十章 強欲の宇宙基地と一抹の不安
泣き明かしていたら、疲れて寝てしまっていた。目が覚めると、ヨッシーが隣で丸くなっている。窓を見ると、外は明るくなっていた。
(久しぶりによく眠れた気がする……)
昨日はいろいろあって疲れたからかもしれない。制服に着替え、学校に行く準備をする。
「ふぁあ~……」
「あ、おはよう。ヨッシー」
ヨッシーがあくびしたので、蓮は撫でながら挨拶する。彼も「あぁ、おはよう。レン」と言った。
「大丈夫なのか?」
「うん。まだ完全ではないから今日はデザイアに入る予定はないけど……」
そう言って時間を見ると、既に学校に行く時間だった。ヨッシーをカバンに入れ、下に降りると藤森が「おはよう、学校行けるか?」と聞いてきた。それに頷くと「気をつけて行って来いよ」と言われた。
駅に着くと、裕斗が傍に来た。
「おはよう、蓮。今日はデザイアに入るのか?」
「いや、その予定はないけど」
「そうか。慌てても仕方ないしな」
話していると、電車が来たので二人してそれに乗った。
学校に着くと風花が「大丈夫だった?」と聞いた。蓮は「大丈夫だ、心配かけてごめん」と小さく笑った。少し話していると、島田が「しばらく学校に来なかったけど、どうしたの?」と話しかけてきたので適当に誤魔化しておいた。
放課後、蓮は皆を前のアジトである連絡通路に集めた。
「どうしたんだ?今日はデザイアに入らないんだろ?」
「まぁ、いいからついてこい」
そう言って蓮が連れて行ったのはいかにも高級そうなレストランだった。皆が戸惑っていると「今日はボクのおごりだから好きなのを頼んでいい」とメニュー表を渡した。それを見ると、なんととても高く、とてもじゃないが高校生に払えるとは思えなかった。
――ただし、蓮が普通の高校生であれば、の話だが。
「本当に払えるの?こんな金額……」
「大丈夫、一応お嬢様だからね。これぐらいなら払えるよ」
「これぐらいって……」
お嬢様の基準が分からない。だが、大丈夫ならいいのだろう。そう割り切り、皆思い思いに注文し、来るのを待つ。
「こんなところ、よく知ってたね」
「昔お母様と来たことがあったんだ。つぶれてなくてよかったよ」
そこまで話して、蓮は黙りこんでしまう。料理が来ると、ようやく口を開いた。
「……昨日は本当に迷惑かけた。大変な時期に……」
申し訳なさそうに言う蓮に皆は「あれは蓮のせいじゃないよ」と言った。
「どっちかって言うと、あたし達が蓮を追い詰めたって言うか……」
「蓮って優しいから、何も言わないでしょ?だから私達も気付かなかった。謝るのはむしろ私達の方」
「でも、出来れば俺達のことも頼ってほしい。またあそこに籠られたら困るからな」
反省してます……と蓮は苦笑いを浮かべた。すると見覚えのある白い髪が見えた。
「あれ?冬木。こんなところでどうしたんだ?」
「あ、成雲さん。奇遇だね。オレは仕事の打ち合わせ。まだ時間あるんだけどね。キミは?」
「ボクは昨日いろいろあってさ……そのお詫びってところかな?」
そう言うと、彼は笑った。
「そういえばキミ、成雲家のお嬢様だったね。それじゃあ、オレも一緒にいていいかな?」
「いいけど……」
冬木が蓮の隣に座ると、なぜか殺気を感じた。
「くっ……!この美男美女め……!」
「どこまでお似合いなのよ……!」
良希と風花の呟きにはてなマークを浮かべながら、蓮は冬木と話をする。
小難しい話をしていると、裕斗が蓮と冬木を交互に見ていることに気付いた。
「どうした?裕斗」
「いや……君達、かなり似ているな」
「え?何が?」
「顔が、だ。まるできょうだいみたいだ」
蓮と冬木は顔を見合わせる。……確かに、似ている気がする。それも、かなり。
「そうか?俺は違うように見えっけど」
良希にはどうやらそう見えないようだ。しかし、他の人達は裕斗に同意する。
皆が食べ終わり、会計に行こうとすると人が寄ってきた。
「やっぱり……蓮様だ!」
「……やば」
蓮のファンが彼女を見つけたようだ。しかも冬木のファンも来て、その場は歓声で響き渡る。
「え、えっと……今はプライベートなので……」
「お、オレも仕事で来ていて……」
「そんなこと言わずに握手してください!」
「冬木君のサイン欲しいんです!」
「蓮様のサインも!」
蓮と冬木が断っているが、おさまりそうにない。仕方なく財布をもみじに渡し、先に会計してもらう。その間に冬木と共にその場をやり過ごす。
店を出るころにはへとへとになっていた。
「お前、相変わらず人気だな……」
「最近テレビ出てないのにな……」
あの暇人どもめ……!と心の中で悪態をつく。ファンに対してこんなこと思ってはいけないのだろうが、こちとら好きでやっているわけではないのだ。
「でも、なんか分かるかも。蓮っていろいろな人にモテそうだよね」
「よく言われる」
ほのかの言葉に蓮は頷く。主に仲間達にそう言われている。モテても意味ないと思っている蓮としては迷惑以外の何物でもないが。
「蓮は難易度高そう。だってお嬢様でしょ?その上美人でスタイルいいし、頭もいいし、お人好しだし、もう完璧じゃん。それこそ、冬木君とかが釣り合ってるって感じ」
風花がそう言うが、蓮は考えた後、
「冬木か……あいつは嫌だな……」
いろいろあって。いや、喧嘩したとかそんなものではなく、むしろ話は合うのだが。
「え、なんで?だってイケメン探偵だよ?お似合いだって!」
「怪盗と探偵なのにか?なしだろ、そんなの」
「えー。探偵に恋する怪盗とかよさそうなのに」
「……怪盗は遊びじゃないんだぞ?」
はぁ……とため息をつく。そんなのにうつつを抜かすぐらいならまだ勉強をしていた方がマシだ。
「なんか、複雑そうだな。何かあったのか?」
ヨッシーがカバンの中から顔を出して聞いた。
――こいつら、すっかり忘れてるな……。
冬木がしでかした失態を。裕斗以降は知らなくても当然だが。
――でも、今それを言って不安にさせるのも違うよな……。
それに、確信はないのだ。余計なことは言わない方がいいだろう。そう思って蓮は「何でもないよ」と笑った。
「そうか?それならいいけどよ……なんかあるなら、話してた方がいいぜ?」
「大丈夫。本当に何でもないから」
頭を撫でると、彼は「にゃー」と幸せそうに鳴いた。
――一瞬だけ異世界が見えた気がするのは気のせいだろう。
夜、金井のところに行くと彼は「晃とファミレスで待機してくれねぇか」と言われたのでファミレスに行く。
晃のところに行くと、彼は既に座っていた。
「あ、確か……」
「あぁ、ボク、成雲 蓮と言います。晃君、でいいんですよね?」
「あ、はい。えっと、成雲ってもしかして……成雲神社の?」
「はい。知ってたんですね」
まさか知っているとは思っていなかった。成雲家は有名な名家、としか認識されていないことが多い。しかし元は成雲神社の神主なのだ。父も、神主をやりながら別の仕事をしている。
「お父さんはどんな人?」
蓮が話を振ると、彼は「いい人だよ。見た目は怖いけどね」と笑いながら言った。確かに、と蓮も頷く。ああ見えてかなりの人情家だ。
「でも、最近なんか険しい顔をしていることが多いんだ」
「険しい?」
「うん。でも、聞いても教えてくれないんだ」
きっとマフィアのことだと蓮は思ったが、知らないふりをする。
「危険なことに巻き込まれてなければいいんだけど」
危険なことに巻き込まれてるんだよな……。
そう思いながら話をしていると、金井が来た。
「悪かったな。何の話してたんだ?」
「あぁ、女の話ですよ」
からかった口調で言うと、晃は「そ、そんなこと話してない!」と慌てて訂正した。
(なんていうか……からかいたくなるなぁ……)
そんな彼を見ていると、そう思ってしまう。それで仲が悪くなったら嫌なのでこれ以上はしないが。
「女か。お前も女だろ?」
「あ、そんな趣味はないので」
先に言っておくが、蓮に同性愛の趣味はない。否定するつもりはないが、自分がそうなったら全力で断る。
「え、蓮さんって女の人だったの?」
「お前、気付かなかったのか?分かりやすいだろ」
お前、立ってみろと金井に言われ、蓮は立ち上がる。
「男にしては線が細いし、声も無理に低くしているが僅かに高い。男というにはちょっぴり不自然だろ?」
……そう言われると、自分って男じゃないんだなと思う。確かに良希は男性にしては声が高い方だがそれでも蓮よりは低いし、裕斗に至っては本当に(性格は置いておいて)男らしい。ヨッシーは分からないが。
晃は納得していないようだ。しかし、蓮を見て確かに男性だというには違和感を覚えたのだろう。
「その、女性ならなおさら、なんでお父さんの手伝いを?」
と聞いてきた。それに適当に答えていると、
「あぁそうだ。シゴト終わったから大丈夫だぞ」
金井がそう言って晃の隣に座った。そして、三人で食事をした。
「じゃあな」
「蓮さん、また話そうね」
二人と別れ、蓮はファートルに戻った。
――咲中が死ぬ夢を見た。
スマホで会見を見ていると、罪を自白するその直前に白目をむき、血を吐いて苦しみながら倒れた。蓮にはすぐに分かった。あぁ、あれは死ぬと。
あれが、世間で言われている「廃人化」だろうか?
パニックになっているハズなのに、どこか冷静な頭でそう思った。
――自分達が、やったのだろうか?
それとも――。
ガバッと跳ね起きる。息が乱れ、顔から血の気が引くのが分かった。
「どうした?レン」
異変に気付いたヨッシーが目を開き、彼女に聞いた。あれが夢だったことに安堵する。
「おま、顔色悪いぞ?気分悪いのか?」
ヨッシーは蓮の顔を見て慌てる。ネコだから夜目がきくのだろう。ここ数週間蓮の調子が良くないことは他でもない彼がよく知っている。
しかし、蓮は顔を横に振るとヨッシーを抱きしめた。
「わっ!本当にどうした?レン」
「……悪夢を見た……」
驚いたような声を出すヨッシーに蓮は呟いた。
「……悪夢?」
確かにいつもうなされているが、と思いながら耳を傾ける。
「咲中が、死ぬ夢だ。しかも、妙な死に方で……」
あれが、廃人化なのかと思った……と力なく告げた。よく見ると、その肩は小さく震えていた。ヨッシーは手を伸ばし、頭を撫でながら「大丈夫」と言うしか出来なかった。
学校で授業を受けた後、ファートルに皆を集めるも蓮からデザイア攻略に行こうという言葉はなかった。
「どうしたの?」
心配になったりゅうが聞くと、蓮は一瞬だけ黙った後、
「……なぁ、咲中のデザイアの件なんだが……やめにしないか?」
と言ったのだ。
「急にどうしたんだよ?」
良希が尋ねるが、理由は話さない。かわりにヨッシーが答える。
「咲中が死ぬ夢を見たらしい。それからずっとこの調子だ」
「そうなのか?だが、夢なのだろう?」
裕斗が言うが、それにも答えない。ただ顔を真っ青にしているだけだ。
「こいつなりに何かあるんだろ。成雲家ってのはいろいろな能力が使えるらしいからな」
「そうか……まぁ、こいつが嫌って言うなら無理にやる必要はないと思うけどよ」
「でも、このままじゃ社員の人達が使い潰されちゃう」
ほのかの言葉に蓮もその通りだと思うのだが、どうしてもやる気が起きない。今日せっかく集まってもらったのに……と申し訳なく思っていると、
「じゃあさ、今日は仲を深めようよ」
風花がそんな提案をしてきた。
「仲を深める?」
「そうそう。いつも一緒にいるって言っても、前みたいに知らなかったことだってたくさんあるでしょ?それに、ほのかちゃんも怪盗団に入ってからそこまで経っていないからさ」
「なるほど。確かにいい案ね」
もみじもそれに乗る。確かに、この機会に理解を深めるのもいいかもしれない。
「じゃあ、まずはリーダーから……って言いたいけどあんまり話したくなさそうだよね」
「じゃあ、あたしから」
そう言って、風花から自分のことを話し出した。続けて良希、もみじ、裕斗、りゅう、ほのか、そしてヨッシーと来て蓮の番になった。
「ボクは何を話せばいいんだ?」
特に話すことなどないと思うのだが。
「いろいろあるでしょ?好きなものとか、どんな人が好みとか!」
「そんなものない」
腕と足を組む蓮に風花は「そんなこと言わずにさ!」と肩を叩いた。と言われても、本当にないから何とも言えないのだが。
「うーん……本当に何を話せばいいんだろ……」
「お前が嫌なこと話せばいいんじゃないか?ワガハイも聞いたことないしよ」
ヨッシーの言葉に反応したのは良希だった。
「え?こいつにも嫌なこととかあんの?」
「なさそうで悪かったな」
「そんな反応するということはあるんだな?」
(しまった!)
裕斗に言われ、墓穴を掘ったと後悔する。しかしもう後の祭りだ。皆が皆興味ありげに見つめている。これは後に引けない。
「……分かったよ。ボクの嫌なことは……そうだね、裏切られること、かな?」
「裏切られること?」
「そう。だからあの時も、本当はショックだった。助けたのに、自分が悪いみたいにされて、でも何もかもを考えないようにしたら今度は自分が歪んでいくみたいで……だからデザイアが出来たんだと思う。あ、でも今は大丈夫だよ。だからそんな顔しないで」
皆が暗い顔をしたので慌ててもう平気だと言った。何もそんな顔をさせるためにこんなことを言ったわけではないのだ。
「デザイアでも言ったと思うけど、ボクはボクの信じた道を行く。だから大丈夫」
「やっぱり、蓮は強いね。だからデザイアもあんなに綺麗だったんだ」
りゅうがその時のことを思い出したのだろう。広く優しく包み込む大きな心だった。だからこそサポートエネミーも協力してくれるのだと思う。
「そんな……ボクはそこまで強くないよ」
蓮は否定するが、彼女だからこそ皆ついて行くのだろう。
「あ、いい時間だね。それじゃあ今日は解散しようか」
風花の言葉に皆頷き、帰っていった。
ヨッシーと二人きりになった時、彼に聞かれた。
「なぁ、本当に咲中のデザイア攻略やめるのか?」
「……どうしよう。皆やる気だったからな……ここで止めるのもなんだかな……」
自分の都合と皆のやる気、どちらが大事かと聞かれたら蓮は迷いなく皆のやる気と答える。しかし、それでも不安なものは不安なのだ。
「まぁ、怪盗団は全会一致だからな。お前が本当に嫌ならやめてもいいと思うぞ」
お前にはそれを決める権利、あるだろとヨッシーは言う。だが、ここで止めてしまっていいものなのだろうか?
「……明日まで考えるよ。どうしてもって時はやめる」
「そうしろ。お前の決定に誰も責めはしないさ」
どうしたらいいか分からないので、明日にまわすことにした。無責任かもしれないが、今日考えるよりいい判断が出来るだろう。
ヨッシーを抱えると、蓮はベッドに転がった。
「ん……お前、最近甘えるようになったな」
「悪いか?嫌なら離すけど」
「いや、別に構わねぇよ。こういったこともネコの姿の特権だしな」
そう言ってヨッシーが寄り添ってきた。
「やっぱり、お前コーヒーの匂いがするな」
「いつもかかってるからね」
ヨッシーと話していると眠気が襲ってきたので、そのまま従う。
目が覚めると、そこは牢獄世界だった。
(久しぶりに見たな……)
そう思いながら立ち上がると、ユリナが「やっと起きたか、囚人!」と牢屋を蹴った。相変わらず乱暴な子だ。
「お前は迷っているようだな」
恐らく咲中のことについてだろう。何も言わないでいると、シャーロックは「だが、お前は彼を改心させなければいけない」と当然のように言ってきた。
「改心させないと、いけない……」
「彼は精神崩壊事件に関わっている」
その言葉に蓮は目を見開く。つまり、彼がその事件の協力者である可能性が高いということか……。
――異世界を悪用する奴の罪は暴かなければいけない。
なぜかそう思う。なぜそう思ったのかは自分でも分からないが、自分の思う正義とかけ離れているから、ということにしておく。
「これを聞いてどうするかはお前次第だ。だが、これも更生の一環……それだけは覚えておくように」
そう言われると、目の前が歪んだ。
目を開け、シャーロックに言われたことを思い出す。
――彼は精神崩壊事件に関わっている。
もしその言葉が本当だとしたら、それこそ殺してでも止めないといけない。
――だが、確かアルター使いにデザイアは生まれない……。
蓮の時が特殊だっただけで、本来は出来ないのだ。なら、首謀者と実行犯は別にいるということだろうか?だとしたら、咲中は一味というだけ?
テレビを聞いていると、政治家が怪盗団について非難しているところだった。
(この、声……)
どこかで聞いたことがある。しかし、確かめるのが怖くて顔を上げることが出来なかった。
気晴らしにとゲームセンターに行ってみると、ある噂を耳にした。
「秋葉原のゲームセンターにすげぇ小学生がいるんだって」
「あ、知ってる!確かキングって言われてるんだっけ?負け知らずのゲーマー君」
ゲーマーか……。銃の腕前をあげるために弟子入りしてもいいかもしれない。きっと役に立つだろう。
早速秋葉原のゲームセンターに行ってみると、キングと呼ばれているであろう小学生がいた。
「どうしたの?おにいさん」
その小学生が話しかけてきたので、怪盗団ということは伏せつつゲームが上手くなりたいと話すと、
「ふぅん……小学生にそれを頼むんだ?」
「まぁ、いろいろ事情があってな……どうしても上手くなりたいんだ」
そう言うと、彼は少し考えた後、
「あのさ、ぼく、怪盗団のファンなんだけど、怪盗と会わせてくれたらいいよ?」
と言った。これは困ったことになった。正体を明かすわけにはいかないし……。
「怪盗か……怪盗と会ったっていう証明でもいい?」
代案を出すと、彼は頷いた。
それならと蓮はりゅうに連絡する。
『今、時間ある?』
『うん。あるよ。どうしたの?』
『銃の腕をあげたいからキングと呼ばれている小学生に弟子入りしようと思うんだけど、そのために怪盗と会ったっていう証明が必要なんだ。協力してくれないか?』
『いいよ、じゃあ、有名なゲーム会社のホームページをハッキングするから、それを見せて』
『ありがとう、ヘルメス』
『大丈夫だよ』
連絡が終わると、彼が不思議そうに見ていた。
「今、誰と連絡してたの?」
「ん?怪盗団の一人と」
答えると、彼は「え?知り合い!?」と驚いていた。知り合いも何も、蓮が怪盗団のリーダーなのだが。
有名なゲーム会社のホームページを開き、見せると怪盗団のマークが大きく描かれていた。そしてすぐに戻る。
「うわ、すごい!本当に怪盗と知り合いなんだ!」
「あ、ここだけの秘密だよ?」
蓮が口に人差し指を持ってくると、彼は「うん」と頷いた。
「約束だからね、今から教えてあげるよ」
そう言って、彼は蓮にゲームで銃の使い方を教えてくれた。「星」という言葉が浮かび、彼も協力者の一人だと気付いた。
「ねぇ、連絡先交換しようよ」
一通りゲームをした後、彼からそんな提案をされる。それに反対する理由もないので蓮は頷き、スマホを取り出す。
「あ、そういえば名前、言ってなかったね。ぼく、佐藤 智樹」
「ボクは成雲 蓮」
そう名乗ると、彼は再び驚いた顔をした。
「え、成雲 蓮って、あの成雲 蓮!?」
「あ、知ってたんだ」
まさか、こんな若い子まで知っているなんて。蓮も随分有名になったものだ。
「え、じゃあ、おねえさんなの!?ぼく、おにいさんって言っちゃったよ!?」
「大丈夫、こんな格好だから気にしてない」
むしろ、協力者のほとんどがよく女性と見破ったと思う。普通、彼と同じ反応をするハズなのだ。
「へぇ、怪盗の知り合いがあの成雲家の人なんて……ぼく、かなりの幸運だよ」
「喜んでくれたみたいでよかった。さっきも言ったけど、ここだけの秘密でね?」
成雲家のお嬢様がゲームセンターに出入りしていると知られたら困る。何しろファンに見つかると厄介なのだ。
すると、ぐぅ……と音が聞こえた。
「あ、お腹空いてる?」
「うん、ちょっとね」
恥ずかしそうに答え、目を逸らす。そんな彼に蓮は微笑み、
「じゃあ、お礼に何か食べに行こうか。お母さんに連絡しなくていい?」
と、食事に誘った。
「大丈夫、家に帰ってもお母さんいないから」
なんか、ここの家族も複雑そうだ。そう思いながら蓮は智樹を連れて、レストランに行った。……彼の腕のあざが気になる。だが、虐待されているようには見えないし……。
「ありがとう、おねえさん」
レストランでご飯を食べた後、智樹と別れた。
夜、早坂のところに行くと男性と言い合いになっているところだった。
「……何しているんですか?」
このままではいけないと思った蓮はすぐに止める。するとその男が「巫女様に用か?」と聞いてきた。
「巫女様?」
「なんだ?知らないのか?」
「……とにかく、彼女に用があるので去ってくれませんか?」
そう言って冷たく睨みつけると、彼は「ちっ……」と舌打ちをしてどこかに行った。
「どうしたんですか?知り合いの人?」
早坂に聞くと、彼女は「知り合いって言うか……協会の会長です」と答えた。会長……それにしては胡散臭そうな人だったが。
「……あの、聞いてくれませんか?」
その言葉に頷き、人気の少ないところに向かう。
どうやら早坂には蓮と同じく不思議な力があるようだ。それは先の未来を確実に見通すもの。そのせいで、地元では化け物扱いされていたらしい。しかし、この力を使って占い師になれば、そう思われないと。そう考えてやり始めたが、あの男に目をつけられたらしい。無理やり協会に入れられたようだ。
「なるほど……」
これは一大事だと蓮は思った。
「……あの男の名前は?」
「え、えっと……広瀬 まさとですが……なんで急に名前を?」
戸惑ったような声を出す彼女に蓮は「あぁ、気にしないでください。興味があっただけです」と答えた。
――ターゲットの名前は分かった。今日はもう遅いので明日以降に皆と共有しようと思いながら帰った。
開原の研究につき合った後、皆を集める。
「結局どうするんだ?」
ヨッシーが蓮に聞く。蓮は既に覚悟を決めていた。
「あぁ、やろう。咲中の改心」
不安じゃないわけじゃない。だが、シャーロックにあんなことを言われて、やらない理由がない。もしかしたら、精神崩壊事件について何か分かるチャンスかもしれないのだ。
「よし、じゃあ今日からやろうじゃないか」
ヨッシーの言葉もあり、今日から本格的にやり始めることにした。
「あぁ、でもちょっと待ってくれ。アザーワールドリィにもターゲットがいるんだ」
蓮は昨日の早坂とのやり取りを話す。すると「そんな奴、放っておけないね」と皆改心に賛成した。
「今日はどっち行く?」
良希に聞かれ、蓮は「デザイアに行こう。遅れを取り戻したい」と言った。
「決まりだな」
「じゃあ、早速行こう」
皆立ち上がり、デザイアに入る。
先に進むと、ロボットと遭遇した。
「シンニュウシャ、ハッケン」
「ちっ……!面倒な」
すぐに戦う体勢に入る。相手が先制攻撃をしてきたので、それをナイフで受け止める。前みたいに壁を作ればいいのではないかと思ったが、それをさせてくれそうな相手ではない。
しかし、戦力差はこちらが上だ。油断しなければ勝てる相手である。
「ディアナ、お前は状態異常の呪文をかけてくれ。テュケーとウェヌスは呪文だ。マルスとアポロは物理呪文を、アテナはディアナをサポートしてくれ。ヘルメスは皆の支援を」
ジョーカーがすぐに指示を出す。ディアナのアルターはシリアスというらしい。
「テラ!」
ディアナが唱えると、ロボット達は恐怖状態になった。そこにジョーカーが「ナイトメア」と唱えると、いつもは眠るハズなのに今回はなぜか攻撃になった。
(なるほど……ナイトメアは状態異常状態だと念力になるのか……)
いい勉強になった、これは使えそうだ。
さらに呪文を唱えると、今度は風が巻き起こった。どうやらリベリオンは闇属性だが、いろいろな属性の呪文を覚えるらしい。
そうして戦い、倒したら地図を落としたのでそれを拾う。
「ふーん……この先は工場になっているのか……」
地図を見ると、宇宙基地なのに工場になっていることが分かった。やはり、会社だからだろうか?
とにかく、オタカラのある場所は最上階であることは何となく分かった。体力や気力に余裕がありそうなのでもう少し進む。
工場内に入ると安全地帯があったので、そこで一度休憩する。
「今回は広いのか?」
マルスが聞いてきたので再び地図を見て、「……言うほど広くはない」と答えた。
「ヘルメスと同じぐらい?」
「いや、それより広い」
あんなに狭かったら困らない。
「そうか……どれぐらいかかりそう?」
「順調にいけば、二日三日で終わる」
見た感じ、エレベーターは動きそうだった。さすがに最上階までは無理だろうが、ある程度は行けるだろう。
もう行くか?と聞くとテュケーがいや、お前大丈夫かよ?と聞いてきた。
「お前、疲れてないのか?」
「大丈夫だ、前も言ったがオレは割と鍛えてる方だぞ?」
「そう言って倒れたのどこのどいつだよ」
「悪かったな」
確かに自分だけれども。
話し合いの末、結局もう少し休もうということになり、ジョーカーはソファに座った。隣にはテュケー。
「あ、そうだテュケー。明日お台場に行かないか?」
「お台場?またなんで」
「お台場に競技場が作られるみたいなんだ。それに父親が投資したみたいでさ、どんなのか気になって見てみたいんだ」
「なるほどな。別に構わないぞ」
最近は随分気を許すようになったと思う。それと同時に自分が本当にリーダーでいいのかとも考えるようになった。
――オレは短い時間で人を完全に信用出来るわけじゃない。それどころか疑ってしまう。
皆はそれを受け入れてくれたが、本当はリーダーとしてあるまじきことだろう。リーダーとしてはまだまだ力不足だし、不完全だ。
(このままではいけない……そう思うが)
変わるのはそう簡単なことではない。不安な気持ちもあるし、でも皆の中心にならないといけないという気持ちもある。だが、それを皆に言うのは出来ない。だから、自分の中でどうにかするしかない。
「そろそろ行こうか」
そんなことを考えているなどと思わせないように振る舞う。皆も思い思いに休んだことだろう、「分かった、すぐ行く」と声が聞こえてきた。
ジョーカーがドアの前に立つと、テュケーが後ろからついてくる。
(こいつの本当の姿もそろそろ本格的に探さないとな……)
彼は人間、そう信じているジョーカーはそんなことも考えながら安全地帯を出た。
工場内にはエネミーもいた。影に隠れ、様子をうかがう。エネミーが背を向けた途端、ジョーカーは飛び掛かり、エネミーの仮面を外す。
出てきたのは淫魔のような蛇を連れた女性だった。
(弱点は雷……闇は、効かなさそうだな。オニの時と同じ……とはいかなさそうだ)
トルースアイで見えた情報を元に指示を出す。すると、弱らせたところで命乞いをしてきたのでジョーカーは「力を貸してくれ」と言うとそのエネミーは頷き、ジョーカーの仮面の中に入っていった。このエネミーの名はリリスというらしい。
ヘルメスとディアナが不思議そうにジョーカーを見る。それに説明すると「なるほど……だから「ジョーカー」なんだね」と納得したようだった。
そのまま先に進み、エレベーターで二階にあがる。出ると、どうやらロボット達が働いているようだった。
「疲れている感じだな……」
見ている間でも十体以上のロボット達が倒れた。過労、だろうか?まさにブラック企業だ。
「早く改心させよう」
ディアナがそう言うが、少し疲れているように見えた。
「今日は安全地帯をもう一つ見つけてから帰ろう。期限は決めているから焦る必要はない」
ジョーカーが言うと、「あなたがそう言うなら……」と少し不安げに頷いた。慌てる気持ちも分かるが、それで何かあったら大変だ。ここは一度引く方が賢明だろう。
ロボットやエネミーと戦っていると、安全地帯を見つけたのでそこを確保しておく。
「ここまで来たら、あとは三階と最上階だ。切り上げるには丁度いいだろう」
近くに階段があったのでそこをのぼればいいだろう。最上階だが、これは思った以上にかかるかもしれない。だが、今ここで考えていても意味がない。ジョーカー達は元来た道を戻り、ナビを止めた。
「次はあそこからだな」
「だが、今回はそう簡単にいかないと思うぞ。何せロボットがいるからな」
確かに、裕斗の言う通りでエネミーは倒したらいなくなるがロボットはどうなるか分からない。あんなにいるのだ、警戒されて固められるかもしれない。
だが、その時はその時だ。どうにかするしかない。とにかく今日は帰ろうと蓮は皆に告げた。
りゅうと一緒にファートルに戻ると藤森が「お、帰ってきたか」と二人を見て言った。
「りゅう、帰るぞ」
「あ、うん」
二人が家に帰り、蓮は戸締りして二階に戻った。
「今日は疲れただろ、もう寝ようぜ」
「そうだね」
シャワーを浴び、寝間着に着替えると蓮は横になった。ヨッシーも横で丸くなる。
(あれ……なんか……)
今日はいつも以上に眠気が酷い。いつもと同じように開原の研究につき合い、デザイアに入っただけで、他には特に何もしていない。それなのになぜ――?そう思いながら、逆らえず眠りについた。
「おい、起きろ」
その言葉と共に、お腹を蹴られる。突然のことに驚き、床に手をつく。そう、ベッドではなく床に。
あれはヨッシーの蹴りではない。明らかに人の足だった。痛むお腹を押さえ、立ち上がる。さっきの蹴りで完全に目が覚めてしまった。
そこはかなり広い牢屋だった。まるで広場のような広さだが、ちゃんとベッドと椅子、それからトイレがあった。
目の前には、黒いロングコートにドミノマスクをつけた人物――異世界で「ジョーカー」と呼ばれている自分の姿があった。自分と違うところといえばそう、目の前の人物は男性であるということぐらいだ。
「……『ジョーカー』?」
本当は誰だと聞くところだっただろうが、蓮は真っ先にその名前が思い浮かんだ。すると彼は「あぁ、そうだ」と頷いた。では、自分は普段着なのかと思い、手を見ると黒い手袋をつけていた。つまり、自分も目の前の男と同じ姿をしているということだ。
「オレもそうだが、お前もジョーカーなんだから、その姿でもおかしくないだろう。オレはお前の中の、「ジョーカーとはこうあるべき」という理想の姿。
――オレは『お前』だ、成雲 蓮」
目の前の男はそう言って笑った。言っていることは分かるが、理解が追いつかない。しかし、相手は完全な理解を求めていなかったのだろう。ナイフを蓮の首元に突き立ててきた。
「どうすればリーダーにふさわしくなれるかだって?今更、随分くだらないことで悩んでいるな」
それは、蓮が抱いていた心情だった。確かに、今更ではあるという自覚はある。だが、それでも心配なものは心配なのだ。
だが、『ジョーカー』は容赦なく告げる。
「そんなことで悩んでいるより、まずは身体を動かせ」
その言葉と共に彼はバク転し、ナイフを蓮に投げつけてきた。
とっさにそれを避けると、彼は「そうだ、それでいい」と悪い笑みを浮かべた。そして、
「かかってこい、返り討ちにしてやる」
ちょいちょいと指で蓮を挑発した。
――ここは夢の世界なのだ。
なら、自由にさせてもらおうと蓮は素直にその挑発に乗った。
殴ると倍以上に殴り返され、蹴られ、ほぼ一方的にやられていたのだが、不思議と怒りは湧かなかった。
「……今日は終了だ」
不意に相手がそう言ってナイフを地面に投げた。それが訓練の終了の合図だと気付くと、蓮はその場にへたり込んだ。
疲れた。
しかし、久々にこんなにすっきりした。いや、初めてかもしれない。ここまで清々しい気分になるのは。
『ジョーカー』は蓮の隣に来ると、急に膝枕をしてくれた。
「……何してるの?男の膝枕なんて嬉しくないんだけど」
少し文句を言うが、まんざらでもなかった。彼もそれが分かっているのか、やめることはしなかった。
自分ではないもう一つの鼓動音に安心してウトウトしていると、『ジョーカー』は「眠いのなら、寝てしまえ」と優しく言った。夢の中でも眠れるのかと思ったが、その声に従い、蓮は目を閉じる。
「蓮、オレはお前を一番に愛してるよ――」
意識が落ちる直前、『ジョーカー』はそんなことを言っていた気がした。
「おい、レン!」
ヨッシーの声で蓮は目が覚めた。珍しく蓮より先にヨッシーが起きていたので今何時だろうと思い、スマホを見ると六時半だった。
「珍しいな、お前がこんな時間まで寝てるなんて」
ヨッシーが嬉しそうに告げた。普段あまり寝ない彼女がちゃんと寝たから喜んでいるのだろう。
身体の痛みはなかった。夢だから当然なのだが、『ジョーカー』と過ごしたあの時間は現実のように思えた。あそこはきっと牢獄世界と同じように夢でも現実でもない場所なのだろう。
制服に着替え、下に降りると藤森とりゅうがいた。
「おはよう、蓮」
「起きたか、カレー食べていけ」
カウンターにカレーを置かれ、蓮はそこに座る。食べ終えると、既に出る時間だったので片付けは任せ、そのまま学校に向かう。
放課後、昨日言っていたようにお台場に行った。建設されている競技場の前で少し話していると、歪んだ感覚がした。
「え……?」
覚えのあるその感覚に嫌な予感がし、蓮は競技場を見る。そこにはデザイアがあった。
「なんだ、ここ……!?」
ヨッシーも驚いているようだ。偶然とはいえ、デザイアをもう一つ見つけてしまった。ここは誰のデザイアだろう?
しかし、スマホを見てもよく分からなかった。こんなこと今までなかったというのに。
「……少し、進んでみるか?」
ヨッシーの提案に蓮は頷く。
中に入り、階段をのぼると扉があった。目の前まで来ると、エネミーが現れた。
「誰だ……?」
エネミーが問いかけてくる。
「どうする?逃げるか?」
すぐに戦おうとしない今なら逃げられるぞ、とヨッシーに言うと、彼は「そうだな、ここで消耗させたくない」と答えたのですぐに走って元来た道を戻った。
「何だったんだろうな、あのデザイア」
「さぁ……?見当もつかないな」
すぐに脱出した二人は息を切らしながら話す。なんだか研究所に見えたが……。
「ここ、どうする?」
「うーん……今は皆には黙っておこう。混乱させたくない」
「そうだな……」
競技場を見に来ただけのつもりが思わぬハプニングだ。誰もこんなところにデザイアがあるなどと思わないだろう。
そのままファートルに戻ることにした。
敷井に呼ばれたので行くと、彼女は満足そうにしていた。
「どうしたんですか?」
気になって聞いてみると、「新薬が出来たの」と答えた。
「よかったですね」
「あの子に投薬してもらったんだけど、回復に向かっているみたい」
それは本当によかった。身をもって治験したかいがあった。
「ところで、私の方も役に立ってる?「怪盗」ちゃん?」
突然言われた言葉に蓮は驚く。まさか怪盗とバレるなんて……。
「気付くわよ、だって急に自白したなんておかしいじゃない。しかも、あなたに話したすぐ後に。確信はないけど、改心とやらがされたに決まってる。誰がやったかなんてすぐに分かるわ」
……確かにすぐ改心させたが。まさかそれだけでバレるとは思わなかった。
「安心して、警察には言わないわ。助けてもらったんだもの、これからもあなたに協力する」
そう言ってもらえるとありがたい。バレてしまったものは仕方ないと開き直ることにした。
「ありがとう、最後まで私を見捨てないでいてくれて」
帰る前、敷井にそう言われた。
寝るとまた『ジョーカー』に会った。
「やぁ、蓮」
今日も始めるか、と蓮の同意も得ずに再び鍛錬を始めた。蓮はそれに必死について行く。しかし、いくら鍛えているとはいえ元々普通の人より少し体力がないということもあり、すぐに息が切れる。それでも終わらず、限界まで動かす。
そうして数時間身体を動かしていると、『ジョーカー』は「今日は終わりだ」と言って昨日と同じようにナイフを地面に投げた。それを見て、蓮はみじめにもへたり込む。すると『ジョーカー』は蓮に近付いて、今度は肩を寄せて、自分にもたれかからせてくれた。
「大丈夫か?」
そう言って心配してくれる。その目は限界まで動かした蓮を労わっているようだった。そんな目で見られるのは初めてで、蓮は思わず視線を逸らす。
「何を恥ずかしがる必要がある?」
オレはお前だ、お前を労わって何が悪い?と彼は言ってきた。自分の心の一部なら、蓮の思っていることなんてすぐに分かるのだろう。シャーロックも似たような感じなので特に驚きはしなかった。
「昨日より筋がよくなってたな、さすが天性の秀才だ。すぐに教えを取り入れることが出来る」
滅多に褒められないのでさらに恥ずかしくなって蓮は頬を染める。
「お前は褒められることに慣れていないな。当たり前か、お前にとってそれが当然だったから」
やはり、この男は何もかも分かっている。
「……お前には、何も知らずに生きてほしい」
己の正体も役目も、何にも縛られずに自由に。
彼はそう言って蓮の頭を撫でる。
「……お前は、ボクの正体を知っているのか?」
「あぁ、だがそれを教えることは出来ない。それはお前が自分で見つけてこそ意味がある」
自分で、見つけてこそ……。ボクは、何かを忘れているのか?
不意に何かを思い出した。白髪の女の人――蓮と同じぐらいの年齢だろうか――が「何か」と戦っている姿。双子と思しき子供達と遊んでいる姿。この記憶は、誰の……?
「蓮、疲れただろ?もう寝たらいい」
何かを思い出しかけたが、『ジョーカー』の言葉と共に急激に眠気が襲ってきた。目を閉じ、意識を飛ばす直前、彼は「愛してるよ、蓮」と蓮に告げた。
起きると、五時過ぎだった。今日は早めに起こしてくれたのか、と思いながら制服に着替える。
テレビを見ていると、また事故があったらしくニュースになっていた。最近やけに事故が多い気がするし、やはりどこか故意的に感じる。これも誰かの陰謀だろうか?
――考えすぎかな……。
しかし、不安は募るばかり。まるで誰かの手の上で踊らされているような、そんな感覚がする。
――今度、りゅうに前のこと調べてもらおうかな。
思えば、ハッカー集団アヌビスの挑戦状も突然だった。怪盗団人気に乗じて名をとどろかせようとしたのか、それとも別の目的があったのか。それは定かではないが、知るには調べてみるしかない。それでもしかしたら何か情報が入るかもしれない。そして例のことが分かったら……。
――もしかしたら、咲中は……。
そう思いながらテレビを消すと、ヨッシーが起きた。
「なんだ……?レン、ニュースでも見てたか?」
「あぁ。……なぁ、ヨッシー」
蓮は自分が考えていることをヨッシーに告げた。
「おいおい……さすがに飛躍しすぎじゃないか?」
「そうかもね。でも、やっぱりこの状況はおかしいって思うんだ。最近の怪盗ブームも、どこか怖くて……」
ヨッシーも思い当たることがあるのだろう、黙り込んでしまった。
「……お前は、「白い男」が誰か、思い当たる奴がいるのか?」
不意に、ヨッシーが口を開いた。蓮は困ったような笑みを浮かべ答える。
「……そうだね、本当に憶測に過ぎないけど……」
蓮は時間がある時に「彼」の情報を仕入れ、自分なりに「彼」の経歴をまとめていたのだ。それで、確信はないが「彼」が例の白い男だろう、と思っている。
「誰だよ?」
「……お前にだけは、教えるよ。ただし、誰にも言うなよ?」
不安にさせたくなかったが、言ってしまったのだから仕方ない。蓮はある出来事を話し、それが誰だかヨッシーに話した。彼は息をのんだ。
「彼」がどう出るか分からないし、蓮が間違っている可能性もまだ捨てきれない。確定ではないのだ。
「あ、学校に行く時間だ。早くカバンの中に入れ」
「お、おう」
ヨッシーは冷静そうに見える彼女を見て、少し心配になった。
放課後、今日はアザーワールドリィに入ろうということになったので鍛える意味も込めてターゲットを確認した。
幻想世界に入ると地下に行った。線路があるので車では走りづらいが、歩くと時間がかかる上に疲れるので車を走らせるしかない。
「えっと……ジョーカーって免許持ってるの?」
「高校二年だけど?」
「だよね……じゃあなんてそんなにうまいの?」
ヘルメスに聞かれ、ジョーカーはマルスに答えた時と全く同じ答えを告げる。
「すごいね!それで出来るようになるなんて」
「いや、おかしいから普通」
ゲームと現実じゃ違うからな、とマルスは言った。
「だってやったり読んだりしただけで出来るようになるなんてまるでゲームみたい!」
「ヘルメスは本当にゲームが好きだな」
それが微笑ましいのだが。
「今度一緒にしようよ、ジョーカー」
「構わないぞ」
彼に頼まれては断れない。その今度がいつになるかは分からないが。
「そういえば、ジョーカー前より動きよくなっている気がするんだけど……」
ディアナが不思議そうにそう言った。多分、『ジョーカー』との訓練の成果だろう。
「そうか?別に普通なんだが……」
しかし、それを言うことは出来ないのでそう答えた。
しばらく進むと、歪んだところがあったのでそこに入る。そこには前に早坂と言い合っていた男性――広瀬 まさとがいた。
「お前は、巫女様といた……」
「あら、覚えていてくださったんですね?」
ジョーカーは悪人のような笑みを浮かべる。
「早坂さん、嫌がっていたじゃないですか?なんで無理やり協会にいれたんです?」
尋ねると、彼は「だってあの力、利用しないと損だろ」と笑った。本人の意思などまるで無視だ。
「そう……それなら改心させた方がいいですね。彼女のためにも」
彼女は「化け物」と言われたくなくて占い師を始めたのだ。その気持ちを、ジョーカーはよく分かっている。それを利用しようとするなら改心させた方が早坂のためだろう。
「くくく……お前も成雲家の令嬢だろ?その力でおれのために働いてくれよ!」
そう言って広瀬はエネミーの姿になった。こんな男のために働くなんてごめんだ。
攻撃してこようとしたので、ジョーカーは壁を作る。一瞬のことだったので、広瀬のエネミーは気付かずその壁にぶつかる。
ヘルメスのサポートもあり、すぐに決着がつく。広瀬のフェイクは俯きながら「協会にはあいつのような力が必要だったんだ……」と告げた。
「だからって無理やり入れたら駄目だろ、彼女の意思も尊重しないと」
そう言うと、彼は「そうだな……あいつのことはあいつに決めさせることにするよ」と消えていった。改心したことだろう、これ以上ここにいる必要はないとジョーカー達はそこから出る。
アザーワールドリィでターゲットを全員倒し、少しエネミーと戦った後に現実に戻った。
夜、早速早坂のところに行くと「聞いてください、成雲さん!」と興奮したように話しかけてきた。
「実は、会長が謝ってきたんです!利用していて悪かったって」
「そうですか、よかったですね」
蓮が言うと、「でも、なんでだろう……占いではトリックスターが私を助けてくれるって出ていたけど……」と呟いていた。
「運命って、本当に変えられるんですね……」
しかし、嬉しそうなのでよしとする。
「ありがとうございます」
早坂の礼に少し笑い、蓮はファートルに戻った。
目が覚めると、『ジョーカー』が椅子に座っていた。
「今日は対話をしよう」
そう言われたので蓮はベッドに座り、向き合った。
会話は昼の出来事が多かった。だが、これだけでも十分に意味があった。普段から仲間内以外では多くを話さない蓮は、実は会話があまり得意ではない。だからこうして誰かと話すだけでも有意義なものと言えるだろう。
そして、会話の最後に彼は蓮の名前を呼ぶ。
「オレはお前を愛しているよ」
誰よりも一番、お前のことを。
そう言って、彼は笑った。なんで彼がそんなことを言うのか、蓮には分からなかった。
起きると頭が痛むので熱を測ると、三十八度近くあった。
「風邪じゃねぇか?大丈夫かよ?」
「うーん……どうだろう……」
そう言いながら学校に行く準備を進める。心なしか蓮の顔色もいつもより悪い。
「休んだ方がいいぞ」
「でも、あんまり迷惑かけるのは……」
ただでさえ迷惑をかけたのだからとヨッシーの制止も聞かず、蓮は学校に行った。
学校に着くと、長谷が蓮を見て「大丈夫?熱あるんじゃない?」と聞いてきた。そんなに顔色が悪いのだろうか。
幸い、今日の最初の授業は長谷の教科だったので保健室で休ませてもらい、あとは授業に出た。最初の頃と違って邪険に扱われることはされなかった。
しかし、いくら少なくなったとはいえ噂はなかなか途切れないもので。
「おい、目をあわせるなよ」
「分かってるって。殴られるかもしれないし」
「ナイフ持ってんだろ?怖いよな」
その度に蓮は聞き流すが、ヨッシーは辛そうな彼女を見て、もし自分が人間だったら守ってやれるのにと思った。彼女の心はいつもそうしてナイフが刺さり、血を流し、傷つけられる。
――こいつはそんな奴じゃねぇよ。
本当のこいつはとっても優しくて、誰にでも手を差し伸べて、誰よりも強い意志を持って。そんな奴が本当に人を殴ったりすると思うかと、ヨッシーは言ってやりたかった。もし本当にそんなことをしたとしても、それは何か理由があるに違いないだろうと。
そんな時、良希が傍に来た。そして、蓮の肩を叩く。
「蓮、あんま気にすんなよ。他の奴がお前のこと悪く言っても、俺達がお前を見つけてやる。俺達は仲間なんだからよ」
そんなことを言われるのは初めてで、蓮はキョトンとする。そして静かに笑い、「ありがとう」と告げた。
放課後は開原のところに行き、研究の協力をした。その後チャットを見ると良希から入っていたので中庭に行く。
「デザイアは大丈夫なのかよ?」
「言っただろ?順調にいけば二日三日で終わる。……それに今日はちょっと体調が悪くてな」
正直に言うと、彼は「それを早く言えよ、今日のトレーニングは中止だ」と慌ててトレーニングを中止した。その時、元陸上部の人達が何か言い合っているのが聞こえてきた。良希がそれを止めると、「お前は狛井先生を殴ってすっきりしたと思うけど、おれたちはそうじゃないんだよ」と言われ、彼は黙ってしまった。
「……じゃあ、なんで言い合いなんてしているんですか?」
蓮が聞くと、彼らは黙りこんだ。
「確かに、良希は耐えられなくなって狛井を殴ってしまったし、あなた達もそれで夢を潰されたのかもしれない。でも、それで仲間割れしている場合ですか?良希は足を壊されて、夢を奪われて、それでも立ち上がろうとしている。あなた達も、そうするべきなんじゃないですか?」
そう言うと、元陸上部の一人が「……お前に何が分かるってんだよ、犯罪者」と言ってきた。しかし、蓮はそれでも言葉を紡ぐ。
「そうですね。ボクはあなた達のことは知らないし、どんな状況だったかも、どれだけ耐えてきたのかも分からない。でも、やり直しならいくらでもきくと思いますけど?今は協力して、同じ場所に進むべきでしょう?」
彼女の言葉は正論だった。それに気付かされたのか、彼らは何も言い返せなかった。
「それで、あなた達がどんな結論を出そうがボクには関係ありません。……そうそう、朗報を伝えておきますね。陸上部、また立ち上げるみたいですよ」
長谷から聞いたことを伝えると彼らは驚いたような表情を浮かべた。良希も驚いているようだった。
「さて、ボクは言うことは言いましたし、もう行きますね。……良希、行こう」
呆然としている良希に声をかけ、蓮はその場から立ち去る。
「さっきの話、本当か?」
歩いていると、彼が聞いてきた。
「長谷先生から聞いたからね。本当だと思うよ」
長谷は嘘をつかない。それを信じているからこそ伝えたのだ。これで彼らが立ち上がるきっかけになればいいのだが。
「そうか……よかった……」
良希は嬉しそうだった。彼も、もしも戻れるのなら陸上部に戻るのだろうか。
――彼がそれで幸せなら、ボクは止めないけれど。
怪盗団はいわば行き場をなくした人達の集まりだ。大人達に反逆心を持っている子供達の集まりと言っても過言ではない。でも、彼が陸上部に戻って、怪盗団から抜けるというのなら蓮は止めない。他の人達も同じだ。ヨッシーみたいに誰にも相談せず突発的に出ていくのはさすがに嫌だが、自分で決めたことなら仕方ないと思っている。
――蓮は、皆の幸せを願っているから。
蓮はある意味「怪盗紳士」だろう。かの有名なアルセーヌ・ルパンのような義賊。華麗にオタカラを盗み、弱き者の味方である、そんな怪盗。
――まぁ、戦うことは多々あるけど。
それでも蓮は、誰も傷つけたくないと思っている。それは確かな本心であり、自分自身の性格なのだ。
誰も血を流さず、オタカラを盗むことが出来たら。
無意識の内にそう思っていたのだ。デザイアに引きこもって、初めて気付いた。
だが、現実はそう甘くはない。だから、せめて無理強いはしたくないのだ。
「……なぁ、蓮。俺さ、お前が考えてること、よく分からねぇけど……」
不意に、良希が口を開いた。蓮が見ると、彼は照れたように告げる。
「俺、お前を裏切ること、ぜってーしねぇから」
その顔は真っ赤だった。そんな彼に微笑むと、彼は目を逸らした。
「あーくそ。……島田の気持ち、よく分かったぜ」
一体何の話だろう。確か、修学旅行の時の島田がこんな感じだった気がする。
「あ、ありがとな。つきあってくれて」
そう言って彼と別れた。たどたどしかったのは気のせいだろう。多分。
夜、金井に呼ばれ蓮はミリタリーショップに向かった。
「どうしました?また晃君の護衛?」
「いや、そうじゃなく……」
彼は言いずらいのか、口ごもった。
「……もしかして」
あの本物に見えるモデルガンを作れと言われたのだろうか?あの、石野とかいう奴に。
「あぁ、察してるのか。……なら、話は早い。これ以上、俺に関わるな」
お前にまで危害が及ぶ。だから今のうちに逃げておけと。
彼はそう言うのか。……確かに蓮は名家の令嬢で、このまま関わっていたら人質にとられる可能性も高いだろう。彼の養子と一緒に。最悪、金井と共に殺されるかもしれない。
――なら、そうなる前に手を打てばいい。
「……あの、石野とか言う人のフルネーム、教えてくれませんか?」
自分には、その力があるのだから。
「は?……石野 けんただが。お前、何する気だ?」
金井が訝しげに尋ねる。しかし、
「別に、何もしませんよ。ただ気になっただけです」
そう言って、蓮は不敵に笑った。その笑みの意味が、金井に分かるハズもない。
もちろん、察しが悪いわけではないだろう。今だって何かしようとしていることは分かっているだろうし、敷井と同じように気付かれる可能性もある。だが、自分の正体と彼の命、どちらが重いかと問われれば間違いなく後者だ。
蓮は少し話した後、道具を換金してミリタリーショップを出た。
時間があったので少しバイトをして、ファートルに戻る。
「今日気分悪いんじゃなかったのかよ」
カバンから出たヨッシーに言われ、そういえばそうだったと思い出す。
「全く……無理してまた倒れんじゃねぇぞ?」
「分かってるよ、今日は温泉入って寝ます」
「まぁ、そうだな。最近疲れてるだろうし、ゆっくりして来いよ」
ヨッシーがそう言ったので蓮はヨッシーを洗った後、着替えを持って温泉に行った。
戻ってくると、ヨッシーがベッドの上で丸くなっていた。
「帰ってきたか」
「寝ててよかったんだぞ」
隣に座り、蓮はヨッシーを撫でる。最近よくこうするようになったなと思う。もしかしたら、これが蓮の最大限の甘え方なのかもしれない。
――最近、こいつ表情豊かになったよな……。
そう思うのはヨッシーだけではないハズだ。もちろん普段から無口無表情なのは変わりないが、仲間の中ではだいぶ表情を変えるようになった。
――いつもは警戒度百パーセントって顔してるくせにな。
それも、ジョーカーの顔で。だが今はどうだ。頬を緩め、幸せそうにしている。その姿は年相応の少女だ。
「どうした?ヨッシー」
蓮が首を傾げる。どうやら無意識の内に彼女の顔をずっと見ていたようだ。
「いや、何でもねぇよ。……ほら、もう寝ようぜ」
その言葉に頷き、蓮はヨッシーを抱えたまま転がる。
「あ、こら!離せ!」
「いいだろ、たまには」
そのまま毛布を被る彼女にヨッシーは何を言っても無駄だと悟り、じっとする。
「……なぁ、ヨッシー」
目を閉じたまま、蓮は尋ねる。
「もし、もしさ。ボクが本当に化け物だったら、お前どうする?」
「前も答えただろ?どんなお前でもワガハイ見捨てねぇよ。お前がワガハイを見捨てなかったようにな」
ヨッシーの言葉に安心したのか、蓮は微笑みそのまま寝息を立てる。ヨッシーも目を閉じ、眠りの世界に行った。
悪夢を、見た。
「痛い……痛いよ……」
幼い自分は、父親に殴られ泣いている。それを見て、父親はお腹に蹴りを入れた。
「うっ、げほ……!」
「泣くな、ガキが!」
ぽろぽろと、涙が止まらない。助けて、とも言えない。なぜならこの家に味方なんていないと知っていたから。
なんでボクだけ……?
なんで自分だけこんな目に遭わされているのだろうか?
怖いよ。なんで誰も助けてくれないの?
――助けて、兄さん……。
「……ん。蓮!」
誰かに呼ばれ、目を覚ます。近くに『ジョーカー』がいたので、ここがあの牢屋の中なのだと気付く。
「……『ジョーカー』?」
彼の名前を呼ぶ。彼は返事をせずに蓮の頬に手を添え、流れている雫を拭う。
「大丈夫だ、オレが傍にいる」
普段は見えなくても、ずっとお前の傍にいた。だから安心しろ。お前は一人じゃない。
その言葉が嬉しくて、蓮は『ジョーカー』を抱きついていた。そんな彼女を抱き返し、彼は頭を撫でた。
「一人でよく我慢したな。もう大丈夫だから。オレはお前に、お前の父親のような、あんな理不尽な暴力なんて振るわないから」
だから、存分に泣け。
それを聞いた途端、蓮の瞳から涙が溢れた。彼の胸に顔を埋め、情けなく泣き続けた。
「お前は情けなくないよ。誰よりも綺麗だ。綺麗すぎて、皆が嫉妬するぐらいに」
そんな彼女さえも、彼は受け入れてくれる。
――あぁ、自分は愛に飢えていたんだ。
初めて、そのことに気付いた。でも、そんなものもうどうでもいい。ありのままの自分を受け入れてくれる人がいるから。
「泣き疲れたのなら、寝てしまえ」
やがて彼はそう言って膝枕をしてくれた。彼の言う通り疲れたのか眠気が襲ってくる。
「……蓮、オレはお前を愛してるよ」
意識を飛ばす直前、彼はいつもの言葉を告げた。
目を開くと、ヨッシーが心配そうに見ていた。
「お前、またうなされていたぞ。大丈夫か?」
「ん……大丈夫。心配かけてごめん」
蓮はヨッシーの背を撫でる。
「そうか……それならいい」
おとなしく撫でられているが、時間を見て「準備はいいのか?」と聞いてきた。慌てて起き上がり、準備をする。
「今日はどうするんだ?」
「そうだな……緊急性の高い依頼があるから、アザーワールドリィに入りたい。でも、そろそろデザイアの方もやりたい」
「なるほどな。なら、その緊急性の高い依頼だけやって、デザイアに入るってのは?」
「それだと皆が疲れないか?」
期限は十月二十一日。まだ時間はある。確かに少し焦っているが、それで皆が倒れるようなことがあってはいけない。
「ワガハイはお前の判断に任せるぞ」
ヨッシーの言葉に頷き、蓮は学校に行った。
放課後、皆を集め金井のことを話す。
「お前、あのこえぇおっさんとも関わってるのかよ……」
良希が言ってきたので、「意外といい人だったぞ」と答えた。
「毎回思うけど、あなたどんな人と関わっているの?」
ほのかが聞いてくる。蓮は少し考えた後、
「……小学生だったり、女医だったり、担任だったり、占い師だったり、新聞記者だったり?」
「なんだそれ」
「いや、事実なんだ。こいつ、本当にいろんな奴と関わっていてな」
そんな話をしていると、蓮のスマホが鳴った。見ると、母親からだった。
「……もしもし」
無視するわけにもいかず、蓮は電話をとる。
『蓮、久しぶりね』
「……はぁ。まぁ、確かに……」
『学校はちゃんと行ってる?体調崩してない?』
「ちょっとだけ体調を崩してるけど、大丈夫です」
『そう。それならいいけど。……あぁ、そうそう。あなたのところに荷物送ったから』
「荷物?なんですか?」
『本とか着替えとか。あなた、あまり持って行ってなかったでしょう?』
「……否定はしませんが」
『あと、文具品も入れておいたから。ちゃんと勉強するのよ?』
「分かってます」
『それじゃあ。悪い友達とは付き合わないでね』
そう言われ、電話が切れた。
「母親か?」
裕斗が聞いてきたので頷く。
「あぁ、今度荷物が届くらしい」
「荷物?」
「そう。……はぁ、荷物が増えると困るから少なくしていたのに」
蓮はため息をついた。確かに、今持っている本は全部読み切ってしまっていたし着替えも同じようなものしか持っていなかったけれど。
まぁ、それは置いておくとして。アザーワールドリィに入り、運転しているとディアナがジョーカーに尋ねてきた。
「ねぇ、ジョーカーは普段どんな文房具使ってるの?」
「どんなって……別に普通だぞ?皆と変わらない」
ジョーカーは高いものはあまり好きではないためどこにでも売っているものを使っている。
「こいつ頭いいんだよな。ホント、どんな勉強法したらこんなんなんだよ」
マルスがそんなことを言ってきた。
「……普段から予習復習をしている。最近は怪盗団のことで結構忙しいからあまり時間とれないし、宿題も学校ですることにしているけど」
そう、最近はジョーカーもほとんど勉強出来ていないのだ。もちろんそれで成績が落ちるような頭はしていないが、そろそろ母親の言う通り勉強はした方がいいかもしれない。
しかし、ジョーカーにとってはそれどころではないと思っている。「白い男」のこともあるし、何より調べることだらけなのだ。警戒ばかりしている。
「……ジョーカー、気を張るのもいいがちゃんと休めよ」
テュケーが運転しているジョーカーに告げる。彼には分かってしまっていたようだ。
「……そうだな」
だが、言うことを聞く気はない。これは皆のためでもあるのだ。それに気付いたのだろう、テュケーは小さくため息をつきながらも何も言わなかった。
そんな話をしていると、歪んでいるところがあった。そこに石野のフェイクがいるハズだ。
スピードを出し、ジョーカーはその歪みに突っ込む。
そこにはマフィアと思しき男がいた。間違いない、石野だ。
「貴様、何者だ?」
「あなたですね?金井さんを殺そうとしているのは」
ジョーカーが告げると、彼は目を吊り上げた。
「金井?あの男の差し金か!」
「まさか。彼はむしろオレを逃がそうとしてくれましたよ?」
自ら危険に足を踏み入れただけだ。自分の周りで死者なんて出したくない。
「ふーん。あの男がね。あいつも人のこと考えられるようになったもんだ」
「あなたも見習ったらどうですか?大きな取引に失敗したみたいですが、それで彼を利用するなんて。しかも最後には殺そうとするなんてどうかと思いますよ」
「うるせぇ!貴様に何が分かる!」
叫ぶと同時にエネミーの姿になる。説得はやはり無理なようだ。
しかし、ジョーカーの指示は確かなものなのですぐに決着がつく。氷呪文が弱点だったので大きな動きで気を引き、そのすきにアポロに呪文を唱えてもらう。
フェイクに戻ると、石野は潔く自分の失敗を認め、金井にはこれ以上関わらないことを約束する。きっと、彼は無事ではすまなくなるだろうが、それすらも受け入れている。
(……オレの役目は、皆を救うこと……殺すことではない)
不意に頭の中にそんな言葉が浮かび、ジョーカーは指を鳴らす。その瞳は青くなっていたが、誰も気付かなかった。
――これで、彼の運命も変わったハズ……。
なぜだか、そう思った。どうしてそう思ったのかは分からないが、変わるならいいかと一人考える。
フェイクが消えると、ジョーカーはオタカラをとりその歪みから出る。
「なんでさっき指鳴らしたの?」
ウェヌスに聞かれ、ジョーカーは「何となく、そうしないといけない気がしたんだ」と答えた。
エネミーと戦いながら現実に戻り、今日はどうするか聞く。
「ごめんなさい。ちょっと疲れたの」
ほのかがそう言ってきたので、蓮は「じゃあ、今日はここで解散しようか」と答えた。
皆が帰る中、裕斗が蓮に話しかける。
「どうした?」
「明日、時間あるか?ちょっとだけでいい」
「明日はデザイアに入りたいから、本当にちょっとでいいなら……」
「あぁ、構わない」
だが、急にどうしたのだろう。何かあったのだろうか。
「ありがとう。では、また明日」
しかし、彼はそれ以上何も言わず帰っていった。
夜、蓮は水谷のところに向かう。すると水谷はバーの前で誰かと言い合いをしていた。どうしようか悩んだが、話しかけることにした。
「水谷さん、どうしたんですか?」
「……子供?誰?この子」
どうやら言い合っていたのは女の人のようだ。恋人……といった様子ではないから上司だろうか。
「あ、あぁ、この子は、その……こ、恋人なんです!」
「……はぁ?」
いきなり何を言い出すのだろうか、この人は。女の人も呆れたようにため息をつく。
しかし、ここは合わせた方が彼のためだろう。蓮は水谷に近付く。
「彼、本当に私の恋人ですよ」
まさか自分が私と言う日が来るなんて……と思いながら隣に立つ。
「ほら、彼女もこう言っています」
水谷が蓮の肩に手を回す。背丈が高く大人びている蓮は大学生ぐらいに見られることもある。彼女もそう思ったのだろう、「ふぅん……」と二人を見比べていた。
「あの、これから映画を見に行くんですけど……」
とっさに嘘をつく。嘘は苦手なのだが、これぐらいなら誤魔化せる。
「……あ、そう。じゃあ、私は行くわ」
そう言って女の人は去っていった。遠くに行ったのを確かめると、水谷はホッと胸をなでおろした。
「……誰だったんですか?あの人」
蓮が尋ねると、水谷は彼女を見た。
「あぁ、職場の上司だよ。……それにしても、まさか君が乗ってくれるとは思ってなかったよ」
「空気が読めないわけではないので」
恋人の真似事をするなんて思っていなかったが、まぁいいだろう。
「もしかして、おにいさんに恋した?」
「そんなわけないでしょう」
彼の冗談を一蹴する。
「あはは、つれないな、君は。もう少し考えてくれてもいいんじゃないか?」
「答えは同じです。ボクは恋なんてしない」
恋とか愛とか、今の自分にはどうでもいい。そんなのに惑わされている暇はないのだ。
「うーん、鋭い意見。君らしい」
「……それより、情報提供しなくていいんですか?」
蓮がジトッと見ると、彼は「あぁ、そうだったね」と笑った。バーに入り、情報提供をする。
「それじゃあ、また今度」
彼はそう言って蓮を送り出した。
目を開くと、『ジョーカー』が笑っていた。
「……どうした?なんか嬉しいことでもあったのか?」
蓮は起き上がり、ベッドに座る。彼も椅子に座り、「あの新聞記者に言った言葉……「ボクは恋なんてしない」だったか?お前がそんなこと言って嬉しいと思った」と答えた。
「なんでお前が喜ぶんだよ?」
何が目的だ?と言いたげに睨むが、彼は飄々としている。こんな奴なのだ、『ジョーカー』という人間は。……いや、人間ではなく人格、と言った方が正しいのだろうか?
「いいだろ?別に。……オレはお前だが、同時に別人格でもあるんだから」
ふぅん……と納得していない声が出る。それだけなら、喜ぶ理由が見当たらない。そんな彼女に気付いたのか、『ジョーカー』は蓮の頬に手を添える。
「蓮、オレはお前を愛してるよ」
いつもの言葉だ。彼はいつも蓮にそう言ってくる。
「……お前は、なんでいつもそう言ってくるんだ?」
自分に愛してるだなんて、おかしいだろ
思わず、蓮は聞いていた。すると彼は怒ることもせず、蓮の髪をすいた。
「そんなことないだろ。オレがお前を愛してやらなきゃ、誰がお前を愛してくれるんだ?」
自分にも見捨てられた存在なんて、可哀想だろ。
そう言って、彼は笑う。
「そんなの……どうでもいい、愛とか恋とか」
ボクにそんなもの、今更必要ない。
それを与えてくれる人はいなかった。皆、蓮のことを愛してくれたことなんてなかった。最後には裏切られる。仲間達からの好意も、まだ怯えて素直に受け取れない。
「知ってる。お前がそう思っていることも。オレはお前だからな、心の底で愛なんていらないって思ってること、知っているよ」
お前は今、その「愛」に不信感を持っているからな。
「蓮、今は理解しようとしなくていい。それはお前の傷を抉るようなものだからな。
――でも、いつかお前も愛を知る。愛されることを覚えるんだ。その時まで、お前の心が壊れないように、オレがお前に愛を教えてやるよ」
そう言って、彼は蓮の顎をクイッとあげた。そして、当たり前のように唇をあわせる。
「…………えっ?」
一瞬の出来事に蓮は理解が追いつかない。
――今、何された?
理解すると、顔がみるみるうちに赤くなる。
「お前、今、何、して……」
尋ねるが、彼はふっと笑うばかり。……悔しいが、今回は蓮の負けだ。
「言っただろ?愛を教えるって」
「だからって……!」
普通、いきなりあんなことをしてくるものなのか?わけが分からない。
――だが不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、彼とならいくらでもしていいような……?そう思うのは彼が自分自身だからだろうか?
――そもそも、彼は本当に「自分自身」なのだろうか?
そんなことを考えるが、彼に「今日はもう時間だ。そろそろ寝ろ」と言われ仕方なく目を閉じた。
次の日の放課後、裕斗と合流するため渋谷で待ち合わせをする。
「レン、今日はデザイアに入るんじゃなかったのか?」
「裕斗とちょっとだけつき合う約束しててな」
カバンから顔を出すヨッシーと話していると、大学生ぐらいの男達が蓮に近付いてくるのが分かった。
「おねえさん、なんで制服なのにズボン着てるの?」
「……学校公認ですから」
間違ってはいない、ちゃんと許可は得ている。
「へぇ。でももったいないな、おねえさん綺麗だからさ」
「……そりゃどうも」
受け流していると、腕を掴まれる。こっちに来てからこんなことが多い気がする。
「こんなところで立ち話もなんだしさ、どっかでお茶でもしようよ」
「友達を待っているので」
早くどこか行ってくれと思いながら答えると、裕斗が来たことに気付いた。別の意味でタイミングがいい。裕斗は蓮に近付き、腕を引いた。
「悪いが、彼女は俺の連れだ。他を当たってくれ」
裕斗が言うと、男達は顔を見合わせどこかに行った。前も彼に助けてもらった気がする。
「悪いな……いつも」
「いや、大丈夫だ。あの男達が君に話しかけるのも分かる気がするしな」
だからって、手を出していい理由にはならんが、と裕斗は冷たい目をする。先程の男達を蔑むようなその目が珍しくて思わず魅入ってしまった。
「どうした?」
「いや、お前もそんな目することがあるんだなと思ってな」
「どんな目かはよく分からないが……」
裕斗は首を傾げる。そこはもう、冷たさは宿していない。ほんの一瞬のことだったのだ。仲間の意外な一面に蓮は笑う。
「何を笑っている?」
「いや、何でも?……それより、早く用事をすませないとデザイアに行けないぞ」
「あぁ、そうだったな」
リーダーとしてそういったところを見ることが出来たのは嬉しいが、今日はこの後も用事がある。ゆっくりしている暇はない。
歩き出した彼を追いかけ、着いた場所は前に裕斗と来たあの店。
「ここか……懐かしいな」
もみじに追いかけられ、まくために使った場所だ。
「それで?何か買うのか?」
「あぁ。ちょっとな」
今日はちゃんとお金を持ってきているらしい。それならいいと蓮は買い物につき合う。
どうやら画材が足りなかったようだ。普段は一人で行っているらしいのだが、たまには蓮と息抜きをしようという魂胆らしい。彼らしいと言えばそれまでだ。
「あ、これいいな」
「ん?……可愛いな、そう言えばこういったものが好きだと言っていたな」
蓮が指差したのは可愛らしいネコのキーホルダー。ヨッシーに似ていて蓮の好みに合っている。
「気に入ったのなら、買えばいいんじゃないか?」
「いや、やめておく。怪盗団の軍資金をこんなところで使うわけにはいかないからな」
前にも言ったと思うが、蓮は自分の生活費と怪盗団の軍資金を同じにしているのだ。無駄使いするわけにはいかない。
彼は納得していないようだったが、そうか、と頷いた。
――たまには蓮も甘えればいいのに。
そう思ったのは内緒だ。
「ユウト、早く買わねぇとデザイアに入る時間がなくなっちまう」
ヨッシーに促され、裕斗はさっさと買いに行った。
裕斗と共にファートルに行き、皆を集める。
「さて……今日でデザイア攻略を終わらせたいところだが……」
何せ今回はロボットがいる。どうなるか分からない。
「大丈夫だって、いつも通りやってやろうぜ」
良希がそんな風に言ってきた。確かに、考えすぎるのは蓮の悪い癖かもしれない。そう思っていると、
『聞こえるか?』
「!?」
聞き覚えのある声が頭に響き、蓮は驚く。リーダーの急な行動にもみじが「どうしたの?気分悪い?」と聞いてくる。
「あぁ、うん……そういうわけじゃないんだけど……その……ちょっと時間くれ。十分でいい」
蓮は皆を部屋に残すと、一度外に出た。
「……『ジョーカー』」
そして、話しかけてきた張本人に声をかける。
『やぁ、蓮』
「やぁ、じゃない。いきなり話しかけてくるな。いや、そもそも現実で話しかけることが出来るのか?」
『あぁ、やってみたら案外簡単に出来た』
「皆がいる時にやるな。不審に思われただろ」
『ちなみに人格を入れ替わることも出来るぞ』
「話聞け」
『一度入れ替わってみないか』
「話進めるな」
全くこいつは……と頭を抱えながら彼の言ったことを考えてみる。
『ジョーカー』と入れ替わる……中身が入れ替わるだけだから、身体が男の姿になることはないだろう。
「……一度だけだぞ」
『楽しかったら何度でもやるが』
こいつは気まぐれで生きているのか?
そう思ったが、考えても仕方ないと蓮は目を閉じ精神を集中させた。『ジョーカー』と人格が入れ替わっていることが分かる。
やがて、それが終わると蓮は意識がふわふわしていることに気付く。『ジョーカー』が蓮の身体を動かしているのだろう、蓮の意思とは関係なく動いている。
「この身体、意外といいな」
『……とりあえず、皆のところに戻ってくれないかな?デザイア攻略したい……いや、今日はやめた方がいいのか?』
「大丈夫だ、オレも戦える」
まぁ、彼は蓮なのだから大丈夫だろう。むしろ彼の方が強いまである。彼が蓮の姿で不敵に笑うのを感じた。
皆のところに戻ると、「大丈夫か?」とヨッシーが心配そうに聞いてきた。
「あぁ、大丈夫。早く行こう」
『……入れ替わってるって気付いてないな』
見た目は変わっていないからだろう。そもそも、皆には『ジョーカー』のことを話していない。
蓮の姿をした『ジョーカー』はそのままデザイアに向かった。姿は……ちゃんと蓮の怪盗服だ。
『よかった。これで男の姿だったらバレるところだった』
蓮は胸をなでおろす。『ジョーカー』は小さい声で「当然だろ、今はお前の姿なんだから」と言った。確かにその通りなのだが。
蓮の心配した通り、ロボット達で固められていた。
『どうするんだ?『ジョーカー』』
蓮が聞く。彼はまた小さく答えた。
「決まっているだろ、正面突破だ」
『だろうな。それしか方法がない』
『ジョーカー』は悪人のような笑みを浮かべ、ロボット達に飛び掛かる。こういったところは彼らしい。
「テュケー、ウェヌス、アテナ、ディアナは呪文を、マルス、アポロは物理で攻撃だ」
彼は皆に指示を出す。蓮はその様子を見ていた。
敵の中で華麗に舞う『ジョーカー』を見て、蓮は思った。
――こんな風になりたい!
彼女が誰かに憧れを抱くのは、これが初めてだったかもしれない。
「ジョーカー、お前今日かなり調子いいな!」
ロボット達を倒したテュケーが嬉しそうに飛び上がる。
(これ、ボクじゃないんだよな……)
少し複雑な心情になる。そんな蓮の心を読み取ったのか、『ジョーカー』は「オレはお前なんだ、いずれ出来るようになる」と声に出さず励ます。
エネミーやロボットと戦いながら先に進むと、最上階に続く階段を見つけた。この先にオタカラがあるハズだ。
早速あがると、そこにはオタカラが。これでルートは確保した。
「戻るか?」
「そうだな、これでいいだろう」
皆は元来た道を戻る。現実に帰ると、裕斗が「まるで別人だったな」と呟いた。
「どうした?」
『ジョーカー』が尋ねると、彼は答えた。
「君、いつもと雰囲気が違う。誰かと入れ替わったみたいだ」
「そうか?」
『ジョーカー』はあくまでとぼける。だが、裕斗の洞察力は侮れない。
『……『ジョーカー』。そろそろ戻った方がいいと思う』
「……お前がそう言うなら」
『ジョーカー』は目を閉じ、蓮と入れ替わる。
「……蓮?」
「どうした?何かおかしいことでもあったか?」
「いや……」
急に雰囲気が戻ったことに戸惑っているようだ。
「ほら、今日はもう遅い。早く帰った方がいいよ」
しかし、蓮は有無を言わさず告げる。裕斗は何か言いたそうだったが、時間を見て「そうだな」と頷いた。
ファートルに戻ると、ヨッシーが「しかし、今回のレンすごかったな」とデザイアのことを思い出しながら告げた。
「急にどうした」
「本当にすごかったぜ。ユウトの言う通り本当に別人だった」
いつもそんな感じだけど、今日は一段と違ったとヨッシーは言った。
『実際別人だったんだがな』
『ジョーカー』が笑った。蓮もつられて笑ってしまう。
「レン?どうしたんだ?」
「……本当に別人だった、と言ったらどうする?」
蓮の言葉にヨッシーはキョトンとする。
「……嘘だろ?」
「いつもは、な。だが、今回は本当に「別人」だったぞ」
ヨッシーには種明かししていいかと思い、話す。話し終えた頃には、ヨッシーは口をあんぐりとさせていた。
「マジかよ……」
「嘘だと思うなら、もう一度入れ替わるよ?」
そう言って、蓮は目を閉じる。そして『ジョーカー』と入れ替わる。
「やぁ、ヨッシー」
「お前……本当に『ジョーカー』か?」
その質問に頷く。
「正確には、蓮の理想とするジョーカーだが。まぁさして変わらない」
「じゃあ、いつも幻想世界で戦っていたのはお前だったのか?」
「まさか。あれは本当に蓮だ。……今回はオレが頼んで入れ替わってもらったが」
そうして笑う姿はまさに『ジョーカー』だった。
蓮に戻ると、ヨッシーは驚いたように言葉を発した。
「まさか、お前の中に二つの人格があるなんてな……」
「ボクも気付いたのはつい最近だけど」
「戻ったのか?」
「うん。……まぁ、たまには入れ替わるのもいいかもね」
そう言って、蓮は微笑む。その笑みはヨッシーが今まで見てきたものとは全部違って、『ジョーカー』という人格に心を開いていることが分かった。
――こいつは、「自分自身」だと言っていたけれど……。
『ジョーカー』はそれだけではないと、ヨッシーは思う。確信はないが、そんな気がする。蓮にとって、彼はとても大切な人なのだろう。
「……でも、皆には言わないでね?困らせたくないから」
蓮は髪をいじりながらそう言った。ヨッシーとてこんなこと話せない。異常事態ではないから言う必要もないが。
――それにしても、こいつも謎になってきたな……。
ヨッシーとはまた違った方向で謎が深まってきている。二重人格、とは少し違うし夢で見たという「影から生まれた」というのも気になる。
こいつは、一体何者だ?
どんな奴でも、それこそ化け物でも味方であり続けるという、その言葉に偽りはない。だが、それでも気になるというものだ。
「ヨッシー?どうした?」
しかしベッドに転がる蓮を見て、彼は考えるのは今度でもいいかと思った。
目覚めると、『ジョーカー』がナイフを持っていた。
「……久しぶりに鍛錬か?」
蓮もそれを見て、ナイフを持つ。『ジョーカー』は不敵に笑うと、最初の頃と同じようにナイフを投げてきた。それを軽々と避ける。これが普通の人間ならナイフが刺さっていることだろう。
「さぁ、始めようか」
『ジョーカー』の言葉と共に鍛錬が始まる。前よりは体力がついたと思うが、それでも簡単にはつかない。
息が絶え絶えになった頃、『ジョーカー』はナイフを地面に投げ「今日は終わりだ」と告げる。その場にへたり込む蓮に彼はいつものように膝枕をした。
「大丈夫か?」
「……まぁ、前よりは……」
そう答えるのが精いっぱいで、しかし『ジョーカー』は笑みを浮かべながらそんな蓮の頭を撫でた。それが心地よくて目を細める。
「……そういえば、探索中皆に気付かれないように調べたが、シャーロックが言っていたあの白い男の手掛かりは掴めなかったぞ」
「そうだろうな。だが、咲中は確実に白い男と関わっている」
そして、その白い男は咲中にデザイアがあるということも知っているハズ。
だから、もしかしたら……。
「そうだな。お前が心配するのも分かる。……だが、今はまだ予測の範囲だ」
「うん。もしかしたら杞憂に終わるかもしれない。でも……」
蓮の顔が曇る。『ジョーカー』はそんな彼女を見る。その目からは何の感情も見られない。
「……オレもお前の意見はあっていると思ってる。今回は……いや、アヌビスの件からは、怪盗団を「罠にはめるため」に作られた舞台……精神崩壊事件の真犯人が作ったと思っていいんじゃないか?」
「そして咲中は、使い捨ての駒ってことか」
正気の沙汰とは思えない。だが、いわゆる「大量殺人」をしているような人物なのだから、そんなことも出来てしまうのだろう。蓮には理解出来ない。
「オレも、理解出来ないさ。だが世の中には、人の命をなんとも思わずに捨てることが出来る奴がいるということだ」
心が暗くなっていくのが分かる。『ジョーカー』も分かったのだろう、「大丈夫」と蓮に言った。
「ほら、もう寝てしまえ」
彼の言葉に蓮はウトウトとなる。
――待って、まだお前と話したい。
暗い話をしたまま、眠りたくない。眠気に必死に抗おうとするが、恐ろしい程強い眠気に勝てなかった。
「大丈夫、オレはいつでもお前の傍にいる。蓮、愛してるよ」
その言葉を最後に、蓮は意識を飛ばした。
昼過ぎ、蓮は風花と買い物に来ていた。
「あ、クレープましまし!食べない?」
「別に構わないけど……おいしいの?」
蓮はこういったものをあまり食べない。風花におすすめを選んでもらい、それを食べる。
「……おいしい」
「でしょー!」
コーヒーに合うかな……などと思っているともみじに会った。
「あら、二人共お出かけ?」
「うん。久しぶりに蓮が捕まったから!」
捕まったって……動物じゃないんだから、と思いながらクレープを食べ進める。
「意外ね、蓮がクレープ食べるなんて」
「あたしのおすすめなの。もみじも食べる?」
「いいの?」
もみじもあまり食べたことがなかったのだろう、興味を持ったようだ。
三人で仲良く食べていると、ヨッシーが顔を出してきた。
「ワガハイも食べたい!」
「ん?……ボクの食べかけだけど、これでいい?」
蓮は自分の持っていたクレープをヨッシーにあげた。彼はそれに満足したらしい、「うまいな、これ!」と言いながら喜んで食べていた。
「それ、あげていいの?」
「ヨッシー、一応ネコよね?」
風花ともみじが心配そうに聞いてきた。それに蓮は「大丈夫、こいつネコもどきだから」と答えた。
「前カレー食わせたけど、普通に食べてたから」
「そう……それならいいけど」
「てか、ワガハイをネコ扱いするんじゃねぇ!」
ヨッシーが叫ぶが、それを無視する。
『今度、オレにも食べさせてくれないか?』
『ジョーカー』がそう言ってきたので心の中で「分かった」と告げた。
協力者達と過ごしたり準備をしたりアザーワールドリィの依頼をしている内に十月十四日になった。今日は予告状を出そうと皆を集める。
「明日オタカラを盗む。それでいいか?」
「うん。大丈夫だよ」
皆の同意を得たのでいつも通り裕斗に予告状を準備してもらうことにして今日は帰ってもらう。
皆が帰った後、ヨッシーが「明日は『ジョーカー』と入れ替わるのか?」と聞いてきた。
「うーん……さすがにやらないかな?」
『オレは別に構わないんだがな』
ヨッシーに答えると『ジョーカー』が蓮の中で笑う。『ジョーカー』が現実で話しかけてくることにもすっかり慣れてしまった。
「『ジョーカー』はなんて?」
「別に構わないのに、だってさ」
でも、これは自分がやらないといけないことだ。誰かにやらせていいものではない。
――リーダーはボクなんだ。
もし仮に失敗しても、責任をとるのは自分じゃないといけない。
『相変わらず、お前は真面目だな』
「悪かったな。……ボクだって、怪盗団が完全な正義だとは思っていない」
自分の信じる正義を貫く。しかし、それは他の人達には望まれていないのかもしれない。今まで改心されてきた人達も、りゅう以外は勝手に心を盗まれているのだ。それしか方法がなかったとはいえ、批判されても蓮は何も言うことが出来ない。
――良希とか島田は怪盗団を完全な正義と思っている節があるけど。
それは、怪盗団に助けられたからだ。ようは盲信している。皆が皆、怪盗団が真の正義だとは思っていないだろう。
それが分かっているから、失敗は許されないと思っている。それに、世間は怪盗団の活動をただ楽しんでいるだけだろう。何となくだが、そんな感じがする。
――だから怖いんだけどな。
「まぁ、今日は明日に向けて寝ようぜ」
「そうだな、おやすみ。ヨッシー」
蓮は不安を振り払い、明日に向け寝ることにした。
『ジョーカー』と対話をして、起きると五時過ぎだった。いつものことだが、最近は物足りなくなってきている。
――皆や『ジョーカー』に会ってから、少しずつ変わってきているな。
それを自覚していた。前まではこんなに楽しいと思わなかったし、何にも感じることがなかった。ただ成雲家のためだけに生きているような感じだった。でも、今はそんなものなくなっている。
――裏切りがないとも言い切れないけれど。
でも、それでもいいと思えるぐらいにはいい生活をしていると思う。そう思いながら今日の準備をする。
皆をファートルに集め、最後の作戦会議をする。
「いいか?今日はオタカラだけだ」
「だが、戦わないとも限らない。というより確実に戦うことになるだろう」
ヨッシーと蓮が言うと、「いつも通りやればいいだけだ!」と良希が自信満々に言った。
「準備はいいか?それじゃあ行くぞ」
武器も新しく調達してきたものを渡したので大丈夫だろう。そう思い、蓮はナビを起動する。
オタカラのところまで行くと、そこには咲中のフェイクの姿があった。
「ふん、ここまで来たのか」
「オタカラはオレ達がいただく」
ジョーカーが手袋をはめ直しながら宣言すると、咲中は「出来るならな」と強気に言ってきた。
「来い、社員共!侵入者を倒せ!」
そう言って出てきたのはあのロボット。今回はこいつらが相手か……と思いながらジョーカーは指示を出す。
「今回は消耗戦になる可能性が高い!十分に考えてから呪文を使え!」
テュケーやウェヌス、アテナはともかく、マルスとアポロは他の人に比べ気力が少し低い。物理攻撃が主力となるだろう。
ディアナは後方から状態異常の呪文を唱え、ジョーカーが念力を使う。第一陣はそれで倒せた。
問題は第二陣からだった。見たことのないロボットが現れたのだ。
(こいつの弱点は……!)
『水だ、蓮!』
『ジョーカー』がすぐに見破った。ジョーカーはすぐにアテナに指示を出し、この場をやり切る。
第三陣も見たことのないロボットが現れたが、雷が弱点だということが分かったのでマルスに指示を出す。第四陣は念力が弱点だったのでディアナに指示し、ジョーカーが呪文を唱える。
そして第五陣は……。
『弱点がないな、これはゆっくりやった方がいいぞ』
ここで弱点のない巨大ロボットが出てくる。しかし、これで切り札を使い切ったということでもあるだろう。
「こいつには弱点がない!呪文で倒せ!」
最後の詰めだ、思い切りやってしまえ――。
そう言うと、皆がそのロボットを囲む。ディアナが最初に状態異常をかけ、そこにジョーカーが念力を当てる。マルスとアポロが物理呪文を唱え、テュケー、ウェヌス、アテナが呪文を唱える。そのロボットが倒れ、残るは咲中のフェイクだけになった。
「チェックメイト、だな」
「くそ、社員共、いないか!?」
咲中が叫ぶが、誰も出てこなかった。ジョーカーは彼に銃を突き立てる。
「さて……じゃあ、白い男について教えてもらおうか。知っているだろ?」
これで、何か情報が掴めたら……と思って聞いたことだが、テュケーがオタカラをとった後、デザイアが崩れ始める。
「……ちっ」
ジョーカーは舌打ちをして、聞き出すのを諦める。車に乗り込み、脱出しようとする。
車を運転中、ふと気になってバックミラーを覗くと――。
(――――!?)
咲中が倒れ、誰かがその様子を見ている光景が見えた。
(あれは――?)
気になるが、今更引き返せない。不安を抱えたまま、ジョーカーはデザイアを出た。
夜、ヨッシーが「どうしたんだ、レン」と聞いてきた。
「どうしたって?」
「お前、少し様子がおかしいぞ」
さすがずっと傍にいるだけある。蓮は話すか悩んだが、どうせ知られることだと割り切り話すことにした。
話し終えると、ヨッシーは「本当か?」と聞いた。
「あぁ、もしかしたら見間違いの可能性もあるけど……」
「でも、それなら気になるな……」
しかし、もうどうすることも出来ない。様子を見るということで話がまとまり、寝ることにした。
目を開くと、『ジョーカー』が覗き込んでいた。
「どうした?『ジョーカー』」
「いや、お前が心配しているみたいだからな」
起き上がり、蓮は彼と向き合う。
「……多分、あいつが例の白い男だろうな」
「そうかもね。だとしたらもったいないことした」
蓮は残念そうに答える。あのまま引き返していたら、もしかしたら顔ぐらい見えていたかもしれないのに。
「いや、危険だ。デザイアの崩壊に巻き込まれる可能性がある」
蓮の考えが分かったのだろう、『ジョーカー』が首を振る。
「いやいや、さすがに冗談だよ。あの場で最善の判断をしたと思ってるし」
そんな彼に蓮は笑う。事実、引き返したら潰されていただろう。さすがにあんなところで死にたくはない。
「分かっているならいい」
『ジョーカー』は頷き、蓮の目元に手をかざす。
「ほら、今日はもうお目覚めの時間だ」
その言葉を合図に睡魔が襲ってくる。
「また明日話そう。蓮、愛してるよ――」
最後にその言葉を聞いて蓮は意識を落とした。




