九章 仲間割れとぶつかり合う想い
「お前、クマが出来てるぞ。大丈夫か?」
ヨッシーにそう言われたのは、りゅうが寝込んでしまってから三日後のことだった。
「クマ?あぁ、最近本を読みすぎちゃって……」
実際は幻聴のせいだが、心配をかけたくないと蓮は嘘をつく。自他ともに認める本好きなので大抵はそれで信じてもらえる。
「そうなのか?怪盗団のためかもしれねぇがあまり無理はすんなよ?」
「心配かけてごめんね?大丈夫だから」
今日も診療所に行くのでヨッシーは置いて行く。
診療所に行くと、敷井に「本当に大丈夫?最近酷い気がするんだけど」と心配された。
「あ、えっと……」
「うーん……本当は安心出来る居場所があればいいんだけどね。あまり薬を増やす訳にもいかないし……」
闇医者と呼ばれているが、彼女はこうして患者のことを思いやることが出来る人だ。それを知っているから蓮も信頼している。
「とりあえず、腕を見せて。手当てするから」
そして察しがいい。他人に話せない蓮は自傷することが唯一の逃れる術なのだ。
「最近は怪盗とか変な話が多いから、あなたも巻き込まれないようにね」
手当てをしながら彼女は言うが、目の前の少女こそ世間を騒がせている「怪盗」だ。それを知ったら卒倒するかもしれない。
「よし、それじゃあ疲れをとる薬と眠れる薬を出すから」
敷井はそう言って薬を取り出す。そんな中、男性が入ってきた。
「お前、まだ医者をやっているのか」
相変わらず文句を言われるが、敷井は何でもない風に振る舞う。すると彼はこう言ってきた。
「あの患者は死んだよ。とんだ無駄足だったな」
「え……!?」
敷井は初めて動揺したようだった。それを見て満足した男は「分かったらさっさとやめるんだな」と言って出ていった。
蓮は「大丈夫ですか?」と聞いた。しかし、返事がない。
「私、何のために……もう、やめるしかないのかな……」
もしかして、新薬を作ろうとしていたのはその患者のためなのだろうか?前に難病の患者を助けたいと言っていた。だとしたら、あの男を問いただしてやりたい。
そういえば、前に医療ミスを擦り付けられたと言っていたことを思い出す。もしその犯人があの男だとしたら……。
「……さっきの人の名前、教えてくれませんか?」
「え、さっきの……私の元上司の、中野 りょうすけだけど……」
敷井に尋ねると、彼女は不思議そうにしながら答える。蓮は満足そうに笑った。ターゲットの名前は分かった。あとは皆と共有するだけだ。
ファートルに戻ると、蓮はすぐに皆を集めた。
「どうした?話ってよ」
「ターゲットが見つかった。アザーワールドリィの方だけどな」
そう言うと、皆が目を丸くした。
「本当か?誰だ」
「中野 りょうすけだ。ボクがいつも世話になっている医者の元上司なんだが、そいつは医療ミスをその医者に擦り付けたんだ」
事情を説明すると、そんな奴は放っておけないということになり、全会一致となった。
「よし、それじゃあすぐに行こうか」
ついでに他のターゲットも確認し、アザーワールドリィに侵入する。
「そういえばジョーカーってお嬢様よね?どんな生活を送ってたの?」
アテナが聞いてきたのでジョーカーは「別に普通だぞ?あぁ、でもテレビの人がよく来てたな」と話した。
「へぇ、だから有名人なのね」
「そうでもないぞ。同年代の人達はほとんど知らないだろうし」
クラスメートがいい例だ。いや、もしかしたら知っているけれど、前歴とメガネのせいで同一人物と思われていないのかもしれない。
「でも、花火を見に行った時結構人気だったじゃない。冬木君と同じぐらい」
「表面はいいからな」
「ホントのお前はある意味血気盛んだもんな」
マルスの言葉に心の中で肯定する。成り行きとはいえ、そうでなければ怪盗など続けていないだろう。
――本当にそうか?
どこかからか声が聞こえてきた気がした。
ターゲットを改心させながら地下で車を走らせていると、歪みが強いところがあった。恐らくそこに中野のフェイクがいるのだろう。
その歪みに入ると、ブツブツと何かを言っていた。
「ハハハ……!全員おれに助けを求めればいいんだ。おれこそが医学界の神だ……!」
「そんなわけないだろ」
ジョーカーが一蹴すると、彼は「なんだと?おれの美学が分かんないみたいだな、分からせてやるよ!」とエネミーの姿になった。
決着はすぐについた。傷は負ったが、それでもジョーカーの指示は完璧なもので、さらに鍛えていたことが功を奏したらしい。フェイクに戻った中野は言い訳を並べ始める。
「仕方ないんだ、おれには何も才能がなかった……だから、天才で何でも出来る敷井が羨ましかったんだ……」
「だからって、嫌がらせをしていい理由にはならない」
「そうだよな、すまなかった……」
彼は俯いた後、こう呟いた。
「……彼女の患者は生きている。今は別の病院で治療中だがな」
「そうか」
それなら、場所を聞いて早く伝えなければいけない。
中野が改心し、ことが正しく進んでいけばいい。そう思いながらジョーカー達は消えていくところまで見守り、現実に戻った。
敷井のところへは明日行くことにし、蓮は金井のところに行った。
ミリタリーショップに行くと、金井は嬉しそうにしていた。
「石野の弱み掴んだぜ」
石野って確かマフィアの一員だったハズ。それがどうしたのだろう。
「あいつ、大きな取引で失敗したんだと」
「そう、だったんですか」
マフィアの大きな取引とは何か、想像に難しくない。そしてそれに失敗してしまえばどうなってしまうかも。
――だからリアルなモデルガンで場をしのごうということか。
彼の技術なら、それも可能だろう。そしてその後、下手をすれば……ということもある。
すると、ミリタリーショップに誰かが来た。年齢は蓮と同じか下だろう。
「あの、お父さん……」
(……子持ち!?)
彼の発した言葉に驚く。いや、確かに金井は子供がいてもおかしくはない年齢だろうけど。既婚者だったのか、驚いた。
「……おい、晃。ここに来るなって言ったよな?」
「でも、最近遅かったから気になって……。その人、バイトさん?」
どうやら、心配になって来てしまったようだ。蓮はお辞儀をすると奥に入った。
「あぁ、バイトだよ。俺の仕事を手伝ってくれてるんだ」
「危険じゃないんだよね?」
「お前は知らなくていいことだ」
外から親子の会話が聞こえてくる。仲は悪くなさそうだが、金井の方は何かを秘密にしているようだ。
(まぁ、当たり前か……)
父親が元極道の一員だったなんて口が裂けても言えないだろう。蓮も、それを言うつもりはない。
「うん……分かった、じゃあ帰るね……」
晃と呼ばれた少年はしょぼんとした口調で告げ、店から出た。蓮が出てくると、金井は「すまねぇな、うちのガキが」と言った。
「いえ、大丈夫です。……でも驚きました。金井さんって結婚されてたんですね」
「いや、俺は結婚してねぇよ」
蓮が頭をかきながら言うと、否定された。
「え?でも、さっきの子、子供さんですよね?」
「あいつは養子なんだよ。昔、俺がいたマフィアで赤子だったあいつを売りに来た女がいてな、断ったらその女が自殺しちまって。それであいつを引き取ることにしたんだ」
なんか、この家庭も複雑そうだ。なんで自分の周りにはこう複雑な事情の人達が多いのだろうか。
「そうだ、今度あいつの話し相手になってくれねぇか?」
「別に構いませんけど……なんで急に?」
「また話があるって言われてよ、護衛も兼ねてだ」
なるほど、それなら別に構わない。まさか一般市民相手に銃なんて使わないだろうし、誰かが一緒にいるだけでも十分護衛としての役割は務まるだろう。
「それじゃあ、またな」
店を閉めた後、金井にそう言われた。
次の日、蓮は敷井のところに向かった。
「敷井さん、話があるんです」
蓮が言うが、彼女は暗かった。その時、たくさんの人が診療所に入ってきた。
「先生、やっぱりあなたは死神なんかじゃなかったんだね」
「え、何を言っているんですか……?」
キョトンとしている敷井に、一人の老婦人が笑う。
「ニュースで見たよ、大きな病院の院長さんが急に罪を告白したんだって。敷井先生に医療ミスを押し付けて、そこをやめた後も嫌がらせを続けてたって」
皆の言葉に敷井は驚いているようだった。
「それに、あなたが救いたかった患者も生きているみたいです」
蓮が告げると、彼女は顔を上げた。
「本当……?」
「本人が言っていたので、事実だと思います。場所は……」
蓮が答えていくと敷井は「よかった、私のやって来たことは無駄じゃなかったんだ」と安堵したようだった。
「それじゃあ、ラストスパートいかないとね」
他の人達が帰ると、敷井はそう言った。その顔は希望に満ちていた。
「そうですね」
だから、蓮は頷いた。
その後、治験をして蓮はファートルに戻っていった。
夜、シャワーを浴びた後ベッドに座っていると、チャットが来た。
『おい、明後日だよな?本当に大丈夫かよ?』
『そうだな、そろそろ目覚めてほしいところなんだが……』
『大丈夫、今はりゅうを信じよう』
『そうね、ここで慌てても仕方ないわ』
『うん。でも心配だよ……』
『それなら明日、様子を見てくるよ』
『お願い出来るかしら?蓮』
『じゃ、明日報告してくれよ』
『了解』
『悪かったな、それじゃ』
そこでチャットは終わる。
「さすがにもうそろそろやばいよな……」
「そうだね……」
皆には大丈夫と言ったが、実は蓮が一番心配している。それは怪盗団としてではなく、孤独な弟を気にかけているような思いだ。
「明日、様子を見に行くんだろ?今日はもう寝た方がいいぜ」
「うん、おやすみ」
スマホを枕元に放り投げ、蓮はベッドに横になる。そして、そのまま目を閉じた。
――不思議な夢を見た。
闇から、自分自身が生み出される夢。
「――――――――!」
蓮は跳ね起きた。まるで自分が自分ではないような感覚だ。
――今の、夢は……。
「人間」ではない、何か。そんなわけないのに、どこか懐かしい「記憶」。
――ボクは、一体「何者」なんだ?
人間じゃないと言われ、化け物とののしられ、それでも自分は「人間」だと思っていた。しかしその確信さえも今、揺らいでいる。
時間を見ると、まだ二時過ぎ。汗をかいているので蓮はシャワーを浴びることにした。
汗を流し終え、二階に戻るとヨッシーが心配そうな顔で蓮を見ていた。
「お前、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよ、ちょっと悪夢を見ちゃっただけ」
「それならいいけどよ……あんまり無理すんなよ?」
そう言ってヨッシーは目を閉ざした。蓮はソファに座り、考えごとをする。
――もしボクが本当に「化け物」だったら?
自分は怪盗団にいてはいけないのではないだろうか。そんな不安が心の中を占める。
――皆、化け物なんて必要ないよ。
声が襲ってくる。蓮は耳を塞ぐが、それでも聞こえてくる。
――あなたは特別な存在。だから皆ついてきているだけ。力がなくなったら皆離れるよ。
――お前は死ぬべき存在だ。なんで生きているんだ?
――居場所なんてすぐになくなるよ。だからほしくなかったんでしょ?
助けて、とは言えなかった。自分が何者か分からなくなってしまった。
(失うくらいなら、最初からなければいい……)
ふと頭をよぎった言葉が、妙にしっくりきた。
そうだ、皆最後には捨てるんだから、最初から見えないようにしてしまえばいいのだ。何一つ、持たなければいい。
蓮の抱えている暗い闇が一瞬だけ見えた気がした。しかしそれはすぐに消え、声も聞こえなくなっていた。
朝になり、蓮は服を着替え、りゅうのところに向かう。しかし、彼はまだ寝たまま。期限は明日に迫っている。
「大丈夫かな……?」
「本当に別の手を考えないといけないぞ」
「でも、もう明日だよ。間に合うかな……」
このままでは正義から一転して悪になってしまう。どうしたらいいのだろうか。
とりあえずファートルに戻り、皆に連絡した。
『りゅうはまだ目覚めていない』
『マジか……』
『どうする?このままでは本当に最悪の事態になってしまうぞ』
『それだけはなんとしても避けたいね』
『でも、何をすればいいのかしら……』
『うーん……』
『今ここで悩んでいても仕方ない。なるようになる』
『それもそうだね……』
そこで会話は終わる。
「確かに、お前の言う通りだな、待つしかない」
ヨッシーがそう言ってきたので蓮は頷く。
心配は残るが、それでもりゅうなら何とかしてくれる。なぜだかそんな予感がした。
そしてその予感は的中する。
次の日の朝、下に降りると藤森がいた。
「あぁ、来たか……」
藤森が「とりあえず座れ」と言ったので蓮はカウンター席に座る。隣には一杯のコーヒーが置かれていた。
「これは?」
明らかに蓮のために置いたわけではない。彼は彼女の前にコーヒーを置きながら答えた。
「今日がよ、あいつの命日なんだ」
誰の、とは聞かなくても分かった。「そうだったんですね……」とだけ言って、蓮はコーヒーをすする。
すると、誰かがファートルに入ってきた。そちらを見ると、蓮も藤森も、ヨッシーも目を見開いた。
「りゅう……!」
まさか、ここまで歩いてきたのだろうか?りゅうはコーヒーが置いてある席に座り、それをすすった。
「……ぬるい」
「あ、あぁ。悪かった」
藤森は台所に行き、すぐに朝食を準備した。蓮はりゅうを見て、安堵する。
「よかった……」
「大丈夫、覚えてるから」
後で一緒に来て、と言われ、蓮は頷く。藤森はそんな二人にカレーを、ヨッシーには魚を細かく刻んだものを置いた。
「とりあえず、早く食え」
もうすぐ開店の時間なのだろう。三人はすぐに食べ、藤森の家に向かった。
「アヌビスだよね?任せて」
りゅうはパソコンの前に座ると、すぐにカチャカチャと何かをやり始めた。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな?リュウ」
ヨッシーが聞くと、りゅうは手を止めて彼を見た。
「にゃんこがしゃべった!?夢!?もう一回寝る……」
「落ち着いて。後で説明するから」
今眠られたら困る。ヨッシーの声が聞こえる現象はやはり驚くようだ。
りゅうは納得していないようだったが、それでも作業を進める。もう一度寝られるということは避けられたようだ。
何度話しかけても反応がなかったので蓮は掃除をすることにした。しかしそれも終わり、暇になったので蓮はベッドに座り、待っていた。
夕日が落ちそうな時間になり、うたた寝をしていると「終わったー!」とりゅうの大きな声が聞こえてきて起きる。
「本当か?」
ヨッシーが聞くとりゅうはクッションを取り出し、机の上で眠り始めた。やはりマイペースな子だ。
「ボク達も帰ろうか」
結果は明日見ればいい。そう思い、二人はファートルに帰った。
部屋に戻ると、チャットが入った。
『りゅう、どうなった?』
『また寝た』
『寝たって……』
『それなら、明日ファートルに集まりましょ』
『そうだね、テレビを見たら分かるだろうし』
『それでいいか?蓮』
『ボクは大丈夫だよ』
『んじゃ、また明日』
チャットが終わると、蓮は温泉に行くため着替えを準備した。
「なんだ?温泉に行くのか?」
「うん。少し考えごとしたくて……」
ヨッシーを洗い、蓮は温泉に向かう。包帯を解くと、傷がいつもより酷い気がした。幻聴が聞こえ始めた時から自傷行為が酷くなっている。
ここまで来ると、常に痛む。しかしやめられない。悪化していく一方だ。
「これ以上酷くならなければいいんだけど……」
そう願いながら蓮は温泉に入った。
朝から皆が集まり、テレビを見ていると怪盗団が勝ったことが報道されていた。皆笑っていたので藤森は不思議そうに見ていた。
そんな中、りゅうが店内に入ってきた。
「あ、りゅう君。おはよう」
もみじが彼に挨拶をすると、りゅうは立っていた蓮の後ろに隠れた。まだ皆には慣れないらしい。
「警戒されてるな……」
裕斗が呟く。藤森が「そろそろ客が来る時間だから二階にあがっとけ」と言ったので蓮達は二階にあがる。
二階にあがった後も、りゅうは蓮の後ろに隠れたままだった。このままでは座ることが出来ないと蓮は無理やりベッドに座った。
「あ、蓮さん……!」
りゅうが慌てたようにおろおろし始めたので、蓮は少し笑った後自分の膝をポンポンと叩いた。
「りゅう、ここにおいで」
そう言うと、彼は少し戸惑った後おずおずと座った。
「ワガハイの場所ー!」
「お前は肩に乗ればいいだろ?いつも持ってるんだし、そこまでやわじゃないぞ?」
りゅうは満足そうにしているので、ヨッシーは肩に乗せた。
「それにしても、りゅう君って何者?どこで私達のことを知ったの?」
「秘密」
「ハッキングはどこで覚えたの?」
「自分で」
「これでは会話が続かないな……」
もみじが会話を試みようとしているが、なかなか手ごわそうだ。裕斗がため息をつく。
「りゅう」
「何?蓮さん」
「ボクのことは「蓮」でいいよ。それで、怪盗団のことを知ったのなら仲間になってほしいところなんだけど」
「いいよ」
軽いノリで言われ、蓮は驚く。そんな簡単に仲間になっていいのか?
「でも、このままじゃ意思疎通もままならないわね……」
「蓮を介して、だと蓮の負担が増えるぞ」
もみじと裕斗が考え出す。確かにこのままではいつまで経っても馴染めないだろう。
「あ、じゃあさ、一日中付きっきりで相手したらいいんじゃないかな?」
風花の提案にりゅうはあからさまに怯えた。少々強硬手段だが、それぐらいの方がいい、のかもしれない。
「あ、いいなそれ!俺ら夏休み中だし」
「賛成だ」
「やばい、選択肢あるけど一つしかないパターンだ」
りゅうが沈んだ顔をしたので、蓮は笑って「ボクがついてるから大丈夫だよ」と告げた。
「……離れないでね、蓮」
りゅうは蓮の腕をつかみながらそう言った。
それから数日はりゅうにつきっきりだった。
一日目はもみじが来て、会話をした。最初はぎこちなかったが、少しずつ慣れてきたようで、会話が続くようになった。
二日目は裕斗が来た。裕斗の美的感覚がりゅうに合わず、喧嘩していたが、いつの間にか蓮が驚くほど仲良くなっていた。
三日目は風花が来てお菓子パーティーを開いた。おろおろしていたが、お菓子を食べている内に話せるようになった。
四日目は良希がゲームを持ってきた。古いゲームだったがりゅうの好みに合ったらしく、案外すぐ仲良くなった。
店番も出来るようになり、最後に何しようか話し合っていると良希が「海行かねぇ?」と言ってきた。
「海?ボクは水着ないぞ?」
「じゃあ、一緒に買いに行こうか?大丈夫、蓮なら何でも似合うって」
蓮は生まれてこの方海に行ったことがない。水着など持っているハズもなく。明日買いに行こうと思っていると藤森が口を開いた。
「そういやお前、修学旅行行くのか?」
「え?いえ行きませんけど……」
そういえば二学期入ってすぐに修学旅行があったなと思い出す。
「え、行かねぇの?」
「ハワイだよハワイ!」
「ちなみに私も行くわ。引率の先生が足りないんだって」
「俺も同じ時期だ」
「と言われてもな……」
実は蓮は今まで修学旅行に行ったことがない。すると藤森はため息をついた。
「お前、修学旅行に行ったことないんだろ?」
「え、なんでそれを?」
蓮が驚いた表情をすると、藤森はまたため息をついた。
「お前の母親から聞いた。大方、地元から離れちゃいけないとか思ってんだろ?こっちに来てる時点で意味ないだろ」
「それはそうですが……」
「たまには楽しめよ、保護観察期間っても行動に制限があるわけじゃねぇんだからよ」
保護司にそう言われては反対出来なかった。
「それなら、いいですけど……ところで、修学旅行に持っていくものって何ですか?」
「そこからかよ……」
そんな蓮に藤森が呆れる。
「ヨッシーのことは任せて!」
りゅうがヨッシーを抱えながら言ったので、蓮はたまにはいいかと思うことにした。
「んじゃ、海に行くことは決定ってことで!」
「そういやそんな話だったな」
まぁ、蓮としては別に構わないのだが。
「じゃあ、三十一日にしない?そこならあたし仕事入っていないし」
風花がそう言ったので、その日に決まった。
準備を整え、三十一日。渋谷に集まると言っていたので蓮とりゅう、ヨッシーは渋谷に向かった。
渋谷には既に良希以外の人が集まっていた。
「良希は?」
「遅いわね……」
りゅうがまだ人に慣れていないので時間ギリギリに来たのだが。また遅刻だろうか。
数分後にようやく良希が来て、一行は海に向かった。
海は人が多かった。蓮はすぐに着替え、パーカーを着てヨッシーのところに向かった。
「お、早かったな」
「うーん……慣れない」
なんだか、ジロジロとみられている気がする。どこかおかしいだろうか。
その後、りゅう以外の男子が来た。
「お前、早いな。女子ってもっとかかるもんじゃねぇの?」
「知らん。別にいいだろ」
そんなこと蓮が知っているハズがない。
次は女子が来た。どこか恥ずかしげだ。そして、りゅうは……なぜか顔を包帯か何かでぐるぐると巻いていた。
「これなら、完璧……!」
「どこも完璧じゃないだろ?ほら、じっとして……」
蓮がそれを解く。りゅうは蓮の顔を見ると安心した顔をした。
浜辺でしゃべっていると、昼過ぎになったので昼食を摂ることにした。
「おい、もみじ。あんま食ってねぇじゃねぇか」
良希がそう言ってきた。確かにあまり食べていない。それを言うなら蓮もだが、蓮は元々あまり食べない人なのでそこは気にしていないようだ。
「分かってないなーリョウキは。女子って言うのは水着の時は痩せて見せたいもんなんだぜ?」
ヨッシーがデリカシーのないこと(ただし蓮と裕斗はそう思っていない)を言うので、もみじは「そんなこと言わない!」と怒った。
「そ、そうだよ。ヨッシーデリカシーない!」
「え、何が?」
蓮と裕斗は疑問符を浮かべながら見る。
「お前ら分かってねぇのかよ……」
「蓮って意外と鈍いんだね……」
良希とりゅうも分かっているらしい。
「何がだ?」
「まぁ、鈍い方だけど……」
対する二人は何のことかやはり分かっていない。天然ゆえだろうか。
「そういえば、二人共パーカーを着てるね。スタイルよさそうなのに」
話を逸らすように風花が言った。裕斗はともかく、蓮は包帯を巻いていたり虐待の痕があるのでさすがに脱ぐことが出来ないのだ。心配されるのが目に見えている。
「裕斗はいいけど、蓮はいつも長袖を着てるよね。どうしてなの?」
そう聞かれたのでどう答えるか悩んだが、単純に「肌を見せるのが嫌だから」と答えた。
「あぁ、いるよね、そういう人。それなら無理強いする必要もないか」
「そうね、無理に脱がせる必要はないわ」
どうやらそれで納得してくれたらしい。蓮は胸をなでおろす。いや、確かに肌を人目にさらすのは嫌なのだが。
「俺は見てみたいけど、蓮の水着姿」
「ちょっと、良希鼻の下伸びてる」
良希の言葉にりゅうが答える。
「うーん……チャックをおろすだけでいいって言うなら別に構わないよ?」
虐待の痕があると言っても薄くなっているので余程近付かない限り分からないだろうと判断した蓮はチャックをおろす。
すると、それぞれが感嘆の声を漏らす。裕斗に至ってはお決まりのポーズをし始めた。チャックをおろすだけで分かるスタイルの良さ、しかも顔もいいと来た。まさに美少女だ。
「あのさ、あんまり見られると恥ずかしいんだけど……」
蓮は顔を赤くしながら目を逸らす。それすらも美しい。
「蓮、それを描かせてくれ!」
「落ち着け」
裕斗がスケッチブックを取り出し、良希がそれを止める。というより持ってきていたのか。
「あ、そういえばあたし達ボートを借りてたんだった」
「そうだったわね。悪いけど荷物番頼まれてくれないかしら」
「ボクなら別に構わないぞ」
女子組が頼んできたので蓮がそれを承諾する。男子組もどこか行きたいようだ。
「ヨッシーはいいのか?」
皆が自由に遊ぶ中、ヨッシーだけが蓮と共に残った。
「ワガハイはいい。お前が心配だしな」
ヨッシーがそう言うと同時に男達が蓮に話しかけた。
「おねえさん、おれたちと遊びにいかない?」
「いえ、友達と遊びに来ているので……」
丁重に断ると腕を掴まれた。
「いいじゃん。一緒に遊ぼうよ」
「だからボクは……」
蓮が困っていると、裕斗が戻ってきた。
「悪いが、彼女は俺の連れだ、他を当たってくれ」
「なんだ、彼氏持ちかよ……」
なんか勘違いをしたようだが、危機的状況から脱出したようだ。男達が遠くに行った後、裕斗にお礼を言う。
「ありがとう、裕斗。助かった」
「別に構わない。遠くから男に絡まれているのが見えたからな」
そこでりゅうも戻ってきた。ところで良希はどこに行ったのだろうか。
「あぁ、良希なら知り合い?に襲われてた」
「襲われてたって……」
もしかして、新宿で会ったあの人達のことだろうか。
「こんなとこで会うなんて、良希も災難だな……」
ご愁傷様、と心の中で手を合わせておく。どうやら良希は男性に好かれるようだ。
そのまま裕斗やりゅう、ヨッシーとしゃべっているといつの間にか夕方になっていた。風花ともみじが最初に戻り、良希が疲れた様子で帰ってきた。
「どうしたの?良希。結構疲れてるみたいだけど……」
何も知らない二人は良希を見て何があったのか聞いた。彼は「気にしないでくれ……」と落ち込んだ様子で答えていた。相当疲れているようだ。
「そういや、りゅうのコードネーム決めてなかったな」
「コードネーム?何それ」
海を眺めていると良希がそう言い、りゅうがはてなマークを浮かべる。蓮が事情を説明すると、「それなら、蓮が決めてよ」と言われたので蓮は考えた。
――能力を見る限り、彼はサポート役だよな……。
ナビに戦闘補助、そこから思い浮かべられるものは……。
「ヘルメス、なんてどうだ?伝令の神の名なんだが」
「ヘルメス、いいね。それでいいや」
満足してくれたようだ。りゅうのコードネームも決まり、解散しようという話になった。
夏休み最終日の九月三日、りゅうが秋葉原に行きたいと言い出したので蓮はついて行くことにした。
電気屋に行くと、りゅうは怯えたように蓮の背中に隠れた。
「大丈夫?」
蓮が聞くと、彼は「ううん……」と首を横に振った。まだ人混みにはなれないようだ。
「ねぇ、蓮……」
「何?」
「僕が慣れるまで、一緒について来てくれない?そのかわり、ナビは頑張るから」
りゅうの頼みに蓮は「いいよ」と頷く。頭に「隠者」という言葉が浮かんだ。懐かしい感覚だ。
りゅうの買いたいものを買って、その日はファートルに戻った。
夜、ヨッシーが寝たのを確認して蓮はファートルの外に出た。そして、ゲンソウナビを起動する。今日は藤森の依頼を終わらせようと思ったのだ。
少し進むと、歪んだところがあったのでそこに入る。そこには見覚えのある男が立っていた。
「またお前か」
「悪かったな、だがそれも今回限りだ」
そう言って、ジョーカーはナイフを構える。りゅうのおじはエネミーに変化した。しかし、すぐに決着がつく。
「くっ……」
「これ以上藤森さんに迷惑をかけるな」
それだけ言うと、彼は「分かったよ、これ以上あいつに迷惑をかけない……りゅうのことも、金も諦める……」と言って消えていった。オタカラをとり、ジョーカーはそこから出る。そして現実に戻った。
ファートルに戻り、ソファに座る。そのまま日がまたぐまで考えごとをしていた。
久しぶりの制服にヨッシーは「戻ったな」と言った。下に降りるとりゅうが驚いた表情をする。
「あれ、蓮?男子制服だよ?」
「いつもこれで行ってる」
そういえばりゅうには初めて見せた。夏休み中も男装していることが多かったが、まさか制服まで男子用だとは思っていなかっただろう。
「あ、ごめん。早く行かなきゃ」
「お前、ご飯は?」
藤森に止められ、蓮は出されたサンドイッチを食べた。
学校に行くと、蓮の噂は影を潜め、かわりに怪盗団の話題が目立った。やはりアヌビスを撃退したことが大きいのだろう。怪盗応援チャンネルを開くと、ランキングがあった。どうやら島田が新たに追加したらしい。
(でも、大物は修学旅行が終わった後だろうな……)
そう思いながら、蓮はスマホをポケットに入れる。ヨッシーはいつも通り引き出しの中に入った。
始業式も終わり、ファートルに戻ると藤森の手伝いをした。
「わりぃな、いつも」
「いえ、居候ですので……」
手伝うのは当たり前だ。すると彼は考え込んだ後、
「そういや、あいつのおじが急に謝ってきたんだ。金はもういらないって」
と言ってきた。そうなることは蓮も知っていたので、
「そうですか……よかったですね」
とだけ答えた。
藤森は何か言いたげだったが、何も言わなかった。この後、コーヒーの淹れ方を教えてもらう。
「ありがとよ」
そう言って藤森は家に戻った。
次の日、りゅうを異世界に慣れさせようという意味も込めてアザーワールドリィに入ることにした。
「ヘルメス、ここのことは分かったか?」
ジョーカーが一通り話し終えると、ヘルメスは「うん。でも」と言った。
「あの赤い目のやつ、アプリじゃないよ」
「え?」
ゲンソウナビがアプリじゃない?まぁ、確かに勝手に入っていたということと異世界に入ることが出来るというところを考えると一般的なアプリとは程遠いけれど。
「あれ、多分だけどここで作られたものなんじゃないかな?少なくとも現実世界で作られたものじゃないよ」
さすが、ハッカーを倒しただけある。アプリのことも調べたのだろう。
「……ワガハイって……」
皆がヘルメスを褒める中、テュケーがそう呟いた。それはジョーカーの耳にしか届いていなかった。
夜、蓮はヨッシーに再び「悩みごとでもあるのか?」と聞いた。
「前も聞いてたよな?なんもねぇって」
「本当にか?その割に何か思い詰めたような顔をしていたが」
何度も聞くが、彼は「何でもない」としか言わなかった。一抹の不安を抱えながらも、話したくないのならと強くは聞けなかった。
――それが、仲たがいを引き起こしたのかもしれない。
金井のシゴトを手伝ったり、水谷に怪盗団のネタを提供したりして、修学旅行前日になった。
「明日か……」
「怪盗業のこと、忘れんなよ?」
ヨッシーに言われ、「分かってるよ。次の大物だろ?」とサイトを開いた。ランキングは「咲中 ひろと」という人が一位になっていた。少し調べてみたが、どうやら彼は大手企業「サキナカフーズ」の若社長らしい。同じく大手企業の社長の娘で高校生の婚約者がいるようだが、酷いブラック会社という噂があるようだ。書き込みを見ても、そんな話が多かった。
(でも、本当かどうか分からないな……)
もみじの姉は精神崩壊事件の捜査を本格的に始めているという。それに冬木も協力しているようだ。少し聞いた話だと、それが怪盗団と関わっているのではないかと思っているらしい。
(そういえば、冬木最近テレビで見なくなったよな……)
彼は怪盗団否定派だ、もしかしたら批判されて出られなくなったのかもしれない。
(メディアも、怪盗団の話題ばかりだもんな……)
ありえない程の人気が蓮を恐怖に突き落とす。このままうまくいくとは思えないと考えているのだ。
(……悪いように考えるのは悪い癖だな……)
今はこれでいいではないか。いや、しかし……。
そうこう考えている内にいつの間にか眠りの世界に落ちていった。
次の日、藤森達にヨッシーを預け、蓮は空港に向かった。そこには風花ともみじ、それからなぜか裕斗がいた。
「あ、来たわね」
「あれ?裕斗もいるんだ」
彼は別のところじゃなかったか。
「あぁ、実は大雨が降ったらしく着地出来ないらしい。だから俺の方もハワイになった」
「そうか……」
そういえば彼がファートルに来た時必ず雨が降っていた気がする。雨男なのだろうか。
「わりぃ!遅れた!」
そこでようやく良希が来る。
「お前、こういう時は早めに来ておくものだぞ。まぁ、そういうボクも少し遅くなったんだが……」
蓮はどこに空港があるか分からなかったのだ。それさえなければ早かっただろう。方向音痴も大変である。
すると、島田が蓮達のところに来た。
「もうすぐ出発するから準備して、だって」
「分かった、ありがとう」
蓮がお礼を言うと、彼は僅かに頬を染めながら「じゃ、じゃあ言ったから」と足早に去っていった。どうしたのだろう?
「あー、ありゃあ惚れてんな……」
「そうだね……」
「分かりやすいわね……」
こそこそと凛条高校組(蓮以外)が話している。どうやら彼らにはあの島田の行動が分かっているらしい。
対する蓮と裕斗は何も分かっていない。
「あ、そうだ。写真撮らない?」
風花がそう言ってきたので皆集まり、蓮のスマホで写真を撮る。するとチャットが入った。
『良希、寝起きだね』
りゅうからだ。
『りゅう?なんで分かってるの?』
『蓮のスマホに盗聴器と盗撮アプリ入れたから』
『怖いことするね……』
さすがハッカー。だが蓮のスマホにそういったものを入れるのはやめてほしい。
『あ、ヨッシーに怒られた』
『だろうね』
ある種のプライバシー侵害だ。りゅうは今やもう弟分なので別にいいと思っているけれど。
『それじゃあ、もうそろそろ出発の時間だからやめるね』
『うん。また』
チャットを終え、スマホをポケットに入れる。その時、長谷が来た。
「あ、成雲さん。ちょっといい?」
「どうしました?」
出発前に何の用だろうか?
「実はさ、うちのクラス、男女ともに奇数でさ。出来るなら男子と同じ部屋になってくれない?」
「別に構いませんけど」
なんだ、そんなことかと蓮はすぐに了承する。それに慌てたのは他の皆だ。
「本当に言ってる?」
「あなた、どれだけ魅力的か分かってるの?」
「おま、本気かよ?」
「さすがにやめた方がいいと思うぞ」
「私も、まさかすぐに了承されるとは思ってなかったんだけど……」
皆の反応に蓮は疑問符を浮かべる。
「?これが普通なんじゃないんですか?」
「そういえばこの子修学旅行に行ったことがないんだった……」
その発言にもみじがため息をつく。こういう反応をするということは違うのだろう。
「まぁ、でも助かったわ。ありがとね」
長谷がそう言って立ち去った。
「お前、気をつけろよ……」
「あなたは魔性の女なんだから……」
同級生二人にそう言い聞かせられる。歩きながら話していると、もみじが不思議に思ったことを聞いてきた。
「そういえば、あなた長谷先生と仲いいの?」
「あ、うん。ちょっと取引しててね」
事情を説明すると、「君は本当にお人好しだな」と裕斗が笑った。
「蓮は顔が広いってイメージ。最近なかなか遊べないもん」
「あぁ、それは別の人の手伝いに行っていてさ」
「やっぱり。蓮って困っている人がいると放っておけないタイプでしょ?」
「まぁ、否定は出来ない」
話していると、集合場所についたので一度解散する。
飛行機に乗り、現地に着くと蓮は良希や風花、島田と話していた。
「そういやさ、お前部屋決まってんの?」
良希が島田に聞く。彼は「いや、ぼくはまだだけど」と言った。何となく誰と同じ部屋になるか分かった気がする。
「島田君、あなた、部屋決まってる?」
長谷が島田を見つけ、良希と同じことを聞いてきた。
「いえ、まだですけど……」
「じゃあ、君成雲さんと同じ部屋ね」
「えぇ?本気で言ってるんですか?」
やっぱり、と蓮は思う。
「よかったね、一緒に過ごせるじゃん」
風花がからかうように島田に言った。彼は「い、いや、心の準備が……」と焦っている。見た目は男なのに、どこに焦る要素があるのだろうか?
「あー、こいつ分かってねぇわ……」
「なんか、島田君が可哀想だね……」
二人は蓮の様子を見てこそっとそう言った。
結局同じ部屋になった蓮と島田は荷物を置きに来た。
「えっと……」
「どうした?島田。熱でもあるのか?」
さっきから顔が赤いが、どうしたのだろう?蓮が島田の額に触れようとするが、避けられたのでやめた。
「い、いや、何でもないよ?」
「そうか?それならいいが……」
「あ、そういえばサイト!ちょっと変えたんだ」
「あぁ、ランキングか。見たよ」
二人はそれぞれのベッドに座り、怪盗応援チャンネルの話をしていた。
「あ、ボク皆と集まる約束してるからもう行くね」
しかし時計を見て、蓮は立ち上がる。彼は「あ、うん。分かった」と頷いて蓮を見送った。
下に降りると、皆水着姿で蓮を待っていた。
「あ、蓮。遅かったね」
風花が彼女を見て言った。蓮は「島田と話してた」と告げ、謝った。
「君は人気だからな、仕方ない」
「そう言うのはお前達だけだぞ?」
やはり、彼女は何も分かっていない。前歴云々はともかく、見た目や性格などモテる要素はいくらでもある。ここだけの話、凛条高校でもかなりの男子が既に彼女に魅了されている。ただ、前歴があるから近寄りがたいだけで。
「ここまで無自覚だと、いっそ清々しいな……」
「こいつ、何も分かってねぇ……」
男子組が呆れたようにため息をついた。
海に行くと、怪盗の話題が聞こえてきた。どうやら外国でもかなり有名になったらしい。
「そういえば、蓮は水着じゃないんだね」
風花の言う通り、蓮はこの場に私服で来ていた。理由は、
「いや、さすがに男子のいる部屋で水着になるのはどうかと思う」
「あ、そこら辺のことは分かってるんだ」
恋人でもない男子の目の前で水着に着替えるのはさすがの蓮でも抵抗がある。
「そういうお前達はなんで水着なんだ?」
疑問に思って蓮が聞くと、「海に行くんだし、そっちの方が盛り上がらない?」と風花が答えた。そんなものなのだろうか。
「そういや、お前地元から出たことってなかったっけ?」
良希が尋ねてきた。
「いや、小さい頃なら何度かあるぞ。実際裕斗とも会ってるわけだし」
「そうだったよな。なら、なんで修学旅行は行かなかったんだ?」
「一人で出るのは禁止って言われてたんだ」
それに、地元から出たと言っても数えるほどしかない。確か、ほとんどが父親の仕事の関係だったハズ。学校に行き始めてからは地元から出ることもなくなったのだ。
「なら、保護観察とはいえなんで一人で地元から出たんだ?」
「さぁ?あの人達の考えてることはボクでも分からないから」
理由は蓮でも分からない。実際、母親はついてくるかも、と思っていたから一人で行けと言われた時は驚いたものだ。
「でもそっちの方がいいって思ってるよ。自由だし」
両親が嫌いな蓮としては一緒についてこなかったことはかなり好都合だった。何をやろうが自由だし、お嬢様というくくりに縛られなくていいから。
「蓮らしいわね」
もみじが笑いながら言った。
ハワイに来てもいつも通りの怪盗団のメンバーだった。
修学旅行は思ったより楽しかった。途中、蓮達の部屋に良希と風花が来たり髪をおろした蓮に島田が動揺したり、最終日前日にいろんな人から遊びの誘いが来たりといろいろあった。結局蓮の言葉で皆一緒に過ごすことになったのだが。
ファートルに戻ると、りゅうと藤森が「おかえり」と出迎えてくれた。
「楽しかったか?」
おみやげを受け取った藤森の質問に蓮は頷いた。しかし、ヨッシーの様子がおかしいことに気付く。
「ヨッシー?どうしたんだ?」
「あー、なんか、蓮が修学旅行に言った時からずっとこんな感じなんだよね……」
りゅうがヨッシーを見てそう言った。蓮がヨッシーを撫でると「やめろ!」と言われた。
「主人が戻ってきたんだからすぐに機嫌治るだろ」
藤森が言うと、ヨッシーは「ペットじゃねぇし!」と怒った。
「んじゃ、俺達は帰るわ」
「じゃあね、蓮」
二人が帰り、蓮はシャワーを浴びることにした。
シャワーから戻ると、ヨッシーが「なぁ……」と蓮に話しかけてきた。
「どうした?」
やはり、何か悩みだろうか。しかし、彼は「いや、何でもない」と言う。何でもないわけがない、だってあまりにも元気がなさすぎる。
「寿司でも買ってこようか?」
今ならスーパーも開いている。そう考えて聞いたのだが、
「すまないが、腹いっぱいだ」
やはり、おかしい。いつもなら食いついてくるのに。
「悩みなら聞くぞ」
仲間の悩みを聞くのはリーダーの務め。そう思って聞くが、
「大丈夫だ、それよりお前、疲れてんだろ?今日は寝ろよ」
そう言われ、やはりこれ以上聞くわけにもいかず蓮はベッドに横になった。
休日、皆が蓮の部屋に集まった時にそれは起こった。
「そういえばりゅう、ボク達が修学旅行に行ってる間何してたんだ?」
蓮が聞くと、彼は「ちょっと調べてた」と答えた。
「何を調べていたんだ?」
「精神崩壊事件のこと。もみじのおねえさんも追ってるんでしょ?」
裕斗が尋ねるとりゅうはパソコンを見せた。
「偉い人がそれに関わっている可能性が高いみたい。ちなみに、咲中も関わってるかもしれない」
「そうなのか?そういや、咲中って奴、サイトでもランキング一位だったよな」
良希がスマホを取り出し、怪盗応援チャンネルを開く。
「すげぇな、りゅう。ヨッシーより役立つぜ」
良希のこの言葉が引き金となった。
「……やはり、ワガハイは……」
「ヨッシー、どうした?」
様子のおかしいヨッシーに蓮が話しかけると、彼は不意に言った。
「次のターゲットはどうするんだ?」
「次のターゲットって……」
急にどうしたのだろう?何か、焦っているように見える。
「やっぱ、咲中って奴がいいんじゃねぇか?ランキング一位だし」
「デザイアもあることが分かってるし、いいと思うよ?」
良希がそう言い、りゅうが頷く。しかし、蓮にしてみればヨッシーのその焦りようが気になった。
「いや、しかし今は少し冷静になった方がいいと思う。この熱狂ぶりは少し怖い……」
「ボクも同意見だ。今は冷静に……」
裕斗と蓮が冷静な判断を言うが、それがいけなかった。
「なんだ?お前らここまで来て怖気づいているのか?意気地ねぇな」
「あぁ!?んだよこのネコ!いったん考えてみるだけって意見じゃねぇか!」
良希が怒鳴ると、ヨッシーは明らかな怒りを見せた。
「なんだよ!別にいいじゃねぇか!悪人なんだからよ!」
「少しぐらい考える時間与えろよ!少なくとも蓮と裕斗が納得してないだろ!?」
「なら今決めろよ!大衆が望んでるだろ!?」
「俺がこいつらを説得させられるように話せると思ってるのか!?ふざけるのも大概にしろよ!」
ヒートアップしていく大喧嘩にどうしようと皆が蓮を見る。
「良希、少し静かに。ヨッシー、お前も冷静になってくれ」
いつも通り蓮が静かに止める。が、今回は意味がなかった。
「ワガハイには時間がねぇんだよ!」
ヨッシーが蓮に怒鳴ったのだ。いつもなら蓮が無茶をした時ぐらいしか怒らないあの彼が、だ。それに驚き、蓮は目を見開いた。
「お前、蓮に怒鳴る必要はねぇだろ!」
「リーダーがくよくよしてるからだろ!」
「蓮はただ冷静にって言っただけじゃねぇか!」
ヨッシーはいらだった様子のまま机から降り、こう告げた。
「それならワガハイ、一人でも行くぜ。ここにいても意味ないみたいだからな」
「え、ヨッシー……」
蓮が戸惑ったように言うが、彼はすたすたと歩いていく。
「今日限りでお別れだ。じゃあな」
そう言って、ヨッシーは家出してしまった。蓮は俯いたまま、何も言えなかった。
この日は解散しようともみじの言葉に皆賛成した。夜、蓮は出ていったヨッシーを探しに行く。しかし、見つかることはなく、ファートルに戻った蓮は自分を責めた。
――あの時、ちゃんと悩みを聞いてあげてればよかった。
そうすればきっと、ヨッシーがあんなに追い詰めることはなかったのに。
――お前が悪い。大切な相棒を傷つけた。
「いや……」
――お前がいなくなればいい。いっそ、この世から消えてしまえ。
「いやぁ!」
蓮は衝動的にカッターで自らの腕を斬りつける。幻聴から逃れるために。いわゆる錯乱状態だが、それを指摘する者はもうここにいない。シーツが自分の血で赤く染まっても止められず、続ける。
その後のことは全く覚えていない。ただ、朝起きた時に近くに血まみれのカッターが落ちていたところを見れば、気を失ってしまったと知るには十分だった。
昼過ぎになっても、幻聴はおさまらなかった。その度にカッターで斬りつけ、傷が広がっていく。夜は幻聴が酷くなり、眠れなかった。
次の日、同じように気を失うまでカッターで斬りつけた蓮は腕に包帯を巻き、シーツは布団で隠した。今度新しいシーツを買ってこないと、とぼやける頭で思っていると、
――なぜ、お前は生きているんだ?
「また……」
――お前は死ぬべきだ。
「いや……」
――お前は生きていても意味のない人間。
「あ、あぁああ……!」
再びカッターを持った瞬間――、
「蓮!早くしないと遅刻しちゃうよ!」
下から聞こえてきたりゅうの声に蓮は我に返った。時間を見ると、もう学校へ行く時間。慌てて下に降りると、藤森が心配そうに蓮を見た。
「大丈夫か?お前」
「大丈夫です……」
返事にいつものような力が入らなかった。藤森もそれに気付いたのだろう、
「いや、絶対に大丈夫じゃない。蓮、今日は休め」
保護司に言われては逆らえない。蓮はおとなしく学校を休むことにしたのだが、何もしなければあの声が襲ってきて、精神的にどんどん追い込まれていく。そして、自傷行為を繰り返す。夜も眠れないので悪化していく一方だ。しかも、食事も水さえ喉を通らない。
そんな生活が何日も続き、休み続きの蓮を仲間達が心配した。
「大丈夫?蓮……」
「大丈夫だよ。心配かけてごめん」
笑ってそう言うが、それがやせ我慢だということは誰が見ても明らかだった。目の下には彼女にしては分かりやすくクマが出来ているし、食べていないせいかどこか痩せた気もする。
「病院、行こ?」
風花が言うが、蓮は「いいよ、そこまで酷くないし」と断った。それならヨッシーを探しに行こうと提案すると、蓮は了承した。正直、リーダーがこの状態で大丈夫かと誰もが思っているが、恐らくヨッシーを連れ戻さないと彼女のこのバッドステータスは治らないだろうと判断したのだ。
ヨッシーはきっと咲中のデザイアに行ったのだろう。そう思って咲中がどこをどう思っているか調べた。
「多分、会社だと思う。サキナカフーズ」
蓮がそう言って入力すると、反応したので後はどう見えているかという話をした。会社で使っている名前は宇宙に関係しているものだったから……。
「宇宙基地、とか?」
裕斗が言うと反応した。どうやら当たったらしい。今はとにかくヨッシーを連れ戻し、蓮の調子を戻さないといけない。
デザイアに入り、少し進むと行き止まりだった。鍵がかかっているらしい。
「あなた達、何者なんです!?」
突然そんな声が聞こえてきて、皆後ろを向く。そこにはヨッシーと銃士のような服の見知らぬ少女がいた。仮面と怪盗服を着ているところから見て、アルター使いだろう。
「ヨッシー……」
蓮が彼の名を呼ぶと、彼は「お前とはもう縁を切ったんだ。もうこれ以上関わるんじゃねぇ」と無慈悲に言われた。その瞬間、頭に何かの衝撃が襲ってきた。
蓮は黙りこんでしまう。仮面の下の顔は、かなり酷く傷ついていた。しかし、そんな中でも彼らの後ろにエネミーがいることに気付く。
「危ない、ヨッシー!」
そう叫ぶと、ヨッシーと少女は驚いたようにエネミーの攻撃を避ける。
「おい、逃げるぞ!」
そのまま二人は逃げていった。蓮達も二人の後を追いかけるが、デザイアから出た時にはもういなかった。
蓮は、視界が歪んでいくことが分かった。これまでの無理がたたったのだろう。
「ちょっと、蓮!?」
「大丈夫か!?」
風花と裕斗の声を最後に、蓮は意識を失った。
怪盗団の皆は大慌てだ。当然だ、急にリーダーが倒れたのだから。
「ど、どうしよう……」
風花が焦ったように聞いた。
「ファートル近くの診療所!あそこならいつも行ってるし、大丈夫だと思う!」
りゅうの言葉に頷き、裕斗が蓮を背負い、全員で敷井のところに向かった。
「……栄養不足と貧血、脱水症状、それから寝不足による疲労ね」
敷井が蓮の状態を見て、そう告げる。
「こんなに酷くなったのはいつから?」
「えっと……四日前だと思う……学校、いけなくなってて……!」
りゅうのたどたどしい説明にすぐ分かってくれて、
「つまり、ペットのネコがいなくなってから酷くなったのね?」
と確認した。裕斗が頷くと、敷井はふむ、と考え「本当は勝手に教えちゃいけないことなんだけど」と前置きをし、
「ちょっと見るに堪えないものかもしれないけど、知りたい?」
と聞いてきた。「何を?」と良希が尋ねると、敷井は説明した。
「この子ね、自傷行為癖があるの。多分、腕に酷い裂傷痕があると思う。……それ、見てみる?嫌なら、待合室で待ってて」
皆は顔を見合わせるが、誰も見たくないとは言わなかった。
「大丈夫です」
もみじが代表して答えると、敷井は「それなら手当てと、点滴をしないとね」と言って蓮が着ている服の袖をめくる。腕には包帯が巻かれていて、ところどころ赤く染まっていた。それを解くと、敷井の言う通り酷い裂傷痕がたくさんあった。骨まで見えるのではないかと思う程だ。
「……相当ストレスだったみたいね。いつも以上に酷い」
ここまで酷いとは思ってなかったらしく、敷井も顔をしかめた。
「……この子ね、最近幻聴も聞こえてくるようになったみたいなの。夏休み中に相談しに来てね」
腕の手当てをしながら、敷井は話し出した。そこで初めて蓮が誰にも相談せず、一人で耐えてきたことを知った。
「点滴するけど、傍にいる?」
綺麗な包帯を巻き終えた敷井が聞くと、全員が頷いた。点滴を打っている間、誰も口を開かなかった。
点滴が終わり、蓮をファートルに連れて行くと藤森が驚いた表情をする。しかしすぐに「二階にあがっとけ」と言われ、全員二階にあがった。裕斗は蓮を寝かせようと掛布団をめくると、赤く染まっていて顔をしかめたが、気にせず蓮を横にした。
「……どうするよ?」
良希が聞いた。ヨッシーがいなくなり、蓮も倒れ、もはや何をすればいいか分からない。今までどれだけ二人に頼り切っていたのかがよく分かった。
「とにかく、ヨッシーを見つけた方がいいわね」
もみじが口を開く。ここまで緊急事態だとは思っていなかった。でも、考えてみればすぐに分かったことだ。蓮がどれだけヨッシーに信頼を寄せていたかなんて、ちゃんと見ていればすぐに分かることだったのだ。
「で、でも蓮はどうするの?」
りゅうが心配そうに聞く。それに良希が「何か食べれそうなもん買ってきて、起きたら食べさせた方がいいんじゃね?」と言ったので風花が怒った。
「そもそもあんたが悪いんでしょ!」
「う……そうだけどよ……」
良希としても、まさかヨッシーがあそこまで追い詰められているとは思っていなかったのだ。だからいつも通り喧嘩してしまった。
「どうするの?」
しかし、すぐにもみじに止められ、皆ヨッシーを探しに行くということで同意した。
「じゃあ、明日ここに集合。どうするか考えるわよ」
そう言って、解散した。
次の日、ファートルに来てみるが蓮が目覚める気配はない。
「昨日、ヨッシーと一緒にいた子が分かったわ」
そんな中、もみじがそう告げる。
「だ、誰?」
「凛条高校一年生の桜田 ほのかさん」
「接触は?」
「してみたんだけど……「仲間を思いやれないなんてどうかしてません?」と言われたわ」
その言葉に、皆は思い出す。確かに自分達はヨッシーを思いやっていなかったかもしれない。
なら、蓮は……?
蓮は、どんな話でもちゃんと聞く人だ。きっと、ヨッシーにも手を差し伸べていたに違いない。それにあの日、良希とヨッシーが喧嘩した時も冷静に判断して止めていた。
これはリーダーの力不足ではない、それは明らかだった。
「今日はもう遅いわ。依頼が勝手にこなされているところから見ても、アザーワールドリィに入っていることは確かよ。だから明日はアザーワールドリィに張り込むわよ」
リーダーがいない今、この場を取り仕切るのは最年長であるもみじだ。彼女がそう言うと、皆頷いた。
アザーワールドリィに張り込んでいると、予想通りヨッシーと桜田が入ってきた。すぐに出ると、二人は驚いた顔をする。
「ヨッシー、ゴメン」
風花が謝るが、ヨッシーは「来るな!」と叫ぶ。
「ワガハイはもう、怪盗団じゃねぇよ!レンだって来てねぇだろ!」
ヨッシーが叫ぶ。「蓮は、その……」とりゅうが戸惑って言えずにいると、
「今、気を失ってる」
裕斗の言葉にヨッシーは目を見開いた。
「え……?」
「数日前から何も食べれてないし、水も飲めてない。そんな中、蓮はヨッシーを追いかけて来てたんだよ」
「それに、自傷行為も悪化してるらしい。それでも戻ってこないのか?」
そんなになっているとは思っていなかったらしい。ヨッシーは俯いたが、
「だからって、あんなこと酷いこと言ったんだぞ?さすがのレンだって、もう、見捨ててるに決まってる……」
ヨッシーはそう呟いて、また逃げるようにどこかへ消えていった。
「あ、ヨッシー!」
桜田がヨッシーを追いかける。ヨッシーの様子を見る限り、まだ迷いがあるようだ。
「……今は待つしかない、か?」
裕斗の呟きに全員が頷いた。言うことは言ったのだ、あとはもう、彼次第だろう。だが、もし彼が帰ってこなかったら……蓮は目覚めても、死ぬまで自傷行為を続けるだろう。そうならないように明日また話し合おうということになる。
次の日、怪盗団の皆が蓮の見舞いに行った後、話し合いをするためにファミレスに行こうと渋谷を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なぁ……ホノカ……」
「どうしたの?」
「ワガハイ、やっぱり……」
「いいんじゃないかな?その蓮さんって人、多分怒ってないよ。自分が大変な中で来てくれたんだもん。ヨッシーのことがどうでもよかったら、そんなこと絶対にしないよ」
「でも……」
ヨッシーと桜田だ。何を話しているのだろうと良希が声をかけた。
「おい」
「にゃ!?」
予想外の人物達にヨッシーは悲鳴をあげる。しかしすぐに「お前ら……」と皆を見た。そして、
「なぁ、レン、起きてるか……?」
目を伏せながら、そう尋ねた。
裕斗が首を振ると、ヨッシーは「そうか……」と俯いた。
「ヨッシー、どうするの?」
桜田がヨッシーに聞く。彼は言葉を詰まらせた後、覚悟を決めて、
「……レンのところ、連れてってくれないか……?」
と頼んた。皆は頷き、桜田とヨッシーを連れてファートルに戻ってきた。
二階にのぼり、ヨッシーは蓮の隣に座る。そして、少し痩せてしまった彼女の頬に触れた。
「……実はさ、 ワガハイ、気付いてたんだ。こいつに自傷行為癖があるって。それに、一人でいろいろ抱えてるってことも分かってた。でも、ワガハイじゃどうすることも出来なくて、ワガハイじゃこいつの支えにならないって思って……ワガハイ、正体も分からないから……だから出ていったんだ。こいつが一人で抱え込まなくていいくらい、強くなってから戻って来ようって思ってた」
もちろん、それだけではないのだろう。きっと、彼はここに居場所がないかもと不安になって出て行ってしまったのだ。
「……あの、よ。ヨッシー、悪かった……気付かずにあんなこと言っちまって……」
良希がヨッシーに謝った。実際、彼と喧嘩したのがこの状況を引き起こしたのだ、彼なりに責任を感じていてもおかしくない。
「いや、ワガハイこそ悪かった」
「謝るなら、蓮にしてくれ」
「そうそう。蓮、ヨッシーがいなくなってから酷くなったんだから」
裕斗と風花がそう言うと、ヨッシーは「それもそうだな……」と蓮を見た。まだ起きる気配はない。
夜、皆が静かに向き合っていると、
「う……ん……?」
蓮の声が聞こえ、皆がバッと振り向いた。薄くだが、蓮は目を開いている。
「ここ、は……?」
見覚えのある天井だ。確か自分は、咲中のデザイアでヨッシーに会って、それから……。
「ようやく目を覚ましたか……よかった……」
「ようやく……?」
裕斗の言葉が理解出来ない。その様子を見た良希が言葉を付け加えた。
「お前、三日間気ぃ失ってたんだよ」
「三日……!?」
ガバッと起き上がると頭が痛んだ。水分不足だろうか?もみじに水を渡され、それを一気に飲み干す。すると、頭の痛みが和らいだ。
改めて見渡すと、ここは自分の部屋なのだということに気付いた。この様子だと、シーツを見られたのかもしれない。
「レン……」
「あ、ヨッシー……」
机の上にはヨッシーが座っていた。蓮は立ち上がると、少しふらつく足でヨッシーに近付く。
「おい、レン。あまり無理――」
ヨッシーが言い終える前に、蓮が彼に抱きついた。突然の行動にヨッシーは慌てる。
「お、おいレン……!」
「さみしかった」
戸惑うヨッシーを無視して、蓮は告げる。
「こわかった……ずっと一人なんだって……」
「レン……ごめんな」
少女の身体は震えていた。初めて聞いた弱音にヨッシーは申し訳なく思う。
「本当に悪かった。ワガハイ……」
「いいよ、ボクの方も悪かった。ちゃんと話、聞かなかったから……」
目を伏せる蓮に、ヨッシーは「お前は何も悪くねぇよ」と言った。その手を取らなかったのは自分なのだ、彼女が責任を感じる必要はない。
「そういえば、なんで出ていったの?」
蓮が顔を上げ、聞くとヨッシーは目を逸らした。それを見て、蓮はため息をついた後ウィッグをとって、
「こら、ちゃんと話なさい」
と目線をあわせた。彼女のまっすぐなまなざしにこれは逃がしてくれないと思ったが、ヨッシーは口を開くことが出来なかった。醜い心情を、これ以上晒すわけにはいかない。
「ここまでやってもまだ話さないとか……はぁ……」
確かに、蓮がここまでやるのは初めてだ。本当の姿で真剣に向き合おうとしている。
どうすれば彼の本音を聴けるのか。そう考え、蓮はもう一度ため息をつく。そして、ある種の覚悟を決めた。
「仕方ないな……あまり話したくはなかったけど……教えてあげるよ」
「教えるって……?」
「地元でのこと。詳しく知りたがってただろ?」
その言葉にヨッシーだけでなく他の皆も息をのむ。彼女のことを知っていると言っても、冤罪のことや今まで見てきたことしか分からないからだ。
蓮は目を伏せながら話し始めた。
「……ボクさ、地元では「化け物」って呼ばれてたんだよ」
「化け物?なんでだよ?」
疑問だった。だって彼女はヨッシーとは違って人間なのに……。その答えは、彼女自身の口から話された。
「不思議な力を使えるからだよ。ボクの持っている「癒しの力」は確かに人の役に立つけど、それと同時に他人にはない力だから恐れられてた。皆ぐらいだよ、知っていながら化け物って言わないの」
髪をいじりながら話す彼女に、皆は絶句した。
「それだけだったら何ともなかったんだけどね、家では殴られたりするし、学校では影口言われるし、どこに行っても邪魔者扱いで地元には居場所なんてなかったよ」
「それって……虐待されてたってことかよ?しかも、地域ぐるみで」
その質問に蓮はただ静かに、それでいて寂しそうに微笑むだけだった。それは肯定の意で……。
「お前……」
誰よりもつらい状況で一人耐えてきたということだ。ずっと居場所のないところで、他人に頼ることも出来ずにいた。それが、どれだけつらいことか。皆には分からなかった。
「ほら、ボクは話したんだから次はお前の番だ」
何事もないように振る舞える彼女は、やはり強いのだろう。誰よりも、ずっと。ヨッシーは喉を鳴らす。そして、話し出した。
「……ワガハイ、何者か分からなくなったんだ。影から生まれる夢を見て……もしかしたら皆を傷つけるような化け物なのかもって思って……」
その言葉に蓮は目を見開いた。蓮も同じ不安を抱えていたからだ。
「それに、お前何も言わないから……ワガハイはいない方がいいんじゃないかって思ったんだ。もう少し強くなって、また戻って来ようって思ってた。お前のことよく考えずに出ていった。悪かった、あんなこと言って……」
「ううん、いいよ別に。もう気にしてないし」
蓮は優しく微笑んだ。さっきとは違い、そこに寂しさはない。
「……なんでワガハイにここまでしてくれたんだ?ワガハイ、お前に何も返せてないだろ?」
ヨッシーが不思議そうに聞いてきた。こいつは何も分かっていないと蓮は思う。はっきり言わないと分からないのならば、言ってやろう。
「何言ってるんだ?お前はボクの唯一無二の相棒だろ?お前の居場所はここだ」
「え……?」
「異論は認めない」
そう言ってニヤリと笑う姿はまるでジョーカーだった。本気で異論を認める気はないようだ。いや、否定するつもりはないけれど。
「ワガハイでいいのか?」
「むしろお前じゃないと嫌だ」
怖いと思いながら聞くと笑って大丈夫と頷かれ。
「化け物かもしれないんだぞ?」
「ボクだって化け物だから大丈夫」
心配だと言うと優しく平気だと答え。
「ワガハイの方が異形だろ」
「人間なのに不思議な力を使える時点で皆から嫌われる覚悟は出来てる」
不安を口にすると温かくお前は化け物ではないと言ってくれる。まるで救世主のように。
「お前な……やっぱりずれてるぞ」
「ボクがどこかずれてるのはいつものことだろ」
「自覚ありかよ。じゃあ改めろ」
「ずれてるのは分かってるけど、何が普通なのかが分からない」
「少なくとも、ここにいる奴らじゃ参考にならないだろうな」
ここまで話して、二人は吹き出す。
「……最初から、こうして話してればよかったんだよな」
「そうだね。そうしたらもしかしたらお前もそんなことで悩んだりしなかったかもしれないし」
今だリーダーとしてまとめられなかったという後悔は残っているが、今は置いておくことにした。
下から足音が聞こえてきて、そちらを見ると藤森が階段をのぼってきた。
「蓮、起きたか?」
「はい、今さっきようやく起きて」
もみじが答え、蓮の方を見る。蓮は藤森に「すみません、心配かけて……」と頭を下げた。三日も気を失っていたというのだ、相当迷惑をかけてしまった。
「気にするな。それより、そこまで追い詰められてるって気付かなくて悪い」
飯作ったから持ってくる、と言って藤森は下に降りた。蓮は皆に向き合い、謝った。
「皆も悪かった、迷惑かけた」
「いや、こっちこそ悪かったよ。俺があんなこと言わなきゃこんなことになってなかっただろうしよ……」
良希が申し訳なさそうに告げる。別に、こうやって戻ってきたのだからそんなこと気にしない。
「あ、そうそう。蓮が起きた時のためにってプリン買ってきたんだ。食べるよね?」
りゅうがそう言って、下に降りた。下から藤森とりゅうの会話が聞こえてくる。
数分後、二人が戻ってきた。藤森の手にはお粥とヨッシー用に魚の刻みが、りゅうの手にはプリンがあった。
「さすがにカレーはきついだろうから、これを食べろ」
「最近食べてなかったから、吐くかもしれないけど……」
蓮はそれを受け取り、ベッドに座って一口口に含む。味が薄いのに吐きそうになるが、我慢してそれを飲み込む。ヨッシーは蓮の隣で食べていた。
不意に裕斗はスケッチブックを取り出したかと思うとすぐに描き始めた。もう夜だというのによくそんな元気があるものだ。
「時間はいいのか?明日学校だろ?」
時計を見て蓮は聞く。もう九時だ。裕斗以外の皆は「あ、もうこんな時間!?」と驚いていた。どうやら気付いていなかったようだ。
「じゃあ蓮、あまり無理しないようにね」
もみじがそう言って下に降りた。他の人達も続いて帰っていく。残ったのは裕斗だけだ。
「……おーい、裕斗―」
いくら呼びかけても反応がない。蓮は早くに諦め、チャットを見る。気を失っている間にバイト先から連絡が入っていてそれに謝罪していると裕斗が「何しているんだ?」と覗き込んできた。
「あぁ、この三日間でバイト先から入れないかって連絡が来てたんだ。それに謝っている」
「そうなのか?そういえば君、いくつもバイトしているんだったな。そういった疲れもあったんじゃないか?」
「まぁ、そうかも」
「君のかかりつけの医者から言われたんだ、栄養不足と貧血と脱水症状と疲労らしい」
どれも心当たりがありすぎて何も言えなかった。そこでふと思い出す。
「そういえば、ベッドで寝てたってことは……」
「悪い、そのシーツ見てしまった」
「やっぱりか……」
出来れば見られたくなかったが、気を失った自分が悪い。何か言われるだろうかと身構えていると、
「君、自傷行為癖があるんだな。……大丈夫か?」
腕を触れられ、蓮はビクッとする。触れられたところが少し痛んだ。
「痛むのか?」
「そう思うなら触るな」
腕を引っ込め、蓮は裕斗を睨む。すると彼は「あ、すまない」と謝った。それに蓮はハッとする。
「ごめん、ボクも強く言い過ぎた」
彼は心配して言ってくれたのだ、それなのに今のは酷かった。確か、風花の時もそうだった気がする。
(嫌になるなぁ……)
人の好意を素直に受け取れない自分に嫌気がさす。昔からこうだったと言えばそれまでだが、彼は仲間なのだ。傷つけたかもしれない。
――裏切られるのが怖いんだろ?
幻聴が聞こえてくる。どうやらこれがおさまったわけではないようだ。
「じゃあ、俺は帰る。遅くまで悪かった」
そう言って裕斗は帰っていった。時間はもう十時、皿を洗ってシャワーだけ浴びて寝ようと立ち上がる。
「ヨッシーはどうする?シャワー浴びるか?」
「そうする。ホノカの家でも洗ってもらっていたが、やっぱりお前が一番だぜ」
そう言ってヨッシーはついてくる。上の服を脱ぐと、ヨッシーが「お前、その包帯……」と言ってきた。目線は腕に行っている。
「あぁ、気にしないでいいよ」
蓮はそう言うが、彼は「いや、それ……ワガハイのせいだろ?」と申し訳なさそうに言ってきた。
「本当に悪い……ワガハイ気付いてたのに」
「いいよ、これぐらい。いつものことだし」
知られたのだからもう隠す必要はないと包帯を解く。自分でも引くぐらい酷い傷だ。斬っている間は全く考えていなかった。
「うわ……痛いだろ、これ」
「まぁ、痛くないって言ったら嘘になる」
「そりゃそうだろ……確か傷薬買ってたよな。それちゃんと塗れよ」
「はーい……」
気だるげに返事しながらバスタオルを巻くと、まずはヨッシーを洗う。
「なんか、こんなの初めてだな」
「そうだね、いつも服着てるから」
最初の頃はヨッシーが恥ずかしがってやめろと言っていたハズだ。だが、今は慣れたのだろう、何も言わなかった。
ヨッシーをドライヤーで乾かし、先に二階に行かせる。髪の毛を洗っていると幻聴が聞こえてきた。
――犯罪者!
これは確か……少し意識が遠くなるような感覚がした。
――そうだ、自分に味方なんていない。
まだ皆を完全には信用しきれていないようだ。そのことに自嘲しながら蓮は服を着る。
二階にあがるとヨッシーがベッドの上で丸くなっていた。その隣に座る。
「レン?大丈夫か、顔色が悪そうだが……」
心配そうに見てくる。やめてくれ、そんな目でボクを見ないで。
――ボクは強い。仲間なんていなくても、この相棒さえいれば大丈夫だ。
ヨッシーにだけ安心して身を預けられる。そのことを自覚した蓮は不意に聞いた。
「なぁ、なんで人間になりたいんだ?」
その質問は予想外だったらしい、ヨッシーは目を見開いた後、
「だって、ワガハイ元は人間なんだぜ?元に戻りたいに決まってる」
「滑稽だとは思わないのか?」
彼は今まで様々な人間の欲望を見てきたハズだ。それなのになぜ……?
「……なんかお前、おかしいぞ?」
「そうかな?……そうかも」
月が空に浮いている。それを見ながら蓮は言った。
「……この世界は地獄だよ。夢は夢のままの時が一番きれいなんだ」
「……どうしたんだ?」
ヨッシーが不安げに聞いてくる。急にそんなことを言ってくるなんて変だ。蓮らしくない。
「ううん、何でもない。ごめん、急に」
蓮は謝り、ヨッシーの背を撫でた。
「……ヨッシー、ずっと隣にいてくれよ?ここがお前の居場所なんだから」
「もちろんだ、ワガハイ、もうお前を置いて出ていったりしねぇよ」
二人は空に誓い合う。月はそんな二人を優しく、赤く見守っていた。
――しかし、蓮の心は既に壊れていた。
次の日、制服を着て下に降りると藤森が「もう大丈夫なのか?」と聞いてきた。それに頷くが、彼は「今日まで休んだ方がいいぞ。昨日まで気ぃ失ってたんだからよ」と言った。
「ゴシュジンの言う通りかもな、言葉に甘えようぜ」
ヨッシーにも言われたので今日まで休もうと二階に戻る。無理して倒れたら蓮としても困る。これ以上迷惑はかけられない。
夕方、怪盗団の皆が蓮のところに来た。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。私は桜田 ほのか。凛条高校の一年です」
「ボクは成雲 蓮。えっと、なんて呼んだら……」
「ほのかでいいよ。それから、敬語も使わないで。あなた、他人に敬語を使う癖があるって他の人に聞いたの」
恐らくもみじあたりがそう言ったのだろう。
「分かった。そうさせてもらうよ。それで、えっと……確か、ほのかは咲中の婚約者だったよな?」
蓮が聞くと、「あ、知ってたんだ」と微笑まれた。
「少し調べたんだ。どうこうするつもりはないから安心してくれ」
「分かってるよ。皆からあなたがどんな人かかなり聞かされたからね」
同じ学校なら前歴のことは知っているハズなのに動じないということは、本当にそうなのだろう。もしくは危機感があまりないか。まぁ、蓮としてはどちらでも構わないが。
「頼れる相棒だぜ。そこの金髪とは違って」
「んだとネコ!」
ヨッシーと良希がまた喧嘩を始めようとするので蓮は間に入る。
「喧嘩はやめろよ。強力な呪文を放たれたいなら別だけど」
「おま、それマジでやめて。お前の攻撃シャレになんないから」
「ワガハイもお断りだぜ……」
普段のエネミーに対する態度を思い出したのだろう、二人は少し顔を青くしながら止めてきた。
「それで、皆して何しに来たの?」
今日は連絡してないし、集まる日ではなかったハズだが。すると風花が「蓮が心配だから来たんだよ」と言った。それに微笑むが、
――あいに何かやったら承知しないからね!「犯罪者」!
急にそんな言葉を思い出した。確か、川口と初めて話した時だ。風花が川口の手を取って蓮から遠ざけた時に言われた台詞。
それを合図にしたようにこれまでのことが思い出されていく。
――お前達が芸術に興味があるとは思えないが……。
――なら、正義を見せてくれる?
――この家が僕の墓場だから。
自分は皆に何も出来ていない。ただ、特別な力があり、それが強力だから。だから慕われているだけ。それ以外に、ないのだ。
一瞬だけ、牢獄世界の牢屋が見えた気がした。
夜、「お前、やっぱり無理してないか?」と言われ、蓮は目を丸くした。
「どうしたんだ?急に」
「いや……お前元気なくってよ……夕方皆が来た時も、固い表情してたから」
やはり、彼には隠し事が出来ない。ただ、正直に言うのもはばかれるので「いろいろ思い出してたんだ」とだけ告げた。
「そうか……嫌なこと思い出したんだな」
「ちょっとね。でも大丈夫、気にしないで」
無理に笑顔を浮かべると、「ワガハイには遠慮しなくていいんだぞ」と言われた。
「お前はワガハイの相棒だからな、どんな時でも一緒だ」
「そうか。……なぁ」
それに甘えて蓮は少しだけ口をこぼす。
「お前さ、影から生まれた夢見たって言ってただろ?それさ、ボクも同じなんだ」
「え?」
「その時から、ボクが何者か分からなくなって……正直、怖い。皆を傷つけてしまうのは、もしかしたら自分なんじゃないかって」
それはそのまま、ヨッシーが抱いていた恐怖だった。自分のことが分からなくなった恐怖は計り知れない。ヨッシーの場合は人間だと思っているけど、蓮は反対に人間じゃないかもと思っている。正体不明と言うほど不安になるものはないのだ。
「そうだったんだな……大丈夫、お前がたとえ人間じゃなくてもワガハイは味方だ」
「……ありがとう、ヨッシー」
化け物かもしれないのに、受け入れてくれて。そう呟いた蓮の表情は曇っていた。
蓮の体調も本調子ではないが落ち着いたので改めてデザイア攻略をしようという話になった。
「ターゲットは咲中でいいのか?」
蓮が皆に確認すると、ほのかが「えぇ。私は構わないよ」と答えた。
「挨拶の時に一度見学に行ってみたんだけど、従業員さんは皆辛そうだった。何日も寝ていないって。中には倒れる人もいて……。ブラック会社っていうのは本当なんだと思う」
「そうか、反対の奴はいるか?」
その質問に手をあげる者はいなかった。それなら今日から攻略を始めようと蓮は言った。
デザイアに入ると、「そういえば、コードネームは何がいい?」とジョーカーがほのかに聞いた。
「ちなみに、ジョーカー以外は皆神話の神から取っている」
アポロがそう言ったので彼女は「じゃあ、皆が決めて」と答えた。
「そうだな……じゃあ、「ディアナ」なんてどうだ?月の女神の名前なんだが」
「それでいいよ」
ほのか――ディアナは笑った。
先に進むと、咲中のフェイクがいた。
「お前、なんで来たんだ?俺のフィアンセ」
「それは、あなたが悪い人だからです。人の心をすりつぶして得た利益で、誰が幸せになるというんですか?」
ディアナが彼に聞いた。すると彼は「従業員は全員道具だ!だから俺が利用してやってるんだよ!」と高笑いした。
「お前だって、俺にとっては道具なんだ。道具は道具らしく俺に従え」
その言葉にディアナの顔は曇った。こんな奴が彼女の婚約者だという。
「クズだな」
ジョーカーが吐き捨てると、たくさんのロボット達が現れた。ざっと見、百体ほど。エネミーではないが、彼らが行く手を阻む。
不意に一体のロボットがディアナに向かって攻撃を仕掛けようとしてきた。
「危ない!」
彼女の前に立ち、ロボットを睨みつける。しかし、感情のないロボットは問答無用で近付いてきた。
「ジョーカー!」
テュケーが叫ぶ。しかし、血が飛び散ることはなかった。
なんと、目の前には見えない壁があってジョーカー達を守っていたのだ。
「ふぅ……間に合ってよかった」
間一髪だったとこぼす。それに皆が唖然としていた。
この壁はジョーカーが作ったものだ。「防御の術」と言ったもので、成雲家に伝わる秘術の一つ。ちなみに、練習すれば柔らかくすることも出来る。
動けないロボットに飛び乗り、ジョーカーはナイフで腕を切断する。これが生身の人間やエネミーだったら、なかなかにグロテスクな光景になったことだろう。
時が止まっていたように動かなかった怪盗団だが、ハッと我に返りジョーカーに続いて呪文を唱えた。
ロボット達を倒し終えると、咲中のフェイクがいなくなっていた。どこかに逃げたのだろう。いつものことだ。
皆、息が乱れていることに気付く。せめて近くの安全地帯だけでも確保しておこうと思い皆を励ます。
「ジョーカー、お前は大丈夫なのか?」
テュケーが聞いてくる。確かに一人だけ疲れた様子がない。
「オレは大丈夫。だてに身体、鍛えてないよ。お前が一番よく知ってるだろ?」
多少の無理が通るぐらいには身体も出来ている方だと思っている。
「そうだけどよ……やっぱり心配だぜ?お前、女なんだし」
「男女差別だぞ、それ。やるからには平等だ」
リーダーだから特に女だから、などという言い訳は許されない。不敵の笑みを浮かべるジョーカーにテュケーは「それもそうだな」と少し呆れたように告げる。相変わらず自分には厳しい女だ。
しかし、テュケーが心配しているのはそれではなかった。
(こいつ、本当は――)
先程の戦いを思い出しながら少し考える。しかし、先に進んでしまうジョーカーに置いて行かれそうになり、慌ててついて行く。
途中、ジョーカーを主力にエネミーと戦いながら安全地帯を探す。今回はなかなか遠い。
ようやく安全地帯を見つけ、中に入るとジョーカーは敷井診療所から買った栄養ドリンクとカレーを広げた。
「計画変更だ。皆で食べてくれ。出来れば地図まで見つけたい」
そう言ってジョーカーは端に陣とる。どうやら本人は食べる気がないようだ。
中心でワイワイしている仲間達を見ながら、ジョーカーはこの先を考える。
(今回の敵はロボットと……状態異常を使うエネミーが多いな。ディアナは状態異常の呪文が主で武器も弓と後方支援専門だ。幸いにも水と光、それから万能以外の呪文を使えるサポートエネミーがいる。それ使って……皆には出来るだけ温存してもらわないと)
頭が痛んだ。それに気付かないふりをしていると足元に僅かな体温が伝わり、そちらを見るとテュケーがカレーを持って立っていた。
「お前も疲れてるだろ?これ、食えよ」
「大丈夫、さっきも言っただろ?オレは身体丈夫だって」
だから大丈夫、とジョーカーは笑う。その様子にテュケーは「……それならいいけどよ、あまり無理すんなよ」と言って仲間の輪に戻った。
(……ヨッシー)
彼の名前を心の中で呼ぶ。今回はこうして戻ってきてくれたが、もし戻ってこなかったら……そう思うとゾッとする。
――自分の力は確かに特別だ。だけど、それだけでは皆を救えない。
そう気付いてしまったから。いくら成雲家の秘術が使えても、たくさんのサポートエネミーの力を使えても、それで救えないものもある。柄にもなくうぬぼれていたのだ、自分は。この力さえあればたくさんの人を救えるのではないか、と。
――力がなければ、この居場所はなくなってしまう。
ガラガラと、足場が崩れるような音が聞こえてきた気がした。怪盗団という居場所を失いたくなかったハズなのに、あの時自分は何も言えなかった。リーダーとして、何もしてあげられなかった。ただ黙って、その場の空気に流されるがままだった。
(大丈夫、オレは強い。だから、この居場所を失うことはない)
しかし、不安になる。もしこの力がなくなってしまったら。きっと、皆自分を必要としなくなってしまう。居場所を、失ってしまう。
(そんなのは、いやだ……)
叫んでしまいそうになるが、唇を噛むことで押さえ込む。目を閉じ、冷静になる。
(居場所を失うのが怖いのなら、強くなればいい)
心が歪んでいることが分かった。しかし、そんな弱さも不敵の笑みで隠す。
「それじゃあ、そろそろ行くか」
皆が食べ終わった頃、ジョーカーはそう言って動き出した。
地図を探していると、巨大なゾウのような姿のエネミーに苦戦した。
(物理反射持ち……しかも闇呪文以外がほとんど耐性……なら)
ジョーカーが動くと、それに合わせてエネミーも彼女に呪文を放った。それを華麗に避けて「ダークネス!」と呪文を唱える。
(まだ始末出来てない……ならもう一度!)
「おい、ジョーカー!これ以上呪文使うな!」
焦ったようなテュケーの言葉も聞かず呪文を唱えようとすると頭の裏側が酷く痛んだ。ゴホッと、何かを吐き出す。見ると、それは血だった。時間差で口に鉄の味が広がる。
(なん、で……)
状況が理解出来なかった。なぜ、なぜ、なぜ――?
(強く、なきゃ――)
しかし、身体が言うことを聞かず黒衣の少女はその場に倒れ込む。既に意識がほとんどなかった。
誰かの声が聞こえてくる。それが相棒の声だと気付くのに時間がかかった。
無意識の内に立ち上がった。そして、ふらつく足でまだエネミーと戦おうとしていた。しかし、エネミーは風にやられて消えていた。
「強くなきゃ、皆を守れない」
そう、確か自分はそう言っていた。そう言いながら、先に進もうとした。足に飛びついて叫んでいる何かにも気付かず、ただ先に。ただ前に。自分に残された道はそれだけだと。肩に力を入れられ、ガクンと今度は目の前の男に倒れ込む。それはアポロだった。テュケーが足から胸に乗ってきて、初めて足に彼がしがみついていたことを知る。
――強く、なきゃ……。
しかし、頭に浮かぶのはその言葉だった。
「レン!強いってのは一人で立っているだけじゃない!皆に背中を預けられて初めて強いって言えるんだよ!それ教えてくれたのお前だっただろ!?お前、ワガハイの居場所になってくれるって言ってくれただろ!?じゃあワガハイを一人にすんなよ!」
その言葉で意識が少しクリアになる。
「あ、テュケー……」
どうして、こんな……。
聞く前に咳込んでしまって聞くことが出来なかった。ただ、手を彷徨わせて「どこ……?」と力なくテュケーを探した。その手が小さな手に掴まれ、それに安心して意識を落とした。
意識を落としたジョーカーに、テュケーはホッとする。
あの時、ジョーカーの体力も気力も限界だったことに気付いていたのはテュケーただ一人だった。彼女は何でもないように振る舞っていたが、あんなにエネミーに攻撃していれば疲れていることはすぐに分かる。だてに四六時中彼女の傍にいない。
――強く、なきゃ……居場所をなくしちゃう……。
呟いていた言葉を思い出す。そうだ、彼女は誰よりも失うことを恐れている。それに気付いていたハズなのに、出て行ってしまった。心のよりどころを奪ってしまった。
最初の頃を思い出す。周囲からの罵倒に深く傷つきながらも何でもないと告げていた。誰も気付かなかった、テュケーだけが気付いていた真実だ。だが、何も言えずただ黙っているしか出来なかった。
ジョーカーの身体がボロボロになっていくのが分かった。ここまで無理をしていたのだ、居場所を失いたくないがために。
テュケーは回復の呪文を唱えながら、自分の言葉を思い出した。
――もういい、これ以上はいいから……。
――レン!もう止まれ!お前もう限界なんだよ!戦いすぎだ!これ以上はいい!頼むからこれ以上傷つけるな!
ずるずると引きずられながら、コードネームも忘れ叫び、懇願した。自分らしくなかったが、彼女を止めるにはそうするしかなかった。
少女はアポロに背負われる。彼は「気付かなかった……」と苦しそうに呟いた。ジョーカーは普段表に出すことがないから、テュケーと違って気付くことが出来なかったのだろう。
――いつか、こいつを救い出すことが出来たら……。
テュケーはそう思いながら、デザイアを出た。
ファートルに戻っても、蓮の意識が戻ることはなかった。呼吸はしているのに身体は冷たく、まるで生気がない。全員が黙ったまま、その様子を見ている。
「……レンはよ」
沈黙の中、口を開いたのはヨッシーだった。
「あんま表情変わんないけど、いつも顔をしかめてるんだ。周りが全員敵って感じで……そんな中、唯一自分でいられるところが怪盗団だったんだ。でも、多分……ワガハイが出て行ってしまってから変わった。強くないと皆を守れないって、全てを失ってしまうって、そう思って……だから無理してた」
つまり……。
「ワガハイが、ナリクモ レンの心を壊してしまったんだ……」
それに反応したのは周りの空気だった。覚えのある、歪んだ感覚。
『場所を入力してください』
「……ゲンソウナビ?」
りゅうが蓮のスマホを覗く。どうやらナビがついていたらしい。
「成雲 蓮……?」
「なんで……だってこいつはアルター使いで、デザイアは生まれないハズ……!」
ヨッシーがそう言って、
「いや、心が壊れたのなら……ありえなくはない、のか……?」
と一人納得していた。
「とにかく、早くしねぇとリーダーが……!」
良希が焦ったように言った。確かにこのままだと二度と目覚めないかもしれない。
「蓮はどこを何と思っているのか分かる奴はいるか?」
裕斗の言葉にヨッシーは思い出した。あの日の夜、彼女の言っていた言葉を。
「……世界、地獄」
『ヒットしました。ナビゲーションを開始してください』
ヨッシーが言うと、ナビは反応した。予想通りだ。皆は頷き、ナビを開始した。
そこは狭い部屋だった。しかし足元には見覚えのあるものばかりが転がっている。
「これは……絵?俺のものか?」
「これ、あたしの雑誌……」
「俺の漫画もあるぞ」
「これは私の勉強道具?」
「これって、もしかしてヨッシーのネコ缶?」
警戒されていないのか、ヨッシー以外は怪盗服になっていないことに気付く。
「ここ、地獄だったよな?なんでこれが地獄に……」
「失うことは怖いことだから」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきて、全員がそちらを見る。そこにはウィッグもメガネもつけていない蓮が立っていた。
「おい、蓮!お前どうしたんだよ!」
「何もない方がいい」
良希の言葉も聞かず、蓮は呟く。
「違う、そいつはレンじゃない」
ヨッシーが言うと、蓮は顔を上げる。その瞳は青色だった。フェイクなら、瞳の色が黄色になるハズなのに、だ。やはり彼女には何か秘密がある。
いや、今はそれどころではない。急に吹いてきた風が皆の頬を撫でる。振り向くと、先程までなかった扉が開いていた。そこに、足元にあったものが吸い込まれていく。蓮は歩いて行くと、扉に鍵をかけた。
「お前、それ皆との思い出だろ!?いいのかよ!?」
「なくなっちゃうくらいなら、最初からいらない」
思わずヨッシーが叫ぶと蓮は吐き捨てて、鍵を彼の足元に投げた。それをとって、ヨッシーが扉を開くと、そこはごみ屋敷のようになっていた。
「お前、まさか……皆との思い出を捨てているのか?」
それには答えず、蓮はヨッシーを引き剥がすと再び閉じた。そして、ヨッシーを抱き上げる。途端、温かな体温とかすかにコーヒーの香りがした。
「人間なんて、いいことないよ、ヨッシー」
優しく言ってくるその声。覚えのあるものだった。
「レン……お前、レンなのか?」
その言葉に蓮は頷く。どうやら本物のようだ。よく見ると、確かに瞳の色が灰色に戻っている。その顔は申し訳なさそうにしていた。
「ごめん、もう、どれがボクなのか分からないんだ」
困ったように告げられ、ヨッシーは頬に手を伸ばす。
「お前、こんなところにいたら本当に壊れるぞ」
「ふふ、そうだね。こんなところに入っちゃったから壊れたのかも」
そう言うと同時に、周りから声が聞こえてきた。
『あいに何かやったら承知しないからね!「犯罪者」!』
『お前達が芸術に興味があるとは思えないが……』
『なら、正義を見せてくれる?』
「……うるさいよ」
冷たい口調で言う蓮に皆ゾッとした。しかも、今聞いた言葉には心当たりがある。
「これ、確かあたしが言った言葉……」
蓮について何も分かっていなかった頃。前歴のことも、蓮がどんな人なのかということも何一つ知らなかった。それを言われた時、彼女はどんな気持ちだったのだろうか?考えたことなかった。
――大丈夫。何でもないよ。
そう言って小さく笑う彼女は、本当は深く傷ついていたのだ。その優しさに甘えて、何一つ気付かなかった。
今度はいつの間にか現れていたテレビに映像が流れた。蓮はヨッシーを抱えたまま静かに、それを見ている。その表情に、感情は宿っていなかった。
その映像は、蓮に似た小さい子が親と思われる人に殴られているところだった。身体中にあざが出来てもやめてもらえず、泣けば泣くほど殴られ蹴られの暴行を受けていた。それだけではない、周囲から「化け物!」や「お前なんて、生きていていいわけないだろ!?」と言った暴言を浴びせられている。それで、これが蓮の幼い頃の記憶なのだということに気付いた。
「酷い……」
裕斗が呟く。彼も白野に虐待されていたことがあったが、ここまで酷くなかった。彼女は周囲に味方なんていなかったのだ。そんな中で生きてきた。そりゃあ人間不信にも、人間恐怖症にもなる。子供の頃に必要な「愛情」が全く与えられなかったのだから。
しかし、蓮の顔は驚くほど無表情だった。こんなものを見せられているのだから少しぐらい感情が揺らいでもいいと思うのだが、それすらない。いや、これが日常だったのだ。もしかしたら、自分達と同じように既に諦めているのかもしれない。
「……こんなの見ても、皆にいいことないよ」
そう言って、蓮はテレビを消した。
「ほら、もう帰りなよ。こんなところにいてもいいことなんてないよ」
蓮はヨッシーを降ろし、皆を帰そうとする。
「いや、だからお前も一緒に帰るんだよ!」
「そうだよ!こんなところにいたら蓮がつらいだけだよ!」
「君を一人で置いて行けない」
「私達、あなたを助けるために来たの」
「僕、蓮がいたからあの世界から抜け出せたんだよ」
「私、まだあなたのことよく分からないけど……それでも、いい人ってことは分かるの」
「お前、ワガハイを相棒って言ってくれただろ?それなら一人にすんなよ」
皆が蓮に呼びかける。しかし、彼女はただ首を振って「だめ。ボクはここに残らないといけないの」と呟いた。
「なんでだよ?なんでそう思うんだよ?」
「ここにいれば、皆を傷つけずに済む。もう、皆を傷つけたく、ない……」
ヨッシーの言葉に蓮は俯き、そう答えた。まるでそれが使命であるかのように。
「何言ってるの?傷つけたのはむしろあたし達の方だよ」
「ボクは化け物……皆を傷つける存在……生きていちゃ、いけない……」
風花の言葉も聞かず、蓮はしゃがみ込んだ。ヨッシーが近付くと、その顔に雫が落ちてきた。
(泣いてる――?)
初めて見せたその表情に思わず背中を撫でる。
「大丈夫、ワガハイ達はそんなこと思ってない。だから泣くな」
「ヨッシー……?」
慰めたヨッシーに、蓮は目を見開く。それと同時に部屋が揺れた。
「――!駄目、早く逃げろ!」
途端、蓮はハッと慌てたような声を出す。急にどうしたのだろうと思って見ると、あの扉が震えていて、あそこが震源だということが分かった。
「どうした!?」
裕斗が叫ぶ。蓮は「暴走しかけてる……!やめ、やめろ!皆を傷つけるな!」と必死に止めていた。
(暴走……?もしかしてエネミーか!こいつはエネミーが出てこないように必死に押さえつけている!)
そう気付いた途端、ヨッシーは叫んでいた。
「レン!その手を離せ!ワガハイがお前の心を探してやる!」
「え、でも……!」
蓮は戸惑った顔をした。扉は開きかけている。もう制御しきれていないようだ。
「大丈夫、ワガハイを信じろ!」
「だめ、傷付いちゃう!早く逃げ……!」
「レン!信じろ!」
ヨッシーがそう叫ぶと、蓮は彼を見る。
「助けて、くれるの?」
どこか怯えたような表情に、ヨッシーは頷く。皆は怪盗服ではない。なら、自分が行くしかない。それに……。
「お前が壊れたのはワガハイのせいなんだ。だから、当たり前だろ?」
そう、自分のせいで蓮はデザイアに閉じ籠った。皆を傷つけたくないと、彼女はそう言った。彼女は他人を信頼することを拒んでいる。そこから救い出したい。
扉が壊れ、蓮は飛ばされる。ヨッシーはアルターを召喚した。
「どれがお前か、なんかじゃねぇ」
目の前のエネミーは姿かたちないものだった。どんどん大きくなっていくその物体は風を起こしていた。
「全部お前なんだよ。リョウキをからかっているお前も、ユウトと絵を見ているお前も。フウカの買い物につき合って不思議そうにしているお前もモミジと勉強しているお前もリュウに甘えられて嬉しそうにしているお前もホノカとの距離感をはかってそわそわしているお前も。全部お前なんだ、見失ったわけじゃねぇ。お前がたくさんの心を持てるのは、お前が空っぽだからじゃない、いろんなことを感じ取れるからだろ?それを受け入れたらいい。誰もお前を責めたりしないさ。トラスト!」
風呪文を唱えると、その物体はいともたやすく消えていった。同時に部屋が壊れ、周囲が綺麗な草原になった。困っている人に手を差し伸べ助けるような温かく優しい少女が、様々なサポートエネミーを包み込み、持てる少女の心が、あんなに狭く暗いわけがなかったのだ。
「綺麗……」
「これが、蓮の本当の心の中……」
今までの悪党達とは違って澄んだ空気だ。欲望なんて、全くない。
蓮の後ろには、リベリオンの姿があった。
『思い出したか?』
「うん、ちゃんと聞こえるよ、リベリオン」
『お前は、何かを間違えていたのか?』
「いや、何も間違えていない。ボクは、ボクの信じた道を行く」
『失うものは多いぞ』
「大丈夫、皆と一緒に行く」
『そうか。なら、行くがいい』
リベリオンが蓮の背中を押す。りゅうが彼女の手を握った。
「よかった、蓮が無事で」
「ごめん、迷惑かけて」
「レン、帰ろう」
下から聞こえてきた声に蓮は頷いた。
現実に戻るが、蓮はまだ目覚めていなかった。
「大丈夫、だよね?」
風花が心配そうに呟くと、蓮は目を開いた。
「えっと、ここは……?」
「あ、蓮!よかったぁ……」
起き上がると、りゅうが泣きながら抱きついてきた。彼の頭を撫でていると、風花が「あ、あの……」と言いにくそうに蓮を見た。
「どうした?」
「その……ごめん!あんなこと言っちゃって……」
突然謝られ、蓮はキョトンとする。続いて裕斗ともみじも謝ってきたので、さらに疑問符を浮かべた。
「え、何?ボク、謝られるようなこと、された?」
「ほら、その……最初の頃、犯罪者とか、言っちゃって……」
「……もしかして、デザイアのこと、気にしてるのか?」
突然言われた言葉に、皆が驚いた。
「え、覚えてるのか!?」
ヨッシーが代表して聞くと、蓮は「あぁ、もちろん」と頷いた。
「あれは、その……ボクの方こそごめん」
「なんで蓮が謝るの?あれはあたしが悪かったから」
「むしろ、気にするなという方が難しいだろうな……」
「私も、偉そうなこと言ってごめんなさい」
皆から再び謝られると、蓮は目を伏せ、「酷いリーダーだよな……」と呟いた。
「皆のこと、信用してなかったって言っているようなものだった」
「失うことは誰だって怖いさ。ワガハイだって怖かったから、逃げ出した」
「それに、あんな過去があったんだ。他人を信用出来ないのも仕方がないことだろ?」
ただ、これだけは言わせてくれとヨッシーが代表して蓮に言った。
「ワガハイ達はどんな時でも、お前の傍にいる。時間がかかってもいい、ワガハイ達を信用してくれ」
再びキョトンとしていたが、しばらくすると蓮の瞳から雫が落ちた。
「す、すまねぇ!嫌だったか!?」
まさか泣き出すとは思っていなかったので慌てる。
「え、いや、その……そんなこと、言われたことなかったから……」
ごしごしと目をこすりながら蓮は答えた。泣くことさえ今まで忘れていたのに。
「ほら、もう泣くな。お前達、今日はもう帰ってやれ。蓮はワガハイが何とかするから」
それに安心したヨッシーの言葉に全員が頷き、また明日、と言って帰っていった。その場には蓮とヨッシーだけが残される。
「ごめん、泣いちゃって……」
「いいぜ、今ワガハイしかいないから存分に泣けばいい」
さっきと言っていることが違うと思ったが、その声が優しくさらに涙が溢れ出していた。ヨッシーは寄り添いながら短い手で背中を撫でていた。




