞こうとする。
「そうね。それじゃあまずは、なんで冬木君があなたのところに来ていないことになっていたの?」
ずっと疑問に思っていたことだ。それに答えたのはりゅう。
「それは、異世界を使ったからだよ」
「異世界……成雲さんの話にも出てきたわね」
「そう。今回はあなたのデザイア……認知欲望世界を利用させてもらったんだ。そこにいると思えば、その人が出てくる。冬木が殺したのは認知上の蓮だったってわけ」
「スマホを見せたのは?」
「ゲンソウナビを開くため……僕が遠隔から操作したんだ」
「そのナビ、見てみますか?」
蓮がスマホのロックを解除し、画面を見せた。そこには普通のアプリの他に赤い目のアプリが入っていた。
「もしかして、これが?」
「そう、異世界に入るためのナビです。これを使って怪盗団は異世界に入り、ターゲットを改心させます」
「なるほど……じゃあ、なんで冬木君が殺しに来ると知っていたの?」
「それは、蓮が真っ先に冬木の初歩的なミスに気付いたからですよ」
「初歩的なミス?」
風花が答えると、良希は「さっき、ヨッシーの声のことについて話したろ?」と言った。
「えぇ。確か、異世界に行けば聞こえる……だったわよね?」
「狛井の改心の後、打ち上げをしたんだ。その後、冬木に会ったんだけどよ、そこでヨッシーしか言わなかった言葉を言ったんだ。……まぁ、俺らはそれに気付かなかったんだけどよ……」
「それで、調べてみたら彼が「白い男」だと分かったんです。そして、精神崩壊事件を起こしている実行犯も彼だと分かりました」
「廃人化してしまうのは?」
「廃人化してしまうのは、異世界で分身なるものが殺されるからです。その分身をボク達は「フェイク」と呼んでいます。咲中も、そのフェイクが殺されたから死んだんです」
そこまで答えると、チャットが届いた音が聞こえてきた。
「ごめんなさい、ボクだ」
蓮がスマホを見ると、そこには心配する協力者達のチャットの数々。全てに「無事だ」とか「大丈夫だ」とか送り、ポケットに入れる。
「すみません、もう大丈夫ですよ」
「分かったわ。じゃあ、他には……」
秋川の質問に丁寧に教えていくと、もう夜になっていた。
「もうこんな時間か。今日は解散しよう」
仲間達に向けて言うと、皆が頷いた。秋川も「そうね、あまり無理させると悪いし」と今日のところはこれで終了になった。ニュースを見ると、怪盗団のリーダーが自殺したことが報道されていた。
「学校はどうするの?」
「死亡届出されてるのに行けるわけないだろ」
長谷先生には適当に誤魔化しておくように言っておくと蓮が言うと、いつもの癖で皿を洗おうとする。
「おい、蓮。さすがにその状態で任せらんねぇからな」
藤森に言われ、蓮は渋々と頷く。「とにかく二階に上がっとけ」と言われ、二階に上がろうとするが痛くて足があがらない。
「大丈夫かよ?ほら、手ぇ貸すからゆっくりあがろうぜ」
良希に支えてもらいながら、二階へ上がる。そして、さすがにベッドじゃ固くて痛いだろうからとソファに寝かされた。りゅうが掛布団を持ってきて蓮に被せる。
「このままじゃ、何かあった時困るわね。誰か残っておいた方がいいかしら……」
もみじの言葉にりゅうが「僕なら学校もないし、大丈夫だよ」と立候補した。
「分かったわ、ここはりゅうに任せるわね。何かあったらすぐに連絡するのよ」
「分かってるよ。おやすみ」
「……おやすみ」
皆が下に降りると、ヨッシーが隣に来た。
「……やっぱ、実際に見ると酷いな……女にやる所業かよ」
「ムキになって吐かせようとしてたからな。それに、見た目男だし」
ヨッシーを撫でながら心配させないように言った。ギシギシと階段をのぼってくる音が聞こえ、そちらを見ると藤森が来た。
「あー、その……大丈夫……なわけねぇよな」
「どうしました?」
「医者、呼んできた方がいいか?」
彼なりの気遣いなのだろう。それに甘え、「それなら、近くのお医者さん……敷井さんを呼んでくれませんか」と頼んだ。「分かった」と頷き、彼は外に出る。
「来るまで顔のあざ、冷やしとく?」
「そうしようかな……痛くて困ってるし」
その言葉にりゅうも慌てて下に降りた。
「……悪いな」
そんな中、ヨッシーが謝ってくる。
「どうした?」
「その……ワガハイ何も出来ないから……」
なんだ、そんなことかと蓮は笑った。なぜここで笑うんだよ、とヨッシーに睨まれる。
「何度も言わせるな。文字通り傍にいてくれるだけでいいんだ」
それだけで、孤独を紛らわせてくれるから。
そう言うと、ヨッシーは目を見開いた後擦り寄ってきた。
「……そうか。お前、ずっと一人だったもんな」
たった一人で同じ時を繰り返していて、孤独を感じないわけがない。誰も知らない中で一人だけ、それを覚えているのはどれ程のものだっただろうか。
りゅうが氷水の入った桶とタオルを持ってあがってきた。そして、それを絞り、赤く腫れているところにつけた。
「……ひんやりする」
「氷水だもん」
今の時期だと少し寒いハズなのに気持ちがいい。自分では気付かなかっただけで熱を持っていたのだろう。
藤森が敷井を連れて戻ってきた。手当てすると二人とついでにヨッシーにも一階に降りてもらった。
「これは?」
「踏まれたあざです」
「じゃあ、ここは?」
「殴られた痕です」
「これは何?」
「多分、注射痕だと思います」
一つ一つの質問に答えていると、だんだん顔が曇っていることに気付いた。
「……どうしたんですか?」
「いえ……なんであなただけがこんな理不尽な目に遭わないといけないのかって思っていただけよ」
「皆を守るためですから、仕方ないことです」
そう答えると、彼女は「あなたはそうやって、他人のために動くことが出来るのね」と困ったように笑った。
「それじゃあ、また明日の夕方来るわ。今日は遅いし、痛いだろうけどちゃんと寝るのよ」
敷井はそう言って下に降りた。下で話し声が聞こえてきたと思うと、りゅうとヨッシーがあがってきた。
「明日、皆で集まるだろ?」
ヨッシーが確認すると、蓮は「そうだな……一刻も早く改心させたい奴がいるからな」と頷いた。りゅうが「それじゃあ、皆に集まってもらうよう連絡するね」と言ってスマホを触り出した。その間に藤森があがってくる。
「蓮、りゅう。今日は俺も下にいるから、何かあったら言えよ」
「分かった。しょうへい、おやすみ」
りゅうの寝る挨拶に彼は微笑んで、「おやすみ」と返した。
藤森が下に降りたことを確認すると、りゅうが「改心させたい人って?」と聞いてきた。
「悪徳政治家だ。詳しいことは明日、皆が集まった時に話したい」
「悪徳政治家?でも、関連はないよね?」
「そいつが精神崩壊事件の黒幕である可能性が高いんだ。それに、冬木とも関係ある」
冬木、と聞いてりゅうは顔を曇らせた。生還トリックをやるにあたって、蓮が全てを話したのだ。もちろん、りゅうの母親の死のことも。だから、冬木に苦手意識があるのは当然のことだ。
「そう、か。それなら、やるしかないね」
「りゅう、無理はするなよ。お前のナビがあってこそなんだから」
無理に笑顔を浮かべようとする彼の頭を撫でる。りゅうは「ううん。大丈夫」と言った。
「それより、早く寝た方がいいよ」
「まぁ、そうだな。……起こしたらごめん」
先に謝り、蓮は目を閉じる。りゅうとヨッシーも蓮が普段使っているベッドに転がった。
「これ、結構固いね」
「いつもそれで寝てるんだぜ、こいつ」
「よく寝れるね……僕、ふかふかのベッドじゃないと無理」
二人でそんな会話をしている内に、蓮から寝息が聞こえてきた。それを確かめてから、りゅう達も眠りについた。
全身の痛みで蓮が起きる。時間を見ると二時過ぎ。まだ二時間しか眠れていない。りゅう達を起こすわけにもいかないと思い、もう一度寝ようとするが、一度覚えた痛みがなかなか消えない。
「ん……レン?起きたのか?」
ヨッシーが薄く目を開き、寝ぼけた声で聞いてくる。
「あぁ、まだ寝ていて大丈夫だ。全身が痛いだけだから」
いろいろと痛みを出来るだけ感じないように工夫を凝らしながらそう答えると、「でも、お前うなされてたぞ」と先程より少し覚醒した声で言ってきた。
「それは悪かった。ちゃんと眠れなかっただろう?」
「ワガハイのことはいいんだよ」
ヨッシーが傍に来て、丸くなる。
「どうだ?眠れそうか?」
「うん。癒される」
正直な感想を告げると、彼は「ネコじゃねぇ、けど、まぁ今は、この姿に感謝だな」と言った。
「ほら、お前が寝るまで傍にいてやるから」
そう言って蓮の右手の甲をなめる。くすぐったいと思いながら、安心したのか眠気が襲ってくる。ウトウトし始めた蓮に「寝ていいぞ」と囁くと、蓮は微笑んで目を閉じた。
次の日、下に降りると藤森に「動いて大丈夫なのか?」と聞かれた。
「一応、足の痛みはある程度引いたので」
痛まないわけではないが、昨日よりはマシだ。そう答えると「それならいいけどよ、あまり無理はするなよ」と言われた。
「それから、会議するんなら一階も使っていいぞ。死人がいるんだ、気付かれるとまずいんだろ?」
「そうですけど、いいんですか?ほとんど毎日使うことになると思うんですけど……」
「客があまり来ないからな。早くに閉めたって問題ないさ」
それなら、言葉に甘えさせてもらおうと皆にそのことを連絡する。
夕方、怪盗団のメンバーと秋川が来たので次のターゲットについて話そうとするとファートルの扉が開いた。
「あぁ、悪い。今日はもう店じまい……」
藤森が言おうとするが、その人数に驚く。
「成雲!本当に生きてたんだね!」
「思ったより元気そうね」
「おう、本当に無事みてぇだな」
「蓮さん、よかったです」
「君ってすごいね。また記事が増えたよ」
「自殺なんて報道があったから、何事かと思ったわよ」
「占いで無事と出たので、会いに来ました!」
「おねえさん!生きててよかった!」
前から順に島田、敷井、金井、晃、水谷、長谷、早坂、智樹だ。これで晃を除く冬木と母親以外の協力者達が全員集合したということになる。
「なんだ?知り合いか?」
「えっと……まぁ、取引した人達ですね」
まさか皆来るとは思っていなかったので、苦笑いを浮かべた。ここまで揃うのも珍しい。
「それにしても……大丈夫なの?そのあざ」
島田が蓮の顔を見て、聞いてきた。蓮は「大丈夫、殴られただけだから」と何でもないように答えた。
「殴られただけって……」
「それだけ聞くと、狛井を思い出すな」
狛井は学校を城のように思い、バレー部員に体罰をしていた、許されざる悪人だった。蓮がこちらに来なければ、きっと改心することなく今もなお悪行を繰り返していたことだろう。
「ぼくのことはいいよ!早く手当て……!」
「お前の隣に医者がいる」
そう言うと、彼は「え、この人が?」と聞いてきた。
「この人って……敷井さん、結構すごい人だからな?」
今はこの近くの町医者をやっているけど、元は大きな病院で働いていたらしいぞ、と言ってやると敷井は「それは過去の話。今はあの子が助かっただけでいいんだから」と笑った。
「それより、怪我を見せて。まだ全然治っていないでしょ?」
服の下は薬さえ塗っていれば今見せなくていいから、と言われ、蓮は頷く。腕を見せると注射痕がたくさんあった。
「これ……」
「自白剤を打たれた痕だよ。薬自体は抜けてるし、もう大丈夫」
「いやそれ、大丈夫じゃないよ……おねえさん」
「最近の警察って、そんなの使ってるんだ……」
皆が呆然としている中、敷井は蓮を診察しながら「やっぱり、成雲家の人間はすごいわね」と言ってきた。
「いくら抜けているとはいえ、違法な薬なら身体に影響が残ることも多いのよ。でも、あなたからそれが見られないの」
「うーん……癒しの力があるからですかね?」
蓮が生まれつき持っている力だ。今ではこちらに来るまでに様々な力を開花させているが、最初からあった特別な能力と言ったらそれしかない。
「あぁ、確か、成雲家は特別な力を持つ巫女の家系だっけ?女の子が生まれたのは君が初めてだったとか」
「そういえば、水谷さんには話してましたね」
その時、何かの記憶が流れてきた。蓮のものではないハズの、白い髪の女性の記憶。思わず頭を抱えてしまったので、皆が驚いたように見てきた。
「この、血……だれか、を、ころした……?ちがう……ぼく、は……「わたし」、は……」
混濁しているのかと思ったが、意識ははっきりとしている。しかし、椅子に座っていられなくなり、床にしゃがみ込んでしまう。
「これは、だれの、きおく……?」
「それは、確かにお前の記憶だ。成雲 蓮」
後ろから声が聞こえてきた。まさか、彼がここにいるわけがないと思いながら後ろを振り返るとシャーロックが立っていた。彼の傍にはユリナとマリナ。
「シャーロック……なんで、ここに?」
ふらふらと立ち上がり、ここにいるハズのない彼に問いかける。シャーロックは夢の住人のハズだ。それなのになぜ……?
「正確には、私がいる場所は夢ではない。夢と現実の間の空間だ。言っただろう?契約を結んだ者のみが来ることが出来るのだと」
シャーロックの言葉と共に、蓮の服が囚人の服に変わっていく。ジャラッと手首についている手錠が音をたてた。しかし、他の人達の姿は変わっていない。
「……この姿になるということは、ここは牢獄世界ってことですか?だとしたら、皆を巻き込んだということになりますけど」
「そうとも言えるし、そうではないとも言える。私は現実にも姿を現すことが出来るからな。お前がその姿になったのは、囚われであるからに過ぎない」
「ようやく、あの尋問室から生きて帰ることが出来たのに?」
「あの尋問室からの脱出は第一関門に過ぎない。まだお前は運命に囚われている」
「「囚われの運命」、か」
――世界の歪みに挑む覚悟はあるか?
最初の頃に言われた言葉を思い出す。世界の歪み……悪人達を改心させることだろうか?いや、他に何かある気がする。
「お前はまだ真実に辿り着いていないみたいだな。
――なら、この世界に託しても意味がない。死刑だ」
その言葉に皆が目を見開いた。ユリナとマリナも驚いている。しかし、シャーロックは至って真面目なようだ。
「な……!主、彼女には手出しはしないと言ったではありませんか!」
「そうです。我々看守の役目は囚人を「更生」させること……殺してしまったら意味がありません」
こんなに慌てている二人を初めて見たな……と他人事のように思っている自分がいた。死刑なんて、現実離れした単語が実感出来なかったというのもある。
しかし、見えない力に押し出され、床に倒れ込んだ。周りにエネミーが現れ、本気なのだと急に実感する。
――ここで死ぬのだろうか……?
そう思った途端、プツンと頭の中で何かが切れた音が聞こえた気がした。
「ふざけるなよ……!」
怒りが蓮の心を満たす。床を強くひっかいたせいで血が指の動きに合わせて付いた。轟くような低い声に皆が驚いていた。
「こんなところで……死んでたまるか!」
ユラリと蓮が立ち上がると同時に青い炎に包まれ、怪盗服の姿になった。力を込めて手錠を壊し、仮面に触れるとパキンと乾いた音が鳴り、リベリオンが現れる。
「現実でも我を呼ぶか。お前は何を求める?」
リベリオンは笑いながら、蓮に尋ねる。何を求めるか?……そんなの、たった一つだけだ。
「力を――よこせ!」
蓮が叫ぶと同時に、闇の力が渦巻き、周りにいたエネミーが倒れた。
「ほう……現実でもアルターを覚醒させるか」
結構結構と余興を楽しむかのように手を叩きながらシャーロックは笑う。
リベリオンが仮面に戻った。蓮はナイフを握りしめ、シャーロックと対峙する。
「さすが、「反逆の正義」。理不尽なことを許さぬ者よ」
たまりにたまった怒りが爆発してこうなったのだと彼は言う。しかし、蓮としてはそんなこと関係ない。
――皆と一緒に生きたい。
初めて、強くそう願ったから。何度も願ってきたが、諦めていた。しかしこうして希望が持てたのだ、そう思って何が悪い。なぜそれを奪う?
パチン、とシャーロックが指を鳴らした。するとさらに無数のエネミーが現れる。だが、蓮は不敵な笑みを浮かべた。
空中に飛び、銃を撃つ。それで何体か倒れる。着地すると同時にナイフで斬りつけ一体。リベリオンを召喚し、残りのエネミーを全滅させる。
「す、すごい……!」
初めて戦い方を見た人達は感嘆の声を出す。しかし、仲間達には分かった。蓮が本気を出していないことに。
「さすが、「神の祝福」を持つ者。この程度では動じないか」
シャーロックは笑い、先程より強そうなエネミーを召喚する。蓮はニヤリと笑ってそのエネミーの肩に乗り、エネミーの仮面を剥がす。そして、華麗に着地する。
敵は三体。実力はこちらが上。これなら勝てるとナイフを構えた。事実、この戦いには勝てた。
――しかし、もう一体忍んでいたことに気付かなかった。
完全に油断しているとシャーロックの影から先がとがった細い指みたいなのが伸び、近くにいた藤森を刺そうとした。
「危ない!」
藤森を突き飛ばし、後ろを振り返る前に左胸――丁度心臓のところにそれが刺さった。口の端から血が流れる。
カラン、とナイフが手から滑り落ちた。その音にあわせ、蓮も膝をつく。胸を押さえるが、血が止まらない。
シャーロックはなおもエネミーを召喚する。そのエネミーは蓮に近付いてきた。蓮はナイフをギュッと握りしめ、振り向きさまエネミーを斬り捨てた。そして、そのまま立ち上がる。
「蓮!やめろ!」
なおも戦おうとする彼女を藤森が止める。しかし、蓮は聞こうとしなかった。
「この身が動かなくなろうとも、皆だけは守り抜く……!」
その顔は決意に満ちていた。どうせ死んでしまう身なのだ、それなら他人の役に立って死のうと心に決めたのだ。
「……レン」
ヨッシーが心配そうに見てくる。蓮は微笑み、「大丈夫」と伝える。
蓮はエネミーを倒すために再びリベリオンを召喚する。
「オスクリタ」
呪文を唱えると、より強い闇の力がエネミーを包み、消滅する。エネミーが消えたと同時に蓮も倒れ込む。
「レン!」
ヨッシーが近付いてきたのが分かった。
「よっ……しー……」
蓮が左手で弱々しく彼の頭を撫でた。もうかすんで、ほとんど見えない。
「ごめんな……お前の本当の姿、見つけてやれなくて……ごめん……」
唯一、彼だけが問題を解決出来ていない。その謝罪の言葉を告げながら、蓮は涙を流す。
「なんで……!お前が謝ることじゃない!」
その言葉と同時に彼の身体が光り――あの二頭身の姿になった。
「頼むから、死なないでくれ……!レン……!」
ヨッシーも泣きながら、蓮の手を両手で掴む。蓮は困ったような、どこか幸せそうな笑顔を浮かべ、
「ヨッシー……傍にいてくれて、ありがとう……」
再び撫でようとする手はしかし、力なく地に落ちてしまった。息はもう、なかった。だが、その横顔はどこか笑っているようだった。
しばらく蓮の顔を見ていたヨッシーだったが、不意に「シャーロック」と声を出した。
「ワガハイも死ねば、レンと同じように繰り返すことは可能か?」
「あぁ、関係者であれば、期限までに……二月十三日までに死ねば、彼女と同じように繰り返すことが出来る」
「なら」
シャーロックが答えると、ヨッシーは顔をあげた。その瞳は決意に満ちたものだった。
「ワガハイを殺してくれ」
「ヨッシー……!?」
りゅうが慌てた声を出す。シャーロックは「ほぅ……」と珍しいものを見るような目をした。それでも、彼の意思は変わらない。
「こいつはずっと繰り返してるんだろ?死の苦しみを味わっているんだろ?なら、ワガハイもこいつと同じ苦しみを味わいたい」
「……いいだろう」
シャーロックは笑うと、ヨッシーに近付き、どこからか出したナイフで刺した。ヨッシーも倒れ、手を蓮の手を合わせる。冷たくなっていく、相棒の手。
「今……いくからな……」
意識が遠のいていくのが分かった。あぁ、こいつもこんな感じだったんだな……。
「お前達はどうする?」
「……俺達は――」
シャーロックは皆に尋ねていたが、最後まで聞こえてこなかった。




