お酒を飲みながら昔話をするのは楽しいですね
「龍姫さま、髪を整えますわ」
「ええ、お願い」
フェルラインが身支度をしてくれる。
そろそろ宿泊地に着くのだが、馬車から降りる際にも気を使う。
その間妾たちもそれぞれの準備をする。
いつもはいがみ合っていても、わたしの世話には一糸乱れずに動く。
だからこそ、他は自由にさせている。
「龍姫様、着きました」
御者から声がかかる
「降りましょう」
優雅に降りる。
妾が周辺を固める。
見た目は麗しいが、実際は戦闘集団だ。
内部での殺し合いは日常。
妾であり護衛である。
特にカリスナダは、まだ入って日が短いが、アリスウルとの殺し合いで、戦闘技術を磨いており、護衛としてのスキルは高い。
今回も先頭である。
この目立つ感じが、アリスウルのいじめに拍車をかけているのだが。
「ティルディア神聖帝国に仕える、アルネシア公国の公女。ドラグネイシア・メイ・ルテルスとその一行です。開門をお願いいたします」
ここは城壁の門。
この門の向こうが宿。宿といっても城である。
「お待ちしておりました。どうぞ、お入りください。」
衛兵が案内をする。
そして
「ようこそ、公女様。お久しぶりでございます。この度は、このようなところにおいでいただきまして」
「いえ、歓迎いただき、感激ですわ」
相手は帝国の公爵。
身分としては、独立しているとはいえ、三つの街しか所有していない公国の主よりも上だと思うが、対応は丁寧だ。
理由は鉱山。
わたしの領土からは、金、銀、そして良質の鉄がとれる。
それで帝国の財政は回っているようなものだ。
「お疲れでしょう。すぐに入浴とお食事の準備を整えます」
「ありがとうございます」
この公爵は対応が良いのだ。わざわざ長話などしない。
こういうのがありがたいので、中継の宿としてお願いしていたのだ。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
入浴は実に良い。
わたしの国は温泉が沸いているが、あまりそういう場所は珍しい。
基本的にたき火で水をわかすのだ。
量が多いとすさまじい量の木が必要となる。
貴族でない限りそんな贅沢はしない。
が、ここは貴族の中でも上位の公爵である。
「旅といっても、入浴しなければね」
「ええ。うれしいですわ。龍姫様」
「龍姫さまぁ。ながしっこ、しましょー♪」
妾全員で入る。
裸で素手だが、特に問題ない。
アリスウルの腕力なら人間の首を引きちぎるし、カリスナダの蹴りは、一撃で人間の臓器をズタズタにする。
もっともカリスナダはまだ人を殺したことがないからあれだが。
そんな中、戦闘能力がもっともないのは、フェルラインだ。
彼女は人であることの意識が強く、人殺しも、龍族への破滅的な攻撃も基本的に躊躇う。人殺しには忌避があるカリスナダと比べ、暴力をふるうことから躊躇いが出る。
しかし、彼女は龍族としての誇りも高い。
そして、龍族としてその力をふるわざるを得なくなれば、誰よりも苛烈に振るう、矛盾した側面を持つ。
その矛盾が故に、凶暴な龍族の妾の調整役として活躍しているのだが。
その悩みを間近で見るのが好きで、そばに置いているのだ。
彼女の仲裁を否定したことはないために、困るとみな彼女に頼む。
その度に真面目な彼女は悩みながらもギリギリの決断をする。そんな様が楽しい。
「姫様、不届き者がいるようです」
「そのようね」
殺気はない。覗きのようだ。
こういうときにフェルラインは良い。
カリスナタや、アリスウルは間違いなく相手を殺す。
他の龍族も、眼球つぶすとかは平気でやる。
人間としての意識も強く、龍族としての心構えもあるフェルラインが一番まともな対応をする。
「フェルライン、対応しなさい」
「かしこまりました」
「ふぇるー。眼球ぐらいはもってこいよー」
ケラケラとアリスウルが笑う。
「龍姫様の意がすべてだ」
フェルラインはそういうと、静かに動いた。
「龍姫様、障害を除去するのはわたくしが」
カリスナタが言うが
「まぬけ、なんでフェルか考えろ」
妾の一人、サウザンドが口を開く。
この娘はとにかく口が悪い。
こんなもの言いだが、これでもカリスナタと仲がいいのだ。
というか、アリスウルと致命的に合わないだけで、敵の敵は味方のような感じだが。
「わたし、フェルはだーいすき。甘いのくれるしねぇ」
アリスウルは微笑む。
フェルラインとアリスウルはなんだかしらないがうまくやっている。
あの境界線で揺れている感じが、アリスウルには良いのだろうか。
逆に龍族に振り切った妾には容赦ない攻撃を加える。
現にアリスウルは、わたしの血を飲まない人族の妾にはとても優しい。
考え事をしている間に
「終わりました。公爵殿に引き渡しましたので」
「そう。よくやったわ」
こういう
「相手をたてる」
という人としての常識が、龍族になると失われる。
わたしは比較的保っている方だと思っているが、わたしの妾たちは、その殆どが優性種としての傲慢さを持ち合わせ、そんな配慮はしない。
わたしもいちいち指示するのが面倒なので、フェルラインは重宝している。
入浴後、食事の時に公爵から詫びがあったが
「わたしの妾に任せると眼球をつぶすどころではなくなるので、そちらでよろしくやってくれ」
と丸投げした。
ふかふかの布団。
今まで生き残ってこれのはギリギリの幸運。
その果てに今がある
妾たちは全員半裸。少しはしゃごう。
「おいで、みんな」
「わーい♪」
「はい♪」
乱交。みんな本当に愛しい。
私は娼婦になりかけていた。
誰かの妾になる直前だった。
そんな私が、今は妾を囲っている。
ここには、もうひとりの私が沢山いた。
城を出てから暫く進んで新都に到着する。
教会への面談の話は伝えて、今は宿にいる。
さて、まずはオルグナに会おう。
「二人付いて来て」
そういうと、フェルラインと、カレンバレーが来る。
ここからなら近い。
大屋敷を目指し歩くと
「この屋敷にどのようなご用件でしょうか?」
止められる。
「オルグナに、メイルが来たと伝えて貰えますか?」
「オルグナ様は…いえ、分かりました」
屋敷に向かう。暫く待っていると
「こ、公女様!!!」
オルグナの息子、ダリアルが来る。
「お久しぶりね、ダリアル」
「よ、よくぞ、来てくださいました。どうぞ、こちらへ」
中に案内される。
「オルグナ翁は元気?」
「最近は寝たきりになっておりますが、たまに歩ける程度にはまた回復していまして」
「そう。なによりだわ」
扉を開けると
「よう、きたな。メイル」
懐かしい呼び名。
こう呼びかけるのは、もうリグルド様とオルグナだけとなった。
「立って大丈夫なのですか?」
「最近調子がいい」
そう言うと
「もう儂も年じゃ。最後の挨拶になるかもしれんの」
オルグナは頭を提げると
「ダリアルと、その息子、ガエンを頼む。ダリアル、ガエンを呼べ」
「分かりました」
「ダリアルさんも良いお年ですものね」
「ああ、ガエンもしっかりしてきた。あいつなら大丈夫だ」
ため息をつくと
「おまえさんは、かわらんのぉ」
「そうですね」
私とオルグナは20ぐらい違う。
逆を言えば私も本来なら老人だ。
「昔話でもするか」
「そうですね」
椅子に座ってゆっくり話はじめた。
「イエロードラゴンからじゃの。大変になったのは」
「そうですね、あれで有名になってしまいました」
昔話が止まらない。
「儂にも、お前さんにも、勧誘がすごかったのぉ」
「…まだ、勧誘してきた人達は良かったほうでしょう。又聞きで真似ようとして死んだ人達は何人でたことか…」
そして
「あの時は、前いたキャラバンが全滅したと聞いた頃ですし、色々辛かった時期ですね」
「キャラバンや竜退治は命がけだ。仕方ないにしてもな」
目をつむる。
「私達も奇跡の積み重ねで生き残ったようなものです」
「そうだな…しかし、あのあたりはニールも厳しかったろうな。肝心の知識が頼りないということに直面した時期じゃからな」
「あの人の凄いところは、それでも最善を尽くしたという点です。できうる限りの正確さを模索し続けていた」
プライドでもあったのだろう。
あのあたりのニールは苦悩しながらも、とにかく知識の積み上げを欠かさなった。
「ニールがいなければ、そもそも私はドラゴン狩りなど始められなかった。ニールがああでなかったら、娼婦としてとっくに死んだか、キャラバンで全滅していたのか」
「あいつは元気なのか」
「リグルド様にご挨拶したら、ニールに会いにいきます」
「…あいつもな…あの時は女の興味など殆ど無かったのになぁ…」
「龍の血の影響でしょうね。私も女の子囲う趣味なんて無かったですよ」
「…そうじゃな。あのお嬢さん拾った時はもうオリジナル・ドラゴンになっていたか」
「ええ。ミシディアですね。まだいますよ」
最古参の妾。しかし、今では殆ど活動をしていない。ほぼ部屋で寝ている。
「スティンガーキャラバンって懐かしいですね」
「ああ、いたなぁ…あれだ、お前が大変だった奴だ。」
「そーですねー」
お酒のせいか、昔の思い出がどんどん蘇ってくる。
「ドラゴン討伐自体は簡単だったらしいのにな」
「あの告白地獄は思い出したくありませんね。多分私が男性不信の女好きになった原因の一つは、あの人達ですよ」
喋っていると
「どうも、ご挨拶遅れまして」
ガエンが来る。
「お久しぶりですね、ガエン」
「いや、何度お見かけしても慣れません。いつもあなたはあの時のままだ」
ガエンを初めて見たのは、それこそ赤ちゃんの時からである。
初孫で喜ぶオルグナの顔が面白くて笑ったものだ。
「オルグナが誉めていましたよ。これからも頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。公女様のご期待に応えられるよう頑張ります」
ふと、オルグナを見ると眠そうだ。
「付き合わせてしまいましたか。寝ますか?」
「うむ、いい気分だ。横にならせてもらうよ」
「ええ。おやすみなさい」
オルグナも老いた。リグルド様もそうだろう。
しかし、精神面での老いは感じない。
それがこの人達の強さ。
「お元気でオルグナ、神様の元でまたお会いしましょう」
わたしは、その資格があるかは分からない。それでもそう願った。
メイルとオルグナは最後まで友好な関係のまま生涯を過ごしました。
リグルド、ハユリ、オルグナの3人との変わらぬ関係が、メイルの心の慰みとなっていました。




